戦艦竜足柄を討て、死角なき海原

作者:ほむらもやし

●轟沈再び
「あんたも懲りないねえ。あんな目に遭って、命があっただけでも幸運なのに」
「うまいヒラメを釣ってくるって、タンカ切っちまったんだよ。すまんな、もうあとには引けないのさ……」
 少しでも見つからないようにと、男は小さな船を選び、静粛性に優れたバッテリー駆動の船外機を使いしかも低速でここまで来た。
「しかし、恐ろしいほど静かな海だなー。ホント嫌な予感しかしないよ」
「やめてくれ。俺だって早く釣り上げて帰りたい」
 釣りを始めてからしばらくして、少し離れた海上に白い水飛沫と共に、男にとっては忘れることのできない、あの時の戦艦竜足柄のシルエットが現れた。
「いかん、海に飛び込め!!」
「南無三!」
 2人が海に飛び込むと、ほぼ同じタイミングで砲撃は始まり、小さな漁船は木っ端みじんに砕けて爆発した。
 
●討伐の依頼
「戦艦竜足柄によって、再び漁船が襲われた」
 ケンジ・サルヴァドーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はケルベロスたちを前に厳しい表情で話を切り出した。
 戦艦竜は、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査によって判明した強敵で、現在、相模湾の各所で討伐が進行中である。
「幸運にも、足柄に襲われた漁船に乗っていた2人は怪我だけ済んだけど、このような事故は繰り返させたくないね」
 前回の戦闘により、極めて高い攻撃力を見せた、戦艦竜足柄であるが、防御面に関しては、通常の戦いと同じように、ダメージが通ることが認められている。
 
「前回の足柄の攻撃は基本的に、巨体を生かした体当りを含む打撃、搭載砲の射撃、雷を帯びた水流といったところでしょうか」
 数の劣勢を理解したうえで、弱みがあれば衝いてくる戦術は大きく変わらないだろう。
 撤退する者や戦闘不能になった者を深追いすることも確かに無いようだ。
 行動の傾向には確定できない部分もあるが、一定の海域をテリトリーとして侵入者を迎撃するような動きも見られることも見逃せない点だ。
「今回もクルーザーを用意させてもらったが、静粛性を重視したいなら、エンジンは掛けずに帆を張って現場海域に向かうこともできる」
 足柄を先に発見し、先制攻撃をする手立ては皆目見当もつかないが、足柄に発見されるタイミングを遅らせること自体は、少し手を打てば難しくはなさそうだ。
「足柄の攻撃は苛烈だから充分に注意してね」
 短く切った言葉に含まれるのは、耐えきってたとしても、ダメージの残った状態で、二回目の攻撃を受ければ、戦闘不能になるよりも深刻な事態になる可能性。
「戦いはまだ始まったばかりだよ。君たちを大切に思っている人がいることを忘れずに、戦ってほしい」
 今すぐ倒せなくても、戦いは無駄にはならない。生きてさえいれば、倒すチャンスはまだ巡ってくる。そう確りと告げると、武運長久を祈るようにケンジは丁寧に手を合わせた。


参加者
メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)
マイ・カスタム(装備なしでも重装型・e00399)
朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
平島・時枝(フルメタルサムライハート・e15959)
鬼塚・水陰(ドラゴニアンの巫術士・e17398)
サシャ・フラヴィニー(矯めるなら若木の内に・e21203)

