戦艦竜華蛇―第三陣

作者:柊透胡

 紺青の海を深く潜り、漆黒の水底に戻って幾日過ぎただろうか。
 戦艦竜『華蛇』――全長10m程の身に幾重もの硝子質の装甲を重ね、水晶柱の如き砲塔を数多に備え、長大なヒレが幾重にもその巨躯を飾る。光溢れる海上へ浮上すれば、その体躯は艶やかに煌き虹色の光彩を放つだろう。
 だが、2度の戦いを経て、その優美なヒレを半ば喪い、装甲と砲塔目立つ様は些か無骨となっている。
 半ば瞑目した竜頭からは、戦艦竜の感情は窺えない。
 だが、漸く動き出した巨体は、ゆっくりと南へ向かう。
 ――――!!
 行きがけの駄賃に漁船を沈めながら一顧だにせず、華蛇は悠然と泳いでいる。

「戦艦竜華蛇が、南下を始めています」
 開口1番、常套句もすっ飛ばした都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、真顔で集まったケルベロス達を見回した。
「小田原沖の深海を縄張りとしていた華蛇ですが……ヘリオンの演算結果により、現在の潜伏場所が移動している事が判明しました」
 現在、大島方面へ徐々に南下しているという。
「んー、まあ、俺みたいに迷子になってるんなら、まだ可愛げはあるんだけどな」
「戦闘が始まれば撤退する事はない戦艦竜ですし……手負いのまま、外洋に出る可能性は低いと思いますが、用心するに越した事は無いでしょう」
 茶化すような藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)の物言いに対して、創の言葉はあくまでも生真面目だ。
 改めて、補足説明をすれば――城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が相模湾で漁船等を襲う事件が、昨年末よりヘリポートを賑わせている。狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)による調査の成果であるが、『華蛇』もその一件だ。
 戦艦竜とは、城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンで、ドラゴンの体に戦艦のような装甲や砲塔があり、非常に高い戦闘力を誇る。城ヶ島制圧戦で南側からの上陸作戦が行われなかったのは、この戦艦竜の存在が大きい。
「皆さんは第三陣となり、最終的に華蛇の撃退を目指す事が本件のミッションとなります」
 華蛇は移動こそしているが、現地までクルーザーを利用して移動、海中戦となるのは先の2戦と同じだ。
「戦艦竜は、強敵です。しかし、城ヶ島という拠点を喪った戦艦竜に、ダメージを回復する術はありません」
 波状攻撃でダメージを積み重ねていけば、何れ撃破も叶う筈。現状、華蛇の損傷度は50%を超えている。
「華蛇の移動先の周辺海域は改めて封鎖していますので、心置きなく戦闘に専念して下さい」
 華蛇は相当に神経質な性質だ。グラビティの数発でも海中へ撃ち込めば浮上、襲い掛かってくるだろう。
「戦艦竜は全長約10m。華蛇の姿は、正に『水中花』と言えるでしょう」
 『戦艦』であるからには巨躯に装甲や砲塔があるが、総じて硝子質の装備で、陽光射し込む水中に在っては、虹色に煌く優美な様相。また、ふわふわとした半透明のヒレが幾重もその身を飾っている。尤も、2回の戦いを経て、その優美なヒレも半ば喪い、装甲と砲塔が垣間見えるより無骨な姿となっている。
「硝子質の砲塔は勿論、ヒレも華蛇の武器の1つです。油断はされないように」
 大凡、戦艦竜は生命力強く攻撃は苛烈、その一方で命中精度や回避率はそれほど高くない――筈なのだが、華蛇は戦艦竜の中でも、比較的命中率が高い事が判明している。
「過去2戦とも、ポジションはスナイパーと推測されます」
 尤も、ポジションは戦闘毎に変更可能だ。損傷度が半ばを越え、その戦い方に変化が見られる可能性は十分あり得る。
「尚、使用グラビティの1つ、『硝子機雷』の広範囲に渡る『足止め』の効果は健在です」
