女郎蜘蛛の影

作者:沙羅衝

 暗く、がらんとした一室。もう直ぐ取り壊されるであろうビルの一室に、うごめく二つの影があった。
 少し大きめの影が言う。
「……気分はどうかしら? ……そう。上々ね」
 声から察するに、その影はどうやら女性であるらしかった。そして、もう一つの影がその女性の影になにやら答えているようだ。
「最近は、どなたもグラビティ・チェインを上手く集めることが出ていていない様子……。ケルベロスによって……」
 その影は両肩から伸びている細長い腕を組み、ふふ……と嗤う。
「あなたは……上手にやってくださいますよね」
 もう一つの影が、その問いに怪しい目の輝きをもって答える。
「それでは、殺してきてくださいませ」
 女性はそう言い、肩からの両腕とは違う、背中から伸びている6本のウデを妖しく動かしながら、音も立てずに暗闇に姿を消した。

 数時間後、そのビルの一角に、先程の女性の影に命令されていたもう一つの影、蜂の姿をしたローカストの姿があった。
 そのローカストの目の前には、一人の若い女性が2メートル四方のグラビティ・チェインで出来た箱によって捕らえられ、倒れていた。

「女郎蜘蛛型のローカストが、怪しい動きを見せているみたいなんよ」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084) が、集まったケルベロスに話を始めた。彼女の手にはタブレットがあり、そこに更新された情報を映し出しながら、説明を開始した。
「どうやらこの女郎蜘蛛ローカストは、『上臈の禍津姫』ネフィリアというそうなんやけど、ちょっと前から現れている、知性の低いローカストの指揮を執っているみたいやな」
 集まったケルベロスは、ローカストの指揮を執っている者がいると聞き、ざわついた。
「そんでな、知性の低いローカストを使って、グラビティ・チェインを奪取しようとしてんねんけど、今回は廃ビルの一室で二十歳前後の女性が囚われているっちゅう情報が入った。今回の依頼は、そのローカストを倒して、女性を救って欲しいんや。知性が低いぶん戦闘に長けてるから、戦う時は注意が必要やで」
 絹はネフィリアのことも気になるが、まずはその女性を救うことを考えてくれと、ケルベロスに依頼した。
「捕まっている女性は、この近所に住む朝比奈・恵(あさひな・めぐみ)さん。OLさんやな。どうやら仕事帰りにこのローカストに捕まったみたいやわ。
 んで、このローカストやねんけど、ビルの一室で特に隠れる様子もないし、向こうからの奇襲もないみたいやな。グラビティ・チェインを吸い取る為だけにつれてこられたローカストやわ。知性が低いから、こっちの言ってることも分からんやろな。
 グラビティ・チェインはゆっくりしか吸収できへんから、まだこの女性は助けることが出来るで。問答無用ってやつや。
 ただな……戦闘には長けとる。敵はこの1体だけやけど、気をつけてな。催眠を仕掛けてくるっていう情報もある。突入方法から攻撃、防御方法とかの作戦は考えた方がええな」
 ケルベロス達は、絹の情報を聞き、どうするか考え始めた。
「ひとまず、このネフィリアってヤツのことは置いといて……まあ、気にはなるけどな。目の前の人の救出が先や。頼んだで!」


参加者
キャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)
嵐城・タツマ(ジョウブレイカー・e03283)
内牧・ルチル(浅儀・e03643)
草壁・渚(地球人の巫術士・e05553)
ノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)

