多摩川防衛戦~赤甲青気

作者:星砂明里

 夕暮れまでにはほど遠い、昼間の時間であるというのに、西の方角を見やれば薄っすらと夕焼けを思わす茜を帯びているように見える。その方向は八王子市――焦土地帯――が今もなお、真紅の燃えさかる炎に覆われているのだろう。
 その中から現れた異様な物体――巨大な城が、ゆるりと東へ向かう。アラビアンナイトを思わせる風貌の城から生えた4本の脚で、文字通り『歩み出した』。
 数万人収容のスタジアムより更に大きい、高さ30m、直径300mもの機動要塞が、炎の街の中から人々の住む街へと近づいてくる。
 遠目からでも威圧を感じる巨大な物体の姿の上空には、豆粒のように小さく見える何かが、無数に飛び回っている――もし至近距離で見たのなら、それらがヴァルキュリアである事が判っただろう。
 恐怖に追い立てられるように人々が逃げていく。避難車両のクラクションとサイレン、人々の悲鳴と怒号。阿鼻叫喚の音が響き渡る。
 人々が逃げ去った後の街を、ガイセリウムの脚が蹴散らし、踏み潰していく。――向かう先は、東京都心。
 
 ヘリオライダーのダンテが慌てた様子でケルベロスの元へやって来た。
「緊急、大急ぎの話ッス!
 エインヘリアルの第一王子から貰った情報で、『人馬宮ガイセリウム』ってーのがあったんスけど、こいつが遂に動き出したんスよ!
 人馬宮ガイセリウムは――巨大なお城に、四本の脚がくっついて、その脚で移動する要塞で、出現地点から東京都心部に向けて進軍を開始しているみたいなんス。
 ガイセリウムの周囲には、ヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしているんで、不用意に近づけば、すぐ発見されるッス」
 見つかったらどうなるか。その問いに、ダンテは強敵が出現する、と答えた。
「ガイセリウムからエインヘリアルの軍団――軍団長の名前から『アグリム軍団』って呼ばれてる連中が出撃してくるッス。だから迂闊に近づくことは出来ないッスね。
 現在、人馬宮ガイセリウムの進路になってる地帯の一般人の避難は行ってはいるんスけど……」
 都心部に近づいた後の進路が不明な為、避難が完了したのは、ガイゼリウム出現場所から多摩川までの地域。多摩川を渡った向こう側では、まだ完了していない、とダンテは焦りを顔に滲ませて言う。
「このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうッス。
 人馬宮ガイセリウムを動かした張本人はエインヘリアルの第五王子イグニス。イグニスの目的は、暗殺し損ねてケルベロスに捕まったザイフリート王子を殺す事が一つ。2つ目にシャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。そして、一般人を大量虐殺してグラビティ・チェインを奪取する事の3つ、らしいッス。
 とんでもない暴挙を止める為に、皆さんの力を貸して欲しいッス!」
 
 ●防衛作戦
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞――なんスけど、今のところはまだ万全の状態ではないらしいッス。
 というのも、人馬宮ガイセリウムを動かす為に、多量のグラビティ・チェインが必要なんスが、必要充分量のグラビティ・チェインを確保できていないみたいなんス。
 何故かといえば、原因は、先のシャイターン襲撃がケルベロスによって阻止されたせい、ッスね」
 ダンテは八王子を含む多摩地区から都心部にかけての地図を広げた。
「イグニス王子は、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させ、多くの人々を虐殺してグラビティ・チェインを現地調達しながら東京都心部へと向かう腹づもりだと思うッス。
 敵がそう来るなら、こっちは多摩川を防衛ラインに設定するッス。
 川を背にして布陣して、初手に、人馬宮ガイセリウムに向けて、ケルベロス数百人で、グラビティの一斉砲撃を行うッス。
 この攻撃でも、ガイセリウムそのものにダメージを与える事はできないんスけど――」
 グラビティ攻撃の中和の為に、相応量のグラビティ・チェインが消費される為、ガイセリウムの残存グラビティ・チェインを更に削る事ができ、有効な攻撃となる、という。ただし。
「当然、敵もやられっぱなしじゃ無いッス。この攻撃を受けたガイセリウムから、ケルベロスを排除するために、おそらくアグリム軍団が出撃してくる事になるッス。
 この軍団の攻撃によって多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河して――そうなれば避難が完了していない市街地を蹂躙して、一般人を虐殺して、グラビティ・チェインを奪って、って敵のやりたい放題っス。
 逆に、アグリム軍団を防衛ラインで撃退できりゃぁ、こちらから、ガイセリウムに突入するチャンスも生まれるって事ッスね」
 アグリム軍団とは、どんな敵だろう? 想像も付かないケルベロス達に、ダンテは予見できた事を語る。
「エインヘリアル・アグリムが地球に現れたのは四百年前の戦いッス。その時の暴れ周りっ振りと、その残虐さから、同属のエインヘリアルからも嫌悪されているくらいで、そのアグリムが引き連れた配下の集団が『アグリム軍団』ッス。
 連中は、第五王子イグニスが、地球侵攻の為にそろえた切り札のうちの一枚なんスかね?。
 アグリム軍団は、個人の武を誇り、他との連携を嫌い、命令も無視しちまうくらいの傍若無人な連中ッスが――これ、軍団長アグリム自身の性格のせいッスね――戦闘能力はマジ強力っス。
 軍団員全員が深紅の全身甲冑を装備してるんで、軍団員以外のエインヘリアルと区別できるッスよ。
 今ここに集まってくれた人達に倒して欲しいのは、『ガース』って名前の軍団員っス。
 紅甲冑は他の軍団員と同じッスが、『ガース』はバトルオーラを装備してて……青い炎のようなオーラで全身を覆われてるんで、それで見分けられるッス。
 ガースが出てきたら、避難が済んでいる市街地でも、多摩川の河川敷でも、どっちを戦場にするかは皆さんにお任せするっス。
 軍団員は勇猛で強敵ッスが……第五王子イグニスの野望を打ち砕いて欲しいッス!」
 それができるのは、ケルベロスだけなのだから。