 前回、使用されていたグラビティは後2つ。数多のヒレの一片を撒き散らし、敵の装甲を切り裂く『華竜の比礼』。そして、大ダメージの『主砲一斉掃射』だ。
「華竜の比礼は硝子機雷と同じく広範囲型。主砲の対象は単体ですが、遠距離攻撃なのは確実です」
 範囲型の攻撃は多人数の戦列に撒き、主砲は打たれ弱い所を叩く――基本的に、華蛇は機械的なまでに己の戦術に忠実なようだ。
「グラビティの詳細など、2回の戦闘で判明した華蛇の情報は、藤波さんが纏めて下さっていますので、必ず目を通しておいて下さい」
 今回は創に代わり、雨祈がプリントをケルベロス達に配って回っている。
「弱点・耐性に関しては、『無い』と見て間違いないようです。能力値を含めてバランス型のようですが、概ね高水準の戦闘力を保有しています」
 それなりに備えて挑めば、そこそこ粘れるのは第2陣が実証している。
「ですが、大逆転の目が皆無かと言えば……実は、『確定』出来るまでには至っていないのです」
「スナイパーの得意技、第2陣では試さなかったんだよな」
 第1陣において複数の砲塔を部位狙いで破壊する事に成功しているが、特に戦闘力に影響は無かった。だが、狙い撃ち出来る箇所はそれこそ数多あるのだ。
 とは言え、部位狙いは標的によって戦況を覆す可能性もある一方で、命中の難易度は一気に跳ね上がる。有効部位を探るならば尚の事、長期戦が可能となるよう、しっかりと作戦を練る必要があるだろう。
「後、1つ……華蛇の隠し玉はまだ判明していません」
 最初の予知で華蛇が漁船2隻を1度に沈めた一撃については、未だ詳細不明。
「その隠し玉を引っ張り出せるかどうかも、皆さん次第でしょう」
 様々な可能性を鑑みて、どのような作戦で華蛇を追い詰めるかは、第3陣次第となる。
「現在の華蛇の損傷度は『5割3分』。情報面か或いはダメージ量か、前回と同等以上の戦果が上がれば重畳ですが、何より、相模湾内へ追い返す事を今回の目標の1つとして下さい」
 尚、戦艦竜は攻撃してくるものを迎撃する行動傾向にある。戦闘が始まれば、撤退する事はない。
「同時に、敵の深追いもしない為、ケルベロス側が撤退すれば、追撃の心配はなさそうです」
 戦艦竜は強敵だ。引き際の見極めも肝心となる。併せて、撤退時には敵に背を見せる事になる。華蛇の最後の一撃には注意が必要だろう。
「今回の戦いにおいて、華蛇の撃破が叶えば大殊勲となります。しかし、功に焦る必要は全くありません。華蛇を相模湾内へ追い返し、第四陣に繋がる戦果を残せるよう、頑張って下さい」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
池・千里子(総州十角流・e08609)
獅子鳥・狼猿(一体感を感じる・e16404)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
火鳴木・地外(酷い理由で定命化した奴の一人・e20297)
軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)

■リプレイ

●第三陣が往く
 節分も過ぎ、暦の上では既に春――だが、海渡る風は酷く冷たく感じた。
 伊豆半島の港より出航したクルーザーは、相模湾を目指して孤を描くように北上している。南下を始めたという戦艦竜『華蛇』の行く手を阻むべく。
「ボロボロにしようが倒さねぇ限り被害は止まらねぇ、か……まったく、えらく頑丈で参るな、戦艦竜どもは」
 何処か呆れた風に呟く火鳴木・地外(酷い理由で定命化した奴の一人・e20297)。華蛇は2度の戦いを経て、半壊の状態と聞いている。戦艦竜にとって、半壊程度ではまだまだ稼動に問題無いのかもしれない。少なくとも、外洋に出ようとするくらいには。
「何処へ向かうつもりかは知らんが、行かせねぇよ。目に物見せてやろうぜ」
「ああ、前回の借りは返さねばな」
