死人は夜に歩く

作者:あき缶

●幻燈のごとき死神
 田んぼの上を青白い魚が空を泳ぐ。
 オタマジャクシのような形の魚は、遠目から見ればまるで人魂のようだ。巴紋を描くように円を描いて泳ぐ魚の軌跡が、複雑な魔法陣と化す。
 すると幾何学模様の円盤のような陣からぬるり、と混沌をまとう女が生まれた――。
「アガアアアアア!!!」
 人の形をかろうじて保っている女だが、叫ぶ声は獣よりも理性がない。
 女の誕生を寿ぐように、魚はゆらゆらゆらりと女の周囲を泳ぎまわった。

●新潟県のとある町で
 死神がドラグナーをサルベージする。
 香久山・いかる(ウェアライダーのヘリオライダー・en0042)は、ヘリポートに集まったケルベロスにそう告げた。
「場所は深夜の田んぼ。大丈夫、もう稲刈り終わってて作物に影響はないで」
 現れる死神自体は、かなりの下級クラスであり知性を持たない魚型である。
「死神は、第二次侵略期以前に地球で死んだデウスエクスを、サルベージして、戦力としてお持ち帰りしようっちゅー魂胆みたいや」
 デウスエクスのサルベージにより、死神勢力を増やそうとしているのだろう。
「そうするわけには行かへんから、皆、死神とサルベージされたドラグナーの退治、頼んだで」
 場所は国道に面した田んぼだそうだ。よほどヘマをしないかぎりは、敵が国道から市街地へ踊り出ることはなかろう。
「まぁ真夜中やし、通行止めと避難勧告もしとくから、人払いの心配はいらんよ」
 ドラグナーは死神により変異強化されている。その影響か、彼女のドラゴンに変身する能力は消滅している。
「ドラグナーの姉ちゃんは、鹵獲術士みたいな攻撃してくると思う。死神は、せっかくサルベージしたデウスエクスを守ろうとするやろう。噛みついて攻撃したり、泳ぎまわって回復したりするみたいやな」
 一体のドラグナー、三体の死神、合計四体が今回の敵である。
「せっかく安らかにお眠りいただいたデウスエクスや。もう一回おねんねさせつつ、眠りを妨げる不届き者はお仕置きせなな!」
 いかるは、ぐっと親指を立ててみせた。


参加者
御籠・菊狸(水鏡・e00402)
リヴカー・ハザック(幸いなれ愛の鼓動・e01211)
アイリス・フィリス(気弱なトリガーハッピー・e02148)
日崎・恭也(明日も頑張らない・e03207)
月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)
御影・有理(岐守・e14635)
狩集・創(地球人のウィッチドクター・e17394)
碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃん・e19174)

