宵闇に目覚めしもの

作者:林雪

 ブォン、と空を切る低い音。次の瞬間、衝撃とともにアーケードの屋根がガラガラと崩れ落ちた。夕方の雑踏をも吹き飛ばすような恐ろしい声で、ドラゴンが吼えた。
 本能でわかるのか、ドラゴンは目覚めと同時、まっしぐらにアーケードを目指した。多くの人々が集い、思い思いに買い物をし、食事をし、笑いあう場所。そんな場所こそが、何より素晴らしいエサ場であることを、ドラゴンは知っている。
 動かない翼を苛立たしげに震わせ、強烈なテイルの一撃を、次々とアーケード内の店にたたき込む。壁が崩れ、恐怖におののく人々の姿が、ドラゴンの瞳に映った。さあ、今こそ枯渇したグラビティ・チェインを体中に漲らせる時だ。ぎらりと目の奥を光らせ、殺戮の幕開けだとばかりに、鋭い鉤爪が、悲鳴ごと人々を斬り裂いた。

「うっす、事件っす! 佐世保市マジピンチっす。ドラゴンの復活っすよ」
 オラトリオのヘリオライダー、黒瀬・ダンテが、前のめりに切り出した。
「長崎県佐世保市の街中に、復活したドラゴン出現っす。目覚めたばっかのドラゴンって、寝ぼけてるっつうか、グラビティ・チェイン足りてねえんで、弱ってんすよね。だもんで、こいつもまだ飛べない状態っす」
 幾分表情を引き締めて、ダンテが続ける。
「そんで、こいつの目当ては人間を効率よく大量に殺して、グラビティ・チェインを補充することっす。補充が済んだら、飛べるようになっちまいます。その前に、ビシッと撃破、決めちゃって下さいっす! 頼りにしてます、ケルベロスの皆さん!」
 そう言って、ダンテはキラキラと妙に澄んだ目で、部屋に集ったケルベロスたちを見回す。
「場所は佐世保市の駅前、ここ、日本一長いアーケードがあるんすよ。アーケードの入り口は南北にひとつずつ。今ドラゴンが向かってんのは、南の方っす。市民の皆さんには、北口に抜けて避難してもらってるんで、南口に引きつけといてここで撃破出来れば、まず、人の被害は食い止められるっす」
 ダンテがパチンと指を鳴らすと、アーケードの南入り口が映し出される。屋根は、鉄製のパイプを縦横に組み合わせた、網目状のデザインになっている。
「今回自分、このアーケードの屋根の上に、皆さんをお連れするっす。ドラゴンの目の高さに近づくんで、気を引きやすいと思うんす。なんせ、でかい相手っすからね」
 と、自分の頭上高くに片手をひらつかせて、ダンテが説明する。 
「弱ってるっつっても、ドラゴンはドラゴン。超硬化した爪の強烈な一撃や、テイルの一振りで皆さんを一掃しようとしてくるっす。それと、今回のヤツは毒のドラゴンブレスで全体攻撃してくるんで、要注意っす。で、大事なとこっすけど!」  
 ぐっ、とダンテが拳を握りしめる。
「今も言った通り、ドラゴンはとにかくでかいし、爪もウロコも固いし、長い尻尾振り回すし、歩くだけでも道路や街路樹に被害が出るっす。このへんは最終的にヒールをかけて修復することになりますんで……何が言いたいかっつーと、ビル、建物、アーケード、街灯、多少ぶっ壊しても元に戻りますから、そのへん気にしないで思いっっっきし戦っちゃって下さい! ってことっす。確実に撃破しないと、なんか……イヤな予感もするんすよね、この事件。大きな災いの前触れ、みたいな」
 一瞬声を低めたものの、すぐに顔をあげると、ダンテはまたしてもキラキラと憧れの視線をまき散らし始めた。
「そんなわけなんで、皆さん、一発カッコよく、大暴れしてきちゃって下さいっす! 自分、応援してるっすよぉー!」
 イケメンからの黄色い声援、という不思議なものに苦笑していた桐生・冬馬が、ふうと息を吐いて呟いた。
「ドラゴンですか……戦士なら一度は戦ってみたい相手です。おや、不謹慎でしたかね」 


参加者
サーペント・サウスゲート(荒廃のブラックバレル・e00093)
槙・杪葉(ファンタシースター・e00567)
風藤・レギナエ(啼き喚く極楽鳥・e00650)
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
多賀・成貴(斬獄世・e00821)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
ロイ・リーィング(勁草之節・e00970)
辰・麟太郎(剣花角・e02039)

