人馬宮突入~螺旋の虎斑

作者:稀之

●決意の潜入
 一斉砲撃によって人馬宮ガイセリウムは完全にその侵攻を停止した。
 多摩川ではケルベロスたちの防衛線を打ち破らんとエインヘリアル・アグリム率いるアグリム軍団が交戦に打って出る。地球の未来を賭けた血みどろの戦いが今ここに幕を開けた。
 アグリム軍団が次々と倒れていく中、ガイセリウムの警護に当たっていたヴァルキュリアが要塞内部へと帰還していく。それは待ち望んでいた千載一遇のチャンスであった。
 好機を逃すまいと、備えていたケルベロスたちが戦場を駆け抜ける。
 ザイフリートの言葉が思い起こされる。ガイセリウムを支える四本の脚には点検用のダクトが存在する。配下のヴァルキュリアからそれを確認済みであるとのことだった。
 その言葉に偽りはなかった。指示された場所に人一人が通るのに十分な広さの通路があった。ヴァルキュリアが姿を消した今、ケルベロスたちの行動は監視の目から離れている。
 再び警護の者が現れるまでもはや一刻の猶予もない。ケルベロスたちは次々とダクトに飛び込み、ガイセリウム内部へと潜入した。

 首尾よく作戦の第一段階を終えたケルベロスたちは周囲を警戒しながら人馬宮ガイセリウムの中枢を目指す。
 目的はただ一つ、ヴァルキュリアを操っている元凶、アスガルド神・ヴァナディースの暗殺である。
「今頃、ヴァルキュリアたちはヴァナディースの下に」
 ケルベロスの一人が作戦を再確認するようにつぶやく。
 一斉砲撃によってガイセリウムのグラビティ・チェインは枯渇状態にある。
 一般人やケルベロスからの補充が望めない今、エインヘリアル第五王子イグニスの取れる策はそう多くはない。
 ヴァルキュリアを帰還させた理由、それはガイセリウムを再起動させるためのエネルギーをヴァルキュリアたちから奪うことにあった。ヴァルキュリアが呼び戻され、シャイターンが警戒のために飛び立つ。両者が入れ替わる一瞬の隙がガイセリウムに潜入する唯一無二の機会であった。
 ヴァナディースの撃破によってガイセリウムはその機能の三割を喪失することになる。事を終えた後は混乱に乗じて脱出を図る。これが多摩川防衛戦の全容となる。
 失敗はそのまま東京の壊滅を意味する。自らの双肩にのしかかった責任の重さを感じながら、ケルベロスたちは急ぎ足で歩を進めた。

●螺旋忍軍・虎徹
 人馬宮ガイセリウムが動きを止めた。それは螺旋忍軍として数多の戦場に赴いてきた虎顔の男にとって、さして驚くべき状況では無かった。
 窮鼠猫を噛む。明らかに格下であるはずの相手が、命の危機を感じて限界を超えた力を発揮する。そのような例は枚挙に暇がない。
 今回もまた同じことが起きようとしていた。ガイセリウムが移動を止めてしばらくの後、配下として与えられていたヴァルキュリアが緊急招集の名目で引き抜かれることとなった。
「不測の事態、か」
 過去を戒めるように自らの目元に触れる。右目のまぶたから頬骨の辺りまで真っ直ぐに伸びる傷跡。それはかつて師弟関係にあった男によって傷つけられたものであった。
「ならば残りの戦力を防衛に回せ。奴らは必ずここへやってくる」
 虎徹の忠告に、連絡に訪れたシャイターンが呆れ顔を向ける。
「どうやってこのガイセリウムに侵入する。雇われが余計な口を利くな」
「驕れる者は久しからず。その油断が命取りとなろう」
「だったら一人で警戒してろ。張子の虎さんよォ」
 それ以上の言葉を許さずシャイターンは立ち去って行く。
 一人残された虎徹は再び目元に触れる。とうの昔に完治したはずの古傷から軽い痺れを感じる。それを虎徹は未熟な過去からの警告と受け取っていた。
「奴らは、必ず現れる」
 その予感は的中した。息を殺して警戒活動を行う虎徹の眼に、ダクトから潜入したケルベロスたちの姿が映った。
 虎徹はクナイを握り締める。獰猛さと慎重さ、相反する二つの性質を併せ持った猛獣が、無防備な侵入者に牙を剥いた。