■リプレイ

●深々と辺りは冷え
 国道沿いの田んぼは、ぼんやりと青白く街灯に照らされていた。
 その薄い光の中、冴え冴えと更に青白い光が三つ現れる。
 魚の形をした光は、うねうねと軌跡をうねらせながら魔法陣を描き、そしてその円から、ぬるり。女が生まれた。
 女が獣じみた産声を上げるか否かの瞬間、
「俺の前で死体が動くなよ、ブチ殺すぞ……!」
 怒声とともに、白く強い光が放たれる。
 ランタンのスイッチを入れた月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)が、降魔の一撃をもって、死神に飛びかかった。
 対抗するように、生まれたドラグナーの『成れの果て』が呪禁を唱える。
 石化の呪いで、鎌夜の体がピシリと軋み、彼は舌を打つ。
 だが、ドラグナーの女の死人らしき理性のない姿を哀れむ者。
「……かつては眩い程の生命力に溢れた姿だったのだろうが……哀れという他ないな」
 リヴカー・ハザック(幸いなれ愛の鼓動・e01211)は肩をすくめると、妖精弓を引き絞る。
 心揺さぶる矢が死神に突き刺さる。
 分身の術による幻を作り出しながら、碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃん・e19174)はボソと呟く。
「眠っていた……ドラグナーさんを起こしてしまった……死神さんに……お説教ですね……」
「でも、一度死んでいるとはいえドラグナー。こころしてかからないと」
 パサと持ってきた花束を邪魔にならぬ場所に置き、アイリス・フィリス(気弱なトリガーハッピー・e02148)は爆破スイッチを押す。
 色とりどりの爆煙が立ち上り、さながらヒーロー物の登場シーンだ。
 そんなテンションの上がる煙を背にしているというのに、日崎・恭也(明日も頑張らない・e03207)は、かったるそうに頭を掻く。
「もー……サルベージとか余計な真似すんなよなぁ」
 目を細め、恭也はぼやく。
「面倒事を増やす死神はキライですー」
 がっちょんとガトリングガンを重そうに持ち上げた恭也は、唐突に目を見開き、
「ハチの巣にしてやんよオラァ!」
 と怒鳴り、ドラグナーに銃弾を雨あられと打ち込んだ。
 重い弾丸を受けては震える生ける死体を眺め、恭也はウゲエと口を曲げた。
「うわ悲惨……。こんななってまで生き返りたくねぇよな」
 御影・有理(岐守・e14635)は五年前、つまり十四歳の頃を思い出していた。
 彼女の妹はドラグナーに殺されている。有理は全てと引き換えに目覚めたのだが、同一人物ではないけれども同じドラグナーと対峙していると思えば、昏い感情が湧いてくる。
 だが。
「死神に眠りを妨げられるなど……見るに堪えないな」
 ならば、元ある場所――墓所へと戻さねば。有理はドラグナーに向けて言霊を詠唱する。
「我、狭間ノ者。泉守道者。汝、還レヤ。在ルベキ処ヘ」
 しかし、それは死神が『させじ』と盾になる。せっかく喚んだのだ、帰させるわけにはいかないのだろう。
 闇色をしたボクスドラゴンが、有理の横から封印箱に詰まって飛ぶ。その箱に向かって有理は優しく声をかけた。
「守りは任せたぞ、リム。皆で生きて帰るために、な」
 死神共が封印箱をガリガリと齧る。
 くるくると空中を泳ぐように飛ぶ死神を眺め、御籠・菊狸(水鏡・e00402)は残念そうに眉を下げた。
「んー今回は食べられるものはないみたいだけど、……まあ頑張るかっ!」
 気を取り直すのは早い菊狸。
「みこもりだぞ!! 自然の摂理は崩すのは、めっ!!!」
 と得意げかつ高らかに名乗りを上げ、死神めがけて足を振り上げた。
「雑魚にうろちょろされるのは目障りだ。僕の前からさっさと消えろ」
 ぼそりと狩集・創(地球人のウィッチドクター・e17394)は呟き、眼鏡を上げた。そして粛々と死神に向けて、殺神ウイルスを放つ。