■リプレイ

●潜入
「あの野郎……何か隠してやがるな……」
 ホテルのロビーに到着した嵐城・タツマ(ジョウブレイカー・e03283)は、ランプで作った光源を上手く鏡などに当てて視界を確保し、辺りに放置されていた机や椅子を怪力無双を使って軽々と高く積み上げながら、ぼそりと呟いていた。その豪快な作業と裏腹に、物音は一切立てない。
「確かに……今日の餓鬼堂さん、少し変だったかもしれない」
 タツマの声を聞いた篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が、携帯照明『ごついんです』を設置しながら同じような事を考えていた。
「そうなんだ? とっても礼儀正しい人と思ったけど、いつもは違うの?」
 草壁・渚(地球人の巫術士・e05553)が不思議に思い、佐久弥に尋ねる。
「いや、礼儀正しい感じは同じなんだけど、雰囲気というか……」
「しっ! 作戦中でござる。兎に角、今は目の前の敵に集中するでござるよ」
 佐久弥と渚の話し声に、クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)が口に人差し指を当て、再びライトの設置作業に戻る。
 クリュティアは自分で用意したゴリラポッドランプと、仲間から受け取った照明を次々に設置していき、特製ハンズフリーライトは腰に固定させた。
 ケルベロス達は絹の依頼を聞き、作戦の舞台である倒産したビジネスホテルのロビーに戦闘場所を確保する為、素早く行動を開始していた。絹にこのホテルの図面を入手してもらい、何処にどういった照明設備などを設置するかをあらかじめ決めておいた為に、作戦はスムーズに進んでいた。
「ま、終わってから聞いたらいいさ。とっとと蜂を倒して、いつかネフィリアってやつも倒そうぜ」
 キャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)はそう言いながら、壁に内牧・ルチル(浅儀・e03643)から預かった幻影灯『青鷺火』を設置していく。彼の足元には、ミミックの『ホコロビ』が、自分が音を立てないように、慎重にキャスパーについていっていた。
『ただ今配置に着きました。皆様、宜しくお願いいたします』
『こっちもOK。作戦開始だね』
 餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)から携帯電話を通じてメールを受けた、ノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)は、メールを返し、ルチルと顔を合わせ、よろしくっすと口を動かした。
 ノイアールとルチルは、210号室の扉の前まで来ていた。ルチルはその時に備え、ふうっと一息吐き、術の準備を行いながら来るべき時を待った。
 バリン!!
 ホテルのロビーから、何かが割れたような大きな音が響き渡る。佐久弥とクリュティアがロビーで机を割ったのだ。
 少しの静寂が続き、ケルベロス達は息を飲む。すると、210号室の扉がギイという音を立てながら開き、そこから大きな蜂の姿をしたローカストが現れた。
「ノイアールさん、行きます!」
 ルチルは自分とノイアールに、素早く分身の術を施す。
「作戦開始だ! 行くぞ、ミミ蔵!」
 ノイアールがミミックの『ミミ蔵』に話しながら、ローカストに炎を放った。
 
●救出
「ギギ! ギギギギギ!!」
 いきなりの炎の攻撃を受け、ローカストが激しくわめき散らす。
 続いて、『ミミ蔵』が蓋の口を大きく開けて噛り付くが、その攻撃は空を切った。
「良し! 引くぞ、ミミ蔵!」
 ノイアールはそう言いながら、ルチルと共に後ろに下がる。
 その動きを見たローカストが、空中から素早くキックを放ってくる。
「その攻撃、引き受けますっ」
 ルチルがノイアールの攻撃を惨殺ナイフの緑針の腹で受け止める。早い速度で打ち下ろされたそのキックは、ルチルを吹き飛ばした。
「っと、見通しが良ければ引き付けも楽だと踏んでいましたが……!」
 吹き飛ばされながらもひらりと着地し、再びナイフを構える。彼女の尻尾がピンと上を向いてゆっくりと左右に揺れた。
『空気混合開始――燃焼最大』
 その時、210号室の反対側の廊下に隠れていた佐久弥が、ローカストに口から細く焔を吹き付けた。
「ギ!」
 佐久弥は一撃を食らったローカストの意識が自分に向く前に、素早くロビーへ続く吹き抜けへと飛び込んでいく。
 ルチルとノイアールは、お互いに攻撃を受けつつ、徐々に210号室から、ロビーへと続く階段へ差し掛かっていた。二人と一匹は連携し、攻撃を受け流しながら回復を行い、元の場所から遠ざかっていった。
「良し、これだけ距離があれば……」
 壁歩きでホテルの外壁に身を潜めていたラギッドは、ルチルとノイアールの持った光源が離れていくのを確認し、一気に窓を破った。
 派手な音を立てるが、どうやらローカストは気付いていないようだった。
 ラギッドが部屋に入ると絹の情報通り、2メートル四方のグラビティ・チェインで出来た箱が存在し、中に女性が倒れていた。ラギッドは静かにその箱をバトルオーラで引きちぎる。すると、女性がゆっくりと目を開けた。
「あ……」
「大丈夫でしょうか? 私はケルベロスです。貴方を助けに参りました」
「……え? あ、あたし……」
「申し訳ありません。少し時間がないので、失礼」
 ラギッドはそう言って、恵を両手で抱え、そのまま破った窓から翼を広げてゆっくりと地面に降りる。
 外は冷たい風が吹き、恵は思わず肩をすくめた。
「あ、ありがとうござい……」
 恵が礼を言おうとラギッドに声をかけようとするが、ラギッドは既に彼女に背を向けていた。
「それでは……」
 ラギッドはそう言い、ホテルのロビーに向かう。その有無を言わさない雰囲気に、恵は何故か外の冷気での寒さとは違う『寒気』を感じた。

