『覇竜の神座』永遠を生きる水神

作者:陸野蛍

●武を誇る水神
 寒風吹きすさぶ相模湾。
 信心深い漁師達の間では、ある迷信が信じられていた。
 この海深くには、水神様が居て、その眠りを妨げる船には、罰が下ると。
 その日、船を出した若い漁師二人は、そんな迷信を一切信じてはいなかった。
 昼を過ぎ、漁からいつまで経っても帰って来ない二人を心配した漁師仲間が、沖に出ると、破壊された漁船の木片に捕まりガタガタと震える二人を発見した。
 二人の若い漁師は口を揃えて言った。
 水神様は本当に居たのだと。
 あの、青く輝く姿は水神様以外の何者でもないと。
 その水神『蛟』と恐れられる戦艦竜は、領海を侵す者に罰を与えるべく未だ相模湾の水中深くで眠っている……。

●戦艦竜仮称『蛟』討伐第三戦
「よっと。みんなー! 戦艦竜仮称『蛟』討伐第三陣の説明を始めるぞー!」
 大淀・雄大(オラトリオのヘリオライダー・en0056)は、デスクに資料の束を乗せると、ヘリポートに声を響かせた。
「今回も資料を用意しておいたから、一部ずつ取ってくれなー。映像資料が欲しい奴には後で、前回のディスクを配布するから」
 ケルベロス達に資料が行き渡ったのを確認すると雄大が説明を始める。
「皆知っているとは思うけど、相模湾には、未だにドラゴン勢力の戦艦竜が残っている。ドラゴンの体に戦艦のような武装や装甲が施されていて、非常に強力な戦艦竜だが、その戦闘力と引き換えに自己回復能力を持っていない。これを利用して、幾度も戦闘を繰り返し最終的に戦艦竜を撃破するって言うのが、今作戦の概要だな」
 そこで雄大は一度咳をすると。
「俺達の討伐対象は、仮称『蛟』。青銀の鱗を持つ東洋竜型のドラゴンだ。この水神の名で呼ばれる戦艦竜とは、既に二度の交戦をしていて、多くの情報を手に入れることが出来ている。そして、二度のの戦闘で『蛟』の最大火力である、四つの主砲の破壊にも成功している。これを受けて第三陣からは、『蛟』へのダメージの蓄積及び完全撃破を視野に入れて戦闘を行ってもらいたい」
 第一陣、第二陣の情報収集と攻撃を続けた結果が今に繋がっているのだ。
「『蛟』は、自ら襲ってくることは無いけど、『蛟』の生息海域まで行けば姿を現す。決して、好戦的と言う訳でもなさそうだけど、自分の領海を侵すものは排除するってスタンスっぽいな」
『蛟』との交戦を開始してからは、漁船等の領海侵入を警戒はしているが、被害がゼロと言う訳では無く、このままにしておくことは出来ない。
「移動にはこれまでと同様にクルーザーを用意してある。メンバーの判断でクルーザー上での戦闘か海中に入っての戦闘を選んで欲しい。但し第一陣が交戦した際、『蛟』の突撃の一発でクルーザーを破壊されたことを考えると、海中戦闘の方が安全かもしれない。あと、戦闘空間と言う意味では、巨大である『蛟』の身体の上も足場になるけど、水中に潜ったり、振り落としたりって言うのは『蛟』の気分次第になるから」
 身体に張り付いて、直接グラビティを叩きこめば大きなダメージも期待できるが、その分リスクも出てくる。
「現在の『蛟』の蓄積ダメージは、45%程度と言った所だ。ダメージによって『蛟』の動きが鈍ると言うことは、現時点では無いけど第二陣が装甲の一部破壊に成功しているから、防御力が若干低下しているとみられる。第三陣で討伐出来なくても、それ以降で確実に『蛟』を討伐する目処がついて来たって感じだな」
 強力な戦艦竜を撃破出来る可能性がある所まで持ってこれたと言うのは、これまでの部隊の功績が大きいと言うことだ。
