手繰り寄せるは蜘蛛の糸

作者:刑部

「最近は誰もグラビティ・チェインを集める前に殺められてしまって……ケルベロス……忌々しい事……」
 暗がりの中に左右4対、計8つの赤い瞳が光ると、黒と黄色に彩られた女郎蜘蛛……但し明らかにおかしなその大きさは、彼女が女郎蜘蛛ではなくローカストである事を現してた。
「……あなたは、上手くやれますね?」
 そう言うと、幾つもある腕の1つで、部屋の片隅に恐れる様に縮こまっていた別のローカストの顎を引き上げる。
「ギギッ」
 無理やり顔を上げられたカマキリ型のローカストは、呻く様に短く声を上げた。
「そう……なら、沢山殺してきて下さいませ」
 女郎蜘蛛の口元に微笑を浮かべると、カマキリ型のローカストは喜び勇んで部屋を飛び出してゆく。
「ふふ……」
 その背を見てもう一度微笑を浮かべた女郎蜘蛛の姿は、ゆっくりと闇に溶け込む様に暗がりへと消えるのだった。

「なんかローカストの頭の悪い奴ら送り込まれとった件やけど、女郎蜘蛛型のローカストが裏で糸引いてるみたいや。蜘蛛だけにってやかましいわ」
 何故かノリノリの杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が、笑顔で口を開く。
「この女郎蜘蛛型のローカストが頭の悪いローカストを送り込んで、グラビティ・チェインを収穫する作戦の指揮官みたいなんや。
 配下の頭の悪いローカストをどんどん送り込んでたんやけど、片っぱしから潰したったから、どうやら出張って来てるみたいなんやけど、まだ何処におるんか予知出来へんねん。
 とりあえず、また頭の悪いカマキリ型のローカストの予知を掴んだから、それに当たって欲しいんやけどえぇかな? 頭悪い分、戦闘に特化されとるタイプや、鎌もなかなか鋭いから戦う時は注意が必要やで」
 千尋は現在の状況を説明し、集うケルベロス達に注意を促す。

「ここの公園で女性が捕まっとる。突如現れたローカストに対し、自分の子供を逃がす為にその身をなげうったお母さんや。因みに娘さんは4歳の女の子で、泣き叫びながら振り返り振り返り逃げとる。
 ローカストはグラビティ・チェインを吸うのに時間が掛る。
 到着のタイミングを考えたら十分助け出せるはずや。あと子供のフォローも必要やと思うから任せたで」
 千尋は頷くケルベロス達を頼もしそうに見つめる。
「敵はさっきも言うたカマキリ型のローカストや。一番の脅威は当然その大きな鎌やけど、翅を擦り合わせて破壊音波 出したり、体内のアルミニウム生命体を解放して、生体金属の鎧で自らの身体を包んだりもしよる。
 戦場は公園になるやろうから、障害物とかはあんまり考えんでもえぇと思うから、お母さんさえ逃がせば後はボコボコにするだけやな。攻撃を受けてまで吸い続けるとは思えんから、襲い掛かったら離しよると思うわ」
 身振り手振りを加えて説明を続ける千尋。

「指揮官が出張ってきてるちゅーのは作戦が上手い事いってない証や。このままどんどん向こうの計画狂わせて、その女郎蜘蛛のローカストも引っ張り出したろや!」
 そう言って千尋は八重歯を見せて笑うのだった。


参加者
ミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)
九石・纏(鉄屑人形・e00167)
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)
レティシア・リシュフォー(声援アステリズム・e01576)
ダモス・テレーラ(美食道化・e04157)
クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)
播磨・玲(ドタバタ娘・e08711)