参加者
剣持・白夜(世話焼き兄貴・e00973)
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)
ブラッド・ウォン(オウガイーター・e01843)
ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
九十九屋・壬晴(迷い猫・e16066)
秋空・彼方(英勇戦記ブレイブスター・e16735)

■リプレイ

●知られざる因縁
 音もなく放たれた螺旋の礫はメリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)の身体を一瞬にして凍り付かせる。
 奇襲を受けた一同は各々の警戒箇所を探る。剣持・白夜(世話焼き兄貴・e00973)が見つめる先、広い空間の保たれた排気口の合流地点に、忍装束を身に付けたウェアライダーの姿が見えた。
 声を発する間も無く虎の忍者が咆哮を上げる。精神を揺さぶる雄叫びはケルベロス達の足を竦ませた。
「こいつは……まさか!」
 クナイを手に、天井部から虎徹が跳び掛かる。
 その刃が身を斬り裂くよりも先に、白夜は相手の肘関節を打ち払った。
「何ッ!」
 腕を払われた虎徹は懐を大きく開く。ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)がそこに素早く飛び込んだ。
「どうやら、僕達の進路に間違いはなかったようだな」
 肉食獣のような姿に変わったブラックスライムが敵を丸呑みにする。
 肉を裂かれながらも虎徹は冷静に黒い液体を切り開き、呪縛から逃れた。
「やはり現れたかケルベロス。しかもかなりの手練と見える」
「貴方の潜在的眼鏡力も中々のようですね。ですが眼鏡如来の加護は、私達に有り!」
 凍てつく氷の痛みに耐えながらも眼鏡の傷だけは防いだメリッサが眼鏡如来を降臨させ、ケルベロス達を慈悲の光に包み込んだ。
「ここで足止めを食うわけにはいかない! 行こう、ヤタガラス!」
 秋空・彼方(英勇戦記ブレイブスター・e16735)のサーヴァントであるヤタガラスがタイヤを高速回転させて敵に突撃する。炎の体当たりはやすやすと避けられたが、飛び退いた先では彼方が待ち構えていた。
「悲劇は、繰り返させないっ!」
 狙い澄ました飛び蹴りが虎徹の腹部を捉える。
 不意をついた一撃にも虎徹の手は止まらない。弧を描くような動きで彼方の身体を斬り裂いた。
「う、うわあっ!」
 目で追う事の出来た斬撃は一振りだけだった。気が付けば三箇所を同時に斬り付けられ、彼方は思わず肩膝をつく。
 再度クナイが持ち上がる。それが振り下ろされるよりも、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が銃を抜くほうが早かった。
 腕を撃たれたことで攻撃のタイミングが一瞬遅れる。その隙に彼方は身をよじって急所を避けた。
「その無駄の無い動き……やり辛いですね」
 瑛華は次なる狙撃の機会に備えて銃を構える。
 さらに敵の注意を向けるため、レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)がアームドフォートの狙いを定めた。
「この位置なら、外すことはありません」
 撃ち出された主砲が虎徹を中心に爆発し、敵を壁際まで吹き飛ばす。
 爆風が通った後に虎徹の姿は無かった。すでに何処かに飛びのき、全員の視界から消えてしまっている。
「逃げても、無駄。もう、補足した、から」
