ヒーリングバレンタイン2016~甘い幸せ広げよう

作者:千々和なずな

 人馬宮ガイセリウムの侵攻により、東京都内に被害が出ている。更に被害が拡大することも予想されている現在、事態は深刻だ。
「最善の結果が出ても、あの大きなガイセリウムが通過した場所の被害は大きいでしょうし、最悪の結果がでたら首都消失なんてことにも……いえ、そうならないためにがんばるんですけどっ」
 野明・莉乃はぎゅっと手を握り合わせ、それで、と言葉を続ける。
「戦後の東京都心部の復興をかねて、一緒にバレンタインのチョコレートを作ってもらえませんか?」

 東京都内の被害が大きかった場所に赴き、ヒールグラビティで修復を行う。バレンタインが近い今、おそらくヒールされた建物の一部はお菓子のような外見になったり、お菓子を作るのに相応しいような場所として修復されることが予想される。
 それならその建物を利用して、チョコレートをはじめとしたプレゼントを作成しよう、というのが今回の提案だ。
「被災した周辺のみなさんも参加していただけるイベントにしたら、少しでも元気をだしてもらえるかもしれません。街の復興と心のケアとバレンタインの準備、ぜーんぶいっしょにやっちゃいましょう」
 
 そう言って莉乃はイベントの計画を説明していった。
「わたしたちは被災した中で比較的新しいマンションを担当する予定です」
 具体的にどこの場所になるのかは被害が確定してからしか分からないが、そのマンションを中心として周辺のヒールにあたる。マンションが新しいこともあって、住人の中には子どもも多くいるのではないかと予想される。
「まず最初にすることは、建物と周囲のヒールです」
 被害を受けたマンションの建物、周囲の道路や公園などをケルベロスで手分けして、ヒールグラビティで修復する。復興のためには欠かせない行動だ。
「ヒールが完了して建物が直ったら、子どもを中心に一般の人からも参加者を募って、チョコを手作りするイベントをしましょう」
 参加者は小学生ぐらいの子どもが多くなると思われるので、作り方を教えてあげながらバレンタインのチョコ作り。出来上がったチョコはきれいにラッピングしてそれぞれ持ち帰ってもらい、家族や大切な人にプレゼントしてもらう。それにより、チョコ作りに参加した子の周りにも甘い幸せを届けられるだろう。
「もちろん、ケルベロスのみなさんもバレンタインチョコの準備をしてくださいねー。わたしも家族に渡すチョコを作る予定です」
 自分用の手作りチョコも忘れずに。ケルベロス自身もイベントを楽しもう、という企画だ。

「甘いものって人を幸せにしてくれますよね。作るのも食べるのもプレゼントするのも、きっと幸せな気持ちをふくらませてくれると思うんです。どんどん広がれ幸せ空間イベントですっ」
 だからぜひ参加してくださいねと、莉乃は皆を誘うのだった。


■リプレイ


 人馬宮ガイセリウムを自爆させて東京都民を皆殺しにし、大量のグラビティ・チェインを奪い取る。そんなイグニスによる狂気じみた目論見は、ケルベロス・ウォーにより阻止された。
 完全勝利に世界は沸いたが、勝てたからといって被害が無かった訳ではない。

「ここがわたしたちの担当場所ですよー」
 野明・莉乃(地球人のウィッチドクター・en0154)が指した場所にあるマンションは、膝をつきうなだれる人のように斜めに傾いでいた。敷地内公園も遊具ごと抉られている。
 ガイセリウムが公園のある側をマンションの背を押すように薙ぎながら通っていった様子が浮かぶようだ。
 被害無しでの解決は無理だった。けれどだからと言って仕方ないと割り切れるものでもない。
 口唇を引き結んでマンションとその周辺に視線を向けていたノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)は、気を取り直すように息を吐くと笑顔で背後を振り返った。
「さあ、頑張って直すっすよー!」
 離れた位置でこちらを眺めている一般人たちも含めての呼びかけだ。楽しい気分になるため、まずは破壊の爪痕をきれいに直すことからだ。

「なんか……すごく、見られてる……」
 館花・葎(アプリコーゼの繭・e00810)は居心地悪く身じろいだ。
 住民は遠慮して少し離れてはいるが、興味津々の視線はその距離を挟んでも届く。引きこもりの葎にとっては、期待に満ちた興味の視線は少々きつい。
「俺たちは向こう側のヒールをやってくるね。葎君、行こう」
 フィルネス・レトルーヴァ(空に捧ぐペリドット・e02050)は見物人の視線が届きにくい位置へと、葎を連れていった。

