暁はただ緑色

作者:土師三良

●魔竜のビジョン
 水面から突き出た何本もの刀身が曙光を照り返し、海原を斬り進んでいく。
 いや、それらは刀身ではなく、背鰭だ。
『グリン』と呼ばれるようになった戦艦竜の。
 広大な海で生きているにもかかわらず、グリンの世界は狭かった。死角も盲点もない超感覚を有しているとはいえ、攻撃が届く範囲までしか認識できないのだから。
 しかし、グリンは恐怖や不安を感じたことはない。超感覚の届かぬ未知の世界からどのような敵が現れようとも、苦もなく返り討ちにできると信じていた。
 もちろん、それは間違いだ。
 
●ダンテかく語りき
「いまだに相模湾では戦艦竜どもが我が物顔で泳ぎ回ってやがるっす。そのうちの一頭……いや、この場合は一隻なのかな? まあ、とにかく、『グリン』という緑色の戦艦竜を倒すべく、第二次攻撃隊への志願者を募っている次第っす」
 ブリーフィングルームに集まったケルベロスたちの前で、ヘリオライダーの黒瀬・ダンテが語り出す。
「グリンは謎に包まれた存在でしたが、今はもう違うっす。第一次攻撃隊の皆さんが予想以上に善戦して、グリンの情報を山ほど持ち帰ってくれたんですよ。マジ感謝っす! というわけで、その情報を解説しまーす。まず、グリンの形ですが……手足がなくて、細長くて、剣みたいな鰭が背中に何本も生えてっるっす。その鰭だらけの背中を海面に露出させて泳ぐのが基本スタイル。装甲は硬質化した肌と半ば同化していて、特別に頑丈な箇所や脆弱な箇所があるわけではなさそうっすね。それと、魔法系のグラビティへの耐性が高いことも確認されているっす」
 第一次攻撃隊との戦闘の際も、ダンテが言うところの『基本スタイル』をグリンは固守していた。どんなに攻撃を受けても、背中を海面から出したままだったのだ。海中に深く潜ることを好まないのだろう。
「続いて、攻撃法っす。グリンのグラビティは三種類。緑の毒々光線! ギョギョっと驚くウロコ手裏剣! そして、尻尾ブルンブルン攻撃――略して、SBBK! あ、ちなみに各グラビティに名前をつけたのは自分っすよ」
 自慢げに胸を張ってみせるダンテ。『ドヤ顔のマニュアル』なるものがあるとすれば、そこには今の彼の顔が見本写真として載っているだろう。
「いちばん強力なのは毒々光線っすね。これはグリンの口から吐き出される魔法光線っす。軌道を曲げることができるので、真上だろうが、真後ろだろうが、右斜め四十五度だろうが、どの方向にも撃つことができるっす。もっとも、ぶっ放した直後に大まかに方向を定めることができるだけで、標的を自動的に追尾できるとかいう機能はありません。ただ、第一次攻撃隊との戦闘では、一度目よりも二度目の砲撃の命中率が上がっていたそうですから、気をつけてくださいね」
 おそらく、グリンは砲撃する度にコツのようなものを習得しているのだろう。とはいえ、調子に乗って連続砲撃すれば、見切り効果が発生し、プラスマイナスゼロ(場合によってはマイナス)になる可能性もあるが。
「ウロコ手裏剣はその名の通り、装甲についてる鱗を飛ばす技っす。ブレイクの効果がありますが、射程距離はさして長くありません。それに鱗は装甲のオプションみたいなもので、グリンの体内で生成されてるわけじゃないっすから、攻撃回数は有限でしょうね。最後にSBBK……まあ、これはそのまんまっす」
 続いて、ダンテはグリンの最大の特徴について語り始めた。
「グリンは視覚や聴覚にはあまり頼らず、魔法的な超感覚でもって周囲の様子を把握しているっす。視界の外に逃げたり、なにかの陰に隠れるのは無意味だと思ってください。とはいえ、超感覚の範囲はグラビティの射程距離と同程度で、しかも範囲外のことはまったく感知できないみたいっす。バカデカい図体と物凄い火力を持っているくせに、対人レベルの距離でしか戦えないってんだから、兵器としては完全に失敗作っすよねえー」
