止めた拳の向く先は

作者:木琴鶏

 今はもう使われていない廃材置き場。
「お前……やる気あんのかよ!」
 攻性植物と化した手で威かくする少年の声がコンクリートにひびく。
 対峙する男は無心にリンゴをかじる。その頭はやはり植物化しており、赤いリンゴが見事に実っている。
「俺の家、医者なんだけどな。1日1個はリンゴ食ったら医者いらずだって。俺ん家つぶれたら困るけど」
「うるせえ自慢か! ルールは分かってんだろうな」
「勝ったらそっちの頭悪そうなグループを丸ごともらえるんだよな?」
「ぶっつぶす」
 血がのぼりカッとなる。殴りかかろうとする少年を前に、果実を頬張る口元がニタリと笑んだ。

「茨城県かすみがうら市で若者グループ同士の抗争事件を予知しました。『負けたグループは勝ったグループの傘下に入る』というルールのもと、攻性植物化した者同士を代表で戦わせる、というものです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002) が背筋を伸ばしケルベロス達を見回す。
「若者が互いの力を顕示し合う……それだけなら介入の必要はありません。ですが、そこに攻性植物が関わっているとなれば話は別です。放っておけばデウスエクスの強力な組織となる危険があります。皆さんに攻性植物を撃破していただき、危機の芽を摘んでいただきたいのです」

「接触が可能になるのは夜、廃墟となった廃材置き場での決闘の場です」
 決闘当事者の1人は血気盛んな少年。経験は未熟だが、小柄な体格を生かし躍動感のある動きでこちらを翻弄してくる。
 もう1人はリンゴを頭に実らせた男。体力が高く頑丈、自らのリンゴを食べる事で回復もする。
「ケルベロスを共通の敵とみなし、2人同時に襲ってきた場合は勝利が難しくなります。1体でも攻性植物を確実に倒すため、立ち回りを工夫することが重要かもしれません」
 方法はケルベロス達に委ねられた。
「グループの他の若者たちはただの人間で脅威にはなりません。攻性植物とケルベロスの戦いが始まれば逃げていくでしょう。心配はいりません」

 説明しきり、ヘリポートに集まった面々に向き直るセリカ。
「私からの説明は以上です。……皆さんのお帰りを、心からお待ちしてます」
 やわらいだ口元からひそむ想いを垣間見せて、そう締めくくった。


参加者
シエナ・ジャルディニエ(小さな庭師人形・e00858)
サルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)
堂島・悠(自覚なき能力者・e05407)
ウィリアム・バーグマン(地球人のガンマン・e05709)
男女川・かえる(筑波山からやってきた・e08836)
皇・ラセン(サンライトブレイズ・e13390)
ハート・フィロソフィア(恋愛フィロソフィア・e22240)

