寄る辺を失いし戦艦竜　弐の陣

■リプレイ

●強大な敵
　クルーザーが海を切って進む。近辺は警戒区域が出されており、その船以外は何も見当たらない。ただクルーザーのエンジンの音と、波とぶつかる水音だけが響いていた。
「強敵、か」
　ディーン・スタンスフィールド（ワイルドマシナリー・e18563）の呟きが船上に響く。そう呟いた瞬間、わずかに震えが来たのは必然だったのだろうか。元がダモクレスであろうとも、今は心を得たレプリカント。ほんの少しだけの恐怖感と闘争に逸る気持ちが今はどこか心地よい。
　情報を集めてきてくれた前回のケルベロスたちのためにも簡単に退く訳にはいかぬと闘志を燃やす。
　マティアス・エルンスト（メンシェンリアリン・e18301）もまた戦艦竜の強さに想いを馳せる。相見えた仲間からその強さは聞き及んでいた。特に危険な一撃。ヘリオライダーからさえも絶対に避けるべきだと進言された主砲の一撃。
　だが、それが万一味方に当たるようなことがあれば？　そんなことは我慢ならないのだ。ならば、それが如何に無茶なことであろうともやらねばならぬ。決意を胸に波を眺める。
「何を書いているんだ？」
「……今回の記録よ」
　カジミェシュ・タルノフスキー（栄光の残照・e17834）がセレナ・スフィード（薬局店員・e11574）へ問いかける。セレナは、音声を取っていたと思えば、次はノートやタブレット型のＰＣなどに今回の配置、作戦を書き込んでいた。
　顎に手を当ててカジミェシュは考える。
（「交渉の余地でもあれば、こんな手荒な手段を取る必要もないだろうが……まぁ、ドラゴン相手にそれは無理か」）
　人語を解し、理性を持つ者であれば、それも通用しただろう。だが、相手はそんなものに気を掛けるモノではない。化物と言われれば、それがそのまま通じるような存在。滅ぼさぬ道理はない。
「っと、海中から大きな反応が近づいてる」
　海中を探査するソナーを見ていた立花・統（とある道場の師範代・e18295）が巨大な反応に声を上げる。魚群とは思えない、ただ個のみで巨大さを顕にする、それは。
　この船目掛けてじわじわと近づいている。
「さて、行きましょうか」
　古牧・玉穂（地球人の刀剣士・e19990）の言葉に一同は頷いて、船から海中へと躍り出る。
　トプンと音を立てて潜った海は少し濁っている。それでも、ケルベロスという存在にそのような障害は些末だ。そんな感覚に頼らずとも、強大な力を感じ取る。そこへ向かって泳ぐだけで辿り着ける。
　そして、それは悠々と佇んでいた。ゆったりと泳ぐ巨大な戦艦竜。ラズリア・クレイン（蒼晶の乙女・e19050）の眼前に映る。
（「これが、戦艦竜。何て、巨大な……」）
　優に十メートルは超える。全身には針鼠のように砲塔が設置してあり、一際大きな主砲が背に取り付けられていた。装甲も分厚く並大抵の敵でないのは見て明らかだ。
（「ワタシの使命の第一歩アルか……」）
　戦艦竜を前にメイリーン・ウォン（見習い竜召喚士・e14711）は決意を新たにする。過去の責を償うべく。この竜がソレとは限らないかもしれない。それでもこの星を侵略するドラゴンの存在を許すわけにはいかないのだ。
　優雅に玉穂が戦艦竜へと一礼する。それを挑発と受け取ったか、戦艦竜――シュラハトはケルベロスたちへ牙を剥いた。

