ヒーリングバレンタイン2016~いろどりかざり

作者:鉄風ライカ

●スイーツタウン
 人馬宮ガイセリウムの侵攻により負った東京のダメージは重く、このままでは更に深刻なものになってしまうと予測されている。
 最前の結果が出ても、ガイセリウムが通過したとなれば相応の被害は出るだろうし、最悪の場合――首都消失さえもありえる状況だ。
 なので、
「バレンタインチョコ作りに行かない?」
 ケルベロス・ウォー後の都心復興も兼ねてさ、と蛍川・誠司(サキュバスのヘリオライダー・en0149)は眦を下げて笑った。
 ケルベロスとしての一番の目的は被害の大きな東京都内の建造物のヒールとなるが、恐らく、バレンタインが近いこともありお菓子っぽい雰囲気に修復されるものもあるだろう。
「お菓子作りにぴったりな建物になったりとかぁー?」
「そそ。だからさ、それを利用してチョコ作れたらいいかなって」
 興味津々といった風に身を乗り出す三宮・燈子(地球人の巫術士・en0122)に誠司は軽い調子で、敢えて楽しげな雰囲気で答える。
 自分達だけでなく、被災した周辺住民も参加できるイベントとなれば、防衛戦から続く戦火に疲弊した人々の心のケアにもきっと役立つ。
「復興と、癒しと、バレンタイン準備。一石三鳥っすよん」
 誠司は三本指を立てた手をひらひらと振った。

●いろどりかざり
 とはいえ、現時点ではどんな場所が被害に遭ってしまうのか、細かな所までは把握できない。
「だからオレ達はざっくり、繁華街の辺りをヒールしに行けたらいいかなーと思ってるんす」
 生活に必ず必要というわけではないが、人々の心の潤いのため、娯楽の中心点ともなる繁華街の機能回復は重要にはなるだろう。
 そして、ヒール後にはお待ちかねのチョコレートイベントだ。
 瞳をきらきらと輝かせる燈子を前に、誠司はのんびりとメモ帳を捲る。
 曰く、予定されているイベントは、チョコレートプレートに様々なお菓子のパーツを飾るものらしい。
 直径10cmほどの円形プレートに、用意された色とりどりの食べられるパーツを生クリームなどで接着し、自分だけのオリジナルスイーツを作る。
「薄いちっちゃなハートのを組み合わせて、花とかクローバーとか作ってデコっても可愛いかもっすね」
 アイディア次第で自分なりの飾りつけをしてみるのも面白いかもしれない。
「楽しーイベントになると良いねぇー♪」
 小さな砂糖菓子の花や美しい飴細工。きらきらのアラザンに、カラフルなスプレーチョコ。想像するだけで頬が緩んでくる。
「チョコペンでメッセージ書いてプレゼント、なんてのも、素敵じゃないすか?」
 作って楽しい貰って嬉しい♪ と二人は声を弾ませて。
 大変な時期だけれど、そんなときでも、たくさんの幸せと笑顔が生まれるように。
 日頃頑張る自分へのご褒美を、大切なあの人への美味しいプレゼントを作りに行きませんか、と、二人は仲間達へ呼び掛けた。


