レトロゲーム・ドリーム

作者:蘇我真

 それは、秋葉原の路地裏での出来事だった。
「デュフフ、また確保できたでござる……」
 小太りで頭にバンダナを巻いた中年男性が、両手に紙袋をぶら下げている。
 別にいかがわしいものが入っているわけではない。
 何十年も前に発売された、ゲーム機の本体を大量に購入していたのだ。
「またコレクションが増えたでござる……素晴らしいハードなのだから新作ゲームが出て欲しい……いや、それは高望みでござるな」
 忍者でもないのに奇妙な語尾をつける男の前に、黒いコートを着て少女が立ちふさがった。
「?」
 男は、少女を秋葉原特有のコスプレイヤーか客引きか何かだと思ったのだろう。少女が大きな鍵を剣のように握っていても、それほど気にも留めず横へずれようとする。
「キモい」
「え――」
 その瞬間、少女の持つ鍵が男の心臓を一突きにしていた。
「が、はっ……!」
 身体をくの字に折り曲げ、アスファルトに両膝をつく男。その横で少女は立ちつくしたまま、呟く。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
「あ、ああ……っ」
 男は何も言えず、そのまま意識を失って地面へうつぶせに倒れていく。倒れた紙袋から覗くレトロゲーム機。
「……ビイーッ、ビィーッ!!」
 そして男のすぐ傍に、そのレトロゲーム機によく似た奇妙な何かが出現する。
「ビィーッ! ビィーッ!!」
 警告音のような鳴き声を出すそれは、四角い本体から手足のように4本のコントローラーが伸びている。
 そして心臓部……リセットボタン部分にモザイクが掛けられているのが一番の特徴で。
 それは、新たに誕生したドリームイーターだった。


「レトロゲームか……好きな人は好きなのだろうな。俺は最新のゲームも面白いと思うが。スマホでもひとつふたつ遊んでいるぞ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスの面々とそんな話をしていたが、前置きは充分とばかりに本題へと入った。
「見返りの無い無償の愛を注いでいる人が、ドリームイーターに愛を奪われてしまう事件が起こっている。今回の場合はレトロゲームに愛を注いでいる男性だな。
 愛を奪ったドリームイーターは『陽影』という名のようだ……名前と黒いコートに大きな鍵を持った少女ということ以外は良く分かっていないが……少なくとも良いことを企んではいないだろうな」
『陽影』は愛を奪い、新たなドリームイーターを増やして回っている。地球の脅威になることは間違いなかった。
「愛を奪われた被害者を助ける為にも……そして被害をこれ以上拡大させない為にも、今回生まれたこのゲーム機っぽいドリームイーターを撃破してほしい。
 このドリームイーターを倒す事ができれば、愛の持ち主……秋葉原の路地裏で倒れているござる口調の中年男性も目を覚ましてくれるだろう」
 流れるように瞬は今回の事件発生現場について説明を始めた。
「……ああ、このゲーム機っぽいドリームイーター……そうだな、ゲームでドリームだからキャストと名付けておこう。
 キャストだが、秋葉原の裏通り、人通りも少ないレトロゲーム販売店やマイナーなゲームを販売している店が立ち並んでいるあたりを徘徊しているようだ。
 狙うのは同じくレトロゲームを愛好する人々だ。もしこの中にレトロゲームを愛する者がいるのならば、囮になることもできるだろうな」
 集まったケルベロスの顔ぶれを眺めながら、瞬は言う。
「ケルベロスの持つ愛や夢といった力は一般人のそれよりもはるかに大きい。キャストもその愛に食いつく可能性も高いだろう。
 まあ、やり方は任せるが。君たちはレトロゲームマニアが襲われるのを待って張り込んでもいいし、君たち自身が囮になることでキャストをおびき寄せてもいい」
 ゲームブックめいた語り口で瞬は続いてキャストの戦闘能力についても説明する。
「キャストは鍵で心を抉り、人のトラウマを蘇らせてくる。セーブデータが消えたとか猫にリセットされたとか、そういうトラウマがあったら大変だろうな。
 他にもモザイクを飛ばすことで人を平静でなくしたり、知能を奪ってしまうようだ。ゲーム脳にするというやつだろうか……俺個人としてはゲーム脳は風評被害だと思うのだが、その主張をし始めたら長くなるな」
 瞬はひとつ咳をして喉の調子を整えると、皆へと号令を下した。
「詳しい話は後だ、まずはキャストを片づけるぞ!」


