多摩川防衛戦~轟斧、星裂の華

作者:宇世真

●迫り来る巨大要塞
 東京焦土地帯と呼ばれる八王子市に、それは突如として姿を現した。
 人馬宮ガイセリウム――直径にして300m、全高30mはあろうかというその『城』の外観はアラビア風。4本の脚を生やし、針路上の全てを喰らい尽くすかの如く東京都心部を目指して移動を続けるその周囲には、警邏と思しき武装したヴァルキュリア達が飛び回る。
 ――あの城が通った後には何も残るまい。
 そう思わせるだけの重々しく危険な空気を纏う移動要塞の侵攻を前に、近隣の街は逃げ惑う人々で溢れかえった。
「に、逃げろ……!」
「早くここから離れるんだ!」
「立ち止まるな、早く逃げないと巻き込まれるぞ!」
 迫る脅威に騒然としながら、ただただ避難に徹する以外、彼らに成す術はなかった。

●報せ
「いよっすー。悪ィね、明けて早々」
 待機していたヘリオライダーの男がくだけた挨拶と共に歩み出た。襟元のスカーフを巻き直しつつ、彼――久々原・縞迩(ウェアライダーのヘリオライダー・en0128)は言う。
「エインヘリアルの何某っつー第一王子からの情報にあった、『人馬宮ガイセリウム』が遂に動き出したんだとよ。出現したのは八王子の焦土地帯。そっから東京都心部に向けて進軍してるらしい。でっけェ城に4本の脚が生えててなぁ、移動要塞って奴だな」
 ガイセリウムの周囲ではヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしていると云う。
 不用意に近付けばすぐに発見され、要塞の中から勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃して来る為、迂闊に近付く事は出来ない。
「ちなみに進路上の一般人の避難についてだが。今の所、避難完了してんのは多摩川までの地域だ。都心部に近付いた後の要塞の進路が判らねぇからな」
 このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうだろう。
 縞迩は眉を顰めると、不愉快そうに言葉を続けた。
「ガイセリウムを動かしたのはエインヘリアルの第五王子イグニスって奴だが、奴の目的は、暗殺に失敗しケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害、それと、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。加えて、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取って所か。絵に描いた様な暴挙だろ。こいつを阻止するのに皆の力が必要ってェ訳だ」
 手ェ貸してくれると助かるぜー、と握手を求める様に掌を見せた彼は、軽く咳払いをして喉の調子を整えた。説明にはまだ続きがある様だ。
 曰く、人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞だが、万全な状態ではない事が予測されている。ガイセリウムを動かすのに必要な多量のグラビティ・チェインを、充分確保できていない様だ、と。
「やっぱ、先のシャイターン襲撃をケルベロスが阻止したのが大きく響いてるみてーだぜ。……だもんで、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させ、大量虐殺で足りない分を補いながら都心部を目指そうってのがイグニス王子の腹なのかもな。これに対し、ケルベロス側は――」
 多摩川を背にして布陣し、まずは人馬宮ガイセリウムに対して数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行う事になる。
「それでガイセリウムにダメージを与える事は出来ねぇが、グラビティ攻撃の中和に少なくないグラビティ・チェインの消費が見込まれる。敵さんにとっては痛ェ筈だぜ。ケルベロスを排除すべく、勇猛なエインヘリアル軍団を出して来るんじゃねぇかな」
 と、ここで再び登場する『アグリム軍団』の名。
「もしも、そいつらの攻撃で多摩川の防衛線が突破されたら、ガイセリウムは渡河して避難未完の市街地を蹂躙し、目的を果たすに違いねぇよ。逆に『アグリム軍団』を撃退しちまえば、こっちからガイセリウムに突入する機会を得る事も出来るだろうぜ」
 アグリム軍団は、四百年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているという、エインヘリアル・アグリムとその配下の軍団と言われている、と彼は語る。
「イグニスが、地球侵攻の為に揃えた切り札のひとつかもしんねぇな」
 軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持つが、その戦闘能力は本物だというアグリム軍団。全員が深紅の甲冑で全身を固めているのが特徴らしい。
「出て来る敵は勇猛の将だっつぅ話だけどよ、俺は皆の力も負けてねぇと信じてるぜ」
 それまで言葉に滲ませていた緊張感はどこへやら、くだけた口調と笑顔で彼は言う。
「多摩川は越えさせねぇ、ってな。それが出来るのは――」
 第五王子の野望を食い止め、ガイセリウムによる一般人の虐殺を阻止する事が出来るのは、ケルベロス達だけなのだ、と。