■リプレイ

●いろどりのまち
 戦火に晒され傷だらけだった街。復興のため都内各地へ赴いたケルベロス達のヒールのお陰で色付く様は、まるで一足早い春のよう。
 自らのヒールした繁華街の様相を見遣り、泰地は満足そうにニッと白い歯を見せて笑った。パステルカラーの幻想はこの季節ならではの華やかさを醸し出す。
 ふと視線に気付いて辺りを見回せば、泰地の周囲には目を丸くしてきらきら輝いた笑顔を見せる子供達の姿。分厚い筋肉を誇示するボディビルのポージングから繰り出される癒しの波動をバッチリ見ていた幼い少年は、泰地の長身を見上げ、おにいちゃんすごい、かっこいい、ありがとう、と憧れのヒーローに出逢えたような表情で一生懸命言葉を紡いだ。
 寒さも何のその、格闘家よろしく裸足にトランクスという出で立ちも、少年達に男らしい格好良さを感じさせるのかもしれない。
「皆、存分にイベントを楽しんでくれ!」
 そう言って、東京中を駆けずり回ってヒールに尽力するつもりの泰地は颯爽とイベント会場を後にする。走り去る彼の背中に、人々の温かい声援が飛んだ。
 失ったものを取り戻すのは難しい。大きな戦の後ともなれば、特に。ヒールで直せるとはいっても、変質し修復されるそれらは完全な元通りにはならないのだ。凱旋ムードの街中にもきっといるであろう、努めて明るく振る舞っている人や心を痛めている人が少しでも笑顔になれるよう、ファルシアはイベント会場の手伝いに訪れていた。羽の落下や通行のことを考えて収納した翼に、彼の慈しみ深い心情が良く表れている。
 テーブルの設営、材料の搬入をスタッフと一緒に成し、ファルシアは、ふぅ、と一息ついて会場を見渡す。ポップな音楽でバレンタインデーの雰囲気にぴったりの可愛さを演出した屋内は少しずつ賑やかになりつつあった。
 来場するお客さんは、大切な誰かを想ってチョコレートを作りに来ているのだろうか。それぞれに思い思いの表情を浮かべて材料を選んでいく客を微笑みながら眺めるファルシアの胸の奥、穏やかでありつつも僅かながらの複雑さが入り混じる。
 来場者としてチョコレートを飾る側に回るのも楽しそうではあったけれど、
(「……私にはもう、あげたい人はいないからねぇ」)
 その分、今想い人のいる人達のために何かできたら、それはとっても素敵なこと。
 懐かしむように目を閉じれば、白い髪に咲くアネモネが柔らかく揺れた。
 少しばかり手に取りづらそうな位置の金平糖をさりげなく並べ直して、壁時計に目を向ける。時刻はちょうどおやつどき。チョコレートの甘い匂いが優しく漂った。

●ただいませいさくちゅう
 飾りつけの土台となるチョコプレートは全部で三種類。ミルクと、ビターと、ホワイトチョコレート。
「パティ様、いっぱい貰ってきましたわ!」
 直径10cm程のそれをたくさんたくさんトレーに乗せて作業用テーブルへ戻ってきたシエルは、愛らしい笑顔ながらもどこか不思議そうに、何か製作案があるらしいパティを見つめる。
「シエル、もっといっぱい必要なのだ♪」
 こんなにたくさんのプレートで何をするつもりなのだろうと思っていたら、どうやらパティの考える案にはまだまだ量が足りないらしい。シエルは何度か材料の置かれた台と作業テーブルとを往復して、
「糊とか無いのかなぁ?」
「プレートをくっつけるなら、生クリームやチョコを溶かして固めるとか……」
 きょろきょろと視線を走らせながらも器用に工作を進めるパティにアドバイスを送りつつ。だんだんと大きいを超えて巨大と呼べそうなサイズになり始めたチョコプレートの、その、なんて言えばいいんだろう、板? に、謎は深まるばかり。
 スカラップレースのように半円を連ねた縁取りの、特大のチョコ板に一般人も興味津々だ。注目を集めていることを知ってか悪戯っぽく満面の笑みを浮かべ、パティは意気揚々と拳を突き上げた。
「さぁ、復興の証にこの繁華街の看板を作ろー!」
 えいえいおーのポーズである。
「まぁ、それはステキですわ!」
 シエルもつられてえいえいおー。パティに呼び掛けられた客達も、二人の楽しげな様子に我も我もと集まってくる。謎の超大チョコ板は、パティなりの繁華街への激励だったのだ。
 形を整え、看板土台が完成したならば、さっそくお待ちかねの装飾タイム。
 また別の色のチョコレートで繁華街の名称を記すパティに倣って、シエルも看板を飾る材料を集めていく。
「これと、これと……。あちらのハートも、キレイなお色!」
 選んだ色彩豊かなハート形チョコは、シエルの指先で花弁へと姿を変える。繊細な装飾をバランス良く看板に貼り付けてからパティは隙間に大好きなハロウィン模様を描いて、それから、うーん、と首を傾げ。飴玉をつまみ食いしながらご機嫌に会場を練り歩く燈子に声を掛けた。
「燈子ー! ここってもっとハデな方が良いかなぁ?」
 呼ばれ、燈子は鼻歌混じりに元気な返事をする。求められた意見にアイシングの掛けられた星型クッキーを薦めてみたらシエルに褒めてもらえたので、燈子は照れ照れと頬を弛ませた。
 わいわい愉快な看板作り、出来上がりが楽しみだ。