■リプレイ

●ケルベロス、降下!
 街はまだ、宵闇に飲まれきってはいなかった。今まさに水平線のむこうへと姿を消そうとする夕陽の残光が、ヘリオンから一斉に飛び降りたケルベロスたちを赤く染めた。オラトリオの美しい羽根が、一斉に大空でひらめく。きらきらと光を弾きながら、戦場であるアーケードの屋根に、戦士たちが舞い降りた。
 誰より素早く着地したアラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)が、くるりと辺りを見回す。眼下のアーケードを北へ抜けて、避難している人の波。しかしそれをまだ、己にせまる危機なのだと認識せず、映画か何かのように眺めている人々もいるようだった。
「成る程、確かに長い。店の数も多そうだ」
 時を同じくして降り立った多賀・成貴(斬獄世・e00821)が呟いて、興味深げにアーケードを見渡した。彼の仕事場を吟味して首を返し、視線の先にドラゴンを捕らえる。
 降り立つ前から、そのドラゴンの姿に釘付けになっていたロイ・リーィング(勁草之節・e00970)が、まだすこし遠くで吼えるドラゴンの声に、耳をぴくつかせた。興奮が抑えきれない、という風に。敵はズシンズシンと地響きをたてて、そこにせまってきている。
「おうおう、こいつぁ随分デケェな。やりがいがありそうじゃねえか」
 そう言ってドラゴンを眺めるサーペント・サウスゲート(荒廃のブラックバレル・e00093)のブラウンの髪は最後の夕陽に赤く映え、その隣でゆったり煙管をくゆらせている辰・麟太郎(剣花角・e02039)が、無駄に道々を破壊しながら近づいてくるドラゴンを、寝起きの悪い奴だ、と笑う。
 同じくドラゴニアンのノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は着地と同時に空を見上げ、ボクスドラゴン、ペレの様子を気遣った。
 そこへ、風藤・レギナエ(啼き喚く極楽鳥・e00650)の、辺り一面をつんざくような甲高い声が響く。
「オレ達が来たから大丈夫!そのでっかい足を、人を踏む足にはさせへんでぇ!」
 と、ビシッとドラゴンの方を指さそうと持ち上げた指の先で、ちょうど今アーケードに降り立ったばかりの槙・杪葉(ファンタシースター・e00567)が、おっとっと、と、よろけてみせる。思わずええボケや、と呟いてしまったレギナエの言葉に、杪葉が笑顔で、でしょ? ボケは必要だもん! と答えた。
 ふっと場の空気が和む。しかしドラゴンはまだ己を持ち上げる力を持たない翼を禍々しく震わせながら、とうとうアーケード南口にたどり着いた。待ち受けるケルベロスたちの力をあなどっているのか、低く嘲笑うような声を出して、真正面から向かい合う。空気は一瞬で、戦場のそれへと変わった。