参加者
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
長篠・樹(紋章技工師・e01937)
深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)
ヨナ・クレアシオン(刀衣・e10271)
ラギア・ファルクス(白亜の翼・e12691)
七代・千明(怨色ディスペクトル・e12903)
ソル・ログナー(流星の騎兵・e14612)
カイウス・マビノギオン(愛すべからざる黒・e16605)

■リプレイ

●曇天の下
 集結したケルベロス達による人馬宮ガイセリウムへの一斉攻撃が始まった。
「――壮観ですね」
 数百名が繰り出す多彩な遠距離グラビティが空を駆ける光景たるや。
 自らも『神を縛りし黄金色の鎖』を放ちながら、カイウス・マビノギオン(愛すべからざる黒・e16605)は初めてとなる防衛戦に気を張る一方で、全身全霊を注げる機会に胸を躍らせている。深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)もどこか弾む様な心持。怖くないと言えば嘘になるが、心強い沢山の仲間の存在に、安心感を覚えてもいるのだ。
(「多くの人が必死に戦ってここまで来たんだ、繋ぐ為に絶対彼らを止めてみせる」)
 決意を秘めたローラーダッシュから、鋭く蹴り出す炎が奔る。その傍を冷たい輝きを放つフロストレーザーが追従。
「これ以上、奪わせはしない。その為に、手に入れた力なのだから」
 被害はここで食い止めるとの決意を胸に、七代・千明(怨色ディスペクトル・e12903)が呟けば、やはりすぐ傍で「おうとも」と同意の声が上がる。爆破スイッチを握り締めたソル・ログナー(流星の騎兵・e14612)である。頷く気配は、フォートレスキャノンをぶっ放すラギア・ファルクス(白亜の翼・e12691)の。
「大量虐殺なんて――」
「絶対、やらせねェ!」
 被せる様に叫んでソルは力一杯スイッチを押した。同時多発的に起こる爆発の内、一つは長篠・樹(紋章技工師・e01937)のサイコフォースによるものだ。伏せる様に目を細め、静かに精神を集中させる彼女の中には唯一つの想い。
 ――護り通す。
 一人も欠けさせない。
(「遺された人間がどんな思いでこれからを生きて行くのか、知っているから」)
「アグリムとかいう奴らは知らないのかしら。窮鼠猫を噛むのよ」
 思考の狭間に聞こえてきたのはカロン・カロン(フォーリング・e00628)の陽気な声。
 窮鼠と言いつつ猫なウェアライダーの彼女。ニートヴォルケイノを放った後は額に手をやり背伸びして、賑やかに展開されていたエフェクトが徐々に収束して行くのを眺めていた。
 人馬宮は傷一つ無い姿を現し、ダメージの有無を窺い知る事はできない。
「でも、きっとグラビティ・チェインを消費してくれた筈よね」
「おそらく」
 頷く樹に不敵な笑みを浮かべるカロン。
「追い詰められた者の、守るものを背にした者の強さを見せてあげる」
 うずうずと言葉を落として暫し。
 人馬宮が侵攻を停止して数分。午後の3時を少し過ぎた頃。
 一行は時間を気にするよりも、静止した人馬宮の方をただただ注視していた。
 やがて。
(「あ、あれは……?」)
 光り輝く斧を振り上げ猛然と駆けて来る真紅の敵影を、樹が視認した時には既にその場は戦場と化していた。踊る様にカロンが地を蹴り、千明がその後に続く。

