多摩川防衛戦～紅き壊滅の武人

■リプレイ

●口火
「流石に圧巻だな……。だが、何があってもこの先へは行かせない」
　守るべきものが、自分達の背後に控えている。必ずここでガイセリウムを食い止めるという決意を胸に、イスクヴァ・ランドグリーズ（楯を壊すもの・e09599）は眼光鋭い眼差しを迫り来る人馬宮ガイセリウムへと向ける。
　ガイセリウムが蹴散らす市街地はほぼ避難が完了しているが、この多摩川を越えた先は避難行動が行われていない。
「え、何々？　ちょっと大変なんじゃない！？　ここで負けたら大変なことになるし……頑張らないとねえ」
　ガイセリウムが多摩川を越えたと想像すれば、アルベルト・アリスメンディ（ソウルスクレイパー・e06154）が恐々として呟くのも当然だ。
「そうだな。だからこそ、こうして俺達が出て来たんだろう」
　アルベルトの傍らでガイセリウムを無感動に見据えるリューデ・ロストワード（鷽憑き・e06168）は、惨劇が発生する可能性への慄きも、それを防ぐという気概も感じさせない。至って冷静な佇まいだ。
「此処で守らねば誰が守りましょう？　正義の為に、スーパージャスティ参上」
　絶対防衛線となった多摩川を背に、大義・秋櫻（スーパージャスティ・e00752）が普段のジャージ姿から戦闘時の武装姿へと変じた。ちなみに所謂コスプレである。
「まさに背水の陣だな……」
　アルヴァ・リンドヴルム（ネフシュタン・e00648）は多摩川の先、多くの人々が居る街並みを見やる。そこには人の数だけの生活が営まれている。
「あんなデカブツに踏み荒らさせていい訳がない。ここは、絶対に退けないな」
　医者としての使命感か、ケルベロスとしての宿命か。どちらにせよデウスエクスを前に、そして守るべき人々を後ろに控え、後退は許されない。
　ガイセリウムを止めるため、現在数百名のケルベロスがこの多摩川防衛線を構築している。その一部が、ここに陣取った８人であった。
　皆がこの戦いの重要性を理解し、熱く、あるいは冷静に状況に対して構えている。
　芦牙也・紅羽（白面金毛二尾の狐・e00260）は、そんな中でやや気乗りしない様子でいた。
「防衛、かぁ……。私としては、守るより攻める方が趣味なんだけど」
　と、不満気に漏らす。
「まあまあ。こんなにたくさんの命が懸かってるし、ここで負けるわけにはいかないよね！」
　そんな紅羽を宥めるように、支倉・瑠楓（虹色シンフォニカ・e00123）は守るべき街並みを指し示した。
「ガォ」
　瑠楓の言葉を肯定するように、彼が使役するボクスドラゴンのフェリアも、紅羽に勇ましいような、可愛いような声を上げる。
　もちろん紅羽も本気で不満に思ってはおらず、素直になれない気質なだけなのだろう。瑠楓とフェリアからツンと顔を背けはするが、心中は仲間達と同じだ。
「そろそろですね」
　ガイセリウムとの距離を目視で測り、中邑・めぐみ（ときめき螺旋ガール・e04566）は仲間達へ声を掛ける。
「皆さんお分かりですので改めて言う必要もないのですが……ここでこの移動要塞を止めないと、多くの人の命が失われてしまいます。ここは一つ、防衛戦を成功させましょう」
　めぐみの激励を合図に、全員が臨戦態勢に移る。
　そして、多摩川防衛線を構築するケルベロス達が、一斉にガイセリウムへとグラビティを放ったのだった。

●紅甲軍団
　数百人のケルベロス達による一斉砲撃は、圧巻の一言であった。
　しかし、予想通りに人馬宮ガイセリウムは圧倒的なグラビティに曝されてなお、傷一つ付いてはいない。
　それでもこの一斉砲撃が防衛戦の口火となったことは間違いない。防御に大量のグラビティ・チェインを消費したガイセリウムは侵攻を停止した。
　ほんの数分間、沈黙が場を支配する。ケルベロス達は事態の推移を静かに見守った。
　その間にも敵が行動を起こしていたと知ったのは、ガイセリウムから出撃した紅の軍団が視認できるまでの距離に近づいてからであった。