●戦闘開始
 全員が、用意していたハンズフリーの通信機器のスイッチを入れた。まさに全員の戦闘スイッチが入る瞬間でもあり、事前に打ち合わせていた作戦の開始の合図とも言えた。互いに声をかけ合い、助け合って戦う。シンプルで、最も効果的な作戦。巨大なドラゴンと対峙しても、誰ひとり怯む者はいない。むしろそれぞれが戦いへの喜びに瞳を大きくし、ふつふつと闘志をたぎらせる。
「サポ班、シーネちゃん冬馬くん聞こえる~? 街のみんなの誘導、よろしくね!」
「結構いるじゃあねえか。そちらさん、頼んだぜ」
 杪葉が明るい声で指示を出し、麟太郎が重ねた。彼の言葉通り、アーケードの中には存外まだ大勢の一般市民が残っていたからだ。シーネと冬馬が急ぎ屋根から下りた途端、何故かわあっと人々の避難の足が早くなった。アラドファルの放つ殺界形成が、その背を押したのだ。慌てず急いで怪我しないようにーです、とシーネが大きく声を張る。
「そっちは任せた。冬馬、ドラゴンと戦いたいなら、きっちり終わらせて戦線に戻れよ」
 殺界形成の余韻を帯びたまま、不敵にそう呟くアラドファル。
 人々の避難の様子を気にする麟太郎を傍目に、同じ前衛の成貴が、眉ひとつ動かさず先制の一撃をドラゴンに繰り出した。様子見に、と軽く放った絶空斬はドラゴンの鼻先をかすめる。
「はやっ、オレも仕事せな。はいは~い、ドラさんこっちら! 手の鳴る方へっと!!」
 後衛からレギナエがそう叫ぶやウォーピックで大きく弧を描き、オレンジの髪をなびかせながら風騒彩刃を放った。成貴の、敵を抉る刃のような攻撃とは対照的に、己を的としろと言わんばかりのレギナエのド派手な技。極楽鳥の羽根色の衝撃波が、ドラゴンに踊りかかり、斬りつける。その波に乗るようにして、杪葉が旋刃脚を放った。
 先制攻撃にドラゴンの気が逸れたところで、遊撃担当班が屋根の上から飛び出す。巨大な怒れる獣を挟撃でこの場に留め、叩き伏せるのが今回の作戦だ。
「逃がしませんよ」
 言ってロイがドラゴンの巨体の隣をすり抜け、素早く背後に回りこむ。一瞬見上げた空には、『家族』であるブラッドリーがいた。その姿はロイの心を強くし、安心させ、彼の喜びである戦いに集中させる。
 ノーフィアは大胆にもドラゴンの背中へ向かってジャンプし、その背を踏み台として、高く空へ舞い上がった。いつしか暮れた空に現れた白い月が、彼女の影をくっきりと地面に落とす。敵がそちらに気を取られた隙に、死角へ着地した。
「おらおら、行くぜぇ!」
 コワモテの割にどこか愛らしいウサギ耳を揺らして、サーペントがそう叫ぶ。ギロリとドラゴンが目玉を動かしたときには、サーペントは既に自身の攻撃が最も効果的に届くポジションに陣取り、攻撃態勢を整えた。
 囲まれたと気づいたのか、ドラゴンは一声大きく吼えた。身を翻し、視軸をギュンとサーペントに向ける。が、唸りをあげたのはドラゴンの尻尾だった。アーケードの屋根を薙ぐような、強烈な一撃!
「いい攻撃だ、だがまだ命までは届かない」
 攻撃を受けてなお沈着に成貴が戦況を見極め、そう呟く。自身のダメージと、同じく攻撃を受けた麟太郎の様子を把握しておこうと視線をやる、と。
「仕方ねえ……ちょっと遊びにつきあって……おい? なんだじいさん!」
 叫ぶや、麟太郎は屋根から飛び降りる。どうやら逃げ遅れではなく、自らの意思で戦場へ戻ってきてしまったらしい老人を、降り注ぐガラスの破片からなんとか庇った。
「……!」
 ドラゴンの注意を麟太郎たちに向けるのは不利、と見てとり、クラッシャーのロイが仕掛ける。橙色の瞳がドラゴンの腹部を見据えて放った破鎧衝は、まともに命中した。痛みに醜い声をあげるドラゴン。そこだ、と冷徹な視線を送り、ほぼ同じ箇所を正確に狙った成貴の、まさに氷の一撃がドラゴンに突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待って、今回復するね!」
 攻撃にはやる仲間たちの様子を頼もしく思うも、慌てて杪葉がスターサンクチュアリの守護星座を描き出す。ドラゴンの毒色の口元をじっと見つめていたノーフィアも、同じくスターサンクチュアリを使った。戦場に、にわかに美しい夜空が現れる。
「まだまだ終わらねえぞ!」
 一方ドラゴンには、言葉の通り終りなく弾丸が見舞われる。狙いは正確、ドラゴンのダメージが大きくなっていく。オマケだ、喰らっとけ、とまるで酒でも奢るような口調でサーペントが付け足した。
 
