南の島の赤焔竜

作者:綾蝶

 マリンブルーの海に囲まれた白い砂浜は、たくさんの人々で賑わっていた。
 過ぎていく夏を惜しむように、水着の人々は海やビーチで戯れる。
 波打ち際で遊ぶ親子連れ、ビーチボールを手にはしゃぐ若者たち、ひたすら沖を目指して泳ぎ続ける少年達など、思い思いに海を楽しんでいる様子だ。
 だが、その平和な風景を引き裂くように大きな女性の悲鳴がビーチに響き渡った。
 何が起こったかと、浜辺中の人々が顔を起こす。
「……あ、あれはっ」
 沖のほうから何かが近づいてくるのが見えた。
 それは巨大な生物だった。全身が朱色で覆われていて、大きな翼と長い尻尾を持っている。それがドラゴンと呼ばれる怪物であることを人々は気づき、一斉にビーチから逃げ出そうと駆け出していく。平和な海岸はあっという間にパニックに包まれた。
 散り散りに逃げていく人々をまるで面白がるようにドラゴンは大きく咆哮した。


「大変なことが起ころうとしています」
 集まったケルベロス達に、セリカ・リュミエールは真剣な表情で語った。
「沖縄県の那覇市で、先の大戦末期にオラトリオにより封印されたドラゴンが、復活して暴れだすという予知がありました」
 ドラゴンは復活したばかりで、グラビティ・チェインが枯渇している為か、飛行することはないようだと言う。海の沖合いから陸地を目指して進んできていて、このまま放置すれば砂浜や海の家はもとより、那覇市内にも大きな被害を与えることは確実だ。
「ドラゴンはグラビティ・チェインを得るために、人が多くいる場所を目指し、大勢の人々を殺戮しようという目的で動いています。
 もしその目的が実現されれば、ドラゴンは飛行する力を取り戻し、廃墟となった町を後に飛び去ってしまうことでしょう。弱体化している今のうちにドラゴンを撃破していただきたいのです」
 セリカはそう告げると、ケルベロス達をまっすぐに見つめた。
 そして、力強くその視線に応える彼らに安堵したような表情を一瞬浮かべると、ドラゴンについての詳しい説明を始めた。
「那覇市に出現した朱色のドラゴンは、全長10メートルほどの大きさをしています。火山から溢れる溶岩流を食らって成長したようで、炎のブレスを吐き散らす能力を持っているようです。また鋭く固い爪を手足に持っていて、高速で攻撃してきます。長く太い尻尾でのなぎ払い攻撃にも気をつけなければなりません。弱体化しているとはいえ、けして油断ならない敵であることは確かです」
 それから、地元の人々への対策として、すでに避難勧告をする準備は完了しているらしい。ほとんどの人々は自力で逃げ出せることだろう。
「そしてもう一つ大切なお知らせがあります。街は多少破壊されても、ヒールで治すことが可能です。なので、ある程度、町が破壊されても大丈夫です。ビーチの先には繁華街もあるそうですから、ビルなどの高い場所を利用して戦うことも可能です」
 なるほど、と頷きあうケルベロス達の中から猫耳の目立つ少女が一人、手をあげた。
「つまり、大きな火を吐くドラゴンをやっつけろ、ってことだよね」
「そういうことです」
 セリカの頷きに、猫宮・ルーチェは大きく頷き返した。
「ちょっと怖いけど、みんなと力を合わせればきっと出来なくはないよね! たくさんの人の命が危険に晒されているのを放っておくわけにはいかないよ」


参加者
風空・未来(高校生に見えない・e00276)
レイ・フロム(サキュバスのミュージックファイター・e00680)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
アーシェス・スプリングフィール(よんじゅうきゅうさいじの司祭・e00799)
ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)
アズマ・リュウゼン(リュウゼン家が次男・e01767)
インバー・パンタシア(その身に秘めしは鋼鉄の心・e02794)
隠・キカ(輝る翳・e03014)

