凍れる竜の海

作者:玖珂マフィン

 今年の冬、その海域は周囲より少し温度が低かった。
「……なんだ、今年は随分と海が寒いな」
「……ああ、それになにか聞こえないか?」
 仕込みを終えた漁師が顔を見合わせる。気がつけば彼らの身体は、凍りつき始めていた。
 驚き、恐れ。それらの感情を浮かべることすら出来ず、彼らの命は凍りつく。
 海中から凍てつく吐息を放った竜は、全ての命が消えたのを確認すると、ゆったりと海面に姿を現した。
 そして、悠然と咆哮を奏でた。
 遠い海から唄が聞こえる。
 その唄は、何隻もの船が消えた海域から聞こえるようだった。
 汽笛のような遠吠えのようなその声は、海に消えた男たちの嘆きの歌なのだろう。
 そう、地元の漁師たちは噂した。
 凍りついた無人の海の中心で竜が啼く。
 今日も氷竜ノルドーの唄は響いている。
 
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます」
 3月も近いとはいえ夕暮れのヘリポートには冷たい風が吹いていた。
 集ったケルベロスたちを前に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は事件の説明を始める。
「今回皆さんに依頼したいのは、相模湾に出没し漁船などを襲っている戦艦竜への攻撃です」
 戦艦竜は城ヶ島南海を守っていたドラゴンで制圧戦の結果、相良湾へ移動したことが狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査で判明している。
 戦艦竜は数こそ多くはないものの、非常に強力な存在だ。
 正直なところ、今のケルベロス達が万全の戦艦竜を撃破することは不可能と言ってもいいだろう。
 けれど、放置してしまえば相良湾を安全に航行することはできなくなってしまうだろう。
「……戦艦竜は非常に強敵です。けれど、彼らにはその強大な力と引き換えに与えられた損傷を自己修復できないという欠点があります」
 一度の戦いでは勝てないかもしれない。それならば何度でも挑めばいい。
 幾度もの戦いで傷を重ねることで、やがて戦艦竜の撃破にも手が届くだろう。
 種族の全体的な特徴として、戦艦竜は体力と攻撃力が非常に高いが、命中、回避についてはあまり高くない。
 非常に尖った対策できれば有利に戦いを運ぶことが出来るだろう。
「今回現れた氷竜ノルドーは以前にも出現した個体です。そのため、敵の情報については多くのことが判明しています」
 詳しい情報は資料に纏めておくので見ておいてください。セリカはそう言いながら説明を続ける。
 かつての戦いで与えた損傷は全体の一割程度。
 情報があるとはいえ今回の戦いだけで倒すことは、かなり難しいだろう。
 ただ、氷竜ノルドーは自らの縄張りを守る意識が強く、逃げ出す相手に無理に追撃することはないようだ。
 可能な限りの損害を与えて無事撤退することが、今回の依頼の目的となる。
「いつも以上に強大な相手との戦い、とても危ない戦いになると思います」
 けれど、戦艦竜をこのまま放ってはおけません。
 ケルベロスたちを見つめながらセリカは言葉を選んだ。
「たとえこの戦いで撃破することが出来なくても構いません。皆さんの、次に残る戦いを期待します」
 そして、全員で無事に帰ってきてくださいね。
 そう言ってセリカはケルベロス達をヘリオンへ誘った。


参加者
珠弥・久繁(病葉の刃・e00614)
桜狩・ナギ(花王花宰の上薬・e00855)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
御巫・朔夜(シャドウエルフのガンスリンガー・e05061)
橘・志(符剣士・e09921)
カイウス・マビノギオン(黒のラサーヤナ・e16605)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)

