ふわもこ・桜・ピクニック

作者:古伽寧々子

 中央に据えられたガラスの箱の中には柔らかそうな熊のぬいぐるみが微笑んで、鎮座していた。部屋中に古いぬいぐるみがいくつも、埃をかぶらないように仕舞われている。
「本当に、かわいい」
 うっとりと、彼女はぬいぐるみに語り掛ける。
 どこか古惚けて、けれど、ずっと受け継がれてきた。
 語り掛けたって、答えてはくれないけれど――曾お祖母様からお祖母様へ、お祖母様からお母様へ、そしてお母様から、私へ。そして自分の娘へと受け継いでいきたい。
 優しい手触りも、愛らしい表情も、心を和ませてくれる大切な宝物。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ」
 不意の知らない声に驚いて、振り返った彼女の瞳に映るのは――黒いコートに長い白髪の映える少女。
 『陽影』と言う名のドリームイーター。
 そんなこと、ぬいぐるみを大切にする彼女は知らなかったけれど。
「誰?」
 彼女の問いには答えず、陽影の持つ大きな鍵が、彼女の心臓を寸分違わずに穿つ。
 崩れ落ちる彼女の姿を見やり、陽影は言い放った。
「でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
「はいはーい」
 陽影の声に呼ばれるように、ぴょこん、と飛び出したのはふわもこのクマさんパーカーに、大きなハサミを手にしたドリームイーターの少女。弾けるような口調とは裏腹に、胸元にはモザイクを抱えている。
 に、と口元で笑うと、大きなハサミをぶんっと勢いよく振るってガラスのケースを砕いた。そして、
 ジャキン。
 ハサミの刃が、ぬいぐるみの腹を切り裂く。
 綿がふわりと舞い落ちて……眠ったままの彼女の頬に、そっと触れた。
 
「大事なものを壊しちゃうなんて許せないわ」
 ぷんすか。
 詩・こばと(ウェアライダーのヘリオライダー・en0087)はおかんむりの様子で腕組みして、頬を膨らませている。
「大好きな気持ちを具現化して、ドリームイーターが生まれちゃったの」
 見返りの無い無償の愛を注ぐ人から、愛を奪うドリームイーター『陽影』。彼女に愛を奪われたのは――アンティークのぬいぐるみをいくつも、大切にしていた女性だった。
 話しかけても、答えてなどくれはしない。
 そんなぬいぐるみに注ぐ女性の愛が、陽影の感に触ったらしい。
 愛を奪われた被害者を放っておくわけにも、生み出されたドリームイーターを放置してこれ以上被害者を増やすことも、許す訳にはいかない。
 ドリームイーターを倒せば彼女も目を覚まし、ぬいぐるみを元通りに修理する人も、探し出してくれることだろう。
「だから、はい」
「……えーっと?」
 芹城・ユリアシュ(サキュバスのガンスリンガー・en0085)は柔らかい手触りの物を押し付けられて首を傾げた。
 手の平サイズの黄緑色のまんまるボール……ではなく、つぶらな瞳をしたゆるーい表情の、カッパのぬいぐるみだ。手と足は申し訳程度についていて、お腹だけ白い。
「お人形やぬいぐるみと一緒に遊びに行くの、知らない?」
 ドリームイーターが現れるのは、陽影の被害者の家の側にある桜が有名な公園だ。
 広々としていて、桜の木がたくさん植わっている公園は――この時期、優しいピンク色に染まる。緑の芝生も気持ちよく、もちろんこの時期にはレジャーシートを広げてお弁当を食べる人たちも多い。
 桜は満開、ふわひらと花びらの散る公園で、ぬいぐるみたちと一緒にお花見でもしてはどうかと、こばとは言う。
「ひろーい公園だから、場所を選べば一般の人を巻き込むことも無いと思うし」
 つまり、ぬいぐるみと一緒にお花見をしろと、そういうことだ。
 愛の力が強いケルベロスがぬいぐるみへの愛を示すことができれば、ドリームイーターがケルベロスたちを狙う可能性も高くなる。
 現れたドリームイーターの、可愛いクマパーカーの外見に惑わされないで、きっちり撃破して欲しい、とこばとは締めくくった。
「桜バックにキアの写真に撮ってきてね」
 至極当然のようなこばとの言葉に、ユリアシュは首を傾げる。
「きあ?」
 す、とカッパのぬいぐるみを指差すこばと。どうやらカッパの名前らしい。
「皆で証明して? ぬいぐるみは応えてくれないなんてコト、ないって」
 暖かな、陽射し射す季節に――遊びに行こう? 皆で。


