多摩川防衛戦~血の戦斧

作者:藤宮忍

 要塞が進軍する。
 東京都、八王子市に出現した巨大要塞『人馬宮ガイセリウム』。
 エインへリアルの第五王子、イグニスの居城でもある。
 直径約300m、高さ約30mもある巨大な城は、4本の脚を持つ移動可能な堅固な要塞だった。
 八王子市に出現したガイセリウムは、東京都心部を目指して、脚を動かし突き進む。
 巨大な要塞が迫ってくる中、人々は逃げ惑い、避難してゆく。
 八王子市内の焦土地帯から都心部に至る市民の避難を進めては居たが、完全に避難させるにはいたっておらず、多摩川の先、人口の多い地区では対応が間に合って居なかった。
 進軍する人馬宮ガイセリウム。その周囲には、ヴァルキュリア達が飛び回っている。
 ヴァルキュリア達の警戒がある為、要塞の周囲には容易く近づくことは出来そうに無い。
 要塞の4本の脚が、進む。都心へと向かって――。
 

「エインヘリアルの第一王子から得た情報にあった、人馬宮ガイセリウムが遂に動き出したようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が告げる。
 人馬宮ガイセリウムは、巨大な城に4本の脚がついた移動要塞。
 出現地点である八王子市から、東京都心部へと向けて進軍を開始している。
「ガイセリウムの周囲には、ヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしています。不用意に近づけば、すぐに発見されて、ガイセリウムから勇猛なエインへリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる為、迂闊には近づけません」
 セリカは生真面目な表情で、ゆっくりと説明する。
 現在、人馬宮ガイセリウムの進路上の一般人の避難を行っているようだ。
 だが、都心部に近づいた後の進路が不明である為、避難が完了しているのは多摩川までの地域となっている。
「このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまいます……!」
 セリカは真っ直ぐにケルベロス達を見つめた。
 ガイセリウムを動かしたエインへリアルの第五王子イグニスの目的は、暗殺に失敗してケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害だろう。それから、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復の意味もある。更には――、
「一般人の虐殺による、グラビティ・チェインの奪取の為かと思われます……!」
 人馬宮ガイセリウムを動かす為には、多量のグラビティ・チェインが必要である。しかし、シャイターン襲撃を阻止された事で、充分なグラビティ・チェインが無い。その為、侵攻にはグラビティ・チェインの補給、つまり、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させ多くの人間を虐殺する必要があるのだ。
「このような暴挙を見過ごすことはできません。皆さん、ご協力をお願いします」
 
 人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞だが、万全の状態ではないと予測されている。
 要塞を動かす為に必要な、多量のグラビティ・チェインが確保できて居ないようだ。
「ですから此れに対して、私たちは多摩川を背にして布陣する作戦を取ります」
 まずは、人馬宮ガイセリウムに対して、数百人のケルベロスがグラビティを放ち、一斉砲撃を行う。
 この攻撃で要塞にダメージを与えることはできないが、グラビティによる攻撃を中和する為には少なくないグラビティ・チェインが消費される為、残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには有効な攻撃となる筈である。
「この攻撃を受けた要塞からは、ケルベロスを排除すべく、エインへリアルの軍団である『アグリム軍団』が出撃してくることが予測されます」
 このアグリム軍団の攻撃により、多摩川の防衛戦が突破されてしまえば、ガイセリウムは多摩川を渡河して、避難が完了していない市街地を蹂躙、一般人を虐殺、そしてグラビティ・チェインの奪取を行うだろう。
「逆に、ケルベロス達が『アグリム軍団』を撃退することができれば、こちらから要塞に突入する機会を得ることが出来ると考えられます」
 
 セリカは深呼吸ひとつして、説明を続けた。
「アグリム軍団は、四百年前の戦いでも地球で暴れまわっており、その残虐さから、同胞である筈のエインへリアルからも嫌悪されているという『エインへリアル・アグリム』と、その配下の軍団です」
 アグリム軍団は、第五王子イグニスが地球侵攻の為に揃えた切り札のひとつだろう。
 アグリム軍団は、軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人ぶりではあるが、その戦闘能力自体は本物である。
 強敵である、という事だ。
 特徴的なのは、彼らの鎧である。
 アグリム軍団の全員が、深紅の甲冑で身を固めている。
「皆さんと戦っていただくアグリム軍団のエインへリアルは、その甲冑と同色の斧を2本、左右の手に持っている者です」
 ルーンアックスの二刀である。
 まるで血を啜ったような色であると、セリカは小さく呟いた。
「一般人の虐殺など、絶対に阻止しなければなりません。それに、無理矢理従わされているヴァルキュリア達の為にも……第五王子イグニスの野望は、防がなければなりません」
 そして、それが出来るのは、ケルベロスである皆さんだけなのだと、セリカははっきりと言い切った。
「――行きましょう、ヘリオンへ」