●ロビーにて
「みんな、宜しくっすよ!」
 ノイアールがそう言いながら、ロビーに続く階段から勢い良く飛び出し、ルチルと共にロビーに降り立った。
 すると、二人に釣られたローカストも、吹き抜けからロビーに飛び出してきた。
「待ってたぜ、ゴクローサンってな」
 嵐城・タツマがそう言いながら、ローカストにケルベロスチェインを伸ばしながら、自ら作った机や椅子でできた足場から飛び込む。虚を突かれたローカストは、タツマのケルベロスチェインを全て避けることが出来ず、空中でよろける。
『イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!』
 そこへ、階段から死角になっていた位置からクリュティアのクナイがローカストに激しくヒットし、ローカストはそのまま地面に叩きつけられた。
「さあ、動けなくしてやるぜ」
 間髪入れず、キャスパーがエアシューズの蹴りをローカストめがけて打ちはなっていく。
「ギギ!」
 だが、ローカストはその攻撃を素早く避け、足を使ってそのままキャスパーから距離を取り、羽を佐久弥に向かっていきなり振るわせた。
「おっと、こっちに撃ってくるなら儲けものだよ」
 佐久弥はローカストから放たれる音波を防御し、ふふっと笑いながら攻撃を受ける。佐久弥の体に無数の傷が入っていき、体が後ろに強引に下げられる。
「あー、これかあ……。うん、確かにくらくらする」
 佐久弥はそう言いながら、頭に手を当てる。
「佐久弥ちゃん!」
 それを見た渚が、エレキブーストを素早く佐久弥に施し、催眠の効果を消していく。
 ケルベロス達は絹の話から、このローカストの特徴である、催眠攻撃に対して誰もが直ぐに回復を行うように作戦を立てていた。確かにこのローカストの攻撃は、いままでのローカストとは少し違い、重みを感じたものであることが、ケルベロス達には感じ取れた。それは、ネフィリアの重圧がローカストにそうさせているのか、そこまでは分からないのだが、確かに異様なまでの執着心のようなモノが見え隠れしていた。
「でもまあ、結局はたかがローカストだろ」
 タツマがそう言いながら、破鎧衝を放つ。その攻撃を受けたローカストが、今度はタツマに羽を広げ始めた。
「オラ。来いよ!」
 タツマはそう言ってローカストを挑発する。
「キシャアア!」
 ローカストは、そのままタツマと、前に出ているキャスパーと、ルチル、ノイアールに対して音波を放った。それぞれが、直ぐに防御体勢を取り、その音波攻撃を受ける。
「あー、ナルホドな。コイツは病み付きになるかもな……」
 タツマは不気味な笑みを浮かべながらそう言い、自らのバトルガントレットを見つめて握り閉める。危険な瞳の色を出しつつ、回復をしようとした渚に言う。
「俺はいい」
 そう言いながら、腰を落とし口を空ける。
「おらああああああ!」
 腹からの声で、その催眠の効果を吹き飛ばした。
『草壁流の業、見せてあげるっ!』
 タツマの様子を見た渚は、キャスパーと、ルチル、ノイアールに向かって印を組み術を施していった。
 そこへ、暗闇からローカストにいきなり蹴り付ける影が現れた。
「ギイ……」
 不意の攻撃に地面に叩きつけられたローカストが、少し悲鳴に似た泣き声を上げる。
「よう、救出お疲れ様! さて、あとはコイツを倒すだけだな!」
 ライトに照らされて、ラギッドが入ってきたのだ。そこへ、キャスパーが明るく声をかける。しかし、ラギッドはそれに答えなかった。

