虹色蝶々

作者:狩井テオ


 暗がりの一室、手元をライトだけで照らした男が興奮気味に見るのは、一羽の蝶だった。
「これはボクだけのものだ……」
 恍惚とした蕩けるような表情で、男はうわ言のように呟く。男は昆虫─特に蝶を収集し、標本して保存している。
 今回、あるところから入手した蝶は特別なものだ。
 翅の色は綺麗な虹色。今まで学会で発見されたことがない新種だった。
 男がどこでどうやってそれを手に入れたかは不明だが、今まさに生きていた蝶を標本にしようと命を絶とうとしている。
「美しい、君。永遠にしてあげる……」
 次の瞬間、蝶の死とともに一体のローカストが現れた。
 音もなく男の背後から近づき─そして目の前の命を絶たんと無情に爪を振り下ろした─。


「ローカストが現れました」
 このローカストの知性は低いが、戦闘能力には優れているため注意が必要です、とセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は続けた。
「このローカストは蝶のような虹色の翅に、蚕のような体をしています。二足歩行なのは変わらないようです。すでに昆虫採集家の方は殺されていて、このローカストも新たな獲物を探すために街中を歩きまわっているようです」
 周辺は人通りがまばらな商店街。人払いは必要だが、重点を置かずともすでに周囲をうろつくローカストの姿の噂でほとんどの人は避難済みだ。
「攻撃方法はこちらの体力を吸収するもの、動きを止めてしまうもの、また自らを癒す行動もするようです」
 セリカは最後に読んでいた資料から顔をあげ、頭を下げた。
「人に奪われた命ですが、ローカストとなってしまったからには倒すしかありません。皆さんの力を貸してください!」


参加者
神城・瑞樹(旅路の案内者・e01250)
アリシア・メイデンフェルト(エインフェリア・e01432)
ファティマ・ランペイジ(オフィサーホワイト・e02136)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)
古本・ヨキ(のんきなジャンク・e12337)
影渡・リナ(シャドウエルフの刀剣士・e22244)

■リプレイ

●壱
 時刻は昼間だというのに、商店街に人の気配はなかった。
 しんと静まり返った商店街、異様なのは店先にも店員の姿がいないことだ。その理由はすぐに明らかになる。
 静まった商店街に極彩色の翅を持った二足歩行のローカストがひしひし、と当てもなく彷徨っていた。
 場から離れられず逃げ遅れた人は建物に隠れて息を潜め、ローカストが通りすぎるのを待っていた。
 そこに駆け付けたのは、八人。ケルベロス達だ。
 逃げ遅れた人の姿を見つけようと各々が視線を巡らせている。
 最初に声を上げたのは、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)。割り込みヴォイスで静まり返った商店街に大きな声を響かせた。
「ケルベロスだ! デウスエクスを倒すまでは近づくな、隠れていてくれ!」
 その声を聞いたのか、奥から走って逃げてきた主婦が、ケルベロス達の姿を捉えた。
 同じく、主婦の姿を見つけたシア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)が剣気開放をし、無気力化させる。
 続いて古本・ヨキ(のんきなジャンク・e12337)が主婦を傍にある店舗に避難誘導。
 店舗に隠れていた人達にアリシア・メイデンフェルト(エインフェリア・e01432)が優しく声をかけるのも忘れない。
 鮮やかな連携に、遠目にいたローカストは襲い掛かる暇もなかった。
「大丈夫です、少しの辛抱ですからね」
 穏やかなアリシアにほっとしたのか、隠れている人たちからは確かな頷きが返ってくる。
 ヨキがケルベロス達が歩いてきた方角にキープアウトテープを貼り、十分に人払いをしていく。
 主婦が逃げてきた方向へケルベロス達が向かうと、ふらふらと当てもなくローカストと会敵するのはすぐだ。
「綺麗、たぁ言ったけどサイズ的にはやっぱキモいか? ……うーん遠目で見てギリじゃな」
 むむ、っとヨキは目を凝らしてみるが、蚕の体に虹色の翅というのはグロテスクと綺麗が半々。複雑な心境だ。
 それじゃ、と影渡・リナ(シャドウエルフの刀剣士・e22244)は殺界形成を発動させる。誰も近づかぬよう、念を入れて。これで戦場は整った。
 ケルベロス達を視界にいれたローカストは獲物を見つけたように、一直線に近づいてきた──!
「“新種”と呼ばれる蝶も胡散臭いが、今は目の前の戦闘に集中だ」
 ファティマ・ランペイジ(オフィサーホワイト・e02136)は武器を構え、目の前に近づくローカストへ鋭い視線を向ける。
「蝶だろうが蛾だろうがローカストはローカストですわ。地球に害なす存在は倒しませんと」
 朗らかに、しかし言葉は厳しい妻良・賢穂(自称主婦・e04869)。手に持った料理包丁の形状をしたマインドソードを構えて。
「美しい蝶の羽が呼び水となったのか、はたまた美しさに魅入られた欲望が原因なのか……。無辜の民が危険にさらされると言うのなら、止めましょう。わが身に変えてでも」
 空から索敵していたアリシアがふわり、と空から降りてきて。真っ白な美しい羽を羽ばたかせて真摯な視線を飛ばす。
「しかし新種の蝶とかあれか。撒き餌かなんかのつもりか?」
 神城・瑞樹(旅路の案内者・e01250)は冗談交じりにぽつりと零す。が、すぐにその考えは棄てられた。
 虹色の翅を羽ばたかせたローカストが、目前に迫っている。
 ケルベロス達は武器を構えて迎え撃つ体勢に入った。