参加者
ティアン・バ(水骨・e00040)
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
御門・心(オリエンタリス・e00849)
芥河・りぼん(刀魂リサイクル・e01034)
シンク・マリス(シャドウエルフの巫術士・e01846)
桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)
夜陣・碧人(眠る子竜と歌う騙り部・e05022)

■リプレイ

●要塞城、攻撃
 薄灰色の雲に覆われた午後の空に、暖かさをもたらす日差しは無い。その空の西側を覆い隠さんばかりに巨大な城の塊が迫り来る。
「……新しい勢力の侵攻ですか」
 巫術服の上に、冬空に舞う雪のような純白の和衣を羽織ったシンク・マリス(シャドウエルフの巫術士・e01846)の呟く声が、御門・心(オリエンタリス・e00849)の耳に入る。
(「……もう少しだけ……余裕が欲しかったな……」)
 怯えたように微かに、白髪を飾るレンテンローズの花が揺れる。
 タンクトップ姿の芥河・りぼん(刀魂リサイクル・e01034)は、気合いを込め拳をぱぁんと打ち鳴らす。
「そう! わたし達ケルベロスがイグニスの野望を打ち砕くのです!」
 りぼんが纏う闘気は何でも直すリサイクル魂、仲間達と呼吸を合わせ――
「気咬弾!!」
 撃ち出されるオーラに合わせ、桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)も縛呪の御業を放つ。
 遠距離射程では、己の手で直接鷲掴みにしてやる事は出来ないにしろ。
「音が鳴るくらい思い切り叩いてやらあ」
 ティアン・バ(水骨・e00040)の石化詠唱が続く中、夜陣・碧人(眠る子竜と歌う騙り部・e05022)と、シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)の掌から竜の幻影が飛び立って行く。
「数打って少しでも削りたいですね」
 パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)もウイルスカプセルを投げつけると、3人に付き従う小さな竜たちが呼応して、一斉にブレスを吐いた。
 巨大な城に、ケルベロスから放たれた力が襲いかかる。目映い光が、白銀の氷が、劫火が、異形が、無数の銃弾が――あらゆる現象が渦巻き、絡みつき、喰らいつき、覆い、爆ぜ――やがて、それが収束していくと。
 そこから現れた姿に、シンクは眉をひそめた。
「……全くの無傷、ですね」
 ガトリングガンを構えたまま、心は城をしばし見つめ――僅かな異変に気づく。
「……動きが、止まったかも……しれません」
「無傷なように見えても、私たちの攻撃を防御する為にグラビティ・チェインを消費したのかもしれませんね?」
 碧人の推測に、ならばアグリム軍団が出てくるはず、とパティは望遠鏡を覗き込む。どこから軍団が現れるか――暫く探していると。
「おお、わらわら出てきたのだ!?」
 正に『城門』というに相応しい、重厚感のある門構えの巨大な扉がゆるりと開き、威風堂々と赤鎧の軍団が出陣してきた。
「あれが出入り口なのだ」
 パティの望遠鏡を奪ってシエルが覗き込むと、城から生えた四脚の長さ分だけ、地面から高い場所にある城門から鎧武者が次々と飛び降りていくのが見える。それはヘリオンから降下するケルベロスにも似ていた。
「門から城に攻め入るとして、まず、あの高さまで移動するのが大変ですわね」
 ヒトより大きい背格好とはいえ巨大な城に比べれば極小さな存在の赤鎧エインヘリアルは、今はまだ望遠装備でなければ良く判らない程、遠くにいる。
 しかし、数分もすれば軍団との戦端が開く。綾鷹はめんどくさ気なため息をつき、嘯く。
「此処で、あのでけぇのから出る、海老みてえに赤い奴をぶった切れば良いんだな?」
「一番強いアグリムと戦う人達も居ます! わたし達も負けていられませんね!」
 拳に力を込め、りぼんは気合いを入れ直した。

