ケルベロス達の一斉砲撃がガイセリウムに突き刺さる。要塞は動きを止め、エインヘリアルの軍隊が紅く解き放たれた。
勇猛な戦士達を迎え撃つ激戦が多摩川を背に展開される、その後方。援護に動いていたケルベロス達がガイセリウムでの異変に気付く。周囲を警戒していた筈のヴァルキュリア達が一斉にその内部へ帰還する様を見たのだ。
ガイセリウムへ不用意に近付くのは自殺行為、そうヘリオライダー達に言わしめた原因がこの時除かれた。危険は承知、しかし今こそが好機と彼らは判断した。
すぐに動けるケルベロスは少数。彼らは急ぎガイセリウムへと駆けた。個々の負担が増えようとも作戦そのものの成功が優先と、彼らは隊を分け四方から要塞の脚に取り付く。これらを登った先には点検用のダクトがあるとザイフリート経由で聞いていた。
「急げ!」
先行しダクトへ辿り着いた者が後続の者達へ手を伸ばし促す。つい先程、ヴァルキュリア達の代わりだろう、シャイターン達が空へ舞う姿を確認していた。
彼らに見つかる前にとケルベロス達はダクトから内部へ潜入する。その一隊は内部の静寂に耳を澄ませ、気付かれずに済んだらしいと、互いに顔を見合わせ安堵の息を吐いた。
しかしすぐに気を引き締め直す。入って終わりでは勿論無いからだ。
ケルベロス達の妨害によりガイセリウムは足を止めた。それを動かすだけのグラビティ・チェインを確保する為にイグニスはヴァルキュリアを使う事にしたのだろう。ゆえにヴァルキュリア達は呼び戻され、その代わりにシャイターン達が彼女らの任を引き継いだ。あれは此処へ潜入し得る唯一の隙だったと言って良い。
それを突き無事内部へ入り込んだ今、ガイセリウム内に居るケルベロス達の為すべき事はただ一つ、アスガルド神・ヴァナディースの暗殺だ。彼女はガイセリウムの中枢にして、ヴァルキュリア達が操られている原因を作り出している存在である。彼女を殺害出来れば、ガイセリウムの機能の三割程が停止し、一時的ではあろうが敵陣を混乱に陥れる事が出来るだろうと予測されていた。任を果たした後は、ケルベロス達はその混乱に乗じて脱出すれば良い──無事に目的を達成出来たならば。
「──よし、行こう。シャイターン達はこのダクトを使わなかったみたいだし、上手くすれば内部に残っているかもしれない敵も避けられるかも……」
「他の脚から入ったチームとも無事合流出来れば良いが」
「まずは私達が下手を打たないように頑張らないとだね」
頷き合って彼らは、奥に続く道へと足を向けた。
ガイセリウムが停止して暫しの後。四本脚の一つの守りを預かるセミの、配下としてつけられていたヴァルキュリア達に緊急招集が下った。伝令のシャイターンは、どうせ敵など来ないから、などと雑に後の事をセミ一人に任せて去って行った。
「……カハ」
セミは咳に似て小さく笑う。シャイターンの言う事ももっともではあった。とはいえ己は雇われたプロ、見回りくらいはせねばならない──こんなつまらない任であれど。
(「これが済んだら、多少の手当くらい要求しても良いだろう」)
ここに雇われてから、周りはエインヘリアルとヴァルキュリアとシャイターンばかり。このところ満足に『喰えて』いないな、とセミは思う。
竜の因子を示す、寿命というモノを受け入れたヒトの臓物。温かで柔らかな『龍の肝』。アレを喰わねばこの身は、と、セミはニタリ、半分だけの仮面の下で乱杭歯を覗かせ嗤う。
咳を零す喉をセミの片手が押さえる。万一侵入者が居て、己の存在を早くに悟られでもすれば面倒だ。
包帯に包まれた足は音を殺し彼の身を運ぶ。そうしてセミはやがて、万に一つの可能性が当たった事を悟る。彼の視線の先には、ガイセリウムの中枢を目指さんとするケルベロス達の背があった。
まだ遠いその姿。セミが侵入者達の詳細を把握するには至らないが、刀に手を掛け彼は期待に口元を歪めた。手当を要求する前に欲を満たせるかもしれないと。
侵入者達の中にドラゴニアンが居れば良いと、その臓腑を奪い喰らえばきっと美味だろうと──脆弱な存在と成り下がった仔らを喰い散らかしたいつかの喜悦を思い返して、彼は。