●禍々と呪いを与え
 ドラグナーは前衛に向けて、吹雪を喚ぶ。
 刺すような冷気がケルベロスを苛む。
「さぁ、芥ども。俺を生かし楽しませろ?」
 鎌夜は獰猛に笑うと、漆黒の地獄十字架を生む。十字架が死神に黒炎を噴き出し、代わりに力を吸い上げた。
「そのまま焼き魚になって、さっさと消えやがれコノヤロー」
 死神が嫌いな恭也は、その様子を見て吐き捨てる。
 そして、明日から本気出すという誓いの溶岩でドラグナーを焼こうとするも、死神が庇う。死神の鱗がジリと溶ける。
「女が見られたくないと思う姿が何か、わかるか?」
 リヴカーはシニカルな笑みを浮かべながら、死神に軽く手のひらを当てる。
 手のひらから発生した螺旋の力が、死神の内部からそれを食い破った。
「寝起きの無防備な姿だ」
 地に落ちて苦悶する死神を見下ろし、リヴカーは答えを教えた。
 だからこそ、このドラグナーはお怒りなのだろう。とリヴカーはクスリと笑む。
 死神が菊狸に噛み付こうとするも、リムが庇う。
「子供だからって油断してると……痛い目見ますよ」
 アイリスのチェーンソー剣が、なんとか空に舞い上がろうともがいている死神の鰓を貫いて、地面に縫い止める。
 同じくチェーンソー剣を振るう影乃だが、彼女の手にはチェーンソー剣が二口。
 摩擦による炎をまとう剣が水平に、なんとかふらふらと上がってきた鰓に穴の空いた死神を三枚に下ろす。
 ドラグナーに向けて古代語魔法を呪奏服が歌うなか、有理は戦況を確認する。
 残る敵は、死神があと二尾、そしてドラグナー。
 リムのブレスをすんでのところで避けた死神は、泳ぎまわることでドラグナーを高めているが、創のウイルスが効いているのか上手く行っていないようだ。
「鎌夜ー、だいじょーぶかな?!」
 菊狸がマインドシールドを鎌夜に展開してやる。
 創も前衛全員に雷の壁を形成した。
 ドラグナーが再び石化の呪いを叫ぶ。
 鎌夜の体が動かない。彼女の呪いが効いている。ギリと歯を鳴らすも、どうにもできぬ。
 リヴカーの矢が死神を正確に射抜く。
「お前たちの敵は誰だ……? そう、今まさに隣にいる、牙を持つものだ……後はどうするべきか、わかるだろう?」
 と催眠の甘い言葉をささやき、リヴカーは笑む。
「術式展開。ヒールドローンを装填、分解、再構築……完了。 当たっても痛くないですから、避けないで下さいね。発射!」
 アイリスのドローンが変化したミサイルが鎌夜の体に当たる。びしゃんと潰れて液体が飛び散るも、不思議とすぐ乾き、鎌夜の石化を癒やした。
「くらーい……暗い夜は……僕のフィールド……ですよ……」
 ぬうっと影乃の分身が死神の真下から現れる。そして、必中の『無影の殺人芸』が死神を襲った。
「もー、早く終われって……ば!」
 住民が避難した後の、夜の田んぼは静まり返っていてとても不気味だ。
 恭也は背筋がゾゾッとするのを禁じ得ない。そもそも眼前の敵は元死人だ。
 あまりホラーの類が得意ではない恭也は、はやく明るくて温かい文明的な場所――具体的に言うと真の自宅――に帰りたかった。
 恐怖をかき消すようにガトリングを派手にぶっ放す。
 菊狸がリヴカーを死神の牙から庇う。衝撃で、菊狸についた氷が彼女を刺す。
「ふふ、ありがとう」
 女性のほうが好きなサキュバスであるリヴカーは、嬉しそうに、かつ妖しく微笑むも、すぐに顔を険しくして死神を睨む。
「生命ある者、生きた美しさを持つ者が妬ましいか。気持ちはわからんでもない……が、許さんよ」
 リヴカーの笑みの意味には気づかぬまま、菊狸は自分を満月上のエネルギーに包む。
 有理の杖の変化である小動物がドラグナーにぶち当たる。リムの封印箱が死神に激突する。
 菊狸の腕から滴る赤を見て、創は密やかに笑った。血は彼の興奮剤だ。
(「彼女を生かすも殺すも自分次第、か」)
 メディックとして、医者として、創は責務を感じつつも、快楽すら覚える。
 だがそんな危険すれすれの考えなどおくびにも出さず、創は菊狸に分身を添わせた。