■リプレイ

●行き違い
「足柄ちゃん、この前は不覚をとったけどなあ、その賢さ、今度は利用させてもらう」
 操船を朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)に委ねると、鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)は、隠密気流を発動して、クルーザーから離れる。
「足柄の出方は分かっているし、ここは手堅く行けるところよね」
 続く、メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)も隠密気流を用いて、気配を隠す。
 戦艦竜足柄の初撃はおとりのクルーザーに向かうはずだから、先手を取るのが難しい状況でも実質的に先手を取れる。理にかなった優れた作戦である。
 ただし、見つからなければ、である。
 基本とする海域は前回と同じく、小田原沖、酒匂川河口から南南東、真鶴岬から東方向へ進んだあたりだ。
 陸地は遠く、海原が広がり、海上に突き出た岩礁などの地形は一切なく、身を隠せるほどの大きさの浮遊物も見当たらない。
(「初めての敵だし、ここは先輩に合わせておくべきだね」)
 マイ・カスタム(装備なしでも重装型・e00399)もまた、螺旋隠れを発動して気配を消すと、軽い身のこなしでクルーザーを離れる。
「さて、アタシらもそろそろ始めるか。頼りにしているぜ!」
「それではエンジン起動しますね」
 海に飛び込む、平島・時枝(フルメタルサムライハート・e15959)の声に応じて、朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)がボタンを押すと、ディーゼルエンジンの予熱動作が始まる。
 行動は仲間に準拠したいと思っていた。
 だが、思うだけで、能力がなければそれは叶わない現実を、サシャ・フラヴィニー(矯めるなら若木の内に・e21203)は突きつけられていた。
「もう、なるようにしかなりません」
 非戦闘グラビティによって行動を補うことが出来無ければ、状況に適した準備や手立てを講ずる必要がある。
 なぜ能力を持つ仲間と同じことができると思い込めたのか、今となっては成り行きに身を任せるしかない。
 やがて小刻みな振動音を立てていた、ディーゼルエンジンが予熱を終えると、唸りを上げはじめる。
 こうなった以上、間もなく足柄はここにやってくる。
「勝つための最適解を選びたいだけ……」
 四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)はポツリと呟く。
 身を隠したくても、周囲には海原が広がるばかりで、確実に隠れられる場所は見当たらない。
 空を飛べない千里にとって、時枝と同様に海中に活路を求めるか、それともクルーザーの中で足柄の出現を待つかのどちらかしか選べない状況となっていた。
「あきらめるには早いです。希望とは、足掻いた者の上にこそ、輝くと存じます」
 悩む千里に向かって、鬼塚・水陰(ドラゴニアンの巫術士・e17398)は、力を込めて言った。

 一方、海中に隠れる場所があるだろうと楽観的に考えていた、時枝はいくら潜っても海底の気配が見えないことに苛立ちを感じ始めていた。数十メートルも潜った海中には殆ど太陽の光は届かず、暗黒の世界が広がっている。
(「水圧はめちゃめちゃ強くなってきたし、いったいどうなっているんだよ?」)
 不審に感じた時枝は、アイズフォンを起動し、相模湾の海底についての情報を求める。
(「なん……だと」)
 その情報によると、小田原付近の相模湾岸に大陸棚は殆ど無く湾の中央に達する相模トラフと呼ばれる水深1000メートルを超える海底谷に向かって連続的に深くなっているとされていた。
 真鶴岬沖の海底には真鶴海丘と呼ばれる少し高くなった一帯もあるが、それでも水深は数百メートルになる。つまり、このまま頑張って潜り続けても、海底にたどり着くまでには相当の時間が掛かってしまう。
 そのうえ以前の戦闘海域からは多少離れているとはいっても、既にクルーザーのエンジンは掛けられており、おとり作戦が開始されている。
(「いやな予感がするぜ!」)
 現時点で侵入者の存在に気付き、足柄が迎撃のために接近中であることを鑑みれば、自分が危険な場所にいることは疑いようがない。
 漁船が襲われるケースでも、クルーザーが破壊されたケースでも、水上を移動して接近する様子は認められておらず、突然に姿を現して、体当たりあるいは砲撃を始めていることを思い起こせば、深さは不明であるが、足柄が海中を移動していることは確定的だ。
(「くそっ、しくじったか……」)
 自身が極めて危険な状況にあることに気付く。
 海底まではまだ遠く、水面に戻っても隠れる場所は無い。次の一手を導き出そうと必死に思考を巡らせ始めた瞬間、下方から昇ってくる強烈な渦に時枝は動きの自由を奪われた。
「……ははは、なんだ戦艦竜の足柄か、奇遇だな。こんなところで何やってるんだよ!」
 ヤケクソにも似た強がりと共に、美しい刀刃をもつ斬霊刀を抜き放つ。
 だがそれを振り抜くよりも早く、深海から急浮上してきた足柄の巨体が直撃し、悲鳴を上げることもできないまま、時枝の意識は深海の闇に溶け込むようにして消えた。