 しかしながら、強敵であることに変わりはない。
 その強敵の弱点ともいえる性質について語ることもダンテは忘れなかった。
「これも第一次攻撃隊の皆さんによって判明したことなんですが、グリンはすごく短気かつ単純っす。グラビティで怒りを付与するまでもなく、『おまえのかあちゃん、デベソ』程度の挑発で頭に血がのぼっちゃうんすよ。で、その挑発した相手を集中的に狙うようになるっす。さてと――」
 ダンテは皆の顔を見回した。
「――グリンの情報はそんなところっす。では、第二次攻撃隊へ志願してくださる方はこちらへ!」


参加者
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)
ヤクト・ヴィント(はくじけない・e02449)
ブレロ・ヴェール(鋼の食道楽・e05876)
イヴ・ノイシュヴァンシュ(嫉妬の超高速移動爆弾・e07799)
ルイアーク・ロンドベル(混沌を纏うメイド好き狂科学者・e09101)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)

■リプレイ

●BATTLE HYMN
 夜明けの海に白い航跡を刻んで、数台の水上バイクが走っていく。
 刀身が立ち並ぶ細長い小島を目指して。
「……戦艦竜グリン」
 慣れぬ手付きで水上バイクのハンドルを操りながら、夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)が『小島』の名を呟いた。その声は恐怖に震えているが、彼女が恐れているのはグリンだけではない。
 顔を少し引き攣らせて、暗い海面を不安げに見る。
「わ、私……泳げないのですが……あ! ごめんなさい、ごめんなさい」
 独白が謝罪に変わったのは、肩に乗っていた翼竜の化石のようなボクスドラゴンが『情けねえことを言ってんじゃねえよ』とばかりに頭をつついてきたからだ。
「だいじょーぶ!」
 並んで水上バイクを走らせていた稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)がテレジアを励ました。
「安心しなさいって。私たちはケルベロスなんだから、溺れることはあっても、溺れ死ぬことはないわ」
「そ、そうですよね……」
 ちっとも安心できなかったが(むしろ不安が増した)、テレジアはぎこちなく笑みを返した。
「そろそろ、グリンの超感覚の範囲に入るぞ」
 先頭を行くヤクト・ヴィント(はくじけない・e02449)が皆に言った。本来ならば、緊張感を生み出す台詞であるはずだが、『グリン』という安直きわまりない名前がそれを台無しにしている。言葉を発した当人であるヤクトもそのことに気付き、口元に微苦笑を浮かべた。
「グリーンを縮めて、グリンか……もう少しマシな名前にしてほしかったな」
「同感です! 同感です!」
 何度も頷いたのは重度の中二病を煩ったルイアーク・ロンドベル(混沌を纏うメイド好き狂科学者・e09101)。水上バイクを用意したのは彼だ。
「強敵には、中二テイスト溢れるドイツ語っぽい名前を付けるべきですよね。あるいは画数がやたらと多い漢字を使うとか」
「いや、それもどうかと思うが……」
「なんにせよ、相手が緑色でよかったじゃなーい」
 と、自身も緑をシンボル・カラーとする(?)ブレロ・ヴェール(鋼の食道楽・e05876)が話に加わってきた。
「これが紫色だった日にゃあ、ダンテは『パープルを縮めてパプル』なんて言ってたかもしれないわよ」
「お! こっちに気付いたようだぜ。そのパプル……じゃなくて、グリンが」
