●ヒーリングバレンタイン2016
「みんな。ちょっといいかしら?」
話があるの――花房・光(ウェアライダーの刀剣士・en0150)が切り出したのは、今現在の状況と、とある『話』についてだった。
人馬宮ガイセリウムの東京侵攻は都内に被害を出し、このままだと更に大きな被害が出ると予測されている。最善の結果が出たとしても、ガイセリウムが通過した市街の被害は大きかろう。最悪、首都消失まで有り得るらしい。
「そこでなのだけど……そ、その……戦後の東京都心部の復興も兼ねて、バレンタインスイーツを作ってみる、というのはどうかしら」
光がほんの少しだけ視線を泳がし――かけて、堪えた。
端から見れば、突拍子もない事を言っているように見えるかもしれないが、そこには『大きな被害を受けた建物等をヒールする』という、ちゃんとした目的があるのだ。
「バレンタインが近いから、ヒールした建物の一部は、お菓子の雰囲気やお菓子作りにぴったりの外観を持つと思うわ。そこで、その建物を利用して戦後復興を兼ねたバレンタインスイーツ作りを……という話が出たのよ」
勿論、復興を兼ねたイベントなので、自分達ケルベロスだけでなく、被災した周辺住民も参加出来る形にするらしい。
共に楽しむ事が出来れば、人々の心のケアにもなる上、バレンタインの準備が同時に出来る。正に一石三鳥――と言ったのは、さて、誰だったろう。
●真心デコレーション
「私達がヒールするのはアーケード商店街よ。歩いたら結構長い、そんな場所だけれど、みんなで力を合わせればきっとすぐに終わるわ」
ヒールを終えた後に行われるイベントは、『自分だけの、バレンタイン・デコレーションスイーツ作り』。
焼き上げたクッキーやスポンジ生地、板チョコやバームクーヘン等々――お好みのお菓子を、どうぞ貴方の心のままに――というイベントだ。お煎餅やあられをデコレーション、と和洋をコラボさせてもいいだろう。
クッキーやケーキを焼くのが苦手、という人の為に、出来上がった物も用意されるので、そういった『安心』もある。
そして、スイーツ作りに必要な物は全て、ヒール後に搬入される。使い慣れた物で作りたい、という場合は、遠慮無く持ち込んでいいそうだ。
「最近は、板チョコをデコレーションした『デコチョコ』というものもあるわよね」
自分だったら――とイメージを膨らませかけた光が、くすりと笑う。
「みんなは、どんなデコレーションスイーツを作るのかしら? 楽しみだわ」
年に一度のビッグイベント。
心をこめたヒーリングと、デコレーションを――さあどうぞ。
●復興への第一歩
人馬宮ガイセリウムの残した爪跡の前で、アーケード商店街の一角で、泰地はボディビルのポーズを決める。
「よっしゃ、ここはオレに任せろ!」
今回の作戦をとったのは自分達。ケルベロスとして責任を持って、市民の為、東京中を駆け巡っての修復をと心が燃え上がる。
泰地の鍛えられた肉体から迸った癒しの波動が、見る間に周囲を直していった。泰地はすぐさま裸足で駆け、大きなひびが走るアーケードの下で止まる。
「今度はここか。一気にヒールするぜ、うおおおおっ!」
頭上へ奔った力を受け、痛々しい状態だったアーケードが、その姿を変えていく。
ひびは消え、色は鮮やかに――それは、見つめているとお腹が空きそうなクッキー柄アーケードだった。
●真心こめて
ケルベロス達の尽力によって、甘く美味しそうな姿へと生まれ変わったアーケード商店街。そこで開催された『自分だけの、バレンタイン・デコレーションスイーツ作り』は、地元の人々の参加もあり、なかなかの賑わいを見せている。
その一角でケーキの土台作りに励んでいるのは、エプロン姿の檸檬だった。
若者の為、縁の下の力持ちとなれるならエンヤコラ、と鼠の手で器用にメレンゲを泡立てる。ポイントにと水飴を加えながら回りを見れば、やはりというか、目立つのは一般女子の姿なわけで。
「渋カッコイイわしの姿を見て、仄かな恋心を抱く娘御もおるかもしれぬ」
「ふふ。本当、壱崎くんはエプロン姿が様になっているわね」
淑やかなメイド服姿の宮乃は、初心者も安心してデコレーション出来るよう一口大のパンケーキを。その所作が淑女然としているのは、きっと服だけのせいではないだろう。
彼女が作る、プレーンとココアと抹茶の3種。それらがふんわり焼けていく様を見ていたテオドールも、オレンジを手にせっせと作業に励んでいた。檸檬と宮乃の手を借りれば、作業効率は大幅アップである。
そして並ぶのは、短冊状に切られ、砂糖の布団にくるまれたオレンジピール達。天日干しが完了すれば、テオドール作のオレンジピールは、彩り要員として大活躍する事、間違い無しだろう。
「おお、美味そうじゃ」
「チョコでコーティングしたらもっとおいしいアル」
「テオドールちゃん。後で少しいただいて良いかしら?」
その言葉にテオドールは笑顔で頷いた。日頃の礼に皆へ送るつもりだった物が姉貴分の役に立つのなら、それは嬉しいものだから。
ジャスミンと光、2人のデコレーションスイーツ作りは『初めまして』の挨拶から始まった。