■リプレイ

●竜の巣
 相模湾沖合に船は往く。
「囮にする船を用意出来たら良かったんだけどね~」
 あーあ、と溜息をつきながらシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は海上に目をやった。
「そう出来りゃ良かったんだがな……」
 カンガルーの獣人、ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)もシルディの隣で残念そうな顔をする。
「船やボートなどを急に用意するのは難しかったようだからね」
 仕方ない、と珠弥・久繁(病葉の刃・e00614)も同意する。
 持ち運べる程度のちょっとしたもの、大して値段の掛からない珍しくないものであれば、事前に準備することは不可能ではない。
 けれど、船――しかも沈めても構わない原動機付きのもの――ともなると流石に金銭的にも時間的にも、依頼開始までに用意するのは難しかった。
「前回の戦いで奴の縄張りは分かっている。このままいけば大丈夫だろう」
 標的である戦艦竜、氷竜ノルドーとの戦いは二度目となる御巫・朔夜(シャドウエルフのガンスリンガー・e05061)は、再戦に向けて意気込みを持ちながら海を見る。
「戦艦竜にリベンジマッチや! 腕がなるな!」
 以前にも戦艦竜との戦闘経験がある桜狩・ナギ(花王花宰の上薬・e00855)も、戦意高くゴーグルや耐水ランプを準備する。
「どんな敵であれ……負けるつもりは無い」
「ええ。決して油断はできない相手ですが、前回よりはやれるはずです」
 カイウス・マビノギオン(黒のラサーヤナ・e16605)の言葉に橘・志(符剣士・e09921)も同意。
「おう、攻撃が来ても俺が出来るだけ庇ってやるよ!」
「うん、ボクにも任せてね~」
 ジョーとシルディも気を取り直して、強敵との戦闘への決意を新たにする。
「ああ、そうだね。出来るなら倒す気で行こう」
 柔和に、けれども確かな決意を込めて久繁も頷きを返す。
 やがて船は、判明していた氷竜ノルドーの縄張り近くまで進行。ここからは船を降りて進むことになった。
 準備を始めるケルベロスたちに、朔夜が声をかける。
「……分かっていると思うが、誰一人欠けない帰還が最優先だ」
 負けないという強い意志は戦いにおいて必要なものだ。
 けれど、朔夜は戦艦竜がどれほど強い敵なのかよく知っていた。
 だからもう一度、仲間たちに決して無理はしないようにと言葉を投げる。
 頷きを返す仲間たち。けれど、一人。ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)は自らのサーヴァントであるプリンケプスを抱えて考え事をしているようだった。
「ティさん……?」
「……はい、行けます」
 気遣うような志の言葉に、やっとティは返事をする。
 そうして、海に降りる直前、ティはかつての戦場を思い出す。
 ケルベロスになってからは久しくなかった、あの感覚を懐かしく思い出した。
「……行くよ、プリンケプス」
 未だ冷たい海の中へ、番犬たちは竜を探して沈み込んだ。