 千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)が前方を指し示す。
 刀身型の鰭の並ぶ背中が動いていた。ケルベロスたちに向かってきている。
 一瞬にして、ネーミング談義に興じていた者たちの顔付きが、死闘に挑む戦士に相応しいものに変わった。
「じゃあ、手筈通りに進めるよ」
 比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)の言葉に皆が頷く。ただ一人、ヴァオ・ヴァーミスラックス(ドラゴニアンのミュージックファイター・en0123)を除いて。
「本当に例の作戦でいくのか? 他にやりようがあるんじゃねえの? いや、俺はべつにビビってるわけじゃないぜ。マジでビビッてねーし。ぜっんぜんビビッてねーし。でもよぉ……」
「ふふっ……ふふふ……ふははははははははっ!」
 ヴァオの泣き言を封殺するかのように芝居がかった高笑いが響く。
 声の主のであるルイアークは水上バイクの上に立ち、両腕を広げていた。背後に雷雲がないのが惜しい。
「なにを言ってるのだ、ヴァオ! この作戦は完璧! そう、完璧ではないか!」
「なぜ、わざわざ口調を変える?」
 アガサが呆れ顔で尋ねたが、ルイアークはそれを無視して語り続けた。
「我が目には見える! 汝らにも見えるはず! 緑の屍と化したグリンの姿が! さあ、剣を取りて、前へ進め! ただ、前へ! ひたすら、前へ! 行き着いた地で汝らは出会うであろう! 栄光の接吻をもたらす勝利の女神にぃー!」
『混沌を呼ぶ<ルイアーク・ハリケーン>(コール・オブ・カオスワールド)』によって操られたドローンがルイアークを含む前衛陣――吏緒、ヤクト、テレジアの周囲を回り始める。
「そういうノリにはついていけないが――」
 ヤクトがまたもや微苦笑を浮かべる。
「――なんだか、力が沸き上がってきたように思える。気のせいかな?」
 気のせいではない。『混沌を呼ぶ<ルイアーク・ハリケーン>』はルイアークの言動によって攻撃力を上昇させるグラビティなのだから(周囲を回るドローンには特に意味はないらしい)。

●BURNING
 ルイアークに続いて、テレジアもドローンを飛ばした。ただし、彼女のそれは普通のヒールドローンであり、対象は前衛ではなく、後衛だ。
 後衛の一人であるアガサが水上バイクのスピードを上げた。
 同時にヤクトが海に飛び込んだ(『水中活動』を有する防具を着ているため、海の中でも呼吸はできる)。グリンの巨体の下に回り込み、『紅水』と名付けたチェーンソー剣を振るう。鋸刃から放たれた重力弾『スロウショット』がグリンに命中した。相手にただダメージを与えるだけでなく、攻撃の感覚を狂わせて命中率を下げるグラビティだ。
 そして、グリンの意識がヤクトに向かうよりも早く、海上のアガサが獣撃拳を打ち込み――、
「ここまでおいで、おバカさん!」
 ――そう言い残して、水上バイクをUターンさせた。
 彼女が移動した先にいるのは、晴香とブレロだ。
 赤いリングコスチュームをマインドシールドの光で染めて、晴香はグリンを罵倒した。
「さあ、拝ましてもらおうじゃないの。総身に知恵が回らない木偶の坊のバカっぷりを! 戦艦竜たちの間でも噂になってるらしいわよ! 『グリンの野郎は役立たずだ』ってね!」
 そこで言葉を切り、横にいるブレロを肘でつつく。
「ほら! あなたもグリンを挑発しなさいよ!」
「アタシ、挑発とか罵倒とか、よく判んないのよぉ。やったことないから」
 そう言って、ブレロは顔の下半分を覆う面頬を開いた。だが、そこから吐き出されたのは挑発の言葉ではなく、コアブラスターだ。
 エネルギー光線が一直線に飛び、グリンに突き刺さる。