●戦い
 クルーザーが木っ端みじんに破壊されると同時に、既に戦う力を失った時枝の身体が宙高く舞い上がり、クルーザーの破片と共に海面に落下する。
 たとえ作戦が正しく、完璧なものであったとしても、正しい行動なしに恩恵に預かることは出来ない。
 ゆえに、メラン、灯乃、そして今回に限っては初撃を免れたマイの3名のみが、攻撃の機会を手にする。
「さーて、いきなりのご挨拶じゃない。久しぶりね、足柄。今度はこの前みたいにあっさり終わらせたりはしないわよ!」
 宙高く舞い上げられたクルーザーの破片がそこかしこに落下してくる。初撃の余韻に翻弄される仲間を尻目に、余裕をもって足柄の全容を見定めたメランは、得物を掲げて、踊るようなステップを踏みながら、
「カッタン、カッタン、回る歯車、踊る紡錘、紡錘に刺されて、眠るのだぁれ?」
 言って、絵本の上でつまみ上げ、投げ放つような手の動きを見せると、絵本の世界から飛び出したような紡錘が、宙に現れて、足柄に襲い掛かる。
「効いているわよ!」
 パラライズの効果を認め、メランは声を上げるとほぼ同時に、ボクスドラゴンのロキの放ったブレスが命中し、その効果を付与する。前回の戦いに引き続き、バッドステータスが掛かりやすい傾向にあることは間違いない様だ。
「これが足柄だね。この身体が動く限り、バッドステータスを叩きつけてやる」
 そう呟きながら、マイは逡巡する。
 計算上の期待値が同じであるなら、付け加わる要素の有無が決定的な違いとなる。
 信じがたい奇跡や幸運にみえる成功を生み出す工夫や、信じがたい不幸を引き起こす想定外までを思考を巡らせたなら、どのような結果であっても、悔やむことは無いだろう。
 成功率1%でも、条件を整えれば奇跡は起こるし、100%の成功率と言われていても、最初の失敗例を引き起こす場合もある。数値というものは想定された条件下での期待値に過ぎない。
「わからないね」
 期待値を8割強の同値に調整した手腕は見事である。
 だが同値となっている以上、どちらが命中しやすいかは判断できない。したがって、多くのダメージが期待できるエレクトリッガーを選ぶ。
「心魂機関アクティヴ! 電流収束!」
 叫びと共に気合を込め、マイは心魂機関の稼働率を最大まで上げる。新たに生み出された電気の力が、樹枝状に伸びるスパークを生み出し、足柄の巨体を覆う装甲のそこかしこで爆ぜる電光の付近から、煙が立ち焼け焦げたような異臭が漂う。直後、苦痛からか激しく左右に揺れる足柄の動きにマイの身体は弾き飛ばされ、波に受け止められ、入れ替わるように前に出たテレビウム、てぃー坊が、顔から閃光を放つ。
「頼むから、上手いこと行ってくれんか――」
 武骨な鉄塊剣を担ぐように構え、灯乃は身の内ある力を籠めると、気合と共に繰り出した重厚無比の一撃を叩きつける。そこにあるのは足柄の攻撃を自身で引き受け、仲間のために少しでも時間を稼ごうという覚悟。そして主人の意図を汲むように、行動を共にするテレビウムも閃光を放つ。