「但し、『蛟』の戦闘力が脅威なのは変わっていないから、自分達の現状をちゃんと把握して、部隊が壊滅する前に撤退してほしい。『蛟』撃破は、あくまで最終目標だ。次に繋がる十分なダメージを与えらればいいんだ。無茶な戦闘はしないでくれな」
 功を焦って、死傷者が出る様では、何の為にこれまで部隊を分けて戦闘を繰り返してきたのかと言うことになってしまう。
「じゃあ、『蛟』の戦闘方法に移るな。一番恐れていた、主砲の脅威は無くなったけど、第二陣で『蛟』の隠し玉ともいえる行動が判明した。蛟のその長大な体で海中をぐるぐる回ることによって、渦巻きを形成して海流を操作し水中に居る相手の行動を阻害、渦の中心に目標を集めることが出来るみたいだ。これの合わせ技として、『蛟』が急浮上して海水を滝が逆流する様に天に昇らせ、『蛟』が落下に合わせてアイスブレスを吐き、滝となった海水を全て氷の槍と化して、中心に集まった敵を串刺しにしてしまうことも分かった」
 第二陣は、空中飛行が可能な者以外全員がこれを受けてしまった為、撤退を余儀なくされている。
「推測として、同じ攻撃は、渦の中心に敵を集めなくても可能だとは思うけど、大技だから一網打尽に出来る状態にしてからしか、行わないんだろうな」
 そうだとしても、一撃で部隊が壊滅するような技だ、対策が可能ならばしておきたい。
「その他の攻撃手段は、資料にも纏めてあるけど、首の周りにぐるりと巻かれたいくつもの小型砲からの散弾、口からの広範囲アイスブレス、蛇の様な尻尾での素早い薙ぎ払い、クルーザーの底を一撃で貫く程の威力を持った突撃になるな」
『蛟』は、かなり頭が切れるドラゴンの様でこの数々の攻撃手段を状況に応じて使い分けてくることが、これまでの戦闘で判明している。
「『蛟』に効く攻撃でのバッドステータスは、数が多いから資料の方を参照してほしい。第一陣の情報に加えて、第二陣の攻撃結果で情報も増えてるから、よく確認しておいてくれな。装甲部はかなり固いんだけど、二陣の功績で装甲の割合が半分程まで減っていて、決して柔らかい訳じゃないけど、攻撃が通りやすい青銀の鱗が見えている割合が増えている」
 体力が非常に高い戦艦竜の装甲が減ったと言うのは、撃破出来る可能性がぐんと上がったと言っていいだろう。
「それと、顔を傷つけられると逆上するみたいなんだけど、二陣では顔を狙わなかった結果、『蛟』が終始、冷静に行動してるんだよな。だから、冷静さを奪うなら顔を攻撃するのもありなんだけど、怒りに荒れ狂った蛟の猛攻を止められるかって問題も出てくるんだよな」
 顎に指を当てて思案する雄大。
「『蛟』は、かなり頭が切れる厄介な相手だ。優先攻撃対象を選んで各個撃破を狙ってくるのが基本スタンスみたいだけど、状況次第で全体を一網打尽にすることも考える。対応は難しいと思うけど、最善策を考えてほしい」
 これまでで分かった、優先攻撃対象は、自分にダメージを高確率で与えそうな者、ダメージを与えて戦闘不能に出来そうな者と言うことだ。
「こんな感じで説明は以上だけど、資料にはもっと詳しく、第一陣と第二陣の戦闘結果を纏めてあるから、一通り目を通しておいてくれな」
 そう言って雄大は、話疲れたのか一つ息を吐く。
「『蛟』のデータも一陣、二陣のおかげで随分集まった。撃破を視野に入れても不可能ではないと思う。だけど、さっきも言った通り、無理をして死傷者が出てしまっては意味が無い。戦艦竜は強力な相手だから、引き際を見極めることも重要なんだ」
 そこで、雄大は表情を崩すと。
「何にせよ、『蛟』を撃破出来る可能性が出て来たのは、皆の功績のおかげだから、三陣も可能な限り『蛟』にダメージを与えて、必ず皆で無事に帰って来てほしい。この約束が出来る奴だけ、依頼を引き受けてくれな!」
 そう言って雄大は、少年の顔で笑った。