●壊滅
　ケルベロス達は、襲い来る紅甲のエインヘリアルに対して敵の接近を待つことなく、遠距離での攻撃で先手を打った。
「さあ、命のやりとりをしよう！」
　強敵を前に、平素は抑え込んでいる心情を解放したアルベルトは、グラビティの弾丸を発射する。
　さらにアルベルトの攻撃に間髪入れず、イスクヴァもエインヘリアルへと斬塊剣を一薙ぎした。
「貴様の罪が、枷となろう」
　薙ぎ払いによって強烈な衝撃波が生じ、標的へと向かう。
　２人に続き、仲間達も遠距離での攻撃によってエインヘリアルを狙い撃った。
　それらの攻撃はある程度を凌がれはしたものの、多くはエインヘリアルを捉えた。にも拘わらず、敵の勢いが減じることはなかった。
「脆弱だねえ。敵を壊すっていうのは、こうするんだよ！」
　深紅の甲冑に身を包んだエインヘリアルの声音は無機質であり、性別も定かではない。それでもなお、破壊行動を欲しているという情念が明確に伝わってくる。
　エインヘリアルが携える剣から獅子のオーラが迸り、前衛に立つケルベロス達を襲う。
　防御に有利な立ち位置のメンバーでさえ、たった一撃で軽んじることのできない傷を負った。その事実はケルベロス達を戦慄せしめるには十分であったが、初手から気圧されては戦いの趨勢は決まったも同然だ。
「情報通りの強敵みたいだけど……でも僕達だって負けてないよね。苦戦はするだろうけど、必ず勝てるよ！」
　自身と仲間達とを奮起させるべく、瑠楓は負傷した仲間を癒すための演奏に激励の歌を乗せて奏でる。瑠楓だけではなく、秋櫻も味方を治癒しながら同時に敵の攻撃への抵抗を高めた。
　瑠楓の鼓舞に応じるように、めぐみはエインヘリアルに対して間合いを詰めた。敵との力量差など、何の枷にもなりはしないとその力強い瞳が物語っている。
「なるほど、『壊滅』ですか。その名前の通りに、まさに全てを破壊し滅するだけの力があるようですね……」
　敵からは、ただひたすらに破壊と滅びを撒き散らす悪意が感じられる。そう観察しながら、めぐみは紅甲に触れ、螺旋を叩き込む。
「ただ、本当に強いものは破壊より守護を司るものなのですよ」
　呟きは、決してこのエインヘリアルが理解することはないだろう。
「頭の悪そうな輩だな」
　めぐみがエインヘリアルから間合いを外すのと入れ替えに、リューデの強かな飛び蹴りが炸裂した。
　仲間内からも壊滅などと蔑称を与えられているエインヘリアルは、ケルベロス達の言葉にも攻撃にも、心身共に揺らぐことはなかった。
「その呼び方……ふん、あの軟弱王子か。負け犬のクセにペラペラと口だけは回るようだねえ」
　壊滅という自身への仲間内での呼び名をケルベロス達が知っている理由を、敗れ囚われたであろう第一王子からの漏洩であると判断し、侮蔑の念を込めて吐き捨てる。
「味方諸共に薙ぎ払うとは、一騎当千と言えば聞こえは良いが、将としては失格だな。その首級、頂くとしよう」
　壊滅を卑下する勇ましい宣言に、壊滅はそれを発したアルヴァへと視線を移す。
　言葉の内容から何らかの攻撃が行われると身構えた壊滅だが、予想に反してアルヴァが行ったのは仲間の治療であった。
「どこ見てんのよ、ウスノロ」
　そして、注視したのとは異なる方向から紅羽による炎弾が飛来し、壊滅を炎が包む。
「見た目通りに鈍重なのね。アンタなんかに私は捕まえられないわよ」
　金髪を靡かせながら、紅羽は俊敏に動き回る。そこへ壊滅の意識が僅かに注がれた隙に、秋櫻は動いていた。
「正義は絶対に負けません。戦闘モード起動、出力全開。行きます」
　壊滅の急所目掛けて繰り出した秋櫻の電光石火の蹴り。だが、それは壊滅の鎧に掠ることもなく避けられ逆に手痛い反撃を受ける結果となった。
「どうやら、この攻撃は通用し難いようですね」
　自身の蹴りが容易に避けられた事にさして困惑することもなく、秋櫻は即座に次の行動に思考を巡らせている。目の前の敵はまぎれもなく強敵であり、こうした事態も想定の範囲内である。
「さぁて、まだまだこんなモンじゃないんだろ。質より量が好みなんでね、ケルベロスって連中は好都合さ」
　自分達を格下であると見下す壊滅に、ケルベロス達は精神的に遅れを取ってはいない。だが、攻略の糸口が未だ見えていないのもまた事実であった。