参加者 | |
---|---|
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426) |
シルク・アディエスト(巡る命・e00636) |
リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765) |
空波羅・満願(御霊喰らいの獄炎餓龍・e01769) |
斎藤・斎(フォーマルハウト・e04127) |
文月・蒼哉(着ぐるみ探偵・e04973) |
七種・徹也(玉鋼・e09487) |
●病マシ疚シキ偽リノ
人が通るには向かない通路を越えて進む。中枢まではまだ遠い。
「この先は少し広くなっているようですね」
携帯電話で周囲を撮影していた斎藤・斎(フォーマルハウト・e04127)が口を開いた。敵の存在を警戒しつつ皆がそこへ出ると、その先もまた無数の道に分かれダクトが続いているのが判る。
「随分登ったつもりでいたが……」
空波羅・満願(御霊喰らいの獄炎餓龍・e01769)が見上げて息を吐いた。未だ城本体へも届かない。
「どの道から参りましょうかー?」
「どれもそう変わらねぇとは思うが、回り道は困るしな……」
辺りを見渡しフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が問う。位置関係を想像しつつ七種・徹也(玉鋼・e09487)が応えた。
声を抑え気味に会話する間も彼らは分担して周囲を警戒し続けていた。ゆえに気付く。
「上です!」
初めに動いたのは後方の分岐路を見ていた二人。病ゆえの咳を殺し音無く忍び寄った影から、アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)が大きく距離を取る。斎の技が頭上から降る敵を捉えるべく燃える腕を伸ばした。
「──カハ」
腕を弾き嗤う声。敵が刀を振るう。背後を取られた者達が数名逃げ遅れ薙ぎ払われたが、その彼らの背に隠れるよう身を潜めていた二人は即座に反応した。リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)の蹴りが死角から敵を襲い、文月・蒼哉(着ぐるみ探偵・e04973)の符術が無数の黒猫を象り標的へと群がる。敵の動きが緩んだ隙にケルベロス達は陣形を整え、目標の間近に迫ったシルク・アディエスト(巡る命・e00636)が至近距離から砲撃を放つ。
遅れは取らない。初撃による刀傷を手早く治癒し、襲撃者の速やかな撃破を目指し皆が動く。
「てめぇは……!」
その中、一際速く満願が駆けた。皆を守る術陣を織りつつ、敵の刀を阻むよう前へ出る。
「ここで遭えるとはな、糞神が。覚悟しやがれ」
鎖で刃を受け光が銀に散る。敵を見上げる少年の瞳は憎悪に染まる。セミは微かに疑問の色を示したが、少年を見てまた一つ、嗤う。
「あぁ。真面目に務めてみるものだな、こんな場所でも食料に遭えるとは」
「抜かせ、喰われるのはてめぇだ」
少年の腹底で痛みの記憶が鮮やかに燃える。褪せた事など無いそれはしかし、相手にとっては幾度も繰り返す食事の一つでしか無かったろう。
されど満願は構わなかった。ここで仇を喰らえればそれで良い。今彼を焦がすのは、剥き出しの怨みそのもの。
「空波羅さん」
だけど。
「斯様な『障害物』など、蹴散らして仕舞いましょう」
「ああ」
迷う事無く、斎の言葉に頷いた。過熱すれど、共に進む仲間達の存在が、彼を彼たるまま留めていた。己を苛む全ての傷痕を制して少年は今一度、守護の陣を強める。燃え尽きるわけにはいかないし、己が敵は今ここで踏み越えて行く為のモノだ。
「まずは、肝を」
セミの声が欲に歪む。空の左手が弧を描き、満願の腹を狙い鋭く爪が伸ばされる。
身を退いたのは知覚より速く。臓を奪う爪を逃れ、代わりに皮膚が剥げ熱く痛んだ。