●たいせつなかぞくへ
 材料を貰いに来たペシュメリアに、会場へ柔和な表情を向けていたファルシアがそれらの場所を案内しながら微笑む。
「……なんだか、嬉しくなっちゃうねぇ」
 こうして、人々が笑顔で過ごせていること。
「ええ、本当に」
 案内へのお礼と共に、同意を示す。ふわりと微笑みを交わし合って、ペシュメリアは作業テーブルの席に着いた。
 厚めのホワイトチョコプレートにビターなチョコペンを構え、感謝の言葉を書き込……もうとして、急に胸に襲い掛かってきた得も言われぬ感覚に少女は思わずピタリと手を止めた。
 綺麗な筆跡で『いつもありが』までは書いたものの。
(「……い、居た堪れない!」)
 それに改めて考え直してみたらそもそもあんまり感謝してなかった!
 渡したらきっと相手はそりゃもう全力で喜ぶだろうことは想像に難くないのだが、文字にするのは気恥ずかしいやら癪やら何やらで。
 書きかけた文をハートチョコで覆い隠さんとするペシュメリアは、当然ながら目の前のチョコレートに集中していて。
「消しちゃうのぉー? もったいないよぉー」
「って燈子さんいつから!」
 実は後ろから覗き込んでいた燈子の存在に、今やっと、気付いたのだった。
 ちなみにいつから見ていたのかというと、チョコペンを持った辺りからである。つまり最初から。
 わたわたと慌てて弁明をするペシュメリアに、燈子はうふふー、と嬉しそうに笑う。そのほにゃんとした笑顔を見て少女は思った。駄目だ、これは「家族のために一生懸命チョコを作りに来たなんて、なんと家族想いの素敵な女の子なのでしょう」って顔だ。
 う……と言葉に詰まったペシュメリアは控えめに咳払いをして話題を逸らす。会話ののち燈子を見送り、ふぅ、と安堵の溜息をついてペシュメリアは気を取り直してテーブルへ向き直った。
 プレートに飾るのは、三つ葉のクローバーと雪のようなアラザン。更に白く煌めくサンディングシュガーをきらきらと。
(「ふふ、あげるのが惜しくなってしまいますわね」)
 自然と綻ぶ頬は、大人びた少女の見せる年相応の乙女らしさ。

