振袖着れば影が差す

作者:遠藤にんし


 成人式は無事閉会を迎え、新成人の彼女は友人たちと内輪での二次会をすることにした。
 二次会が始まるまでは少々時間に空きがある。強風のせいで乱れてしまった振袖の裾のあたりを直してもらうために、彼女は着付けをしてくれた母親のいる自宅に一度帰ることにした。
「あっ……!」
 外に出た時、慣れない草履のせいで彼女はつまずいてしまう。
 幸いにも転倒することはなかったが、そのせいで手にしていた携帯電話を落としてしまった……拾うために屈みこむのも一苦労。
 どうにかしゃがんで落ちた携帯電話に手を伸ばす彼女は、地面の上に虫が一匹、死んでいることに気付く。
 冬の寒さによって、ここで死んでしまった虫のようだ――冬なのだから虫の死骸くらい落ちていても不思議ではない。特に何の感慨もなく虫から視線を外す彼女の頭上、何かの影が差した。
 友人か誰かだろうか……思って見上げた彼女は、そこにローカストの姿を認める。
 ローカストは彼女の振袖の襟元を掴んで立たせると、引きずるようにして薄暗く人気のない路地まで連れ込む。
 そうするうちにも、彼女の体内からはグラビティ・チェインが奪われつつあった――。
 

 宇部・敦子(おおきないきもの・e13759)の調査によって判明した、新成人となった女性を狙うローカストの存在を、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げる。
「狙われた新成人の女性は、内輪での二次会に向かう途中だったようだ。彼女がローカストにグラビティ・チェインを奪われ続けるのを黙って見ていれば、彼女は会に間に合うどころか命だって危ない。どうか彼女を助けてくれ」
 言って、冴は場所の説明をする。
「場所は成人式の会場近くの道端。新成人やその家族、記者などの人は結構いると思う。戦闘が始まれば自主的に避難はするはずだ」
 もちろん、万全を期すならばその行動は無駄にならない。
「ローカストが現れるまで、周囲および女性への接触はしない方が良い。……何が起こるか分からないからね」
 ケルベロスたちが女性やローカストに接触したり、周囲への避難を呼びかけたりするのはローカストが出現してから。
「このままだと、ローカストは女性を裏路地に連れて行くのよね?」
 敦子の問いに、冴はうなずく。
「そうだ。裏路地へ入ってから戦うか、ローカストが現れたらすぐに戦うかは任せるよ」
 ローカストは1体だけ。
 知性が無い分力は強いため、油断出来る敵ではない。
「せっかくのお祝いの日を台無しにするローカストを許せはしない。必ず、倒してきてくれ」


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
燈家・陽葉(陽光色の詠使い・e02459)
モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)
ソフィア・フォーチュン(ウィッチクラフト・e09629)
ヴィンセント・ヴォルフ(モノクローム・e11266)
宇部・敦子(おおきないきもの・e13759)
鹿門・零菴(地球人の刀剣士・e19020)

