多摩川防衛戦～紅の死線

■リプレイ

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　冬のその日、曇天。
　厚く垂れ込める雲の真下、常日頃なら冬の風吹きすさび寒さに震えるだろう多摩川の周囲は、戦いの熱に満たされていた。
　動く城砦『人馬宮ガイセリウム』の侵攻を止めるべく、数多のケルベロスたちが、一斉砲撃を行っているのだ。
　あらゆる武器による攻撃がなされ、魔法が放たれ、怒涛の攻撃がガイセリウムへと撃ち込まれた。眩むほどの光に満ち、立ち込める煙幕が城を包み込み、その姿が見えなくなるほどであった。
　――やったか！？
　誰もが、その結果を固唾をのんで見守る。破壊は出来なくとも、これだけの攻撃を受ければ流石に無傷ではないだろうと思えた。
　だが、光と煙が消えて、再び姿を現したガイセリウムの姿に落胆の呻きが上がる。その城壁には傷一つついていなかったのだ。
　攻撃を受けてなお威容を示すガイセリウムは正しく魔城であり、さしものケルベロスらにも、つかの間、動揺を与えた。
　しかし、まだ絶望するには早い。ガイセリウムの巨大な四肢は動かず、その場にとどまっている。
　どうやら、防御することにグラビティ・チィエンを使い果たしたようで、直ぐには侵攻を再開できないでいるようだ。
　ケルベロスたちはそれに気付き、士気を高める。
「停まったよ！　もしかして乗り込むチャンス？」
　リノ・ツァイディン（旅の魔法蹴士・e00833）は、すぐにも駆けだしそうな勢いだ。
「ふふ、じゃあ一緒に乗り込もうか？」
　アンゼリカ・アーベントロート（黄金天使・e09974）はそんなリノに微笑みかける。
「ですが、まだ何があるかわからないですから……」
　慎重を期すべきだろうと、志臥・静（生は難し・e13388）は言う。そしてそれは正しかった。
　空から、オーラが降り注ぎ、ケルベロスたちを襲う。射手座の力を具現するそれは、ガイセリウムから、飛来するアグリム軍団のエインヘリアルが放ったものだった。
「敵さんの襲来っすよ！」
　マリオン・ハリウェル（ミサイル愛好家・e02498）は、気持ちよく城にぶっぱしていたアームドフォートを、そのままアグリム兵に向けて、大型巡航ミサイルを撃ちだした。
　アグリム兵はぐるりと旋回してそれを避ける。
「この河川は境界線……此処は譲れん！」
　ギイ・イェン（紅眼黒龍・e02503）は構える鉄塊剣『寸鉄殺傀』に地獄の熱を注ぎ込み、敵に備えた。
「おらぁっ、落ちやがれっ！」
　ジョーイ・ガーシュイン（地球人の鎧装騎兵・e00706）のばらまく制圧射撃に怯む様子もなく、赤鎧のエインヘリアルは前進し、ケルベロスらの眼前へと迫った。

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　アグリム兵は軟着陸などしなかった。
　今しがた射撃を放ったジョーイめがけて滑空し、翼をたたんで直立不動の姿勢で足から墜落して来たのだ。
「でぇっ！？」
　飛び退ってかろうじて避けたそこに重く地響きを立て、つま先を地面にめり込ませて着地する。
　星辰を宿した巨剣を構えれば、射手座の光に包まれなお赤く輝いた。
　割れるような大音声で雄たけびをあげれば、魂まですりつぶされるような威圧感を覚えて震えた。
　
　気圧されまいと妖精弓を構えるアンゼリカを、静のブレイクルーンの光が包んだ。
「う？　あ、ありがとう！」　
　それがあまりに静かに行われたため戸惑うアンゼリカ。軽くうなずいて、静はテレビウムの『きよし』に行けと命じた。
　アグリム兵にバールのようなもので勇ましく殴りかかるきよしだったが、巨大な剣で静めがけて打ち返される。
（「この戦いに街の人達の命が掛かってるんだ。絶対にここを通すわけにはいかない！」）
　白波瀬・雅（サンセットガール・e02440）はアグリム兵の間合いにあえて飛び込み、光を纏う蹴りを叩き込む。
　その威力はアグリム兵の足を止めた。そこへ、ジョーイは、刀を構え突進する。
「名刺代わりだ！とっときな！」
　強敵相手に高揚する彼は、鬼神が如きオーラを身に纏い、大きく振りかぶった『冥刀』を敵の紅兜めがけて打ち落とす。
　その挑発を受けたか、アグリム兵は隙の大きなその攻撃を避けることもせず、星座を刻んだ巨剣で受け止めた。鋼と鋼が真っ向から食い合い激しく火花を散らした。

