多摩川防衛戦~真紅の暴風

作者:秋月きり

 光、衝撃、そして爆音。
 八王子の街に現れた移動要塞が生み出したその光景は、まるで冗談のような悪夢だった。
 傍目に見れば千夜一夜物語に謡われそうな巨大な城だった。四本の脚が生えていなければ、だ。
 それが多数の戦乙女を伴いながら、八王子市を蹂躙している。
 人々は逃げまどい、住み慣れた街を盾とし、安全な場所へ移動を開始する。
 崩壊を見下ろす男が一人、哄笑を浮かべた。
「さぁ、踏みつぶせ! 蹂躙しろ! 全ては我らが王子のためにってなぁ!」
 
「みんな、大変よ。ザイフリートから得た情報にあった魔導神殿群ヴァルハラの一つ、人馬宮ガイリウムが遂に動き出したわ」
 緊急と呼び出され、集ったケルベロス達を前にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が息を巻ながら声を上げる。その声の中には焦りの色が滲み出ていた。
「八王子市に現れたガイリウムはそのまま東京都心部に向けて進軍を開始したみたいなの」
 外見としては直径300m、全高30mの巨大な城に四本の脚が生えた移動要塞だ。それが、進路上の建物を踏みつぶしながら進軍している。そんな怪獣映画のような光景が八王子市で繰り広げられているのだ。
 だったら、すぐにそれを破壊すれば、と言うケルベロスの進言にリーシャは首を振る。
「ガイセリウムの周囲はヴァルキュリアの軍然が警戒活動をしているわ。不用意に近づけばすぐに発見され、エインヘリアルの軍団によって迎撃されるでしょうね」
 現在は進路上の一般人の避難を行うのが精一杯だと言う。
 ただし避難が完了しているのは多摩川の河川域までだ。それ以降はガイセリウムの進路が不明であるため、避難勧告が難しい、との事だった。
「ガイセリウムを動かしたエインヘリアルの第五王子イグニスの目的の目的はおそらく三つね」
 一つ、ケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害。
 一つ、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。
 一つ、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取。
「その暴挙を止めるため、みんなの力を貸して欲しいの」
 そんな物が倒せるのか? とケルベロスに動揺が広がる。だが、それが可能だとリーシャは頷いた。
「何故なら人馬宮ガイセリウムは万全の状態では無いからよ」
 これも、みんなのお陰だけど、と付け加えて説明する。
「先のシャイターン襲撃は憶えてる? あれがみんなによって阻止された事で、充分なグラビティ・チェインを確保出来なかったみたいなの。そして人馬宮ガイセリウムはその行使に多大なグラビティ・チェインを必要とする大食らいな兵器よ」
 だからこそ、親交途上にある周辺都市を壊滅、多くの人間を虐殺する事でグラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へ向かおうとしているのだろうけど、と補足する。
「これに対してケルベロス側は避難が完了している多摩川で戦闘を行います」
 多摩川を背にしてガイセリウムに対し、グラビティによる一斉砲撃を敢行。
 この攻撃でガイセリウムにダメージを与える事は出来ないと推測される。しかし、ガイセリウムがグラビティ攻撃への対処を行う為、グラビティ・チェインを消費させる事が出来る。それは今現在、グラビティ・チェインの貯蓄が少ないガイセリウムにとって、痛打となり得るのだ。
「攻撃を受けたガイセリウムからは邪魔者を排除すべく、勇猛なエインヘリアル軍団『アグリム軍団』が出撃してくるわ」
 このアグリム軍団によって多摩川の防衛戦が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河。進軍を継続するだろう。
 無論、その際にはケルベロス達による妨害がないため、東京都心は大きな被害を被る事になるだろう。
「でも、逆に『アグリム軍団』を撃退する事が出来れば、ケルベロス達によるガイセリウム突入の機会が得られるわ」
 アグリム軍団を撃破し、ガイセリウムへ突入。そしてガイセリウムそのものを止める。
 これがケルベロス達の目的になる。
 アグリム軍団とは? との声がケルベロスから上がった。
 リーシャは頷くと、自身の見た予知の内容を合わせ、その詳細を語り出した。
「アグリム軍団は400年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同族であるエインヘリアルからも嫌悪されているエインヘリアル・アグリムとその配下の軍団と言われているわ」
 そのアグリム軍団が、第五王子イグニスの地球侵略のために揃えた切り札の一枚と思われる。
 彼らの特徴は傍若無人。軍団長であるアグリムの性格の為だろうか、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視すると言うならず者に近い集団ではあるが、その戦闘能力は本物。
 また、全員が真紅の甲冑で身を固めているのが特徴でもある。
「連携を嫌うくせにお揃いは構わないんだよね」
 皮肉っぽくリーシャは苦笑した。
「人馬宮ガイセリウムが多摩川を越えれば多くの一般人が虐殺される。それを防ぐ事が出来るのはケルベロスである貴方達だけなの」
 真摯な黄金の瞳が向けられる。そこに浮かぶ信頼の色は、今までと変わらない。
 だから、彼女はケルベロスを送り出す。
「無理矢理従わされているヴァルキュリアの為にも、第五王子イグニスの野望は止めなければならないわ。だから……いってらしゃい」