■リプレイ

●止めた拳の向く先は
 少年とリンゴを実らせた男の決闘場となった廃材置き場は、今夜はいつになく喧しい。
 状況はといえば、少年が圧倒的に劣勢だ。意地で立ち続けているが踏み込む足もおぼつかない。
「ベソかいてんじゃねえぞボクちゃーん!」
「おいマジで? マジでリンゴにやられちゃうの?」
『うるっ……せー!』
 どちらのグループともつかぬ野次が飛び交い、廃材の影や隠密気流などで身をひそめていたケルベロスたちは眉をひそめる。自分たちの代表に対して、負けそうになったら手の平を返すなど下世話なものだ。
 しかしそれよりも、戦いの行方に集中するほうが重要だ。勝敗が決する前に、弱っている方を倒すつもりだからだ。
 ――そして男に喰らった一撃で少年が膝を折ったそのとき。
「ちょっと待ったー! そこまでだよ!」
『『!?』』
 物陰から男女川・かえる(筑波山からやってきた・e08836)が飛び出す。構えているのは彼自身の攻性植物を巻きつけたアームドフォートだ。
 武装したケルベロスたちが一気に姿を現す。
「子供は寝る時間ですよ。ここからは狩りの時間です」
 呆気にとられている若者たちの前に、先ほどまで周囲にまぎれていたトリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)がガトリングガンを構える。
 物騒な武器を持つガタイの良い男の脅しに震え上がった不良たちは、戸惑いながらも散り散りに逃げ去ってゆく。
「それじゃあ、ちょっとかわいそうだけど。いくよ!」
『なんだ!?』
 かえるの主砲は少年めがけて一斉発射。
 不意の強襲に、少年は対応できなかった。
『ぐはっ……』
「Mi scusi, 最善の方法を取らせてもらうぜ」
 続き、素早くサルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)が少年の前へ躍り出る。
 すべきことは分かっている。「バンビーノたちの争い事に手を出すのは大人のする事じゃないんだけどな」と独りごちて。
「Addio.」
 一層低く、響く声。
 サルヴァトーレの『裏切り者への制裁(コキュートス)』の寒々しい激流が少年を飲み込み、壁に打たれた少年は攻性植物が消滅。
 そのまま、ついぞ動かなくなった。
 呆気にとられていたリンゴの男がサルヴァトーレを見る。
『あーあ。ほんとうにやっちまったのかよ』
「弱い者は淘汰される、仕方のない話だ。それを知っての決闘だったんだろう?」
 笑みをうかべてはいるが物言わせぬ鋭い眼光に、茶化そうとした男は言葉に詰まる。
「Question... この市って一体いくつの攻性植物グループがありますの? こうも攻性植物達を利用して好き勝手やる人達が多いと気が滅入りますの」
 攻性植物を愛するがゆえに嘆くシエナ・ジャルディニエ(小さな庭師人形・e00858)、ウィリアム・バーグマン(地球人のガンマン・e05709)、堂島・悠(自覚なき能力者・e05407)が男へと迫る。
「決斗に水を差すのはあまり好みじゃない、が……」
 多人数に囲まれ動揺する男を見て、苦笑するウィリアム。勝負をぶち壊すことは好まないが、見逃せないことも事実だ。その隣で銃を構える悠も同様だろう。
「Demander... あなたはその子達を利用して何をするつもりですの?」
『……は? ファイトだよ。命をかけたファイト。気持ちイイだろ。トロフィー代わりに手下も増やせるんだ』
 想像通り、まったく気持ちの良い返答ではなかった。シエナにとっては、攻性植物が身勝手な欲望のために利用されていることには変わりない。
 同じように嘆かわしいと感じているのか、皇・ラセン(サンライトブレイズ・e13390)も呆れ、その表情は冷めきっている。
「はいはい、お楽しみは終わりね……どこでそんなもの手に入れたか知らないけど、このままじゃ人類の敵になっちゃうんだ。ケルベロスでもないんだから、使いこなせるってわけじゃないのにさ」
『ハッ。お前ら……ケルベロスか』
 男は赤い果実を手にとる。
『力の恩恵が得られるのはケルベロス様だけじゃないんだよ』
「ケルベロスでもない身では飲み込まれて終わりでしょうに、ということです」
 ハート・フィロソフィア(恋愛フィロソフィア・e22240)が静かに、虚勢を押しのける。
「人類の敵の力を使い己の力を高めようだなんて、全くもってナンセンス。あなた方のように無粋な者に愛しい方々が傷付けられるだなんて、到底許せることではありませんもの」
 かりそめでも守ると決めた、『愛しい人』――仲間の前に立つハート。
 常人の領域を踏み外した代償は大きいと、男は気づいていない。
 しかしケルベロスたちの覚悟は決まっているようだ。

