雄牛の獣人

作者:刑部

 鹿児島県の東部、宮崎県と接する志布志市。
 その草深い森の暗がりの中、2体の怪魚が宙を泳ぎその軌跡が魔法陣を描く。
 その魔法陣に吸い寄せられる様に、地面から現れたのは雄々しい一対の角を持つ雄牛のウェアライダー。だが、体に数多の傷を持つそのウエアライダーは、本物の獣の如く涎を垂らすと、
「ブルモオオォォォォ!」
 と胸を張って吠え、木々を震わせたのだった。

「鹿児島県は志布志市で、下級死神が第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする動きが確認されたで」
 ドン! と机に手をついたのは杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)だ。
「またデウスエクスの死体を変異強化して、サルベージして持って帰ろうとしてるんやな。ほんま色んな見境無しに沸いてきよんなー。いちいちめんどくさいけど、ほっといたら死神の戦力が増えよるだけやから、ちょっと行ってくれへんかな?」
 千尋がやれやれという風に肩をすくめる。

「場所はさっきも言うた通り鹿児島県は志布志市で、現場は森の中や。
 夜中やし街灯とかも無いから、灯りを持っていかな真っ暗やで。
 近くに民家がある訳でもないし、町の人とか一般人の事は気にせんでえぇ。
 で、奴さんらやけど、死神は2mの怪魚タイプが2体、怨霊弾放ったり噛み付いてきたりしよる。ほんで死神がサルベージしたんは、雄牛の獣人型のウェアライダーや。
 身長は1m70cmぐらいかな? 得物は持ってないみたいやけど、赤黒いオーラを纏ってるわ。雄々しき雄叫びで動きを封じたり、凄まじい速さで拳を繰り出したりして来るで、あと気力を溜めて傷を癒す事も出来るみたいやけど、知性は失ってるっぽいから、会話は成立はせぇへんと思うわ。ほんま本能のまま力任せに襲い掛かって来る感じやな」
 千尋は現地の状況や敵の状態について説明する。

「死んだデウスエクスを復活させて、更に悪事を働かせようとする死神の手には乗せられる訳にはいかんわな。眠りを妨げられたウェアライダーにも、もう1回眠ってもらわんとな」
 千尋はそう言って、八重歯を見せて笑うのだった。


参加者
咲海・たま(天からミュージックシャワー・e00434)
柊・紅空(シャドウエルフのウィッチドクター・e01995)
斬崎・霧夜(愛の求道者と言う名の変態・e02823)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
ダニエル・ロウ(繰絡匣・e22095)

■リプレイ


「なかなか深い森だな。避難させる相手が居ない場所なのは上々だ、それに、周囲が闇ならば、相手もこちらの気配や灯りに誘われてくれるだろうしな」
 それぞれが用意した灯を頼りに森の中を進む一行。
 周囲の木々を見渡したダニエル・ロウ(繰絡匣・e22095)がそう漏らした時、
「ブルモオオォォォォ!」
 木々に木霊する雄叫びが聞こえる。
「ひっ、森の中で怖いのが怖い声あげてるなんて……ちょっと怖すぎるよ……」
「ほんと蘇らされたウェアライダーさんには申し訳ないですが、また安らかに眠ってもらいましょう」
 咄嗟に耳を押えた咲海・たま(天からミュージックシャワー・e00434)が肩を竦めると、ウェーブの掛った長い黒髪を揺らし隣に並んだ柊・紅空(シャドウエルフのウィッチドクター・e01995)も、たまに顔を向けて頷く。
 喋りながらも足を動かす一行の前、急に木々が開け『其れ』らは姿を現した。
「死者の眠りを妨げるとは、神の名を冠する癖に冒涜もいいところですね。哀れな魂には安寧を……」
「神の名を冠しているからこそかもしれないよ? 『リサイクル』って考え方はエコかも知れないけれどね。命に限って言えばそれは勘弁願いたいねぇ。……その姿、デウスエクスとは言え哀れで見ていられなし」
 涎を垂らす哀れな雄牛のウェアライダーを見て御船・瑠架(紫雨・e16186)が鯉口を切ると、その赤い瞳をすうっと細めて応じた斬崎・霧夜(愛の求道者と言う名の変態・e02823)の腕にケルベロスチェインが踊る。
「ブモオォォォォォォ!」
 灯によりこちらに気付いたウェアライダーが吼え、2体の怪魚が牙を鳴らして威嚇する。
「最初から全部居るなら好都合。さて、私が相手だ……かかって来い!」
「雑魚が……」
 醜悪な面を見せる怪魚と咆えて踏鳴を起こすウェアライダーに、鉄塊剣の切っ先を突き付けた勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)が駆け出す後ろ、怪魚達の面を見てそう吐き捨てたサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)が、くるっと回して構えたバスターライフルから、先手必勝とばかりに凍結光線を撃ち放つ。
「デウスエクスと言っても死人なんて星の数ほど居るだろうに、運悪くサルベージされたのか、それとも何かを惹き寄せてしまった魂か……。いずれにせよ、ここで死神の呪縛から解き放ってやるのがせめてもの慈悲だな」
「私も皆さんをフォローするですよ。黒き森の娘が願う……降り灑げ、慈しみの雨よ!」
 そう言い放ち帽子の鍔を上げたゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)が、黄金の果実を実らせて敵の攻撃に備えると、隠密気流を纏って同行して来たクリスタ・アイヒベルガーも慈雨を降らせて味方の耐性を上げる。
「ブルゴアァァァアァ!」
 雄牛のウェアライダーが力の籠った雄叫びを上げ、2体の怪魚が闇を否定する灯を消そうかとするが如く怨霊弾を放つ。
「やらせはしないのです。夜刀神さん」
「おう。防御は任せておくのじゃ」
 サイガの指示でディフェンダーに回った桐生・冬馬(レプリカントの刀剣士・en0019)が、夜刀神・煌羅と共に立ち塞がり、全部とはいかなかったが、刃と掌底で怨霊弾を叩き落とした。


