飛蝶の調べ

作者:彩取

●温室の蝶
 子供の頃に行った、植物園の温室。
 そこで出会った光景が、ある少年の夢を決めた。
 暖かい温室の中で、一年中たくさんの蝶が舞う光景。
 それは都市部で暮らしていた少年時代の彼にとって、とても不思議な空間だった。
 それを、四季に逆らった場所と、揶揄する者もいるだろう。
 しかし、日常では殆ど見る事の適わなかった、緑溢れるその光景。沢山の花が咲く中で、硝子の温室の中を気儘に舞い続ける蝶の姿は、彼にとっては夢の空間だったのだ。
 だから彼は努力の末に、温室で働き、蝶の世話をする大人になった。
 そんな彼の元に、一匹の蝶が舞い降りた。青年と変わらない大きさの、蝶の翅を持つローカスト。その鋭い爪は、温室の外で屈んでいた青年を切り裂き、やがて死をもたらした。
 地に伏せるように倒れた青年。力無く開かれた手の傍には、
「――っ、ぁ……ぁっ……、だれ……か――」
 土に埋めて供養する筈だった、一匹の蝶の亡骸があった。

●飛蝶の調べ
 蝶型ローカストによる事件。その予知を見たジルダ・ゼニス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)に、烏柄杓・緤(トロイメライ・e21562)はこう訊ねた。
「このローカスト、彼が蝶を殺したと勘違いしたんだね」
「はい。知性の低い個体のようなので、緤さんの見解に相違ないかと」
 表情を変えず、淡々と情報を精査する緤とジルダ。
 敵は一体で、青年が働いている植物園の、裏庭に現れる。
 丁度、命尽きた蝶を供養する為に、青年が庭で土を掘っている時だ。
 今から駆け付ければ、ローカストが青年との距離を詰める前に、割り込む事が出来るだろう。何も知らず事件に遭遇するのではなく、自分達は状況を知った上で赴くのだ。意識すれば確実に割り込める。油断さえしなければ、倒し切る事はそう難しくはない筈だ。
「事件に必要な情報、私からは以上です。ところで――」
 すると、ジルダはこの植物園についての話を始めた。
 
 とある県の都市部にある植物園。その温室の一つに、蝶が待っている場所がある。
 硝子張りの大きな温室。そこには沢山の薔薇が咲き、蝶が飛んでいる。人馴れしているからか、頭や手、肩などに止まってくれて、触れあう事が出来るらしい。
「丁度この日、植物園自体は休館日で、一般客はいません。ただ」
 もし無事に青年を助けてローカストを撃破した場合、彼に温室の見学を申し出れば、彼は喜んで見せてくれるだろう。あまり知られてはいないらしいが、この蝶の温室だけは、植物園の休館日とは関係なく、管理者がいれば入る事が出来るらしい。
「その管理者が青年ですので、是非楽しんできて下さい」
 飲食喫煙は禁止だが、薔薇と蝶を楽しめる人ならば、是非、束の間の安らぎを。
 冬の温室に射すひだまりの中、美しい花と蝶の世界を、君達に。


参加者
アルダント・カフィエロ(マウェッタ・e00802)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
斉賀・京司(花と蝶・e02252)
深景・撫子(晶花・e13966)
ラスキス・リアディオ(ルヴナンの讃美・e15053)
ピア・ウッチェッロ(盲目の眠り姫・e17013)
千代田・梅子(一輪・e20201)
烏柄杓・緤(トロイメライ・e21562)