「『光よ――癒しの雨となれ』 」
　リノは中空に魔法円を展開する。
「『梟の瞳よ来たれ、黄昏よりも速く、疾く、疾く』」
　月原・煌介（泡沫夜話・e09504）の詠唱により、金色の梟が光を描いて飛び、羽毛の雪を散らす。
　降り注ぐ光の雨も、羽毛の雪も、傷を癒すだけでなく、感覚を澄ませ鋭敏にするのだ。
　アンゼリカ祝福の矢を自分に撃ち、マリオンはヒールドローンを展開した。
　この敵に、守りを重ねて重ね過ぎるということはないだろう。
　その一方で、リノのふわふわなボクスドラゴン『オロシ』が、ブレスを放射して皆を援護するのだった。

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「ゼロ距離なら外すものか！」
　雅はアグリム兵へあえて間合いを詰め、蹴りを放つ。炎のドラゴンの幻影が生み出され、赤の鎧を灼熱に包み破壊する。
　間合いを詰めた雅に、アグリム兵は、重力を宿した剣を叩きつける。苛烈にして重い一撃の直撃こそ避けたが、雅の盾の守護が剥がされた。まともに食らえばただではすむまい。改めて目の当たりにする威力に、雅は戦慄する。
　静は大器晩成撃―やればできると信じる心を魔法に変えて叩きつけ、その魔力でアグリム兵の身体を凍てつかせた。
　オロシは果敢にタックルを仕掛ける。炎に惑わされてその直撃を受けたアグリム兵は、流石に冷静さを欠いたように見えた。
　白い羽根をひらめかせ、アンゼリカが飛んだ。流星の速さと重力を宿した飛び蹴りは、小柄な外見から想像もつかない威力を生み出した。
　マリオンは再度ヒールドローンを展開し、雅の周囲に飛ばす。。
　ギイがブラックスライムは捕食形態に姿を変え、アグリム兵に食らいついた。
「友なる黄金犬の鎖、戒めよ……強く！」
　煌介のチェインが展開し、その巨体を緊縛する。
　だが、アグリム兵は力を込めて、捕縛する鎖ごと強引に剣を振るった。リノへと向けられた刃の間に、割って入ったオロシが直撃を受けて吹き飛んだ。
　ぽとりと儚く落ちて動かなくなったオロシをアグリム兵は邪魔だと蹴り飛ばす。
「オロシ！？　よくもやったなあっ！」
　リノが怒りを込めて旋刃脚を見舞う。アグリム兵が払いのけるより一瞬早く、赤鎧の胴を捉えた。意外なほどの衝撃に揺さぶられたか、さしものアグリム兵も僅かに動きを止める。
　その隙を逃さず静は日本刀を振るった。斬撃は大きく弧を描き、手痛い一撃を与えた。
　きよしはバールのようなもので滅多打ちにするが、少し鈍っているとはいえ分厚い鎧の前に効果は薄いようだった。

