●蹶起
時の流れが、停止する事は有り得ない。
停滞しているかに見えても、それはただの「見てくれ」に過ぎず、刻々と事象は変化し、事態は推移する。
今、彼らの目の前にある現実も、そうだ。
人馬宮ガイセリウム進軍の防衛に出たケルベロス達と真紅の軍勢の戦いが始まって過ぎた時間は如何程か。その状況を彼らが具に知る事は叶わない。だからただ、起きる筈の『動き』をじっと待っていた。
そして、遂にその瞬間は訪れる。
「――」
「――」
無言の侭に視線のみで行われる意思疎通。微かに縦に振られた首は、好機の到来を確信しての事。移動要塞の周囲を警戒していたヴァルキュリア達が、一斉にガイセリウム内部へと帰還し始めたのだ。
これこそ、彼らが待っていた『動き』。
故に、彼らは即座に行動に移す――人馬宮ガイセリウムへの突入する為に。
はたして、その判断は正しかった。
ふぅ、と誰とはなしに安堵の息を吐いたのは、無事にガイセリウムの脚の一本に取り付いた後。
視線を周囲へ巡らすと、ヴァルキュリア達に代わってシャイターン達が飛行を始めていた。
まさに、間一髪。
僅かでも躊躇っていたら、彼らが此処に辿り着く事は叶わなかった筈。
――行くか。
ドクドクと緊張を訴える鼓動を強固な意志で宥め、腹を括る。
本番は、これより先に。
斯くして彼らは、ザイフリートが配下のヴァルキュリアから確認していた点検用のダクトへ、するりとその身を滑り込ませた。
作戦の進みは上々。
読みも、狙いも、的中している。
先程の好機は、偶然訪れたものではない。
多摩川防衛戦が功を奏せば、イグニス王子は状況打開の為に、ヴァルキュリアからグラビティ・チェインを奪いコギトエルゴスム化させて、ガイセリウムを無理矢理起動するだろうと。その為に、警戒の任に当たらせているヴァルキュリアを呼び戻し、代わりにシャイターンを出すだろうと。このシャイターン達が飛び立つまでの間が、敵に気付かれる事無くガイセリウムへ潜入出来る唯一の機会になると――ケルベロス達は推察していたのだ。
勿論、闇雲にガイセリウムへ足を踏み入れたのではない。
狙うは、ガイセリウムの中枢であり、ヴァルキュリアを操っている元凶、アスガルド神・ヴァナディースの暗殺。
これが叶えば、人馬宮ガイセリウムの機能の30%が使用不可能となり、一時的に大混乱が発生する事も予測済みである。
加えてもう一つ。ヴァナディースを撃破後の混乱に紛れ、ガイセリウムからの脱出を果たすというのが、この突入作戦の締め括り。
事前の取り決めを心で唱えつつ、彼らは進む。
ガイセリウムの中枢を――薙ぎ払うべき神、ヴァナディースを目指して。
●嗤う烏
『えっ、オレだけでか!? そんなの、無理だって!』
『どうせ敵など来ない、警戒くらいお前だけでなんとかしろ』
腰の引けた訴えを、連絡役のシャイターンは鼻で嗤うように切り捨てて行った。
「本当にオレだけで大丈夫とか思ってるのかよ」
螺旋忍軍・烏羽に命じられていたのは、ガイセリウムの四本の足のうちの一本の防衛。だが、戦闘を開始する為にガイセリウムを停止して暫く、いきなり配下のヴァルキュリア達を全て緊急招集で引き抜かれてしまった。
「無理無理。出来るわけねぇって」
つい先程のやりとりを思い出し、ヘラリと軽薄な愚痴を溢した烏羽は濡羽色の髪を掻き上げる。
さらりと零れた一房が、同じ色の烏面に掛かり、白い頬へと流れた。
「あ~、面倒臭い」
もしこの場に他の誰かがいたならば。
烏羽の声が、吐く言葉とは裏腹な響きを帯びているのに、首を傾げたに違いない。
敵は来ないと、あのシャイターンは言っていた。烏羽自身も、その通りだろうと思っている。
しかし、胸が騒ぐ。
だから烏羽は一人、見回りを続けていた。
――そして。
「……」
見つけた蠢きに、烏羽はくつりと喉奥を鳴らす。ひぃ、ふぅ、みぃ。指折り数えた人影は、計8つ。
吹かせる臆病風は、ただの見てくれ。狡猾で澆薄な本性を隠す皮。
(「なるよーになるさ」)
背筋をすっと伸ばした烏羽は、歪な愉悦の弧を描く唇をぺろりと舐めた。