●戦いの火蓋を叩き割る様に
「ここまで来た事、後悔なさい」
 言葉と共に固めた拳から突っ込んで行くカロンの、そのアクロバティックな軌道を真っ直ぐ縫う様に、千明は流星の如く煌き宿す重い蹴りを繰り出した。
 出会い頭の強烈な2撃に勢いを落とす事も無く迫り来る真紅の鎧の豪将を見返しながら、ソルが前衛陣の周囲にヒールドローンを展開する。敵の斧に点るルーンの輝きの意味を察した樹は、対抗すべく同様に加護を打ち破る輝きを夜七の武器へと齎した。
「ここが正念場だ。一緒に頑張ろう、彼方。――さぁ、お相手願おうか!」
 オルトロスの『彼方』と共に飛び出した夜七の『雷火-改-』が脅威的な速度で以って中空に描く雷電。抜刀の軌跡に走る鋭い鎌鼬の風と、彼方のパイロキネシス。刃は迫り繰るルーンアックスの輝きを散らし、睨み上げる視線の先で紅い鎧を炎が嘗める。
 間髪入れずラギアが繰り出す雷刃突。その切っ先を前腕で受け止めた『星裂華』は、更に死角から流星の蹴りを叩き込んだ小柄な影へとゆっくり顔を向けた。
 張り合う様に睨み上げ、デウスエクスへの憎しみを隠す事無くぶつけるヨナ・クレアシオン(刀衣・e10271)。邪魔をするなら潰すまで。地獄を纏った彼の足が疼くのは、微動だにしない強躯に対してではなく――。
 前衛陣の足元には、カイウスが布いた黒鎖の魔法陣が展開している。
 最遠から名乗りを上げ、よろしくお願いしますと一礼する彼の仕草が星裂華の興を誘ったのか、フルフェイスの兜の中から鼻で笑う声がくぐもる様に響いて、斧が跳ねた。
 破壊のルーンの加護でなく、新たに呪力を宿して光り輝くその一振りはラギアを武器ごと押し返す。咄嗟に構えた盾で受け、踏み留まろうとするも、衝撃に目が眩む程の凄まじい威力に己の方が叩き潰されてしまいそうだった。
(「強い、な。……だが、越えてやる」)
 仲間達と力を合わせれば、その戦い方が出来る筈と信じて止まない彼の後方。
 初手から距離を取った千明のフロストレーザーが氷を、身を捻り転じる動作から蹴りを見舞うカロンがパラライズを重ねながら、敵はクラッシャーだと見て仲間に注意を促した。
「みんな気を付けて、コイツったら私と同じみたい」
 それを聞いて樹は思わず眉を顰めた。ある程度予想はしていたが、よりによってという思いがよぎる。
「OK、やってやろうじゃねェか!」
 一撃の威力は確かに無視できない。ソルにとってもあまり楽観できない話ではあったが、止むを得まい。今は、仲間の援護に徹するだけだ。景気づけの発破。ブレイブマインのカラフルな爆発がカロン達前衛陣の背中を押し、たなびく爆風に高まる士気を感じながら、ラギアは踏み込みと同時に、竜翼を羽ばたかせて鋭く魂を喰らう風を起こす。
「ここより先は、絶対に通さないよ!」
 続く夜七は先の攻撃でつけた僅かな瑕めがけて空の霊力を帯びた日本刀を振り下ろし、彼方も口に咥えた刀で共に切りつけて行く。樹の放つヒールドローンが群れ飛ぶ中、カイウスは【神を縛る黄金色の鎖】を放ち、ヨナは重ねて地獄の炎を纏った蹴打を叩き込んだ。
 全てを受け止め、跳躍する紅い影。
 全体重を落下の勢いに乗せて来る重い一撃を、再びラギアが盾で受けた。
「くっ、う……!」
 初撃以上の衝撃に今にも膝を折ってしまいそうだったがどうにか堪え、彼は見上げる先にある紅い鎧の胸元を捉える。女性的なラインの鎧に刻まれた『星』の瑕。
「その刻印の、由来を訊いても良いか?」
 相手は答えず、鼻で笑って飛び退った。

 待ち構えていたかの様に千秋がスターゲイザーを見舞い、追う様にしてカロンがみたび懐に飛び込んで行く。そう易々と隙を見せてはくれないらしい。だが――。
「此処はね、通さないって決めたのよ」
 と、カロン。この先は私の家があるのよ、と続ける。
「ホームを護るのは自宅警備員のタスク、でしょ?」
 掴みかかる様に放つ拳で、魂に喰らいつく。
 皆同じ想いで在る事が、夜七にはとても頼もしく思えた。積極的に敵の攻撃を引き受けて一人傷だらけのラギアが気掛かりだったが、庇う様にソルが、そして樹がメディックのカイウスと目配せしている姿を見て、視線を敵へと戻す。
 機を合わせる様に駆け並んだヨナが言う。
「きっと、大丈夫」
「ご心配には及びません。お任せ下さい」
 樹に応えるカイウスの声を少し離れた場所に聞きながら、日本刀の柄をぐっと握り込んだ夜七はヨナに頷き返し、達人の一撃で敵を捉えた。冷気帯びる一閃に彼方が添える炎、それらを視界の端に流しながら、ヨナの脚が風を切り流星を描いた。

