
●バレンタインチョコレート許さない明王
お正月気分も終わり、バレンタインの気配の迫る頃、あるチョコレート店に異様な雰囲気の客が現れた。
着ているものはスーツにコートといかにも普通なのに、その手や顔、見えている部分は羽毛で覆われて、そこから覗く目が、行列を作る客達を血走って睨み付ける。
「ば、化け物!?」
一人の客が悲鳴を上げると、他の客達も悲鳴を上げて次々と逃げていく。並ぶ客のいなくなった店内に押し入ると、その羽毛の生えた人物……ビルシャナは、後ろに続く10名の配下に手を上げて指示をした。
「バレンタインにチョコレートを渡すなど、もらえぬものの悲しみを煽る行為、絶対に許せん! さぁ、誰の手にもチョコレートなど渡らぬよう、喰らい尽くすのだ!」
店頭に並ぶチョコレートのラッピングを破り、次々と食べて行く配下たちに、店員は茫然としていたが、しばらくして我に返って、叫ぶ。
「お客様、困ります! これは商品ですので!」
「逆らうならば、貴様も喰らってやろうか?」
ビルシャナの血走った目が、止めようとする店員二人に向いた。
●はた迷惑なお客さん
集うケルベロスを前に、天壌院・カノン(オントロギア・e00009)が悲しげに報告する。
「クリスマスにも逆恨みで人に迷惑をかける事件が起こりましたが、やはり、バレンタインにも起こってしまうのですね」
無用な争いは起こらなければ起こらない方がいいと、柳眉を潜めるカノンに、雛祭・ちまき(オラトリオのヘリオライダー・en0108)がしょんぼりと頷いた。
「全く、ビルシャナにも困ったものなのです。このビルシャナは、暴力を振るう気はないようですが、お店のチョコレートを全部食べられてしまったら、お店の人は困ってしまうのですよ!」
ちまきの予知では、ビルシャナとその配下の狙いはチョコレートであり、この店のチョコレートを食べ尽くしたら、次の店を狙って、次々とチョコレート店を襲って行くだろう。
「ビルシャナの配下がいますが、チョコレートばかり食べていたら絶対、気持ち悪くなっちゃいますし、説得すれば、帰ってくれると思うのです。それと、お店には店員さんが二名いらっしゃるので、戦うときには、巻き込まれないように避難させてあげてください」
他の客はビルシャナの異様な姿に怯えて逃げているが、店の店員はまだいることを、ちまきは付け加えた。
「ビルシャナの配下は10名で、ひたすらチョコレートを食べています。その気持ちを、チョコレートやバレンタインへの憎しみからそらせば、きっと説得できます」
配下は全員男性で、どうやらバレンタインにチョコレートをもらえないことで、ビルシャナの教義に賛同してしまったようだと、ちまきは説明した。
「お店は、最近人気が出てきたところみたいで、あまり人気のない住宅街の中にぽつんとありますね」
並ぶ客がいなくなれば、周辺は気にせずに戦えるだろう。
「ビルシャナは、『ビルシャナ閃光』、『孔雀炎』、『浄罪の鐘』の三つのグラビティで襲ってくるようなのです。トラウマを抉るような卑怯な攻撃をしてきても、ケルベロスの皆さんは負けないと、信じています!」
説明を終えたちまきに、カノンが重々しく口を開いた。
「戦うのは本意ではありませんが、悪行を働くビルシャナは退治しなければいけませんね」
「そうなのです、チョコレートと店員さんを、どうか、守って欲しいのです!」
参加者 | |
---|---|
![]() 天壌院・カノン(オントロギア・e00009) |
![]() 紀伊・棗(癒士・e00719) |
![]() 御柳・夾(孤高の旅人・e10840) |
![]() 根間・李桜(紅花・e12500) |
![]() セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228) |
![]() 井出・楓花(暴飲暴食・e15748) |
![]() 水嶌・杏理(犬の王子様・e22795) |
![]() 薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154) |
●襲撃されたチョコレート店
並んでいた客も、店内にいた客も、その異様な来客に驚き逃げ惑っていた。人気がなくなる店内で、逃げる客達に目もくれず、スーツにコート姿のビルシャナは、10名の配下達に命じた。
「さぁ、誰の手にも渡らぬように、バレンタインチョコレートを喰らい尽くすのだ!」
なにが起こっているか分からず、怯えている店員二人を無視して、配下達は店頭に並べられている商品を手に取る。
そのとき、颯爽と現れたケルベロスの中から、井出・楓花(暴飲暴食・e15748)が走り出て、配下達の前で持参したチョコレートをものすごい勢いで食べ始めた。
「普通のチョコ、生チョコ、ガナッシュのクリームに焼きチョコ! うーん、全部おーいしー♪」