「すてきなお誘い感謝します。1人で参加で心配でしたが、仲良くしましょうね」
「私も1人だから、フローディアさんが一緒で嬉しいわ」
あなたは何を作るのと訊かれ、ジャスミンが取り出したのは集めてきた材料達。料理や菓子作りが得意な少女が、皆が喜ぶ顔を浮かべながらゆっくりと丁寧に、そして手際よく作っていくのは――。
「マカロン?」
「はい。これで完成しました。上手にできたでしょうか?」
フローディアの言葉に光が微笑み頷いた。
さくさく生地の間にホワイトチョコを挟み、アイシングで描かれた花やレースが優美な彩りを添えた一品。それはきっと、誰が見ても素敵だと思うだろう。
いつもは作ってもらってばかりだから、たまには彼女らしく。
こういうのが、好きそうだから。
リディとスハイルの間にちょこんと鎮座しているカップケーキ。どちらも少し甘めなのは、互いに相手を愛しく想っているからか。
「はぅ、スハイルくんほど上手には作れてないと思うけど……食べてみてっ?」
リディが差し出したカップケーキは、パンダ形のチョコを冠していた。彼女の言葉に、スハイルもそっとカップケーキを差し出す。生クリームの上で、緑色のドレンチェリーが宝石のように煌めいていた。
「どうだかな……リディのものに負けるかも知れないぞ?」
恋人を想って作り、そして贈った1つだけのデコレーションスイーツ。食べれば会話は弾み、恋人への想いと感謝も自然と深まっていった。
お菓子の家。それはワクワクの塊。ココアクッキーの窓には飴の硝子がきらりと光り、チョコとウェハースの屋根もお腹を刺激する――のだが。
「これ支柱の数足りなくない!? この材料じゃ防音性に問題があるし、窓閉まってるから通気性も問題ある」
平屋しか建たない、1階は客間と風呂、2階は自分と万里の個々人の部屋を――と語るのは組み立て係のゼンで。
「……はぁ? 支柱って何!? 壁と壁をアイシングでくっつけるんだよ! 防音性? 通気性? お前は菓子に何を求めてるんだ!」
相方の言葉を受け、自分に何をどれだけ作らせる気なのかと多忙を極めているのは、お菓子の家作りの経験がある菓子作り係の万里だった。
「お前が作る? させるかよ!」
「あ、こら!」
作るのはお菓子の家だが、それが自分達の家だからこそゼンは手を伸ばし、万里が声を上げ――と、2人の『建築現場』は非常に賑やかだ。
それでも無事完成した2人のお菓子の家は、壁や屋根にも大きな窓がついた、沢山の空が臨めそうな家。輝く飴硝子の窓達はゼンの我が儘という希望の、そして万里の繊細な技術の表れ。嬉しさで赤い瞳は飴硝子のように輝いて――。
「散々苦労させられたけど」
まぁいいか、と。それを見た曇天色の瞳もまた、嬉しげに細められる。
チョコを纏わせた丸いクッキーの上に、ハートチョコを。白にピンクハート、チョコ色に赤いハートの組み合わせで作った灯乃は、チョコが固まってから回りに波線を描いた。
(「なかなかに美しいんやない?」)
出来上がった物を前に一息ついたその耳に、サイファのそれはそれは元気で、少しだけ不思議な日本語が届く。
「ヒノ、見て見て! 兎! チョコで兎で苺! すげぇだろ?」
ぴょこんと立ったチョコプレートの耳。ボディはチョコを纏った苺。顔はチョコペンで描かれた愛らしい兎苺が、灯乃に向かってコンニチハ。
かわえぇね、の声にサイファはニヤリ笑い、はいあーん――と思いきや引っ込めた。
「くれひんの? でも折角やし自分でお食べ?」
「いやいや、あげるってば。玄人のオレにかかればこの程度いくらでも量産出来るし」
そんなサイファの目が、箱に仕舞われていく灯乃のスイーツを映す。ハートとは意味深だと目が光った。
「折角やし綺麗にラッピングしたいな」
お持ち帰りかよ、というサイファの笑い声を受ける箱の中、そこに眠る灯乃作のデコレーションスイーツは、さて、誰宛か。
(「こんなんあげたら笑われてしまうやろか」)
「どした? あ、ラシードとコウ!」
訊けばエプロンを着けた男は手伝いに来ていたらしく、少女の方は自分用に小さめのホールケーキを彩ったそう。そんな2人にもサイファの『はい、あーん』が向かい――。
「いやあハハハ、男にされてもねえ」
「あら」
「ってウソウソ」
目を丸くした2人に、1つずつ兎苺をプレゼント。
スタンダードに板チョコを。食感のあるチョコが好きだからクッキーを。サクサクが好きだから自分もお揃いでクッキーを。
エクレア職人のエディスの後にゆりあが宣言し、ゆりあ曰く可愛さ輸入品菓子の包装紙レベル、なココも続いた。そんな3人は、お菓子作りを楽しむ3姉妹のよう。その中で1番の年長者はエディス――なのだが。
「初めてだから皆のやってるのを見様見真似で…………えっと……うぅん、難しいわね」
「ココ、チョコレートは作ったことないな……でもね、粘土とか好きだから上手にできると思うんだー」
鋭意製作中な年長者と年少者の言葉に、ゆりあの目が丸くなる。
「あれっ? デコもチョコ作るのも初めて? 中央からじゃなくて端から……あぁもうつけすぎつけすぎ」
つい口うるさくお節介してしまうゆりあだが、そこに苛立ちはない。何故なら、何だか2人とも可愛いから!
