猛る溶岩竜

作者:稀之

 気がつけば倒壊。
 破壊の跡は見渡すばかりに広がっている。
 局所的な揺れを感じたのはわずかな人間だった。
 大地を砕き、火山が噴火するようにして現れたのは、赤い岩石の様な肌を持った巨大な爬虫類だった。
 外見はトカゲの様だがその目つきは鋭く、見る者を威圧する。長い尾は歩みを進めるたびに周囲の建物をなぎ倒していく。
 その背に身体よりも大きな翼を生やした爬虫類が四本の足で地面を鳴らしながら町の中心部に向かう。
 それは絶望を絵に描いたような光景であった。

「ドラゴン、ってわかるっすか。ゲームとか漫画とかに出てくる翼の生えた爬虫類をイメージしてもらえるとありがたいっす」
 ケルベロスたちを前にして、ヘリオライダーの黒瀬・ダンテは深刻そうな顔つきで話を始めた。
「ドラゴンはこの世界にもいたっす。先の大戦末期に自分たちのご先祖様に封印されたはずっすが、どういうわけかその封印が解けたみたいなんすよ」
 ダンテが予知したのは金沢市の中心街に現れるデウスエクス、ドラゴンの姿だった。
 ドラゴンは究極の戦闘種族とも言われる強力なデウスエクスであった。その封印が解けたとなれば、人類にとってこれほどの脅威はない。
「復活したばかりのドラゴンはグラビティ・チェインが枯渇してるためか当時ほどの力はないっす。それを取り戻すために人間を襲うみたいなんす」
 グラビティ・チェインを取り戻したドラゴンが荒廃した街を背に翼を広げて飛び去って行く。
 ダンテの見た予知はまさしく絶望の序曲であった。
「だれも傷つけさせるわけにはいかないっす。どうか力を取り戻す前にドラゴンを退治して下さいっす」
 ドラゴンの全長は10メートルほどである。これは3階建てのアパートと同じ程度と非常に大きい。
 溶岩流を喰らって力を得たドラゴンは体内から炎のブレスを放つ。さらに鋭い爪は地面をえぐり、長く太い尻尾は周囲の建物を一撃で崩してしまうほどの威力がある。
「グラビティ・チェインが枯渇してるためか翼はあっても空を飛ぶことはできないっす。事前に街の人たちは避難をさせるっすから建物の被害はそれほど気にすることはないっす。ヒールで治せるっすからね。むしろ高い建物を利用して戦うくらいがいいと思うっす」
 弱っているとは言えドラゴンは強大な相手である。もし力を取り戻せば、目先の被害を含めて人類は高い代償を払う事になる。
「相手が何者であろうともケルベロスの皆さんは負けないっす。そう信じてるっす」
 熱いダンテの激励に和泉・香蓮は暖かい微笑みを返した。
「人々の愛は私たちの糧。その想いも愛情も、無慈悲に踏み潰すデウスエクスを許してはおけないわ」
 かつて封印されたドラゴンが復活を遂げる。
 否が応でも新たなる戦いの予兆を感じずにはいられなかった。


参加者
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
光影・闇照(尊大な勇気・e00380)
天堂・ユキ(オネエのウィッチドクター・e00581)
蛇荷・カイリ(二十八歳児・e00608)
高坂・鉄(模造のガンマン・e00668)
ロドリゲス・ラオウ(世紀末ナース伝説・e01479)
九道・十至(七天八刀・e01587)
ステラ・カエレスエィス(クロッカス・e04175)