●苦戦
　幾度もの攻防を重ね、ケルベロス達とアグリム軍団員壊滅との戦いは、少しずつ情勢が傾き始めていく。
　素人目に見ても、優位に立っているのは壊滅であった。
　壊滅の振るった剣から発した獅子のオーラが、ケルベロス達を襲う。もう何度も曝された攻撃だが、その都度ケルベロス達は追い詰められている。
「あっぶないあぶない……って、リューデへばってないー？」
　戦場を共にする友人であり相棒であるリューデを気づかうアルベルトは、自身も決して軽傷ではない。
「この程度で倒れていられるか。……五月蝿い奴がいるからな」
　態度にこそ表しはしないものの、相手を思う内心は互いに同じ。だからこそ、どちらも膝を地に付けはしないと気力で耐えている。本来なら反撃に打って出たいところだが、自己回復を優先しなければ後々に響いてしまう。
　リューデとアルベルトだけでなく、前衛に立ったメンバーは全員が満身創痍の有様であった。瑠楓を庇ったフェリアに至っては、既に戦線離脱してしまっている。
「苦しいけど、敵だって同じはずだよ。ここを耐えて逆転しよう」
　前衛全員を歌と演奏で癒す瑠楓の期待に応えるように、斬霊刀に雷の霊力を帯びさせ、めぐみが新速の刺突を繰り出した。
「いかに堅固な甲冑を纏っていようとも、わたくしの剣技はあなたを貫いてみせますわ」
　その宣言通りに、切っ先が壊滅の甲冑を破り肉体を刀身が貫いた。
　敵軍団の象徴とも言える紅の甲冑を貫いたことは、ケルベロス達にとってこの苦境を脱する契機と映った。俄かにケルベロス達の士気が高まり、瞳に強い光が宿る。
「……はっ！」
　そんなケルベロス達を小馬鹿にするように、壊滅は乾いた笑いを漏らした。
「この程度で勝った気になってるのかい。やっぱり、そんな程度の連中ってことさね」
　めぐみによる会心の一撃は、壊滅にとっては、ようやく有効打を一手刺されたという程度の認識でしかない。むしろ、それによって湧き立つケルベロス達が矮小な存在に見えたのだろう。
「図に乗るな。こんな物ではないぞ、我等の連携の力は！」
　鎧の損壊部分に、イスクヴァは地獄の炎を纏わせた鉄塊剣を叩き付ける。
　痛烈な一撃であるにも関わらず、壊滅は身を翻すイスクヴァに狙いを定め剣を向けた。
「痩せ我慢がお得意なようですね。ですが、これは如何ですか？　主砲、一斉発射！」
　秋櫻の携行固定砲台による砲撃が壊滅に直撃し、イスクヴァへの反撃を許さない。
　それが癇に障ったのだろうか、常に全方位に対して放たれている壊滅の殺気とも狂気ともつかない感情が、一瞬だけ秋櫻へと集束した。
「隙だらけよ。そのご大層な鎧、無い方がマシなんじゃない？」
　意識が逸れていることと、自身が壊滅の死角にいることを確認し、紅羽は不意打ちとなる高速の重量拳を打ち付ける。
　めぐみやイスクヴァには劣るものの、軽くない一撃であったはずだ。だが、壊滅は面倒臭そうに一瞥するだけで、紅羽にさして気を留めもしない。
「それがあんた等の連携ってヤツかい」
　言い捨てると同時に、壊滅は秋櫻に肉薄し剣撃を浴びせた。
　あらゆる守護を無効化する重い斬撃。ここまでの負傷が蓄積していた秋櫻は、この致命的な一撃によって、もはや戦闘不能まで僅かな余裕すら残されはしなかった。
「連携なんてのは、実力が乏しい連中の慰め合いに過ぎないよ。本当に強いなら、自分だけで十分だろう。こんな風にさ」
　秋櫻への興味は失ったとばかりに、再び壊滅の殺気は全方位へと放たれる。
「少々荒療治になるが、我慢してくれ」
　魔術による強引な緊急切開手術で秋櫻の傷を治しながら、アルヴァは壊滅への戦慄を禁じ得ない。
　仲間達と力を合わせれば、どんな強敵にでも打ち勝てるという確かな自信があった。だが、その確信は覆されようとしている。
　連携にも様々な形がある。
「俺達は、やり方を間違えたのか？」
　そう自問せずにはいられなかった。