■リプレイ


「うえぇーん、おかーさーん」
「は、早く逃げるのよっ!」
 泣きながら振り返った少女の頭、サクランボを象った髪留めに留められた短いツーテールが揺れ、その様を見た母親が絶叫する。その母親の体は大きな2つの鎌で捕えられており、首筋には鋭い顎が突き立てられていた。
「うえぇーん、おかーさんが死んじゃうー」
 母親に急かされ、大泣きしながら再び背を向け駆け出した少女の前に、天から降って来た者達が居た。
「子供の方はよろしく!」
「……」
 仲間達にそう声を掛け、笑顔を見せて子供の横を通り過ぎたのはミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)で、その後ろ、子供を一瞥すらせず口を一文字に結び、ローカストただ一点だけを見つめ、ケルベロスコートの裾を翻して駆けるのは御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)。
(「なんだろう……言葉に出来ないけど、これがあれかな『血が騒ぐ』ってやつかな?」)
 少女の涙を見たカタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)も、少女の頭にぽんと手を置いて笑顔を見せ、
「でもまずはあれを倒そう。わたしはラーズグリーズ――計画を破壊する者。そう、わたしは兵器。護れる者は護るよ」
 小さく呟き、ボクスドラゴンの『クロクル』と共に白陽に続く。
(「間に合って良かったが、こういう時ほど冷静に対処する必要がありそうだな」)
 その上を舞う翼を広げたクリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)が、自分に言い聞かせる様に呟くと、その髪にシルクのリボンの先が踊る。
「大丈夫、私達がお母さんを助けてあげるから泣かないで」
 駆け抜けていくケルベロス達に唖然とする子供の体を、レティシア・リシュフォー(声援アステリズム・e01576)が優しく抱き寄せる。
「お姉ちゃん、本当?」
「本当よ。お姉ちゃん達はケルベロスだから強いんだ、任せてよね」
 涙を溜めた目を見開いて尋ねる子供を真っ直ぐ見て、力瘤を作って見せ頭を撫でるレティシア。
「好き勝手する時間は終わりだ。その人を離しなさい」
「ボクも頑張っちゃうよっ」
 そのレティシアと子供を庇う様に立ち、ローカストを射程に捉えた九石・纏(鉄屑人形・e00167)の足から、槍の様に伸びたブラックスライムの穂先が狙い、播磨・玲(ドタバタ娘・e08711)とテレビウムの『つっきー』がその穂先と共に距離を詰める。
「ギギギッ!」
 突如現れたケルベロス達の一斉攻撃に、ローカストは母親を離して飛び退さる。
「っと、大丈夫ですか? 意識をしっかり持って下さい」
 逃がすまいと仲間達が更に仕寄る中、投げ出された形になった母親の体をダモス・テレーラ(美食道化・e04157)が受け止めると、
「子供。子供は……」
「大丈夫です。直ぐにお子さんの所へ連れて行きます」
 首元を血で染めながらも、自身の身より子供の心配をする蒼白な顔の母親に優しく声を掛けたダモスは、ローカストと鍔迫り合いを演じる仲間達の背中を見送り、母親を抱き上げ子供と居るレティシアの元まで下がる。


 振るわれた大鎌が先程まで顔のあった場所を薙ぎ、赤い髪を数本風に舞わせる。
「……遅いわよ」
 その身をかがめる動作から体を回転させ、ローカストの胴に回し蹴りを見舞うミリアム。
「ギギッ!」
「爆ぜろ!」
 そのミリアムに視線を落とし、鎌を振り下ろそうとしたローカストの顔の前に、纏の投じた電撃爆弾。纏の声と共に其れがスパークし電撃に撃たれるローカストが、苛立たしげに翅を震わせ破壊音波を起こす。
 豹耳をぴくぴくと動かした玲と飛び蹴りを見舞ったクリスティが後退するが、 
「小賢し……」
 その音波を双刃を振るって裂いた白陽が詰め、ローカストも2つの鎌を薙いでそれに抗する。2つの刃が2つの鎌とせめぎ合い、手を封じられたローカストにクロクルを連れたカタリーナとつっきーが仕掛けると、流石に不利を悟ったのか、
「ギッ!」
 短く鳴いて無理やり白陽を押し返し、つっきーを鎌で裂いて跳び退いた。
「まだまだアタシらの攻撃はこんなもんじゃないよ」
 その間に回り込んだミリアムがローカストの側背からケルベロスチェインを飛ばして、その体を締め上げたところへ、
「……死に染まれ」
「さっさと片付けさせてもらう」
 煌青色の瞳で睨んだ白陽の蹴りを受けたローカストが前のめりになったところを、纏が指輪から具現化させた光の剣で斬り上げた。