●開戦迎撃
　先手を取ったのはシュラハト。力量にかなりの差がある以上は、敵の方が速い。回遊しながら、砲塔をこちらへと向け魔力弾を前衛陣へと撃ち込んでくる。散開してケルベロスたちは回避を試みる。追随するように迫る爆撃の軌道を容易く玉穂は見切ることができたが、他のケルベロスは上手く軌道を読めない。何とかラズリアは逃れたが、ディーン、マティアス、カジミェシュ、サーヴァントたちが巻き込まれてしまう。せめてもの救いは、巻き込まれた全員が守勢を保っていたことか。身に纏う防具や盾に重力エネルギーを込めて耐える。致命という程ではないが、いきなり結構な痛手を受けてしまった。
　すぐにメイリーンと彼女のボクスドラゴン――クロノが守護の力を与えると同時に前衛陣の傷を癒す。カジミェシュもまた故国の旗へと力を注ぎ、癒しの場を形成する。受けた傷があっという間に塞がっていくが、まだ完全ではない。それでも八割以上は回復したかと、マティアスは流星の如き蹴りを放ち、ディーンは右手のバスターライフルを連射する。海中を切って進むマティアスの蹴撃は敵を踏み止まらせ、ディーンの放った光弾はシュラハトを簡単に近寄らせまいと圧迫感を与える。統が追い打ちを掛けるように、シュラハトの泳ぐ先を精神の力で爆破させる。わずかに装甲を削り落としつつはあるが、それでもシュラハトの巨体からすればまだまだ微々たるものだ。
（「うぉっ、かってーな、これは！」）
　ディーンが思わずと眉をしかめる。狙い的には良いところに当たったはずだが、全然堪える様子がない。さすがに名に恥じぬ敵だとディーンはより一層気合を入れる。表情豊かなディーンと違って、マディアスは淡々と敵を観察する。この程度で安々と傷つく敵ではないことなど百も承知だと言わんばかりに敵の周りを泳ぎつつ隙を伺う。
　玉穂が海底を蹴り凄まじい勢いの突きを放つ。同時にラズリアも時を凍らせる秘法を繰り出し、シュラハトへとダメージを与えていく。積極的に攻撃を放つ二人の力ですら意に介さず、シュラハトは砲弾を撃ち込んでくる。威嚇射撃のようなそれを散開しながらケルベロスたちは回避し、ダメージを与えるべく攻め立てる。セレナが手を振ると一斉に自身の幻影が現れる。無数の幻影と共に斬りかかる。シュラハトはこの攻撃に鬱陶しさを憶えたのか、瞳に怒りの色が灯る。だが、これが狙いだ。
　グンと一際遠ざかったと思ったら、爪を前面に出しつつ猛突進してくる。その動きの向かう先を、セレナは容易く見切ると射線から逃れた。
（「ふむ、防具の力のおかげか。本来なら、ここまで避けやすくはあるまい」）
　そう理解する。受けたら身の危険がありそうな威力を秘めていることは分かる。だが、そう簡単には当たりそうもない。これは行けるかと、ケルベロスたちは笑みを浮かべる。
　幾度となく、シュラハトはセレナを狙う。爆裂を生み出す砲撃についてはそう簡単に避けられそうになかったが、狙いが限定されたためディーンとカジミェシュが庇いやすくなった。しかも、複数にダメージを与えるところが一人分だけの攻撃を肩代わりすれば良い。一度だけ衝角攻撃がセレナを捉えたが、悠々とディーンが庇い切る。受けたダメージは並大抵のものではなかったが、すぐにメイリーンとクロノが癒し致命の域からは脱する。そもそも攻撃自体が当たらないことも多々あったためか、常に全快とまではいかないもそれに近い状態を保ち続けられた。
　だが、この現状にシュラハトが業を煮やしたか。
（「やはり、そう来るか……！」）
　カジミェシュの顔に苦渋が満ちる。背にある主砲へと光が集中し始めていた。爆裂が周囲を満たし体勢を立て直そうとしたセレナ目掛けて、ついに放たれる。
　機を見ていたマティアスがすぐさまその射線を塞ぐ。膨大なエネルギーを秘めた魔弾がマティアスを飲み込んだ。

●シュラハトの誤算
　ルゥと満足気な唸り声を上げるシュラハト。これで尽くの敵を屠ってきたのだ。今まで、この魔砲を前に立ってきた者はいない。その自負があった。だから、誰にせよ今回もこれで一人は潰えたと慢心した。
　海中の泡が消え現れる、波間に揺れたマティアスの姿。だが、その姿を捉えてシュラハトは驚愕した。
　いなかったのだ、今日という日までは。この力の前に立つ者は。
　ジワジワとだが傷を癒しこちらへ無機質な眼光を向けてくるその姿は、彼が健在だということを如実に表している。だから、驚き慄いた。そして、それは完全な隙となり――。
（「始原の楽園より生まれし剣たちよ」）
　紡がれた魔力。海の青よりなお蒼く。ラズリアの魔力により生み出された幾多の剣が、シュラハトを突き穿つ。呆然としていたシュラハトはその攻撃が身を貫いた瞬間に初めて気付き、壮絶な激痛に身をよじらせた。
（「楔を。死へと連なる剣を。秘剣、霙切！」）
　ただ想定外の事象と痛みに悶えるだけのシュラハトへ、玉穂が刀を振り抜く。あまりの斬撃に、刀の軌跡を描くように海が割れ、シュラハトの装甲も断ち切った。青い水中に赤が混ざる。
　確実な損傷を与えられても、なおシュラハトは眼前の光景を信じられないでいた。メイリーンがマティアスを癒す。まだまだ回復しきるには程遠いが次弾までは間があるはずだと、メイリーンは考える。さすがに即連射は見切りやすいからないだろう。いきなり、マティアスへと狙いを変えられれば不味いだろうがその様子も見えない。だからこそ、今の内にと懸命に力を注ぐ。
　正気を取り戻したシュラハトだが、その瞳には怒りの色以外を宿し始めていた。