参加者
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
恋山・統(リヒャルト・e01716)
アゼル・グリゴール(レプリカントの鎧装騎兵・e06528)
サフィール・アルフライラ(千夜の葬星・e15381)
御船・瑠架(剣豪ヘ至ル道行キ・e16186)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)

■リプレイ

●序
 午後3時。曇り空の、東京都八王子市。
「防衛戦が突破されたら、どれだけの悲劇が待ち受けているか想像もつきません」
 羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は銃口をガイセリウムへと向けた。
 4本の脚で侵攻する人馬宮ガイセリウムへの、ケルベロス達の一斉砲撃が開始される。
 ……悲劇を阻止する為にも、負けられない。
 紺はクイックドロウを放った。
「さて、大きな作戦が来ましたね。背負っているものがあるゆえに負けるわけにはいきませんが、まだ作戦の第一段階」
 アゼル・グリゴール(レプリカントの鎧装騎兵・e06528)のフォートレスキャノン。
「必要以上には気負わずにいきましょう」
 主砲は真っ直ぐ要塞へ向かう。アゼルは周囲の地形も見渡して頭に叩き込んだ。
 サフィール・アルフライラ(千夜の葬星・e15381)はライトニングボルトを放った。
 雷は真っ直ぐに人馬宮へ、周囲を取り巻く複数のケルベロス部隊からも、一斉に砲撃されており、たちまち周囲はグラビティの光で満ちた。
 そのすべてが、要塞へ激突してゆく。
 白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)もライトニングボルトを撃ち、すぐさま敵の出撃に備えた。赤い瞳は、じっと人馬宮を見守る。
「地獄纏いて飛べよ我が腕! 我が拳! 受けよ怒りの鉄・拳・制・裁!」
 ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)が全力で放つ、Raging Fist。一時的に地獄化した肘から先を、地獄の炎を噴出させながら打ち出す究極の鉄拳制裁!
 その炎を追って放たれるのは、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)のサイコフォース。ジョルディのRaging Fist着弾点付近を狙って、爆破。
「鉄鴉連撃! 鳳戦華」
 息の合った連携攻撃で、着弾点付近では連鎖したかような爆破が起きた。
 爆破はすぐに、ケルベロス部隊による大量のグラビティ攻撃と混じり、大爆破となった。
「おいで、フリードリヒ」
 恋山・統(リヒャルト・e01716)はいつものようにサーヴァントの名を呼び、黒手袋の指で礫を投げる。
 隠れた目元を青い花で飾ったビハインドの少女は、ポルターガイストで周囲の瓦礫に念を籠めて飛ばす。
 多数のグラビティの光に包まれる人馬宮。
 ――やがて、光はおさまり、徐々に晴れる視界から現われるのは、姿形一切変わらぬ侭の、人馬宮ガイセリウム。見ただけでは、全く何処にも傷ひとつ無い。
 砲撃は、500名以上のケルベロスが参加した筈だ。
 一瞬だけ焦りが過ぎるも、侵攻していた人馬宮の動きは停止した。
 ダメージは無いように見えるが、動きが停止した、ということは、防衛のためにグラビティ・チェインを消費してしまったのだと推測できた。
 停止した人馬宮から、エインへリアルが出撃してくる。
 距離は未だ遠く、巨大要塞に比べれば小さなその姿は近づくまで識別出来ないが、その其々が深紅の甲冑で身を固めた、アグリム軍団だろう。
 視認可能な距離――攻撃可能な射程範囲に、敵が近づくまで。
「強敵との戦闘、血が滾ります」
 御船・瑠架(剣豪ヘ至ル道行キ・e16186)は前を見据えた。表情は常の柔和な笑み。
「ですがそれ以上に、私達は力なき人々の命を背負っております。強者が弱者を虐げる……虐殺など許すことは出来ません。ここは通しませんよ」
 ケルベロス達は、迎撃のタイミングを窺った。
 背後には東京都心部。
 虐殺は、ここで止めてみせる……!