■リプレイ

●竜の息吹
 ヘリオンを飛び出し、ケルベロスたちはひときわ高いビルの屋上に降り立った。
 視線の先では赤い表皮のデウスエクスが無人の街を足蹴にしながら歩みを進めている。
 遠くに見える竜の姿は、おおよそ生き物とは思えないほどに巨大であった。
「この距離で見てもデケェなぁ、オイ」
 目深に被った帽子を手で押さえながら九道・十至(七天八刀・e01587)がぼやく。
「ほんとだねー。うん、闇照くん6人分くらいかなっ?」
「ふっ。その体躯に見合う勇気が詰まっていればいいがな」
「わかるわかる。いちばん身体の小さい私がいちばん器がでかいって言いたいんだよね」
「勇者たる我に勝るというのであればお前はまさしく神なのだろうな」
 冗談交じりに頷くフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)に光影・闇照(尊大な勇気・e00380)は尊大な笑みを返した。
「あの竜、雄かしら雌かしら」
 手すりから身を乗り出すようにして天堂・ユキ(オネエのウィッチドクター・e00581)がドラゴンを凝視する。
「うーん、よくわかんないけど、雄だったらユキちゃん好み?」
「ざーんねん。理性的じゃないオトコはちょっとね」
「あのデカブツをオトコと言ってのけるとは大したタマだな」
 遠巻きに街を眺めていた高坂・鉄(模造のガンマン・e00668)が二人の会話に口を挟む。
 横目で竜を見やった後、ホルスターに収められた自分の愛銃に視線を落とした。
「あいつには豆鉄砲みたいなもんかね」
「どこまで通用するかは気になるわね。ある程度、斬れるようには霊力を込めているけど」
 想像だにしない巨体を前に、蛇荷・カイリ(二十八歳児・e00608)も斬霊刀を握る手に力が込もる。
「どうにかしてアレの頭をかち割ってやりたいわね。どうかしら、私をアイツのところまで投げ飛ばしてくれる?」
「女性を手荒に扱うのは趣味じゃないんだがな」
 カイリの申し出に鉄は苦笑いを浮かべた。
「空を失い地を這うのみのドラゴンなぞ、しょせんは巨大トカゲよ!」
 聞く者を萎縮させる野太い声で吐き捨てたのはロドリゲス・ラオウ(世紀末ナース伝説・e01479)だった。
 もとより大柄なロドリゲスだが、腕を組んで仁王立ちする姿はよりいっそう彼を大きく見せた。
「間違ってはいませんね。見たところ知能もそれほどではないようですし」
 闘争心を全身からほとばしらせているロドリゲスとは対照的に、涼しい表情のステラ・カエレスエィス(クロッカス・e04175)が言葉を引き継ぐ。
「眠ってる間に知力も低下したのかもしれないわね。何にせよ、今がアレを仕留める最大のチャンスよ」
「ええ。そろそろ頃合いですね」
 和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)に同意したステラがオラトリオの翼を展開する。
 グラビティ・チェインを求めて闊歩するデウスエクスは、まもなくケルベロスたちの射程内に入り込もうとしていた。
 張り詰めた空気の中、十至が手のひらにスイッチを握り込む。
「七天八刀、九道十至」
 すうっと深く息を吸い込み、スイッチをオンにする。
 大きな爆発音とともに溶岩竜の足元に風穴が開いた。
「戦闘開始の、狼煙を上げさせてもらったぜ」