●大金星
　シュラハトの傷が増え始め、すでに二十数分もの時が過ぎていた。それでなお、シュラハトはケルベロスたちを押しきれていない。
　ただひたすらにシュラハトの怒りを買ってセレナが翻弄し、彼女を庇い続けるケルベロスたちが流れを崩さない。時折庇いきれずセレナが被弾しても全員が全員ですぐさま傷を負ったセレナを癒す。当然、彼女を庇うケルベロスとサーヴァントたちに対してもそうだ。
　敵が火力十分であれば、ここまで上手くは行っていなかっただろう。どこかで致命的な一撃を受けていた可能性もあるだろうし、主砲の一撃を受けた時点で崩れていた。シュラハトの立ち位置、そして前回で掴んだ全ての情報を余すことなく分析し、この戦艦竜を殺すためだけに練られた戦術。
　怒りと焦燥で狙いさえも雑になる。それもこれも、着実にラズリアと玉穂が装甲を削っているからだ。最早、目に見えて装甲は削れ、シュラハトの周囲は身を刻まれた血で赤く染まっている。
　このまま押し潰せる。それほどの勢い。だが、敵の主砲が補足する。光が灯り、電気を磁力に変えて射出された弾頭がセレナ目掛けて海中を切って進む。
（「く、ぅっ……！？」）
　硬直したセレナの間に、マティアスが再び割って入るが二度目はさすがに耐えられなかった。
　爆裂の砲撃と突撃を駆使しひたすらにセレナを狙い続けていたが、今度はそこまで間を空けずに主砲を発射してくる。二発目は庇い切れず、セレナもその光に飲まれてしまった。
　加熱された砲身の周囲で音を立てて、海水が気泡と化していく。
　戦闘が始まってからここまでで、かなりの数を主砲で撃ってきたが、どうやら一発置きに相応の冷却間隔を空けなければいけないらしい。連射もできそうに見えたが、さすがに壊れては元も子もないとシュラハトも理解している。だが。
（「今なら行けるか……？」）
　統が主砲の砲身を狙う。ぐにゃりと砲身が歪み、刀が食い込んだ。もうすでに撃ち過ぎによる限界に達していたのだ。
　砲身が融解し、シュラハト自身もその熱で呻き声を上げている。何とか傷に耐えつつ、爆裂魔砲を連打し爪で前衛陣を突き崩しに掛かった。
　それでも、簡単には崩れない。玉穂は敵の爆撃を避け、ラズリアは何とか耐える。やや傷が深いラズリアを、メイリーンとクロノが癒す。玉穂が避け損なった爪の一撃を、ディーンが受ける。余裕を以て耐え切り、逆撃を加える。
　少しずつ火力で押され始めるが、それでもケルベロスたちは善戦する。さらに十分近い攻防を続け、ディーンが爪の一撃を庇って倒れ、カジミェシュもまた後衛へと向かった爆裂を庇い崩れる。さすがに蓄積されたダメージで体にガタが来た。それでも、その間もシュラハトは玉穂とラズリアの攻撃に曝され続け、その装甲は当初の見る影もないほどになっていた。
（「さすがにそろそろアルね……」）
　ディーンとカジミェシュの傷の治りが悪くなってきていたことからも、メイリーンはすぐさまに撤退の機を悟る。海中でメイリーンの判断を伺っていた統が、ハンドサインを理解する。
（「ここは退くぞッ！」）
　すぐさま、近くで気を失っていたセレナを担ぐと、先陣を切って身を翻す。玉穂もまたその様子を見て近くのディーンを背負うと一目散にシュラハトから距離を取る。
　シュラハトはケルベロスたちの撤退を見送るだけで、追撃の砲撃すら仕掛けてくる様子はなかった。ピタリと砲撃を止めていたのだ。その瞳には生き残ることができたことへの安堵とケルベロスたちへの恐怖で満ちていた。

　――シュラハト損傷率八割。主砲全壊。撃沈まで後一手。
　

作者：屍衰	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年2月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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