■リプレイ

●紅竜強襲
 夏を満喫していた南の島の白浜は、逃げまどう人々の声で溢れ返っていた。マリンブルーの海の沖合から突如現れた巨大な紅いドラゴンの為である。
「はよう逃げるのじゃ!」
 混乱の中で、声を張り上げ、人々を安全な方向へと腕を振って誘導するケルベロスがいた。アーシェス・スプリングフィール(よんじゅうきゅうさいじの司祭・e00799) である。背丈は小さいが、ケルベロスコートを纏い、海辺の見張り台の上に立って叫ぶその声に、人々は従って避難していく。
「繁華街のほうも、あぶないの。……だから、あっちのほうににげたほうがいいの」
 安全に人々が避難できるよう警察や市役所の人に、隠・キカ(輝る翳・e03014)も事態を説明する。こちらも幼い少女だが、ケルベロスの指示を彼らも真剣に聞いて、ただちに避難指示の範囲を広げることを約束してくれた。
「カッカッカッ、大丈夫じゃ、あちらに逃げよ!」
 避難の手伝いにドルフィン・ドットバック(蒼き狂竜・e00638)も協力してくれた。翼飛行で空より逃げる人々をサポートしてくれる彼のおかげで、迷子になる人の心配もあまりなくて済みそうだ。
「避難は順調に進んでいるようですね」
 到着直後には浜辺に溢れていた人々の姿が、短い時間にも関わらずすっかりいなくなっている。ケルベロスが登場した安心感からか、大きな混乱も無かった。そのことにギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)は安堵の息をつく。
 ヘリオンから降下したケルベロス達は、避難する人々、そして都市を守るように浜辺に立ち、海より迫り来るドラゴンを待ち受ける位置にある
 人々の避難に全員が集中する暇はなかった。その合間にいつドラゴンが急襲してくるかわからないのだ。そして避難が完了しつつあることに安堵している暇もほとんどなかった。炎のような紅い肌をしたソレは、浜辺に並ぶ彼らを見つけ、大きく叫ぶような声をあげた。
「いよいよか」
 インバー・パンタシア(その身に秘めしは鋼鉄の心・e02794)が低く呟く。
 頷き、アズマ・リュウゼン(リュウゼン家が次男・e01767)も斬霊刀を握る手に力をこめる。敵の姿は想像以上に巨大で凶悪なものだ。いやが上にも緊張が高まっていく。
「俺達の力がどこまで通用するか、この一戦で見極められるといいな」
 レイ・フロム(サキュバスのミュージックファイター・e00680)が言った声に、誰もが無言で頷き――。そして、激しい戦いが幕を開けた。

●迎撃
 口元から炎を溢れさせ、立ち並ぶケルベロスを獲物と認識したドラゴンは猛烈な勢いで突進してくる。その勢いに気圧されることなく立ち塞がる戦士達。
「ドラゴンとやれるたぁ、楽しみっすね」
 口元に笑みさえ浮かべ、ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)は鉄塊剣を強く握る。初手は決めていた。
 地獄の業火が彼の背にある羽根から全身へと広がる。彼の内側からたぎる焔の色は白く、強く輝く。その焔に名をつけるならば『煉獄』。
 その煉獄の炎を塊にし、彼は間近に迫るドラゴンへと叩きつけた。
「『白焔煉獄』!!!!」
 白き焔はドラゴンを包みこみ、全身を強く焼きつける。
 獲物と認識していた浜辺の人影に攻撃されたことで、ドラゴンは驚き、その瞳に怒りの色を浮かべた。だが、その怒りを放つ間もなく次の攻撃が続く。
「よォ、デカブツ」
 金の瞳を持つドラゴニアンの眼差し。殺意のこもった強烈な魔眼。
 アズマが放った死相誅殺眼の迫力に、巨大なドラゴンの勢いも一瞬、止まる。
 その僅かな機を見逃すわけにはいかない。敵の真正面に陣取り、ギヨチネはバトルガントレットをつけた腕を大きく振りかぶり、降魔真拳を叩きこんだ。
「!!!!!!!」
 ドラゴンの体からバラバラと紅色の鱗が零れた。分厚い肌からは血と共に煙が立ち昇る。怒りと驚きから龍は大きく咆哮し、そして怒り任せに紅蓮の炎を吐き散らしながら、浜辺へと一気に上陸した。
「……!」
 目前の景色が一瞬のうちに焔の壁で覆われていく。
 前衛の仲間をその焔の中に見失い、風空・未来(高校生に見えない・e00276)は顔色を変えた。咄嗟にブラッドスターを歌い、癒しの力を彼らに送った。
 焔がもうもうとたちこめる煙と共に消えてゆき、未来のヒールを受けてなお、未だ前衛達の中には膝をつくものもある。その彼らに向かって、ドラゴンはさらに怒濤の進撃を開始しようとしていた。
「……やらせはせんよ!」
 ダメージを受けた仲間を庇うように立ち、インバーがドラゴンの正面に立った。焔は彼の体にも衝撃を与えている。その証拠に彼の防具は傷つき、白煙を立ち上らせているが、彼はそれでも両足でしっかりと立ち、敵と対峙した。
 ドラゴンの紅い眼が彼をとらえる。襲いかからんと突進し、鋭い爪の光腕を振り上げた時、後方から、氷を纏う槍騎兵がドラゴンへと光となって飛び込んでいく。浜辺からレイが放ったものだ。
 グオオオ。インバーしか注視していなかったドラゴンは動きを封じられ、悔しげな呻きをあげる。
 さらに、避難誘導から戻ったアーシェスが、後方からバスターライフルでゼログラビトンを射出。
 竜が止まったその僅かな隙にインバーは、ヒールドローンで自らを含め前衛達をさらに回復させる。
「……あぶない!」
 街から戻ってきたキカが、前衛達に向かって声をかけた。
 刹那。ドラゴンが再び動き始める。攻撃行動を再開しようとする仲間達を見、キカは竜に向かい、注意を引くように両腕を広げた。
「みんなに、さわらないで」
 その声と共に、彼女の周りから蜃気楼が立ち上るのを竜は見た。朧気な幻覚が、何かを思い出させようと脳を刺激する。攻撃を怯み、竜は少しおびえた声で叫び声をあげた。
「今だ!」
 先ほどのお礼とばかりに、アズマが両手に握った斬霊刀をドラゴンめがけて振り下ろす。斬霊刀から放たれた衝撃波がその固い肌を傷つけるのがわかった。