 不敵な呟きに淡々と頷き、相棒の髪を結うレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)。返る冷静な声音の底に激情が滾るのを知るのは、船上では藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)のみだ。
「そうだな、真っ先に狙ってくれた礼はしなきゃな」
 喉奥でくつりと笑う。前回、自らの手に由るよりもしっかと結ばれた髪紐に触れ、青年は碧眼を細める。
(「華蛇、また戦う事になるとは」)
 ブルリ、と白き鬣が震えた。獅子鳥・狼猿(一体感を感じる・e16404)の視線を感じた結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は、取り繕うような笑みを浮かべる。
「これは、武者震いですよ?」
「そいつは重畳」
 その返答に揶揄の色は無かった。だからこそ、レオナルドも己と真っ向から向き合えたのかもしれない。
「……いえ、やっぱり恐くて震えていますね」
 弱さを認め、そんな己を肯定する勇気――白獅子の潔さに、河馬の獣人は緩い笑みを浮かべる。
「でも、大丈夫です。必ず奴の南下を阻止しましょう!」
「ああ、少しでも戦果に貢献できたらいいねぇ」
 やがて、相模湾の外れで停泊したクルーザーは、碇を下ろした上で自動操縦に切り替えられた。ケルベロスと華蛇、3度目の邂逅は目前だ。
(「同じ相手と、三度拳を交えるのは初めてだ」)
 広き海原は、今はまだ白波立てるのみ。見下ろしても、紺青の底に潜む脅威の気配すら感じる事は出来ない。
 それでも、池・千里子(総州十角流・e08609)は確信する。奴は、いる。何処かを目指し、その竜躯をゆるりと泳がせて。
(「ふ……ここまで来ると、ある種の親しみすら覚えてくる」)
 微かに唇を歪めるも、舳先から水面を見下ろす千里子の表情は誰にも見えず。
「……だが、その縁を断つために私は来た」
「ええ。やるからには、バッチリ決めてみせましょう」
 独り言に反応があるとは思ってもみなかった。振り返れば、バスターライフルを携えた羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)が、茶髪を潮風に弄らせている。
 出会いは雨の日の高架下。再会の約束は、海上にて果たされた――水に因る縁は喜ぶべきだろうが、手強い敵を思えば友情を温めるのは後回しだ。
 征こう――千里子の言葉に否やは無い。
「俺も支援で戦線の維持に貢献すんぜ」
 顔面の大きな傷痕に、禍々しい黒翼。凄みさえある長身の軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)の支援とはどんなものか……一応、雨祈と同じくメディックの役割ではあるけれど。
「そうすりゃ『徳』も詰めるしよー」
 冗談めかしの言葉はその実、真剣そのものだが、それはさて置き。
 仕度を整え、決意も新たに、ケルベロス達は相模湾に三度挑む。
 雨祈のクイックドロウが、千里子の禁縄禁縛呪が、紺のバスタービームが、次々と海中を切り裂いた。

●華竜の比礼
(「戦艦竜……予想以上にデカいねぇ」)
 ぐんぐんと浮上してくる竜影はどんどん大きくなっていく。その大きさに思わず目を瞠る狼猿。
 正に、売られた喧嘩は買うと言わんばかり。戦艦竜『華蛇』はまずは挨拶とばかりに、ヒレを揺らし主砲を駆動する。
(「2度目が、我が前にしてあると思うな」)
 逸早く、雨祈の前で巨大なる縛霊手を翳すレーグル。前回は、集中攻撃で相棒が最初に落とされたと聞いている。到底看過できるものではなった。
 相棒に、攻撃は通さない――だが、レーグルの決意を嘲るように、華蛇の最初の狙いは。
「やっぱ俺かよ!」
 今回の8名の中で、実戦経験が最も浅い双吉。それだけに打たれ弱くもある。挙動で看破されたのか、主砲が自身に向けられると知るや、盛大に舌打ちする。
「分かってんだよなぁ、俺が『穴』だってことくらいよぉー!」
 ――――!!