その食べっぷりは、見ている方に胸やけを起こさせるほど豪快である。唖然としている配下達に、水嶌・杏理(犬の王子様・e22795)が言い聞かせる。
「お前らが食うそのチョコ、買ってお前に渡そうと思ってる子がいたらどうすんだよ」
「も、もらえる奴には、分からないんだ……」
杏理の容姿を見て、言い返す配下の一人のチョコレートを持つ手が震えていた。
「今のうちに逃げるっすよ」
「万が一のことがあってはいけませんからね」
楓花と杏理に視線が集中している隙に、セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)と天壌院・カノン(オントロギア・e00009)が協力して、気付かれないように店員を店の奥に避難させる。
「お店を守ってください」
二人の店員は縋るような目で、セットとカノンを見て頼んだ。
「お店のチョコレートを食べないで下さい! わ、私もチョコレート買いたいんですから! ……自分用の!」
泣いてませんと体を震わせる紀伊・棗(癒士・e00719)に、配下達の視線が向く。その手にあるチョコレートの行方が気になるようだ。
「……私ではきっと、物足りないのでしょうけれど、ヤケ食いじゃなく、大事に食べてくれると嬉しい……、です」
恥ずかしそうにそっと差し出された棗のチョコレートに、配下の一人が顔を赤らめる。
「これ、本当に、俺に……俺に?」
ガッツポーズをして打ち震えるその配下に、他の配下が食べることなど忘れて、期待する目で寄ってきた。
「あ、あんたが渡す練習台になってくれるならあげなくもないのよ!? べ、別にあんたに渡したいわけじゃないんだからね!」
可愛く包装されたチョコレートを押し付けるように渡した、根間・李桜(紅花・e12500)に、渡された配下は驚きのあまり挙動不審になっている。
「び、び、美少女が、お、俺にぃ!」
「なんだ、羨ましい! 俺にも!」
内部分裂が起こりそうになっている配下達に、薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)が恥ずかしそうにチョコレートを配って行く。
「えっと、こ、これ、よろしければなんですが……受け取って頂きたいと思いまして……」
「清楚系美女……義理でもいい! 俺にも!」
先を争って、棗、李桜、怜奈からチョコレートを受け取る配下達は、最早満足しきった顔で、でれでれと鼻の下を伸ばしていた。
「ああああああ、羨ましい! 俺も並んだらもらえるかな、シンちゃん?」
血の涙を流す勢いで、テレビウムのシンちゃんの方を見る御柳・夾(孤高の旅人・e10840)だが、シンちゃんは「やれやれ」といった感じで頭を振っている。
「ふふふ、実はふーか、手づくりしてきちゃいました! お店のよりも愛情がたーっぷり、入ってますよっ♪」
楓花からも手作りのチョコレートが出されて、配下はもう笑み崩れて、教義など吹っ飛んだようだった。
「いいっすよね、羨ましいっすよね……」
「おお! 同士よ!」
指をくわえて羨ましそうに見つめるセットと、夾ががしっと手を組む。その様子をシンちゃんはクールに見つめていた。
「ケルベロス如きの術中にはまって……くぅ、俺も、欲しい……喉から手が出るほど欲しい!」
配下を説得によって失ったことよりも、ビルシャナの血走った目は、チョコレートの方に向いているようだった。
●美少女の威力
「ねぇ。あの子がアンタにもチョコを渡したいけど、人前じゃ恥ずかしいって言ってるの。今店の外誰も居ないから、表出てやってよ」
そっと囁かれた李桜の声に、ビルシャナが視線を巡らせる。誰が自分にチョコレートをくれるのか、その血走った目が、どこか期待しているようにも見えた。
「特別なチョコ、受け取ってあげて下さい」
言い添えた棗の後ろから、そっとカノンが出てくる。
「俺に……いや、ケルベロスの罠だ、そうだろう! でも、欲しい!」
欲望と葛藤するビルシャナの前に、怜奈もやってきた。
「えーっ、私も渡したいのですわ……」
「二人も……お、俺には、選べない」
嬉しそうに苦悩しつつカノンと怜奈とビルシャナが店の外に出たところで、夾とセットと杏理と楓花が、元配下達も店の奥に避難するように促した。
「なるべく争いたくはないのです。ですから、あなたのために時間をかけてラッピングしました。どうか受け取ってください」
カノンの手からビルシャナにチョコレートが手渡される。可愛らしくラッピングされたそれを見つめて、ビルシャナはしばらくカノンを見つめていたが、しょんぼりと俯いてしまう。
「き、貴様は、ケルベロス、俺はビルシャナ、相容れぬ存在だ……チョコレートを許すことは、できない!」
宣言して顔を上げたときには、ビルシャナはすでにケルベロスに囲まれていた。
「あ、あれ?」
「えっ、本気になさったのですか?」