「──活きの良い事だ」
セミは爪に移った血を舐め愉しげに歯を覗かせた。満願は、かつて視認し得なかった凶爪を今は捉えられた事実に遅れて気付き戦慄する。
「急ぎましょう」
敵が少年を『食料』と見なし固執するは即ち好機とシルクが皆を促した。その声は冷静さを保ったが、彼女の顔は敵を憎むよう苛烈な色を見せていた。
被害を抑えるべく急ぎ仲間達が攻撃を重ねる。機敏な敵を捉えるのは容易くは無かったが、呪詛を重ね、加護を重ね、為せぬ事などあってはならないと懸命に食らいつく。
「逃ガシ間世ンNo」
フラッタリーがニイと唇で弧を描き、壇手にて風を巻き上げた。敵の脚を、腕を嬲り、淀んだ血を散らす。蒼哉とリーアのファミリアが続き、凝る血色の装束を引き裂かんばかりに与える傷を深めて行く。
「お願い、白薔薇さん達……!」
皆もまた少なくない傷を負ってはいたが、満願のそれに比べればとばかり攻める手は緩めない。唯一の例外たるアリスは懸命に、赤い血を厭う如く皆の治癒を祈り続けた。
されど返る刃は鋭く速く。敵がそうであるようにその標的たる少年もまた白い姿を血色に深く穢され行く様に限界の近さを知り、蒼哉が警告を発した。ほぼ同時に徹也とそのサーヴァントが動く。彼を抉る刃に届けとたたら吹きが唸り駆けた。
だが。その時敵の刃は消失し、割り込んだサーヴァントなど居なかったかのよう、見定めた獲物を深々裂いた。血はなお鮮やかに爆ぜて、痛みと衝撃に仰け反る満願の口からも溢れるように零れた。徹也が咄嗟に手を伸ばし、力を失う少年の体を支える。
「──まだ、だ」
精悍な腕に抱き止められた少年がギリと歯を鳴らす。肉の痛みなど取るに足らぬと意思の力で身を起こす。命ごと刈り取らんと伸ばされた追撃の爪は、シルクの砲撃が圧して封じ。
「生憎彼はあげられない」
敵の思惑を挫くよう、彼女は強気に微笑んだ。逆にアナタを奪うとばかり、殺意に瞳をきらめかせる。リーアの術により更なる呪縛を受けた敵へ、徹也がトンと少年の背を押した。
「終わらせて来い」
「参リ真セU」
長くは保たないゆえもあるが──彼の渇望はきっと、他人事では無いから。
応えの代わり少年は深く、息を一つ吐いて。
「地獄に堕ちろ。てめぇには死すら生温い」
かつて失くした彼の『胃』が、炎龍となり現れる。待ち侘びた獲物との邂逅を喜ぶよう爆ぜて龍は、大きく口を開けるに似て二つに裂け敵へと喰らいつく。
一度だけ、視線が交わる。業火に似て輝く少年の瞳に何を見たか、病屍神が目を瞠る。
だけど、それだけ。
咀嚼の如き低音を伴い、龍は仇敵を跡形もなく焼き尽くした。
●越えて歩みて補いて
刹那の嵐が過ぎた。静寂の中、まずはヒールを施す。
「満願、次に戦いになった時は退がっておけ」
執拗に狙われ酷い傷を抱えた少年へ徹也が言った。
「斎も無理はしないようにね。……僕は前に出ようかな」
「でしたら、私は守りに徹します」
リーアの言葉に斎は頷き、辺りを見渡した。
「そろそろ行きましょうか」
シルクも同様に、進むべき道を求め視線を巡らせる。かの女神の正確な居場所など知らない。頼れるのは自分達の感覚だけだ。
「彼女は『中枢』だそうだし、ひとまず中央方面を目指すか?」
軽く腕組みをした蒼哉が提案した。
暫しの後。一時不通だった通信に応答があり始め、全隊が同様に敵の襲撃を受けた事などを報告し合ううちに彼らは、宮内で行き交う敵の気配などを感じ取り出した。目的地に近付いていると判り、目星を付けて移動し彼らはやがて、ダクトの天井側から光が差し込む場所に出る。光の元、格子状の蓋のすぐ上は広い部屋らしい。敵の存在に注意しつつ室内を窺う。不自由な視界ながら、ヴァルキュリアらしき姿を複数確認出来た。
(「……まさか」)
ここが目指した場所なのか。部屋の床下にあたる此処からでは十分に確認出来ないのがもどかしい。だが下手に動くわけにも行かない。
(「取り敢えずー、他の方々の状況を尋ねて頂けますかー?」)
冷静にと皆が改めて努め、フラッタリーは通信機を持つ仲間へ依頼した。
