猛火は海の闇に燃ゆ

作者:朱乃天

 夜の相模湾は深い藍に包まれていた。
 空も、海も、合わせ鏡のように射干玉色に塗り替えられて、水平線の果てまで暗澹とした世界が続いているようだ。
 色の無い、単一の闇に覆われた空間で、空に浮かぶ月だけが煌々と輝いている。
 穏やかな波の音が一定のリズムで静かに流れ、水面に映る月の姿が揺らめいた。
 揺らめきは次第に大きく広がって、水面の月が赤く染まっていく。
 海の底から迫り上がって来る巨大な鉄塊――紅蓮の戦艦竜が月明かりにその身を照らし、漆黒の海の中で重厚な存在感を漂わせている。
 だが全身には無数の傷痕が刻まれており、傷の痛みが戦艦竜に苛立ちを募らせていた。
 その姿はかつての威圧的な雰囲気に陰りが見えてきたようにも思えてしまう。とは言え、いくら手負いだろうが存在自体が脅威である事には変わりない。
 空から降り注ぐ銀色の光を浴びながら、戦艦竜が月に向かって大きく吼えた。
 其れは己の威厳を改めて知らしめるかのように。
 或いは、地獄の番犬達に対する怒りを吐き散らすかのように――。

 玖堂・シュリ(レプリカントのヘリオライダー・en0079)はいつもと同じように、表情を変える事なく任務の説明に入る。
 これまでに戦艦竜『バルバロス』と二度に渡る死闘を繰り広げてきたケルベロス達。
 第一陣では主な情報収集に成功し、その成果を第二陣が活かす形で攻撃に専念した事で、戦艦竜を大きく消耗させる事が出来た。
「そして今回は第三陣になるけれど、戦艦竜の負傷具合から判断して、この戦いで決着を付けられる可能性が見えてきたよ」
 過去の二戦に参戦した者達が上手に立ち回り、次に繋いでくれた結果だと、シュリはここまで戦ってくれたケルベロス達を労った。
「ついに追い詰めましたわよ、バルバロス。終末の黒薔薇天使の名に賭けて、今度こそ必ず仕留めてみせますわ!」
 撃破の可能性を示唆されて、過去二戦とも参戦してきたリーゼロッテ・アンジェリカ(漆黒の黒薔薇天使・e04567)が気合を滾らせる。
 彼女自身も、二度に渡る戦いでそういった手応えを掴んだのだろう。リーゼロッテの全身からは、並々ならぬ決意のオーラが滲み出ていた。
 今回の作戦は、今までと同様にクルーザーで相模湾を移動する事になる。
 戦艦竜が潜伏している場所の付近まで来たら、そこからは泳ぎながらの接近だ。
 ケルベロスは水中でも地上で戦う時と変わらず戦闘行為が出来るので、その辺りはあまり気にしなくても良い。
 そして最近のバルバロスの動向だが、日中は殆ど姿を見せず夜が更けてから活動する事が多いらしい。従って、戦闘の時間帯も夜間という事になる。
 戦艦竜の攻撃方法については、初戦で判明した通り以下の三パターンになる。
 装甲に備えられた複数の砲塔から一斉に放たれる、炎の塊の如き砲弾による集中砲火。
 背中に生えた翼は竜巻を起こし、風圧は刃と化して近くにいる者達を斬り刻む。
 強靭な牙はあらゆるモノを噛み砕き、その威力は戦艦竜の攻撃の中でも最も高い。
「そして、過去二回では高火力を振るって力任せに暴れていたけれど、今回は死に物狂いで確実にキミ達を仕留めようとしてくるみたいだよ」
 つまり、一撃の威力は多少落ちるものの、その分命中精度を高めてくるようだ。
 そうした点も踏まえて、改めて戦法を練る必要があるだろう。
 撃破を狙う場合はどこまで粘って戦い抜くかが重要になってくる。過去二戦では引き際の見極めがポイントだったが、今回は不退転の覚悟で臨む事も要求されそうだ。
 その為、前回までの出撃以上に被害が大きくなると想定されるが、それでも撃破出来る可能性が出てきたのなら、ここで終わらせるのも選択肢の一つだ。
「もちろん、これで決着が付けられるなら嬉しい事だけど……まずはキミ達が無事に戻って来る事が一番大切だからね」
 シュリそう言い終えたところで、猫宮・ルーチェ(ウェアライダーの降魔拳士・en0012)が仲間達に向かって気勢を上げた。
「今度はあたしも戦うよ! みんなで一緒に戦艦竜を倒そうね!」
 ここまでの苦難を乗り越えてきた彼等なら、今回も成し遂げてくれるだろう。
 シュリはそんなケルベロス達の頼もしさに目を細め、戦地に赴く番犬達の武運を祈るのだった。