 九十九屋・壬晴(迷い猫・e16066)が目を見開くとともに数多の札が排気口内に張り巡らされる。
 札は生き物の眼のようにぎょろぎょろと動き、視覚情報を仲間達に伝える。
「見て。視て。観て。屠る相手は、其処に居る」
 一枚の札がスパイラルダクトの影に潜む虎徹の姿を捉える。位置を共有したブラッド・ウォン(オウガイーター・e01843)は地面を蹴って跳び上がり、敵の前に立ちはだかった。
「回りくどいのは抜きにしよ、う。時間が惜し、い。から、な」
 人差し指を突き出し、忍装束の胸元を突く。虎徹は反撃の咆哮を上げて迫り来る他のケルベロスごとブラッドをその場に釘付けにした。
「まずはその首からいただくとしよう」
 足止めを受けたブラッドの喉笛を狙ってクナイを逆手に持つ。
「させるかよっ!」
 白夜の術によってブラッドの身体が二重、三重にぶれ始める。
 分身の影響で急所を外した虎徹はダクトを離れて地面に降り立った。
「この男、まるで俺の動きを先読みしているのかの如く……」
 反射的に右目のまぶたに触れる。片目を瞑る虎徹に白夜が駆け寄り、その身を壁際まで押しやった。
「なんで……なんでお前の戦い方は、親父に似てんだよ!」
「父親だとッ!」
 白夜を押し返し、身を翻して距離を取る。
「これで合点がいった。貴様、あの裏切り者の息子か」
「どういうことだよ! 俺は何も聞いてないぞ!」
 驚愕の表情を浮かべる白夜に向けて螺旋の氷結が飛ぶ。
 白夜の身体は氷に蝕まれ、全身が痛々しく凍結する。それでも必死に拳を振るうが、まるでその動きを読まれているかのように空を切るばかりだった。
「愚かな弟子よりその息子を先に屠ることになろうとは。まさしく驚天動地よ」
「親父がお前の弟子だと――デタラメを言うな!」
 叫ぶ白夜の背後から無数の弾丸が放たれる。
 弾丸は命中すると同時に燃え上がり、虎徹の身体を炎上させた。
「偽りか真実かは、この方を退けた後です。まずは目の前の目的を果たしましょう」
 レベッカの言葉を皮切りに攻防はより激しさを増す。
 螺旋忍軍である虎徹は素早く狡猾であり、生半可な攻撃では触れることすら出来ない。
 絶え間なく攻め続けることで生じた一瞬の隙を狙って、ディクロが愛銃のヘルキャットを突き付けた。
「これで、大人しくしてくれないかなぁ」
 青白いリボンを纏ったリボルバー銃が発砲音もなく敵の胸部を貫く。
 ふらつく虎徹に急接近したブラッドは、渾身の力を込めて傷ついた胸を蹴り上げた。
「小細工が先に立つ、な。爪や牙が泣いている、ぞッ!」
 数少ない攻撃の機会を確実にものにしたケルベロス達によって虎徹の動きは目に見えて鈍くなる。
 ついに虎徹は力を失って前によろける。瑛華はグラビティを鎖状に具現化させ、螺旋忍者の身体を雁字搦めに縛り付けた。
「剣持さん、最後は貴方の手で」
 声を掛けられる前から白夜は自らの拳に氣を溜めて駆け出していた。
 身動きの取れない虎徹はどうにか顔を上げ、愛弟子の息子を凝視する。
「貴様に流れる螺旋の血……抗いたくば、逃げずにすべてを受け入れろ!」
「何が真実だろうとも、俺の力は守るためにある! これがその答えだ!」
 白夜の拳が虎徹の顔面を打つ。それは父親譲りの螺旋忍者としての力と、自らが志す降魔拳士としての力が合わさった、自分だけの技だった。
 鎖による拘束が解かれ、虎徹の身体がゆっくりと倒れる。
 仲間達が先を急ぐ中、その場に留まった白夜は虎徹と短い言葉を交わす。
 最後の瞬間を見届けてから、父親の師に背を向け、走り出した。