参加者
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)
イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)
糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
四月一日・てまり(カストール・e17130)
近藤・美琴(魂の鼓動・e18027)

■リプレイ

●多摩川沿いの勇者達
 多摩川の河川敷は優に500を超える地獄の番犬たちが集っていた。
 その視線の先には八王子焦土地帯を蹂躙する巨大な移動要塞、人馬宮ガイセリウムの姿を認める事が出来る。
 川までの住民の避難は完了している。
 後は、ケルベロス達がアレをこの多摩川流域で止めるだけだ。
 遙か遠方の視認距離にしかいないそれを、彼らは思い思いの表情で見つめていた。
「なんかまた凄そうなのが出てきましたねえ」
 血が滾ってきました、と天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)が不遜に笑う。まさに背水の陣、と言った趣きに高揚感を押さえる事が出来ない。
「……なんか、右腕が無くなった時の事を思い出すよ。はつねちゃん、怒ってたなあ……大丈夫かなあ……」
 四月一日・てまり(カストール・e17130)が想うのは血を分けた妹の事だった。同じ戦場に居るはずの妹はしかし、多くのケルベロス達に呑まれ、その姿を見つける事は叶わなかった。
 この心配は杞憂に終わると良いけど、と願う。
「すべきことは一つ、眼前の敵を討つことだけです」
(「ウィンテール家当主として、そしてここに立つ一介の戦士として、あの進撃を止めてみせる」)
 意気込みながら、イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)が宣言する。
 バイザーを降ろしたピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)がそれに頷いた。東京の街をあんなものに蹂躙させる訳に行かない。
「来たぞ。準備は良いか?」
 誰かの言葉が響いた。見ると、ガイセリウムは射程距離目前にまで近づいて来ている。
「生きましょう。絶対全員無事で、ですよ」
 己のサーヴァント、ウィングキャットのエスポワールを従えた近藤・美琴(魂の鼓動・e18027)が力強く頷く。彼女が想うのは必ず皆で無事にいつもの日常に戻ると言うもの。何が何でも立ち続ける、と言う気概だった。
「さあ、鏑矢を放ちましょう」
 負けられない戦いの開幕と、糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085)がルーンアックスを掲げる。
 放て、と声が聞こえた気がした。
「我が魂の片鱗、喰らうが良い!」
 号令に応じ、セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)が諸手に構えた斬霊刀から衝撃波を迸らせた。
「炎の華と散りなさい!!」
 負けじと旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)もまた、地獄の炎弾を放つ。
 セツリュウと竜華の二人だけではない。この場にいたケルベロス達が次々に炎や雷、氷の礫や砲弾など、思い思いのグラビティをガイセリウムにぶつけている。
 その猛攻によって巻き上げられた砂煙は移動要塞のその巨体を覆い隠し。
「やったか!」
「いえ、それフラグです」
 セツリュウの上げた喝采の声に、ピコが静かに突っ込む。
 巻き上げられた砂煙も時間と共に晴れていく。果たして、その先のガイセリウムは――。
「無傷……」
 美琴の声に、いいえ、と応えたのはイピナだった。
 確かに見た目には傷一つ無いように見える。ケルベロス達の一斉射撃は、それが放出したグラビティに阻まれ、ガイセリウムそのものにダメージを与える事は出来なかったのは事実だろう。
 だが、そもそも、そんな事はヘリオライダーの予知で百も承知だ。
 問題はそれではない。
「動きが止まってる」
 未だに紫電を放つライトニングロッドを構えたまま、ケイが呟く。
 ケルベロス達の猛攻を前に、ガイセリウムは動きを止めていた。
「まずは目的の達成ですね。そして」
 要塞から出てくる赤い鎧の集団を認め、恵が頷く。これまではケルベロス総員としての任務。ここからが自分達八人の任務だ。
 アグリム軍団の撃破。応対するのはその配下の一人ではあるが、容易い相手ではないだろう。
(「でも、だからって敗北は許されないよね)」
 ケルベロス達が敗北すれば、ガイセリウムは再び進撃を開始する。そうなれば、無辜の住民達の虐殺は必至。エインヘリアルによって破壊される家族が増える事になる。
 てまりにとって、それは看過できない事だった。
「行きますわよ」
 それでも気丈に、余裕すら伺わせる表情で竜華が宣言する。ここから先は通しはしないと、その桃色の瞳が物語っていた。