 半秒後、轟音が響き、ブレロの光線の何十倍もの太さを持つ緑色の光線が撃ち返されてきた。グリンの主砲である。
「きゃーっ!」
 と、甲高い悲鳴を上げたのは女性陣ではなく、ヴァオだ。
 もっとも、グリンが不器用なためか、あるいはヤクトのスロウショットの効果によるものか(おそらく、その両方だろう)、主砲は誰にも命中しなかった。
「どうやら、敵は誘いに乗ってくれたようだ」
「うん。うまくいきそうね」
 アガサと晴香が頷き会う。短気かつ単純なグリンを挑発し、攻撃を後衛に集中させること――それがケルベロスたちの作戦だった。
「ヴァオ、皆の防御力を上げて。イヌマルはパイロキネシスで攻撃して」
 アガサの指示に従い、ヴァオは(涙目になって、やけくそ気味に)バイオレンスギターを弾き始め、オルトロスのイヌマルは犬かきでグリンに向かっていく。
 もっとも、ヴァオの演奏する『紅瞳覚醒』はすぐにかき消された。グリンに投げつけられた罵詈雑言によって。
「このドヘタクソォ! 今の砲撃はなんだ? かすりもしなかったぞ! よく狙えよ、クソ蛇野郎!」
 口汚く罵っているのは、『挑発とか罵倒とか、よく判んない』はずのブレロだった。
「いったい、どこに目ェつけてんだ? おっと、そのデカい図体に似合わないちっちゃなお目々は飾り物だったっけかぁー。チョーカンカクとやらもたいしたことねえなぁ、おい!」
 罵るだけでなく、中指を突き立てている(グリンの超感覚はその下品なジェスチャーもしっかりと捉えていることだろう)。
 その様子をテレジアが見つめていた。少し身を退き気味にして。
「仮にグリンが短気じゃなかったとしても……ブレロ様の挑発は効果覿面だったでしょうね」
 彼女の肩に乗っているボクスドラゴンのコマが拍手でもするように骨の羽を打ち鳴らした。ブレロに向かって『いいぞ、もっとやれ』とエールを送っているのかもしれない。

●BLOOD OF MY ENEMIES
 怒りの矛先を後衛に向けているグリン。
 そこにイヴ・ノイシュヴァンシュ(嫉妬の超高速移動爆弾・e07799)が迫る。
 彼女の戦意を支えているのは、豊かなバストを持つ同性と所謂『リア充』たちに対する嫉妬なのだが――、
「――困った。今回の敵は巨乳でもリア充でもない。まあ、私よりも目立っているという点に嫉妬しておこうか」
 その呟きを耳にした吏緒がなんの気なしに言った。
「ある意味、ドラゴンはリア充じゃないのか? 沢山のドラグナーやオークや竜牙兵どもに傅かれているんだし」
「なるほど!」
 イヴの目が輝きを放つ。
「めらめらと燃えてきたー! 嫉妬の炎がぁー!」
 嫉みと妬みが詰まった黒いトラウマボールがグリンの背中に命中して炸裂した。
 その攻撃に紛れるようにして、吏緒もグリンに接近した。
「忍者じゃねえから、こういう戦い方は得意じゃないんだけどな」
 二本の惨殺ナイフを操り、ブラッディダンシングで装甲を斬り裂く。自分の気配を殺しながら。しかし、その必要はなかったらしい。グリンの怒りはまだ後衛(その中でも特にブレロ)に向けられているようだ。
 当然、水中戦を仕掛けているヤクトのことも眼中にない。
(「後衛の仲間たちが体を張っている間に削らせてもらうぞ。おまえの命と攻撃力を!」)
 ゾディアックソードの『陽炎』によるクイックドロウで、ヤクトはグリンを文字通り削っていく。
「皆さん、やってますねえ。私も負けていられません」
 ルイアークが水上バイクから飛び降りた。自動運転に設定された無人の水上バイクはそのままグリンの周囲を回り始める。あらかじめ録音されたルイアークの挑発の言葉を流しながら。
『やーい、やーい! グリンのバーカ! うんこたれー! やーい、やーい! グリンのバーカ! うんこたれー!』