参加者
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
アマルガム・ムーンハート(ダスクブレード・e00993)
森沢・志成(なりたてケルベロス・e02572)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
内藤・内斗(外出始めました・e10436)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(フォールンリーブス・e25594)

■リプレイ

●桜の公園
 ひらはらり。
 桜の花びらが暖かな風に乗って飛んでいく。
 人気の少なそうな公園の奥の芝生に陣取って、ケルベロスたちは早速お花見の準備を始めていた。
 淡い桜のピンク、澄んだ青の空。
 場所を選んだとはいえ、景色は最高! お仕事とはいえ、うきうきしてしまうのは止められそうにない。
 森沢・志成(なりたてケルベロス・e02572)がくるりと、辺りを見回して、一般の人たちを確認する。声を掛けて、場所を開けて貰うのはそう難しいことではなかった。
 フィアルリィン・ウィーデーウダート(フォールンリーブス・e25594)がバサーッと勢いよく、大きなレジャーシートを広げた。
 サンドイッチにおにぎり、他にも、ジュースにお菓子がいっぱい。
 お弁当を中心に、ケルベロスたちといろーんなぬいぐるみたちが座る姿はなんだかとっても賑やかだ。
「皆、食べて食べて」
 アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)は猫と針鼠のぬいぐるみを自分の隣に座らせて、サンドイッチの入ったバスケットを差し出す。
 桜に負けないくらいピンクのスウェットスーツに身を包んだ稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)も目を細めて、お弁当に手を出した。
 ほんわりとあたたかな陽射し。
 本当に気持ちがいい。
「ほらおいで、クマゴロー」
 座らせていたクマのぬいぐるみを自分の膝の上に乗せ、アマルガム・ムーンハート(ダスクブレード・e00993)はちょっと照れて笑って見せる。
 男の子としてはちょっと気恥ずかしい、けれど――小さい頃、両親に買ってもらった相棒は、触り心地抜群。今も寝るときに一緒なのは、内緒。
 パシャリ。
  桜と、空と、ぬいぐるみたちと。全てを最高の構図で収めようと、真剣にファインダーを真剣に覗いていた立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)の長い指が、シャッターを切る。
「うん。皆、いい顔ね」
 お弁当を前に並ぶ動物たちは心なしか微笑んでいるように見える。
「彩月の子も可愛いね」
 芹城・ユリアシュ(サキュバスのガンスリンガー・en0085)はそんな様子に目を細めて頷く。
「ええ、部屋にはもっと沢山ぬいぐるみがあるわ」
 今日はてのひらサイズだけれど、カメラリュックを定位置にして顔を覗かせている様はとても愛らしい。
「大きいものは抱き枕もあるし、旅先でご当地ものも買ってるかも」
 そんな話を聞くだけで、部屋にぬいぐるみがたくさん置かれている様が目に浮かぶ。
「飼ってる猫にもみもみされるぬいぐるみもいて、これはいつも同じぬいぐるみね」
 どうやら猫にもお気に入りがあるようで。
 話し出したら、止まりそうにもない。
「あ、キアの写真も撮ってって言われたよね♪」
「うん、お願いしてもいい?」
 彩月の言葉に頷いて、ユリアシュはカッパのぬいぐるみを手渡した。愛用のカメラなら、二倍にも三倍にも、可愛く撮れそうだ。
「ユーリも可愛いの、好きなんだよね?」
 もぐ、とおにぎらずをひとつ、口にしながらアマルガムが首を傾げる。
「家には大きなクジラがいるよ、子供の頃は上に座ってたくらいの」
 ユリアシュはクマゴローをぽむぽむと撫でながら、ちらりと人をダメにするクッションにうずもれている内藤・内斗(外出始めました・e10436)に視線をやって微笑んだ。
 そう、ちょうどそのクッション大きさだ。
「いいよなー大きいのは柔らかくて」
 だらん、と陽射しとクッションに抱かれてすっかり脱力モードの内斗は、大事なクマの『くーちゃん』を抱き締めたまま幸せそうだ。
「あ、アップルパイも食べてくれよ!」
「ん、お相伴に預かるのじゃ」
 ぺたん、と腰を下ろしたもこもこ大きなぬいぐるみ――もとい、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)はえへん、と胸を張る。
 もこもこ肌触り良く、お髭がダンディ。ドリームイーターがクマパーカーだというのなら、こちらは着ぐるみで対抗する、らしい。
 というワケで、今日はおすましぬいぐるみ仕様。
「……って、着ぐるみまでいるー!?」
「可愛らしいです」
 思わず一瞬ぎょっとするアマルガム。その様子に、紙カップのお茶を配っていたフィアルリィンが笑って、そっとウィゼの頭を優しく撫でる。
 アップルパイをもくもくする姿は、うん、確かに可愛い。
 ぬいぐるみって、大きければ大きいほどときめくのはどうしてだろう……!
 もちろん小さいのも可愛いんだけれど。
「何だか、今日は可愛いしか言っていない気がします」
 少し照れたように肩を竦めるフィアルリィンの緑の髪に、ふわりとピンク色の花弁が落ちた。
「自分もきぐるみ着てきたらよかったなー」
 それを払ってあげつつ、ふぅ、と吐息を漏らすアニー。
 なんだかちょっぴり、嫉妬してしまうのだった。