「まずは明るくしないとね」
 死神達と味方がぶつかる中、たまは戦場の光源を確保する為、飛び回って木の枝にランプを吊るしていく。
「無粋な神もどきには私が制裁を下しましょう」
 その徐々に明るくなる戦場で飛んでくる怨霊弾を一刀の元に裂いた瑠架が、ウェアライダーを相手取る霧夜に一瞥を送って、怪魚に鋭い突きを見舞い、その瑠架に横から食らい付こうとした一体の怪魚は、その直前でサイガが下顎を蹴り上げ口を閉じさせる。
「たま、てめぇ灯りはいいからこいつを押えろ!」
 怪魚の片方を押えるはずのたまが、近くの木の枝置いたランプを、まいあちゃんのぬいぐるみが抱える様に置き直すなど、無駄にファンタジー感を出そうとしているのを見たサイガが怒鳴る。
「ひゃっ! ごめんなのよ。こっちの方がかわいいなぁと思って」
 ビクッと体を震わせたたまが、かわいらしく舌を出し、怪魚目掛けて尖らせたブラックスライムを放つと、怪魚が牙を剥いてたまに向かってゆく。
「さぁ、今の内に片付けさせてもらいます」
 その怪魚を動きを視界の端に捉えた瑠架が、彩子とダニエルの攻撃を押し返した怪魚に緩やかな弧を描く一閃を叩き込むと、
「余所見すんなよ?」
 続くゼフトの攻撃に対し、地面に視線を落とした怪魚の死角に踏み込んだサイガが、獄炎を纏う爪を振り抜いた。
 その爪に穿たれた傷から、闇の如く黒い体液を散らし空中で暴れる怪魚に、次々と紅空達の攻撃が集中し、それらの攻撃をことごとく受けた怪魚は、瑠架が十文字に振るった斬撃を最後に地に堕ち、2度ほど痙攣する様に跳ねるとその姿を掻き消した。