参加者 | |
---|---|
レクシア・クーン(ふわり舞う姫紫君子蘭・e00448) |
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813) |
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795) |
不忍・辛(螺旋忍者・e04642) |
龍神・機竜(その運命に涙する・e04677) |
夜船・梨尾(造られし犬は狼を追いかける・e06581) |
一津橋・茜(紅のブラストオフ・e13537) |
アクエリア・アップルゲイト(咲き誇る命の花・e13812) |
●鳥と烏
「吹き抜ける風と燃え滾る想いに枷は要らない!」
背に広げた地獄の炎。失くした翼を補う青を噴き上げ得た推力を糧に、レクシア・クーン(ふわり舞う姫紫君子蘭・e00448)は戦場を低く低く翔け、猛る熱情のままに烏面の男へ肉迫する。
「不忍辛、ただの忍者だ」
但し、得手は忍術よりも拳。そう嘯いた不忍・辛(螺旋忍者・e04642)は菫色を靡かせる漆黒の流星と化し蹴撃を見舞う。
「冥府の海にも雨が降るから、どこにも行かないで――ここにいて?」
頭上にかざした右手の人差し指で小さく円を描き、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が出現させたのは細い水環。振り下ろす腕に合わせて飛ばされたそれは、軽やかな身のこなしの敵の足取りをも重くした。
(「最初は気紛れ。次は取引で生かされて」)
大方鹵獲した技を最後に掠め取ろうという魂胆だったのだろうと、月薙ぎの刃を収めたばかりの鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)は、怒涛の連撃に苛まれる宿敵烏羽を銀の双眸で静かに見遣る。
全てが似て、されど非なる者。嗚呼、まさかこんな所で再会を果たすとは。
「逃げも裏切りもする野良烏雇うなんざ大丈夫か」
「ま、性質のいい雇用主じゃないのは認めるか」
雅貴の口から洩れた皮肉に皮肉を返し、烏羽はアクエリア・アップルゲイト(咲き誇る命の花・e13812)を一瞥すると、鋭く床を蹴った。
前に在って、最も与し易しと判じたのだろう。狡猾で澆薄な男は、執拗にアクエリアを狙った。
けれど。
「ここは通しませんよっと!」
小柄な体躯を大きく開き、一津橋・茜(紅のブラストオフ・e13537)が螺旋を籠めた拳へ己が身を晒す。
「っち。さっきからとっかえひっかえしつこいな」
内側を食い荒らされるような衝撃に額に脂汗を浮かべつつ、それでも茜は敵の思惑を挫いた満足感にくふりと笑う。
「レーヴェさんはそのまま攻撃を。機竜さん、手伝って貰えますか?」
ライオンの頭部を持つビハインドの背を押し敵へ向かわせた夜船・梨尾(造られし犬は狼を追いかける・e06581)は茜の状態を見定め、守り手の一人に助力を請うた。
無論、求めに龍神・機竜(その運命に涙する・e04677)が断ろう筈もなく。
「分かった」
短く応えたレプリカントの青年は気力を漲らせる。
ガイセリウムの脚部を走るダクトは、膝部で一旦統合される構造だったらしく。そこに狙いを定めた烏羽の読みは頗る正しかった――が。
「滅し、懺悔なさいッ!」
機竜の支援に精度の増した独自のグラビティをアクエリアが放つ。
「くそっ」
握る剣に集約された全霊で成した超巨大な刃の閃きに、烏羽の痩身が不安定に揺れた。悔し紛れの如く投じ返した氷の螺旋は狙った通りにアクエリアを貫くものの、即座に梨尾と茜が癒しの力を練り上げ、大事に至るのを防ぐ。
個の強さを誇り様々な策を弄する螺旋忍軍も、護りに厚い壁役に徹する者たちに守らせながら強烈な撃を討ち込む、息の合ったケルベロス達の果敢な戦いぶりには力及ぶ事無く。
「この技を出させたお前が悪い!」