●怒りの咆哮
 老人は鳥籠を大切そうに抱えていた。二度とこんな目にあわせちゃいけねえ。戦う決意も新たに、麟太郎がアーケードの屋根へとジャンプした、その時。
 ギャオオオオオオ!!
 おぞましいまでの咆哮が、辺りを揺らした。動かぬ翼が、ぶぶ、ぶぶと不気味に低い、まるでグラビティチェインをよこせ、よこせという怨嗟の声にも似た音を発して震える。ドラゴンは怒りに狂い、その爪を瞬時に硬化させた一撃が、麟太郎に向かって振り下ろされた。ガシャア!とアーケードの屋根に麟太郎が叩きつけられる。
「アカン、麟太郎!」
「まだ来る!」
 遊撃に加わっていたアラドファルが叫ぶと同時に、ドラゴンの口から、ぶくぶくと臭気が溢れ、毒のブレスが衝撃とともに叩きつけられた。距離を詰めていたロイ、ノーフィア、サーペントがそれを浴びてしまった。痛ェな、クソがとサーペントが赤く目を光らせる。
「ロイ!」
 空から救援に当たっていたブラッドリーが顔色を変え、ロイの元へ急降下する。
 慌てず状況を見極めながら、ノーフィアも指示を出した。
「麟太郎は杪葉、回復行ける?おっけー」
 杪葉が指でOKサインを返し、軽やかに瓦礫を飛び越して麟太郎の姿を探す。
「痛いの痛いのと~んでけ!」
 聞くだけで元気の出そうな声とともに、キラキラと妖精光癒の輝きが麟太郎の巨体に降り注ぐ。恩に着るぜ、と麟太郎が片目を閉じてみせた。
 アラドファルが自身のお守りである髪の結び紐を弄りながら、戦況を見る。仲間の連携は十分、それなら自分はやはり、全力で攻撃を。全力尽くせば早く終わるのだから。早く終われば、早く寝られる……との考えに至ると同時、その暢気な思考からは考えられないほどに鋭い、氷結の螺旋がドラゴンに向けて放たれた。螺旋氷縛波、手ごたえは十分。
 自身の傷より目の前の相手を倒したい欲求に急くロイを、ブラッドリーが急ぎ治療した。
「ブラッドリーありがと!」
 答える声が消えぬうちに、ロイの放った斬霊斬がドラゴンにヒットする。やったか、と思うが敵は崩れない。そこに再度成貴が攻撃を重ねる。続けざまに狙うのが効果的だと、彼は知っている。意識を、敵を倒すことだけに集中させる。サイコフォースが炸裂し、巨獣を追いつめていく。残る力を振り絞り、なおも強者は己なのだと訴えるようにドラゴンが首を激しく振って吼えた。
『ほらほら、余所見せんと!オレのカラフルでめっちゃイケてるこの翼に見惚れるがええでっ!!!』
 まるでロックスターが歌うように言い放ち、レギナエがもう一度、渾身の力を籠めた風騒彩刃をぶちかます。変幻自在の大鎌の軌跡は美しくすらあるが、仲間を傷つけられた怒りに燃え、ドラゴンを激しく切り裂いた。好機、と止めを狙って武器をかまえたサーペントだったが、耳をぴくりと動かすと腕を下ろしてしまう。
 彼の耳が拾ったのは、ノーフィアの詠唱の声だった。
『我、流るるものの簒奪者にして不滅なるものの捕食者なり。然れば我は求め訴えたり、奪え、ただその闇が欲する儘に』
 スッと伸ばされたノーフィアの白い指の先に、漆黒の球体が生成される。それを見届けるやサーペントが、自身の治療をしつつ皮肉に笑って呟いた。
「あばよ、お疲れさん」
 終焉を予感したケルベロスたちの視線が集まる。刹那、漆黒は巨大ドラゴンを飲み込んだ。ノーフィアのグラビティ『収縮する世界』によって肉を引き千切られたドラゴンは、とうとう永遠に沈黙することとなった。
「ふふ、ご馳走様ー」

●始まりに過ぎない
 戦いは終わった。アーケードの屋根の上に舞い戻ったアラドファルは、中々気持ち良いな、と目を細める。ふと視線を落とした先では、動かなくなったドラゴンを成貴が眺めていた。
「おう、次はそっちだな。今行くぜ」
 破壊され、無残な姿を晒す商店街をあちこち駆け回っては、麟太郎がブレイクルーンで回復させる。ノーフィアとロイも、サポート班と合流して街の回復や怪我人がいないかを見て回っている。色んなお店がある!とはしゃぐ杪葉と、商店街のオバちゃんたちに囲まれてますます賑やかなレギナエ。サーペントは早くもよさげな居酒屋を見つけたらしい。破壊の爪あとは未だ生々しいが、アーケードには活気が戻りつつあった。
 束の間の休息をとり、ケルベロスたちは自然とドラゴンの死体の傍に集まった。闘争の余韻が、彼らに語りかける。今日の戦いは、始まりに過ぎないのだと。
 それぞれの胸に、それぞれの戦いへの想いが去来する。未知の強者に昂ぶる者もいれば、改めて街の破壊を許さないと誓う者もいる。ただひとつ共通するのは、誰も戦いを恐れる者はいないということだ。
 勝者たちの頭上に、月が輝く。静寂を取り戻した街は、一時の眠りにつくのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。