南溟に八雲燃ゆ

■リプレイ

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　穏やかな大洋を航行するクルーザー船上に詰まれて並んだ、箱二つ。
『～～♪』
『――ッ』
　片や伝統的な和紙を思わせる意匠柄の桐箱風のそれは軽快なリズムでカタタッと蓋音高らかに鳴らし、対するもうひと箱からは目つきはよろしくないがそれはそれで何処か愛らしい黒猫のぬいぐるみが一体ぽよよんと頭を覗かせ無言の睨み顔のまま微動だにしない。
　ニケ・セン（六花ノ空・e02547）のミミックとコーデリア・オルブライト（地球人の鹵獲術士・e00627）のミミックの邂逅である。
「ミミックさん同士、ご挨拶はばっちりだね」
「そりゃ何よりさね」
　ニケはそう説明してくれたが正直ダンテ・アリギエーリ（世世の鎖・e03154）の眼には友好とも険悪ともサッパリ見当もつかない光景だった。
　目指す海域近くでコーデリアに撤去された箱入り黒猫ぬいが剣を片手に彼女の首を急襲して魔導書で叩き落とされたりもしたがまあこちらもじゃれ合いの様な物だろう。たぶん。
「南国リゾートならともかく冬の海で大胆な水着とかムリムリ」
　ルードヴィヒ・フォントルロイ（キングフィッシャー・e03455）は色々と葛藤したらしいが最終的にはケルベロスとしてごく標準的な戦闘服で纏めて来たらしい。
「ケルベロスならばどうとでもなりますわ。炬燵に蜜柑という完璧な情景が水温低下に比例して脳内を占める力を増すなどという事も、乗り越えるべき相手、平穏の為挑むべき闘いを前にすれば瑣末なこと……」
「とても瑣末とは思えない迫真！」
　ニケやエルフリード・ファッシュ（猟兵・e16840）と共に前回に引き続いての参戦。メディックとして彼と共に部隊の生命線を担うペシュメリア・ビリーフニガル（アヴァンツィアーモ・e03765）の台詞は落ち着き払ってはいるが大胆水着（と炬燵）推しである。
　それならいっそ彼女が着用すれば癒し効果倍増だろうにという極めて健全な青少年の発想は決して口にされなかった。だが既知の仲であるニケにはお見通しらしく、
「賢明な判断だと思うよ、ルードヴィヒさん」
　少年は優しくポンと肩を叩かれたのだった。

　このような和やか（？）な空気の中でも緊張は保たれ、事前準備や各項目の最終確認の面では一行に全く抜かりはなかった。
　初戦からの戦果や報告を引き継いで臨む次鋒戦。『八雲』が強敵である点はいまだ揺るがぬがそれでも最早敵は名も無き未知の存在ではないのだ。
　後は敵を……戦艦竜『八雲』を見つけ、そして見つけられての戦闘開始を待つばかり。
　そんな段階でふとダンテがある一つの提案をした。今回はクルーザー船のエンジンを一旦止めた状態で敵の襲撃を待ち構えてみないかというものだ。
　此処は既に『八雲』の出没予想海域内。強いて反対する理由も無い。
　提案は容れられ、初戦同様に救命具やゴムボートを周辺に散布完了後、大洋の上で停船したまましばらくの後。

　標的が進もうが止まろうが『それ』がすべきことはただ一つとばかりに。
　黒く巨大な影は真下から。
　戦艦竜接近を察知したケルベロス達は次々に海中へ身を投じる。遅れて伝わった轟音と巻き起こる水柱の中、先迄の乗船は木っ端の如くに粉砕され巨大衝角の餌食となる。
「大きな敵相手、楽しそうね！」
　アリシスフェイル・ヴェルフェイユ（彩壇メテオール・e03755）は黄金の双眸をキラキラと輝かせ、銀の断ち刃を両の腕に構えて交差させた。

「エンジン音では無い、と。なるほど……」
「団長？」
　何かを確かめるようにギリギリまで踏み止まり敵の様子を見届けていたダンテも直前で身を翻し、船から離脱する。
　直ぐ後に続いた佐藤・弘樹（閃光の復讐者・e13754）がそれに付き合っていたのは、女性は己が体を張ってでも守り通すべしという彼のポリシーから。
　そしてこれ以降、狙撃手である彼と最前列の彼女の役割はまったく入れ替わる事となる。