●迎
 出撃開始から3分弱、深紅の甲冑で身を固めた敵が接近する。
 改めて、迎撃体勢となるが、未だ少し、距離があった。だが、遠距離攻撃は射程内。
 個人の武を誇り、連携を嫌うというアグリム軍団の、ひとり。
 揃いで身を固めた、深紅の甲冑。
 そして甲冑以上に目立つ、ルーンアックスの二刀。その刃は血を啜ったような深紅。
 真っ直ぐに向かって来る、そのさなか、深紅の斧二つを高々と掲げた。
「オレ様の斧の餌食は何所だァ!!」
 特徴的な武器、好戦的な怒号。あれが討つべき敵、バルディッシュ。
 迎撃に出る。双方、接近してゆく。
 アグリム軍団のエインヘリアル達は、それぞれ自分勝手に戦い始めていた。その個々に周囲のケルベロス部隊が応戦していく。
「随分と派手な集団だね。お祭り騒ぎは他所でやってほしいな」
 統は呟く。軍団と呼ばれるだけあって、深紅の甲冑姿は多く見えた。
 敵の姿からは目を逸らさず、まずはブレイブマインで仲間の士気を高める。
 サフィールも同様にブレイブマインを、統が前衛に、サフィールが後衛に、カラフルな爆発は壊アップ効果を与えた。
「深紅の甲冑に、個を貫いて尚『軍団』と呼ばれる戦闘力ですか」
 佐楡葉のロッドの先端が、深紅の甲冑へ向けられる。
「――ならその紅、自分の血で染めてもらいます」
 迸る雷が、バルディッシュの甲冑へと放たれた。
「フハハハハァ……其処か!」
 雷鳴を受けて纏う光をそのままに、バルディッシュが迫る。
「さぁ、戦劇を始めようか!」
 凛々しき口調で、律が宣言する。
 律にとって戦場は『戦劇の舞台』。そして、テノーレの歌声で紡ぐは、第六の凱歌。大気を震わせ風を呼び、周囲の味方の眼前をクリアにする。
「澄み渡る青き風歌よ……我等の目を開き給え!」
 六番目の「歌」は青の協奏曲。吹き過ぎてゆく風は世界を拡げる。
 律の声音が紡ぐ歌は、仲間達の視力を研ぎ澄ます。
「我が嘴と爪を以て貴様を破断する! 往くぞ相棒!」
 ジョルディの宣戦布告。敵を包囲するにはまだ距離がある。
 真正面を位置取っての、Raging Fistによる怒りの鉄拳。
 地獄の炎を噴出させながら撃ち出された衝撃に、敵は尚一層好戦的に嗤った。
「ちったァ愉しめそうかィ!」
 バルディッシュが斧を掲げた。刃に破壊のルーンが宿った。
「ブレイクルーン……!」
 敵の動きを観察していたサフィールが仲間達に告げる。
 深紅の斧に宿る破剣の力を、青い瞳が捉えた。
「貴方の穢れた戦斧は無辜なる人々に向けさせはしない、此処で止めさせて貰う……!」
 サフィールの凛とした声。
「ほう?」
 出来るものなら、と、敵は好戦的に斧を振り回す。
 アゼルの猟犬縛鎖。精神操作で伸ばした鎖は甲冑を捉えかけるも、敵は寸前で逃れた。
 フリードリヒのポルターガイストに、紺のクイックドロウ。
 弾丸は斧に撃ち放たれて、鈍い音を響かせた。
「フハハハハ!」
 間近に迫るバルディッシュが、2本の斧を高く掲げた。

