多摩川防衛戦～紅い激情

■リプレイ

●
　――多摩川が火を吹いた。
　光弾が、刃が、炎が、あらゆるものが、数えきれぬほどに。
　時を同じくして一斉に解き放たれた破壊の意志が、宙にそびえる要塞へと吸い込まれていく。
　これこそ、ケルベロスたちが上げた反撃の狼煙。５００を超える数のケルベロスが放った技の数々は、いかにも圧巻だった。
（「バカでかいもんで乗り込んで来やがって、迷惑なヤツらだな。アグリム軍団だかなんだかしらねーが、要塞諸共お引き取り願おうぜ」）
　バスターライフルの砲身から立ち上る熱を感じながら、縞・亮吾（高校生・e16160）は遠くに見える要塞、人馬宮ガイセリウムを睨みつけた。
　数多くのグラビティが着弾した要塞は、爆発や煙に包まれており、どうなったかはまだ判然としない。
「これで終われば楽なんだけどなー」
　トルティーヤ・フルーチェ（ファッションモンスター・e00274）は、構えていたバスターライフルを降ろして気楽に笑えば、
「そうですね、そうなればこれ以上被害も出ませんし」
　ミント・ハーバルガーデン（眠れる薔薇姫・e05471）が表情も変えずに、生真面目な調子で応えた。
　そんなやり取りをしているうちに攻撃の余韻も消え、今の要塞の姿が明らかになった。「――残念だけど、あまり効いているようには見えないね」
　一瞥したルージュ・ディケイ（朽紅のルージュ・e04993）がつぶやく。
（「ちぇー。やっぱそう簡単にはいかねーか」）
　半ば本気で期待していたトルティーヤだったが、やはりそううまくはいっていない。
「だが、動きは止まったな」
「つまり、次はアグリム軍団が出てくるんですね……！」
　具合を確かめるように弓の弦を軽く鳴らしている天之空・ミーナ（風を継ぎし者・e01529）の言葉に、御巫・かなみ（天然オラトリオと苦労人の猫・e03242）が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「本気の踏ん張りどころってやつだな。どんな奴が出てくるにしろ、ここで止めるまでだ」
　眞山・弘幸（業火拳乱・e03070）が言う淡々とした言葉の隅々には、固い決意が滲んでいて。
「そうね。八王子も、多摩川を越えた先の街も、好き勝手にさせるわけにはいかないもの……！」
　椿・火蘭（業火の女子高生・e03884）もまた、熱い心を滾らせていた。

●
　――それは空から降ってきた。
　深紅の甲冑で身を包んだ巨躯の男、エインヘリアルである。
　男は地を揺らして河川敷に着地し、もうもうと上がる土煙を割って堂々とした姿をケルベロスたちの前に晒した。
「猪口才なケルベロス共が群れおって」
　男は巨躯に見合った巨大な斧を大地に突き立て、周囲を睥睨する。
　男の姿は暴力の気配を振りまいて、圧倒的な威圧感を示していた。
　だが、それだけでケルベロスたちの心を折ることなど、出来はしない。
（「強敵を前にしても、不思議と不安はねえな。これも頼もしい仲間と一緒にいるおかげかな」）
　亮吾は強大な敵を前にして、震えもなく平静なままに立っていた。ともに戦う仲間の存在が亮吾の心を鼓舞し、恐れを振り払っているのだ。
　かなみも、そうだ。彼女一人であったならば、とても立ち向かうことは出来なかったかもしれないけれど。
「ここから先は絶対に通しません！」
　仲間たちへの思いを胸に、こうやって立ちはだかることが出来ている。もちろん、そんなかなみの前で彼女を守るように浮かぶ、ウイングキャットの犬飼さんもいる。
「フン、オレと戦うというのか？　逃げるなら今のうちだが」
「いいから御託を並べてないで、さっさ来いよ。それとも名前でも聞いて欲しいのか？」
　自らを半円状に取り囲むケルベロス達を見てあざ笑う男に、ミーナが挑発的なしぐさをしてみせる。
「それに何よ、あの美観もセンスもない宮殿は！　ダッサ！　八王子来るならもっとマトモなのに乗って、マトモなおべべ着て来なさいよ！」
　人馬宮をビシっと指差して、火蘭もまた本音を交えた挑発の言葉を並べた。
　男は斧の柄を握る手に力を込めて、響く低い声を漏らした。
「つまり死にたいわけだな。いいだろう、このアグリム軍団がひとり、大斧のギリアムが貴様らを無残に葬り去ってくれる」
「はいはい、自己紹介乙」
　男――ギリアムが斧を振り上げようとした機先を制して、トルティーヤが動いた。
　バスターライフルの射撃で足元をなぎ払い、ギリアムをその場に釘付けにして。
「貴方の相手は私達が勤めましょう。ここで退く訳にはいきませんので」
　やや後方から一気に距離を詰めたミントが、敵の目前でくるりと半回転し、振り上げた足を斜め上から甲冑に叩き込む。
　ミントは反動でギリアムから離れ、すぐに距離を取った。代わって、両の手にナイフを握ったルージュが懐に潜り込む。
「戦いを楽しんでるようなヤツらに、負けるものか！」
　霊力を帯びた刃を甲冑の隙間に押し込んで切り裂く。その動きに一切の躊躇はない。背中は、信頼する仲間たちに任せているから。
「チッ、うざいわ！」
　舌打ちしたギリアムは、天頂を指すように持ち上げた大斧を、一直線に振り下ろす！
　――ガキッ。
　だが、その一撃がルージュに届くことはない。
「ここで気張らなくて、何処で盾役が気張るんだってな」
　バトルガントレット越しに斧を受けた腕が痺れた。けれど痛みは表情に出さず、受けた斧を弾き返し、弘幸は静かに告げた。
「守ってやるよ。背中を気にする余裕あんなら、その分攻撃しな」