参加者
スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
毒島・漆(救急武装・e01815)
ソフィア・エルダナーダ(ドラゴニアンの降魔拳士・e03146)
スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)

■リプレイ

●三度
 寒空の中、一隻のクルーザーが相模湾を航行していた。
「あたしが蛟と戦うのは、これで二度目……か。後の人達が戦う時に、楽な様にしないと……」
 ソフィア・エルダナーダ(ドラゴニアンの降魔拳士・e03146)が、寒風を浴びながら呟く。
「……まだまだ倒せそうにないですが、出来るだけダメージを蓄積させて次に繋ぎましょう」
 水中戦用の装備を準備しながら、南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が仲間達に言う。
「思えば一緒に依頼に来るのは、初めてですかね? ふふ……夢姫の戦いっぷり、本日は私が支えましょう」
 スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)が柔らかい微笑みを湛えながら、夢姫に語りかける。
「お姉ちゃん、期待してます」
 夢姫もスヴァルトに微笑みつつも士気を高めている。
「そろそろ、蛟の領海に入る様だな……水中戦闘の用意を」
 スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)が静かに仲間達に呟く。
(「城ケ島調査に向かった際には相当な被害が出ていたと聞くが、大分状況はよくなっているようだな……。私達が足を引っ張る訳にはいくまい」)
 クルーザーを停泊させながら、そう分析する、スレイン。
 数分後、次々と相模湾の海中へと潜るケルベロス達。
 領海に入った今、いつ蛟が現れてもおかしくない。
「今回で仕留める……とまではいけないでしょうが、無理のない範囲で削れるだけ削りますか……」
 愛用の眼鏡に海水を滴らせながら、毒島・漆(救急武装・e01815)が言った直後、海面が命を持ったように激しく波打ちだす。
「……来る」
 リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)が表情を崩さず呟くと、海中より長大な青銀の身体に、強固な装甲を纏った『蛟』が現れる。
「また来たか人間……。我は貴様等の命になど興味は無い。我の前に現れなければ、生き永らえられると言ったであろう?」
 蛟が重々しく言う。
「これが戦艦竜……実物見ると、おっきいのねえ。これ以上被害も疲労も増える前に、さっさと倒したいところだけど、出来る限り……尽くしましょうか」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)が、初めて相見える戦艦竜『蛟』の巨大さに、圧倒されながらも、蛟をケルベロスとして戦う相手と認識する。
 胡蝶の腰に備え付けられたビデオカメラも録画モードで起動している。
「あなたには、わたしなりに敬意を持ってる……だからこそ、全力で戦うよ……!」
 リーナが魔法刃ファフニールを構え、蛟に宣言する。
「そうか……ならば、己の小ささを知り死ぬがよい」
 蛟が大きな顎を開け、アイスブレスを放つが、その氷結の痛みはすぐにスレインが射出した、ドローンの力で癒される。
「『蛟』さんもそろそろ見慣れてきた感あるねー。三度目の正直って訳じゃないけど、やれるだけやってみよっか」
 ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)が、サーフボードの上に立ち、グラビティを高めていく。
(「せめて、ボク等の顔ぐらいは、覚えさせてやりたいもんね!」)
「鎧装天使エーデルワイス! ジューン・プラチナムいっきまーす!」
 叫ぶと、ジューンはサーフボードで海上を走り、蛟に突撃する。
 三度目の蛟との戦いの火ぶたが切って落とされた。