 しかし、グリンの反応はない。
「ふむ。さすがに再生音の挑発に乗るほど愚かではなかったようですね」
 さして気落ちすることもなく、実験(?)の結果を心のメモ帳にしたためるルイアーク。その間も『やーい、やーい! グリンのバーカ! うんこたれー!』という声が戦場に流れ続けている。
「まあ、デコイにはならなくても、敵をちょっと苛つかせることぐらいはできましたね」
「味方も苛つくけどな」
 そう言って、玉榮・陣内がルイアークを自分の水上バイクに引き上げた。
 そこにアガサの叱咤が飛んでくる。
「なにやってんの、陣内! ちゃんと援護しないと、ビールを奢ってあげないよ」
「ビールより煙草のほうがいいんだが……」
 ぼやきつつ、陣内は『翠鳥ノ羽根』を後衛に施した。治癒力を上昇させるグラビティだ。その間も『やーい、やーい! グリンのバーカ! うんこたれー!』という声が戦場に流れ続けている。
 主砲の第二射に備えて、アガサは海面にサークリットチェインの魔法陣を描いた。
 彼女の前面にマインドシールドを展開させながら、晴香がグリンをなおも挑発する。
「ほらほら、撃ってきなさいよ! まあ、何百発撃ったところで当たらないけどね!」
「どうした、うすのろ? そっちが撃たねえのなら、こっちが撃ちまくって、黒こげにしてやるぜぇ!」
 ブレロがブレイジングバーストを発動させた。持ち主の罵声に唱和するかのようにガトリングガンが唸り、炎の魔力を帯びた無数の弾丸がグリンに突き刺さっていく。
「リア充、死すべし!」
 続いて、イヴがフォートレスキャノンを見舞ったが、グリンは細長い巨体を捻るようにして回避した。しかし、その巨体の一点に黒い染みのようなものがある。吏緒のブラックスライムだ。
「挑発して囮になってる奴らの――」
 後衛の面々に見えるように吏緒は拳を振り上げた。『攻撃は任せろ』というメッセージと感謝の意を込めて。
「――期待に応えないとな!」
 自分の何倍もの大きさの組織を浸食するバクテリアのごとく、ブラックスライムがレゾナンスグリードの形態に変じてグリンに食らいついた。その間も『やーい、やーい! グリンのバーカ! うんこたれー!』という声が戦場に流れ続けている。
 そして――、
「来るわ!」
 ――晴香が叫んだ。
 その声を砲の発射音が消し飛ばした。
 最初の砲撃よりも狙いが正確になっている。
 それに気付いたテレジアが咄嗟に仲間を庇った。
 緑の光線の正面に立った瞬間、ドラゴンによる惨劇の記憶がフラッシュバックし、恐怖が心を締め付けた。
 それでも――、
「逃げるわけにはいきません!」
 その声もまた主砲の轟音に消されたが、恐怖に立ち向かう意志までもが消えることはなかった。
 勇気の代償としてテレジアは吹き飛ばされ、弧を描いて海面を落ちた。彼女だけでなく、ヴァオも。直撃を受けたのはその二人だけだ。
「ここは私にお任せを!」
 と、ルイアークが陣内のバイクから飛び降りてヴァオの傍まで泳ぎ寄り、ウィッチオペレーションをおこなった。
「今、私の闇の力を授けよう……はあぁぁぁっ!」
「変なテンションでヒールすんなよぉ! あっちみたいな感じでやってくれ!」
 激痛に悶え苦しみつつ(その激痛が砲撃によるものなのかウィッチオペレーションによるものなのかは判らない)、ヴァオが『あっち』を顎で指す。
 そこではアガサがテレジアに語りかけていた。普段のそっけない言動からは想像もできない、優しい声音で。
「丈夫だから。安心して」
 声に合わせるかのように『白群(ビャクグン)』の柔らかな光が降り注ぎ、テレジアの傷を癒していく。
「……ありがとうございます」
 と、礼を述べるテレジアに頷いてみせると、アガサは鋭い目をグリンに向けた。