参加者
レーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)
神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663)
メロウ・グランデル(メガネ店経営ケルベロス・e03824)
ニコラス・ヴィルト(地球人の鹵獲術士・e10659)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
不知火・みこと(太陽の巫女・e18398)
音穏・あるけみぃ(自称電脳ミュージシャン・e19034)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)

■リプレイ

●レトロゲームはいいぞ
「『せっかくだから』俺は専務気分に浸ろう」
「なら引けるようにリヤカーを用意しましょうか」
(やばい、みんなが何を話しているのかほとんど理解できない……)
 人面魚が印刷された謎のゲームを買うニコラス・ヴィルト(地球人の鹵獲術士・e10659)とメロウ・グランデル(メガネ店経営ケルベロス・e03824)の会話を聞きながら、月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は内心戸惑っていた。
(なんで専務がリヤカーを引く必要があるんだ……?)
「ドソキーユングのタイミングの難しさよ……やれることは極めて少なくシンプル……だがそれがいい!」
 すぐ傍では音穏・あるけみぃ(自称電脳ミュージシャン・e19034)がスマートフォンめいたもので遊んでいるように見える。
 だがそれは、実際には30年以上に発売された小型携帯ゲームだったりする。
「LSIゲームもいいわよね。スーパージャガイモな店でも高速船は売ってないし、そういうお店も開拓しようかしら」
 それを見ながら呟く神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663)に宝は余計に混乱する。
(この秋葉原の裏路地で、船を売っているのか……?)
 辺りを見回す。
 客引きのメイドやら通行人はいない。ひっそりとした裏通りだ。
「この辺りは戦場になるから、避難してね」
「家に帰るのじゃ、そなたにも家族がおるじゃろう」
 宝のほかにレーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)や不知火・みこと(太陽の巫女・e18398)も避難誘導をしているからということもあるが、そもそも元から人通りが少ないようだった。
「どうもこのあたりではマジコンなる、違法な改造ゲーム機なども売っていたりと秋葉原の中でもディープな通りらしいよ」
 片目を閉じ、アイズフォンで情報を検索しながらティユ・キューブ(虹星・e21021)が呟く。
「違法な改造ゲームか……ゲームにもいろいろあるんだな」
 ようやく話が通じる相手がいたとホッとしてティユに相槌を打つ宝。
「うん。今まで日本で発売されたゲーム機はゆうに100を超えるんだとか」
「そんなにあるのか? あのファミなんとかとか、なんたらステーションくらいしか知らないが」
「家庭用だけではなく、アーケードゲームもあるのじゃ」
 誘導を終えて帰ってきたみことはスマホを操作しながら自分が好きなアーケードゲームの画像を見せる。画像では赤い髪の侍が鬼や妖怪を斬り伏せていた。
「月風なんとかかな?」
 携帯ゲームを止めてにやりと笑うあるけみぃ。
「そなた、わざと言っとるじゃの。そっちはアーケードじゃ出とらん、源平合戦のほうじゃ」
 みことも笑い返す。コミュニケーションが成立したらしい。
「……まあ、レトロゲーム愛が出てるんならいいんだろうが……」
「みんな若いのに良く知っているな。俺が子供のころに出たゲームのことまで。知的創造溢れる叡智……これも『若い力』か……」
 ニコラスも話を聞きながら感心したようにうなずいた。
「遊ぶ人がいるかぎり、レトロではありません。たとえ開始数秒で1ドットの弾に当たって死んだり、パッケージに描かれてる主人公の絵がドットと16色パレットの都合でゲームでは全く別物だったり、物語に矛盾があってモヤモヤしたとしても……ダメなゲームなんてこの世にはないんです!」
 熱弁するメロウだが、愛憎でいうなら憎のほうが割と勝っているのは気のせいだろうか。
「まあ、そういうゲームも後で思い出話として皆と笑って話せるしな……」
 とりあえずフォローするニコラス。
「チュートリアルなんてない厳しさ、なんてことのない選択肢で死ぬ理不尽さ、説明書に書かれた以上のことは想像におまかせするストーリー……! 今見ると荒い部分もあるけれど、ゲームとしての面白さ、作り手の情熱みたいなのは今のゲームにも負けていないんじゃないかしら」
 レーチカもやはりレトロゲームを清濁併せ呑み、アレなところも認めつつ全てを受け入れて愛しているようだ。
「今のゲームもおもしろいんじゃがの。レイドイベなどマラソンしようとすると効率やらを突き詰めていく攻略要素もあるし」
 もっぱらスマホゲーをやっているみことの言葉を受けて、ニコラスがうまい具合にキャストを誘えそうな文句を吐いた。
「新しい物も悪くないさ。だが例え過去の物になっても……面白さは変わらない。当時注いだ情熱は消えない。一度起動すればまたその時に戻れる」
「ビィーッ! ビィーッ!」
「このメモリが電池切れしてるときの音みたいな鳴き声は……!」
 焔が最初に気付き、音のする方を向く。
「ビィーッ!!!」
 そこには、ゲーム機から手足のようにコントローラーが伸びたモザイクイーター……キャストの姿があった。