●ふわもこ大集合
「最近は猫がブームなんだよねー」
 気を取り直しつつ、アニーはお弁当を前になんだか楽しそうに見えるぬいぐるみたちに視線を落としながら自分ももぐりとお菓子を口に入れる。
 思い入れのある、ちょっぴりくたびれた感のある針鼠と、ちょっと新しい猫のぬいぐるみ。並んでいる姿はなんだかそれだけで頬が緩んでしまう。
「オレのこのぬいぐるみ、妹から無理言って貸して貰ったんですよね」
 にゃー、と今にも鳴きそうな可愛らしい猫のぬいぐるみを肩に乗せて、紙コップのお茶にほう、と一息ついた志成も親近感を抱いたらしい。
 座っているのは犬のモチーフのクッション、こちらは自身で愛用しているものだ。
 ぬいぐるみだって、いつも家の中に居たら退屈だろうし、とペンギンのぬいぐるみを抱き締めたさくらがふわりと笑う。
 ヴァーリがこくりと頷き、ふわっふわのカピバラのぬいぐるみを抱き上げた。父――レクスをモデルにしたぬいぐるみは亡き母の手作り。
「抱いてみますか?」
「あら、いいの?」
 差し出すヴァルリシアに、カナネが茶目っ気を見せて笑って見せる。
 女子力アップ! を目指してちょっと借りてみるのもいいかもしれない。
 そんな風に皆がぬいぐるみを愛でる姿は、やっぱり癒されるなぁとレクスは目を細めてうんうんと、頷いている。
「むう、動物のモフモフ感とはまた違いますが、ぬいぐるみもまた良いですね」
 ぬいぐるみたちを撫でさせてもらえば、志成の頬もなんとなく緩んでゆく。
「コンちゃんにスヌーちゃん、ミーちゃんにラビちゃん、みんなミューちゃんのお友達なの☆」
「名前がアレだが、確かに可愛いし似合ってるな」
 ミュピエの幸せそうなキラキラ笑顔に、晴陽も緩く笑みを零す。
 ぽかぽかの陽射しを浴びて、美味しい料理を食べて、溢れる笑顔はきっと――ケルベロスたちも、ぬいぐるみたちも一緒。
 晴香は大きなクマのぬいぐるみをもふもふ、もこもこ。
 目一杯可愛がって、その触りのいい肌に頬で触れる。
「私のくまさんが一番かわいいのよ? だって、私のくまさんだから♪」
「俺的にはクマゴローが一番だけどっ」
 むぅ、と対抗するようにアマルガムが返す。
「私のペンギンさんだって、負けません。このダンディな瞳が……」
 うんぬんかんぬん、とフィアルリィンの自慢も尽きない。ぎゅっと抱き締めているまんまるのペンギンはつぶらな瞳で優しげに、その場を見守っているように見える。
 その時だった。
「あーあー、可哀想」
 腰の辺りに拳を当てて、憐れむような大げさな声を上げた少女がいた。
「報われない愛を注ぐなんて、可哀想すぎるわ」
 大きなハサミ。
 クマさんのパーカー。
 ドリームイーターの少女は、イキイキと輝くような瞳を向ける。
 そんな、動かないものとは違う、とでも言いたげに。
「注いだ愛に応えてほしい、そんな気持ちはわからなくもないけれど」
 挑発的なドリームイーターに、晴香は穏やかな口調を崩さずに肩を竦める。
「でも、それはまだ愛の形としては幼いわね」
「言ってくれるじゃない」
 ドリームイーターがハサミをぐい、と持ち上げる。
「――んじゃまっ、大切なものを守るため、行きましょーかねぇ?」
 立ち上がった内斗の表情に、先ほどまでの脱力感はない。
「……食べるものは残しといてくださいよ」
「早くせんと全部食うぞ」
 仲間たちに笑みを向ける志成に、史仁はニッと笑い返して星柄ローブを着せたテディベアをゆらゆら揺すって見せた。
 頷いた志成は一転、真剣な顔になって振り返る。
 ドリームイーターと対峙するために。