■リプレイ

●蝶の襲来
 事件の現場となる温室の外。
 急行した一同の初動は、迅速なものだった。
「罪のない一般人を傷つけることは許さんのじゃ!」
 襲われる青年と、蝶型ローカストの間に駆け込み、割り入ったディフェンダーの三名。その中でも千代田・梅子(一輪・e20201)は屈んでいる青年を隠すようにして仁王立ち、びしっと宣誓の声を放った。
「彼の保護はお任せしますわね」
「了解であります、全力でがんばるであります……!」
 眼前の敵を注視して、後方に信を託す深景・撫子(晶花・e13966)。対し、緊張気味に答えたピア・ウッチェッロ(盲目の眠り姫・e17013)は唖然としている青年の傍に寄り、ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)は後列に入って問いかけた。
「間に合ったね、大丈夫だった……?」
「え、えええ何これ、え、君達は――」
「説明はあとで……わたくしめと一緒に、避難するであります」
 引篭もりの身にとっては外も初見の人も、敵だって怖い。
 それでもピアが頑張るのは、何の非もない青年を助けたいと願うから。
(「勘違いで青年さんが殺されてしまうのは、もっとイヤなのであります……!」)
 だが、ローカストもそれを許さない。
 遠ざかる標的に、視線を向ける蝶の異形。
 それを防いだのは、ラスキス・リアディオ(ルヴナンの讃美・e15053)だ。
 疾風の如き銃弾が直撃し、こちらに視線を向ける蝶に対して囁くラスキス。
「あなたの翅を散らしに来ました。――悪く思わないでくださいね」
 笑みもなく、淡々と紡がれる宣誓。
 直後、アルダント・カフィエロ(マウェッタ・e00802)も妖精の加護を宿す矢を放った。蝶の鋭い視線に一瞬肩が震えるが、思いを胸に奮起するアルダント。蝶を愛する青年が、その死を悼むが故に悲劇に見舞われるなど、何ともやりきれない廻りである。
 しかし、己には神より授かりし力がある。故に、以後は怯まず、
「さあ、さっさとローカストさんをやっつけてしまいましょう!」
 災いを招く者は祓うまで。
 言葉に続き、繋がる連撃。
「――ほォら、捕まえた」
 その最中、斉賀・京司(花と蝶・e02252)は微かに笑んだ。
 猟犬の如く駆ける鎖が、人程の大きさの蝶――その翅ごと締め付ける。
「見目は良いからねえ、私の糧にしてやろう」
 既に幾つかの呪縛を身に宿し、鎧化の治癒を施す敵。
 そこに烏柄杓・緤(トロイメライ・e21562)が迷わず前進した。
 電光石火で間合いを詰め、胴に直撃した回し蹴り。そうして五分の確率を決めきった後、片足を軸にくるりと回転して構え直した緤は、虚ろな銀蒼の眸に敵を映して呟いた。
「同胞を殺された恨みなんて、本当は無いんだろうね。君には」
 何処か確信めいた言葉の糸を、知性なき蝶へと絡めるように。