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　海底から立ち昇る『黒』の巨影とすれ違うようにして猟犬達は海上から一気に海中へ。
「……再戦へと、参りましょうか」
　――やくも、と。囁く様に確かめる様にペシュメリアの唇はその名を形づくる。
　煌めく水泡を纏い鉄鎖を舞わせれば己を含めた後衛列すべてが盾の加護に包まれた。
　同様の鎖術は中衛のニケと前衛列で守備を固める２人２箱にも施される。
　初戦で徹底した戦闘方針で敵防御特性と攻撃グラビティを暴くのに成功し、今戦では其れを受けて攻防共に徹底した対『八雲』シフトで挑む事が可能となった。
　『攻』はスナイパー班を並べて部位狙い、『防』は前衛列をディフェンダーのみで固め、後列メディックは２人ともあらゆる局面にも対応可能なヒールグラビティ編成。
「二回戦、今度はもっと楽しませてよ」
　そして唯一、中衛に布陣したニケはジャマーとして攻防両面を繋ぎ支える。
　青年の軽口めいた云いや普段と変わらぬ笑顔からも滲む戦意。それは決して再戦の者だけが共有するものでも無い。
「ふうん、これが戦艦竜『八雲』。戦い甲斐のある相手ね」
　初めて対峙する強敵を前に艶やかに咲くコーデリアの笑み。

　エルフリードは砲口を戦艦竜に定めるとまずは広範囲への制圧射撃を開始する。ばら撒かれた光の弾幕は戦艦竜そのものへ足止めを掛けるには至らなかったが、クルーザーへの突撃で稼いだ一手を攻守充足に注ぐ味方の援護へと繋がる。
「この時期に寒中水泳をするハメになるとはねぇ」
　ボヤき口調とは裏腹にダンテは迷いの無い迅さで援護射撃に乗じて懐深く肉薄し、伸ばされた手は漆黒の外装へと触れる。
　装甲の弱点たる魔法力に満ちた破鎧の一掌を艦底部に炸裂させながら、感覚を研ぎ澄ませ、欠角の女戦士は更なる急所をと高速演算で求めた。
「大胆に迫ったらオマケしてもらえ……ないよなあ」
　敵初撃は乗船のみに注がれるとの予知を思い出したルードヴィヒもまた最後列から古代語を詠唱し石化光線を放ったが躱される。
　が、巨体を急駆動させた隙を少女は見逃さない。重ねた斬霊の銀刃から刹那の閃光を迸らせ削ぐようにして漆黒が断ち切られてゆく。
「待ってて、すぐに肉まで削いであげる」
　独特の二刀捌きから雷刃突を決めたアリシスフェイルは誇らしげに薄灰色のツインテールをたなびかせ黒片散らす敵を見下ろした。
「任務了解……破壊する」
　戦艦竜の側面へと廻り込んだ弘樹はバスターライフルを連結させると標準を合わせた。
　彼が狙う的は戦艦竜の右肩と呼べるであろう箇所、前部連装砲だった。高火力を集束させたビーム砲の輝きは一直線に敵砲塔を灼いた。
　一撃大破とは行かず砲は健在だったが、それは半ば予想通りと弘樹は冷静なヒットアンドアウェイで次の狙撃ポイントを求めて水を蹴る。

　一方でクルーザー船の撃沈を終えた『八雲』はまるで何事も無かったかのように再び潜航行動へと移ろうとしていた。取り囲むケルベロス達への反撃は、灼熱の弾幕。
「やはり前衛狙い……」
「この火力にこの炎。たしかにさっさと消しておかないと厄介かな」
　だがいずれも布陣と対装備と三重盾によって致命傷には至らず。
　前衛列の癒しの為にと再びペシュメリアが黒鎖を操り、サークリットチェインを展開する。ハンドサインの交換の後、ルードヴィヒからも双児宮の護りと癒しが重ねられた。