 その戦場から少し離れた場所。
「あぁ、大丈夫だった?」
「おかーさーん」
 レティシアとダモスの前で抱き合い泣きじゃくる子供の頭を撫でる母親。
「今傷を癒やしますね」
「お母さんも無事だったんだ。ほら、お嬢さんも泣きやんで」
 母親にレティシアが魔法の木の葉を纏わせ、ダモスも触れた子供の背から溜めたオーラを流し込んで、その気持ちを落ち着かせる。
 ローカストに噛まれた首筋の傷も癒え、そこをさすった母親が、
「あぁ、ありがとうございます。もうダメかと……二度とこの子にも逢えないかと思っていました」
 と、はらはらと落涙し深々と頭を下げる。
「何よりです。さぁ私達がアレを押えている間に早く逃げて下さい」
 ローカストの方を警戒しながらダモスが促すと、
「ありがとー、おにーちゃん、おねーちゃん」
「えへへ、よかったね」
 子供がペコリと下げた頭をレティシアが撫でると、何度もお礼を言い頭を下げた母親が、子供を抱っこして走り去っていく。
「さて、頑張ってる皆さんを援護しないと」
「ですね。上手くいかないからと言って上司が前に出てくるというのは、余程の事が無い限りは悪手だと思いますし、このままもっと上手くいかなくして差し上げましょう」
 殺界を形成し淡い金髪を躍らせて身を翻したレティシアの翠眼が、ローカストと刃を交える仲間達の姿を捉え、ダモスがその身に黒色の闘気を纏うと、レティシアに目配せして駆け出した。

 最初から押し気味の展開の上、親子の保護に回っていたダモスとレティシアも加わり、余裕と思われていた戦場の様子は、ローカストの体色が緑から褐色に変わった事で一変する。
「なにっ……」
「力が上がった? 皆、気を付けろ!」
 鎌に裂かれたクロクルが、そのまま吹っ飛ばされるのを見たカタリーナが目を見開き、クリスティが仲間に注意を促す。その言葉を掻き消す様に叩き付けられる破壊音波の威力が、クリスティの言を肯定していた。
「耳が痛いんだよ」
 つっきーと一緒に耳を押え、逃げ惑う玲。
「奥の手を隠しているとはなかなか……だけど言葉もない、脳みそまで虫並の奴に負けるわけにはいかない」
 カタリーナのアームドフォートが火を噴き、白陽とミリアムが左右から挟撃を図ると、レティシアの回復を受けた玲も、つっきーと共に攻撃を仕掛ける。
「ギギギギギッ!」
 己の体をアルミニウムの鎧化したローカストは、ケルベロス達が次々と繰り出す攻撃をその鎌で捌いて鳴く。
「ラーズグリーズ、翅を狙え」
「了解だよ」
 喚び出した御業から炎弾を飛ばしたクリスティが声を上げると、カタリーナはその二刀をもってローカストの翅を空間ごと裂くが、ギリギリのところで跳び退かれ、斬れた翅の先だけが宙を舞う。
「ギギッ」
 再びアルミニウムで鎧を強化させたローカストは、鎌を振り上げ様子を窺う様に小首を傾げ、ゆらゆらとその体を揺らしてケルベロス達を見つめていた。