●可哀想な夢のあと
 どどん。
 ドリームイーターと相対したウィゼの、その姿はまるでぬいぐるみVSぬいぐるみ。
「これ以上傷付けさせないのじゃ!」
 キリリ、と言い放った、ウィゼの唇から零れる戦言葉。
 その言葉はまるで、ぬいぐるみたちからの応援歌のようで、いつもより余分に強くなった、そんな気がする。
「ハッ」
 気合の入った声と共に、真紅のリングコスチュームに身を包んだ晴香が、地面を蹴った。空気を切るような動きはまるで、流れる流星の如く。――繰り出されるドロップキックが炸裂する。
 いたーいっと、ピョンピョン跳ねるドリームイーター。
 緊張感がまるでない。
(「ちょっと可愛いらしいですね」)
 まるでぬいぐるみのような外見のドリームイーターに、ほんのり心奪われそうになって――フィアルリィンはふるりと首を横に振って、ちら、とユリアシュに目配せする。
「ユオ」
 こくり、と頷くユリアシュが自身のボクスドラゴンにそっと声を掛ければ、キューと鳴いて応える。
 雷の盾が、星座の輝きが、仲間たちを守るように包み込んでいく。
「可愛い物傷つける奴は許さないよっ!」
 軽やかに笑むアマルガムは、けれどぬいぐるみたちを傷つけさせないよう、ドリームイーターの視界を塞ぐ。
 動かなくても、言葉を交わせなくても、大切な友達。
 ゾディアックミラージュの輝きが、寸分たがわずクマパーカーを射抜く。
「ずたずたにしてやるんだから!」
 頬を膨らませているドリームイーターが、勢いよくハサミを振り回した。
 ふわり。
 その軌跡から、不意に現れた綿が舞い落ちる。
 柔らかいその感触は、守りの力を持ってしてもなお、心を掻き乱す。
「傷付け、させないよ――っ」
 その攻撃の痛みを振り払うように、肩を揺すってアニーは声を上げた。
 一撃たりとも外したくない。
 アニーの気咬弾が鋭い軌跡を描いて飛ぶ。
「しっかり、大丈夫です!」
 志成のヒールドローンが傷ついた前衛たちを癒していく。
 彩月がその言葉に頷く。
 放たれるグレイブテンペストがドリームイーターを薙ぎ、そして、内斗の氷を纏った攻撃が重ねられる。