参加者
セルジュ・ラクルテル(紅竜・e00249)
千手・明子(雷の天稟・e02471)
ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)
高原・結慰(四劫の翼・e04062)
リーゼロッテ・アンジェリカ(漆黒の黒薔薇天使・e04567)
神威・空(虚無の始まり・e05177)
嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)
フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)

■リプレイ


「みんなの帰る場所はあたしが守るから……絶対に戦艦竜を倒して戻って来てね!」
 戦艦竜討伐に向けてケルベロス達がクルーザーから降りる中、猫宮・ルーチェ(ウェアライダーの降魔拳士・en0012)は不測の事態に備えて船内で待機する事になった。
 ルーチェは海を泳いでいく仲間の背中を眺めながら、勝利を祈るように親指をグッと突き立てて、戦いに赴くケルベロス達を笑顔で見送るのだった。
「……ついにこの日が来ましたわね。でも、たま……貴方にはまた辛い事をさせるかもしれない……ごめんね」
 リーゼロッテ・アンジェリカ(漆黒の黒薔薇天使・e04567)が、テレビウムのたまを抱きかかえながら水面近くを飛行する。
 真剣な表情で見つめるリーゼロッテに対し、たまは気にするなとでも言いたげに顔の画面で感情を表していた。
 静寂に包まれた夜の海には、得体の知れない空気が漂っていた。嵐の前の静けさとは、正にこういった状況の事を言うのだろう。
 これまで二度の死闘を演じてきた戦艦竜との決戦を前にして、ケルベロス達は誰一人として怖気付いてなどいない。むしろ、強大な相手との戦闘に胸を躍らせていた。
「戦艦竜が相手だなんて、正直……燃えるわ!」
 ドラゴニアンのセルジュ・ラクルテル(紅竜・e00249)は竜族が相手とあって、拳を強く握り締めながら普段以上に気合を滾らせる。 
 海の中を覗くとどこまでも暗闇が広がっていて、そのまま飲み込まれそうになるような錯覚すら覚えるほどだ。
 刹那、深い水底から凄まじい勢いで迫り上がってくる赤い巨体を視界に捉える。
 二度に渡って傷を負わせた地獄の番犬達を海の闇へ引き摺り込もうと、紅蓮の戦艦竜――バルバロスが猛り狂うように襲いかかってきた。
「今度こそ決着をつけましょう……いよいよその牙、我が装甲で打ち砕いてやるまでです!」
 バルバロスの突進に、ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)が臆する事なく真正面から立ち向かう。
 強制冷却機構を備えた可変式ガントレットを展開させて、回り込みながらバルバロスの装甲に掌底部を押し当てる。
「震えることすら許さない……! 露式強攻鎧兵術、“凍土”!」
 ミチェーリの掌から噴出された冷気がバルバロスの熱を奪い取り、瞬間的に凍結させて動きを抑え込む。
「久しいかね、バルバロス。せいぜい楽しませてくれや」
 嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)もまた、戦闘狂の血が騒ぐと笑みを浮かべつつ、バルバロスとの再戦を待ち望んでいた。
「衝撃振動砲スタンバイ、目標までのレール設置OK――狙い撃ちってな」
 海中に作った空気の道が、上空から差し込む月光に照らされる。静電気を圧縮した弾丸が月に導かれるように銀色の標を突き進み、稲妻と化してバルバロスの巨体を撃ち抜いた。
「今日この日をこそ、あなたの命日にして差し上げますわよ……バルバロス!」
 炎酒達と共に再戦となる千手・明子(雷の天稟・e02471)も、今回でバルバロスに引導を渡そうと武器を持つ手に力が入る。
 敵の手の内は知り尽くしている。まずは出来る限り被害を抑える事が先決だとして、紙兵を前衛陣に散布させて守りを固める。
「……行くぞ」
 九曜を背中に、守護の鱗紋様を袖に刻んだ隊服を肩に羽織って、神威・空(虚無の始まり・e05177)が戦艦竜の側面を狙って接近する。
「まずは一撃……!」
 鋭い眼光でバルバロスを見据え、闘気を集中させた指先から繰り出された空の一突きは戦艦竜の装甲を貫いて、気の流れを止めて動作を鈍らせる。
 対するバルバロスも、今度こそケルベロス達を仕留める為になりふり構わず攻めてくる。
 これまでは力任せに暴れて火力で捻じ伏せれば良いだけだと、ケルベロス達を見下すような態度であった。
 しかし今回ばかりは明確に敵意を示し、確実に狙って倒そうとする心積もりだ。
 最初に目障りな前衛から排除しようと、砲台から発射された炎の塊が隕石の如く前衛陣に降り注がれる。
「銀月、たま、ツァイス! 私達で防衛線を敷きます! 連携を!」
 ディフェンダーのミチェーリが、同じ守り手である三体のサーヴァント達と連携を図って防衛網を構築させる。
 命中精度を高めたバルバロスの砲撃は的確に着弾するが、攻撃を受けたケルベロス達には今までのような焦りの色はない。
 過去の戦いで圧倒的な破壊力を目にした彼等にとっては、かつての一撃の脅威がなければ耐え凌ぐ事も可能だと考えていた。
 その為に今回は六人を前衛に配置して、列攻撃の威力を減少させる対策を取っていた。
「回復は任せて下さい!」
 後方からはメディックのフォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)が、治癒の力を伴う光の盾をミチェーリの周囲に張り巡らせる。
「貴方が内に持つ膨大な力の情報……貰いに来たよ」
 白と黒、紅と蒼の対照的な四枚の翼を翻し、高原・結慰(四劫の翼・e04062)も回復役として負傷者に治癒を施していく。
 黒紫のオーラをその身に纏い、結慰が詠唱する禁断の秘術はセルジュの傷を治して秘めた力を覚醒させる。
 ただし、どれほど対策を講じようとも、戦艦竜の破壊力は決して侮れない。少しでも長く戦線を維持する為には、回復役二人の役割が重要になってくる。