●アグリム軍団『ドゥッセリヒ』
 蠍の形をしたオーラが迸る。開幕の狼煙は真紅の鎧が放った剣戟だった。
「この距離から?!」
 迸ったオーラを弾きながら、ケルベロス達が呻く。
 既に戦闘は始まっている。故に律儀に名乗る理由はない。そう言わんばかりのエインヘリアルの先制攻撃に、もはや問答無用かと呻きながらイピナは自身の感覚を増幅し、受けた傷を癒していく。
 その暇を縫って真紅の暴風が疾走る。
 振り上げられた切っ先はしかし。
「名乗りもせずに淑女を攻撃するのは、紳士として如何かしら?」
 竜縛鎖・百華大蛇に絡み取られ、振り下ろす事は叶わなかった。
 傷の回復を仲間に託した竜華が飛び出し、その剣を受け止めたのだ。
 強がりにも似た挑発の言葉に、甲冑の中の顔がニヤリと笑った気がした。
「悪ぃな。嬢ちゃん。紳士って柄でも無くてな」
 響いた軽口に、でしょうね、と頷く。
「俺の名前はドゥッセリヒ。おっと、犬ッコロは憶えなくていいぜ」
 どうせここで死んでしまうんだしな、と二撃三撃と切り結ぶ。繰り出される切っ先は竜華愛用のドレスごと白い肌を抉り、血飛沫をしぶかせた。
 止めと振りかぶった一撃は、ケイの伸ばした鎖が絡め取り、その軌道を逸らす。その合間を縫って、竜華は後方へと退避した。
「今度はこちらのお相手をしていただきます」
 常人ならざるケルベロスの膂力に相対し、ドゥッセリヒは笑う。
「はん、やるな。犬ッコロ。だが、甘ぇ」
 ぶうんと振られた刃は、鎖ごと、そしてケイの身体をも宙に振り回す。
 ケルベロスの膂力が常人ならざるものであれば、エインヘリアルの膂力は尋常ならざるものであった。
「手段も選ばぬ主への忠義見事なり。刀にて応えようぞ。燕・雪柳、参る!」
 凛とした言葉と共に、ドゥッセリヒの胸にセツリュウの斬霊刀が突き刺さる。雷を纏ったそれはしかし、真紅の鎧に阻まれ、胸を強打するだけに留まった。
「痛ぇなぁ」
「エインヘリアル・ドゥッセリヒ。その武勇、ここで終わらせます!」
 セツリュウの刺突に続くのは恵の竜語魔法、生み出された幻影による炎の息吹だった。
 身体を覆う熱量に炙られ、しかしドゥッセリヒは平然と歩み出る。
 その切っ先は先のお返しとばかりに恵へ向けられ。
「エスポワール!」
 竜華に治癒を施していた美琴の命に従い、横から飛び出したウィングキャットにその刀身を防がれる。
 そこに飛来するピコとイピナの漆黒の巨大矢、てまりの砲台による一斉射撃。それらをまともに受け、ドゥッセリヒは踏鞴を踏み、むぅと呻く。
「たはぁ、効くねぇ」
 茶化すような言葉はその真意を悟らせない。フルフェイスの兜に表情を隠されている事が、それに一役買っていた。
「さすがは武勇で名を馳せたアグリム軍団、と言ったところかのう」
 セツリュウが感心したように呟きに対する返答は、ゾディアックソードの一撃によって行われる。