●知略
 ジューンの装甲をも破壊する一撃が蛟にヒットしたのを合図に、ケルベロス達は次々と攻撃を開始する。
「全てを焼き払いなさい!」
 夢姫の言葉と共に、蒼き獄炎が召喚され不死鳥の形を成すと、蛟目掛けて飛翔する。
 その、不死鳥は業火となって蛟を焼き続ける、
「胡蝶、回復は任せます!」
 スヴァルトがフォースの一撃を繰り出しながら、最後衛の胡蝶に声をかける。
「構わないけど。ちゃんと、ダメージを与えて頂戴よ」
 言いつつ、胡蝶がスヴァルトに守護の癒しをかける。
「俺からも行きますから、くれぐれも早々の戦線離脱はしないで下さいね」
 漆もスヴァルトの防御力の上昇を優先する。
「できれば、剥げるだけ装甲剥ぎたいよね」
 言いながら、ソフィアは装甲の剥がれた青銀の鱗では無く、あえて分厚い装甲に雷の力を込めた一撃を放つ。
「非力な人間が、どれだけ我に傷を付けようとしても、たかが知れている」
 言うと、蛟は海中に沈んだ竜の尾を浮上させ、ケルベロス達を一気に薙ぎ払う。
「ドローン、射出」
 スレインが仲間達を癒す為ドローンを飛ばすが、内心焦りを感じていた。
(「私は聴覚機能をベースに、戦闘スタイルを構築してきたからな……。水中戦闘に適応するには、多少時間がかかるか……」)
 スレインはダモクレスとして生まれ落ちた時から、水中戦闘を設計に組み込まれていなかった。
 レプリカントとして定命化しても、その部分は変わらない。
 スレインがそんなことを考えていると、雷の障壁が形成される。
「……大丈夫よ。回復は任せて……皆は思いっきり、やっちゃって?」
 言いながら胡蝶が妖艶に笑う。
 蛟のアイスブレスが、ケルベロス達のグラビティが爆音を上げる。
 そんな時、蛟が口を開く。
「そう言えば、お主らの中に、奇襲が好きな娘がおったな」
 言葉と同時に首に巻いた散弾銃を後ろに向けばら撒く蛟。
 それを分かっていたかの様に、蛟の身体の上で華麗に避けるリーナ。
 そして、リーナは蛟の身体の上で煙玉を爆発させると煙幕を張る。
「何処までも奇襲が好きな娘よ……」
 言いつつも、目の前のケルベロス達の攻撃にさらされ続ける気もないらしく、アイスブレスを吐きケルベロス達を威嚇する。
 その時、蛟の視界に煙の中、自分の首を狙う人影が映った。
「……そこか、娘」
 その影に散弾を集中させる蛟。
「掛かったね……。わたしは、こっちだよ……!」
 影とは逆の方から、リーナの声が聞こえてくる。
「わたし達の刃は……絶対に止められない……っ! 双影の刃に散れ……っ!」
 煙の中から現れたブラックスライムで作り出した分身と共に、リーナが蛟の首を切り裂く……かに思えた。
『ガギン』
 リーナの刃は鈍い音と共にはじき返される。
 装甲の無い青銀の鱗を狙ったのだ……一切傷が付いていない訳ではないが、想定より傷が浅い。
「……な……んで?」
 リーナが戸惑いの声を出す。
「娘。お前は、一撃にかけるタイプの戦士だな? それが分かっていれば、その一撃を放つのを我は待てばよい。人とて、攻撃が来ると分かっていれば、防御をするであろう? 我とて、お前が狙うであろう所に力を込めるのみ……簡単なこと」
 言って、蛟はリーナにアイスブレスを直撃させる。
「リーナさん! キミの相手は一人じゃないんだよ!」
 ジューンは叫ぶと、サーフボードを切り離し、蛟の身体を駆け上がる。
「最強の一撃を創造する、あの英雄たちの様に!」
 グラビティを拳に収束させ天高く舞い上がる龍の様なアッパーを蛟の顎に決める、ジューン。
「仲間が傷つくのは……嫌なのよ」
 胡蝶が蛟のアイスブレスをまともに喰らった、リーナに癒しの電流を放つ。
「凍らされるなら、あたしの一族に伝わる歌を」
 ソフィアが不思議な旋律を紡ぎ出す。
「――謳えよ、生命。――栄えよ、生命」
 ソフィアの癒しの歌は、ケルベロス達を包む氷を暖かく溶かしていく。
「お前の攻撃は、解析済みなんだよ。俺達に切り裂かれて消えろ」
 漆の削刀が蛟の腹を抉るように切り裂く。
「もう少し、装甲を削りたいですね」
 スヴァルトの斧が蛟の装甲を脆くし砕いていく。
「わたしの螺旋の力もプレゼントです」
 夢姫が螺旋の力を放てば、蛟の攻撃の力も螺旋の力に呑まれ低下を余儀なくされる。
「人間が……調子に乗るでない」
 そう言うと、蛟が身体を水中へと沈ませる。
 その瞬間、ソフィアがリーナをジューンが胡蝶を空へ運ぼうとする。
「大技警戒……!」
 スレインが叫んだ瞬間、水中に潜った蛟の突撃を喰らい、漆、夢姫共々吹き飛ばされる。
「大技と思わせておいて直接攻撃とかクールじゃない……」
 胡蝶は、蛟を見据えながらヒールグラビティを放った。