●弐
「とっておきだぜ!」
 ローカストに最初に飛びかかったのは瑞樹。風華飛連脚──風華と名付けられた名の通り、風の如き鋭い連続回転蹴りがローカストの脳髄に当たり、麻痺を付与する。
 痺れをくらったローカストはふらつきつつ、目の前にいる瑞樹へ体力を吸収する攻撃を仕掛けた。
「っ……!」
 攻撃を受け飛び下がる瑞樹の傍らを、ウタが交代にローカストへ迫る。
 これ以上被害が増えないように、すでに被害があるという虫への怒りがウタの炎を激しくさせる。爆炎で加速された重い一撃。
「これでもくらえ!!」
 炎がローカストを包み込む。炎と痺れを付与し、そこへ重ねて賢穂の熾炎業炎砲がさらなる延焼を促す。少しでも早く、ローカストを滅ぼすための炎。
「早く退治しませんと」
 と、あくまで動作は淑やかに。
 さらなる前衛への敵視を集めるために、シアの白銀の鉄塊剣が轟音を響かせる。無慈悲な一撃はローカストを怒らせた。
「虹色の綺麗な翅……ですが、これ以上、人目に触れることは無いでしょう」
 同情を少しだけ含んだシアの声。
 石化を伴う攻撃が前衛の守りに立ったアリシアのボクスドラゴン、シグフレドに襲い掛かった。守りを固めていたため大事にはならず。
 前衛ですでに傷を負っていた瑞樹を癒すため、アリシアは爆破スイッチを手にとる。虹色の爆風が舞い、力を瑞樹に与える。
「悪いな」
 短く礼を言い、瑞樹は再び前線へ。
 ファティマのボクスドラゴン、フィッツジェラルドはシグフレドへ癒しを施す。
 相棒の癒しを横目に、一度目を閉じた後、ファティマは静かに目を起動させる。
 右目に仕組まれた特殊コーティングレンズから大出力レーザーを発射し、焼き切るために。予備動作なしに加え、視線を送ればいいだけのそれはほぼ命中──レーテルブラスト。
「目は口程に物を言う。私の場合は物理だがな!」
 腕を狙って発射されたレーザーはローカストの腕を封じた。
(「みんなすごい」)
 わたしも負けてられない、と自分を鼓舞させ。
 竜語魔法──古の竜の言葉。掌からドラゴンの幻影を出現させたリナは命じる。ローカストを燃やせ、と。
 ドラゴンの幻影はローカストに襲い掛かり、激しく燃やした。
「んな即席鎧で防御が出来るか! 砕いちゃらァ!!」
 ガトリングガンから、元の機械化した腕に即座に武装換装したヨキ。
 その辺に置いてあった植木の鉢を持つと、鉢を思い切りローカストへ向かって投げた! 機械化した右腕の増強された投擲は、意外にも強力──しかも当たり所が悪ければ今回のように頭部にヒットする。
 目を回し動きが取れないローカストへ、賢穂がとどめとばかりに右手を突き出した。
「羽虫の倒し方は充分心得ております!」
 攻撃の予備動作でもなんでもないそれは、奥義、主婦的羽虫抹殺術。
 一瞬すぎて何が起こったかを説明すると、指二本でローカストの翅を掴み塵紙へ、それを傍にあったゴミ箱へぽいっと投げ捨てた。
 神速の指さばきは、まさに一瞬。主婦? の神業。
「……あら、どうしました?」
 ぽかんとするメンバーたちに、両手をアルコール消毒しながらにっこりと笑いかける賢穂。すでに塵紙とともにゴミ箱に捨てられたローカストの姿は、ゆっくりと塵になって消えていた。
 こうして、炎に包まれ痺れさせられ、最後はゴミ箱に棄てられたローカストは退治された。

●参
 壊れた植木鉢と変形したゴミ箱にヒールを施すのは賢穂と瑞穂。
 それを手伝いながら、避難していた人々や、隠れていた人達に朗らかに声をかけるシアとアリシア。
「もう大丈夫、ですわ」
「安全は確保いたしました」
 優しい二人の声に顔を見合わせつつ、安全なのを確認して戻ってきた商店街の人々の顔には笑顔が。
 失われた虹色の蝶々に鎮魂歌を贈るウタの声に、さらに商店街に活気が戻ってきた。
(「てめえも母星や仲間の為っていう気概があって、最期まで戦ったんだよな。地球の重力の元で安らかに眠ってくれ」)
 人の傲慢で失われた蝶々へ想いを馳せ。
「虫たちを供養する、虫塚というものがあるらしいな。後日、行ってみるつもりだ」
 ファティマも虹色の蝶々の仲間がいるかも知れない、と足跡を思う。
「っはー、あれで鎧のつもりきゃあ……認めん!」
 と一人憤慨していたヨキは、怒りつつも自分が投げた植木鉢を元の場所に戻している。今回は腕を投げなかっただけよしとしよう。
 それぞれが建物のヒールと住人たちへの声掛けを行ったことにより、商店街は異様な早さで元の活気を取り戻していった。
 ヒールの手を止め、一瞬、先ほど戦った相手への思いを馳せる。
「どんなに綺麗でも永遠にはならないよ……」
 リナは永遠を約束され命を絶たれた、虹色の蝶々へ祈りを込めた。
 どんなものも永遠はない。あるとすれば仮初のもの。
 ローカストとして再び生まれた虹色の蝶々も、ケルベロス達の手によって葬られた。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。