●青闘気、参上
 仲間達が河川敷に陣取る間にも、ティアンはじっと目を凝らしガイセリウムの方角を見つめていた。斧や剣を持つ鎧姿が見えても、それは目的の相手ではない。
「あら、赤い鎧に青い炎を纏った方がいらっしゃいますの!」
 シエルが、ほら、あそこに、と指さし伝える。
「何処に居るのか?」
「そこじゃありませんわ! こっちですの!」
 パティが覗く望遠鏡をぐいっとひっぱり向きを変える。レンズの中いっぱいの鎧姿。
「ね、視えましたでしょう?」
「紅い鎧に蒼い炎、お主がガースか! 悪いがお主らの進撃もここまでなのだ!」
「ほう? 吾輩を知っているとはな。面白い、名指しの挑戦、受けてやろう」
 遠くから呼ばわる声に気づき、鎧武者が悠々と近づいてくる。
「派手に行きますよ!」
 形成された殺界の中で、りぼんとパティが、同時にぽちっとスイッチを押す。
 どか、どか――ん!!
 派手な爆発で、爆風を浴びた仲間達の士気が高まる。
「赤備え、武勇を示し血をすする赤鬼相手、さしずめこちらが勇者ですね」
 ケルベロスたちと小さな竜たち、合わせて前衛6。1回の爆発では列減衰で有利な効果が付かなかった者のほうが多いが、碧人が禁断の断章を紐解き、それを補っていく。綾鷹は自らの正面に、浮遊する光の盾を具現化させた。
 綾鷹はふらりと敵の正面に躯を寄せ、やがて互いの距離が近づき――射程に入ったその瞬間。
 先に青い闘気の弾丸を放ったのは、能力に勝るガースだった。会心渾身の一撃が綾鷹の躯に食らいつく。
「ほう? 骨がありそうだな」
 何も手筈を講じていなければ、一発で倒されただろう重い攻撃にも綾鷹は耐え、再び光の盾を構える。
「市民を守る皆さんを癒すのがわたしのお仕事です!」
 りぼんの『慈愛の右斜め45度』は癒やしのチョップ、彼の身を案じる藍たち小竜も、それぞれの属性を与えてくれた。
「……厄介ですがここで倒れるわけにもいきませんし、全力でお相手させていただきましょうか」
 初撃から全開、シンクの唇から詠唱が紡がれる。
『……無慈悲なる白銀の抱擁を、その身に受けなさい』
 地面から青闘気をも丸ごと覆い尽いつくす氷柱がそそり立ち、氷漬けにする。
 地獄化したオラトリオの翼を広げ、心は羽を射る。『傷心翼翼』の技がガースの甲冑に突き刺さる。それは、布石でもあった。
 ティアンが構築した呪文の刃をひらりとかわし、青い闘気に包まれた拳が音速を超えて突き出された。勢いで飛ばされ地面に叩き付けられたティアンは、むくり、と傷ついた繊細な躯を起こす。
「お前のうしろに用があるし、ティアン達のうしろにとおすわけにはいかない」
 その姿を敵から隠すように、綾鷹が立ちふさがり斬霊斬を繰り出し、碧人が脳髄の賦活で癒やす。彼女を極力庇いたいとフレアに立ち回らせるも、攻撃を仕掛ける彼女の動きを止めさせる訳にもいかず、全ての攻撃を庇いきれるものではなかった。 
『えっと……ここ! ですね!』
 りぼんの癒やしの手刀がティアンの首筋に入り、据わらぬ首がゆらゆらと揺れる。
 パティは魔法の緊急手術を施しながら指示を飛ばした。
「回復はよいから攻撃を! お主ら、ティアンを一斉回復!」
 その意図を察し、ティアンはジャック達小竜の属性を注入されながら、敵へと竜の幻影を送り込む。
「仲間もかばってくれるという。故にティアンのやる事は」
 さっさとお前をころす事だ。
「できるだけはやくしね。 ティアン達はここでとまっている場合ではない」
「ほざくな。不遜な輩は殺すのみ」
 青い闘気がひときわ燃え上がる。