■リプレイ


 成人式という一生で一度の晴れ舞台に、恐ろしい思いをさせたくはない――ケルベロスたちの考えは、そのように一致した。
 物陰へと隠れ、ローカストに狙われる女性の姿を待つ彼らの前を、新成人の装いの人々が通り過ぎて行く……八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)の熱い眼差しは、振袖姿の女性達に注がれていた。
(「俺、来年新成人だけど振袖姿の女の子見る為だけに式出るわ」)
 華やかに着飾った姿ももちろん美しいが、楽しそうに笑い合う顔もまた見ているだけで幸せになるもの。来年新成人を迎える爽は、物陰から女性達を見つめ、そう決意するのだった。
 ――間もなく、ローカストに襲われる女性が姿を見せる。
 彼女がローカストと接触するまでは潜んでいなければならない。彼らは歯痒い思いで彼女を見守り続け、やがて――。
 ローカストが、そこに出現した。
「……力を貸してね、阿具仁弓」
「鬼魔駆逐……陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。……参ります」
 途端に周囲に音が満ちた。ピレネー犬の吠え声を聴きながら燈家・陽葉(陽光色の詠使い・e02459)がつぶやく横、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)も戦いのために意識を研ぎ澄ましていた。
 沙雪が左手を刀印にし刀身をなぞるような仕草をする間に、陽葉は阿具仁弓を手に物陰から飛び出ている。
「陽の光を以て、貫け!」
 陽光が集い、矢へと纏われて放たれる――鋭い一撃を受け、ローカストは陽葉へと向き直り、その身にアルミを注ごうと躍り掛かる。
 陽葉から一拍遅れて現れた沙雪は代わりにその攻撃を受けとめると、雷神の突きをローカストへと向ける。
「ここを抑えている間に避難を頼みます」
「ケルベロスだよ! みんな、逃げて!」
 ソフィア・フォーチュン(ウィッチクラフト・e09629)も声を張り上げて周囲へ注意喚起すると、水の精霊の力を引き出す。
 ローカストに襲われそうになった女性へとローカストの意識が向かないように、爽もスターゲイザーでローカストの意識をケルベロスたちへと引き寄せる。流星の煌めきを受けて、爽の青い髪には不思議な彩りが加えられていた。
「全く……晴れの節目になんつー厄介なことを……」
 モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)は嘆息しつつ、怪我をした沙雪へとケルベロスチェインで作りだした魔法陣から癒しを送る。モンジュがちらと視線を送ると、ヴィンセント・ヴォルフ(モノクローム・e11266)は女性へと駆けより、避難を促しているところだった。
「……巻き込まれたくなかったら、早く、逃げろ」
 そこに、動物変身でピレネー犬へと変化した宇部・敦子(おおきないきもの・e13759)も続いた。
 敦子自身の成人式の際に赤ちゃんだった子たちも、既に成人を迎える歳となった。そう思うといつも以上に、敦子は彼女を守らねばならないという気持ちが強くなるのだった。
「小悪魔じゃなくて、魔女だよ、魔女!」
 弾けるようなソフィアの声と共に魔女の媚薬は気化し、ローカストを覆い尽くす……魅了の力を秘めた媚薬は不可視の霧となり、ローカストを襲った。
 腕に攻性植物を這わせる鹿門・零菴(地球人の刀剣士・e19020)は、全身に力を滾らせてつぶやく。
「行くか……」
 言葉に呼応するように果実が実り、聖なる輝きを仲間へと広げた。


 展開された殺界形成のためもあって、戦闘に邪魔が入る気配はない――ケルベロスたちもローカストも、遠慮なく戦闘に集中することが出来た。
 状況を見て避難にも手を貸そうと思っていたモンジュだったが、その必要はなかったようだ。ならばその分、戦いにおいて貢献するべきだ……思い、モンジュは赤い竜の翼に力を込める。
「ここは通さないと言っている」
 ローカストの攻撃を受けとめる沙雪は体力もあり、息切れはしていない。マインドシールドで仲間に守りを付与する沙雪だったが、先ほどの攻撃の余波によるものか、不意に視界が揺れるのを感じた。
 ――しかしそれが何かをもたらす前に、陽葉の歌声が響く。折角の大事な日を悲劇の日に変えさせるわけにはいかないという想いの込められた陽葉の歌声に沙雪は勇気づけられ、神霊剣・天を握り直す。
「火に入っちまえ、冬の虫。ってな!」
 不敵に笑う爽がスマートフォンをひとつタップすると、たちまちローカストの体は炎に包まれる。炎はいつまでもいつまでもローカストに纏わりつき、執拗にその体力を奪っていくのだった。
 モンジュは御魂刀「霊呪之唯言」を構えると短く息を吐き、同時に突きを放つ。一瞬のことにローカストは抵抗も出来ず、その硬い表皮の下の柔らかなものを露出させた。
「その身に呼び醒ませ、原始の畏怖」
 ヴィンセントが言うと同時に、黒い雷槌が迸った。ヴィンセントの銀髪を揺らすほどの苛烈さを伴う一撃だったが、ヴィンセントは雷に穿たれるローカストから視線を逸らしはしない。
「絶対させないんだから!」
 魔導書を広げるソフィアの声はどこか悪戯っぽいものだったが、放たれる炎弾の火力は高い。幾つかの炎弾がローカストへと喰い込むのを見て、ソフィアは満足げな表情で魔女の帽子に触れた。
 敦子は動物変身を解いて元の姿へ戻ると、暴風を伴う重い蹴りを叩きこむ。
「女の子の四大和装お洒落の日、踏みにじらせる訳にはいかないわよ」
 そのためにも、ローカストはここで倒さなければいけない――敦子の決意に報いるように零菴はガトリングガンを構え、目にも留まらない速射において乱射した。
 ……ちなみに敦子いわく、『四大和装お洒落の日』の残り三つは、七五三・夏祭り・結婚式であるらしい。
 攻撃をいくら受けても、ローカスト自身が危機を覚えている様子はなかった……知性がないためにそれらの判断が出来ないのかもしれないし、出来てもそうと分かりにくいのだろう。
 戦いが続き、劣勢に追い込まれながらも攻撃にぶれのないローカストを見、モンジュは唇の端でだけ笑う。
「まだまだ未来のある若者を潰すなんて真似、絶対させねぇぜ」
 覚悟しな、という呟きの後、モンジュは目を閉じる。