●浜辺から繁華街へ
 手負いの竜の怒りは頂点に達した。
 全身を溶岩のように赤く燃えたぎらせ、ケルベロス達を蹴散らさんとばかりに猛進する。まだ海水に浸かっていた長い尻尾が姿を表し、攻撃の機会を伺う戦士達に向かって横に凪ぎ払われた。
「……おっと!」
 寸前で避け、ツヴァイは苦笑する。
「やるっすねぇ」
 強敵とやり合っていることにワクワクしている自分を自覚しながら、彼は竜と自分たちの位置を見やった。次第に場所は海岸線から浜辺の奥へと移動しつつある。さらに下がれば、その向こうに見える繁華街へと場所を移すことになるだろう。
「このままだと浜辺から出てしまいますね」
 攻撃を受けた仲間にヒールを送り、ギヨチネはツヴァイの視線に気づいたように言った。いざとなったらそこを戦場にしなければならない覚悟はあるが、可能ならば浜辺で敵を倒したい。
「なかなか止まらんのう……このままでは街まで来てしまうのじゃ」
 バスターライフルを構え、後衛からドラゴンの足止めを狙うアーシェスも同様に考えていた。彼女は比較的見晴らしのいい場所に移動し、ボクスドラゴンと共に効率的に敵を狙ってきた。
 最初の浜辺にあがってきたドラゴンの勢いは当然削がれているが、それでも徐々に浜辺の奥へと圧されていることは間違いない。
 建物などはヒールで直せることは知っているが、少しでも現状のままで残したい。アーシェスは人気のない繁華街を見やり、小さく息を飲む。
 爆炎のブレスが、浜辺奥に並ぶ海の家などの施設を焼き尽くし、破壊していく。直撃を避け、左右に分かれた仲間の後ろで回復手として働いていた未来は、その壊れた施設の中に人影を見たような気がした。
(「もしかして、逃げ遅れた人がいるの?」)
 思わず注視したその時、ドラゴンの赤い眼が彼女を捕らえた。
 鋼色に光る鋭い爪が未来に迫る。
「危ない!」
「逃げろ!」
 仲間の声に、未来も危機に気づいた。だが、回避する暇はない。彼女の頭上にもうドラゴンの爪は振りかざされている。
「!」
 誰もが息を飲んだその瞬間。地面にめり込むドラゴンの爪と激しく飛び散る砂塵の合間から、漆黒の長い髪をなびかせアーティア・フルムーン(ツンデレエルフ・e02895)が、未来を抱えて砂浜に倒れこむ。螺旋隠れを利用して浜辺に潜んでいた彼女が機転を利かせて、未来を救ったのだ。
「……まったく、未来に何をするつもりかしら」
 未来の無事を確認して安堵しつつ、アーティアは憎々しげな視線をドラゴンに向けた。
 普段から優しい彼女に素直に感謝を伝え、未来は再び戦列に戻る。
 先ほどの人影は、数人の海の家の従業員であったらしい。建物の中なら安全と思ったのか大慌てで逃げていく。
「まだ避難してなかったのか」
 インバーは呆れながらも、その方角にドラゴンの攻撃が来ぬように陣取る。守らねばならぬものがある。そう感じると、胸に小さな痛みを感じた。それは過去の忘れ得ぬ記憶。
「これ以上、取りこぼすことはせんよ……!」
 見届けることはできないが、安全な方角へと逃げていく人影を見送り、ギヨチネも敵の正面に立つ。もしかすると他の建物にも人が残っている可能性を彼は一瞬、考えていた。そんなことは無いはずだが、絶対とは言い切れない。弱点でもあれば、とずっと観察していたが、今のところはっきりとは見つけられずにいた。
(「……こわい」)
 仲間と共に、敵を足止めするグラビティを放ち続けながら、少女はそう感じてもいた。自分の何倍もある巨大なドラゴンが目前にあるのだ。当たり前だ。だが、彼女は退かない。
(「どうして、ドラゴンは目が覚めちゃったのかな」)
 古代語の詠唱を開始しながら、キカはふと、そう思った。
 ずっと眠っていてくれたら、退治だってしなくて良かったのに。
 傷つけあうことも無かったのに。
 詠唱は成功し、キカの両手に魔法の光線が宿る。その光線をドラゴンの懐に向けて放った。ダメージと共に、攻撃行動に失敗したドラゴンはその場で大きく羽根や足を動かし、バタつくように暴れる。
「少しは弱ってきたのかな」
 破壊された建物の陰からバッドステータス狙いで攻撃を続けていたレイは、今までと少し違うドラゴンの動きに注目した。
「……よし」
 握りしめたシャーマンズカードへ視線を落とし、彼は決意する。
 新たに召還するのは、黄金の融合竜。燦然と輝くエネルギー体の竜は、紅炎竜の巨体へと激突していく。
 その衝撃に、遂にドラゴンの膝が折れた。砂浜に片足を落とし、バランスを崩した形で咆哮する。
 すかさずケルベロス達の攻撃がその体に集中する。
 一気に形成が逆転したのが、誰の目にもわかった。
「……よォ、デカブツ」
 斬霊刀を握りしめ、ゆっくりとアズマがドラゴンへと近づく。
「悪ぃが、もっぺん寝てくれや……永遠になァ」
 全身に受けた傷から、熱を帯びた煙をのぼらせながら動きを止めたドラゴンは、まるで火山そのものだと戦士は思った。
 ただ残念な事に、火山はどうにもならないが、ドラゴンはそうではない。ケルベロスがいる限り、巨大で強力な存在であったとしても、勝手な真似を長く続けることはできない。
「そうそう、溶岩だけに、地に還れってやつっすよ」
 ツヴァイもアズマの横で苦笑する。
 前衛達は度重なるドラゴンの攻撃を受け、すっかり傷だらけだ。仲間達の回復がなければ、ここまでやってこれなかった。
「……とっとと終わらせるっすよ」
 これ以上、この戦いを長引かせることはない。
 ツヴァイとアズマは一瞬視線を合わせ、それからそれぞれの武器を高く掲げた。