 ――次の一合、そのまた次の一合、と。
 守備者たちが青闘気の力に耐える合間にも、シンクが放つ透けた「御業」が炎弾を放ち、放つ鎖が縛り上げる。スナイパー達の技はどれもほぼ確実に敵を逃さず命中し、少しづつながらも傷を重ねていった。

●赤甲冑、破斬
 ティアンの身から湧き上がるように黒い塊が膨張し、ガースに襲いかかる。
「吾輩が貴様の後ろに行くのだ。吾輩の後ろに行けると思うな!」
 捕縛の技を受け流し霧散させ、返す闘気の拳でティアンを庇ってくれた小さな竜を、彼女の目の前で消滅させた。
 敵の弱点を掴みかね、ティアンがゆらゆらと首を傾げていた時、スナイパー3人娘の攻撃がその糸口を掴む。
 ガースの背後側に回り込み、シンクは死角から、敵を侵食する影の弾丸を放つ。スナイパーの弾は、鎧武者を毒で蝕み、少なからず体力を削ぐ。
 シエルが投げた簒奪者の鎌が、激しく回転して赤鎧を斬り刻んだ。シンクの魔法の技と比べ、明らかな違いが出た。
「!? 今の攻撃、効いてるような気がしますの!」
 どなたか、もう一度攻撃をしてみていただけませんか?、と仲間たちに呼びかけるシエルの声を妨げるように野太い声が響く。
「小賢しい小娘ども!」
 軍団員の証、誇りの赤鎧を破られたガースの闘気が青い憤怒のように膨れあがる。ケルベロス達の布陣を乱すように踏み込み、シエルに向かって放たれた気の弾丸が――その身を滑らせ、間に割り込んだ碧人に喰らいつく。赤備えの一撃は、今まで無傷だった守備者の碧人を倒す寸前にまで追い詰めた。サーヴァントが居る身では、居ない者よりも限界が低く。
 たまらず膝を崩し、それでもなお喘ぐように敵を見上げる碧人の背中に、りぼんは手刀を向け。
「碧人さん! 倒れる暇なんてありませんよ!」
 右斜め45度で気付けの衝撃波が首筋に入ると、メディックの強力な癒やしで元気が戻る。
 スナイパー以外、頑丈さでは勝ち目は五分以下。理知に長じた者でも百発百中は難しい。かといって俊敏さに欠けるかといえばそうでもない。しかし。
 ローラーダッシュした碧人は、激しい蹴りを放つ。炎を纏った斬撃はより一層激しく、赤鎧を揺るがせる。
『弱者は怯えて牙を剥く。深く深くへ刺していく』
 心の地獄の羽が甲冑に刺さり、中身の回復力を削ぐその技に呼応して。負傷者の傷を手術しながらパティは叫ぶ。
「シエル! 今なのだ!」
「わかってますわ! お任せくださいませ!」
 繰り出す技の名をパティに言われる前に。シエルは影の如き斬撃を繰り出し、密やかに敵を掻き斬る。
 闘いのさなか、仲間達の攻撃で見つけ出した敵の弱みを、鮮やかに、そしてジグザクに剔り。我が身に次々と重なる枷に、たまらずガースは攻撃の手を止めた。
 青闘気をぐっ、と溜め――纏わり付く邪魔な効果はほとんど消えさったが。
 思いのほか、体力の戻りが少ない事に、赤兜の下で舌打ちが漏れた。後ずさるかのような気配に、りぼんと綾鷹が気づく。
「逃げ出すかもしれません! 綾鷹さん!」
「ああ、判ってるって」
 人馬宮への退路を塞ぐような綾鷹とりぼんの動きに合わせ、碧人はエアシューズで滑るように都心方向の穴を塞ぎなおす。
「赤備えの軍団は勇猛と聞いていましたが、そうでもなかったようですね」
 侮蔑の色を混ぜ込んだ碧人の挑発に、舐めるな、と吼え。放つ技に巻き込まれた小竜が一匹消し飛んだ。
「これはそろそろ決着の時が近いのでは?  攻撃のチャンスですわ!」
 シエルは唄を奏で、古の妖精たちを召喚する。
『妖精さん、そろそろご準備よろしいですか?』
 小さな妖精たちが歌声に合わせてガースへと襲い掛かる様は、まるで夜空に広がる青い極光に流星が降り注いでいるかの様で――。
 その中へとシンクが、純白の流星と化し煌めきを放ちながら蹴り入れる。仰け反った甲冑の太い足が足止めされ、シンクは闇色のしもべを促した。
「……藍」
「きゅ!」
 応じる鳴き声と共に、小竜のブレスが敵を飲み込み、不利な枷を増やしていく。
「皆さんの応援する声が聞こえます!」
 95%回復専念の手を、この一撃だけは止めて。りぼんはオーラの弾を放つ。
『轟け、赤き雷の刃ってな』
 雷速の域まで加速し分身した綾鷹が一気に間合いを詰める。剣気と摩擦で赤い稲妻を纏った得物が、赤鎧を貫く。
 ティアンは宙に文様を描き出す。その呪文は光りながら刃の形に構成されていく。
『君の、首を、もらう』
 鋭い刃が相手の首元目がけて落下する『断頭台宣言』。
 魔法のギロチン刑に処された赤鎧から頭の兜が飛び、青い闘気が消えた――まるで瓦斯の炎が燃え尽きたように。