●綱渡りの攻防
 ターンを重ねるごとに追い詰められているのは、ケルベロス達の方だった。
 とりわけ仲間に攻撃の機会を作る為に皆の盾となっていたラギアと、彼を致命打から庇ったソルの疲弊は著しい。目に見えて手傷を負っている者こそ2名程に抑えているが、回復に手数を割いている分、火力はやや不足気味で星裂華を押し切れず、膠着状態が続いている。
 あの光り輝く斧が、彼らの視界を揺らし地を揺らすのも、もう幾度目か。
 ソルは口の中に鉄の味を感じて、唾を吐いた。
「へっ。笑っちまうよな、俺らほど堪えてねェみてーだ」
「すまない」
 思わずそう返しながらラギアは内心感謝もしている。無茶ができるのも仲間がいるから。
「何、お互い様だろ」
 多くは語らず、戦場にふてぶてしく君臨している星裂華へと目を向ける。
 素直に回復を待つばかりのラギアにカイウスが溜めた気力が触れ、ソルの元へは樹が蝕撃の魔弾を届け様としている。ソルは片手を挙げて彼女を制した。
「自分の面倒は自分で見る。それより、他の奴を――」
 告げる矢先に響き渡る夜七の悲痛な声。
「彼方っ」
 彼らを守るべく奔走していた夜七のサーヴァントが、今正に猛打を喰らって消滅した。
 戦闘不能に陥っただけと判ってはいても、夜七を襲う喪失感。デウスエクスに大切なものを奪われた記憶を持つ仲間達の胸は悲愴感に締め付けられ、激情が膨れ上がる。
「野郎……!」
 怒りを滲ませるソルの口の端に拭ったばかりの血が滲む。ヨナの胸に妬き付く苦い過去の記憶が目の前の光景と重なり、疼く足。少年は激情に駆られるままに走り、星裂華に更なる一撃を浴びせた。地獄の炎の尾を曳く鮮烈な一撃。

 直後の一瞬、凪が訪れた。
 斧を掲げ、その刃にルーンの光を点す星裂華。
「何だ、さすがに奴も息切れかぁ?」
「いや、あれは――」
 息を呑みながら樹は、最初と同じだ、と断じた。
 うげ、とあからさまに嫌そうな声を出すソルの視界で人影が動く。
「ラギア?!」
 回復も棄ててはいないだろう、が、それでも敵の攻撃が止む好機には違いない。
「この防衛戦、負ける訳にはいかないんだ」
 カロン、千明に次いで、夜七が彼方の分も頑張ろうと自らを鼓舞する言葉と共に斬りかかって行くのに並走し、一太刀浴びせたラギアにはその瞬間、表情すら見えない敵の視線の動きが判った様な気がした。鼻で笑う声。仲間を守ろうと反射的に跳んだ彼の身体を、星裂華の斧は『真っ直ぐ』打ち据えた。地面に叩き付けられ喉が塞がる。
「――ッ!」
「また、お前か。残念だったな」
 ニヤニヤと見下す笑みを含む声。
(「……よかった、安心して叩きのめせそうな嫌な奴だ」)
 薄れ往く意識の中でそんな事を思いながら、尾を振るだけの気力はラギアにはもう残っていない。
「てめぇ! わざと――!」
 ソルの怒声が空気を振るわせ、ヨナが憎しみを込めた眼差しで振るう刃を、星裂華は哄笑と共に受け止める。続け様、カロンの一撃にも動じた風はなく。
「後悔させてくれるのではなかったか、窮猫」
「猫は猫でも、カラカルなのよ。お望み通りこれから幾らでも後悔させてあげる!」
 彼女も彼女で、動じない。