 ローカストが起こす破壊音波が前衛陣を撃つ。
「一回下がるわよ」
 蓄積されたダメージに足が縺れそうになり、Dunkle Mantelの裾を翻して後退するミリアム。それに合わせ前衛陣が一旦距離を取ると、そのミリアム達と入れ代わる形で、
「あなたも無能な上司の元で苦労しますね。ですが、その上司を引っ張り出す為にもあなたには犠牲になって頂きます……さあ、燃やし尽くしてあげましょう!」
「面倒だからとっとと片付けるぞ」
 ダモスが振るった愛用の大鎌『来迎図』から飛ぶ漆黒の炎とクロクルの吐くブレスに合わせ、距離を詰めた纏が強烈な一撃を見舞う。
「相手も苦しい筈よ。ここは持ちこたえて下さいですっ!?」
「押すぞ播磨!」
「はい、クリスティちゃん」
 その間にレティシアが後退した前衛陣を歌声で癒すと、クリスティが玲とつっきーと共に距離を詰め、ローカストの前に立ちはだかり激しい打ち合いを演じる。その間に左右から回り込む形でカタリーナと白陽。
「横がお留守だよ」
「……死ね」
 カタリーナの弧を描く斬撃が片側の翅を斬り落とし、逆側の翅も白陽に一閃で大きな裂傷を刻んだ。
「ギギギギギッギギ!」
 ローカストは悔しげに顎を噛み鳴らし、此方を威嚇し幾度目かになるアルミニウムを纏うが、
「無駄だ……斬刑に処す」
 翅を裂いた後、ローカストの死角へと回った白陽が、そのまま体を捻って放つ無垢式・閃空殺による十七の同時斬撃。残った翅が無残に裂かれて舞い落ち、黒い体液が地面を濡らすと、ローカストは怒りに任せて白陽を薙ぐ。
「傷を癒やしますね! 森の護りをここに!」
 大きく裂かれ鮮血を噴き出す白陽に、直ぐ様レティシアの癒しが飛ぶ。
 そして体に刺さる大鎌を握り動きを阻害する白陽と、それを振り解こうともう片方の鎌を薙ぐローカスト。
「させない。御神さんの作った隙を活かして見せる」
 その鎌の動きを妨害する様に纏のヒールドローンが、次々と白陽を守る様に集まり、
「流石、極限状態に置かれてこそ、人の本性は見えるものです……」
 肉に食い込む鎌を無言で押さえる白陽に目を見開き、ダモスが繰り出した掌底からローカストの体内に衝撃が広がり、玲とつっきーが左右から踊り掛る。それに反応しようとするローカストだったが、翅は既に斬れ落ち、鎌は動かず玲達の攻撃をモロに喰らう。
「その絶対的な隙、逃しはしない」
 そしてミリアムの声と共に黒塗りの弓から放たれた一矢が、死角からローカストの胴を貫いた。
「ギギッ!」
 胴を突き破って覗く鏃を見降ろし、顎を鳴らすローカストの顔をクロクルのブレスが焼き、
「次の一手はどうするか見物だな」
「もう飽きたよ……お前の底が知れた。さぁ、腐れ蟷螂もどき……煌々たる賢者の剣よ、理を穿ち、天意を砕け。神意は遠く、神威は無し、疾く燃え尽きてしまえ」
 クリスティの言葉と共に舞い落ちる羽が、ゆらゆらとローカストの周囲を舞い彼女が開いた掌を握り閉めると、その羽々が一斉に襲い掛かりローカストの身を裂いたところに、カタリーナの穿ち砕く遥か遠き賢者の剣の一閃。
 その一閃がローカストの身を大きく裂いて傷口を焦がし、嫌な臭いを立てた。
「ギギッ……ギー!」
 ローカストはその傷を塞ぐ様に腕を振るうが、鎌ではいかんとも塞ぎ様が無く、ケルベロス達が包囲網を狭める中、自分の撒き散らした体液の上へ崩れ落ち3度痙攣して動かなくなったのだった。

 こうしてケルベロス達は無事親子を逃がし、蟷螂型ローカストを討伐する事が出来たのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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