　戦場を翔ける火竜が低く唸りブレスを浴びせ返せば漆黒の端に確かな朱き火痕を残す。
「八雲っていい名前だね」
　初戦よりも少し近付いた中距離の間合いからニケがにこやかに問い掛ける。
　自分達再戦組が外見から覚えられている可能性を考え、ガラリと見た目の服装を変えて臨んで来たニケだったが今のところ、有利不利共に、特別な反応は一切窺わせなかった。
　再戦したドラゴンの、竜語が生み出した一時の幻よりもなお生物感の希薄な『機械』振りは相変わらずの様だ。
「……二度と撃てないようにしてやる」
　煙突封じを第一と目指す他スナイパーとは別働する弘樹はツインバスターを携えたまま前部連装砲潰しを続行しており、部位狙いの二面攻撃状態は想定よりも作戦遂行をやや遅延させつつあった。前のめりな好戦的立ち回りが一周廻って、秀でた盾役として機能していたコーデリアのミミックも遂に耐え切れず戦線離脱を余儀なくされる。
　突然に断たれた気配。だが凶暴な相棒が注意を惹きつけた分ガラ空きとなった煙突部は、二つの標準の内へと捉えられる。
「合わせるわよエルフリード」
　コーデリアは別角度から狙撃を続ける味方へハンドサイドを送ると同時、己の奥底から汲み上げたグラビティチェインをありったけ、纏う闘気へと乗せて其処へ叩きつけた。
「とっておきの1発だ、しっかり受け取れ！」
　狙い違わず、三本煙突の最も前方に位置する箇所へと砲撃は重なればその円筒の輪郭は一気に損なわれ、ゆっくりと崩落を始めてゆく。

●
　『八雲』の特徴の１つとも言える煙突も残るは１基。
「海に潜む戦艦竜ってのは飛竜（ドラゴン）ではなく海竜（サーペント）の類なのかもしれないねぇ」
　常に敵の真正面へ陣取り、軽々と御す携行砲台から時に派手な掃射音を鳴り響かせて巨竜と渡り合うダンテの姿は一見すれば豪快そのもの。
　だが通常装甲部の弱点である魔法グラビティを多種擁して痛打を与えながらも攻撃の主軸はフォートレスキャノンによる堅実な弱体化に据えられている。
「……今はあたいも同類かい？」
　海中戦の邪魔に為らぬようにと配慮した人派ドラゴニアンの背に竜翼は見当たらない。
　より強い力を、より適した形をと。欲するままに其れを択び、獲るが、避けえぬ竜の性であるならば――『八雲』の特異もまた竜たるが末の必然であったのだろうか。

（「焼雲を使わせぬまま永遠に封じてしまえればそれが最善……」）
　最後方からの彼我の全てを見守り、ルードヴィヒとの細やかな連携分担でほぼ過不足なく治癒術を給するペシュメリアの眼前で、柘榴の視線がすぅと初めて遠間の小さきもの達を撫でていった。
　其れは殺意と呼んでしまうにはあまりに無機質な、だが、逃れようのない睥睨。
　そして後を追うように海域を染めた『紅蓮』の押し寄せた先は――。
『汝、朱き者。その力を示せ』
　後衛列の損耗を見立てたニケの古代語詠唱に応え、朱鎖の幻影が仲間達の傷を拭い携える武器へと絡みついて力を与える。
「……ココはキミと勝負の海ってね」
　花封じるオラトリオの少年からは極光の薄幕が拡がり、焼雲の砕き手は減らせぬとコーデリアを庇い深手を負ったアリシスフェイルは、
『潤いを我に――喰らい尽くせ、啜りて充たせ』
　両掌の六芒星の輝きから伸びた貪欲は魔法力に満ちた斬撃と化し、戦艦竜の奥深くからの奪い去った『力』を生き血啜る伝承の吸血鬼の如くその緋色で全身を満たす。

　即座に立て直すケルベロス勢に対して『八雲』の攻勢は更に勢いを増す。残る中央煙突から焼雲……アンチヒールの黒煙をも吐き出し始めたのだ。
　海域そのものを穢れた漆黒へと鎖し広域を紅蓮に苛む突然の猛攻を前にまずエルフリードが、仲間を庇ったアリシスフェイルが、次々と倒れてゆく。

