ドラゴンハント・セカンド

作者:真鴨子規

●破壊の病
 凪の海には死が蔓延していた。
 数えきれず諦めてしまうほど、木や鉄の破片が残骸として漂っていた。
 標的にされた者たちは決して、何か大それた禁忌を破ったという訳ではない。
 ただただ単純な話だ。歩き出すのに、踏み出した足が右だったか左だったか程度の差でしかない。
 だからそれは天災じみていた。
 ある海域を『ソレ』が目覚めている瞬間に航行してしまったために患った流行病。
 特効薬は存在しない。
 死は無限に広がっていく。
 怒れる竜の左眼が、疼く限り。

●カノンタートル来襲
「あのカノンタートルとの再戦をショモーするのだ!」
 パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)は諸手を握り締めて熱く宣言した。
「お望み通りの案件だよパティ。件の戦艦竜と再び相見える絶好の機会がやってくる。今回君たちには、クルーザーでこの海域へ向かってもらう」
 言いながら、宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は海図の一点――相模湾北の海を指差した。
「一応説明しておくが……。城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンのうちの1体だ。かの制圧戦で諸君らの進軍を阻んだ勢力だね。
 そして前回1度、諸君らとは別の部隊が交戦した相手でもある。その際の戦果としては、敵の攻撃についての情報と、3割強の手傷を負わせたこと、かな」
 討伐まではまだまだ掛かるが、初戦としては充分な戦果だったと言えるだろう。
「戦艦竜の特性上、与えた手傷は現在もそのままだ。とは言え、敵の戦力そのものが衰えた訳ではないし、今回で倒せるかどうかは……五分と五分、といったところだ。無理は禁物、更なるダメージを蓄積させたなら、撤退も選択肢として考えておくべきだろう」
 無謀な作戦を立ててしまうと、かえって悪い結果になるかも知れない、ということか。
「初戦で得られた情報を加味して、発覚した新たな情報をまとめておいた。確認しておいて欲しい」
 きぃは直筆のメモ書きがされたプリントを配っていく。戦艦竜の全貌も前衛的かつ大胆な画風によって再現されている。
「敵の攻撃全てが広範囲兵器だね。よほどのことがない限り重傷の心配はないだろうが、陣形を間違えれば大きな被害が出る。どのような布陣にするかが肝要だ。バッドステータスも上手く活用したいところだね」
 初戦の情報を最大限活用した作戦を立てたいところだ。
「今回の作戦で主になるのは敵に損害を与えることだろう。が、他にもまだ得られる情報が残っているかも知れないから、余力があったら気に掛けて欲しい」
 そうすれば、少なくとも次回の戦いでは、確実にとどめを刺すことができるようになるはずだ。
「この2戦目、果たしてどのような戦いになるか。それは私にも分からないがね。諸君ならば、初戦に負けないほどの戦果を残せる。そうだろう?
 さあ、それでは発とうか。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
御陰・陽(アホ毛龍・e00492)
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
シルキー・ギルズランド(呪殺系座敷童・e04255)
左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)
志臥・静(生は難し・e13388)
ルイン・エスペランサー(黒剣使い・e14060)
カーリ・ノルマン(樹海の狩人・e17981)

■リプレイ

●捜索
 風の無い大海原だった。
 1台のクルーザーが飛沫を上げ、真っ青の海を進んでいた。
 そしてその船上には、乗組員の全員が双眼鏡ないし望遠鏡を覗き込んでいるという、一種異様な光景になっていた。
「むー。何か見当たらないかなぁ」
 その中の一人、御陰・陽(アホ毛龍・e00492)は尻尾をぶんぶん振り回しながら周囲を警戒する。その姿は少し楽しげだった。
 海は穏やかと言っていいほど静かで、海上から確認するに、標的らしき影は映らない。
「今度こそあの竜――カノンタートルを倒すのだ!」
 この戦いに、前回標的と相対したメンバーは少なくない。パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)もそうだった。必ず打倒するという意気で望んでいる。それは多かれ少なかれ、他の面子も変わりないことだ。
「敵影……なし」
 緊張気味の表情で、ライフルのスコープを望遠鏡代わりに辺りを見渡すのは、カーリ・ノルマン(樹海の狩人・e17981)だ。
 その傍らにいる大分ふっくらとしたナノナノ『肉だんご』もキョロキョロとして甲板で落ち着かない。
「本当、見当たらないね……」
 シルキー・ギルズランド(呪殺系座敷童・e04255)が呟いて応える。双眼鏡を手に、僅かな変化も見逃すまいとしてはいるが、なかなか成果は上がらない。
「指定された海域は、ここで間違いないんだよね?」
 ルイン・エスペランサー(黒剣使い・e14060)が振り返って、誰ともなく問う。頷いて応えるのは志臥・静(生は難し・e13388)だ。
「相模湾北の海。正確には、まだ中央寄り――」
 静が言い終える直前、異様な音が鳴り響いた。太鼓を間近で叩いたような、腹にずしりと来る重い音だ。
 突如として、次々と水柱が上がる。クルーザーは波に煽られ、メンバーは手近な鉄柵に掴まって難を逃れる。
「おい、砲撃を受けておるぞ!」
 飛ぶ海水を払い除けるようにして、左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)が言う。爆発音の中で、自然とその声は叫び声になっていた。
「次が来る前に飛び込め!」
 御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)が率先して海中へと飛び込んでいく。それに全員が一斉に続く。
 海の中へ潜った先で、その影を真っ先に認めたのはかなめだった。指差して仲間に知らせる、その先には――黒く巨大な影が沈んでいた。
 全員が浮上して息を整える。
「いた。距離は不明……少なくとも、300メートル以上は先」
 カーリが目算する通り、まだ距離はかなりありそうだった。最装填までおよそ60秒。仮に撃たれても、ケルベロスならばかわせないことはないが、クルーザーでは外れることを祈るくらいしかできないか。
「海に潜ってようやく見付けられる感じだね。索敵は海中でやるべきだったかな」
 陽が濡れた髪をかき分けながら言う。
「ともかく、会敵なのだ。今回こそ、きっと倒すのだ!」
 パティの声に全員が頷いて、もう一度潜水し敵へと近づいていく。
 こうして、2度目のドラゴンハントが開始された。