数名で手分けした結果、この上が中枢と見て良いであろう事、別の一隊が自分達同様床下に到着した事、他二隊は天井側からじきに到着するであろう事が判った。ゆえ、天井側からも室内の状況を確認して貰った上で突入すべきだと結論を出す。
待ち時間は僅かで済んだ。互いの位置を改めて確認し、室内の状況を詳しく伝え聞き。
「──行くぞ!」
ダクトから室内へ繋がる扉を跳ね上げる。四つの音が重なって、響いたそれに驚いたのはシャイターン達だった。此処に侵入者が居る事が想定外に過ぎたのか、警備はどうした、などと喚いている。なおその警備──ヴァルキュリア達は今、自我を奪われこの場で虚ろに佇んでいた。
そして、混乱ゆえかそれすら忘れた様子の彼らは慌てるあまり、全てを放り捨て逃亡を図りさえした。
「逃げるなんて許さない」
「Тэи穣天外、$hI方八法──」
その背を、呪言に似た斎の声と炎の骨腕が捉える。額の傷を燃やしたフラッタリーの声が軋り追い打ちを掛けた。熱い獄顎が敵の活力を奪い喰らう。
彼らの狙いは最寄りのシャイターン一体のみ。他は別の隊に任せて良い。シャイターン以外を傷つけぬようにだけ注意を払い、満願が蹴り技で敵を揺らがせ、徹也が起こした気の炸裂にてその牙を手折り、蒼哉の杖が猫に変じ黒い弾丸の如く標的を抉り、足掻く敵が放つ炎熱はアリスが癒す。先の戦いでの負傷があれど、目的を見据える彼らの意志と、その為に己を律する覚悟の前には、油断していたシャイターンなど脅威とはなり得ない。
「全てを喰らえ、惑いの牙」
リーアが放つ銃弾は、獣を象る気を纏い敵へその牙を突き立てる。
「されど惑う間すらアナタ達には過ぎたもの。此処でただちに果てなさい」
炎を正面から受けてなお敵へと迫りシルクは術を解き放つ。幻影の二人目と共に武装の全てを用い彼女は、敵の身を貫き引き裂き砂へと変えた。
●伸べた手のゆく先
そして彼らは、室内中央にて下肢を固められ宮に繋がれたヴァナディースと対峙する。
「あなた達がケルベロスですね」
彼女はふわり、彼らへ柔らかく笑んでみせ。
「……だから、地球を侮るべきではありませんと言いましたのに」
倒れたシャイターン達を一瞥し、呟いた。彼女はずっと此処で、自由にならぬ身で、歯痒さに耐え続けて来たのだろう。
ケルベロス達が口を開いた。人々を虐げる人馬宮を止めたい旨と、度々まみえたヴァルキュリア達を案じる想いを女神へ伝える。
「目的の為には貴女を殺してしまうのが一番の近道だろうけど、本当にそれしか方法は無いのかい?」
「ヴァルキュリアさん達は、今も貴女を想っています……。貴女を失ってしまったら……きっと彼女達は、悲しまれます……」
リーアやアリスもまた、真摯に彼女を見つめる。斎らが念の為と周囲を警戒している間に、皆が口々に想いを伝えた。
「ニーベルングの指環は、全盛期の神力で作成した宝具。ガイセリウムに繋がれた今のわたくしでは、それを無効化するような宝具を作ることはできません」
それらを聞いて女神はそう、神妙な顔で告げる。
「また、ガイセリウムに繋がれたわたくしは、ガイセリウムが破壊されない限り、コギトエルゴスム化する事はありません。ガイセリウムが蓄えたグラビティ・チェインは、最優先にわたくしに供給されるので、もしわたくしがコギトエルゴスム化したとしても、すぐに、復活することでしょう。
ガイセリウムを破壊せずに、わたくしを滅ぼすことが出来るのは、デウスエクスを滅ぼすケルベロスの力だけなのです」
「俺達の中には以前、操られたヴァルキュリアに遭った奴も居る」
彼女の言葉にしかし蒼哉は、そう簡単には諦められないといった風、表情を険しくした。彼の他にも、何名かのケルベロス達が痛ましげな、あるいは気遣わしげな色を示す。
「俺が出会ったヴァルキュリアは、貴女の事を想うあまり洗脳を振り切った。貴女が彼女達を想うように、彼女達も貴女を愛しているんだ。だから……今この場ですぐに死ぬばかりじゃなくて、短い時間でも定命化して、彼女達と共に生きて行く事は出来ないのか?」