●レトロゲーム・ドリーム
「大人も子供も、お姉さんも相手だ。行こう」
 キャストの鳴き声に顔をしかめながら、ニコラスが号令をかける。
「まずはバフを重ねるのがRPGボス戦のお約束っしょ」
 紅瞳覚醒で前衛へ盾を張るあるけみぃ。
「なるほど、確かにそうだねぇ。むこうはいてつく波動とかも使わないだろうし」
 ティユも更に紙兵を散布すると、味方を守るべく身を固めた。
「命中率は……121%なら上々じゃの。にょほほ、デバフは効くかのう?」
 スナイパーのみことは改造スマホをタッチペンで操作すると確実に洗脳電波をキャストへと当てて行く。
「ビ、ビィーッ! ビビーッ!」
 電波をくらってよろけるキャスト。ダメージは与えたものの、催眠のバッドステータスは入らなかったようだ。
「白いのも頼む!」
 宝のナノナノもめろめろハートでキャストを狙う。
 ハート光線をガードしつつ、反撃するべくキャストはコントローラーを動かした。
 流れる謎の合成音声。
『サラマンダーより、ずっと速い!』
 聞く者を怒らせる平静喰らいの音波攻撃がレーチカを狙う。
「やめなさいよ、それは私のトラウマなのよ!!」
 レーチカが直撃を食らって怒りだす、そのすんでのところで宝が割って入る。
「よし……間に合った!」
 宝のウィッチオペレーションだ。初手はライトニングウォールのつもりだったが、活性化するのを忘れたらしい。
 メディックの追加効果でキュアも発動し、すぐにトラウマを解消させた。
「助かったわ……まさか私のトラウマと向こうの攻撃が被るなんてね……」
 少なからず精神ダメージを受けたレーチカは、お返しとばかりに改造スマートフォンを凄まじい指さばきでいじりだす。
「なさけむよう! トラウマにはトラウマを……残虐行為手当をいただくわよ!」
 ネット掲示板に高速フリックで『じゅもんがちがいます』『【悲報】後戻りできないラストダンジョンでセーブしてしまった』などとネット住民のトラウマを刺激するエピソードを投稿していく。
「さあ思い出しなさい、心の奥底に眠る忌まわしき記憶……うっ、頭が……」
 ネット住民のトラウマをパワーにしたエネルギーは若干自身をも巻き込みつつキャストを襲う。
「ビィーッ!!」
 エネルギー攻撃を受けて路地裏のゴミ箱に突っ込むキャスト。
 ゴミまみれになりながら、キャストは何かを聞いた。
『……ナンテダッセーヨナー』
「キャストが喋った!?」
「いや、あれは先程と同じ内臓された合成音声だろう」
 驚愕するメロウにニコラスが冷静に状況を分析する。
「……あれが、トラウマのようだ。しかし、その自虐と時代を先取りするのがおまえのいいところだったじゃないか……何をトラウマに思うことがあるんだ! 胸を張れ!!」
 ドラゴニックミラージュで攻撃しつつもキャストを叱咤激励するニコラス。やっぱり冷静じゃなかった。
「えーと……とりあえずチャンスですよね」
 メロウはバトルガントレットをつけた両こぶしを打ち据えると、両方の腕に力を纏わせる。
 右腕には破壊のオーラ、左腕には癒しの淫気。
「あなたに『キャスト』をっ! あのハード史に燦然と輝く名作機を名乗る資格はありませんっ!!」
 叫びながらキャストの懐に飛び込むと、無限大のマークのように上体を動かして両の拳で殴りつける。
 破壊と癒し、また破壊。怒涛の連続攻撃だが、倒れることは許されない。その攻撃にキャストの心へさらなるスキが生まれる。
「安心してください、あなたが一番面白いですよ」
 殴りながら耳元でささやくメロウ。キャストの動きが鈍った、その瞬間。
「ウーソーでーすー!」
 最後の一撃が強烈に叩き込まれる。
 吹き飛ばされ、道路の側溝へ落ちるキャスト。メロウはトドメに言い放った。
「ごめんなさい、私は『ステーション』派です」
「……その言葉、ビルシャナとして悟りを開くやつも出てきそうだし、あたしは聞かなかったことにするよ」
 焔はチラリとニコラスを見つつガトリングガンをキャストへと突きつける。
「あなたは倒れたままなのか? 買う権利をくれるんじゃないの?」
「ビ……ビィーッ!!」
 ゴミにまみれ、薄汚れてもそれでもなお立ち上がるキャスト。
「炎のタマ~~!! 16連射ッ!!」
 焔のガトリング連射を躱すように跳躍し、跳び蹴りを見まおうとする。
「月面宙返(ムーンサルト)り!」
 しかし焔は読んでいたようにスターゲイザーで迎撃し、キャストを撃ち落とした。
「飛び道具で跳ばせて対空技で落とす……某アメリカ軍人スタイルじゃ! 卑怯じゃが効果的な戦術じゃな……レインボーなら瞬間移動でかわせるんじゃが」
「某アメリカ軍人の対策……たしか、向こうも飛び道具を使う、だったね」
 ティユの懸念通り、倒れたキャストは起き上がりに知識喰らいを放ってきた。
「ビィーッ!!!」
 16tと書かれた分銅がティユへと投げつけられる。
「ぐっ……!」
 予想していた分、なんとか攻撃をガードするティユ。だが、その隙にキャストは至近距離まで接近していた。
「ビィーッ!!」
「くっ……!」
 心を抉る鍵が、ディユのトラウマを心の奥から開け放つ。
「何故かな、クリアしたと思ったら1ステージ目からアイテム取ってこいと強要されている……」
「ティユ……! ダメだ! 松明は取るんじゃない!! あれは罠の武器だ!!」
 宝も同じトラウマを抱えていたのだろう、ティユの現状を理解した様子でウィッチオペレーションで治療をする。
「危なかった……腕輪を取りにいくところだった……」
「そろそろ、引導を渡してやんよ」
 お返しとばかりにあるけみぃがハンドマイクを握り、ギター内臓PCから音声読み上げソフトを5人分起動する。
「ほいほいっといっちょ行ってみよー♪」
 そして、同時に金切り声を上げた。
「~~~~ッ!!!」
 ピンク色の丸い悪魔を想起させる音の暴力。
「ビ、ビィ……!!」
 逃げられない全方位への攻撃、音の振動でキャストの身体が破壊されていく。
 ネジが外れ、コントローラーの手足がもがれて落ちる。
 ボロボロの胴体へ、最後はニコラスが魔導書の角でグラビティブレイクを叩き込む。
「脳天直撃、というやつだ。釘バットじゃなくて悪いな、キャス子……いやキャスト」
「ビィ―――……」
 そして最後は胴を構成していたハード機が粉々に砕けちり、永遠に沈黙する。
 最後の一撃は、切なかった。