「ブルルルルゥ」
 冬馬に向かって突進したウェライダーは振り上げた拳を何かに絡め取られ、訝しげな表情で息を吐く。
「っとと、流石に馬鹿力だね。皆、なるべく早く頼むよ? 痛いのも辛いのも勘弁だからねぇ」
 腕を絡めたケルベロスチェインを引っ張られた霧夜が、そのチェインを引っ張り返し死神達と戦う瑠架達の方を見て呟く。
「うぐっ……」
 ウェアライダーの方にはその隙を突いた冬馬が、雷の霊力を帯びた刃を突き入れるが、カウンターで拳を叩き込まれ、小さな呻き声を残し体をくの字に曲げて吹っ飛ばされた。
「わぁ、冬馬さん」
「まったく拳で語ってくれるのう」
 クリスタが慌てて回復を飛ばし、煌羅が龍神の外套を翻してウェアライダーの前に立ちはだかる。
「あらら? ったく本当に早く頼むせ」
 冬馬を一瞥した霧夜の調子が変わり一気に距離を詰めると、ウェアライダーの振るう拳を避けて跳び、頭上を飛び越えながら首に一撃を見舞う。
「ブモォォォォォ!」 
 直ぐに跳び退こうとした霧夜の耳朶を咆哮が撃ち、動作の遅れたところへ拳が振るわれる。……が、冬馬が割って入ってその拳を刀身で受け流した。
「皆さんがあちらを片付けるまで頑張りましょう」
「そうだね。瑠架くん達も頑張ってるんだから、僕らもがんばらないとね」
 ウェアライダーに押されながらも口角を上げる冬馬に、霧夜も笑みを浮かべて鎖を飛ばす。
 一旦距離を取ったウェアライダーは、気力を溜めて己の傷を癒したかと思うと、急に体の向きを変え、怪魚と戦う彩子や紅空らの方へと吶喊する。

 左右から伸びる鎖が怪魚に絡み、
「死者を冒涜するような相手に容赦はしないのです」
 鎖を引っ張る紅空のアームドフォートが筒先を向け、怪魚目掛けて撃ち放つ。その弾を受けた怪魚が口を大きく開いて怨霊弾を放つが、
「さらせないよっ」
 彩子の元から光の盾が浮遊してその怨霊弾を弾き、その盾を回り込む形でサイガが距離を詰め、彩子も続こうとするが、
「ブモォオォォォ!」
 轟くウェアライダーの咆哮に思わず足が止まり、冬馬らを押し返したウェアライダーが、怪魚を相手取る面々に向かって吶喊して来た。
「死んでも一生懸命働けってか。とんだブラックだな」
 鼻白んで竜爪を研いだダニエルが、攻撃目標を変えウェアライダーに向き直るが、迫るウェアライダーの足元の緑が動き、挟み込む様にウェアライダーを捕える。
「草木を隠すなら森の中……。ここは攻性植物には有利なフィールドだな。どこから来るかわからないだろう? 悪いな、お前の出番は後だ。しばらく引っ込んでてもらおう」
 攻性植物を潜ませていたゼフトが、賭けに勝ったと笑みを浮かべ、もがくウェアライダーがそれを振り解く頃には、霧夜達が再び押えに掛る。
「勢門さん、ルーヴェンスさん、今の内に畳み掛けましょう」
 斬り結ぶ瑠架とサイガの後ろから、黒影弾を撃ち放つ紅空の上げた声に応じる様に、
「何事にも……特にギャンブルには引き際ってのが大事。ここがお前さんの人生の引き時ってやつだ」
「お前にも地獄を見せてやろう」
 左右から距離を詰めたゼフトと彩子が、タイミングを合わせて怪魚に跳び蹴りを見舞うと、左右から圧し潰される形になった怪魚の腹から、黒い臓物の様な物がはみ出し、
「そこ……だ」
 高速演算で弱点を導き出したダニエルが、顎の付け根辺りに一閃した刃を突き入れた。
 それらの連続攻撃を見舞われた怪魚は、断末魔を上げる様に天に向かって大きく口を開け、体液と共に地面に落ちその体が消滅する。
 これで残るは雄牛のウェアライダーただ一人。