●逆鱗
 敵の様子は、以前のようでもあり、以前より変化したようでもあった。静は何とも言いがたい気分になる。その形相。怒りに任せて砲弾に点火する様は、どちらであれ危機感を覚える代物だった。
(「どうやら逆鱗に触れちまったか?」)
 だとしてもやるべきことは変わらない。ジョブレスオーラで自身を強化し、手にしたナイフに力を込める。
(「あの亀の背中には乗りたくない……竜宮城じゃなく、行きつく先は地獄だろうから……」)
 敵の左側面を選んで泳ぎ、シルキーは牽制のサイコフォースを放つ。
 敵の左眼には生々しい傷が残り、時が経った今でも使い物になっていないことを物語っていた。前回戦闘時の置き土産。それを活用すべく立ち回る。
 砲塔が無機質な音を立てて動く。狙いはやはり味方前衛か。その幾つかは潰されたとは言え、範囲攻撃兵器としての脅威は失ってはいない。再び大海を揺るがす爆破音と共に、一斉砲撃が火を噴いた。
(「敵の攻撃は強力ですが……大丈夫です、支援はしっかり行ってみせます」)
 ステルスリーフを使いながら、カーリはやや後方へと下がる。
 今回の戦い、布陣は防御寄りで臨んでいる。手厚い防御と回復をもって長期戦を挑み、ダメージを蓄積させる狙いだ。殊に回復を担当するカーリらは、目まぐるしく動く最前線を常に注視し、臨機応変に対応していかなければならない。
 それは、同じメディックであるパティも同じであった。
(「今度こそ、敵の弱点を暴いてみせるのだ!」)
 メディカルレインで前列を回復しながら、パティは敵から目を離さない。敵の仕草、攻撃の反応から、ほんの僅かでもいい、情報を得ようとしている。
(「まあそれも、簡単じゃないってのは分かってるんだけどね」)
 陽はダメージの嵩んだルインに分身の術を掛ける。ディフェンダーである彼の意識もまた防衛に傾いている。敵の圧倒的な火力に対し、迅速に対応する構えだ。
(「こんな物はお遊びじゃ……轟け雷鳴……ちゅどん! と落ちて死に晒せぃ!」)
 かなめが放った札が敵の頭上へと飛び、魔方陣を展開する。
 陣はグラビティの雷を帯びて、雨雲のように敵を覆い尽くす。
(「雨柳轟招雷!」)
 眩い雷光と共に轟音が響き、電撃が敵へと殺到した。
(「初っ端から派手だねぇ。よし、こっちも行くか」)
 ルインは一気に距離を詰めると、落雷に続くように絶空斬を放った。
 戦艦竜は、立て続けに見舞われた衝撃に苛立たしげに吠える。
 その眼前を、クラッシャーの一翼、白陽が狙う。電光石火の蹴撃が敵の鼻先を直撃し、弾き飛ばす。
 重い一撃に戦艦竜は一度首を引っ込める動作をする。だがすぐさま持ち直すと、顎を大きく開いて次の攻撃へと転じた。意趣返しとばかりの電撃『雷吼砲』。深海に雷鳴が轟き、仇なす敵を屠らんと薙ぐ。
(「これは……少しきついな」)
 予想以上の敵の攻撃力に、陽はぼやきたくなる気持ちを抑えながら、回復の一手を打つのだった。