 水無月・一華(華冽・e11665)は人々からの視線に、柔らかい微笑みを返す。
「すぐに直しますからご安心くださいね」
 ね、と一華に同意を求められ、暁・万里(林檎を喰らう深海魚・e15680)は見物人に向けて頷いてみせた。
 このマンションばかりではない。被害を受けた場所には多くのケルベロスが、修復とその後のお楽しみのために出向いている。
 その一助となるべく修復を始めようとしていると、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が白い息を吐きながら駆け込んできた。
「よっしゃ、次はここだな」
 泰地は被災地を順に巡り、修復を行っている。街に出た被害は自分たちの責任もある。そう感じたが故に、東京を駆け巡って修復をしているのだ。
「ここもさっさと片づけるぞ!」
 泰地の呼びかけに、そうだねと瑞澤・うずまき(紅く染まる雪・e20031)も同意する。崩れたマンションを見ているのは辛い。住人なら尚更だろう。
 藍染・夜(蒼風聲・e20064)はこちらを見ている子どもと視線をあわせ、やさしく話しかけた。
「魔法を見せるね」
 そんな夜の言葉こそ、夢を見せる魔法のようだとうずまきは思う。
 このヒールが復興へのとびきりの魔法となるように。
 ケルベロスたちは修復に取りかかった。

 ヒールをかけられたマンションは、励まされて起きあがる人のように傾きを戻し、高さを増してゆく。
 泰地はまずはボディビルのリラックスポーズを披露しながら、癒しの波動を発動した。
 格闘技用のトランクスに、膝と脛をガードするサポーターを身に着けてはいるが上半身は裸だから、筋肉の動きと張りが良く分かる。
「寒くないですか?」
 コートを着ている莉乃が尋ねた。
「いや、俺の全身は熱いくらいだ!」
 ポージングで全身の筋肉に力を入れていると寒さなど吹き飛んでしまう。
 両腕を上げてダブルバイセップスのポーズを取り、身体全体のバランスを見せながらのヒール。
「よっ、ナイスバルク!」
 横からノイアールが声をかけ、自分も熱意とオーラを原動力に血の巡りを速めて回復を行う。血の通わぬ建物ではあるけれど、巡血廻福はチョコレートをとろりと流したように建物の傷を塞いでゆく。
「美味しそうな見た目になっていきますねー」
 ヒールをかける莉乃は楽しそうだ。
 直ってゆく建物の砕けてしまった部分に、新たな壁が生まれる。艶のある焦げ茶色に浅く細い溝が入ったそれは、まるで板チョコ。そこに生クリームやカラフルなショコレートスプレー、アラザンのような飾りがちりばめられる。
 誰のヒールで直しても、ボディビルのポージングをしながら直しても、修復された建物の見かけはファンシー。かなり不思議な光景だ。
「兄ぃ、そっちお願いー」
「了解、任せろ」
 天蓼・さくや(昨日までのいえすたでぃ・e04549)と天蓼・あした(毎日がえぶりでい・e04550)も協力して復興にあたっている。
「なんだか面白いね」
 天蓼・テオドシウス(勇なき獅子・e04004)が天蓼兄弟とマンションとを見比べながら言う。
「面白いって何が?」
「この復興、大工仕事が趣味のさっくんと、お菓子作りが趣味のあっくんをあわせたみたいだよね」
 直ってゆく建物のスイートな外観や、参加するケルベロスの様子によって、復興作業といっても楽しげな雰囲気だ。
 その楽しそうな空気は復興現場に満ち、見守る住人たちまでもほんのりとした温かさに包むのだった。


 出来上がりを確認するように一巡りすると、莉乃は皆に頭を下げた。
「ありがとうございました。これで復興完了ですっ」
「よし、ここはもう大丈夫だな、次行くぜ、次!」
 泰地は皆に軽く手を挙げると、次の被災地へと走って行った。
 後の皆はこの場に残り、マンションの一角を借りて子どもたちとチョコ作りだ。
 大人たちは子どもをケルベロスに託し、先に修復された家に戻ってゆく。家財のチェックや後片づけなど、やらなければならないことは多い。その間、ケルベロスが子どもと一緒にチョコ作りをしていてくれるのはかなり助かる。