●ガイセリウム中枢
 ケルベロス達はヴァナディースを探して排気口内をひた走る。
 機械生物の体内を思わせるダクトは複雑で、方向感覚に優れた者でも迷いそうなほどに入り組んでいた。
「いくら難解な迷路といえど、この眼鏡に見通せないものはありませんよ」
 通路の途中、メリッサはメガネ型カメラを用いてダクト内を録画して回る。
 撮影中にも絶え間なく他の脚から潜入した仲間から連絡が入る。メリッサは眼鏡をくいっと持ち上げて通信に答えた。
「はい、こちらチーム眼鏡。ダクト内を絶賛探索中です。まだ目標は発見できていませんが、要塞中央を目指して驀進しています」
 ヴァナディースの居場所についてはまだ手がかりを見つけられていないが、中心部を目指して移動していればいつかたどり着けるだろうという共通認識を得ていた。
「この気配、もしかして……」
 はたと足を止めたディクロが進路とは別の道に目を向ける。
「たくさんの、強い力を感じる。間違いないね」
 つぶやいた壬晴は仲間達と視線を合わせる。互いに頷き合い、中枢に向けて全速力で駈け出した。
 最初の班から中枢を発見したとの第一報が入る。ただし床下から室内を伺う位置取りのため、内部の詳細はわからないとの事だった。
「私達もすぐ近くに来てると思います。はい、全員で突入しましょう」
 二班、三班も次々と中枢に続く通気口へとたどり着く。特に北側の天井から室内を見下ろすことの出来る班からは多くの情報がもたらされた。
 ほとんど時間を置かずにメリッサ達も真下に広い空間を発見する。ダクトの隙間から見えるのは四体のシャイターンとおびただしい数のヴァルキュリア、それにヴァナディースと思われる女性の姿であった。
「ヴァルキュリア達が……! 急ごう、早く彼女達を助けないと!」
「はやる気持ち、は、抑え、ろ。本当、に、救いたいなら、な」
 気持ちを高ぶらせる彼方をブラッドが冷静な言葉で抑える。
 一瞬の沈黙の後、通信を終えたレベッカは勢い良く通気口を蹴り開けた。
 天井からもう一つ、床下から二つの通気口が大きな音を立てて開く。南側の天井からは彼方が先頭になって飛び降り、中枢ですべての班が合流した。
 予期せぬ侵入者に四人のシャイターンは一様に慌てふためく。何故だ、警備はどうした、などと口々につぶやきながらケルベロスから背を向けた。
「何処にも逃げ場はありませんよ!」
 逃げる敵の一体を狙ってレベッカのアームドフォートが火を吹く。
 背中からまともに砲撃を受けたシャイターンは翼を広げたまま床に落下した。
「戦う度胸も無いのでしたら、そんなものは必要ないでしょう」
 狙い澄ました瑛華の早撃ちが敵の手に握られた惨殺ナイフを弾き飛ばす。
 倒れたシャイターンが武器を求めて伸ばした腕を、ディクロがジグザグに変形したナイフで斬り刻んだ。
「ち、ちくしょう! あの飼い猫野郎が正しかったってのかよ!」
「彼は強敵だったよ。戦いもせず敵に背を向ける君とは違ってね」
「その通り、だ。お前ごときで、は、話にならない、な」
 ブラッドは倒れているシャイターンの頭を掴む。
 片手で目線の高さまで持ち上げ、全身を鋭い虎爪で引き裂いた。
「最後に、勝負を決めるの、は。生きる為の本能、だッ!」
 口を大きく開き、無防備な喉笛に牙を突き立てる。残りのシャイターンも他の班によって首尾よく討伐された。
 残すは戦いに加わるでもなく一部始終を見守っていたヴァルキュリア達と、アスガルド神ヴァナディースであった。