　不意に緩やかな月弧を描いた斬撃がアグリム兵を襲った。
　完全な隙をついて静がその足に斬りつけたのだ。すぐさま距離を離す静かに、バランスを崩しての反撃は届かない。
　その動きは神出鬼没とさえ思えた。
「よそ見してんじゃねえぞ！」
　静に翻弄されていたアグリム兵に、ジョーイはチェーンソー剣で滅多切りにする。鋭く回転する鋸刃赤の鎧をずたずたに切り刻む。
　象徴たる赤鎧を無残に切刻まれて流石に怒髪天を突いたか、その攻撃が威力を増した。
　幅広の切先を振りかざし、オーラを飛ばす。
　ジョーイのみならず、リノや静らも巻き込み、浅くないダメージを与え凍てつかせた。
「ちょっとやばいっすね……」
　マリオンが癒しの雨を降らせて癒す、氷も溶かすがまだ心もとない。
　煌介がケルベロスチェインで魔法陣を描き、さらなる癒しと守護をもたらす。
　分かってはいたけれど、文字通りの背水、一撃ごとに肝を冷やす、薄氷を踏むような戦いだ。
「大丈夫、支えるから……」
　それでも、煌介はそう言った。
　その言葉と守護の魔法陣は、ギイの背を押し力を与える。元より腹は据わっている。
「不死身故に一方的に蹂躙出来ると驕り、覚悟すらなく戦場に出たのなら……己が身で死を思え！」
　アグリム兵は、その挑発に答えず剣を構える。思えば最初からこの赤いエインヘリアルは何も話さない。
「……そうか」
　ギイは知る。暴虐なりに、このエインヘリアルには覚悟があるのだと。煽られて判断を誤ることはあるまいと。
　ならばすべき事は、ただ、刃を交えるのみ。
「『死線を越えるは……我か！　汝か！』 」
　ギイの覚悟を呪詛として赤熱する鉄塊剣に織り込み、収束させた地獄の炎刃で斬りつける。
　既にいくつものグラビティを受け、アグリム兵のダメージは蓄積していた。業炎に熱せられた赤き鎧はぐにゃりと歪み、破壊を許す。初めて、生身に食い込む手ごたえを得た。
　さしものアグリム兵も、焼け焦がされる苦痛に苦悶する。よろめきながらも剣を振り、守護星座の輝きで自らの傷を癒した。

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　一歩間合いを離したアグリム兵は、剣に宿したオーラを放つ。
　接敵するジョーイと雅の間を抜けて、それが狙うのは、癒しの要となる者たちだった。
「させないよっ！」
　リノと静が間に入って、受けとめる。
「……っ！」
　消しきれない威力はアンゼリカを襲い、きよしを吹き飛ばした。きよしはスイッチを切るようにプツリと、動作を停止する。
（「すまない、きよし」）
　煌介はその癒しをサーヴァントに与える余裕がなかったことを心で謝る。仕方がない、と、静は首を振った。勝つために、そうしたのだから。
「一気に畳み掛けんぞッ！」
　裂ぱくの気合とともにジョーイの鬼神の一太刀を放つ。
　どれほど高い攻撃力を見せつけられても、雅は怯まず、アグリム兵に食らいつく。
　防御も回復も、仲間に全て任せた。胴への一撃、態勢を崩して前かがみになったところで顎を蹴り上げる。
　すいと横にずれれば、リノ電光石火の蹴りで追い打ちをかけた。
　マリオンは癒しの雨を降らせ、自分たちを庇ったリノと静を癒す。
　
　ここで攻撃を緩める手はない。そう考えて静は飛ぶ。だが、そこに焦りがあったのか、スターゲイザーは躱されて空を切る。
「あっ……」
　しまった、と思ったときには遅く、体勢を崩した静の頭上から、とてつもなく重い斬撃が落ちてきた。
　イレギュラーは起こるものだ、と分かってはいたけれど。
（「頼んだぜ……」）
　意識の消える刹那、静の心に浮かんだのはその一言だった。