選べる道は無いのかと、未練を抱いてはくれないかと、皆で問い掛けた。しかし女神は首を振る。
「わたくしは、この地球に来てまだ殆ど時が過ぎていません。
人馬宮ガイセリウムがグラビティ・チェインを供給し続ける限り、ガイセリウムと繋がっているわたくしの定命化が始まる事は無いでしょう。
仮に、定命化が始まったとしても、人馬宮ガイセリウムを1年も自由にさせては、地球自体が滅びてしまうかもしれません」
そして彼女は融和の女神の名にふさわしく、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「わたくしを滅ぼせば人馬宮ガイセリウムは、他の宮との連携能力を全て失ない、ゲートへの帰還も不可能となります。
そうなれば『第五王子イグニス』にとって、人馬宮ガイセリウムの価値は無くなるでしょう」
だから自分を殺す事が最善なのだと、何の迷いも無い声で。
「貴女は死を選ぶとー、固い意志で仰るのですねー」
「そんな……」
フラッタリーが確認するよう問い掛ける。アリスが涙を浮かべ声を震わせた。その小さな肩に斎が遠慮がちに触れる。幼い瞳に見上げられ、彼女はそっと首を振った。
「あまりこの場で悩んでいるわけにも参りません。──私達は、決断しなくては」
今は周囲も静かだが、いつ異変に気付かれ敵の増援が来るか判らない。その現状は、苦悩していた者達に徐々にではあれど覚悟を決めさせた。
やがて、皆に武器を向けられた女神は、幸福そうに目を細めた。
「残念ではございますがー、貴女のお覚悟を穢すわけにも参りませんー」
「アナタの為に、せめて正しい『死』を」
「後の事は俺達が引き受ける。ヴァルキュリア達にも、出来る限りの事をしよう」
だから安心して逝けと、徹也が口の端を上げて見せる。最早皆に躊躇いは無い。
──そして。死に行く女神は最期にもう一度だけ、口を開いた。
「人馬宮の楔からわたくしを解き放ってくれてありがとう。
わたくしが死ねば、わたくしのこしらえた宝物もその力を失う。ヴァルキュリア達よ、あなた達はもう自由です。あなた達が今、本当にしたい事を為しなさい……」
彼女は花と姿を変え、花弁を散らし光と消え行く。
「……無駄にはしません」
呟いて、シルクは静かに目を伏せた。
女神の死と共に自我を取り戻したヴァルキュリア達は、ケルベロス達に協力を申し出た。
人馬宮内は今、混乱に陥っている。此処へ様子を見に来るシャイターンも居るだろう。自分達が彼らの目を誤魔化す間にケルベロス達は無事生還して欲しい、と彼女達は言った。
「君達は大丈夫なのかい?」
リーアが問うた。デウスエクス相手ならば真なる死に至る事は無いといえど、彼女達の同胞の多くは既にコギトエルゴスムだ。残りの戦力だけで無事に済む筈が無い。
「貴方達は私達の恩人だ。そしてこれはあの方のご遺志だ」
「ですが……」
アリスが眉を寄せるが、彼女達は微笑んだ。
「ならばいつか、私達の奪還を頼まれてはくれないか」
「……伝えましょう」
応えたシルクの目は無意識にか、かつてまみえたヴァルキュリアを探した。だが探すには彼女達の数は多過ぎ、辺りに散らばるコギトエルゴスムはそれ以上。今動ける者達だけでも味方をしてくれれば確かに脱出は可能だろう。
「なら、行くか」
彼女達の申し出を無駄にしてはならない。残された時間はもうあまり無い。ケルベロス達は出口を目指し駆け出した。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年1月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 63/感動した 11/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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