 ――死への航海に導くから覚悟しておく事ね。
「あの時言った私の言葉……ついにその日が来ましたわね」
 初戦での去り際に誓った台詞。リーゼロッテは当時の記憶を反芻しながら、バルバロスに向けて弓を引き絞る。
 狙いを定めて一直線に射出された矢は、寸分違わずバルバロスの首筋に突き刺さった。
 更に炎酒が気取られないように接近し、ナイフで掻き斬って傷口を広げていく。
「もとより手加減とかは苦手な性分だから、全力でぶつかっていくわよ!」
 例え水中での戦闘であろうと、セルジュの心に昂ぶる炎は一層激しく燃え上がる。
 聖なる光を宿した左手で戦艦竜の装甲を剥ぎ取るように握り掴んで、漆黒の闇を纏った右手の拳を捻じ込むように叩きつけた。
 セルジュの打撃が効いたのか、バルバロスは痛みを堪えるように低く唸り声を上げる。と同時に、翼を大きく広げて突風を巻き起こす。
 発生した風は嵐となってケルベロスを巻き込もうとするが、サーヴァント達が盾となってこの攻撃も凌ぐのだった。
 そこへフォルトゥナと結慰がすかさずヒールを飛ばして消耗を最小限に食い止める。
「一緒に行きますわよ、空さん」
 明子が目配せで空に合図を送ると、空は黙って頷き明子と連携して同時に動く。
 バルバロスの背中を狙おうと海中を旋回する明子。空は彼女を援護する為に、注意を自分の方へ引きつけようと試みる。
「合わせる……!」
 深紅の籠手に力を集中させて、バルバロスの脇腹目掛けて拳を叩き込む。篭手の鋭い爪が肉体を抉って、流れ出る血と共に戦艦竜の生命力を搾取する。
 バルバロスの意識が空に向いた一瞬の隙を突き、明子が竜の背中を一気に駆け上がる。
「宮本武蔵の鯨退治……浮世絵もかくやというシチュエーションですわね?」
 空と揃いの隊服をはためかせ、渾身の力でナイフを突き立てて、疾走するように戦艦竜の紅蓮の鉄塊を斬り裂いていく。
「……あなたに比べてこんなに小さなわたくしでも、この一撃は痛いでしょう?」
 艶やかな笑みを浮かべる明子とは反対に、バルバロスの顔は苦痛に歪む。その痛みの原因を振り払おうと、戦艦竜は巨体を水中へと潜らせる。
 明子は瞬時に飛び降りるが、敵の反撃はまだ終わっていない。
 バルバロスが再び水面に顔を出した瞬間、巨大な口を開けて明子に喰らいかかった。
 無数の牙が明子を噛み砕こうと襲いかかるが、ミチェーリが間に割り込みガントレットの前腕装甲で牙を受け止める。
 バルバロスの最大火力の攻撃がミチェーリを圧し潰そうとするものの、ミチェーリも防御の要である以上、倒れるわけにはいかないと必死に戦艦竜の牙を押し戻そうとする。 
 そして彼女の仲間を想う強い信念が、ついに竜牙砕を弾き返したのだ。
「……大丈夫ですか、あきら!」
 明子に呼びかけるミチェーリの両腕は、自身の血で真っ赤に染まっていた。
「まだ、ここで倒れる定めではないわ!」
 フォルトゥナが手を掲げると、上空に山羊の角を模した輝く籠が現れた。籠の中から溢れ出る癒しの光がミチェーリに降り注ぎ、瞬く間に彼女の傷を塞いでいった。
「俺も助太刀するぜ! 受けてみやがれ、朧宵月!」
 腕試しにと増援に駆け付けた克己が戦艦竜に刃を振るう。研ぎ澄まされた直刀が朧の如き弧を描き、高速の斬り下ろしから繋がる横薙ぎの連撃で戦艦竜に傷を刻み込む。
「流石は戦艦竜だ、しぶといぜ」
 同じく援軍として参戦した燐太郎も、重力子回路が脈打つように青黒く光る魔銃を手にしてバルバロスを狙い撃つ。
「ふふ、こんなに危険な任務なのに何故かしら……アタシ今、楽しいって思ってるっ!!」
 セルジュが内に眠る戦闘狂な一面を覗かせながら、ひたすらバルバロスに攻撃し続ける。強大な敵を前にして、全身が火照るほど気持ちの昂ぶりを抑えきれなくなっていたのだ。
「仕込み済みや、お気づきやなさそうやけどな」
 悪戯っぽく笑う炎酒が手に持っているのは爆破スイッチだ。察知されないように仕掛けた爆弾を、逆手でスイッチを押して爆発させる。
 すると大きな爆音が鳴り響き、バルバロスの肩が吹き飛ばされて黒煙が立ち昇る。
 幾度となく抗い続けるケルベロス達に、バルバロスはすっかり怒り心頭だ。
 標的を後衛陣へと変更し、砲台が高々と角度をつけて向けられる。轟音と共に砲弾が打ち上げられて、鉄槌を下そうと憤怒の炎が迫り来るが――。
 三体のサーヴァントが咄嗟に身を挺して後衛陣を庇い、砲撃の被弾を直前で防いだのだ。
 しかし代わりに直撃を受けたサーヴァント達は生命力が尽き果てて、三体とも炎に包まれながら消滅してしまう。
「たま……仇は取るからね」
 自身のサーヴァントが倒されても、リーゼロッテは動揺する事なく冷静に振舞った。
 唇を噛み締めて悔しさを押し殺し、もしもの時には暴走して刺し違えてでもバルバロスを討ち倒す――その覚悟に迷いはなかった。