「よくも、やったなっ！」
　オロシに続いて静も倒されたリノは、怒りを炎に変えて纏い、痛烈な蹴りを繰り出した。
　意気消沈している暇もない、そのつもりもない。アンゼリカは『終の光』を発動する。
　羽根が輝きを帯び、光状のグラビティがその両手に収束する。
「『究極の光を、今、打ち込んでやるっ！』 」
　叫びにも近い詠唱の通り、黄金の輝きは圧倒的な熱量を伴って撃ち込まれ、アグリム兵を焼き焦がした。
　マリオンも今は庇われているよりは、攻勢に転じる。
「『目標をロックオン！　クルージングミサイル発射っす』」
　ミサイルポッドから大型ミサイルを発射する。アグリム兵は。剣を構えて受け止めようとするが、その威力は今の彼に捌ききれるものではなかった。爆発をまともに受けて、鎧は砕け、兜が吹き飛んだ。
「まだ、行ける……」
　誰の心も折れてはいない。煌介は気持ちを奮い立たせ、ケルベロスチェインを展開した。

　赤き暴虐の戦士に雅が肉薄する。
　手負いの獣の前に身を晒す夕陽色の少女は酷く華奢で、鉄塊の一撃には軽く折れてしまいそうだ。そして実際そうだろう。
　だが、強い意志を宿した瞳を、エインヘリアルは侮らない。全力で、斃しに行く。
　一撃、当たるか躱すかの勝負。
　エインヘリアルが吼える。煌介の猟犬縛鎖が絡みつき、勢いを削ごうとするが、鉄の紅弾となって飛ぶ、アグリム兵は止まらない。
　アグリム兵の一閃は、手負いありながら想像を絶する剛力であった。
　骨まで砕く衝撃が雅を捉える。頭への直撃は免れても、圧で巨剣に磔になる。そのまま地面に叩きつけられれば、終わりだ。
　しかし。
「『来たれ光槍、ブリュンヒルデ！』」
　刃を受け止めた全てが光に変わる。
　それは一瞬の事なのに、アグリム兵には、ひどくゆっくりと見えた。光が集まり、槍の形に精製されていく。それは、ヴァルキュリアが使うものに似ていた。
　切っ先が地に触れんばかりに近づいても、少女はあえて身を捩り、手を伸ばして『それ』を放った。
　零距離。躱せるはずもない。
　巨剣が雅を大地に斬り伏せると同時に、その喉笛を光輝の槍が貫いていた。　

「くはっ……」
　喉から呼気と共に漏れる呻きは、いっそ乾いた笑いに似ていた。
　曇天へ仰向いて、アグリム兵はどうと倒れる。ひゅうひゅうと息を吐きだす唇が動いた。
『お、れ、の……まけ、だ』
　息が漏れ、掠れていたけれど、確かにそう言った。
　アグリム兵は、口元を釣り上げひゅうひゅうと……恐らくは笑って、息絶えた。
　　
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　一度だけ目を覚ました雅に、勝ったとギイが伝えてやると、雅は安堵し、再度意識を失った。
　意識の無い静を介抱するマリオンはぽつりと言う。
「重傷なんてさせない、つもりだったんっすけどねえ」
　気楽に振る舞う彼だが、悔しさは滲んだ。
「……君も怪我をしてる」
「いててててっす！」
　そんなマリオンは煌介が癒す。煌介にも、同じ悔しさがある。
「しゃーねえよ、相手が強かったんだ」
　ジョーイの言う通り、強敵だったのだ。むしろ健闘したと言うべきだろう。
「然り。よいか、まだ終わってはおらんのだぞ」
　ギイはそう言って彼方に聳えるガイセリウムを指さした。停止したままとは言え、今だ城は健在だ。
「大丈夫。みんながいて、私がいるぞ！」
　それを忘れない限り、どんなに強い敵にもきっと勝利できるとアンゼリカは信じている。

　厚く空を覆う雲の切れ間から、薄く光が射していた。　
　
　

作者：黄秦	重傷：白波瀬・雅（サンライザー・e02440） 志臥・静（生は難し・e13388）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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