 不慣れなケルベロスチェインの扱いにもたついた、そんな隙を見逃す訳もなく、華蛇の主砲が一斉に火を噴く。
「だが、だからこそ! 備えもある!」
 それは快哉の叫びだった。目も眩むような砲撃に呑まれながら、双吉は無傷だった。よく見れば黒翼が一筋焦げていたが、初撃を凌ぎ切った誇らしさに笑みも浮かぶ。満を持して、サークリットチェインを後衛に展開した。
「うし、いっちょやるとすっかね! 少しでも守りかためておくとすっか」
 同時に、前衛にヒールドローンを撒く地外。レーグルもケルベロスチェインの防護陣を巡らせる。千里子のマインドシールドは中衛のレオナルドを護った。
 雨祈は紙兵を散布し、狼猿もオリジナルグラビティを以て、厄に備えている。
(「見付けました」)
 仲間が防備に重点を置く間に、よくよく目を凝らした紺は、ヒレの根元が魚に例えれば胸ビレの辺りに集中している事に気付いた。かつては体全体を彩っていた左右一対の長大なヒレも、今は半ば消失している。そのお陰で見出せたとも言えよう。
(「一撃一撃を丁寧に放てば……私ならきっとできる」)
 先陣の戦果を目の当たりにして、意を強くする紺。海面に顔を出して大きく深呼吸。一気に潜るや、バスターライフルを構える。
 ゼログラビトンが奔る。紺にとって最も命中精度の高い技であるが、エネルギー光弾は竜躯を掠めて消えた。
(「やはり、一筋縄ではいかないですね……」)
 無論、1発で諦める訳もなく第2撃に備えてルーンアックスを構える。
(「あのヒレを破壊すれば、華蛇の選択肢を削げるのですが」)
 紺の援護が出来ないかと華蛇を見据えるレオナルドは、ふと違和感を覚えて瞳を瞬いた。
(「命中率が……下がっている?」)
 華蛇とは、第1陣以来2度目のレオナルド。その時より、更に実戦経験は積んでいる。にも拘らず、白獅子の眼力は、グラビティが以前より当たり難くなっている事を看破したのだ。
「キャスターです!」
 ハンドサインでは伝えきれぬ情報だ。急ぎ浮上し、声の限りに叫んだ。
 半壊にまで追い込まれた事で、華蛇はより防御寄りの戦い方を選んだ。故に、双吉も初撃を回避する事が出来たが、一方で部位狙いの難易度は更に上がる事になる。
 だが、敵が戦術を変えたとして、それに対応する手段は用意している。
「うらぁ! 食らいな!」
 すぐさま地外のスターゲイザーが海中を割り裂く。禁縄禁縛呪を編み上げる千里子。レオナルドの絶空斬が穿たれた傷を更に抉った。一方で、以前より下降している筈の命中精度をより下げるべく、狼猿の獣撃拳が竜躯に抉り込まれる。
 オォォォォンッ!