●竜の逆鱗
 爆発によってドラゴンの左足がわずかに沈み、進行が一時停止する。
 間髪入れずに鉄が銃のグリップに手をかけた。
「ガンマンらしく狙い撃たせてもらうぜ」
 目にも留まらぬ抜き撃ちで放たれた弾丸は後背部を撃ち抜く。
 二人の先制攻撃にドラゴンは怯む様子を見せない。頭を持ち上げ、ケルベロスたちの並び立つビルを睨み付ける。
 身体が一瞬膨らんだかと思うと、燃え盛る業火を体内から吐き出した。
 瞬く間に広がった炎は屋上ごとケルベロスたちの身体を焼いた。
「どわわっ! く、くそ、消えろ、消えろっ!」
 炎に包まれた十至は苦悶の表情を浮かべながら地面を転がる。
 身体には燃え移っていないことに気づき、わざとらしく咳払いをして立ち上がった。
「この程度なら……おっさき!」
 ブレスを振り払ったカイリが我先にとビルから飛び降りる。
 地面が近づくにつれてカイリの姿が1人、また1人と増えていく。無数の幻影がカイリ自身の姿となってドラゴンを取り囲んだ。
「……悪いけど、今くらいはマジメに行かせてもらうわよ……斬り裁け、幽ッ!朧乱月ッ!」
 四方八方から繰り出される斬撃が硬い鱗に傷をつける。
 数多の裂傷はケルベロスたちの攻撃がドラゴンに通用することを明確に示していた。
「そちらが炎なら、こちらは氷で応戦させていただきます」
 ステラの両手に絡みついた攻性植物から一発の弾丸が精製される。
 腕を突き出す仕草とともに放たれた弾丸は傷ついた竜の鱗を氷の膜で覆った。
 さらに香蓮が精霊を呼び出し、氷の膜をより強固にする。
「このビルが最終防衛ライン。ここから先には絶対行かせないわよ!」
 ほぼ同時にユキがライトリングロッドから電撃を放つ。
 テレビウムの心電図も画面を光らせて追撃を行った。
「我が名は世紀末ナース覇者、ロドリゲス・ラオウ! 我の按摩神拳で貴様にもお注射をくれてやろう」
 居丈高に叫んだロドリゲスが広背筋を隆起させながら地面を蹴る。
 ドラゴンの背中に降り立ち、拳を固く握り締める。
「受けい! 按摩、怪活突きッ!」
 巨大なデウスエクスの胴体に真正面から按摩神拳を叩き込む。
 背部への衝撃は確かな手応えを感じさせた。
「私も負けてられないね。レッツ! ゴーッド!」
 フェクトがその後に続いて屋上を飛び降り、名乗りを上げる。
「私は私教の絶対唯一の神様! フェクト・シュローダー! 世界をちょっと救いに導くどこにでもいない、スゴイ神様だっ!」
 現人神を目指す純粋な思いを乗せた一撃がドラゴンの頭を打つ。
「あなたの終わりを! 私が祝福してあげるっ!」
 神の祝撃は悪しきデウスエクスの額にしっかりと印を残した。
「これだけの攻撃を受けても怯まぬその力。勇者である我の初陣にふさわしい」
 大ぶりのゾディアックソードを手に仲間たちの戦いを見守っていた闇照が小さな笑い声を漏らす。
 大仰にマントを翻し、デウスエクスの前に降り立つ。
「光栄に思え。我が英雄譚の序章に記される栄誉を!」
 緩やかな弧を描く斬撃が敵の腱を斬り裂く。
 ケルベロスたちの猛攻にドラゴンは身体を半歩後退させる。
 次の瞬間、ドラゴンは身体を大きくひねり、巨大な尻尾を横薙ぎに払った。

●ドラゴニック・タクティクス
 巨大でありながら鞭のようにしなる尻尾は取り囲むケルベロスたちを軽々と吹き飛ばす。
 その威力は驚異的であり、数による優位など存在しないことを一撃のもとに示して見せた。
 さらに鋭い爪を向けるが、突き立てられるよりも先に意思を持つ植物がその周囲を取り囲んだ。
「貴方の好きなようにはさせませんよ」
 ステラの両腕から伸びた攻性植物が瞬く間に戦場を侵食していく。
 我が物顔でテリトリーを広げた植物は巨大なデウスエクスをも取り込もうと食らいついた。
 ひとつ、ふたつ、みっつと牙が突き刺さるたびにドラゴンの頭が揺れ、突き出した爪は自らの前足を斬り裂いた。
「皆さま、今のうちに治療を」
 ドラゴンの攻撃が逸れたことで標的となったケルベロスたちは距離を置く。
 ユキは特に傷の深いフェクトに緊急治療を行いながらも、テレビウムにもヒールの指示を出す。
「ほら、アタシの秘蔵の動画、見せてあげて」
 こくりと頷いたテレビウムは闇照に対する応援動画を再生する。
「いいわよ心電図。そのちょうし――」
 動画の最後に心肺停止を示す真っ直ぐな曲線が流れる。ご丁寧に絶望を示す電子音まで流れだした。
 すかさずユキの平手が心電図の頬を打つ。
「止めなさいこんなときに! 縁起が悪いでしょ!」
「案ずるな。我を応援する声はすべて我が力となろう」
 問題なく活力を取り戻した闇照は勇者としての役目を果さんと仲間の前に立つ。
「闇照くんだけにいいカッコさせないよ!」
 フェクトも負けじと杖を構え、電撃を浴びせていく。
 ドラゴンを挟んで向かい側ではロドリゲスもまた按摩神拳による治療を行っていた。
「我が按摩神拳は活殺自在、隙はないと知れい!」
 その豪腕からは想像もできない精密な動きでカイリの傷を癒していく。
 痛みが消えたことを確かめながら、カイリはガレキをどかして立ち上がった。
「助かったわ。アンタも無理するんじゃないわよ」
「心配には及ばぬ。我が按摩神拳は無敵なりッ」
「頼もしいことね。でも私の剣術も、けっこうやるわよ!」
 言うが早いか、斬霊刀を手に再びドラゴンに立ち向かう。
 前衛で戦う仲間たちの奮闘に後衛のケルベロスたちも負けてはいない。
 よりドラゴンに近いビルに移動した鉄はリボルバーを下に向け、もう片方の手でドラゴンの幻影を呼び出した。
「炎を使えるのはお前だけじゃないんだぜ」
 仕返しとばかりに溶岩竜を炎で焼き払う。
 十至もまた翼を広げてビルを移動する。降り立った先で居合によるけん制を行った。
「うわっ、とと、この距離でも届くのかよ!」
 危うい所で尻尾の直撃を避け、急いで別のビルに飛び移る。その先でスイッチによる爆破を起こした。
 度重なる攻撃は確実に相手を追い詰めていたが、ドラゴンはその体力がまるで無尽蔵であるかのように暴れ、周囲の建物を破壊しながらケルベロスたちに深手を負わせていく。
「気をつけてください! また!」
 ステラの忠告が終わるか終わらないかのうちに再び口を大きく開け、猛火のブレスを放つ。
 敵を一度に焼き尽くす炎はヒールでは癒やしきれないダメージを着実に積み重ねていた。