「待たせましたかしら?」
 サーヴァントが全滅し、守りが手薄になったところで明子がディフェンダーに移動する。
「守りは任せる……攻めるぞ」
 明子の言葉にも、空は表情一つ変えずに必要最低限の内容だけを伝えて身構える。
 空のこうした態度は一見して不愛想にも思えるが、如何なる状況でも自身が成すべき事をする、揺るぎない矜持の表れでもあった。
「こっちも支援だろうと気は抜かんさ。存分にやってくれ」
 明子の相棒であるアジサイが、治療無人機を駆使して仲間の援護に当たらせる。
 彼がいれば戦艦竜の猛火も怖くはないと、明子は無二の相棒を頼もしく見つめていた。
「妹分の仲間なら俺にとっても大事な戦友だ。最後まで守り通してみせるさ」
 クルーザーで待機していた流だったが、戦況が心配になって急いで駆けつけて前に出る。
「……ほんと、世話好きなお兄さんみたいな人だよね。ま、頼りにしてるよ?」
 流にとって妹のような存在である結慰は、口ではそう言うものの彼への信頼は厚い。
 碎啄同時の仲である二人の間には、実の兄妹以上の絆があるのだろう。互いへのそうした思いが二人の力を更に強くする。
「恩人の娘は何があっても絶対に守らなければな」
 負傷者の救護は任せろと、ヴォーリンは何かあればすぐ動けるように水上ジェットで待機していた。
「お父さんの友人ですからね。万が一の時は頼みましたよ」
 フォルトゥナはちらりと後ろを振り返り、せめてその必要がない事を願いつつ、癒し手としての務めを果たす事のみを考えるのだった。
 ――そしてここから先は、ケルベロス達にとって更なる熾烈な戦いが待っていた。