●冬庭の幕
「わたくしめも、全力でがんばるであります」
 青年の保護に動いたピアの離脱も、ごく僅かな時間だった。
 時間にして一分程。故に初撃後に合流する形で、ピアは爆破スイッチを押した。前列を癒すカラフルな爆発、それが寝癖のついた髪をふわりと揺らした後、両者の戦いは激化した。
 回避の高いキャスターである敵に対し、スナイパーの比率が高い一同の陣形。
 近接の単体攻撃のみを繰り出す敵に対し、標的となる前列は盾役を多めに。
 火力を担うアルダントも、防具耐性にも気を配った上で挑んでいた。
「それにしても、よく動き回る敵ですね!」
 回避に優れた対象に対し、確実なる攻撃を。
 その方針に基づき、オーラの弾丸を放ち応戦するアルダント。フードに隠れた視線こそ見えないが、気を集中させた彼の弾丸は伸びやかに翔け、ローカストに直撃した。だが反撃とばかりに、彼の元に迫る敵の爪。
「――させませんわ!」
 それを防ぎ、眼前に立った撫子。
 間近で見る蝶の爪がすぐに離れていく最中、撫子は囁いた。
「蝶は死に関わる伝承もあると聞きますが……今回は、出番を間違えたようですわね」
 敵が襲う青年は、命奪う咎とも、死とも遠い前途ある若者だ。
 しかし、如何にそれを伝えようとも、敵と分かり合う事は出来ない。
「ならばせめて、罪を犯す前に眠らせて差し上げましょう」
 そう告げた撫子の横を、疾風の如く翔けた気の弾丸。
 アパタイトの瞳で敵を見据える狙撃手、ラスキスの一撃だった。
「さあ、後もう一枚ももぎましょうか」
 敵の翅を貫く銃撃の後、手応えを得ても淡々と語るラスキス。空舞う蝶よりも美しく、端正な所作から力を放つラスキスの傍で、京司も連撃の一手に加わった。前方にはビハインドの彼者誰の姿。それを視界に映したまま、まるで能楽に合わせ拍子を踏むように、紅赤色の蝶が彫られた左手甲――その掌を翳して呟く京司。
 名も知らぬ同胞を想える蝶や。美しい翅が心根に深く残る蝶や。
「その心を、その魂を、私に預けて御覧。有効に使おうぞ」
 瞬間、京司の掌から放たれた竜の幻影が、蝶の身体を焼き尽くさんと燃え盛る。
 対し、技の射程から前列を襲い続ける蝶が、梅子を狙った。腕より伸びる蟷螂の鎌。だがそれを受けたのは緤だった。
「――セツ!」
「平気。まだまだ行くよ」
「……そうじゃのう、こてんぱんにしてやるのじゃ!」
 前を見据えたまま語り、攻撃に続いていく二人。
 技の命中に苦戦しつつも、得意の能力に準ずる技は確り決める梅子と緤。
 仲間の盾となり全体の傷を抑え、治癒と併せて戦線を維持する為に、二人は一躍以上の奮闘を続けていた。一方回復で粘り始めた敵の行動により、ピアは攻めに回る機会を得た。
「これは……わたくしめも狙い撃てそうでありますか?」
 ならばと再びスイッチを押せば、不可視の爆弾の炸裂に傷を深めたローカスト。その爆発の元に更なる炎を注ごうと、ネーロは竜語を紡ぎ始めた。
 それは守る為にネーロが手にした、力の一端。
「竜の息吹……受けてみなよ」
 鋭き剣にも相応する、彼の魔力を体現する炎である。
 溢れるその力を撃ち放てば、歪んだ声で絶叫するローカスト。
 そこに終わりを感じるネーロに続いて、一同は一気に畳み掛けた。時に大胆に攻め、守りは手堅く油断を許さず。
「かくごせよー!」
 その中で、梅子は勢いよく身体を回転させた。
 高速回転するその姿は、大地を猛進する戦士のそれ。
 直後、響き渡った衝撃音。その瞬間宙に浮いた梅子はくるりと受け身を取り、蝶は体勢を崩しながら再び前を睨みつけた。そこに流れたのは、軽やかに舞う蝶の如きエチュード。
 氷の魔力を宿し、戦場に響く星の旋律。
 すると猫耳スピーカーから響く音と共に、緤は蝶にこう語った。
「可哀相な蝶々だけど、使い捨てにされるくらいなら此処で――」
 幸いにも、ここは蝶の楽園。その地で果てる事が、せめてもの餞となるように。その言葉と共に、戦場を流れる終極星の理(イデオローグ)。
 終極の結びの音が、戦場に溶けていく。
 しかし、ローカストはまだ辛うじて息がある。
「悔い、改めよ――」
 対し、アルダントはこの一撃を撃ち放った。
 それは頭上より光輝く、巨大な天上の鎚。信ずる神の力を招き、狙うは朽ちかけの蝶ただ一つ。瞬間、裁きの鉄槌は振り落とされ、ローカストは死を与えられた。
 そうして消えゆく敵に、最期の言葉を紡いだラスキス。
「散る様も綺麗です。そう、まるで花と同じですね」
 黒に瑠璃色を散りばめた敵の翅。それは花が散るようにはらりと崩れ、消えていった。