●真名
「盾を張れるだけ張る。蛟に攻撃をさせるな」
 スレインが仲間達に叫ぶ。
 蛟の痛烈な一撃の後、ケルベロス達は、攻撃の手を強めた。
 水の中に潜られては、蛟の動きが読めないからだ。
「フォードさん、少しだけ回復お任せするわよ」
 そう言うと、胡蝶は青薔薇の功性植物を操り、茨を編み込んでいく。
「アナタを直ぐになんて、イかせてあげない。……痛みを感じる甘い一時を楽しんで、愉しんで……逝って?」
 蛟を飲み込む程、巨大に形成された功性植物の茨は中世の拷問器具を彷彿とさせる姿を現すと蛟に襲いかかる。
 だがその茨も、蛟の青銀の鱗を深く傷つけるには至らない。
「わたしの薔薇もあなたにあげます。運命の荊に絡め取られた白と赤 花弁を散らすは誰が花ぞ―――互いに掲げる戦いの御旗」
 スヴァルトが言葉を紡ぐと、純白の薔薇と深紅の薔薇の花弁が舞い踊り、嵐となって、蛟の身体を切り刻む。
「まだまだぁ! 幻爪……無明之虚刃」
 漆が鉤状の刃で蛟の腹を掻き切る。
 その爪痕は一撃にも関わらず獣に掻き斬られた様に三本の傷痕を残していた。
「……うむ。……面倒だな」
 蛟は、ケルベロスの猛攻に表情を変えることは無かったが、一言呟くと水中に潜る。
 スレインは先程の突撃も警戒したが、水中内の蛟の音を正確に捉えると、仲間達に叫ぶ。
「蛟が回りだした! 空中へ移動と防御専念だ!」
(「パラメータ調整。環境適応は完了済みだ。いつもより調子がいいくらいだ」)
 スレインの指示が飛ぶと、ソフィアが胡蝶をジューンが夢姫を抱えて空中へ移動する。
 漆がリーナに、スレインが海中に残る全員に守備を強固にするグラビティを発動させる。
「この海流の中、移動するのは無理ですね……」
 スヴァルトが海中での移動を試みるが蛟が作り出す海流がそれを許さない。
「……来ます」
 リーナのその言葉と同時に蛟が勢い良く飛び上がり、海水が滝の様に空中へ舞い上がる。
 リーナは、そのタイミングで海中に身を沈める。
「ドローン、もう一発だ!」
 蛟がアイスブレスを吐き出すのと同じタイミングでスレインは、ヒールドローンを追加で射出する。
 蛟のアイスブレスは、海水の滝を氷の槍とし、海中の四人を襲う。
 その時、ドラゴンの幻影が天上へ昇り、ほんの一部だが氷の槍を砕いた。
 そして数秒後、蛟自身も海中へ沈む。
「エルダナーダさん、降ろして。すぐに回復するわ」
 胡蝶は、ソフィアにそう言うと四人が目視出来た瞬間、ヒールグラビティを放つ。
「これだけのダメージで済んだなら対応策としては、十分でしょう……」
 白衣は流れた血で赤く染まりズタズタにされ、駆けた眼鏡の右レンズにも罅が入っているが、漆の言葉にはまだ生気がある。
「何本かわたしの前の槍が砕け散りましたけど、あれは?」
 スヴァルトが、仲間達に尋ねる。
「……わたしが、撃ち落としてみたの……」
 リーナが傷だらけの身体で呟く。
「……蛟。冷却材となってもらおうか」
 海上へ姿を現した、蛟が何を言うまでもなく、すかさずスレインが、蛟の腹に自身の掌を当てる。
 スレインの身体で熱エネルギーから電気エネルギーに変換された、グラビティが蛟の身体を駆け巡る。
 それに合わせる様に、ソフィア、ジューン、夢姫もそれぞれ、蛟の身体に張り付き、グラビティを叩き込む。
 他のケルベロス達も追撃しようとするが、蛟の尾が辺りを薙ぐ。
 少しの静寂の後、蛟が口を開いた。
「人が我の武を防ぎ、我を傷つける様になるとはな、永遠を生きると予想外のことが起きる……」
 蛟の言葉にはおごりも蔑みも無かった。
 ただ、事実を客観的に述べていた。
「そう言えば……」
 刀を握る力は弱めず、リーナが口を開く。
「あなたの本当の名前ってあるの……?」
 その言葉に蛟が目を細める。
「名か……。お前たちは、我の事を『蛟』と呼んでいたな……。それでも良いと思っていたが、我とここまで戦える者になら教えてもよかろう。我の名は、カエルレウムと言う」
「……カエルレウム」
「……疑問も無くなったであろう、それでは、今度こそ、お前達には消えてもらうぞ」
 そう言うと、蛟……いや『カエルレウム』は、水中に身体を潜らせた。
「みんな、まだまだ戦えるよね? 蛟を、カエルレウムを徹底的にやっつけちゃおう!」
 言って、ソフィアは、バトルガントレットを構えた。