「休む暇無く叩き込むわ! アタシの全身全霊……受け取りなさい!!」
 セルジュの昂揚感が最高潮に達して、全身から炎が溢れて火柱が立ち上る。その身を包む炎の熱が戦意を漲らせ、強制的な負荷による肉体稼働によって拳撃の嵐を浴びせ続ける。
 限界を超えたセルジュの連撃は、戦艦竜の装甲を物ともせずに拳の痕を灼き尽けた。
「これで……終焉だ! 喰らい尽くす……!」
 極大の黒い闘気を纏った空が、荒ぶる気に身も心も委ねるように攻撃を繰り出していく。
 一変して気迫に満ちた表情から放たれる漆黒の牙の如き荒々しい攻撃は、バルバロスの魂を貪るように喰らうのだった。
 畳み掛けるように仕掛けてくるケルベロス達の攻撃は、バルバロスを徐々に追い詰める。
 身を守るべき装甲は剥がされて、露わになった肉体には無数の傷痕が痛々しく刻み重ねられている。返り血と自らの血が混ざり合って赤く染め上げられた海面は、ここまでの激戦を物語っていた。
「ガアアアアアァァァッッ!!」
 執拗に喰いついてくる番犬達を纏めて薙ぎ払おうと、バルバロスは折れた翼を懸命に羽ばたかせて突風を呼び込んだ。
 荒れ狂う暴風の刃が次々にケルベロス達を斬り刻んでいく。
「四劫が巡り巡る1と0の法則――安住を告げる【住劫】此処に在り」
 其れは世界の始りから終り迄を巡る四大循環の一つ、【住劫】とは安寧なる安住の意。結慰が四色の翼を翻して癒しの力を行使する。
 戦場を照らす月明かりが安寧を司る光となって、仲間達の傷を回復させていく。
「ここを凌げば勝機が見えてきます! どうか、持ちこたえて下さい……!」
 フォルトゥナも回復役に専念し、ひたすら治癒の光で被害を抑えて戦線を支え続ける。
「グオオオオオォォォッッ!!」
 窮地に陥ったバルバロスはもはや見境なく、手当たり次第にケルベロスを狙おうとする。
 殺意と憎悪を宿した眼にはセルジュの姿が映る。真っ先に視界に入った彼女に喰らいかかろうとするが――そうはさせじと、ここでもミチェーリが戦艦竜の攻撃を阻むのだった。
「これだけは……一発たりとも仲間には絶対に通させません!」
 守りの要として立ち続けてきたミチェーリの身体は既に満身創痍の状態だ。それでも力を振り絞って最後まで耐えようとするが、竜牙砕に抗うだけの体力はもう残っていなかった。
 氷壁の装甲に鋭利な牙が突き刺さり、容赦なくミチェーリの肉体を穿ち貫いて、戦艦竜の凶牙の前に彼女もついに力尽きてしまった。
「逃がしはせんさ、確実に当てる……!」
 炎酒が全神経を研ぎ澄ませて狙撃した振動砲が、バルバロスを右目を見事に撃ち抜いた。
 片目を潰されたバルバロスは、玉砕覚悟でケルベロス達を始末しにかかる。
 燃え盛る炎の砲弾が後衛陣に一斉に降り注がれて、炎酒が、フォルトゥナと結慰が立て続けに砲撃を浴びて沈められてしまう。
 リーゼロッテにも炎の塊が迫ってきたが、明子が壁となって守り抜いた事でこの最大の危機を乗り越えた。
「最後の止めは任せましたわよ」
 明子のその一言にリーゼロッテははっとする。
 ここに至るまで多くの仲間が繋いでくれた道筋に決着をつける今、自分も皆と一緒にその先へ向かおうという思いを強く抱いた。 
 暴走という最終手段を踏み止まって、リーゼロッテは瀕死のバルバロスへと弓を番える。
「――感謝なさい、我が矢は貴方を死という黒薔薇の森へとお招きする招待状。さあ案内してあげますわ!」
 放たれた矢は茨と化してバルバロスの全身に巻き付いていく。茨を振り解こうともがけばもがくほど、棘が深く食い込み巨体を締め上げる。
 滴る血を茨が鼓動するように啜り尽くして、いよいよその時が訪れる――。
 バルバロスの命を養分とした黒薔薇が鮮やかに咲き誇ったと同時に、長きに渡って繰り広げてきた死闘にとうとう終止符が打たれたのだった。