 怒れる竜の咆哮を肌で感じる。撒き散らされる機雷とヒレの欠片の除去に、主砲からの回復に、2人懸かりの全力で癒していく雨祈と双吉。
 それでも、戦艦竜の火力は絶大だ。
 最初に潰えたのは地外のウイングキャット。主の意に沿って懸命に清浄の翼を羽ばたかせ、時にケルベロス達の盾となって奮闘したが……硝子機雷の中で立ち往生した所を狙い撃ちされた。
「おむちー! 後は任せろ!」
 続いて、双吉も全ての攻撃をかわしきる事は叶わない。防具耐性故に1度は耐え切り、数回は盾に庇われた。自身を癒し続ける事で長らえて来たが、ダブルを発動されては一溜りもない。
(「これだけ頑張ったんだ……来世は美少女でチヤホヤだよな?」)
 置き土産のオラトリオヴェールが硝子機雷をかき消す。その間隙を縫い、網状の霊力が放射した。
(「これで潰れろ!」)
 地外の縛霊撃が華蛇のヒレを絡め取った瞬間、魔法光線が海中を切り裂いた。
(「よしっ!」)
 まずは左――紺のバスタービームがヒレの根元を抉るように焼き切れば、忽ち虹の煌きは海底に四散していく。
 続いて右――その一撃に至るまで、けして短く無い時間が費やされた。
 紺が狙い続ける間に、6人は只管に戦艦竜の武威を削ぎ、プレッシャーを掛け、足止めし、鋭利なる追撃が厄を更に深める――その時間を稼いだ事こそ、第三陣の最大の戦果。
 「まずは実行、それから熟考」という座右の銘そのままの特攻――主砲の一撃を狼猿に庇われ、レーグルのフレイムグリードを露払いとして、紺はヒレの欠片の渦を突っ切る。
(「迂闊に踏み込んだ報いを受けなさい、私の世界は甘くないです」)
 レオナルドの一撃をフェイクに、奔るのは武器ならぬ黒い影。蔦のようにヒレの根元に絡み付くや、生気を奪い尽くし壊死せしめた。

●水中華
 オォォォォンッ!
 それは、激怒の雄叫び――見開いた華蛇の眼球がギョロリと動く。
(「っ!」)
 爬虫類めいた無機質が、紺を捉えた瞬間。
 ――――!!
 何の先触れもなく、華蛇の全身から炎が溢れた。それはあたかも水中花火の如く。孔雀の羽状に広がった火柱に、紺のみならず雨祈、海中に漂っていた双吉まで呑まれる。
「おい、大丈夫か?」
「何とかな……俺みたいな奴ならともかく、美少女にはちゃんと加減しろや海蛇公が……ッ!」
 咄嗟に身動き出来ぬ双吉を庇う狼猿。青息吐息の双吉が重傷を免れたのは重畳だが……火柱失せた後、海底へ沈み行く紺を泳ぎ寄った千里子が支える。
 とうとう隠し玉が投げられ、これで戦闘不能は2名。巻き添えを食った形の雨祈は1度はレーグルに庇われたが、隠し玉と主砲を重ねて繰り出されれば、ヒールしきれぬダメージは急速に積み上がる。
(「相棒を……皆を支えてんだ。庇ってくれるレーグルの意気に応えねぇとか、無いだろ」)
 真っ向から主砲を浴びて尚、意志強き雨祈の指先がマインドシールドを顕現するも――執拗な水中砲火の前に、敢え無く意識を手放した。
 後衛全滅――それでも、撤退条件はまだ満たしていない。
(「1度ならず2度までも!」)
 レーグルの怒れる降魔真拳が、竜躯を深々と抉り荒ぶる生気を喰らう。
(「――隙有り!」)
 海中に浮かぶ蜃気楼に幻惑した華蛇の隙を突き、レオナルドのルーンアックスが砲塔を叩く。
(「征くぞ」)
 華蛇の呼吸に同調した千里子は、竜の業の先を制する。人の身でありながら、竜身に己と相対するかの錯覚に陥いらせる、その技の名も総州十角流『無形鏡』。
(「テンション……上がってきたぜー」)
 仲間の猛攻を目の当たりにして、内心で意気軒昂に咆哮する狼猿。超覇導天武刻輪連懺吼――超カバの最終形態が漢を魅せる!!(まあ、結構、しょっちゅう発動されるので有難みは薄いけれど)
 だが、癒し手を失い、主砲の攻撃までもが前衛に向けば、喩えディフェンダーが回復に回ったとて耐え切れない。
「ちっ、足りねぇか……まぁこんなもんか、いいんじゃねぇか?」
 辛うじてヒールドローンが間に合うも、主砲を浴びた地外は苦笑を浮かべて戦線離脱。サーヴァント伴う身では、盾役であっても最後まで大火力を凌ぎきるのは厳しかった。
(「ここまでですね、撤退しましょう」)
 地外を下から支えるレオナルドのハンドサインに、残る3名も頷き返す。速やかに撤退を開始するケルベロス達。
「……ッ!」
 華蛇の最後の狙いは、双吉を掴んで泳ぐ狼猿――紺に寄り添いながら、逸早くそれに気付いた千里子だが、『庇う』という行動はディフェンダーであってこそ。クラッシャーの立場では思うように動けない。そして、レーグルが『盾』となるのは、相棒の雨祈のみ。今はその身体を支えている。
 ――――!!