●交戦の果てに
 ドゥッセリヒのゾディアックソードが煌めく。そこから放たれる斬撃と蠍の形をしたオーラは真紅の輝き。
 それらを受け、或いは捌きながら、ケルベロス達の攻撃は着実に、彼にダメージを蓄積させていった。
「うざったいな。おい!」
 蠍のオーラは何もケルベロス達に向けられるのみではない。自身の回復を行いながら、煩わしそうに声を荒げる。
「疲労はお互い様、と言ったところでしょうか」
 その様子を冷静に分析しながら、荒い息をケイが吐く。
 八人の中で一番疲労の色が濃いのは、防御を一手に引き受けているケイとセツリュウだった。
 続けざまに放たれた斬撃を鎖で受けるものの、その全てを受けきれず、膝をついてしまう。
 咄嗟に放った蹴りで距離を開けたものの、エインヘリアルはその距離を詰め、執拗に斬撃を繰り返す。
「行って! エスポワール! あの深紅の身体に命の重みを叩き込んで!」
 ケイを守ろうと飛び出したウィングキャットはしかし、一刀によって切り払われてしまう。
「命の重み、なぁ」
 くっくっくとドゥッセリヒが笑う。
 ここに来ても、他者を嘲る態度を改めるつもりはないようだった。
「お前らと俺たちの命の重みとやらが対等だと思っているのか?」
 それは明らかな嘲笑。
「――?!」
「お前ら地球人は何処まで行っても俺らの餌なんだよ!」
 激昂し、イピナの放つ捕食モードと化したブラックスライムの一撃はしかし、ドゥッセリヒに躱され、虚空を掴む結果となる。
「餌……?」
 怒りを露わにするのはイピナだけではない。この場に集ったケルベロス達は皆、その言葉に怒りを覚えていた。
 デウスエクスが地球を侵略するのはグラビティ・チェインを求めての事。要約すればそれは即ち捕食行動だ。その事実は確かにある。
「貴様、それでも誉れある武人か!」
「はん! お前らの言う誉れで腹が膨れるかよ!」
 セツリュウの言葉に心底不思議そうな声が返ってくる。
 彼の考えなのか、アグリム軍団の総意なのかは判らない。だが、地球人を餌と断言し、その蹂躙を肯定する思考、そして応対するケルベロスに敬意を払わない態度はセツリュウの思う武人のそれではない。
 ただの無法者だ。
「それが貴方達の考えとでも言うの?!」
 中でも、より一層、激しい怒りをぶつけるのはてまりだった。震える言葉はドゥッセリヒだけではなく、その組織全てを指しているように思えた。
「当たり前だろう? 恨むんならただ食い物にされるお前らの弱さを恨むんだな」
 ドゥッセリヒが彼女に向けた嘲笑は、その一言で。
 てまりの中の大事な何かが弾け飛ぶ。
「――!」
 薄紅の輝きが左手に宿る。右手に漆黒の輝きが宿る。可憐な薔薇を咲かせた左手の攻性植物が、地獄と化した右手が、銃口のようにドゥッセリヒに向けられた。
「私は、此処にいる。――此処から先は、譲れないッ!」
 悲痛な叫びにも似た詠唱と共に、放たれる炎を纏った薔薇の花弁は弾丸となって、ドゥッセリヒの鎧を貫いた。
「ああ、そうかい! 俺らも同じだわ」
 交差する真紅のオーラは、弾丸にグラビティを注ぎ込んだてまりの身体を吹き飛ばした。
「舞い散り爆ぜよ、刹那の輝き」
 恵が詠唱と共に無数の光球を生み出す。それは一斉にドゥッセリヒに射出されると、着弾と共に爆破を連鎖させる。
 その衝撃を受け、真紅の鎧の主はぐらりとよろめいた。
 恵もまた、先のドゥッセリヒの言葉に怒りを覚えた一人だ。
 守るべきもの達がこの河の向こうにいる。見捨てて逃げたくないと思う彼らを、この男は餌呼ばわりした。
 それを肯定する事は、到底出来なかった。
「私の力、炎の華、見せて差し上げます! 舞い散れ! 炎の華!」
 そこに好機を見出した竜華が、真紅の炎を纏った鎖を放つ。
「舐めんな!」
 八俣の蛇を思わせるそれは、だが、旋回したドゥッセリヒの剣によって、あらぬ方向へと弾き飛ばされる。
 だが、それは本命ではない。
 神速の動きで急接近した竜華の鉄塊剣が、炎を纏った斬撃が、袈裟懸けに真紅の鎧を切り裂いた。
「がっ!」
「貴方の魂、私が喰らい尽くします」
 貴方は武人じゃない。地球人を餌と呼ぶなら、その魂こそが私達の餌だ。
 妖艶な表情で告げるその言葉に、ドゥッセリヒが戦慄する。
「うわああああ!」
 恐慌からか、遮二無二振り回した刃は、ケイによって阻まれる。
「恐怖したら終わり、ですよ」
 その太刀筋から、追い込まれているのはドゥッセリヒの方だと悟る。ケルベロス達の猛攻は無駄ではなかったのだ。その事実を噛みしめながら、ケイもまた、電撃をその鎧に叩き込む事で、更なる追撃を行う。
「まったく、先日倒した竜の方がまだ手強かったです」
「主も大抵不遜よの」
 ピコが淡々と突きつける事実に、くっくっくとセツリュウが笑う。
 そして放たれるピコの掌底とセツリュウの空の霊力を帯びた斬撃が、ドゥッセリヒの身体を吹き飛ばした。
 ごろごろと地面を転がる真紅の鎧はしかし、それでも立ち上がったのはデウスエクスとして、侵略者としての矜持。
「巫山戯るな! 俺はデウスエクスだぞ! アグリム軍団が一人、ドゥッセリヒだぞ! こんな犬ッコロ如きに! 餌如きに!!」
「そう侮るから!」
 零れた悪態に叱咤にも似た美琴の言葉が飛んだ。
「それが貴方の敗因だって、理解しろ!」
 オラトリオの少女は吠える。そして続け様の詠唱。それはドゥッセリヒへの鎮魂歌。敗者と化す強敵への、せめてもの餞でもあった。
「気を強く持って! 絶対に諦めないで!!」
 届いた声に、敵に肉薄した少女は強く頷く。その声援、受け取った、と。
「アグリム軍団ドゥッセリヒ! その首級、貰い受ける!」
 ブラックスライムが剣の形を成す。同時にイピナは真紅の鎧を蹴り、自身の痩躯を空へと放った。
 羽音は一度。翼の羽ばたきにより天高く舞った少女はそのまま、重力を伴い急降下する。
 狙いは、ドゥッセリヒの首。
「どこまでも、高く、疾やく! 翼よ、舞え!!」
 黒き刃と化した得物は、吸い込まれるようにその首筋を強襲し、まるで稲穂のように刈り飛ばす。
 一刀の元に伏したそれに、断末魔の叫びが響く暇は無かった。