●
　ケルベロス側の圧倒的な手数と、エインヘリアルの重い一撃。対照的な戦法で戦いが進んでいく。
　時間が重なれば、天秤はケルベロスへと次第に傾く。そのことは尊大なギリアムも理解しているのだろう、攻撃はますます激しさを増していた。
「大丈夫？　倒れないでよ」
「はい、回復はお任せ下さい！」
　火蘭とかなみの言葉とともに、トルティーヤの前に２枚の光の盾が浮かび上がった。攻撃偏重なギリアムの猛攻に耐えられるように、着実なケアを重ねていく。
「助かるけど、あれはあんまり食らいたくねーなー」
「玉付いてんだろ。しっかり踏ん張れよ」
　ぼやくトルティーヤを、弘幸が一瞥して叱咤する。
「うううるせぇ！　それはひみつだ！」
　その言葉に不意を討たれたトルティーヤは、一瞬の動揺を隠せない。
　一方では、ミーナが斧を振り下ろしたギリアムの背に向かって跳びかかっていた。
「背中がガラ空きだぜ」
　鋭い右の爪先が、敵の死角から脇腹目掛けて襲いかかり、また一段と麻痺の度合いを深め。
「ハッ！」
　ルージュが振るうジグザグに曲がったナイフが、さらに敵の異常を倍加させる。
「ちょこまかとッ」
　ギリアムも一方的にやられているわけではない。巨躯を高々と宙に舞わせ、ただでさえ高所から振り下ろされる一撃をより苛烈なものとして、ルージュ目掛けて振り下ろす！
　弘幸もトルティーヤも今回ばかりは間に合わない。
　大斧のギラつく刃が、ルージュの身体を深く切り裂く。
「……！　青き薔薇よ、その神秘なる香りよ、深遠なる加護の力を以て癒しを与えよ」
　すかさずミントが開けた小瓶から流れ出る神秘的な芳香が、ルージュをはじめとする前衛陣の傷を癒やしていく。
（「ここを突破されてしまったら、無防備な後背の都市に被害が出てしまいます。その事態はなんとしても阻止しなければ……」）
　敵を確実に押しとどめるためには、仲間を一人足りとも欠くことは出来ない。ミントは持てる限りの力で仲間のフォローに回った。
　ルージュは癒やされてなお深く傷ついているが、彼女の目から闘志が失われることはない。
「骨が折れようともまだ戦える……正義がそんな簡単に折れると思うな」
　いや、傷を受ける以前にもました鋭さでギリアムを睨みつけ、刃を構え直した。
「群れなければ何も出来ない、脆弱な雑魚どもが吠えよるわ」
　その姿をギリアムはあざ笑う。
　だが、己の力に酔いしれる鎧の男は何もわかっていない、わかろうともしていないと、かなみは感じた。
　それが、こちらとあちらの最大の差。
「私自身はとても弱い、そうかもしれません。ですが、あなたと違って私には、こんなにも頼もしい仲間がいるんです！　だからあなたには負けないです！！」
　かなみはひと息に、自分の中にある想いを言葉として吐き出した。それが偽らざるかなみの想い。仲間を思いやる互いの気持ちが何より力になると信じて疑わない。
「これがわからないようじゃ、アグリム軍団ってのも、大したことないな？」
　かなみの言葉に亮吾は、我が意を得たりとニッコリと笑いながらギリアムとの距離を詰めた。
　地獄の炎を纏わせた拳を振り上げて。
「俺たちの力が理解できるまで、存分に味あわせてやるよ」
　熱い想いの籠もった一撃を叩き込む。