●力という魅惑
「そこを動くな!」
 男はあわよくば逃げる機会を探っていたが、トリスタンのゼログラビトンによってそれも挫かれた。寡黙ながらに行動は速く、バスターライフルに持ち替えて光弾を射つ。
『クッソ……!』
 見事に射抜いた。弱体化による足止めの効果はさほどでもないが、想像以上のダメージに男はよろめく。
「ラジン!」
 シエナの声で、ボクスドラゴンのラジンシーガンが勢い良く突進。
 男は廃材の木の山に突っ込んでラジンシーガンのタックルを回避し、地についた手を「埋葬形態」に変形させる。
『飲み込めえぇぇぇ!!』
「いけないッ……!」
 自身の身体がぐらつくのを感じながらハートが叫ぶ。反射的にウィングキャットのジャックが素早く動き、毛玉のような身体がラセンの下へ滑り込む。
 かろうじて避けた者もいたが、前衛をほぼ直撃。足元からの襲撃に多少混乱を見てとると、シエナがメディカルレインでケア。それでも回復しきれない負傷もあった。
 ウィリアムが仕方なしと苦笑しミミックのラバーラに指示弾を放つ。箱の中から放出されたエネルギーは即座に味方へと力を与える、まさに『Gift from coffin(カンオケカラノオクリモノ)』だ。
「これで三日間は野草汁か……」
 どうやらエネルギーとなったのは彼の食材や薬らしい。この後しばらくの生活を考えるとやりきれないものはあるが、心中を知ってか知らずか相棒のラバーラは意気揚々と敵へ喰らいつく。
 ラバーラが離れると、悠が男の実り良い頭を正確に狙い撃つ。ふと、なんてことのない疑問が頭をかすめたのは、戦いの緊張と高揚のせいかもしれない。
「リンゴよりもトマトのほうが良さそうですけど」
『ああっ!?』
「健康の面で、です」
『なぁに言ってんだよ、リンゴが好きなんだよ俺は。甘くて、食べやすくて、スベスベしててさ』
 先ほどまで余裕が無かったというのに、途端に尊大さを取り戻す男。
 常に相手を小馬鹿にしたような態度は、気弱さの裏返しだということだろうか。肩をすくめた悠の横から、両拳を握ったラセンが男に迫る。
「どっちも美味しいし、そっちの好みとかどうでもいいんだけどさ。覚悟はいい?」
『へっ。分かってねえ、な……?』
 不意に見るラセンの姿はみるみる変貌してゆく。
 全身は黒く染まり、目のみが赤く紅く輝く異形へと成る。
「真なる悪の前では、塵芥な存在の諍いなど……児戯に等しい」
 地獄化した腕は異様なオーラを放ち、『憑神覚醒・悪神之法(アンラ・マンユ)』の力を得た拳がめり込んだ部位を焼く。
 男は痛みと恐れで情けない声をあげ、地面をころげ回った。
『お……お前ら何なんだよ! 俺が何したっていうんだ!』
「リンゴくんが攻性植物でやっていることは、いつかリンゴくんの家族の命も脅かすことになるんだ。ボクたち、茨城の平和を守らなきゃ」
 かえるの答えに男はピンとこない顔のままだが、思うところがあったのか黙って後退る。
 男は少年との戦いから連戦なこともあり、治せない負傷が目立ってきた。頑丈とはいえ、攻撃を喰らい続ければ……結末は簡単に予測できる。
「出来る限り邪魔させて頂きます、ご容赦くださいね」
 ジャックが引っかけば、ハートが舞う。ふわりと広がる長い鮮やかなローズレッドの髪がなびき、男をかすめる電光石火は旋刃脚。
 避けながらも、冷や汗をかく男。
 剣を構えるサルヴァトーレが詰め寄る。
「ここまで危機感がないとはな。ずいぶん良い環境で育ってきたんだろうが、残念ながら……お前も此処までだぜ」