 材料をどっさりと持ち込んで、いざ開始。
 あしたとさくやは子どもたちを手作りチョコ教室に呼び集めた。テオドシウスはそれまで身体を使って遊ばせていた子どもを連れてやってきたが、
「……僕チョコなんて作れないぞ」
 教室と言われて戸惑うと、さくやが心配無用とばかりに言う。
「おれも作ったことないけど、子どもたちと一緒に兄ぃに習えば大丈夫!」
「おれの真似すれば絶対上手いチョコが作れっから! がんばろー!」
 製菓なら任せろとばかりに、あしたは作り方を順を追って説明していき、合間に子どもたちの様子にも注意を払う。
「てっちゃん、そっちの子手伝ったげてー!」
 あしたの示した子どものところにいくと、テオドシウスは手を添えてやり方を教えた。
「ほら、こうだよ……そうそう、上手い上手い!」
「チョコが溶けたら生クリームを加えて生チョコにしようー」
 皆に見えるようボウルを傾けて、あしたは生クリームを混ぜた。
 さくやも真似をしてかき混ぜたが、思うような粘度にならない。
「……水でのばすか」
 水を投入しようとするさくやをあしたは必死に止めた。
「チョコと水は仲が悪いから、混ぜるの厳禁!」
「え、ダメなのっ?」
 さくやは慌てて水を引っ込めた。そんなさくやだけれど、出来上がった生チョコのラッピングをするときには先生役になる。
「袋に入れてー、リボンを結んでー、シールを貼るー。で、リボンをハサミで……」
 カラフルなラッピング袋にチョコを入れ、結んだカーリングリボンをハサミの背と親指で挟んで引っ張れば、くるくるっとカールが出来る。子どもたちはわぁと声をあげて、リボンのカールに取り組んだ。
 ラッピングまで完了すると、
「よーし、出来たね! みんなお疲れ様ー! あっくんのお菓子の腕前と、さっくんの飾り付けのセンスと、それに皆の力をあわせて作ったチョコだ。絶対美味しいよ!」
 テオドシウスは子どもたちの頭を撫でてやって、送りだした。
 チョコ教室の終わりには出来上がったチョコを互いに差し出して。
「はい、てっちゃんと兄ぃにもプレゼントっ!」
「んじゃ、おれからも2人にプレゼント!」
 そんな、ハッピーバレンタイン。


「一人暮らしが長いけれど、お菓子は作ったことないかな。完成できるように、葎君よろしくー」
 フィルネスに言われ、葎は頑張ると答えた。葎も贈るチョコを作るのは初めてだけれど、フィルネスと一緒に作るのは楽しみだ。
 何を作ろうか。オランジェット、生チョコ、それともチョコを使ったお菓子?
「フィルは、どんなチョコが……好き、なのかな?」
「俺は果物系のチョコとか好きかな。あ、ミルクとかの味も好きだよー」
「ん、甘めでも、大丈夫なんだね」
 それなら、と葎は材料を選び出す。
 ナッツをローストして、バターを練って。作るのはブラウニーだ。
「チョコは、湯煎で溶かして……」
 説明しながら作る手元に、フィルネスが真剣に視線を注ぐ。その視線に葎は緊張してしまい。
 ガシャーン。
 湯煎のために沸かした小鍋をひっくり返し、湯をまき散らした。
「あ……」
「大丈夫!? 葎君、火傷していない?」
 フィルネスは葎の手を取って確認し、冷やしたタオルを当てた。
「大丈夫……ありがと……気を、つける」
 手当してもらいながら、葎はしょんぼりと肩を落とした。
 そんな失敗も、焼き上がったブラウニーを見ればどこかに吹っ飛んでしまう。
 オレンジピールやナッツ、花びらの砂糖菓子で飾ったチョコブラウニーを可愛くラッピングして、葎はフィルネスにプレゼント。
「ありがとう。葎君の大事に食べるね。俺のほうは初めて作ったから自信ないけど……どうかな?」
 うまく焼けているといいけど、とフィルネスが差し出したブラウニーを葎は大切そうに受け取った。
「ありがとう……オレも、大事に食べる……楽しみ」
 せっかくだから、帰ったらバレンタインのお茶会をしよう。もちろん、2人差し向かいで。