●戦い終えて……
 ドラゴンの死骸が横たわる浜辺。ケルベロス達は仕事を終え、帰還までの短い時間、思い思いに海を眺めていた。
 浜辺でボクスドラゴンと共に砂の城を作っているのはアーシェス。
 平和な波の音を聞きながら、無邪気に城の製作に励む。
「のうカイザー、……わしの王子様はいつか現れるんじゃろうかのー?」
「おうじさま?」
 楽しげにしているその様子に、キカが近づいてきた。アーシェスは慌ててごまかし、一緒に遊ぼうというように場所を空けた。
 ボクスドラゴンに一礼してから、キカも砂に触れる。暖かな熱を持った白い砂。彼女の表情に僅かに笑みが宿った。

「えー、ドラゴンブレス! 炎のドラゴン由来の灼熱地獄で焼いた肉はいかがかなー!」
 破壊された海の家をヒールで修復しているケルベロス達の耳に、最初に直した建物辺りからにぎやかな声が響くのが聞こえた。
 見やれば、そこにはボクスドラゴンを伴ったポル・グレイ(宝石喰い・e05266)の姿。彼は海の家の店員たちの避難を誘導し、それから戻ってきてすぐ消火される前のドラゴンの炎で肉を焼くことを思いついたらしい。
「というわけで、皆には特別安くするよ!」
 商魂たくましい彼は笑顔でそう言うと、ケルベロス達に肉料理を振る舞った。

 沖縄の浜辺はこうして凶悪なドラゴンから守られた。
 平和が戻った浜辺には、やがて避難していた人々も戻ってくる。
 たくさんの人々から感謝されながら、ケルベロス達は帰路についたのであった。

作者:綾蝶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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