 拳を叩き込まれた冬馬が、踵で砂煙を上げながら後ろに押され、ワンツーの様に逆の拳を煌羅に叩き込むウェアライダー。直ぐにクリスタが慈しみの雨を降らせて2人を支える。
「まったく、好き勝手やってくれるねぇ。っと片付いたのかな? 瑠架くんは放っておくと無茶をしそうだから心配したよ」
「舐めてもらっては困ります。常々思っていたのですが、霧夜さんは私を庇護対象の様に扱いますが気遣いは不要です」
 怪魚を倒し、脇を抜けウェアライダーに踊り掛っていくダニエルら仲間達の姿、それに続く瑠架に声を掛ける霧夜に、少し口を尖らせて応じ斬り掛ってゆく瑠架。
「ブルアァァァ!」
 次々と迫り来るケルベロス達を見て、ウェアライダーが吼える。
 その力を持った雄叫びに前衛陣の足が止まる。
「みんなが足を止めるなら私……歌います。魂込めて今、咲海たま、オンステージ!」
 何処からか取り出したマイクをくるくると回して口の前に持って来たたまが、その歌声を披露するその場所は、彼女の配置した照明の灯りがクロスする地点。スポットライトを浴びる様にたまの歌声が響き、ウェアライダーがその耳をぴくぴくさせ、その歌に気を取られる中、回り込んだ冬馬が側背から斬り掛り、
「磔られた丘の上から、見下ろす荊棘を知りなさいっ!」
「お前にもうジョーカーは残っていない。切り札を残しておかなかったお前の負けだ」
 紅空が宙に投じたケルベロスチェインが折り重なって巻つき杭の形を形成すると、その鋭い先端がウェアライダー目掛けて突き刺さり、その間に距離を詰めたゼフトが、ウェアライダーの眉間に得物を突き付け、口角を上げる。
「ブルモグアアァァァ!」
 突き付けられたゼフトの得物を、その角で払って吼えるウェアライダー。
「マトモな頭で復活して、てめえを殺したモノへの復讐を。ってのならまだマシだが……勝手に使われて勝手に捨て駒にされるなんざ、お前さんも望まなかろう? 逝っときな」
 言葉と共に右の揉み上げを纏めたビーズを揺らしたダニエルが、向けて広げた掌を握り締めると、ウェアライダーの周囲の空気が渦巻いて圧縮しその体を縛り、
「お前にはこの私が再度の眠りを贈ろう!」
 その流れる様な黒い髪とそれを留めた紫色の紐の房を躍らせ、彩子の振り下ろした鉄塊の如き刃が、ウェアライダーの体に深い傷を穿って赤黒い血を撒き散らした。
 その彩子の頭上を舞う様に跳び越え、
「往生際が悪い。――花よ花。散り際こそ咲き誇れ」
 宙を舞う霧夜が、ウェアライダーの顔を花に見立てた落花の一閃を首筋に見舞い、
「渡し賃は特別に負けて差し上げましょう」
 霧夜の目配せを受けた瑠架が、刃に今まで斬り殺して来た者達の怨念を宿してウェアライダーの体を十字に裂く。
「グゴオォォ!」
 それでもギリギリ踏み堪えたウェアライダーが、気力を溜めて傷を癒そうとするが、
「甘い。せめて親より真摯に看取ってやんよ」
 その死角にいつの間にかサイガ。
 言葉に反応して振るわれた裏拳をかいくぐり、ウェアライダーの左胸に突き入れられたのは獄縁纏うし死を告げる凶爪。
「ゴハッ……」
 ウェアライダーの口から赤黒い血が噴き出し、穿たれた傷からも同じ色の血が溢れその体を染める。
 ウェアライダーは何かを求める様にサイガに手を伸ばし、何も掴む事無く前のめりに倒れて動かなくなったのだった。


「死んだ……のよね?」
「あぁ……」
 丁度一曲歌いきったたまが尋ねると、サイガは応じて大きく息を吐く。
「ま、操られて不本意な事をさせられるよりは、これで良かっただろう」
「そうですね。みなさんお疲れ様でした」
 動かなくなったウェアライダーを見降ろしたダニエルの言に、頷いた冬馬が皆を労う。
「追悼はやらねえが同情はくれてやろう。無理矢理叩き起こされて、さぞ迷惑だったろうな」
「まったく。死神も雄牛も、二度と復活などせず眠っていて欲しいものだ」
 その冬馬に片手を上げて応じたゼフトが、哀れなウェアライダーの躯に視線を向け赤い瞳を細めると、伸びをした彩子もやれやれだと言う様に肩を竦める。
「とりあえず。周囲に他の死神とかも居なさそうだし帰りますか?」
 小首を傾げた紅空が振り返って言うと、
「夜も更けてきましたし、ヘリオンは迎えに来てくれるのでしょうか?」
「そういや約束してなかったね。もう夜も遅いし、一緒に泊まれる場所でも探そうか?」
 瑠架が誰とは無しに問い、霧夜が瑠架に意味深な微笑を向ける。
「どちらにせよ、森を出ましょう」
 刃の調子を確かめ鞘に戻した冬馬の言う事も最もであり、一行は暗がりの中、激戦の地を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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