　そしてしばらくは一進一退の攻防が続いた。ギリアムは破壊力のみならず体力もあり、なかなか土俵を割らない。けれど、異常が積み重なっていくほどに、その動きがどんどん鈍くなっていく。
　――この辺りが潮時か。
　ケルベロスたちに傾いた流れを一気にモノにしようと、ルージュたちは一転して攻勢に出た。
「道は僕が切り開くよ、今が好機だ」
「俺も合わせる、畳み掛けるぞ！」
　亮吾が乱射したバスターライフルの弾幕に紛れて、ルージュがギリアムに肉薄する。
「一介の死者に戻るがいい！」
　逆袈裟に斬り下ろし、胴を抜き、突きを放つ。２対の踊るナイフが煌き、飛び散る血が彩りを添えて。
　惨殺の嵐が去ったと思えば、次には凶悪な刃が薙いだ。
「オラアッ！」
　トルティーヤが腰を回して振りぬいた大鎌が、一際大きな血の花を咲かせる。
「……やだ私ったらはしたなーい、てへっ」
　それからペロッと舌を出して、ぶりっ子を演じてみても、荒々しい一撃の記憶が鮮やかに残っていては手遅れだろう。
　そして４人の連携攻撃の最期を締めたのは弘幸だ。最悪の場合、相打ちになることも厭わず無造作に距離を詰め。
「避けられるもんなら避けてみな」
　地獄の業火に包まれて燃え上がる左脚を、荒々しくギリアムの腰に叩き付けた。
「ぐ……っ」
　さすがのエインヘリアルも、この連撃の前にはうめき声を漏らす。
「もうふらふらだな。大斧のギリアムここに眠る。――墓標はこれでいいか？」
「甘く見るなよ。やれるものなら、やってみるがいいッ！」
　揶揄するようにいうミーナに、ギリアムは体の奥底から絞り出すような叫びを上げた。
「その心、折って見せましょう。――この攻撃、見切れますか？」
　冷淡に告げたミントは、チェーンソー剣を片手にギリアムに迫った。スナイパーの放つ狙いすました一撃、それは見切りようもなく敵の体を散り散りに切り裂く。
　自分を忘れないでほしいなと主張しているようなウイングキャットの犬飼さんの引っ掻き攻撃を挟んで、ミーナと火蘭が終局への扉を開きにかかった。
「逃げても無駄だぜ。この風からは逃れられねぇよ！」
　ミーナが右手に握った赤い短剣でギリアムを指し示せば、刀身から次々と短剣の写し身が浮かび上がり、敵を執拗に追う猟犬となって飛んで行く。
　それら赤い短剣と共に、火蘭が飛び出した。
「動き出せ、わたしの心臓！　ぶん回せ、わたしの炎！　もっと速く！　もっと強く！」
　ドクンドクン。――ドクンドクンドクン！
　火蘭の地獄化した心臓が早鐘を打つ。ギリアムの懐に飛び込んだとき、彼女の鼓動は極限にまで高まっていて、息もつかせぬ勢いで両拳、両脚を繰り出すエンジンとなった。
　そして殺到する、幾多の刃と打撃。
　真紅の甲冑がひしゃげ、エインヘリアルの巨躯を切り刻み、まるでギリアムの命の火を吹き消す暴風のようだ。
「……チ、ヤキが回ったか」
　ギリアムは最期にそうポツリと呟いて、大の字で地面へと倒れこみ。
　――ドォーン。
　妙に重い音が河川敷に響いた。

●
「やーん、こわかったですぅ」
　目に涙を浮かべたトルティーヤが、亮吾の腕にしがみつく
「おつかれさん。……助かったぜ」
　亮吾は、ぴくっと反応した腕をぐっとこらえて、優しい言葉で応じた。
（「いつもなら背負投するところだが、すげえ頑張ってくれてたもんな……」）
　だから、今くらいは好きにさせておこうかと思う。
「みなさん、手当しますから傷を見せて下さいねー」
　かなみはウイングキャットとともに、仲間の手当に駈けずり回っている。
「さて、もう少ししたら退くか」
　そっけなく言うミーナは、強敵を倒した途端にいつものダルそうな様子。
「そうだな、俺たちの目的は果たした」
　簡単な怪我の手当をしていた弘幸が頷いた。実際の所、ここでこれ以上することはない。あとは侵入部隊がガイセリウムに入り込む隙を作るため、わざと撤退してみせるだけだ。
「イグニス王子がうまく油断してくれればいいけど」
　今だ健在である要塞を見上げて、火蘭が呟いた。
「他の班は、皆さん無事でしょうか？」
「皆が最善の結果が得られていることを祈ろう。ガイセリウムに侵入する部隊を含めてね」
　他のチームのことを気にかけるミントに、ルージュが優しく応じた。

　曇天の下で、いまだ人馬宮ガイセリウムはその威容を誇っている。
　あの要塞を灰燼に帰し、平和な八王子を取り戻したい。
　それは要塞を見上げる者たちに、誰しもが去来する切なる想いなのだろう。

作者：Ｏｈ－Ｎｏ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 1
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。