●戦
「斧を悪用する者は許さん!」
 ジョルディのダブルディバイド。
 ルーンアックスを2本構え高く掲げると、敵の両肩を狙ってクロスに斬りつける。
「フハハハ……面白い!!」
 敵もまた同じ構えを取った。高く掲げる2本の斧によるダブルディバイド。ジョルディの両肩を狙ってクロスに斬り返す。
「斬る!!」
 深紅の斧による、重い衝撃がジョルディの肩に圧し掛かる。
 ガン! と音が響いた。
 黒騎士の鎧は、耐性も相俟って堅固に耐える。
 律のサイコフォースで、敵の手元が爆ぜた。
 爆破の衝撃で、敵が一瞬斧を引く。
「待っていて、今治すよ!」
 サフィールのウィッチオペレーション。緊急手術でジョルディの傷を大幅に癒した。
 回復の合間に、佐楡葉のハウリングフィスト。
 音速を超える拳で吹き飛ばし、敵の破剣をブレイクする。
「霜枯れた甲冑、紅いままでいられるか見物ですね」
 的確な連携行動に、敵は口角を上げた。
 深紅の兜を被った敵の頭部は、口元以外は覆われている。
 瑠架が間合いに踏み込み、血襖斬りで斬り裂く。
 命中率を優先して選んだ斬撃は、確りと甲冑の繋ぎ目を裂いた。
「あなた達は馬鹿の一つ覚えのように虐殺ばかり、そんなに弱い者いじめがお好きですか?」
 よろりと一歩下がって、敵は体勢を整える。
「イジメ……? 弱えから死ぬ、それだけさァ」
 敵の言葉に、普段柔和な瑠架の瞳に不快感が浮かんだ。
「別に私は守護者の矜持などという高尚な趣味は持ちあわせておりませんが、あなた達の行動は不愉快です」
 淡として言い放つ。
「そうかい。なら、強えって、オレ様に示してみな!」
 バルディッシュは嗤った。甲冑も斧も、身体そのものも大きく、響く声に威圧感が伴う。
 紺は恐怖を閉じ込めるように銃を握りしめた。
 本当は、こわい。こわくて堪らない。
 だけど、紺に自信をくれた大切な人が居る。その人に誇れる自分である為には、怖気づいて引き下がるわけには、いかない。
 だから、立ち向かう。
 雷の霊力を帯びた雷刃突で、敵の甲冑を突く。
 統のクイックドロウが続く。手袋の指先が投げるのは、礫による一撃。
 フリードリヒの金縛りが、統の攻撃と重なるように放たれた。
 心霊現象による斬撃に、敵は益々好戦的に嗤った。
 アゼルの、フォートレスキャノン。アームドフォートの主砲を一斉発射する。
 伸びる光が、敵を撃つ。
「グハッ……」
 バルディッシュの気配に、剣呑な雰囲気が漂い始めた。

●破
 ジョルディのヒールドローン、小型治療無人機の群れがジョルディ達の周囲を警護する。
 テノーレの歌声が紡ぐ、青の協奏曲。第六の凱歌は、佐楡葉たち後衛の仲間達にも視力を研ぎ澄ませた。
 戦いの舞台に、響き渡る凱歌。
 韻を踏む歌声が、相棒の、仲間達の心に響く。
 その余韻の中、サフィールの魔術が放たれる。
「流浪の章、第二節。其の風翼は道標、其の尖嘴は凄烈――」
 自らの一族を守護地まで導き、狩りを手助けしたと伝えられる大いなる鷹神の幻影を呼び起こす言霊魔術。
 千夜の一族に伝わる口伝が一つ、千夜・天導の碧鷹。
「我らが道行きを開き給え!」
 狩猟神の爪嘴による蹂躙は、正確にして無慈悲に、敵を狙う。
 それを放つ少女の凛とした意志の強い瞳。
 鷹神の爪嘴が抉るように突く。そして佐楡葉の月光斬が閃く。
 緩やかな弧を描く斬撃が、鷹神と同じ箇所を的確に斬り裂いた。
 甲冑に傷が、その繋ぎ目から僅かに血が滴る。
「迂闊に踏み込んだ報いを受けなさい、私の世界は甘くないです」
 紺の貪欲な寓話。黒い影は蔦のように、敵に絡みついてゆく。
「くッ……ハハ……ハハハ……」
 バルディッシュは2本のルーンアックスを、重ねて両手で握った。
「これは……見たことの無い動き……」
 サフィールの声に、佐楡葉が頷いた。
「警戒を――……」
「薙ぎ払う!」
 地を踏みしめ、腰を低く落すと、己の身体を中心にして斧の刃を振り回した。
 深紅の斧が真横に一閃される。
 二重の戦斧が、前列を薙ぎ払って派手に引き裂く。
「重騎士の本分は守りに有り!」
 ジョルディが動き、瑠架への攻撃は肩代わりされた。
「ありがとう」
「問題ない。さあ、攻撃を!」
 回復は仲間に任せれば良い。
 クラッシャーとして此処に立つからには、やらねばならぬことは攻撃だ。
 瑠架の瞳に浮かぶ敵への嫌悪感。それは、脳裏を過ぎる過去。
「渡し賃は特別に負けて差し上げましょう」
 日本刀を握りしめ、踏み込む。
 刃に纏わせるのは、かつて斬り殺してきた者達の怨念。
 深紅の鎧を、十字に斬り裂く。
 刃に纏う怨嗟に囚われし不浄なる魂が、敵を黄泉へと、誘う。
「ガハッ……」
 重い甲冑に身を包む敵の体躯が、傾く。
 ルーンアックスを支えにして踏み止まり、甲冑の奥の瞳が瑠架を見つめていた。
「……消えてください」
 瑠架が零す言葉。
 甲冑姿を見返せば、兜にビシリと入る皹。
 しかし、敵は未だ倒れない。
 ぽたぽたと滴る鮮血は、甲冑よりも尚深く紅い色。
「歌え、踊れ、振れて流れよ」
 静かに紡がれる統の声。
 ばら撒かれる雨粒のような無数の粒子が、前列の傷を癒して浄化する。
 自らも受けた敵の斧によって、身体が痛む。
 傍のビハインドは、傷を負いながらもポルターガイストで敵に攻撃を続けていた。
「そう。それで良いよ、フリードリヒ」
 まだ大丈夫、倒れない。
 それに彼女はこれ以上、死ぬことの出来ない存在だ。
 倒れる前に、
「敵を倒せば良いよ」
 彼女に囁くような声に重なる、弾丸を連射する音。
 アゼルのブレイジングバーストが、爆炎の魔力を込めた弾丸を大量連射する。
「敵もかなりダメージを受けたようです。このまま……押し切りましょう」
 爆ぜた炎が、鎧に纏わりついた。
 甲冑の色、鮮血の深い赤、燻ぶり続ける炎。
 バルディッシュは、忌々しげに舌打ちする。

