多摩川防衛戦~迎え撃つは紅蓮の進軍

作者:朽橋ケヅメ

 ――市民に避難を呼びかける声が、どこからかずっと響いている。
 幸い、大きな混乱の様子もなく、人々は繰り返し告げられる方角へと淀みなく避難しているようだ。
「このへん、こないだも襲われたばっかだから、かな」
 自転車を押しながら、歩道橋の上を足早に渡っていた制服姿の少女が、ふと足を止め、振り返った。
 車道を挟んでビル群のずっと向こう、八王子の方向に、見慣れない巨大な建造物がある。
 アラビアの宮殿って、あんな感じだったかなあ――なんて、思わずその威容に目を奪われていた少女は、けれど気づいた。
 近づいてくる。
 あの、巨大な宮殿が、街を壊しながら、こっちに。
「……やっば」
 少女は息を呑み、慌てて自転車とともに駆け出した。迫る災厄から逃れようと。

●迎え撃つは紅蓮の進軍
 ヘリポートへと集まったケルベロス達を迎えて、ヘリオライダーの女性は物腰柔らかに一礼した。
「皆さん、よろしくお願いいたしますね」
 穏やかな表情の中にも、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の真っ直ぐな眼差しはこれから始まる戦いの重さを物語っていた。
「エインヘリアルの第一王子……ザイフリートさんのお話の中にあったエインヘリアルの神殿のひとつ、人馬宮ガイセリウムが動き出したようなのです」
 ガイセリウムはアラビア風の巨大な城に四本の足が生えたような姿の移動要塞で、八王子の焦土地帯に出現した後、東京の都心部に向けて進軍を開始したのだという。
 指揮を執るのは、エインヘリアルの第五王子イグニス。その目的は恐らく、地球人に与したザイフリート王子の殺害と、シャイターンによる襲撃作戦を阻んだケルベロス達への報復……そして、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取。
「今は、ガイセリウムの進路上の住民の方々に避難して頂いていますが……都心部に近づいた後の進路が予測できないため、多摩川までの地域しか避難が完了していないのです」
 もしも、このままガイセリウムが多摩川を越えて都心部に近づくことになれば……もたらされる災禍は想像に余りある。
「……止めなければ、なりません」

 人馬宮ガイセリウムは直径が300m、脚を除いた建造物部分の全高30mという威容を誇る移動要塞で、周囲にはヴァルキュリアの軍勢が飛び回り、鉄壁の警戒網を敷いているという。
「とはいえ、泣きどころがないわけではありません。先日のシャイターンによる襲撃をケルベロスの皆さんが防いでくださったお陰でしょうか……ガイセリウムを動かすに足る、膨大なグラビティ・チェインを確保できていないようなのです」
 つまり、イグニス王子はグラビティ・チェインを確保するためにも、侵攻途上の都市で人間達を虐殺しながら都心部を目指そうと企図しているだろう。
 これに対して、ケルベロス側は多摩川を背にして防衛線を張り、初手でガイセリウムに対し数百人のケルベロス達による一斉砲撃を行う。
「ガイセリウムの外装はこの攻撃を無効化してしまいます……が、それが狙いなのです」
 グラビティ攻撃を中和するため、ただでさえ欠乏しているグラビティ・チェインを大量に消費したガイセリウムは、ケルベロス達を排除するため、深紅の甲冑に身を包んだ『アグリム軍団』を出撃させてくると予測される。
「四百年前の戦いでも地球を蹂躙した、エインヘリアル・アグリム……勇猛を超えて残虐とまで言われ、同族からさえ嫌悪されているといいます。彼が率いるアグリム軍団の配下達は命令を厭い、連携など歯牙にもかけないと言われますが、個人の武を尊ぶ彼らの、個々の戦闘能力は相当なものだとか」
 つまり、ガイセリウムを操って地球侵略を目論むイグニス王子にとっての、切り札の一つということだろう。
 たとえ単騎で挑んできたとしても、油断など許されない相手だ。