「哀しい夢喰いに、無償の愛の力を魅せてあげるわ」
 守りたいと思う心が、自分たちを強くしてくれる。
 無償の愛が、何もないなんてことはない。素早い動きで懐に潜り込み――。
「私の投げからは逃がさないわ!」
 身を捩ったドリームイーターを、けれど逃がしはしない。
「お説教なんか、要らない!」
  流れるようなバックドロップを決められて、頬を拭って、ドリームイーターは晴香を睨み付けた。イラッとした気持ちを隠しもしない。
 その、感情のブレを見逃さず、きぐるみもこもことは思えない動きで駆け出したのはウィゼ。
 振り上げたハサミが陽光を受けて煌めく。
 晴香が攻撃の衝撃に備えるように身構える。
 その前に、滑るように飛び出す影。
 いつもは『働きたくないでござる』なんて言っているけれど――戦闘の時はそんなことを感じさせはしない。
「ッ」
「内斗!」
 鋭い刃が皮膚を切り裂く。
 ナイトだから、ナイトらしく、振舞いたい。
 ……別に、Mじゃないです。念のため。
 ユリアシュが庇うようにクイックドロウを放ち、ユオがその傷を癒していく。
 ウエストポーチのくーちゃんが心配そうに揺れていた。
「っ」
 一方、ドリームイーターが慌てたように、ハサミを見た。
「ふぉふぉふぉ、ようやく気がついたようじゃの、お主の武器の異変にの」
 えへん、とウィゼは胸を張って見せ、笑う。
 相手の武器にちょっとしたイタズラ。
 それも、積み重なれば相手の攻撃を削ぐことに違いない。
「……キミも可愛いから、消えちゃうのは残念だけど」
 ぬいぐるみのようなその姿に、アニーは緩く笑み掛けた。
 野放しにするわけにはいかないから。
 ぐい、とその手にした注射器がドリームイーターの肩を抑え込む。ゆっくり、じわじわと……血を奪っていく。その様はホオジロザメのように。
「さあ、無茶するぜ――『BPM500』」
 内斗が心拍数を上げる。――身体能力を上がる。
 無茶をして、それでも、倒さなければならない。
「人の思いがこもった大切なものを壊させはしません……!」
 フィアルリィンの雷撃が、響く。
 ゆらりと足元のおぼつかなくなったその姿を、彩月は見逃さない。
「せめて桜のように美しく散るといいわ!」
 彩月の斬霊刀『三日月桜彩』が桜色がかった雷を帯びて閃く。
 滑らかな動きから繰り出される剣劇が、ドリームイーターの身体を切り裂く。
 その血飛沫散る様はまるで、桜の花弁のように。
 アマルガムが差し伸べるように出した縛霊手の掌から打ち出された大きな光弾がドリームイーターの動きを奪う。
「今だよ!」
「任せて」
 アマルガムの言葉に、頷いたのは志成。
 ――確実に、確かに。
 バスターライフルを抱え上げ、ドリームイーターに狙いを定めた。
 グラビティを魔法の光線はまっすぐに――寸分たがわず、打ち抜いた。
「……そうやって、一生お人形遊びしていればいいんだわ」
 ドリームイーターが消える間際、小さくそう、呟いた。

●桜色の記憶
「……ッはぁ」
 内斗は息を吐き出して、芝生に寝転んだ。
 無茶をした反動を逃がすように、また力を抜く。
 陽射しはぽかぽかで、桜は、綺麗で。
 無意識にくーちゃんをその指先が優しく撫でていた。

「お花見の続きしよー!」
 アニーがキラキラの笑顔で、ぱたぱたとレジャーシートまで駆け戻ってくる。
 辺りは落ち着きを取り戻し、いつも通りの公園だ。
「あ、そういえばまだ頂いてないおかずがありました」
 志成が軽やかに声を張る。
 優しげなその空気が、ケルベロスたちをお花見の気持ちへと引き戻してくれる。
「みんな、楽しそうでよかったのじゃ」
 大きなぬいぐるみさん、ことウィゼはよいしょ、とのんびり腰を下ろして――すっかりぬいぐるみモードを満喫しているらしい。
「短い桜の季節も、ぬいぐるみと同様に愛し、楽しみたいわよね」
 晴香がそう言って、桜の木を見上げた瞬間――サァッと春の強い風が吹いて、さらさらと花びらたちが舞い散って飛んでいく。
 桜吹雪、とはよく言ったものだ。
「クマゴローも楽しい、かな、えへへ……」
 アマルガムはクマゴローを抱き締めて、緩やかに笑った。
「あ、みんなで記念撮影しよ? 今日の想い出の為に桜バックでさ!」
「そうですね! キアちゃんが真ん中かな?」
 アマルガムがあっと声をあげて、フィアルリィンがぱちん、と両手を合わせて頷く。来られなかった、もう一人の仲間のために。
「こんなに大事にされて、喜ぶんじゃないかな?」
 ユリアシュはこばとの顔を思い浮かべて頷いた。
 それとも、自分も行きたかったと羨むだろうか?
 大所帯で並べば、カメラの中に納めるのも一苦労――だけれど、そこは彩月の腕の見せ所。
 ファインダーを覗き込み、彩色を抑えてノスタルジックに。
「いくわよ!」
 三脚で立てたカメラのセルフタイマーを押して、彩月は駆け出した。

 ひらはらり。
 桜の花弁が舞い落ちる。
 短い瞬間と、きらきら笑顔を閉じ込めて、また来年。
 どうかまた、一年後にこの笑顔に出会えますように――。

作者:古伽寧々子 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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