●延々と恨みを喚き
 延々とドラグナーの吹雪は容赦なく襲いかかった。ドラグナーは理性を失い、獣のように吠え猛るも、魔法の腕は生前と同等だ。生半可な威力ではない。
 主をリムが庇い、アイリスが創を庇う。
「生け贄となれよ塵共ォ!」
 石化の呪縛から抜けた鎌夜が鬱憤を晴らすように、死神に殴りかかる。
 影乃のチェーンソー剣が地面と平行に奔って、死神を微塵に砕く。
 間髪を入れず、リヴカーが弓に雷をまとわせ、風切音も高らかに残った死神を突いた。
 続いて、アイリスのチェーンソー剣が唸りを上げ、死神の鱗を飛び散らせながら両断するなり、彼女は叫んだ。
「雑魚はこれで終わりっ! あとは本命のドラグナーだけです!」
「はぁ、やっと消えたか」
 恭也と有理の抑えという仕事も終わりだ。あとは全員で全力をぶつけるだけ。
「なら、次からは火力優先で」
 彼もチェーンソー剣を使う。ドラグナーめがけて、チェーンソーがぶち当たり、彼女の服ごと肌を削った。
「よーし、がんばれー!」
 菊狸は自分のグラビティはドラグナーに当たるかどうか曖昧だと判断し、アイリスをルナティックヒールで助ける方に回った。いちかばちかならば、確実に当ててくれる人を支えたほうが効率がいい。思ったことは即実行の菊狸である。
 有理の防具がささやかに詠って、ドラグナーを石に変えていく。リムは、最後まで『守る』という任務を果たすべく、自分に属性をインストールしていた。
「もともと眠ってたやつなんだろ? だったらそのまま眠ってろ」
 創は冷ややかにドラグナーを見つめ、そして前衛に薬液の雨を降らせた。
 ドラグナーは恨めしげに咆哮を上げる。
 前衛を極寒の嵐が包み込む。リムが虚しく凍って弾け飛んだ。
「うう、寒いーー!」
 菊狸が自分を抱きしめて震える。ディフェンダーの彼女ですら痛いほどの凄まじい冷気だ。
「まだだァ!」
 永遠に凍り付きそうになった鎌夜が、
「てめえこそ、大人しく墓の中でくたばってろォ!」
 叫びながら漆黒の地獄十字でドラグナーを絡めとる。
 リヴカーも倒れることを覚悟したが、アイリスが彼女を守ってくれた。
「アイリス! ……くそっ。その醜い姿をこれ以上晒さずに済むようにしてやろう――同じ女としてのせめてもの情けだ……っ」
 リヴカーが、巨大な黒矢の突き刺さるドラグナーを忌々しげに睨むなか、アイリスは白い息を吐きながら、気合を絶叫した。 
 影乃がアイリスに気力を分けてやる。
 菊狸も自分自身にシールドを展開する。
「おい、大丈夫か? さっさと終わらせねえと……」
 焦り気味に恭也はガトリングを連射した。
 有理はドラグナーを哀れむように見やる。
 彼女に、ドラグナーに、思うことは多々ある。
 だが。
「このドラグナーが何を想い、どう生きたのか……私は知らない。だが、奴が存在していたこと。そしてここで戦ったことは、この先も忘れない」
 だから、と有理は詠唱を始める。彼女に合わせて、呪奏服も歌う。
 ――在るべき処へ還り、安らかに眠れ。
 現世と幽世の狭間に在る泉守道者として、有理が導く詠唱にドラグナーは戸惑ったように唸り声を止めた。
 だが、まだ彼女が倒れるには足らない。
 創は次の一手に備え、前衛に薬液を降らせる。
 ドラグナーの手から炎龍が生まれた。体をうねらせ、劫火の龍は有理を飲み込んだ。
「……しゃらくせえ!! とっとと塵は塵に戻りやがれ。ブッ潰れろォ!」
 怒髪天を衝く鎌夜が降魔の拳を振り落とし、此岸のドラグナーを彼岸へと吹き飛ばす。
 完全に青白い光が失せる。あとはケルベロスが用意した光源と街灯だけが田を照らしていた。
「……二度目の死ですね」
 少し可哀想だ、とアイリスは苦く呟いた。

●粛々と番犬は進め
「んー! なんとか終わったぞ!」
 菊狸は、笑顔でうんと背伸びをした。
 創のヒールで有理はなんとか持ち直し、自力で立てるくらいになっていた。
「……なんとか、皆で生きて帰れるな」
 有理は、再び現れたボクスドラゴンに薄く微笑みかける。
「この辺にたぬきいるかなーっ?」
 呑気に菊狸はくるくると田んぼを見回すも、狸がいそうな茂みは近くになさそうだった。
 光源を片付けながら、リヴカーは周囲に損傷がないかどうか確認する。特にヒールが必要そうな建造物はないようだった。
 アイリスは花束からネリネの花をドラグナーが居た場所に供える。
「さよなら、それとおやすみなさい」
「もう一度……、眠るんですね……。今度は……死神さんも……一緒に……」
 影乃はアイリスの隣に立ち、彼女の弔いを見守る。
 恭也はビクビクと暗い周囲を見回し、腰を引き気味にしつつ、煙草をくわえてさっさと帰ろうとしている鎌夜に話しかける。
「俺もさっさと帰ろうと思うんで一緒に行かね? ほら、夜の田んぼって気味悪ぃじゃん? いや、怖いとかじゃないから、全然怖くな…………あの……やっぱ正直、夜道怖いんで一緒に帰って下さい」

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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