「力を合わせて、この『アグリム軍団』を撃退できれば、ガイセリウムの内部へと突入し、イグニス王子の野望を打ち砕く好機となります。……ですが、万が一にも、この防衛線を突破されることになれば……」
 多摩川を越えたガイセリウムが逃げ遅れた人々の虐殺を始める――というわけだ。
 ケルベロスの一人がそう言葉を継ぐと、セリカは皆を見渡して、頷いた。
「私には、ただ皆さんを送り届けることしかできませんが……それでも、ずっと信じて、願って、祈っています。どうか……人々を、東京を、守ってください」


参加者
立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969)
キース・クレイノア(角隠し・e01393)
ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)
七星・さくら(桜花の理・e04235)
杉崎・真奈美(私は寝子・e04560)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
コルティリア・ハルヴァン(ドジ猫・e09060)
ファニー・ジャックリング(のこり火・e14511)

■リプレイ


 無数の光条が、業炎が、紫電が城壁へと突き刺さり、真白の閃光が弾けた。
 数瞬の後、耳をつんざく爆音が続き、さらに叩き込まれる破壊の嵐が巨大な城を包む。
「……さてと」
 ファニー・ジャックリング(のこり火・e14511)は年代物の銃口から燻る煙を吹き払い、目を細める。
 寒風が黒煙を剥ぎ取ったその後には、何ごともなかったかのようにそびえ立つ、人馬宮ガイセリウムの姿があった。
「やっぱ傷一つなし、か……面倒だな」
 キース・クレイノア(角隠し・e01393)は気怠げに、地獄化した片腕を挙げて髪を掻く。
 だが、これも作戦通り。
 ケルベロス達の一斉攻撃に耐えるために大量のグラビティ・チェインを消費した人馬宮は、多摩川へと迫り来るその進軍を止めていた。
 ――戦いは気乗りしないが、奴らの好きにされては困る。
 キースは肩をすくめつつも、携えた大剣の重みを確かめるように触れた。
「……俺達がやるしかないな」
「ああ、ここからだね」
 ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)は端末上に開いた地図を仲間達へと示す。
「ガイセリウムが止まったのが街のこの辺り。ここからアグリム軍団が出撃してくるのなら……」
「この辺りで戦うのが良いと思うのよ」
 地図を覗き込んで、七星・さくら(桜花の理・e04235)は興味深げに翼を揺らす。
 住民達が避難を終えた市街地へと踏み込んで相手を迎え撃つ――とあらかじめ決めていたケルベロス達は、手短な確認の言葉だけを交わす。
「まさに背水の陣……ってことですね」
 背後の多摩川をちらと振り返って杉崎・真奈美(私は寝子・e04560)が呟けば、コルティリア・ハルヴァン(ドジ猫・e09060)も思わず灰毛を逆立てて武者震い。
「……ここで止めないと、みんなが……。そんなの……絶対にさせないよ!」
 コルティリアの力強い言葉に、真奈美が、皆が頷く。そして、駆け出した。
 彼女達の戦場となる、無人の市街へと。