●命の使い方
 短期決戦を望んで挑んだケルベロスたち。
 男は、八人を相手取るには到底実力が足りなかった。
 決着は時間の問題だ。
「根性だけは買ってやってもいいんだがな」
 戦いが長引いても余裕の笑みを崩さないサルヴァトーレが星天十字撃を見舞い、傷にはウィリアムとハートがヒールグラビティをほどこす。
 この男たったひとりでは、チームワークで臨むケルベロスに、勝ち目などなかった。
『くっそ……くっそおォォォォ!』
「!」
 男は苦悶の声をあげながらトリスタンめがけて攻性植物で掴みかかる。
 トリスタンは肩を襲う痛みにうめき声をあげるも、頑丈な腕で引き剥がした。
「トリスタンさん、回復を……」
「いえ。それよりも、やつです」
 近づくハートにトリスタンは首を振り、標的を見据える。
「それじゃあ悠くん、つづけていこー!」
「そうですね」
 かえるは戦況に関わらず朗らかだ。悠は迷いなく同意する。
 かえるのストラグルヴァインが敵をつかみ、悠のサイコフォースが爆破。追い打ちとばかりにトリスタンがガトリング連射を見舞う。
 ボロボロになった果実が足元にゴトリと落ちる。
『うわ……うわぁ……。い、いやだ……』
 這うような男を見てウィリアムがほんのすこし、悲しそうにした。
「若気の至りか、俺も多分そうだった、だが……命を奪う事だけは駄目だ。人の命を軽く見るな」
 男に生きる道があるならと思っていた。
 だが、攻性植物の力で他者を圧倒することに興じるなどと、自ら貶め享楽に使われた男の命。
 そして、そんな男に奪われる命も。
『いの、ち……』
 うつろな目で反芻する響きは、言葉の意味を忘れてしまったかのようだ。
「守りたいものも、あなたの愛しい人も無く、それで良かったのですか?」
 ハートがささやいて。マーメイドラインのドレス姿の可憐な見た目と裏腹に、細く白い指先は男の気脈を断ずる。
「ヴィオロンテ!」
 シエナが呼べば、彼女の攻性植物がうごめく。シエナは攻性植物をできるかぎり保護することを望み、戦いの最中にも男を注意深く観察していたのだ。
(「その子の為にも……!」)
 痛切な思いとともに、ヴィオロンテが男に喰らいつく。
 そして。
「こいつで終わりだよ。今さら悔いたって、もう遅すぎるさ……」
 一閃。ラセンの旋刃脚。
 果実はもう、実ることはない。

●止めた拳を見届けて
「あむっ……後味悪いっていうかすっきりしないねぇ。……願わくば、普通の人はこっち側に足を踏み入れないでほしいもんだ」
 ラセンがデウスエクスの魂を喰らい、トリスタンとウィリアムは廃材の木と石で簡易な墓を作って二人を埋葬した。
 辺りは静まり返っている。
 グループの若者は一人残らず立ち去り、攻性植物を倒したいま、ここにいるのはケルベロスたちだけだ。
「vain... わたしはいつまで自分勝手な人達の為に攻性植物を倒さなきゃいけないのでしょうか?」
 やり切れない気持ちを抱えるシエナに、ラジンシーガンがそっと寄り添う。
 サルヴァトーレはすべきことを遂げ、戦いの中での殺気は消えていた。
 彼の生き様がそうさせるのだろうか、笑みをかたどる顔の真意は分からぬまま、少し離れた場所から仲間を見守る。
 トリスタンが墓の前にしゃがみ、目を伏せる。
 家族のもとに戻せなかったが、せめてもの弔いになるようにと。その間、たくましい背中は何も語らない。
 ウィリアムは墓を見つめ、届けたかった言葉を心の中でもう一度、繰り返す。
 人の命を軽く見るな。
 それが男に届いていたのかは分からないままだ。
「帰れるといいね。いつか、この空の下にいる家族のところに」
「……ええ。そうですね」
 かえるとハートの言葉に、悠も夜空を見上げる。
 空は闇に満ちているが、瞬く光が一瞬だけ見えた。

作者:木琴鶏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。