怜奈の言葉は、ビルシャナにとってはなによりも残酷だった。
「貴様らー!」
怒りに任せて放つビルシャナ閃光の破壊の光が、前衛を襲う。
「さよならの時間です」
棗の長い髪に咲くのと同じ白薔薇の花弁が、無数の刃となって降り注ぎ、ビルシャナを攻撃した。
「行くぜ相棒。思いっきり暴れてやろうじゃねぇか」
愛用のゾディアックソードをひと撫でした杏理が、そのままゾディアックブレイクでビルシャナを薙ぎ払う。争いは避けられないと悲しげに、武器から精製した物質の時間を凍結する弾丸で、ビルシャナを撃った。
「いぶちゃん、いきますよっ!」
ミミックのいぶちゃんに声をかけ、楓花が攻性捕食でビルシャナを攻性植物に食らい付かせる。逃げようにも完全に囲まれて、動けないビルシャナに、李桜のシャーマンズカードから呼び出された黄金の融合竜が食らい付いた。
「最後に夢が叶って良かったね! でもフルボッコからは逃れられないよ!」
「ビルシャナのくせに、チョコレートもらいやがってぇ!」
羨ましさを込めた夾の黒影弾に、シンちゃんが肩を竦めるような動作をしてから、傷付いた杏理を癒す。セットのエレキブーストも杏理の傷を癒すとともに、攻撃力を上げさせる。
「蒼玉に秘められし深し海の崇高なる思いを……」
百害より身を守る効果があると言われている怜奈の蒼玉の輝きに、前衛の傷が癒された。
「ビルシャナの純情を踏みにじりやがって、許さん、絶対に許さん!」
鐘の音が鳴り響き、前衛を攻撃する。
「あなたもぽよぽよにしてあげるぅーーーー!!!!」
トラウマで来るならば、こちらもと、楓花のぽよぽよアタックがビルシャナを襲った。元からモテない外見なのに、太ってしまったという錯覚を植え付けられてショックを受けているビルシャナに、棗が縛霊撃で追い打ちのように殴りつけ、ますます動きをとれなくする。
「猛き英雄の魂よ、安らぎに微睡む魂よ、泡沫に揺蕩う魂よ。この身に宿りて奇跡の花を」
亡きデウスエクスへの祈りが響き、カノンを中心として波紋上に色とりどりの花々が咲き乱れた。その花はビルシャナの心をかき乱す。
「このチョコレートは……いや、だが、貴様は、ケルベロス……」
恋する儚き少女の演技にすっかりと惑わされているビルシャナに、セットの破鎧衝の強烈な一撃が見舞われた。
「憎悪をチョコに向けても世に満ちるこの悲しみは解決しないんすよっ……!」
同意するように放った夾の禁縄禁縛呪が、ビルシャナを捕える。それに連携するように怜奈の禁縄禁縛呪もビルシャナの逃げ道を奪う。
「チョコを奪われた女子の怒り、受け取りなさい!」
李桜の達人の一撃に、ビルシャナの体がぐらりと傾き、膝を付いた。
「ったく……男は背中で語ってみせろってな」
振り下ろされた杏理のゾディアックソードを受けて、ビルシャナは散る羽となって消えて行った。
●例え敵だとしても
消えて行ったビルシャナに、カノンが静かに祈りを捧げる。
「改心して悪事を働かぬと誓うのならば、争うことはなかったのに」
悲しげな声に、棗がそっと寄り添った。
「バレンタインが憎くても『チョコレートを破壊する』とかじゃなく『食べる』という、なんだか好ましい方々を、傷付けずにはすんだではありませんか」
慰める棗に、カノンは無事説得できた配下達のことを思いだして、かすかに微笑む。
「あ、チョコ余ってたらオレにくんね? 義理でもいいんだぜ? ほ、本命でも、もらってやらなくも、ないかも、しれないんだ……ちょっと、シンちゃん、憐れむなよ!」
女性陣ににじりよる夾に、シンちゃんが同情的に肩を叩いた。
「こういうきれいなチョコってやっぱいいっすよね! お店に被害がなくってよかったっすよ」
「もしかしたら当日の夜とか、翌日とかにでももらえたりする……かもしれんのに。何事も最初から諦めたくはないもんだな」
店内にいる元配下や店員に声をかけて、安全を知らせるセットを、杏理も消えて行ったビルシャナに思いをはせながら、手伝う。
「強い方だと思いましたのに、検討違いでしたわ……」
怜奈は倒されたビルシャナに、呆れ声である。
「ちまきさんに、チョコ買って帰ろう」
楽しそうにチョコレートを選び出す楓花に、李桜が手作りのチョコレートを差し出した。
「友チョコだよ。みんなにもあるよ」
その言葉に、男性陣から喜びの声が上がる。
李桜の配ったチョコレートを、楓花がいぶちゃんに食べられないように守るのを、元配下達も一緒になって微笑ましく見守っていた。
作者:駿河遊馬 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2016年2月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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