「こっちから回ろうよ」
 朱いおさげが揺れる。フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)は閉じた片瞼の裏に映し出される立体地図を現実の光景と重ね合わせながら、裏路地を示し、仲間達とともに駆けていく。
 やがて大通りに突き当たるところで、雑居ビルの屋上を身軽に翔けながら併走していた立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969)が皆を制した。
「計算通りですね。標的が現れました」
 手振りと視線で示したその先、大通りに、深紅の鎧が姿を見せる。ハヤトは大きな瞳を、鋭く閃かせた。
 ――絶対に、勝ちましょうね。
 当然――とそれに応えるのはファニー。仲間達へ視線を巡らせると、流れるような手捌きで先込め銃を抜き、撃鉄を起こし、引き金を絞る。
 響く金属音が告げる戦端。
 ファニーの銃口から次々と放たれる弾が深紅の鎧を叩けば、ケルベロスの出現に気づいたそのエインヘリアルは巨体に見合わない速度で裏路地へと向き直り、重い鎧音とともに迫ってくる。
「通行止めですよ!」
 建物の陰から飛び出した真奈美が地を蹴って高く舞い、魔力を纏うその蹴撃は鎧に激突して火花を散らす。
「く……」
 不意を撃たれて僅かによろめく巨体。弾かれるように跳ねた真奈美は反撃を警戒し瞬時に距離をとる。
 相手の巨体に対して、狭い路地の地形を活かして身を隠しながら戦う――それがケルベロス達の選択。
 そのために無人の市街地へと踏み込み、この路地へ敵を誘い込んだのだった。
 すかさず畳みかけるように、ビルの陰から飛び出したコルティリアの握りしめる銃が火を吹く。
「当たれー!」
 弾丸が鈍い音を立てて鎧に傷をつければ、エインヘリアルもまた鎧と揃いの深紅に染まった長剣を高々と掲げた。
 刃に刻まれた蠍の印が白く輝くと、大きく宙を薙いだ刃は白銀の旋風となって、後方に控えるケルベロス達を襲う。
 反転しつつも避けきれなかったコルティリアを凍てつく一撃が貫き、コルティリアは激痛に表情を歪めながらも身を翻して物陰に隠れた。
「……ご挨拶ね」
 微笑みを崩さないさくらも、冷気を帯びた脚をいたわりながら杖を構える。
「こんなことで負けてられないわ。うん……きっと大丈夫……広がれ、星翼!」
 白黒斑の翼を大きく広げ、星の光のように煌めくオーラが傷ついたコルティリアとファニーを、そしてさくら自身を包み込み、癒しとともに敵の力を打ち破る破剣の力を宿していく。
 紅い甲冑に身を包んだエインヘリアルは、ケルベロス達を見据えて長剣を構え直す。
「アグリム軍団が一人、グラフィアス。これが我が蠍の刃だ」
 そう不敵に告げた。
 だが、その頭上を覆う人影がある。
「お覚悟!」
 鋼鉄の大剣を携えて屋上から飛び降りたハヤトは窓枠を上に蹴り上げさらに加速し深紅の兜へと迫り、重さと迅さを破壊力に換えた刃を脳天に叩き下ろす。
 グラフィアスは瞬時の回避で直撃は免れつつも、頭部をかすめ肩を打ち据えた一撃は敵の注意を引きつけるに充分。
「ここから先は、わたくしが絶対に通しません!」
 なおも宙を舞いながら二の太刀を窺うハヤトに敵が目を移した隙を逃さず、キースはその足元へ低く踏み込み、巨大な刃を振り上げ鎧の腹部に重量のある一撃を見舞う。
「足元が留守だ」
 これにはグラフィアスも大きく後退り、いよいよ油断できない相手とばかりに姿勢を正した。
 得物の長剣を構え直し、両手で握りしめると、刃の周囲で空間が歪むほどに重力が集まっていく。
 その姿を見据えながら、ミルラは仲間達に……そして何より自分自身に告げるように、
「どれだけ強大な敵でも……勝機はあるはずだ」
 ミルラの掌から浮き上がった無数の木の葉が、フィーの身体に纏わるように舞いながら力を与えた。
「ありがとう、バッチリ決めるよ!」
 すると、フィーの握る黒鎖が、意志を持ったように動き出す。
 グラフィアスは長剣の刃を三メートルの頭上よりさらに高く掲げる。時を同じくして、黒鎖は前衛に立つ四人を囲むように魔法陣を描いた。
 魔法陣が守りの力を三重に発動させた刹那、重力を宿した紅刃がキースへと振り下ろされる。
 超重量の斬撃は、魔法陣のもたらした三重の守りを二層まで砕き、キースの胸元を切り裂いて鮮血を散らす。堪えきれずに膝をつくキース。
「っ! 痛ってえな……!」
 グラフィアスはなおもキースに迫り、振り上げる凶刃――を弾いた、一発の弾丸。
「んな物騒なもん振り回すなよ、蠍の大将」
 ファニーは住宅の塀の陰から瞬時に敵の得物を射貫いて出鼻を挫いてみせると、やれやれ、と肩をすくめた。
「ここはわたくしが守ります!」
 そう告げてキースをかばうように進み出たのはハヤト、そして、ミルラだ。
「……?」
 だが、折を見ては人馬宮ガイセリウムの様子を注視していたミルラは、その時ふと気づいた。
 ここまで近づけば見上げるほどになる人馬宮、その周囲を哨戒していたヴァルキュリアの群れがいつしか姿を消し、代わりにシャイターンの群れが宮殿を取り巻いていた。
 それが何を意味するのかはわからない。
 今はただ、眼前の死闘を乗り越えるより他に、道はないのだから――だから。ミルラは直ぐさま視線を戻し、対峙する巨大な敵を見据えた。