●終
 サフィールのウィッチオペレーション、癒しの力をジョルディへと齎した。
 敵が再び深紅の斧を振り上げる動作を、青い瞳は見逃さない。
「来ます……!」
 告げるサフィールの声。
 掲げた二本の斧、クロスにして振り下ろされる先は、統だった。
 両肩を狙って落とされるダブルディバイド。
「斬る!!」
 眼前で響く声。だが、予想していた衝撃も痛みも、来ない。
 統を守ったフリードリヒが、きっちりとダメージを肩代わりしていたから。
 ふらついては居たが、倒れることなく立つ従妹の背中に、掛ける声は。
「……おいで、」
 気力溜めの癒しの力が、統の手から注がれる。
「ユニット固定確認……炸薬装填……セーフティ解除……目標捕捉、これより突撃する!」
 アゼルによる近接戦闘用刀身射突ユニット。
 無骨この上ない見た目の対人戦闘用杭打機。短い杭を介して、炸薬の爆発する衝撃を伝えることによりダメージを与える。
 杭は甲冑の脆くなった部分に打ち込まれ、そして爆発の衝撃。
「グアアア……!」
「血に染まったのは……貴様の方だったな!」
 ジョルディのスカルブレイカー、律のサイコフォースと息の合った連携が続く。
 瑠架の月光斬。斬撃は緩やかな弧を描き、的確に斬り裂く。
 滴り落ちる鮮血で、甲冑の色はぬらりとした赤に染まってゆく。
 紺のシャドウリッパー、影の如き視認困難な斬撃が、密やかに急所を掻き斬る。
 鎧と同色の兜が割れて落ちた。
 晒された敵の顔、血眼の瞳がギロリと見た。
 血を滴らせながら、ルーンアックスを振り上げる。
「王者も奴隷も等しく、この蒼白に慈悲はありません」
 佐楡葉は杖に仕込んだ刀を抜き打つ。
 その刃に蒼白の勝利を宿して。
 魔術回路により発生させる無限のマイナス。蒼白い燐光。
「氷の斬撃をお見せします」
 繰り出す一撃。
 斬撃が甲冑もろとも敵を掻き斬る。
 グラビティチェインを狂わせる無限の逆回転。特に顕著なのが体温の剥奪――それは絶対零度にまで陥り、全身が氷霧に覆われていく。
 2本のルーンアックスが、指を離れて地に落ちた。
「――逃れる術は死あるのみです」
 深紅の甲冑は氷霧に覆われ、白く凍ってゆく。
 血走った眼を見開いたまま倒れ、バルディッシュは絶命した。

 ゆっくりと息を整え、周囲を見渡せば、まだ戦闘が続いている部隊もあるが、ケルベロス側が優勢だと見受けられた。
「退きましょう」
 佐楡葉の声に、仲間達は頷いた。
 あとは、ガイセリウムへの侵入部隊の成功を祈るばかりである。

作者:藤宮忍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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