●ドラゴン狩り
「もう少しよ。いくらドラゴンといえども、勝てない相手じゃないわ!」
 香蓮は仲間を鼓舞するように叫びながら癒しのエネルギーを放出する。
 気丈に振る舞いながらも満身創痍であることはだれの目にも明らかであった。
「無論だ。俺達で勝てなければ、地球は終わりだ」
 構えた腕をまっすぐに伸ばした鉄が敵を狙い撃つ。
 正確無比な射撃は見事ドラゴンの眉間に命中した。
 溶岩竜の身体がふらつき、前足が崩れて地面に沈み込む。
 ここにきて初めてドラゴンの状態に変化が生じた。
 好機と見た十至は六枚の翼を広げ、日本刀を手に空を駆ける。
「ちょいと本気で付き合うぜ……但し、1分だけ、な」
 言葉とは裏腹に十至の表情は苦悶に満ちている。
 しかし太刀筋は鋭く、岩石のような表皮を深々と斬り裂いた。
「受けい我が秘技ッ! 按摩、剛柔波ァッ!」
 振りかざした腕の先から衝撃波が巻き起こり、ドラゴンの後ろ足をえぐる。
 左半身の力を失ったドラゴンはその場を動くことができずに身体を傾かせる。
 追い打ちを掛けるようにステラの蔓触手によって巨体が締め上げられた。
「私が抑えます。今のうちにトドメを」
 捕らえられたドラゴンの瞳に映る者。それは仲間を庇い、傷つきながらも立ち続ける闇照の姿であった。
「アナタに任せたわ! これで仕留めちゃって!」
 ユキの支援を受けた闇照の全身に力が込もる。
 ゾディアックソードを手放し、マントをなびかせながらドラゴンに向けて走り出した。
「勇者の力、見せてくれよう!」
 面前に飛び込んできた闇照に向けてドラゴンは三度口を開く。
「させませんっ!」
 絡みついた植物がわずかに頭の位置をそらす。
 ブレスは闇照を外してすぐ真下の地面を焼き焦がした。
「これが勇者の一撃……主人公の力だァ!!」
 渾身の力を込めた拳で頭部を殴り付ける。
 ドラゴンの身体が揺れ動いたかと思うと、スローモーションのようなゆっくりとした動きで横倒しになった。
 悪しきデウスエクスはもはや身動きひとつ見せない。宝石化もせず、完全にその生命活動を停止した。
 周囲が歓喜に沸く。そんな中、鉄はその場に座り込み、大きく息を吐いた。
「さすがに、疲れたな」
 耳を澄ませば神格序列が上がったというフェクトの声が聞こえる。
 ここからが英雄譚の始まりだという闇照の言葉も響く。
 ヒールによって建物を修復する十至やユキ、ロドリゲスの喧騒が耳に届く。
「よっしゃッ! それじゃあ帰って宴会ねっ!」
 一際大きな声で叫んだカイリの言葉に鉄は重い腰を上げ、仲間たちのもとへ駈け出した。

作者:稀之 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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