●神域
 ケルベロス達とカエルレウムの攻防は、更に10分を経過した。
 二度に渡る、カエルレウムとの戦いでカエルレウムの手の内が分かっていたこと、カエルレウムの装甲が半分以下まで減っていたこと、それらがケルベロス達の継戦を可能にしていた。
 しかし、カエルレウムのアイスブレスや散弾は、一度に複数のケルベロス達が巻き込まれる為、徐々に胡蝶とスレインの回復が追い付かなくなっていった。
 そして、遂に攻撃の要である、夢姫とジューンの傷が限界を迎えた時、スヴァルトが動いた。
「刺激的な一発喰らわせてあ・げ・る☆」
 スヴァルトの二本の斧がカエルレウムの顔面を切り裂いた。
「グギャーーー!!」
 その瞬間、カエルレウムが絶叫を上げる
「やっぱり、顔面は硬くないみたいですね……キャーーー!!」
 スヴァルトが言い終わる前に、スヴァルトの身体は強力なアイスブレスに晒されていた。
「スヴァルト!」
 夢姫とジューンの回復に集中していた胡蝶が叫び、すぐにヒールグラビティを飛ばそうとするが、カエルレウムの長い首が動くと、瞬時にアイスブレスが吐き出される。
「早すぎる!」
 漆が即座に胡蝶を庇おうとするが庇いきれず、二人共アイスブレスに巻き込まれてしまう。
 先程まで、武人然として戦っていたカエルレウムが、顔を傷つけられた瞬間、我を失い、攻撃を繰り返している。
「……撤退です」
 リーナが静かに呟くと、夢姫とジューンを抱える。
「スヴァルトは私が必ず連れて帰る、ソフィアは、胡蝶と漆を頼む」
「分かったよ……気を付けて」
 スレインの言葉に頷き、ソフィアが全身冷え切った状態の胡蝶と漆を抱え戦場を離れようとする。
 カエルレウムは未だ、スヴァルトにアイスブレスを浴びせ続けている。
「……よし」
 スレインは、ナイフを携え、スヴァルトの救出に向かった。

 スレインが意識の無いスヴァルトを連れ、クルーザーに戻ってきたのは、他の者たちより五分以上経った後だった。
 スヴァルトは、命こそあったが全身凍傷になりかけており、ヒールグラビティをかけても意識が戻らない。
「顔への攻撃って、冷静では無くなるけど、あんなの止められないよ……」
 ソフィアがポツリと言った。
「それでもカエルレウムには、相当なダメージを与えたはずです。次の部隊に託しましょう」
 漆の言葉に仲間達が頷く。
 水神『蛟』……いや、ドラゴン、戦艦竜カエルレウムは、傷つきながらも未だ相模湾に坐している。

作者:陸野蛍 重傷:スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。