冬の蝉

作者:刑部

 茨城県つくば市の北端にある筑波山の麓。
「倒れるぞー」
 木々の間に声が響くと、1本の高木がぐらりと揺らいてゆっくりと傾き、途中から速度を増して倒れ地面に叩きつけられ砂埃を上げる。今日、筑波山の麓では、朽ちて危険な木の伐採作業が行われていた。
 倒れた衝撃でくぼみに身を寄せ合い、越冬しようとしていたネミテントウやヨツモンカメムシが投げ出され、作業員達に踏まれて絶命する。
「うわっと、なんだよ!」
 後ろから急に蹴り飛ばされた作業員が、踏鞴を踏んで文句を言いながら振り返る。
 そこに立つのは、直立した蝉の如き異形……デウスエクス・レギオンレイド……ローカストである。
「うわっ、逃げろ!」
 言うが早いか逃げ出す作業員の一人がローカストに捕まる。
「ひいぃ! 助けてくれっ!」
 自分に向かって伸びるストローの様な口に、作業員はもがきながら悲鳴を上げるのだった。

「なんか作戦変更したんかローカストがけったいな動きをしてんな」
 腕を組んだ杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が小首を傾げる。
「今までのローカストと違って、知性の低い個体をどんどん送り込んどるみたいや。使い捨てって事やろか? よう分からんけど、どっちにしろ被害に会う人はグラビティ・チェインを奪取する為に殺される訳やし、叩き潰しとかなあかんやろな。
 知性は犬並みな分、戦闘力に優れた個体が多そうやから、戦う時は注意が必要やで」
 千尋は集うケルベロス達に注意を促す。

「場所は茨城県の筑波山や。麓の木の老朽化っちゅーんか、古くなって危ない木々の伐採作業をしとるんやけど、ここにローカストが現れて作業員を襲いよんねん。おそらく着く頃には誰か捕まってると思う」
「大丈夫なのか?」
 千尋の言葉に一人のケルベロスが聞き返した。
「立った蝉みたいなローカストなんやけど、ストローみたいな口でゆっくりしか吸えへんみたいやから、無傷って事はないけど、直ぐに助けだしたら命に別条があるレベルにはならんはずや。
 押さえつけられて吸われとるさかい、頑張って助けたってや。まぁ吸ったままタコ殴りにはされへんやろうから、攻撃仕掛けたら離しよると思うわ。アルミ注入したり、破壊音波起こしたり、飛来して蹴りを繰り出したりしてきよんで」
 千尋が周辺が林である事と敵が1体である事、掴まってる作業員は1名で、他の作業員は逃げ散って助けを呼ぼうとしている事などを伝える。
「どんな思惑があるんかしらんけど、人が襲われてる以上助けなあかんわな。みんなしっかり頼むで」
 そういって千尋は皆の肩を叩き、八重歯を見せて笑うのだった。


参加者
ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)
オーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
蒼威・翼(空に憧れる少女・e13122)
篶屋・もよぎ(遊桜・e13855)
天宮・燕雀(籠の鶏売りもすれば買いもする・e14796)
ラッセル・フォリア(羊草・e17713)

■リプレイ


「ふぅむ、知性の低い相手では、勝てない事は分かっているでしょうに……威力偵察としてもかなり不可解ですねぇ」
「雑魚の大量投入は侵略の初手としては悪くない手っすけど、急な作戦変更ってなると……大量にグラビティ・チェインが必要な『何か』があるとかっすかね?」
 足を動かしながら思考を巡らせる天宮・燕雀(籠の鶏売りもすれば買いもする・e14796)と、それに応じたツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)の前方から、わらわらと慌てた様子の作業員達が逃げてくる。
「たっ、助けてくれ!」
「わたくし達はケルベロスですわ。あなた達はそのまま安全な場所まで逃げて下さい」
「捕まった作業員さんはわたしたちが助けに行きます、あなた方はそのまま避難をお願いします!」
 得物を持つ一行に、助けを求め状況を説明しようとする従業員達を制し、妻良・賢穂(自称主婦・e04869)と篶屋・もよぎ(遊桜・e13855)が口を開く。
 ちゃんと話を聞いてやった方がもっと安心するのだろうが、今は捕まっている人を助ける事の方が先決の為、ちゃんと逃げる様に念押しして仲間を追い、
「お仕事お疲れ様ですー……じゃなかった、必ず皆さんの同僚さんは助けますからねー」
 逃げ行く作業員にそう言って頭を下げたラッセル・フォリア(羊草・e17713)もそれに続き、
「助けられる人が居るのなら、例えそれが危険でも助けないとね」
「ほんとほんと! これ以上被害が出ないように戦わなきゃ! 頑張ろう!」
 決意を口にしたルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)は、でもそれは自分の正義なのだろうか? と心の中で自問しながら右目から漏れる炎を棚引かせて地面を蹴り、ルージュに大きな青い瞳を向けて頷いた蒼威・翼(空に憧れる少女・e13122)も、その青い髪を躍らせその隣に並ぶ。
「見えた。あれだな」
 深紅のマフラーを揺らすオーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)の声に皆が視線を向けると、もがく作業員を押え込み口吻を突き立てる巨大蝉の姿。
(「うわー。あ、駄目だコレ夢の中で増殖して襲ってくるパターンだー」)
 実は蝉が嫌いなラッセルは、そのインパクトの大きすぎる光景に立眩みを起こし、倒れそうになる体をなんとか踏ん張って支えた。