●撤退
　ケルベロス達の戦法は防衛に長ける半面、攻勢においてはやや決定力を欠いてしまっていた。壊滅の行動を阻害することに重点を置いてもいるため、戦いは長引き時間の経過に比して戦局の動きはあまりにも微かなものだ。
　周囲でも、他のケルベロス達がアグリム軍団の精鋭と戦っており、戦いの喧騒が伝わって来る。それらの中には、壊滅の同胞の断末魔も含まれていたのかも知れない。
　だが、壊滅はそうした同胞の情勢には一切興味を示す素振りはない。
「仲間を思う気持ちの無い貴様に、我等が負けるはずは無い！」
　渾身の爪撃で、イスクヴァが壊滅の鎧を破砕する。
「合わせろ、アルベルト」
「オッケー。僕達のコンビネーション、仲間のいない寂しいヤツに見せつけてやろう」
　一貫して冷徹なリューデと、開戦時に一時だけ見せた感情を抑え普段通りに振る舞うアルベルト。息の合った２人の連携は、壊滅に直撃しその巨体を揺らがせた。
　当初は威容を誇っていた壊滅の深紅の甲冑は見る影もなく損壊し、壊滅がいかに威勢を奮おうとも窮地に立っていることは疑い無い。
　ここで一気に畳み掛けようとしたケルベロス達だが、その機先を制し壊滅の剣から獅子のオーラが飛来する。
　この一撃で、遂に均衡は崩れた。これまでギリギリで耐え抜いていた防衛陣３人が倒れ、戦闘続行は不可能となった。
　敗北が脳裏を過り、残った５人は撤退を考慮せざるを得ない。
「これじゃあ壊滅の名前は返上だね。ま、この鎧が壊れるって経験が出来たし、良しとしようか」
　しかし、ケルベロス達よりも先に壊滅は踵を返し戦場から立ち去った。ケルベロス達は逃亡されないよう周囲を囲む布陣を敷いていたが、その包囲は既に消滅しており、阻止する術はなかった。
「正義が、負けるはずは……」
「……わたくし達は、負けていません。重要なのは、個々の戦闘における勝敗ではないのですから」
　悔しげに呟く秋櫻に、めぐみは慰めの言葉を口にする。それは本音ではあるが、気休めでもある。
「もし再び会うことがあれば、次こそは我等ケルベロスが貴様を地獄の門まで案内しよう」
　壊滅の去って行った方角に、アルヴァは強い意志を固め宣言する。もし自分達でなくとも、いずれ必ずケルベロスがお前を倒すのだと。
「悔しがるのなんて後でもできるわよ。それより、早く退くわよ！」
「そうだね、急ごう。ここにいたらマズイかも知れないしね」
　不器用にややキツイ物言いをする紅羽に、柔らかく瑠楓が同意し、ケルベロス達は互いの身体を支えながら多摩川を越え戦場から撤退して行った。

作者：流水清風	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：失敗…
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