●飛蝶の調べ
 戦いが終わり、青年――羽澄を呼びに行った一同。
 すると、青年は蝶を包んだ布を手に現れた。
「ローカストの亡骸は消えてしまったけれど、この蝶は供養出来るね」
「先程の場所は……あちらでしたわね。私もご一緒致しますわ」
 ネーロと撫子がそう伝えると、笑顔で頷いた羽澄。やがて垣根の下に蝶を埋め終わると、アルダントは祈りを捧げた。それは青年の弔った蝶も、自分達が倒した蝶も、彼が信ずる神の御心の前では一つの尊き命であるから。
「それは、これまで命を失ってしまったちょうちょさん達も、全てです」
「――ありがとうございます。俺も、祈らせて下さい」
 アルダントの思いに、共に祈りを捧げる羽澄。
 その時、誰かが青年にこう訊ねた。
 何故、蝶を温室の中に埋めないのか。すると彼は土に手を添え答えた。
「温室の土は花の植え替えで掘り返すので、ゆっくり眠れないかなって」

 やがて、申し出に快く応じてくれた羽澄と共に、温室に入る一同。二つ扉を開けた先には、穏やかな春の景色が広がっていた。
「こんなにたくさんの蝶を一度に見るのは、初めてなのじゃ……」
「蝶のことは全然わからないけれど、どの蝶も綺麗で素敵、です」
 足元から頭上まで、硝子の温室の中を舞い飛ぶ沢山の蝶。梅子は目の前を過ぎった蝶を目で追いかけ、ピアもブランケットを被りながらも、眼前の景色に目を奪われていた。
「蝶も艶やかだが、花もよう手入れが行き届いているねえ」
 片や、ビハインドの彼者誰を背に従え、温室の薔薇を見た京司。その言葉に嬉々として笑む青年の笑みを映した後、ラスキスはふと温室の空を仰ぎ見た。
 硝子の壁から差し込む、冬の陽光。
「――温室は良いものです」
「でしょう。夢のような場所だと思うんです」
 その柔らかさに自然と目を細める皆に、羽澄はこう言った。
 自分は花の手入れをするので、どうぞお寛ぎ下さい。そんな彼の言葉に、再び天井を眺め緤は思う。確かに、ここは夢のような世界であると。
(「硝子の温室なんて、幻想そのものだ」)
 そう秘める緤の元にも、陽光は等しく降り注がれていた。