●竜の爪
 巨体の戦艦竜を発見することはそれほど難しくはなかった。
 海中に潜った番犬たちは程なくして巨大な竜を視界に入れる。
(「さぁて、リベンジマッチですねぇ。奴の戦力、削ぐだけ削いでいきましょう」)
 前回の戦いから、十分に氷竜ノルドーの強さを実感している志は、まずは味方を補助することを選択。
(『――沖つ鳥鴨著く嶋に、我が率寝し妹は忘らじ、世の尽も』)
 海神・豊玉毘売の護符によって、前線の番犬たちに戦う力を授ける。
 援護を受けて、カイウスが稲妻を帯びた槍を持って推進。
 戦艦竜の装甲へ勢い良く突き立てる。
 ガキン、と鈍く海中に金属音が鳴り響く。
(「……固いな」)
 いや、固いというよりも耐久力が高いと言うべきだろうか。カイウスは考える。
 そうそう攻撃が躱されるとは思わないが、やはり安々と崩せる相手ではないようだ。
 漸く此方を認識したかのように首を動かした戦艦竜を見て、カイウスは少し距離を取る。
(「斬撃はあんまり効果なさそうか……? じゃあ、これならどうや!」)
 カイウスの放ったグラビティの効果を目にして、ナギは違った方向から攻撃で竜の耐性を確かめようとする。
 纏ったオーラを手に集中。弾け飛ぶように打ち出した弾丸を竜に喰らいつかせる。
(「…………おっ!」)
 装甲の表面で爆散した気弾は、やはり戦艦竜の体力を思えば、そこまで劇的に効いたわけではない
 けれど、注意深く自分の攻撃を観察していたナギには、他よりも威力が増していることに気がついた。
 海中に顔を出して、ナギは味方へと呼びかける。
「ぷはっ、みんな! 気咬弾効果ありや! 魔法攻撃が効きそうやで!」
「それはいいことを聞かせてもらったね」
 海上で戦艦竜を伺いながら狙いを定めていた久繁は、その言葉を聞いて雷撃を選択。
 自然法則を無視したグラビティの神鳴は、一直線に氷竜ノルドーを貫く。
「前回の返礼だ……。受け取れ!」
 雷撃には雷撃を。続けて朔夜も構えたリボルバー銃から雷の如き銃弾を放つ。
 常であれば制御が難しく命中性に難がある雷弾であるが、戦艦竜が相手であれば何の問題もない。
 雷撃を込められた魔弾は、水の抵抗を物ともせず、竜の装甲へと突き刺さった。
「邪魔な攻撃は俺が防いでやる!攻撃は任せるぜ!」
 自らを盾として攻撃を防ぎきるつもりのジョーも、精神の盾を呼び出して、敵の攻撃に備える。
 ビハインドのマリアも手にした武器で竜に斬りかかった。
「ホーミングアロー、行きます!」
 敵との距離を図りながら、ティは妖精弓から追尾する矢を放つ。
 突き刺さったそれを確認して、命中率を連絡。戦闘を行う大凡の目安をつけようとする。
 更にボクスドラゴンのプリンケプスが連携して前線の味方に属性を付与する。
(「砕けるものなら砕いてみせよ!」)
 壁役のシルディも赤いオーラで自分と竜を包み込み、傷とともに自らに注意を引き付けた。
 番犬たちの集中攻撃。凡百のデウスエクスであれば、多少なりと揺らぐのだろうが、戦艦竜は変わりなかった。
 悠然と、ただ唄のような咆哮で、番犬たちに応えた。
 一瞬にして、凍りつく海。迸る衝撃。
「おっと……俺が立ってる限り味方への攻撃は通さねぇよ……!」
「聞いてはいたけど、痛いね~……」
 シルディの攻撃の影響か、前衛に飛んだ氷のブレスを庇った2人は大きなダメージを受ける。
「相変わらず……尋常じゃない攻撃力してますね、全く……」
 ディフェンダーであるにも関わらず、既に満身創痍になっているシルディとジョーを見て、息を吐きながら志は2人にヒールをかける。
 けれど、攻撃の属性が分かっているという利点がある。前よりも、ずっと戦っていることができるだろう。
「厄介な敵だが……。まだ、もう少し付き合ってもらおうか」
 朔夜は呟く。厳しい相手なのは承知のうえだ。
 凍れる海での戦いは、まだ始まったばかりだった。