「碧を注ぎし我が器……満ちて零すは月の滴」
 柔らかな光が満ちた――まるで、海を照らす月のような。
 今回は唯一のメディックであるモンジュのヒールに報いるように、陽葉の攻撃には力が込められる。陽葉の一撃は常に正確であり、戦いの疲れも高揚も、矢をぶれさせるには至らなかった。
 敦子が無骨な鉄塊剣を腕力のままにローカストへと振り下ろせば、ローカストは怒りの眼差しを敦子に向ける。
「ほらほら、的がデカい方が当てやすいでしょう? こっちに――」
 言葉が途切れたのは、ローカストにアルミを注がれる激痛が敦子を襲ったから。
 しかし敦子にとってはそれで十分だった。壁として敵の攻撃を受け止め、味方が攻撃する隙さえ作ることが出来れば……敦子の思いを汲み取ったかのように、ヴィンセントは死角からローカストの懐へと飛び込んでいた。
「ローカストに邪魔は、させない」
 斬り裂かれ、黒々とした表皮と共に血を飛ばすローカスト――サポートに徹する零菴がローカストへ腕を差し伸べると攻性植物が伸びる。
 地を走る零菴の攻性植物は飛び散る表皮や血などを器用に避けながらローカストに至り、万力のごとき力で締め上げた。
 ソフィアの魔導書から魔法の光線がローカストへ飛ぶのを見ながら、沙雪は刀印を結ぶ。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 切られた印は四縦五横。声が終わると同時に沙雪の手には光の刀身があり、集中力を維持したまま沙雪はローカストを切り伏せた。
 これまで何の変化も見せてこなかったローカストの姿が、少しだけ、しかしはっきりと傾ぐのが分かった――爽はヘッドフォン『模造人形のウインク』へと指を添え、両手の改造スマートフォンへと意識を向け、インターネットに揺蕩う全てを魔術によって束ねる。
 そして顕れたものは、極大規模の恒星。
「ド派手なのを一発、咬まそうか!」
 撃ち出されたそれの華やかな色合いに、零菴は思わず黒い目を細めて見入ってしまう。
 しかし、その実態は圧倒的な暴力と言って差し支えなく。
 弾け煌めく攻撃に、ローカストは無慈悲な死を受けるのだった。


 戦いが終わり、人の流れが戻ってきた道の中に、ローカストへと襲われた女性の姿はなかった。
 ケルベロスカードを渡すなどのケアを考えていたケルベロスたちだったが、彼女が無事に済んだならばそれに越したことはない。晴れの日が恐怖に彩られずに済んだことに、沙雪は安堵して弾指をおこなった。
 零菴が黄金の果実で周囲にヒールを施せば、元から周辺被害が少なかったのもあって、すぐに戦場は元の表情を取り戻す。
 それをぐるりと見渡して、爽は満足げな表情だ。
 ……辺りを歩く振袖女子を見て、満足げな表情だ。
 様々な振袖に目を奪われているのは、陽葉も同じ。着物を纏うことの多い陽葉は実に興味深そうに振袖を見ていたが、ふとソフィアと目が合うと、恥ずかしそうに微笑んだ。
「初詣にでも行きますかね」
 デウスエクスの跋扈するこの世界が少しでも良くなって欲しい、そんな願いを考えながら、敦子は独りごちる。
「モンジュ。……お酒とタバコって、うまいのか?」
 問いかけるのはヴィンセント。
 ヴィンセントにとって、3年後に控えた成人は『お酒やタバコが摂取できるようになる歳』という程度の知識しかない。
 やれることが増える、というのは良いことかもしれないが……それらがどのようなものなのかは、いまいちよく分かっていなかった。
 感情表現に乏しいが興味津々といった風なヴィンセントの素朴な問いに、モンジュはにやりと笑う。
「気になるか? まぁ、不味かったら続かないけどよ……。煙草はともかく酒は付き合いの中で覚えるもんだ。気長に準備しとけばいいさ」
 時間なら、まだまだあるのだから。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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