気勢を吐いて跳躍し周囲の空気までも味方につけた辛の彗星さながらの蹴りに、仲間を持たぬ男が踏鞴を踏む。
烏羽に先手を取られた戦いも、即座に反応出来たお蔭で長くは続かなかった。恐らく、秒針が五度ほどぐるり円を描くくらい。
「俺たちに仕掛けた時に、烏羽は負けたんだ」
挑発しつつ回転する拳を敵の腹に埋めた機竜は、続かせたライドキャリバーのバトルドラゴンが繰り出したデットヒートドライブに『時』を悟って背後を振り返る。
「鳥羽、今だ! こいつをやれ!」
端的な、されど全てを物語る言葉に、雅貴以外の者が静かに手を下ろす。
「鳥羽さん、ぶちかましちゃれ! です!」
すっと身を引いた茜のエールに、雅貴は頷く。設え整えられた舞台であろうと構わない。獲るか盗られるかだった運命劇。もう、何も渡さないと決めていた。ただ一つ、引導を除いて。
「テメーの為に磨いてきた技だ。くれてやるよ――餞別の一撃に」
「っけ。テメーに殺られるなんざ、世も末だな」
腕に巻いた包帯を止まらぬ血で鮮朱に染めても皮肉を捨てぬ因縁の相手を、雅貴はどんな想いで見つめるのか。その答を知るのは、雅貴ただ一人。けれど、彼の択ぶ最期の技に、宿命の瞬間に居合わせた者たちは雅貴の覚悟を垣間見る。
「――――オヤスミ」
詠唱は、囁くように一つ。影より生まれた鋭刃が、首を、背後を、死角を襲う。
「昏ぇなァ……」
暗む視界は、幕引きの合図。そうして烏羽は、継いだ才を磨き上げてきた雅貴の、父の剣術と母の魔術の面影が微かに残る技の前に、ゆっくりと緋に濡れた地に崩れ落ちた。
「……先を急ごうぜ」
骸に呉れたのは一瞥のみ。傍らに落ちていた二つの指輪を拾い上げた雅貴は、真に成すべき事は他にあると再び歩き出す。
●濁眼
烏羽に遭遇する迄と、そこから先と。進むダクト内は機械のようであり、生物のようでもあり。人間が移動に利用する事など一切考慮されていないのだろう、アスレチックな迷路の様相を呈していた。
そんな中をケルベロス達は、ガイセリウムに侵入を果たした後はビル十階程度の高さを延々と登る事になり、中枢を目指す今は方向感覚と『気配』を頼りに進み続けている。
「警戒モード、ですよ!」
一抱え以上ある盛り上がりを乗り越えて、周囲へ視線を巡らす茜の頭部には、小型カメラが固定されていた。同様の装備を幾人も仕込んでいるが、撮れた映像は彼ら彼女らの行軍の厳しさを伝える物になっているだろう。
そうして暫し、途絶えぬ緊張を抱き続けた一行は、更なる緊張の地へ辿り着く。
「(此処ですね)」
尖った犬耳をピンと立て、梨尾が極めて小さな声で仲間達へ告げる。どうやら床に面した排気口だったらしく、ざわめきが聞こえるのは彼らの頭上。
「(僕らと同じく床下に、既に一班辿り着いているそうだよ。残りの一班……ううん、二班とも螺旋忍軍を倒し終えて、こっちに向かってるみたいだ)」
他脚から潜入してこの地を目指す同朋の動向を、片目を閉じた機竜が報せる。
「(なら、揃うのを待った方がいいですね)」
間を置かずして戦力が整うなら、それに越したことは無い。茜の提案に否やを唱える者はいなかった。
ヴァナディースは中央に在る台座のようなものに腰から下を埋め込まれ固定されている。警戒に当るシャイターンの数は四。ヴァルキュリアは一目では数え切れぬが、百に及ばぬくらい。
運よく天井裏に到着した班から齎された情報は、届かぬ視線の先をよく補ってくれた――そして。
一つ、機竜が頷く。それは見えぬ仲間達と意志を通じた鬨の声。
「前へ出ます、攻撃は任せましたよ」
ダクト蓋を跳ね上げたレクシアは、同じ音を他に三つ聞きつつ先程とは打って変わって守りの任に着く。と、同時に。呆と立ち尽くし動かぬヴァルキュリアと、床に散らばるコギトエルゴスムに胸を痛めた。
(「必ず助けます」)
心優しい女の高潔なる決意、されど対するシャイターン達の反応は惨めな有様だった。
「警備はどうしたんだ」
「敵は遥か先の筈では」
「アグリム軍団が撃破に向かっているのではなかったか」