 とさり、と乾いた音が響く。
 それを背後に聞きながら、イピナは黒き刃を掲げる。
 勝ち鬨の声を上げるために。

●されど戦いは続く
「良い勝負でした。この一戦も私の糧となるでしょう」
 胸元を押さえ、ケイが頷く。
「ええ。強き敵でした」
 それに恵が同調した。いかに悪鬼な敵とは言え、倒してしまえばただの死者。そこに敬意を払うのは当然と、その表情が物語っていた。
「大丈夫ですか? てまりさん?」
 ヒールで傷を癒しながら、地面に転がるてまりに美琴が声を掛ける。
「大丈夫、と言いたいけど」
 重傷までに至らなかったが、戦闘継続は困難そうだ、とてまりが苦笑する。カウンターの様に受けた一撃は、彼女に深い傷を負わせていたのだ。
「……はつねちゃん、怒るだろうなぁ」
 場違いな心配に、いや、それは違うのではないでしょうか、とイピナが声を掛ける。
「ま、怒るという事は互いに無事な証拠じゃ」
 セツリュウの言葉にそうかな、と首を傾げるてまり。
「ともかく、引きましょう」
 和やかな空気が流れているが、ここはまだ戦場だ。他のケルベロス達への援護も考えていたが、戦闘継続が不可能な以上、早く離脱するべきと、ピコが声を掛ける。
「そうですね。肩をお貸ししますわ」
 てまりに提案する竜華もまた、無傷という訳ではない。とりわけにドゥッセリヒに切り裂かれ、ズタズタにされたドレスとその下に覗く裂傷の走る白い肌が痛々しく感じる。
(「気に入っていましたのに」)
 だが、その不満も生きていればこそ、だった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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