 甘い香りが部屋中に漂っている。
 あちらでもこちらでも、おしゃべりや笑顔が咲いている。
 無惨に壊された我が家を目の当たりにしたときの衝撃、恐怖、悲しみは如何ばかりだったろう。けれど少なくとも今は、子どもたちは楽しんでいる。
「上手に出来てるっすねー。これなら美味しいチョコになるっすよ」
 子どもたちの『自分で作った』という気持ちを大事にしたいから、ノイアールは手を出しすぎないように気をつけて、1人である程度できている子は褒め、火加減に目をやる余裕の無い子のところでは火と温度の調整を手伝った。
 湯煎が危なっかしくて湯がボウルに入ってしまいそうな子には、ミミ蔵を貸して安定させる。
 溶かして固めるチョコならば、その辺りのポイントをおさえておけば何とかなる。多少形は悪くても、ちゃんと美味しく食べられるものになればいい。
「それはカップケーキっすか?」
 子どもの様子を見る合間に、ノイアールは万里と一華が作っているものを覗き込む。
「これなら簡単に出来て楽しめるから」
 万里は金平糖やアラザン、ナッツ、クリーム、色とりどりのアイシングに星やハートの砂糖菓子、と様々なトッピングを用意してきた。子どもたちが多少失敗したとしても、可愛くトッピングすれば目立たない。
 材料を量ってまぜまぜ。
「混ぜるときは手首を使って……そうそう、上手上手。出来たら誰にあげるのかもう決まってるの?」
 万里は子どもに話しかけながら、一華の手元をチェックするのも忘れない。
 その視線に気付いて、一華はまったくもう、と呟く。小麦粉と片栗粉の見分け方は覚えたと言ったのに。楽しそうな子どもたちの期待を裏切らないためにも頑張らねばと、小麦粉を手に取り。
「粉はー……どのぐらい、でしたっけ?」
 探したがレシピが見あたらない。周りを見回すと皆の生地はねっとりするくらいの状態になっているようだ。ああなるよう粉を入れれば良いのだと、一華はカップで小麦粉をばさっと入れた。
(「あっ、今目分量でなんか入れたな! おまけに粉ふるいも使ってない! ていうか混ぜ過ぎ! 捏ねすぎ!)」
 はらはらと見守る万里の心配もなんのその。豪快に混ぜた生地をどーんと型に流し入れた一華は、期待と不安の目でオーブンの中で膨らんでゆくカップケーキに見入るのだった。


「さぁ、心と身体も甘い物で元気づけようか」
 夜に渡された材料の板チョコにうずまきは目を落とす。
「チョコ、か……」
 夜は女の子大好きで優しいから、きっと沢山貰うのだろう。もし……うずまきがチョコを渡したら夜はどんな顔するんだろう。今の関係が崩れるのが怖いからチョコを渡す勇気はないけれど、どうしても考えてしまう。考えれば良くない想像をしてしまい胸が痛む。
「うずまき? チョコの作り方を教えてくれるかな。俺も作り方は知らないんだよね」
 夜に呼ばれてうずまきははっと我に返った。いけない。今は子どもたちとチョコを作るのがうずまきの仕事だ。
 作るものは決めてある。さくっとした食感のフレークチョコだ。
「手を切らないように気をつけて刻んでね」
 うずまきは子どもと一緒にチョコを刻んで湯煎で溶かす。つやつや溶けてゆくチョコはとても美味しそうだ。
 しーっと子どもに合図すると、夜は溶けたチョコをスプーンで掬った。子どもたちにチョコを渡すだけでなく、自分も一緒につまみ食い。
「……美味い」
 思わず呟くと、振り返ったうずまきと目があった。
「めっ」
 叱られて夜は悪戯が見つかったときのように軽く片目を閉じた。子どもたちがくすくす笑う。
「食べるのは出来てからにしようね」
 子どもと一緒に夜にも注意して、うずまきは溶けたチョコにアーモンドとコーンフレークを混ぜ、スプーンで一口ずつ、クッキングペーパーを敷いたバットの上に並べてゆく。
「君は手慣れているんだな」
 夜は感心しながら、子どもたちがチョコを並べるのを手伝い、自分も見様見真似で並べてみた。
 固まれば完成なので、小さな子どもでも作りやすいチョコだ。
 子どもたちは自分で並べたチョコが固まるといくつか味見して、それ以外のものを大切そうに持ち帰る。その子たちに上手にできたねと視線を合わせて話しかけている夜を見ていると、うずまきに自然と微笑が浮かんだ。
(「ん、やっぱりボクこれで幸せ」)
 視線に気付いて夜がやってくる。
「うずまき?」
「なに? ……んっ」
「頑張ったご褒美だよ」
 うずまきの口にフレークチョコを放り込んだ夜は、なんてな、と付け加えて笑った。


 チョコから人へ。人から周囲へ。
 甘く優しい幸せが広がってゆく。
 どこまでも笑顔が伝播してゆくようにと願いをこめた――ヒーリングバレンタイン。

作者:千々和なずな 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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