警備のヴァルキュリアを『糧』に換える決断をした事も忘れ、突然の乱入者の姿に濁った眼の持ち主たちは慌てふためき我先にと逃げ出す。
「逃がさない」
「ひょあっ!?」
辛は集中させた意識を魔道書を持ったシャイターンの間近で爆ぜさせる。定めた狙いは、最も近い位置にいた一体。機竜とバトルドラゴンも退路を断つよう滑り込む。
「今度は僕も手伝うよ」
烏羽の時とは異なる戦略。疲労を考えより護りに重きを置く為、ウォーレンも癒し手に回る。が、「助かります」と応える梨尾の声は幽かに固く。
「どうかしたか?」
抜いた刃に雷を帯びさせる雅貴の駆け抜け際の問いに、梨尾は「いいえ」と緩く首を振る。
この時、梨尾の脳裏には一人のエインヘリアルの姿が過っていた。叶うなら、定命化させたいと願う相手。だから女神の御許にてシャイターンを生け捕り、試したい事があったのだ。けれど、多くの仲間と達すべき最優先を目の前にしてしまえば、それの成し難さは自明の理過ぎて。
「一気に仕留めましょう」
「了解。さあ、晩餐会を開きましょう!」
己が望みに蓋をして果敢に振る舞う梨尾の発破に、茜の駆ける勢いが増す。
「凶王マガツケモノ―――描け紅刃の爪牙」
「ギャぁ!」
腕輪の封印を解き、一時的に凶獣の力を赤毛の猫少女が野に放つ。生まれた衝撃波は空間を裂き、無数の牙はシャイターンを穿ち責苛んだ。
(「――」)
始まった怒涛の攻防、その向こう側にアクエリアは囚われの女神を見る。
シャイターンは決して弱くない。だが、戦意漲る者と逃げ腰の者なら、辿る道程も至る結末も想像に難くなく。結ぶ現実もまた大差ない。
●女神
「もう獲物はいませんかー?」
屠った相手を見下ろしていた茜は、少しばかり焦げた頬を擦って顔を上げる。戦いの喧騒は、鎮まっていた。
「あなた達がケルベロスですね。だから、地球を侮るべきではありませんと言いましたのに」
不意に響いた声に、ケルベロス達の視線が広間の中央に集まる。そこに在るのは、花々を纏う美しき囚われの異形――アスガルド神が一柱、女神ヴァナディース。言葉とは裏腹に、死したシャイターンに向けられた蒼の双眸には、憐みではなく侮蔑にも似た色が差していた。それだけで、ようやくの対面を果たした者たちは女神が抱えて来たのだろう忸怩たる胸の裡を識る。
故に、ケルベロス達は迷わず切り出す。
「僕たちは宝具の無力化とガイセリウムの機能低下を成す為に、ここに来たんだ」
動けぬ女神へ歩み寄り、ウォーレンは目的とザイフリート王子の離反などの此れまでの経緯を語り始めた。その折々には、ヴァルキュリア達への憐みが滲んでいる。
「例え今は相容れない存在だとしても、あのように操られるのを許すわけにはいきません。恐らく『ニーベルングの指環』がある限り彼女たちは定命化出来ないのではないですか?」
強く、けれど優しくレクシアも戦乙女たちへの想いを説く。併せて添える推論さえ、彼女たちを解き放ちたいという願いに根差すもの。
「僕は地球の皆が好きだから守りたい。貴女も助けたい。愛のある星だよ、きっと一緒に生きる道も力もあるはず」
ウォーレンは共存を願って言う。いや、同じ道を志す者は他にも。彼らは己が想いを女神へ献じていく。
「なぁ、全員の道が融和する手はないのか?」
ヴァルキュリアも、女神も。誰も失したくないのだと雅貴も連ねる。
女神は黙しケルベロス達の想いを聞いていた。そうして一頻りの訴えが終わった頃、ようやく口を開く。
「ニーベルングの指環は、全盛期の神力で作成した宝具。ガイセリウムに繋がれた今のわたくしでは、それを無効化するような宝具を作ることはできません」
――それは、理想を砕く現実の始まり。
「また、ガイセリウムに繋がれたわたくしは、ガイセリウムが破壊されない限り、コギトエルゴスム化する事はありません。ガイセリウムが蓄えたグラビティ・チェインは、最優先にわたくしに供給されるので、もしわたくしがコギトエルゴスム化したとしても、すぐに、復活することでしょう。
ガイセリウムを破壊せずに、わたくしを滅ぼすことが出来るのは、デウスエクスを滅ぼすケルベロスの力だけなのです」