 詠唱、そしてフィーの放った光線はグラフィアスの甲冑を抉るように貫いた。
「僕、あんまり正義感とか使命感とかに縁がないほうだけど、それでも許さない事はある――そう、虐殺とかね」
 醒めた黄緑の瞳が見つめるその先、グラフィアスは鎧の破損を気にしながらも、痛みなど無いかのように変わらない力で長剣を振るう。
 それでも、古代の呪詛を宿した光線は、目には見えなくとも確実にその巨体を蝕んでいるはずだ。
 ケルベロス達は、まず暴威を振るうグラフィアスの能力を、フィーを中心として様々な呪縛に掛けながら削いでいった。グラフィアスが己に掛けられた呪縛を解こうとすれば、さくらのもたらした破剣の力がそれを防ぐ。そうしてから、一撃一撃、確実に相手に傷を重ねていく。
 一方で、こちらの傷も浅くはない。現にフィー自身も腕の裂傷から赤いコードを覗かせていた。
 だが、退けない理由がある。
「君らにとっては只の獲物でも、それは誰かが、もしかしたら僕が出会うかもしれない人達。手出しはさせないよ」
「死力を尽くしてでも、止めてみせます」
 小柄に見合わない巨大な得物を構えるハヤトの身体にも、無数の傷が見える。
「ああ、勿論だ」
 そう頷くキースとともにグラフィアスの注意を引き、激闘によって建物が崩れれば再び狭い路地を選んで誘導しながら、ここまでその猛攻に耐えてきた。
 さくらは雷撃の杖をかざし、そうして傷を負った仲間達の生命力を活性化させる。
 それだけでは追いつかない傷の回復を、ミルラも木の葉を召喚してサポートしつつ、時には後衛へと抜けそうな攻撃を引き受けて支える。
 それでも積み重なっていく傷に危うさをはらみながらも、グラフィアスの深紅の鎧を砕き、傷を負わせるまでに至っていた。
 流れる血は止まっても、傷口は封じられても、蓄積された消耗はすぐには癒えない。コルティリアは肩で息をしながらも、愛用のリボルバー銃に、特別な弾丸を込めた。
「音楽すべてが綺麗とは限らないんだよ……あたしの歌、最後まで聴ける?」
 そして撃ち放った。グラフィアスの足元へ。
 立っていられたら褒めてあげる――と、瞳孔を細める。大地を叩いた弾丸がはじけると、そこに音色が生まれた……いや、音と呼ぶにはあまりにも攻撃的で暴力的なそれは、グラフィアスの鼓膜を力任せに揺さぶり、感覚を狂わせる。
「!?」
 初めてうろたえを見せながらもグラフィアスは身を低め、そして再び紅刃に宿す蠍のオーラを解放した。その標的は――後方に控える三人。
「ち、抜かれた!」
 敵を引きつけきれなかったと悟り、キースは舌打ちする。
 その時、放たれた蠍の前へと飛び出すように、ミルラが立ちはだかった。
「……させないよ」
 恐れるな、と己の声がする。
 気持ちを張っていなければ恐怖に押しつぶされそうになる。失われた心――勇気を、地獄の炎で燃やして、なんとか立っている……それでも。
 極低温の冷気を帯びたオーラに、ミルラの操る攻性植物は凍りつき砕けそうに軋み、ミルラ自身もまた体力をごっそりと奪われていく。
 こうして、広範囲を襲う猛攻から、さくらやファニーは逃れることができた。だが、それでもコルティリアを守ることまではできなかったのだった。
「……、」
 何かを言いかけて、全身が凍りついたかのようにコルティリアは膝から崩れ落ちた。
「コルちゃん!」
 真っ先に真奈美が駆け寄り、抱き起こす。
「痛くないよ、怖くない……だって、真奈美と一緒に……勝って、無事に帰るって約束した……」
 消耗した身体には酷であったのか、朧気な言葉を紡ぎかけたままコルティリアは意識を失った。
 柔らかな身体を物陰にそっと寝かせると、真奈美は立ち上がり、告げた。
 ただ短く、決然と。
「勝ちましょう、必ず」