●やさしいともだちへ
「タマさん! チョコ! すげー!」
 ヒールを施された建造物含め、見渡す限りいろんな場所が甘いもので溢れている。
 嬉しそうにはしゃぐ一騎を見守る陣内の翡翠色の瞳は何か、もっと複雑な――例えば『こないだの様子』への気掛かりや、心配によく似た感情も秘めているようだったが、それは決して口には出さずに。あれもこれもと騒ぎながら材料を選ぶ一騎の傍で膨大な量と種類の装飾パーツに圧倒されながらも、陣内もホワイトチョコレートを始めとした材料を手に取った。
 作業テーブルへと移る間にぐるりと首を捻ってみれば、陣内の目に映るのは一般人のカップルや恋する瞳の女の子。わざわざ察知しようとしなくても肌に感じる甘い空気の中、野郎二人ってのも微妙かと思いかけたけれど、隣の少年に目を遣れば心底楽しそうに元気な笑顔を返してくれるので。
(「こいつが楽しく騒いでくれれば、……まあいいかな」)
 ふ、と陣内も口元に笑みを乗せた。
 陣内はあまり口数の多い方ではないから、少しの間、一騎がぽつりと口火を切るまでテーブルには静かな時間が流れた。ただそれでも気まずさなんて欠片もないのは、互いに相手をかけがえのない友人として認めているからだろうか。
 チョコプレートに良く言えば独創的な飾りつけをしながら、一騎は呟く。
「友達とか家族とか、遠目から見るだけのモンだったんスよ」
 声は、感情を出し過ぎないようにと抑えられているのかもしれなかった。
 ともすれば賑やかさに掻き消されてしまいかねない声を聴き洩らさないよう、陣内はそうと気付かれぬように黒豹の耳をそばだてる。
「だから皆やタマさんと一緒にいられる今は……チョコレートみたいっス」
「チョコレート? なるほど。賞味期限も長いし、非常時の補給にも向いている」
 紡がれた言葉に返ってきたのは、自然なトーンと軽妙な語り口の、前向きな台詞。
 いつも通り「悪くない」と気遣ってくれる陣内に素直に頷けない自分に苦笑を零して、一騎は陣内が作ってくれたチョコレートを齧る。ホワイトチョコの土台に、犬の形の飾りが自己を主張していた。
「いつもありがとっス、タマさん」
 お返しに、不格好になってしまった猫モチーフのチョコを渡すと、次はチョコレートではなくデコピンが返ってきた。
「俺は猫でもタマでもないぞ」
「いてー……へへ」

 いろんな人と出会い、話し、馬鹿をやれる今が甘くて嬉しくて、けれどそれはいつか、
(「溶けてなくなる」)
 どんなに楽しくてもいつか失うとしか思えない自分がいる。
 ポジティブな見方でチョコレートの例えに答えてくれた陣内も、きっと一騎に巣食う不安に気付いている。
 だけど、それでも。
 あたたかい気持ちを胸に微笑み合える時間を、今は。

●いろどりをかざりに
 さて、ついに完成した看板は短時間で作り上げたとは思えないほどの出来栄えで、工作が得意だと自負するパティの活躍とシエルの細やかな気配り、そして来場者の一般人やスタッフの協力もあって相当立派なものとなった。
 とはいえ、せっかくのチョコレート。食べずに飾り続けておくことはできないので、飾って記念撮影ののち、皆で分け合って早めに食べる、という流れに。
「誠司はそっち! ちゃんと持つのだ!」
「て言ってもコレ結構重いっすよー」
「パティ様、ひきずってますわ!」
 へたれたことを言う誠司に檄を飛ばしながら、シエルに的確にフォローされながら、パティは先陣切って繁華街を進む。
「皆で繁華街の入り口に飾るのだ~♪」
 パティの声に、おー! と、歓声が上がった。
 この街が今まで以上に笑顔になりますようにと願ったパティの元気が、皆様の笑顔がわたくしたちのご褒美ですわと言い切ったシエルの真心が。
 始終穏やかに裏方として皆をサポートしたファルシアの優しさが。
 ヒールに訪れ、そして復興するだけでなく共に楽しんでくれたケルベロス達の心強さが、街並みだけでなく住民の心をも癒しゆく。
 お菓子の行進は繁華街の入り口で止まった。掲げた看板に拍手を送る人々の中にはうっすらと涙を湛える者もいたが、誰もが復興の喜びを噛み締めている。
 甘く揺蕩うチョコレートの香りが、勝ち得た平和の証となって街を満たしていた。

作者:鉄風ライカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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