●紙一重の幸運
 倒れたラギアを戦いの余波から遠ざけるべく後衛の更に後ろへ運んだ時と、ギリギリの状態で立つソルの窮状を察して彼らの隊列に加わる時の計二回。千明が手を出せずに居る間に、カロンの傷が増え、ソルは更に瀬戸際へと追い込まれていた。
 カイウスと樹の癒しの力に支えられてはいるが、その足元は見るからに危うい。
 それでも頑として下がらず、寧ろ前に出る彼の上空に、影。ゆらと見上げる。
(「第二、第三の俺を生み出すわけにはいかない……」)
 それが誓い。彼を奮い立たせる原動力ともいうべき誓い。
「――この命散らそうとも通さないッ!!」
「そうか、ならばお前が先に死ね!」
 上空から振り下ろされる斧をガントレットで受け止める視界が霞んでも、苦悶の呻き声を食いしばり、尚、彼は立ち続ける。
「お前に、……ぐ、俺は、砕けない!」
 痛みは感じない。
 立ち続ける為に先送りにしたのだ。
 が。
 次の瞬間、彼の意識は曇天を捉えた視界ごと暗転した。

 ソルを叩き伏した星裂華を左右から、その切っ先で捉える夜七とヨナ。双宮を刻んだゾディアックソードを携えた千明がその中央を進み往く。淡白な表情、佇まい。だが、憎悪と義憤が彼の右目に燃え盛る。
「このままでは済まさんと約束しよう」
 誰にともなく呟いて、突き立てる切っ先。身に宿す炎から落ちた異形の影が茨の姿を纏い、星裂華に絡みつく――シャドウソーン。
「『貪れ』」
 千明のグラビティに次いで、鼻息も荒く地を蹴ったカロンの渾身の降魔真拳が紅い鎧を強か打ち据える。その魂を喰らってもまだ足りない彼女の回復はカイウスに任せ、樹はヒールドローンで仲間達の援護を続けた。浮かべた決意は、一層強固なものとなっている。
「生きて帰るのだよ。私も、彼らも、誰一人欠けずに」
「そうよ!」
 ふんすと荒い鼻息が聞こえる様な、カロンの毅然とした同意が返って来た。
「此処は絶対通さないし、誰も死なせないわ」
 ――絶対に!
 
 そして。遂に、星裂華の足元を揺るがす時が来る。
 振り被るその一撃が空を切ったのである。それは、ケルベロス達が防備をしっかりと調え、かつまた根気強く攻撃を重ね続けた蓄積の賜物でもあった。
「さぁ、これで――オヤスミ!」
 仲間が被った不運をひっくり返す幸運をも味方に付けたカロンの一撃が、鎧を深々と抉ったのを皮切りに、仲間の攻撃が次々と突き刺さる。
「貴様達が散々与えてきたものだ。お返しする」
 破壊と苦痛と、死を。
 その胸元から刃を引き抜く千明の口元には暗い笑みが浮かび、最後くらいはと攻撃に参加したカイウスが人馬宮にも放った黄金色の鎖で縛る。
「『貴方は自由だ。誰にも縛られる事は無く己が欲のままに生きた。しかし貴方は罪を犯した。故に私は貴方を縛ろう。貴方の罪が許される時まで』」
 詠唱の余韻ごと断つ様に、地獄の炎を宿したルーンアックスで最後の一太刀を浴びせたのはヨナだった。双眸に浮かべた敵愾心に、身に纏う静寂はそのままに、振り下ろす動作は極めて荒く。何も語らずとも感情が、溢れ出していた。
(「この手で、家族を奪ったデウスエクスを殺すまで、僕は立ち止まる訳には行かない」)
 地から離れる足。天を仰ぐ様に倒れながら、星裂華は己の胸に新たに刻まれた瑕を無理な体勢で見下ろしていた。背中から地面に激突するまで。
 呼気が漏れる音がその瞬間、微かに聞こえたのみで、最期の言葉はなかった。
 
 薄氷の勝利。
 そんな言葉が脳裏をよぎってカロンはひやりとした。
 後一撃、喰らっていたら彼女も危なかったかもしれない。もしそこで後ろに退がっていたら、そのまま切り崩されていただろう。だが、とにかく、勝ちは勝ちだ。
 倒れた2人の呼吸がある事を確認して、ほっと胸を撫で下ろし、すぐさま身を翻す一行。
「さあ、撤退しましょう」
 頷き合うケルベロス達。未だ意識のないラギアとソルを手分けして担ぎ、潜入作戦が無事成功する事を祈りながら、彼らは急ぎ多摩川を越えて撤退して行く。敵の目にどう映るかはさておき、少なくとも、カロンたちにとっては間違いなく名誉の撤退だった。

作者:宇世真 重傷:ソル・ログナー(陽光煌星・e14612) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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