●女神ヴァナディース
「あなた達がケルベロスですね」
 女神は穏やかな微笑みを浮かべてケルベロス達に語り掛ける。
 彼女の身柄がガイセリウムの手中にあることを示すように、下半身が柱に埋め込まれ、身体の自由を奪われていた。
 足元には数多くの、グラビティ・チェインを奪い取ったヴァルキュリアのコギトエルゴスムが転がっている。
「だから、地球を侮るべきではありませんと言いましたのに」
 視線が倒れたシャイターンに向けられる。ふいに発せられた言葉には、女神と呼ばれながらも操り人形となってきた自身への後悔と懺悔の気持ちが込められていた。
「あんたがヴァナディースだな。俺達の目的は、なんとなく察してはいるだろうが」
 白夜は言葉を選びながら話を切り出す。意思無く佇むヴァルキュリアを前に彼方は居ても立っても居られなくなり、会話に割って入った。
「ヴァルキュリアを救うために力を貸して欲しいんだ。僕達は守りたい。操られながらも僕を助けてくれた、彼女の為にも!」
 彼方は感情を込めてヴァルキュリアの解放を訴える。他のケルベロス達も代わる代わる彼女達の身を案じているとの思いを伝えた。
「今まさに目の前に迫っているガイセリウムの問題もあります。貴方の真の死によって現状を解決できると、ザイフリート王子より伺っているのですが」
 レベッカはあえてザイフリートの名前と真の死の話を口にする。
 大方の事情を理解した女神はおもむろに口を開いた。
「ニーベルングの指環は、全盛期の神力で作成した宝具。ガイセリウムに繋がれた今のわたくしでは、それを無効化するような宝具を作ることはできません」
 ヴァナディースは弱々しく、しかし威厳に満ちた声で語り掛ける。
「また、ガイセリウムに繋がれたわたくしは、ガイセリウムが破壊されない限り、コギトエルゴスム化する事はありません。ガイセリウムが蓄えたグラビティ・チェインは、最優先にわたくしに供給されるので、もしわたくしがコギトエルゴスム化したとしても、すぐに、復活することでしょう」
 ヴァルキュリアと地球は自分の命と両立できない。女神の言葉は逃れられない現実を突き付けた。
「ガイセリウムを破壊せずに、わたくしを滅ぼすことが出来るのは、デウスエクスを滅ぼすケルベロスの力だけなのです」
「本当に、それだけなのかな」
 一縷の望みにすがるように壬晴が声を上げた。
 定命化。地球の民と共に新たな道を歩む未来を選択してもらいたいと、たどたどしい言葉で懇願する。
「諦観の内に死ぬのではなく、短くとも満ち足りた生を全うしてから死を選んでも遅くは無いはずです。貴方が真にそれを望むのでしたら」
 メリッサの説得にしばし沈黙しながらも、女神は否定の言葉を返した。
「わたくしは、この地球に来てまだ殆ど時が過ぎていません。人馬宮ガイセリウムがグラビティ・チェインを供給し続ける限り、ガイセリウムと繋がっているわたくしの定命化が始まる事は無いでしょう」
「それでも! 貴方を大切に思う、貴方が大切に思う彼女達のためにも……お願い!」
「考え、ろ。お前も、ヴァルキュリアも、助かる方法を、だ」
 必死の願いにブラッドも加勢する。
 ヴァナディースはただ、申し訳なさそうに視線を逸らすばかりだった。
「仮に、定命化が始まったとしても、人馬宮ガイセリウムを1年も自由にさせては、地球自体が滅びてしまうかもしれません」
 最後の言葉が決定的となった。
 壬晴は愕然と膝から崩れ落ちる。その瞳から一筋の涙が零れ出た。
「真の死を与えることで僕達は優位に立てる。間違いないかな」
 ヘルキャットを手に歩み寄るディクロに対し、女神は神妙に頷いた。
「わたくしを滅ぼせば人馬宮ガイセリウムは、他の宮との連携能力を全て失ない、ゲートへの帰還も不可能となります。そうなれば『第五王子イグニス』にとって、人馬宮ガイセリウムの価値は無くなるでしょう」
 ディクロはそれ以上語らず、無抵抗の相手に銃口を向ける。
「ヴァルキュリアの解放。それだけは、お約束します」
 瑛華もその横に並んで銃を構えた。
「あなたに、敬意を払います。おやすみなさい、良い夢を」
 地球を救うため、ケルベロス達に迷いは無かった。
「人馬宮の楔からわたくしを解き放ってくれてありがとう」
 真の死により苦悩の日々は終わりを告げる。
 ヴァナディースから苦痛や恐怖は感じられない。ただただ柔らかな笑顔を浮かべていた。
「わたくしが死ねば、わたくしのこしらえた宝物もその力を失う。ヴァルキュリア達よ、あなた達はもう自由です。あなた達が今、本当にしたい事を為しなさい……」
 美しき女神は可憐な花へと姿を変え、その花弁を散らすようにして消え去った。

 ヴァナディースの死によりヴァルキュリアは意識を取り戻す。
 女神が最後に残した願い、ケルベロス達の脱出を手助けするために。

作者:稀之 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 22/感動した 10/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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