●夢をつないで
「危なくなったらスタコラ逃げろ。驕れる者は……こうなる運命か」
 ボロボロに壊れたハードを見下ろして、目を閉じて黙祷するニコラス。
「被害は……あんまり出てないか」
「にゅふふ、精神攻撃が基本じゃったしの!」
「強さはともかく、インパクトのある敵だったねぇ」
 周囲の修復に回っていた宝とみこと、ティユもすぐに戻ってきた。
「後は被害者のござるを助けに行くか。んで、ついでにオススメのゲームについてでも教えてもらうかな」
 宝の言葉に食いつく仲間たち。
「それなら『キャスト』のいいゲームを貸してあげよう。帰ったら久々に引っ張り出してやろうと思っていたんだ」
「いえいえここは『ステーション』の古き良き名作を!」
「LSIなら大ダコの触手をすり抜けて海底のお宝を取るやつが……」
「スマホに友達紹介のリンクを送るから、チュートリアルクリアまでやってほしいのじゃ」
「聞いてない、そこまで聞いてないっての!」
 聞いていないことまで語り始めるのがマニアの良い所でもあり、悪い所でもある。
 ただ、彼らは皆、ゲームという同じ夢によってつながっている。
 思い出や楽しさといった感覚の共有。それこそがレトロゲームに限らず、ゲームの良さなのかもしれない。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 6
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