　突然の遠距離攻撃開始はやはり魔法力ダメージの蓄積からだろうか。だが初戦とは異なり特定対象への集中攻撃は未だ発生していない。後衛防御へと注意を割きすぎればすぐさま衝角突撃の猛威が前衛に牙を剥く。
　癒し手達を庇う壁として闊達に跳ね回り続けたニケのミミックも粉砕されていった。
（「おそらくだけどトリガーは残存体力あたりかな」）
　連戦したニケは体感や印象から、今ようやく気の遠くなるような戦艦竜の耐久の凡そ半分近くまでを撃ち砕いたとの手応えを得ていた。
　衝角突撃こそが最も『八雲』好みのグラビティで近攻撃のそれを活かせる戦法を常に優先してきたが、今ようやく、危機感を芽生えさせ本気にさせた事で採る戦術の幅を広げて来た……との推測がペシュメリアの脳裡を過ぎ、彼女もまたニケと同じ結論へと至る。
（「だとすれば……顰める程度の表情を見せてくださっても宜しいでしょうに」）
　自陣へ万遍なくアンチヒールと炎が交互に撒かれては充分すぎる程に厄介だがパターン変化発生自体は彼女達のは予想の範疇であり備えもある。

「次に繋がる以上をいっそ欲張らせて貰うわ」
　鎖の先端が煙突へと深く突き刺さる。幾重にも巻きついた鎖がコーデリアが操るままに既に疵だらけの最後の煙突をギリギリと締め上げればそれがトドメの一槌となる。

　三本煙突の破壊の直後にコーデリアも又、弾幕の直撃の内に呑まれ力尽きた。
「そこだ……！」
　少し遅れ、弘樹もまた前部連装砲１基の大破に成功する。
　前後から１基ずつ大型砲塔を奪い取った形だが紅蓮弾幕はいまだ威力低下の兆しは無い。
　黒炎を介して竜の生命すら啜り盾たり続けたダンテだったが、多くの状態異常に枷架けられたとはいえ未だ健在の巨敵に対して単騎前衛は圧倒的に分が悪い。急加速した『八雲』は鋭利なその衝角部で最も剛き盾の配り手であったシャドウエルフの青年の腹を穿った。
「……此処が退き時……だね……」
　ニケは意識を手離す直前、用意した水中ライトで前と後ろに撤退合図を走らせた。
「ニケだんちょ！」
　もどかしく手を掻き羽ばたき、光源へと少年が翔ける。
「僕も割りにビビリだけど……仲間は誰もやらない、そこだけは譲らない！」
　空覆う暗雲にも似た巨竜に向けて撃ちこまれた小さな羽は雨雫の如くか細く……だが凍結光線で加勢した弘樹と共に、ニケや他の戦闘不能者を味方が回収し安全域に逃れるまでの猶予を産み出したのであった。

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　三本煙突の全損に加え前部連装砲１基の破壊という目標設定以上の戦果を挙げた第２戦。
　ダメージ面に於いても、非弱点部位への注力と守備重視を差し引いたとしても戦闘不能者の増加と引き換えに継戦を突き通して埋め合わせた分、前回に近い損害を与え――。

「ってのは置いといて。折角だし相模湾の魚で鍋でも食べに行こうか、弘樹の奢りでさ」
「……え？？」
「わーい、お鍋ー！」
　突然のご指名に反応し切れぬままの少年を挟んで盛り上がるダンテとアリシスフェイルの海の幸談義。結局は言い出しっぺのあたいが奢るとダンテが太っ腹な姐貴ぷりを発揮して丸く収まった。だが一方で。
　この女戦士が既に次なる戦いに心馳せ冷徹にその算段を整えつつある事を、同じ想い抱くペシュメリアは見抜いていた。そして。
（「再会を、そして決着を」）
　この切望は言葉にせずとも彼の者には伝わると、確信めいた予感が、少女には在った。

　和やかな喧騒を取り戻して波間を進むゴムボート上、ニケも意識を取り戻す。
「……そういえば伝え損ねちゃったな。ダンテさんにもルードヴィヒにも」
　安堵の表情を浮かべた後、ナニをと無邪気に問い返す少年はいつの間にかさん付けで無くなった事に気づかない。

　――こうやって一緒に戦えて、嬉しいんだよ、これでもね。

作者：銀條彦	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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