「冬眠し損ねの蝉なんざ抜け殻コレクションも出来やしねえっすよ。ぱっぱと倒しちまって帰ろうっす。寒いし!」
「ギギッ!」
 一番槍ならぬ炎熱の脈刻まれる巨大な牙の如き刀身を、最初に振るったのはツヴァイ。
 風を唸らせる剛剣の勢いに小さく鳴いたローカストは、作業員から口吻を抜いて飛び退さる。
「っつうか冬だぞおい。幼虫でも土の中で寝てるわ!」
「そのまま大人しくしてなさい!」
 更にSilver Fortuneの裾を翻し、ぐったりする作業員を庇う様に前に出たオーネストがその拳を繰り出し、後ろから翼が放ったエネルギーの矢がローカストを狙うと、
「ギギギッ」
「冬になってまで虫はちょっとー……あ、デウスエクスだった。よし、潰すとしますかー」
 呻いたローカストは翅を震わせて破壊音波を起こして対抗するが、その音を裂く様にラッセルが追尾する矢を放つ。
「回復します。このままあの敵と反対方向へ逃げてください。大丈夫、あれはわたしたちが倒します」
 その間に作業員を助け起こし溜めた気力で回復させたもよぎが、作業員を後ろへ送って聞こえる破壊音波にその猫耳猫尾を伏せながら距離を詰める中、
「大丈夫? 歩けますわね? では後はわたくし達ケルベロスにこの場はお任せくださいな」
「あぁ……助かった……」
 ふらふらとした足取りの作業員に再度ヒールを掛けて確認する賢穂に、頭を振って応える作業員。その顔に笑顔を向け背中をドンと押して送り出した賢穂が、ローカストに向き直ると、
「襲われている人は助ける事が出来たね。……なら、後は同じ様な犠牲者が出ない様にキミを滅ぼすだけ、それが正義なんだから」
 賢穂を見て頷いたルージュの手にある紅の華を持つ攻性植物が、その華に地獄の炎を纏い槍の如く突き入れられる。……と、それを跳んでかわしたローカストが、そのまま仕寄ったもよぎに蹴りを見舞うが、
「ギー!」
 その隙を突いたツヴァイとオーネストの攻撃を強かに食らう。
「ふむ、本当に知能の低そうなローカストですね、使い捨てにされるのも判る気がします。さて、どういう思惑があるのか知りませんが、一先ず倒すことに集中するとしましょうかねぇ」
 ローカストの場当たり的な対応を見てそう断じた燕雀が、攻性植物に黄金の果実を実らせ後衛陣にその光を行き届かせた。


「やってくれるっすね」
 振るった刃を掻い潜ったローカストに口吻を突き立てられたツヴァイは、石の様に固くなる腕をさすりながら奥歯を噛む。
「食べ物にも旬がある様に、蝉なら蝉らしく夏に出直して来なさいな!」
「ほんと、こんなに寒い冬なのに、ローカストは元気ですね~はい、どっかーん!」
 賢穂が主婦的羽虫抹殺術による一撃を見舞い、再度距離を詰めたもよぎがオーラを纏った音速の拳を突き入れる。
「グギッ!」
 その拳を食らいながらローカストは蹴りを繰り出すが、
「そう何度も同じ手は喰らわないのですよ~」
 もよぎはギリギリのところでその蹴りをかわし、繰り出した脚が空を蹴ったローカストがバランスを崩したところに、
「そらっ、お返しだ!」
 ツヴァイがねじくれた円環の如き鎖を飛ばしてローカストを絡め取ると、そこにラッセルと翼の放った矢が突き刺さる。
「ギギーッ!」
 ツヴァイの鎖によって避けきれずに矢を受けたローカストは、苛立たしげに翅を震わせ破壊音波を起こすが、
「回復はお任せくださいな!」
 胸を張った賢穂と燕雀が直ぐに回復を飛ばして、その破壊音波で受けたダメージを素早く回復させた。