●人馬宮、威容
 シンクは仲間達の傷の具合を見て回る。
「……みなさん、ご無事ですか」
「ああ、なんとか生きてるぜ」
 崩れるように河原に座り込んでいた綾鷹が、気だるげに答えたのは、生来の気質に加えて敵の猛攻を引き受けてきたせいか。癒やしを受けても治せない傷が積み重なって、綾鷹の躯を蝕んでいるのが、ティアンにも判る。
 ――意図した作戦とはいえ、その身を張ってかばってくれたから。
 のろり、と立ち上がろうとする綾鷹に、ティアンは手を差し出した。
「……藍は、大丈夫?」
 シンクの問いかけに、きゅいっ、と鳴く。3匹いた小さな竜も、闇色の1匹だけになっていた。
「フレア、最後まで頑張りましたね……」
 戦闘不能と同時に跡形もなく消えてしまった陽炎色の仔竜を想い、労うように碧人は呟いた。女主人とお揃いの魔術服姿の小竜も、務めを果たし消滅していたが。
「大丈夫、10分も休めば、フレアもジャックも回復して、また現れるはずなのだ」
 パティは望遠鏡越しに見えたカイゼリウムの城門の様子をメモに書き付ける。
 りぼんは、そびえたつ人馬宮が、多摩川を渡河せずに留まっている姿をじっ、と見つめていた。
「人馬宮ガイセリウムへの道は出来たでしょうか!?」
「うむ。おそらく」
 こくり、とパティは頷く。宮内に突入するケルベロス達の姿までは、望遠鏡でも確認できなかったが。
「あそこに居るはずの突入者さんたちが、作戦に成功する事を信じましょう!」
 仲間達の間に微かに漂う、気がかりと不安な気配を振り切るように。りぼんがきっぱりと言い切る横で、パティは書き続ける。
 ――成功が保証されていないのなら。失敗の後に起こりうる未来に備えておこう。
「このメモが無駄になるのが一番良いのだ」

 ケルベロスたちは、多摩川を越え帰還する。
 仲間の足だけは引っ張らぬように。
 その思いで戦った心は、川を渡り行く仲間たちの姿を目にして、こわばった気持ちを、ほぅ……と和らげた。
「……できたみたい、かな……?」
 そんな心の胸の内を察したかのように、シエルが心にふんわりと微笑みかけた。
「心様の――『傷心翼翼』でしたかしら――ガースには効いてましたわね」
「羽を刺す技だな、なかなか良かったぞ」
 心の技を、次の一手のトリガーにしていたシエルとパティだからこそ、よく判る。
 ガースが、自身の傷を容易く癒やし、戦いが長引けば。
 こうして全員が笑顔で言葉を交わすことも、なかったかもしれない。
 川を渡り対岸の堤防に着いて、一息つき――しばらくすると、空っぽだった碧人の腕の中に仔竜が戻ってきた。優しく抱きかかえ、その耳元に呟いた。
「おかえり、フレア」

 ティアンはふと振り向いて、川の西側を見やる。巨大な威容の足元に広がる街並が目に入る。
 ――傷ついた町をみるのはきらいだ。
 踵を返し、ティアンは今はまだ無事な街へと戻っていく。
 これ以上傷つけさせない、その想いを胸に抱いて。

作者:星砂明里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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