●竜の牙
 強大な戦艦竜が相手でも、情報を活かして以前よりも上手く立ちまわるケルベロス。
 けれど、やはり地力の差は大きい。シルディとジョーの果敢なブロック。志の献身的なヒールも次第に間に合わなくなってくる。
「ご、ごめん……。後は、よろしくね……」
 自らに攻撃を引きつける作戦は仲間への負担を大きく減らすことが出来たが、代償も大きかった。
 瀕死の状態にさらなる追撃を受けて、シルディが海に沈む。
 盾役が残り一人となった影響は、もう一人の盾、ジョーに現れる。
「俺に構うな、敵に集中しろ……!」
「あんがとや、けど無理するんやないで!」
 礼の言葉とともに戦艦竜へとランプを灯しながら向かうナギを、ジョーは可能な限り庇い続ける。
「霧散、循環、流転、昇華――一切合切制すべし! ガルド流真療術、竜嚇散!」
 これまでの戦いで傷つけられた竜の装甲を的確に狙い、ナギの突き技が刺さる。
 自分が守ったナギの戦いぶりを目にしながら、荒い息を吐いてジョーは前線に立っていた。
「回復しますから、まだ倒れないでくださいね……。ギリギリまで粘りましょう」
「助かるぜ……」
 身体の傷は深くとも、最後までジョーの戦う意志が折れることはない。
 何とか志の回復も相まって戦艦竜の攻撃を耐えるが、後衛に飛んだブレスを庇いきって、シルディに続く戦闘不能者となった。
「まずいな……。時間稼ぎにしかならないかもしれないが」
 盾役が皆無となった今、戦艦竜の攻撃にまともに耐えられるものは存在しない。
 このままでは番犬たちが壊滅するのは時間の問題だろう。そう判断した朔夜は、前線に出て盾役となることを選択した。
 その判断は間違っては居ない。けれど、たとえ一瞬でも盾がいなくなった隙は大きかった。
 激しいブレスが後衛を絶対零度に灼きつける。
「これ以上は、無理ですか……」
 彼らを守る盾はいない。なんとか回避した久繁、移動していた朔夜を除いた志、マリア、プリンケプスが一撃で薙ぎ払われ、倒れる。
「プリンケプス……!」
 サーヴァントを倒され動揺するティをおいて、最早、長時間の戦闘は不可能と判断したカイウスは詠唱を始める。
「星の息吹よ我が身より開け。不死者よ、括目しろ。絶命とは是、この一撃。焼き尽くせ―――光翼よ、日輪を抱け!」
 地脈から吸い上げられ体内に貯蔵していた力を使い、一時的に自分の力を倍加させて放たれる炎。
 国土一つを焼き付けるとも言われる灼滅の魔力が戦艦竜を焦がす。
 敗走寸前まで追い詰められたケルベロスたちだったが、その甲斐はあってか、氷竜ノルドーの耐久力を大きく削ることが出来た。
 流石に苛立ちを込めた瞳で、ノルドーはケルベロス達を眺める。
 そうして一気に打倒さんと散布されようとした機雷。しかし、その動きが一瞬止まる。
「――やっと止まってくれたね?」
 仲間たちで幾度と無く重ねてきた麻痺の付与。
 それが漸く実ったことを確かめて、久繁の口元に笑みが浮かぶ。
 その気に乗じて攻め立てるケルベロスたち。
「破鎧衝、行きます!」
 自分よりも安全であって欲しいと思っていたサーヴァントを倒され、ティは何を感じたのだろう。
 至近距離まで接近し、放つ痛烈な一撃が敵の装甲を砕く。
 会心の一撃。……そこに油断が合ったのか。
 これまで、回避力や命中を意識して位置取りを行ってきたティの動きが、止まる。
 気がつけば、スローモーションのようにゆっくりと、戦艦竜の爪が自分に迫っていることに、ティは気がついた。
 回避しようと、動かそうとする身体が鈍い。偶然のように爪はティの華奢な身体を切り裂いた。
 この戦いで初めて負う傷。それは、容易くティの意識を奪い取る力を秘めていた。
 赤色で海が汚れていく。
「……撤退だ」
 半数の戦闘不能を確認し、朔夜は撤退を宣言した。

●竜の海
「撤退するで! こっちや!」
 ナギの掲げるランプが暗い海中を照らして仲間たちを導く。
 背負ったジョーの身体が重い。ナギにとって戦艦竜からの撤退は初めてではなかったが、やはりあまりいい気分ではなかった。
「逃げ切れた、かな?」
 水を滴らせながら、久繁は背負ったティをクルーザーに引き上げる。
「あの戦艦竜は、あまり逃げる敵を追おうとはしないからな」
 全員無事に撤退できたことを確かめ、安堵の息を吐きながら朔夜が答える。
 海中での行動により濡れた服が肌に張り付いてボディラインが露になるが、疲労と安堵のためか気がついていないようだ。
「久々に楽しめたな……。後は、次の者に任せるとしよう」
 一人、クルーザーの上から海を見ながらカイウスは呟く。
 海風が、その頬を冷たく撫でていた。
 倒れた仲間たちを艦上で介抱しながらナギはノルドーの縄張りを見る。
「強かった……。でも、次は負けへん」
 自分たちの作戦に特にミスはなかった。それでも勝てない相手がいる。
 二度に渡る戦艦竜との戦いは、少年の心にさらなる闘志を生んでいた。
「ああ、きっと次は勝てるよ」
 ナギの隣で久繁は応えた。
 強大な竜。けれど、犠牲になっている人がいる以上、見逃す訳にはいかない。
 全ての収入を賄うことは難しいだろうが、少しでも助けとなるように。
 周辺の漁師たちにケルベロスカードを渡そうと、久繁は水に濡れた髪をかきあげながら考えた。
 凍れる海に竜が啼く。遠く、ノルドーの唄が聞こえるような気がした。
 この戦いを通じて、番犬たちは竜の体力を半分は奪い、さらなる情報を掴んだ。
 竜の滅びは決して遠くない。

作者:玖珂マフィン 重傷:シルディ・ガード(平和への祈り・e05020) ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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