 思いがけない攻撃に若干の意表を突かれた足柄は、灯乃に対する怒りを抱かされながらも、即座に囚われることは無く。まるで戦いの本能が告げられたかのように連装砲塔を急旋回させ、メディックである、メランとサシャに露骨に狙いを定めた。
「危ない、避けろ!」
 灯乃が叫ぶとほぼ同時に、砲声が連続する。放たれた巨大な砲弾は、テレビウムが両者の間に飛び込むよりも早くメランとサシャに命中して大爆発を起こす。爆風が吹き荒れて、風が逆巻く。熱を帯びた砲弾の破片が煙の筋を残して放射状に広がり、2人を守ろうとした、4人のディフェンダー、そして使命を与えられたサーヴァントたちの周囲に落下する。
「母さん……」
 爆炎が消えた後の海面には、戦闘力を失った2人が漂っている。
「戦闘竜足柄よ。誇りある勝利を望むなら、私を倒してみよ」
 言い放ちながら、千里は精神を集中させた妖刀千鬼の刃先を足柄に向ける。
 ――瞬間、足柄の巨体全体が巨大な爆炎に包まれ、間髪を入れずに撃ち放たれた、マイの大量のミサイルが傷の目立ち始めた装甲の上に降り注ぎ、無数の爆炎を上げる。
「よくもやってくれたなあ、でもこのままで終わらすつもり無いからな」
 撃ち放った、フレイムグリードの炎弾が足柄の命を啜り取る。
 攻撃力はチートといえるほどアカンものだったが、無駄がなく強固に見えた装甲に関しては、ポジションに関係があるのかもしれないが付け入る隙はありそうだと、灯乃は感じつつあった。
 無駄がないということは褒め言葉であるが、冗長性に欠けるという欠点も意味する。
「その悪事、許す訳にはいかぬな」
 毅然とした態度で、足柄の正面に躍り出た、くしなは言い放った。
「わからぬか……この宴、この世の名残の宴と知るとよい!」
 くしなが鋭く言葉を飛ばす先、足柄はここまでに受けたダメージを確認するように、角状の突起のついた頭部をくるくると回し身構えている様子。
「愚か者っ!!!」
 あまりのスルー加減にキレ気味に繰り出した蹴りが足柄の顔面を捉える。そして怒りを孕んだ無造作な眼光がくしなに向けられた瞬間、
「隙ありです!」
 刹那の隙を見逃さずに、水陰のバスターライフルから撃ち放たれた、ゼログラビトン――の光条が足柄を捉え、その砲塔を焼き、その表面を粟立たせる。
「かいな殿、灯乃殿、攻撃きます!!」
 直後、足柄の動きを察知し、水陰は素早く声をあげれば、かいなは即座に間合いを広げ、千里と灯乃もまた攻撃に備えた。
 雷鳴が轟き、稲妻を帯びた竜巻如き水柱が海面に立つ。水柱は勢いを増しながらその半径を急激に広げ、散開して身構えた4人とサーヴァントたちを瞬く間に巻き込んで、激流の中で翻弄した。
 嵐のような攻撃が収まった時点で、余力を残している者はマイだけであった。
「撤退基準まであと一撃、といったところか」
「ッ……やはり甘くはない、か……」
 メランの言葉を思い出しながら、千里が告げると、マイは思案気な表情を作りながら、戦闘継続か撤退か――自分らの出方を窺っている足柄の方を見る。
 攻撃の余韻で高くなった波が足柄の巨体にぶつかって、山のような水しぶきを散らしている。
 波間にはクルーザーの破片が無数に浮かんでいる。
「だが、これだけは確かめさせてもらう」
 決意を孕んだ言葉と共に跳びあがると、マイは破片から破片へ、波飛沫を切り裂きながら跳び、足柄へと肉薄すると、その背中に掌を軽く当てた。瞬間、掌に籠められた螺旋が足柄に流れ込み、体内で暴れまわる。
「……そういうことか」
 属性の違いによる有為な手ごたえの差異は感じられなかった。
 つまり、ほぼ偏りが無いという確証を得た。

●戦いの終わりに
「今日は挨拶だけでした。またお会いしましょう……って言うところだったのですけど」
 かいなの発動したヒールドローンだけでは、仲間の受けたダメージを癒しきることはできない。
 次いで千里が危険な状態にある水陰に気力溜めを施した。
「今回はここまで……だが、後に続く者が……必ず、お前の息の根を止めるだろう……」
 足柄の傷ついてはいるが、主砲と副砲、稼働可能な砲口の全てが、こちらに向けられていることに気付く。
「ここは俺にいいかっこさせてもらえへんかな」
 次の一撃を受ければ、ただでは済まないことが明らかな水陰の壁となるように、灯乃は前に立つと、穏やかな笑みを浮かべる。
「灯乃殿、千里殿、かいな殿だって傷ついているではありませんか?」
「大丈夫やろ。ぎりぎりだいじょうぶやろ」
「そんな……」
「心配するな、私は運が強いんだ」
 かつての事件の記憶に思いを巡らせながら、それに比べれば全然大したことないと、千里は身構える。
「あんまり自信ありませんが、まあなんとかなるでしょう」
 かいなが明るく言い放った直後、立ち向かってくるものには容赦しないとばかりに砲撃が始まった。
 砲撃が終わると、足柄は再び海中に姿を消した。
 かくして5人の戦闘不能者出したが、足柄にも見てわかる出血を強いることが出来た。
「流石に、個体最強といわれるだけのことはあったな」
 弱点と言える弱点は、やはり発見できなかったが、そつのない防御能力や、無駄を排する行動傾向、融通の利かなさと言った点は、欠点ともなりうる。
「これで壊したクルーザは二艘ね。いったい何艘壊させるつもりかしら?」
 帰りがまた寒中水泳になったと、不機嫌そうにメランは言うけれど、その表情は厳しくはない。
 なぜなら、今回誰一人欠けることなく帰還の途につけたのは、仲間たちの必死の行動によって、勝ち得たものであると知っていたから。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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