 主砲より迸る光条が、刹那視界を白く染める。
「…………助かった~」
 海面から顔を出すと、安堵の息が盛大に零れた。ほんの紙一重。主砲の追撃は、狼猿ギリギリを掠めるに留まった。華蛇のポジションがスナイパーからキャスターに変じていた事による命中率の低下、何より主砲連撃による見切りが功を奏した。
 オォォォォンッ!
 悔しげに咆哮し、華蛇はヒレ散らした長躯を翻し海底へと戻っていく。
「ふっ、カバはカバゆえにカバなのだ」
 泳ぎながら、器用にも得意げにふんぞり返る狼猿。
「その心は?」
「さあ……言ってみただけだし」
「何だよ、それ」
 自らもゆるゆると平泳ぎしながら、双吉は惚けた回答に思わず吹き出していた。

●決戦に向けて
 今回も、全員無事にクルーザーに帰還したケルベロス達。
 戦闘不能の4人も10分もすれば動けるようになるが、1人を除いて無理をせず休んでいる。
「こういう疲弊してる時によ、食料を振舞える奴こそが来世で『幸福』を掴めると思うんだ、俺はよー」
 回復すれば早速、戦場肉と使い捨てカイロを配って回る双吉。戦場でも手軽に食べられるという触れ込みの肉を口に運び、千里子は船窓から相模湾を見やる。
「今日限りの縁、とはならなかったな……」
「でも、隠し玉を引っ張り出す事は出来ました」
 大人しく毛布に包まっている紺だが、その表情には誇らしさが覗く。
 左右の長大なヒレの根元を撃ち抜き、切り離せたのは紺の粘り強い狙撃の成果だ。結果、華蛇はヒレの欠片を撒けなくなり、隠し玉のグラビティを繰り出すに至った。
「隠し玉だけあって、厄介な技のようだがな」
 護り切れなかった事が悔しいのか、レーグルの表情は厳しい。そんな相棒の様子に、雨祈は肩を竦める。
「初球をありがたく頂戴した感触からして……『敏捷・斬撃』型だな」
「オレっちの見立てだと、全砲塔一斉砲火だなぁ」
「まるで水中花火だったよな。ばばーっと、派手ではあったぜ。取って置きらしく」
 戦闘の模様を思い出そうとしているのか、考え込んだ表情でこめかみを叩く狼猿。ウイングキャットを毛布代わりに抱く地外の比喩が的を射ているだろうか。
「2人が喰らっている所を間近で見たが……避けようととした羽鳥を追っ掛けるように、ぐにぃっと弾道が曲がったんだぜ」
 あれは反則だろうと、双吉は顔を顰めている。
「という事は……ホーミング付きだな」
「ダメージ系の範囲攻撃。トドメにも使われるとなれば、確かに厄介ですね」
 レーグルの断言に、レオナルドは溜息1つ。だが、その表情は存外、明るいものだ。全力を尽くした爽快感と言えようか。
「また届きませんでしたが、もう1歩。次こそは、必ず仕留めて見せます」
 レオナルドの言葉に、ケルベロス達は力強く頷き合う。
 首尾よく、戦艦竜『華蛇』の南下を阻んだケルベロス達。3戦を経て、その損傷度は8割に達した――決戦の時は、近い。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。