「敵を貫く神速の風! いっけー!!」
 翼が起こした神速の風による衝撃波がローカストを穿つ。その衝撃波と共に距離を詰めたのはルージュ。
「そこ……だよ!」
「ギッ!」
 翼の攻撃に一瞬ひるんだローカストの、翅の継ぎ目を狙って迅雷の如き鋭い突きを繰り出した。
 翅の一部を裂かれるも回避行動により致命傷を免れたローカストが、カウンター気味にルージュに口吻を突き立て、アルミを注入してその腕を硬化させると、
「! ……こいつジャマーだよ」
 石の如く動かなくなった腕に、重ねられた石化の効果を感じたルージュが、ツヴァイとオーネストに距離を詰められ、鍔迫り合いを演じるローカストを前に声を上げた。
「なる程。あの翅音で頭がぐらぐらするのはその為でしたか。……ですが私と妻良さんのダブルメディック体勢である私達に隙はないのです」
 余裕の笑みを浮かべた燕雀は、ルージュに溜めたオーラを飛ばしてその傷と硬化した腕を癒す。
「ラッセルさん、麻痺と催眠を重ねていくのがいいと思うんだよ」
 と隣のラッセルに声を掛けた翼が青い瞳を見開くと、そのラッセルとタイミングを合わせて心を貫くエネルギーの矢を放ち、2本の矢が一呼吸の間を置いてローカストの体に突き刺さる。
「ギギ……」
「反省の弁も命乞いも、聞き届ける気はありませんよ」
 呻くローカストに冷静に応じた燕雀が攻性植物に黄金の果実を実らせ、得物を振るい続ける前衛陣にその光を行き届かせた。

「自然を荒らす敵は、土塊に還って貰うからねー?」
 三つ編みにした髪を揺らしてラッセルが指を離すと、引き絞られ弦が自由になって元に戻り、その反動で矢が放たれる。
 その矢は空中で軌道を変えローカストの左肩に突き刺さると、翼の放った矢も少し遅れてローカストを穿つ。
「ギギッギッ!」
 ローカストは先程から的確に矢を当てて来る2人に苛立っていたが、近寄ろうにも前衛・中衛陣が壁になっており、唯一届く破壊音波の攻撃は、燕雀が重ね掛けした耐性の効果もあり、目立った効果は上げられないでいた。
「墓の下に逆戻りさせてやんよ。ローカストに幼虫時代があるのか知らんけど」
 その間にツヴァイと共に距離を詰めたオーネストの指突が、ローカストの体を硬化させる。
「ギギギッギギギギギギッ!」
 次々と穿たれる攻撃に苛立ち、大きく翅を動かし砂埃を巻き上げて破壊音波を飛ばすローカスト。
「っ、これだけは鬱陶しいぜ」
 さり気なくルージュを庇う様に動いたオーネストが、文句を言いながら頭を振るが、直ぐに賢穂から回復が飛び靄が晴れ、ゆれるもよぎの尻尾を追う様にローカストに仕寄るオーネスト。
「逃げたりはしないんだよねー? まーそのつもりでも逃がすつもりはこれっぽっちもないんだけどねぇ」
 今度はエネルギーの矢を放ったラッセルは、戦場全体を見渡しケルベロス達優位のまま進む状況にそんな言葉を漏らした。