「なら、あなた自身が定命化すれば良いのではないでしょうか?」
「そうです。定命化する事で宝具の力が消える可能性はあると思います」
女神が示唆する未来を打ち消そうとする梨尾の提唱に、アクエリアが大きく頷く。
「あなたが何を想い宝具を作ったのかは私は知りません。しかし、それを真に悔いているのならば、あなたに必要なのは無限の責め苦でも安らかな死でも無い――有限の生では無いでしょうか?」
限りある命の中で、それでも過ちを正す為に生きて下さい。
走り出しそうな鼓動を抑えるように胸に手を遣り、アクエリアは奇跡を請う。
「そうだぜ。アンタが死んで洗脳が解けても。アンタを愛する者達の心は晴れやしない。犠牲の上に生きるのは……辛いだろ」
雅貴も重ねる。皆が切なる想いだった。誰も彼女を殺めたくなどなかった。生きて欲しかった。
「わたくしは、この地球に来てまだ殆ど時が過ぎていません。人馬宮ガイセリウムがグラビティ・チェインを供給し続ける限り、ガイセリウムと繋がっているわたくしの定命化が始まる事は無いでしょう。仮に、定命化が始まったとしても、人馬宮ガイセリウムを1年も自由にさせては、地球自体が滅びてしまうかもしれません」
「、っ!」
揺らがぬ決意を覆したくて尚も言い募ろうとしたアクエリアは、女神を見上げて言葉を失くす。彼女は、融和の女神の名に相応しい慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「わたくしを滅ぼせば人馬宮ガイセリウムは、他の宮との連携能力を全て失ない、ゲートへの帰還も不可能となります。そうなれば『第五王子イグニス』にとって、人馬宮ガイセリウムの価値は無くなるでしょう」
損得なんて関係ないとの訴えを、唇を噛んで飲み込み肩を震わすアクエリアを、レクシアがそっと支える。
道は一つしかないと理解せざるを得なかった。
時間がないのだ。ここで女神を討たねば、多くの犠牲が出てしまう。全ての努力が無に帰してしまう。
「デウスエクスは殺さなくちゃね……」
昏い気配を漂わせ、ウォーレンが女神の言葉を準える。誰とは無しに構えられてゆく武器に、女神は歓喜の微笑を綻ばせた。
「これが皆にとっての最善なんだ」
呟いた機竜が駆け出す。奉げる拳は、ヴァルキュリアと女神の為に。
一人、また一人と決した心を形にすべく、女神へ渾身の一撃を贈る。高く跳躍した辛には、躊躇も迷いもなかった。
そして。
「人馬宮の楔からわたくしを解き放ってくれてありがとう。わたくしが死ねば、わたくしのこしらえた宝物もその力を失う。
ヴァルキュリア達よ、あなた達はもう自由です。あなた達が今、本当にしたい事を為しなさい……」
夢見るように囁いた女神は、その身を花へと転じると、はらり花弁を散らして大気へ溶けた。
――私たちが囮になります。皆さんは逃げ果せて下さい。
女神ヴァナディースの死によって、ヴァルキュリア達は正気を取り戻した。
――それが姫様の最期の望みです。
「行って下さい!」
「早くっ」
新たに襲い来たシャイターンの剣を受け止め、更に呈した身で先を開き戦乙女たちが文字通りの血路を開く。
「きっとあなた達のコギトエルゴスムを取り返しに来ます」
「はい、お願いしますね」
レクシアが最後に交わした約束に、光翅の少女がふわりと微笑んだ。
ケルベロス達は地上を目指し懸命に駆けた。
運命の歯車は、もう回り始めている。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年1月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 29/感動した 7/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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