「今の砲撃は確かに一回目よりも狙いが正確になっていたようだけど――」
「――ある程度、こっちも見切れるようになったわね」
 ブレロが後を引き取った。
 後衛が囮になったのは、グリンの攻撃を主砲に限定するためだった(尻尾や鱗による攻撃は後衛には届かない)。同じ攻撃が続けば、それを見切ることも容易になる。使う度に命中率が上昇するとはいえ、どうやら、その上昇値は見切りの効果には少し劣るらしい。
「この作戦、成功ね」
 ブレロは会心の笑みを浮かべたものの、すぐに顔をしかめて怒鳴り声をあげた。
「もう! 誰か、あのうっとうしい声を止めてよぉ!」
『やーい、やーい! グリンのバーカ! うんこたれー!』

●BRIDGE OF DEATH
 後衛がグリンの注意を引き続けている間に他の者たちは攻撃を続けた。グリンにとって、皆の一撃あるいは一太刀が与えるダメージはさして大きなものではない。しかし、それらは累積していく。様々な状態悪化とともに。
 とはいえ、ケルベロスたちも無傷では済まなかった。攻撃を常に見切れるわけではないのだから。しかも、相手の一撃はケルベロスのそれよりも格段に重い。
『やーい、やーい! グリンのバー……』
 何度目かの主砲の発射音が轟き、敵と味方の両方を苛立たせていた無人の水上バイクが破壊された。
 被害を受けたのは水上バイクだけではない(そもそも、水上バイクは砲撃に巻き込まれただけであり、直に狙われたわけではなかった)。慣れぬ盾役をしていたルイアークが仲間を庇い、行動不能に陥った。
「さすが、リア充の戦艦竜」
 ルイアークにサキュバスミストを吹きかけながら、イヴが不適に笑う。
「たいした攻撃力だ。こいつはボコボコにし甲斐があるってもんよなぁ」
「いや、今日はもう『ボコボコ』にできそうにない」
 と、海中から姿を現したヤクトが言った。
「退き時だ。ルイアーク殿を含めて四人がやられ、コマとイヌマルも消されたからな」
 ルイアークを背負うようにして、後退を始める。
「とどめを刺せなかったのは残念だが――」
 ヴァオ(あの後もまた直撃を食らい、半死半生となっていた)を抱きかかえて、吏緒もヤクトの後を追った。
「――思っていたよりもダメージを与えることができたな。奴の力はもう半分も残ってないんじゃないか」
 こうして、ケルベロスたちは戦場から撤退――、
「――するように見せかけてぇー!」
 晴香が踵を返し、余力を振り絞って、グリンに襲いかかった。
 徒手空拳で。
「こうやって密着すると、敵の大きさっていうのを実感というか痛感しちゃうわね」
 グリンの横腹に張り付くようにして、晴香は全身の筋肉を総動員した。
「でも、デカい相手との戦いなんて、プロレスラーとしては日常茶飯事よぉー!」
 次の瞬間、グリンが海面から飛び出し、空中にアーチを描いた。その巨体に晴香がしがみついている……ように見えるが、それは違う。彼女がグリンを投げ落としてるのだ。『必殺! 正調式バックドロップ』と名付けられたグラビティによって。
 一瞬、皆の目に四角いリングが見えた。
 幻のリングの中央――海面にグリンの頭が叩きつけられ、巨大な水柱が上がる。
 その水柱とそれによって生じた虹をバックにして、晴香が皆の前に泳いできた。
 そして、満足げに笑ってみせた。
「あー、すっきりした」
 どこか遠くからゴングの音が聞こえてきたような気がした。
 第二ラウンドの終了を告げるゴングだ。
 だが、グリンはまだ死んではいない。
 第三ラウンドが待っている。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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