●予感
(「こいつ……! まだ落ちねぇのか!」)
 静の渾身の黒影弾を受けて、なお戦艦竜は沈まない。
 砲塔は開戦当初より更に5つ潰した。それでも火力は衰えた様子を見せない。
 テレビウム『きよし』による回復が静を守る。カーリの支援で前線を持ち直させる。それでも既に極限だ。攻撃の要が機能しなくなるのも、最早時間の問題だった。
「どうするのだっ! このままだと前衛が保たないのだ!」
 パティも重ね掛けで回復を施すも、仲間たちは目に見えて消耗していた。
「あと少し攻撃手がいれば――いや、それでは防御が足りんかったろうか。せめて前衛への攻撃を余所へ散らすことができたなら」
 パティに続いて浮上したかなめが口惜しそうに言う。
 全員が息継ぎのために一度海上に出る。既に開戦から十数分が経過していた。水中であろうと通常通り戦えるケルベロスと言えど、ここまで長期に渡る戦いは流石に堪えるものがある。
 白陽が全員を見渡し、ギリと奥歯を噛む。陽とルインの息が整わない。特に消耗が激しいのはやはりディフェンダーか。パティのボクスドラゴン『ジャック』も残っているが、既に消滅寸前に見える。
「あと1回……いえ、2回。耐えられるのはそれくらいでしょうか」
 全軍の体力を見て、カーリが試算する。次の一撃でディフェンダーが全滅し、その次でクラッシャーが……。その予測に、異論を挟む者はいなかった。 
「だったらあと一発、ボクたちの全力を叩き込んでやろう。それで倒せないなら、それまでだ」
 苦しそうに、しかし強い意志の宿った瞳で陽が提案する。
「ごめんなさい。なんとか、耐えて」
 シルキーが頷き、全員が頷く。
 最後の攻撃を。全員が目標を一致させ、標的へと立ち向かっていった。

●最後の攻勢
(「全てを肯定し、否定する力よ……ボクに力を、All and Nothing」)
(「影門――開放」)
 陽のマインドリングが光剣を生み、ルインの日本刀が黒化する。
 戦艦竜が咆吼し、全弾砲火を開始する。
(「おおおおおお!」)
 線と線が交差する。砲撃をその身に受け、幾度となく減速しながらも、陽とルインの刃が戦艦竜に――届いた!
(「お菓子をくれぬなら……お主の魂に、悪戯するのだ!」)
(「神をも貫き殺す宿木の一撃――逃れられはしないよ」)
 力なく浮上していくディフェンダー2人を断腸の思いで見送りながら、パティとカーリが戦線に立つ。
 パティは巨大なジャック・オー・ランタンと共に接近し、己の武器と共に振り下ろした。
 カーリの対DE20mm特殊徹甲榴弾が水流を物ともせず敵へと達し、砲塔の1つへと根付いた。噴煙と共に攻性植物がその身をくゆらせ、戦艦竜の動きを抑制する。
 内から、外から切り裂かれ、戦艦竜は怒号を上げる。
(「籠女……囲め……」)
 怨嗟の念が具現化した童巫女たちが戦艦竜を取り囲み、各々攻撃を加える。
「(――後ろの正面だあれ)」
 シルキーが背後からの一撃を加え、『呪怨の童巫女・カゴメカゴメ』が完成する。
(「大盤振る舞いじゃ! もう一撃食らっておけ!」)
 かなめの『妖華ノ札【雨柳轟招雷】』が再び落ち、雷鳴が海底を眩く照らした。
(「弱点があるとすれば……あの一撃!」)
 静は、白陽の旋刃脚が敵を襲ったとき、敵が僅かに首を引っ込めたのを見逃さなかった。それが弱点だったかと問われれば証明する手立てはないが、今は少しでもダメージを与えるべく、最善の一手としてジグザグスラッシュを選択し、傷口に叩き込んだ。
(「死にゆく者は無知であるべきだ。要らぬ煩悶は捨てて逝け――!」)
 最後の最後に。全身全霊を掛けた白陽の『無垢式・絶影殺』が敵の首筋を捉えた。傷はできない――しかし確かな一閃が敵を穿ち、致死の傷みを容赦なく与えた。
 戦艦竜の絶叫が海底に轟く。
 やったか――。
 誰もがそう思った瞬間、戦艦竜の顎(アギト)から電撃が迸り、ケルベロスたちを襲撃した。

●撤退
「ひゃあ、参ったのだ。体力が無尽蔵にもほどがあるのだ」
 倒れた前衛を背負って、パティたちは撤退を選んだ。倒しきるには、あと一手足りなかった。
「でも、敏捷が弱点かもって、静が言ってます。収穫はありました」
 その静を背負ったカーリが言う。だがその表情には満足なく、口惜しげだった。それは、この場の誰しもが同じだった。
「もう少し、バッドステータスの活かし方があったやも知れぬな」
 かなめが自身の戦いと共に後ろを振り返る。たらればを言えばキリがないが、接戦の末の痛み分けだ、黙って帰る気分にはどうしてもなれなかった。
「今度はきっと、倒そう」
 シルキーの言葉に、健在の4人は頷き合ったのだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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