 断末魔を上げて海底に沈み逝くバルバロスの最後の姿を見届けて、ケルベロス達は安堵の表情を浮かべながら顔を見合わせる。
 戦いを終えた海は再び静けさを取り戻し、ようやく平穏が訪れる。
 セルジュが空を見上げると、月が眩しいほど綺麗に輝いていた。
 夜の海を煌々と照らす月の光が、傷付いた戦士達を優しく癒す。
「ミチェーリ、お疲れ様でした。活躍、ちゃんと見届けましたからね」
 クルーザーに戻り着いたミチェーリを、フローネが暖かく労わって手厚く治療する。
「お疲れ様だよ! みんな大活躍だったね!」
 無事に帰還した仲間達をルーチェが笑顔で出迎える。
 激戦の労をねぎらいながら、誰一人欠ける事なく戻ってきた事を大いに喜んでいた。
 ケルベロス達も強敵を倒した事実に少しずつ実感が沸いてきて、互いに健闘を称えて喜び合い、勝利の味を全員で噛み締めるのだった。
 もう二度と、海を荒らし回った無法者たる戦艦竜は浮かび上がってこない。
 海の闇へと葬られた紅蓮の竜を、それぞれの記憶に留めてケルベロス達は離脱する。

 ――こうして一つの魂が永遠の眠りに就いて、一つの物語の幕が閉じられていく。
 やがて東の空が薄らと明るくなり始めた。平和が帰ってきた相模湾に朝日が昇る。
 戦艦竜の脅威の一つが消えて、人々が日常を取り戻す日もそう遠くはないだろう。
 それを成し遂げた戦士達は、今はただしばしの休息を摂って英気を養うのだった――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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