そうして年中者の奮闘も交えながら完成した、それぞれのデコレーションスイーツ達。ハートと楽譜をイメージして彩った物を前に、ゆりあは笑顔で胸を張った。
「どう? やばくない?」
「とってもキレイだね! お歌うたいたくなっちゃうねっ」
「素敵ね、何だかゆりあって感じがするわ」
「エディスちゃんのはとってもかわいい! かわいい……何ちゃん?」
こてんと首を傾げたココの隣、ゆりあが凝視するエディスの板チョコを彩っているのは、何かとしか言えない何かだった。
「ごめん……エディスさんそれ何?」
「一応うさぎのつもりなんだけど……」
「……独創的、ね、うん」
「ココ、この子のお顔、とってもすきだなー。ココはね、だいすきなお友だちのお顔描いたよ!」
えへへと見せてくれたチョコには――よくわからない顔足人がご在宅。一瞬間が空くが、嬉しそうな顔に釣られてエディスもふんわり笑った。
「友達を描いたのね……! ……喜ぶわきっと」
「交流関係が、広いのね。でっ、その作ったの、誰に渡すの?」
教えてくれるまでしつこく問い詰める。そんな眼差しにエディスはきっぱり内緒と答え、ココは誰にあげるのか心躍らせながら、喜んでもらえたらとふんわり想うのだった。
バレンタインだからと怜四郎が選んだのは、ごく普通の板チョコ。因みに苺味。
けれど生クリームの縁飾りを施して、アクセントにカラフルマカロンを。その回りにチョコの小さな花を咲かせ、アラザンを散らしてハート形のチョコを添えれば――ごく普通の苺味板チョコが、華麗な大変身を遂げたではありませんか――である。
「ねえ怜ちゃん、渦巻きのクリームを絞るには、どの口金がいいかにゃ?」
ご機嫌笑顔を浮かべていた怜四郎の隣、ミニガトーショコラを彩っていた雨音からのヘルプに、怜四郎の笑顔が優しく向く。
「それだったら雨音ちゃん、これがいいわよ」
「お菓子作りが上手い怜ちゃんがいてよかったにゃ」
笑顔を浮かべた雨音の前にあるミニガトーショコラは、バレンタインらしい素材である上に、ボリュームもちゃあんとある素晴らしさ。いざクリームを、と取りかかった雨音だが、口金から出たクリームが『にょき~』。レッサーパンダの耳尻尾が感情のままにしょんぼり垂れた。
「あらあら、ふふっ♪ クリームは力加減が難しいものね」
「ん……?」
しかし雨音は閃いた。ここをレッサーパンダにすればいいじゃない。ココアで色付け、円らな目はチョコチップ。最後に粉砂糖を飾りナノナノの模様を入れれば――ほら完成。
ナイスカバーを讃える怜四郎の傍で、雨音はついでにともう1品。そしてスイーツ仲間へと差し出した――ら、どうやら向こうも同じ事を考えていたようで、2人の『ハッピーバレンタイン』がキレイに重なった。
「はい、怜ちゃん♪」
「私となぁちゃんにもくれるの? ありがとう!」
雨音作のデコレーションスイーツ。怜四郎の手に乗ったそれは、雨音が怜四郎から受け取ったのと同じく、透明な小箱の中。
互いの手の中にある、1つだけのプレゼント。
嬉しそうに眺める2人の目は、キラキラと輝いていた。
作者:東間 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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