 痛みを感じないのだろうか、
 ――と、ハヤトは、血に塗れながらも躊躇いなく繰り出されるグラフィアスの斬撃を鉄塊の刃で受けながら考えた。重力を帯びたその一撃を受けきることはできず、ハヤトの身体にまた新たなヒビ割れを刻む。折れなくてよかったと思う。
 今のハヤトは痛みを感じない。
 だから、今は表情を変えない。どれほど傷ついても。
「そんなのが全力?」
 さくらはハヤトに癒しの雷を施しながら、相手を挑発するように笑みを浮かべた。
「もう一息、わたし達なら勝てるわ!」
 ただ傷を癒やすだけではない、笑顔で仲間を鼓舞し続けることも、さくらにとっては大切な役目。
 心は折れない。魂は砕けない。それを信じ、そのためにさくらはここに居る。
「ああ、砕けるのは蠍のほうだ」
 崩れ落ちた瓦礫を挟んで、ファニーの銃口はグラフィアスを正面から捉えた。
「逃げも隠れもしねえよ。――避けてみろ」
 火花を散らし放たれたのは、標的を真っ直ぐに射貫く弾丸。時代物の銃の、かつての持ち主がそうしたように。
 弾丸はひび割れた甲冑の急所を貫いて砕き、グラフィアスの左肩から胸部までを露出させた。
「悪いけど、痛くしちゃうよ?」
 好機とばかりに間合いを詰めたフィーが、懐のナイフを抜き払い繰り出す。複雑な形状に尖った刃が、巨漢の胸部を横断するようにずたずたに傷を刻む。
 キースも地を蹴り、間合いを詰める――と見せかけて、エアシューズの起こす火花を種火として激しく燃え上がった紅蓮を、蹴撃とともに一気に放つ。炎にまみれ、兜の中の喉が苦痛の呻きを上げた。
「オオオォォォ!」
 痛みを振り払うように一声吠え、グラフィアスは高々と刃を振り上げ、真奈美を目掛けて振り下ろす。
 だが、その一撃が届くことはなかった。
 巨体を、突然の衝撃――あるいはコルティリアの歌が残した傷だろうか――が貫いたように、刃はピタリと宙で動きを止め、グラフィアスが隙をさらす。
 真奈美は、左手に握った刀を静かに引き、構えを取る。
「……これで終わらせるわ……」
 そして刹那の踏み込みから瞬時に繰り出した渾身の突きは、下がって距離を取ろうとするグラフィアスを追うように、
(「コルちゃんの分、も!」)
 もう一伸び、そして一気に左胸へと突き立てた。


 グラフィアスが倒れてほどなく、コルティリアは目覚めた。
 不幸中の幸いか、傷は深くはなく、ただ戦う力を消耗しきり、気を失っていただけだった。
 ごめんね、と謝るコルティリアを真奈美はぎゅっと抱きしめて、それから肩を貸して一緒に歩き出した。
「この路地を抜けたらもうすぐ多摩川だよ」
 フィーの案内でケルベロス達が向かうのは、多摩川を越えた先。
 緒戦を制したにもかかわらずここで撤退するのは、そこが今回の戦略の肝だからだ。
 ケルベロスはアグリム軍団との戦いで消耗し、ガイセリウムへの攻撃に失敗して撤退した――と、相手に思わせ、その隙に別働隊がガイセリウムの内部へと潜入し、決着をつける……。
「……ま、やるだけのことはやったよな」
 眠そうな目をしたキースが、気怠げに呟いた。
「ああ。あとは、ガイセリウムへの侵入部隊の成功を祈る、ってとこかな」
 ミルラの言葉に、仲間達が頷く。
 そして、誰からともなく振り返り、そびえ立つガイセリウムを見上げた。
 だが、それは束の間のこと。
 激闘を乗り越えたケルベロス達は、またすぐに前を向き、しっかりと帰路を踏みしめた。

作者:朽橋ケヅメ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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