●花と蝶
 愛や美の象徴である薔薇の花と、魂の象徴ともされる蝶。
 彩り豊かな薔薇が綻び、翅の形や色も異なる無数の蝶が舞う温室の中は、アルダントの脳裏に幾つかの絵画を思い出させた。
「お花さんもちょうちょさんも、生き生きとしていますね」
 眺めている内に心は癒され、一方で好奇心が疼いていく。
 何故、先人達はこの花と蝶を、己が抱く概念の象徴として描いたのか。その意味に思い馳せる中、アルダントの傍を揚羽蝶が気紛れに舞っていた。
 こちらでは、淡い桃色の薔薇の傍に、瑠璃色の蝶が留まっている。
「……シャッターチャンス、であります」
 思わず小声で、ブランケットを被りつつスマホを構えたピア。綺麗に撮れたら幼馴染にメールで送信。そうして、小さな達成感に一層瞳を輝かせていた時、
「ふふ、ピア様のお花にも留まっておりますわ」
「――! ……わ、わたくしめのお花、でありますか……?」
 撫子の声に、ピアは口籠りつつもそう言い、自分の髪を見た。ブランケットの外に出ていた絹糸の如き白の髪。そこに咲く瑠璃唐草と戯れるように、ふわりと舞う瑠璃色の蝶。そんなピアの姿に和みながら、撫子はこう囁いた。
「時の流れを忘れてしまいそうな場所ですわね……つい魅入ってしまいますわ」
 ひとえに薔薇といっても、野薔薇に近い姿の物や、荘厳な八重薔薇など多種である。しかしどれもが色鮮やかで、香気に思わず頬が緩む。その時ふと目に留まったのは、撫子色の薔薇。キャベジローズと呼ばれる大輪の傍には、青から橙へと移ろう空のような美しい翅の蝶がいた。それにそっと手を伸ばすと、
「ふふ、ようこそおいで下さいました」
 花に誘われるかの如く、蝶は撫子の指に留まった。
「本当に、人馴れしている蝶々だよね」
 一方のネーロも、己が手を翅休めの枝として、蝶に預けながら呟いた。
 白きオールドローズの芳醇な香りに包まれながら、花弁に残る雫を指先で掬い取って笑むネーロ。やがて二人は気儘に温室の中を歩き出した。
 小さなローズピンクの薔薇や、フリルのような花弁を持つ斑模様。それらの花を巡る最中、先程の蝶はネーロの後に続くように跳び、やがて彼を追い越して進んでいく。
「まあ――素敵な場所ですわ」
「確かに、ここはとびきりの特等席だね」
 その先で撫子とネーロが見たのは、ベンチに腰を据えた京司の姿だ。
 傍らに、腰まで伸びた銀髪を結わえた獅子面の男――彼者誰を従え、ゆるりと寛ぎながら、京司はその場所に溶け込むように座っていた。寄る蝶の美しさに、翅の色は関係ない。その内の一つ、朱色の翅持つ子が肩口に留まっても、京司はまるで動じなかった。すると、通りすがりの羽澄がこう言った。
「凄いですね。比較的人馴れしているとはいえ」
 随分と蝶が安心している。
 そう感嘆を零す青年に、京司はこう音を紡いだ。
「なぁに。ちぃとばかり、蝶とは縁が深くてねえ」
 その言葉に、幽かに翅震わせ離れる蝶。程なく、蝶は肩から髪へと移り飛び、漆黒の髪を飾る髪飾りとなって、再び翅を休め始めた。
 その頃、梅子の指に留まっていたのは、朱より更に深い赤色の蝶。
 まるで指輪のようなその姿に、思わず笑みを零す梅子。
「たまにはこうして、ゆっくりするのもよいのう」
 相棒のリス――太郎丸程の大きさの蝶もいれば、親指より小さな蝶もいる。
 赤い薔薇を寝床に休む白い蝶も、綺麗でもあり愛らしい。その時ふと彼女が思い出したのは、とある腐れ縁の顔である。
「あやつならそう、金に合う蝶がいいかのう」
 綺麗な金の虹彩を思い、笑みを浮かべるカフェの看板娘。
 瞬間、眼前を横切った蒼い蝶を目で追うと、そこには緤の姿があった。
「その蝶は、セツの瞳の色にそっくりじゃ」
 梅子の言葉に、一度だけ瞬いた緤。
 そっと指先を差し伸べると、蝶はぴたりと指先に留まった。それを自分事のように喜ぶ梅子。零れた彼女の笑顔に、緤は少しだけ楽しさというものに触れた気がした。
 そんな彼らの声が微かに聞こえる場所で、ラスキスは光を浴びていた。
 柔らかく注ぐ優しい光。ふと視線を前に移せば、薔薇と蝶、そして人が戯れる光景。それは額縁に飾られた絢爛な絵画。喩えるなら、常春の夢を切り取ったかのような一枚絵だ。
 その色彩の一つ、黒翅に空色を宿した蝶へと、手を伸べたラスキス。
 程なく蝶が手に触れると、彼女は眼前の羽澄に笑みを浮かべた。
 瞬き程の僅かな笑みに、これからを願う言葉を添えて。
「これからも、この素敵で小さな世界を守ってくださいね」
「ええ、勿論です。色んな人に、蝶を愛して欲しいですから」
 その言葉を聞いた緤は、足を止めて天を仰いだ。
 硝子に遮られた、空色の天井に彼は思う。
 ここはヒトの手で造られた、花薔薇と蝶々達の住む世界だ。
 言うなれば理に逆らい、季節に反する場所である。ともすれば、人がこの温室に感じる得も言われぬ美しさも、自然に抗う背徳感――その一種なのかもしれない。
 しかし、それでもと緤は告げた。
「――でも、僕は可哀相だなんて思わないよ」
 造られた世界でしか生きられないのは、蝶達も同じ。
 それでも、彼らは確かな愛により、命を育まれている。
 故に、ここはこんなにも美しく、花と蝶は今を確かに生きているのだ。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。