●暗闇の中で
「拙者の鎖は簡単に抜けられぬでござるよ」
 クリュティアがケルベロスチェインで、ローカストを縛っていく。
「散々好きに攻撃仕掛けてくれましたね……!」
『ばっつーん!!ってハジけさせてやるっすよ!』
 縛られたローカストに対し、ルチルが緑針を叩きつけ、その傷をノイアールが広げていき、佐久弥がローカストの足をへし折った。
「ギギ……」
「これがホントの虫の息ってヤツだな。死ね」
 タツマがバトルガントレットを握り締め、ローカストの腹に拳を叩き込んだ。
「ギ……ギ……」
 ローカストはそのまま、動かなくなっていった。しかし、ケルベロス達が安堵の表情を浮かべようとした時、ローカストにラギッドがゆっくりと歩いていった。
「どうしたラギッド。もう、そいつはもう死んでいるでござるよ。じきに消えるでござろう……」
 ラギッドの様子に、疑問を抱いたクリュティアが問う。しかし、ラギッドは答えず、地獄化した胃袋を身体から出現させていく。
「……え!?」
 次の瞬間、その胃袋から出現させた歯牙が、ローカストの頭に噛み付いた。渚が驚愕の声を上げる。ローカストの頭から体液が飛び出し、周りに撒き散らされる。そこにあるのは、ただ純然たる殺意であった。
「オイオイ……」
 タツマはそれを見て表情を変える。
 ラギッドの胃袋は、そのままローカストを全て食い破っていく。同じ師団の仲間であるノイアールと佐久弥はラギッドの攻撃については知っているのだが、いつものそれとは違うという事を感じていた。
 ラギッドは食い破られていくローカストを無表情のまま、凝視する。その表情とは裏腹に、彼の瞳は憎しみの色に囚われていた。

「怖いよ……餓鬼堂さん」
 その姿に、ノイアールはミミ蔵を抱きしめながら、そっと声をかける。すると、ラギッドははっとした表情をして、ノイアールを見る。
「ハッ。いつもすましてやがると思ってはいたが、やっぱり、結局はてめぇもそうなんだよな。ぶっ壊したいんだよなあ!」
 そこへ、タツマが乱暴に話し掛けてきた。
「……違う」
 ラギッドは、タツマの声に過敏に反応する。
「違わねぇよ! その眼は相手をぶっ殺したい時の眼だ! 俺は、良く知ってるぜ! 俺の殺意と、てめぇのここん中にあるヤツ、どう違うんだ?」
 タツマはそう言い、自分の胸を親指でトンと指す。
「……」
 それを聞き、反論ができないラギッド。
「ローカストなんざ、おとなしい敵のほうだ。そんなムキになる相手とは思えなかったが……」
「餓鬼堂さん、何か、あったんだね。良かったら、話してくれないか? 力になれるかもしれない」
 タツマの言葉にいたたまれなくなったのか、佐久弥がラギッドに優しく声をかける。すると、ラギッドの瞳の色がふっと変わり、いつもの表情に戻っていく。
 そしてラギッドは少し間を空け、ゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。もしかしたら、皆さんを巻き込んでしまうかもしれないと思い、話すことは控えさせていただいていたのですが、ここまでくると、何も明かさないのは、かえってご迷惑になりますね」
 ラギッドは天を仰ぎ、目を瞑り、その場にあった椅子に腰をかけた。そして、あまり他言はしないで下さいね、と前置きをしながら話し始めた。
 ラギッドは、六年前にデウスエクスによって自分の故郷が滅ぼされ、そして自分の弟と両親を虐殺されたこと、そしてその敵がネフィリアであるということを話した。自らの胃袋を地獄化させた理由もそこにあるのだと。
 話を聞き、ケルベロス達は暫くラギッドに声をかけることが出来なかった。それほどまでに衝撃的な話であったのだ。
「『奴』に関わる被害者を見るのはもう御免です。ですが、皆さんを巻き込みたくはありません。自分勝手であることは、分かっています」
 そういってラギッドは再び口をつぐんだ。
「憎しみってヤツだな……。まあ、好きにすればいい。俺は先に帰ってるぜ」
 タツマはそう言い、その場を後にしていく。
「そんなヤツが相手だったのでござるか……」
「でも、餓鬼堂さん。一人じゃ、駄目だ」
 クリュティアが呟き、佐久弥が一人で行こうとするラギッドに話しかける。
「ラギッドさん、貴方には、今、大切な人がいると思います。話しておくべきではないでしょうか」
 ルチルは過去に囚われる彼に、少し自らと照らし合わせながら言葉を紡ぐ。
「そうだよ、それに師団の皆も、絶対に協力してくれるっすよ!」
 ノイアールも続いて話す。
「同じ師団じゃないけど、遠慮することはないぜ、ラギッドの旦那」
 キャスパーがラギッドの肩に手を置き、渚もうなずいた。
「有難う御座います。皆さん。……わかりました。ここは一旦帰るとしましょう。帰って、話さねばならない人に話すことにします」
 ラギッドが腰を挙げ、ケルベロス達は現場を後にしていく。
 廃ビルから出たケルベロス達を冬の冷たい風が出迎え、身をすくませる。いつか来る『上臈の禍津姫』ネフィリアとの戦いを感じながら。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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