 ローカストの体液が地面を濡らし、斬れ落ちた翅の破片が散らばっている。
「ギギギギ」
 数刻前まで意気揚々と作業員に口吻を突き立てていた蝉のローカストは、今やケルベロス達の完全包囲下にあり、怒りを含んだ鳴声を上げ破壊音波を飛ばす。
「何度やっても無駄です。……会話が成立するのであれば色々聞きたいところですが……」
 侮蔑的な色彩を帯びた冷たい緑の瞳を向けた燕雀がスイッチを押すと、包囲する仲間の背後にカラフルな爆発が起こって士気を高め、
「自来也さん、出番です! 行っきまっすよ~!」
 もよぎがぐぐっと握った拳でガッツポーズをとると、ローカストの上から巨大な丸カエルが降ってきてローカストを押し潰す。その体が柔らかく下でローカストがもがいているのか、そのカエル、自来也の体がムニュムニュと波打って消える。
「羽虫の倒し方は充分心得ております!」
「君にとっての正義ってなんだい? 僕とは相容れない正義だろうけど、今後の参考に聞いてみたかったな」
 間髪入れず賢穂が主婦的羽虫抹殺術で畳み掛け、ルージュが薔薇の花弁を散らし、ローカストの体に伝言を刻むかの如く裂傷を刻む。
 義とは我と美を合わせた漢字であり、正義とは我に正しく美しくの意である。
 ルージュの言う通り、相容れないであろうがローカストにはローカストの正義がまた存在するのだ。
「グギギ」
 賢穂とルージュの攻撃で片方の翅が斬れ落ち、破壊音波を出せなくなったローカストが、その脚を振るって反抗するが、
「いざっ、敵を貫く神速の風! いっけぇぇー!」
 手持ちのドリンクを一気飲みした翼の放つ衝撃波。その勢いは翼の青い長髪を巻き上げ一気にローカストに迫る。ローカストはそれをかわそうと身を捩るが、その両股に次々と矢が突き刺さり、かわし損ねて衝撃波をモロに受け片膝をつく。
「今はなかなか効果的だったと自画自賛しておくよー」
 クイックドロウで矢を連射したラッセルが、柔らかい草色の髪を揺らしてほほ笑む。その赤寄りのピンクの瞳の見つめる先で、
「さぁ、もう懸命に生き尽くしたっすよね? 後は……その罪ごと燃え尽きるっす」
「ギィーッ!」
 胸元の白い牙を躍らせたツヴァイの、地獄の焔を纏わせた愛用の得物『魂喰竜の牙』の一閃。
 ローカストの胸元を左右にざっくりと斬り、長い口吻も折れ飛んだ。空中でくるくる回転するの口吻の先を掴んだのはオーネスト。
「さみぃだろうから暖めてやんよ。ついでに地獄を腹いっぱい食ってきやがれ! ま、行きつく先も地獄なんだがな……一緒に地獄に堕ちようぜ?」
 ローカストの体にその口吻を突き立てたオーネストの放つフィアンマ・デッラ・ヴィタの一撃。
 地獄へと誘う様に掌に渦旋を描く炎と闇が、ローカストの体に叩き込まれると、ローカストの体がビクン! と跳ね、目や耳など体中の穴から体液を垂らし、その体液の水溜りの中へと崩れ落ちたのだった。


「よし! ナンパと違って戦闘は確実性を重視しなきゃだしな」
 ローカストが完全に息絶えた事を確認し、離した掌に付いた体液を払う様に振る。
「どこから来たのかの痕跡くらい残ってないっすかね?」
「痕跡もそうですが、そもそも冬に蝉ですか……本来の蝉なら幼虫で土の中で過ごしているでしょうに、ローカストとはいえ逞しい虫でしたわね」
 ツヴァイは辺りを見回すが、戦闘の影響で周囲は荒れており、とても痕跡を探せそうになく、溜息を吐いた賢穂が手早く掃除を始めると、
「けど自来也さんもカエルですが冬も元気です。ローカストも似た様なものなのかな?」
「ローカストが暴れている場所もバラバラだけど、どんな思惑があるんだろう?」
 飴玉を口に放り込んで猫耳をぴくぴくと動かしたもよぎが、ペットのカエルを思い出して目を細める隣で、ルージュが賢穂の背を見ながら小首を傾げると、
「ボクにはわかんないけど、出て来たローカストを全部倒していけばいいんだよ。作戦の成果が無いなら敵も諦めるんじゃないのかな?」
 真面目な顔をした翼が応じた。
「疑問が実に尽きませんが、それが正解なのかもしれませんね。何か動きがあればヘリオライダーの方が教えてくれるでしょう」
 紫煙を漂わせた燕雀が翼の言葉に頷き、
「…うん、なんにせよ先輩方も無事で良かった」
 心の中で皆に感謝しながらラッセルがそう言葉を漏らした。
 一般人にもケルベロスにも被害者を出さずにローカストを撃破した。
 それこそ最大の成果であり、後の事は後の事としてケルベロス達は帰路に……
「こらー、ちゃんと掃除してから帰るんですの!」
 賢穂の怒られて、完璧に掃除し作業員に報告してから帰路についたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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