その光景はまるで、出来の悪いおとぎ話のようだった。
全高30メートルにもなろうかというアラビアのモスクを思わせる宮殿が、八王子の街並みを破壊しながら歩いている。
巨大な建造物は確かに歩いていた。宮殿の基礎部分から四本の脚が生え、一個の生物のように移動する。踏み荒らされた街は為す術もなく壊滅した。
予想だにしない状況に人々はパニックになっていた。我先にと逃げ惑い、所々で渋滞と事故が多発している。
移動要塞の周りでは幾多のヴァルキュリアが守りを固める。デウスエクスによる大規模な作戦が行われていることは明らかであった。
目指すは東京の中心部。彼らの目的が遂行された暁には地球にどのような災厄がもたらされるのか、それは想像に容易かった。
「人馬宮ガイセリウム。まさか、向こうから攻め込んでくるとは、っす」
東京を襲う危機、その概要はヘリオライダーである黒瀬・ダンテによって語られた。
エインヘリアルの第一王子、ザイフリートから得た情報に人馬宮ガイセリウムの名があった。その移動要塞が、今まさに東京を破壊しながら驀進している真っ最中である。
現在は人馬宮ガイセリウムの進路上に存在する一般人の避難を行っている。しかし都心部に近づいた後の進路が明確で無い為、避難が完了しているのは多摩川までの地域となっている。
「この要塞を動かしてるのはエインヘリアルの第五王子、イグニスっす。目的はザイフリート王子の暗殺、そしてシャイターン襲撃を阻止したみなさんへの報復っす。グラビティ・チェインを手に入れるための一般人の虐殺も作戦の内と見て間違いないっす」
人馬宮ガイセリウムは巨大な移動要塞だが、万全の状態で運用するためには膨大な量のグラビティ・チェインが必要となる。ダンテの見立てではそのための必要量を確保できているとは思えないとのことであった。
「これはみなさんのおかげっす。シャイターン襲撃を阻止したことでグラビティ・チェインを集めることも同時に阻止できたっす」
ケルベロスたちの成し遂げた功績をダンテは心から賞賛する。
しかし万全ではないとはいえ侵攻するだけのグラビティ・チェインは備えている。周辺都市を壊滅させ、多くの人間を虐殺することでエネルギーの現地調達を行い、東京都心部へ向かう糧とすることが作戦の一環だと推測された。
「進路が予知できているのは多摩川近辺までっす。そこでケルベロスのみなさんには、多摩川を背に防衛線を張り、数百人体勢での迎撃にあたってもらうことになるっす。具体的には人馬宮ガイセリウムに対してグラビティによる一斉砲撃を行い、相手のグラビティ・チェインを消費させる作戦っす」
この攻撃によって人馬宮ガイセリウムにダメージを与えられる見込みはない。しかしグラビティ攻撃を中和するために少なくない量のグラビティ・チェインが消費されるため、侵攻のためのエネルギーを削ぐことが出来る。
一度攻撃を受ければ相手も黙ってはいない。ガイセリウムからはケルベロスを排除するため、勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる事が予測される。
「アグリム軍団によって多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河することになるっす。そして避難が完了していない市街地の一般人を虐殺し、グラビティ・チェインの奪取が行われるっす」
逆にケルベロスたちがアグリム軍団を撃退する事ができれば、ガイセリウムに突入する機会を得ることが出来る。双方にとって重要な局面にあった。
「アグリム軍団を率いているのはエインヘリアル・アグリムっす。四百年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているデウスエクスっす。軍団長であるアグリムの性格もあってか、アグリム軍団は個人の武を誇り、命令を無視する傾向にあるっす。それだけに戦闘能力は並のエインヘリアル以上のものがあるっす」
これまでケルベロスたちが相手にしてきたエインヘリアルも十分に強敵だったが、今回はそれを越える戦いになるとダンテは付け加える。
「敵は勇猛果敢な強敵っす。ですが相手が何者であろうとも、ケルベロスのみなさんが負ける道理はないっす。多くの犠牲者を出さないためにも、第五王子イグニスの野望を止めるためにも、よろしくお願いするっす!」
参加者 | |
---|---|
ローズマリー・シュトラードニッツ(ブラッディサバス・e01626) |
アイリス・フィリス(気弱なトリガーハッピー・e02148) |
槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436) |
ナガヤ・ランドール(餐う呀・e02992) |
須々木・輪夏(シャドウエルフの刀剣士・e04836) |
真神・忠史(非天・e09847) |
ロロット・シャルロット(シュクレシューター・e15688) |
朝前・塞破(目指すは皆のメイン壁・e19092) |
●多摩川防衛戦
間近に迫る移動要塞は話に聞いている以上に巨大で、見るものを圧倒する威圧感を放っている。
人馬宮ガイセリウムによる被害はすでに大災害の域に達し、東京の壊滅は秒読み段階にあった。
「絶対、ここから先には行かせない……!」
多摩川を背に須々木・輪夏(シャドウエルフの刀剣士・e04836)が秘めたる決意を口にする。
普段から物静かな彼女がつい言葉を漏らしてしまうほど、目の前に差し迫った危機は絶望的であった。
「いいね、その表情。まるでピンクのゼラニウムのようだ」
そんな中、ナガヤ・ランドール(餐う呀・e02992)だけはまるでプレッシャーを感じていない様子で自慢の口説き文句を口にする。
場違いな物言いに輪夏は思わず眉をひそめた。
「わたしを、からかってるの?」
「思ったままを言っただけだよ。君の魅力がそうさせるのかな」
「そう。緊張感も節操も、足りてないの、ね」
痛快な返答にナガヤは楽しそうな笑い声を上げた。
話をしている間にもガイセリウムは侵攻を続けている。都市を蹂躙し続ける巨大要塞が、ついにケルベロスたちの射程内に入った。
「全力を尽くしましょう。私達なら、止められます!」
他の部隊に遅れを取るまいと槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)がアームドフォートの主砲を発射する。
「オレたちもいくんだぜ! ライド、一斉掃射だ!」
朝前・塞破(目指すは皆のメイン壁・e19092)が飛び乗ると同時にサーヴァントのライドキャリバーがガトリング弾を撃ち出した。
他のケルベロスたちも次々とグラビティを放つ。五百をゆうに超える一斉砲撃はまさに圧巻であり、もやに包み込まれるようにしてガイセリウムの姿が一時見えなくなった。
もやが晴れた後も、ガイセリウムは何事もなかったかのようにその場に留まっていた。目視できる範囲では傷一つ負っているようには見えない。しかしその侵攻は止まり、周囲を飛び回るヴァルキュリアたちも警戒を強めている。
「情報通りか。さて、ここからが本番だな」
真神・忠史(非天・e09847)は固く握り締めた拳をもう片方の手のひらに打ち付け、仁王立ちの体勢で来るべき敵の襲来を待った。
「いちごあめがきたぞっ!」
迫り来る真紅の甲冑を最初に目視したロロット・シャルロット(シュクレシューター・e15688)がオラトリオの翼を広げて飛び上がる。小さなその身にはクッキーサンドを模したアームドフォートを携えていた。
「あっかんべー!」
ロロットは指先で自分のまぶたを押し下げ、挑発するように舌を突き出す。
その仕草に合わせてアームドフォートから色とりどりの弾丸が撃ち出された。
●血塗られた斧、バドラクス
ビー玉のような弾丸は命中すると同時に弾けて甲冑に纏わり付く。
巨漢の戦士は怒鳴り声を上げながらガムのように伸びる弾丸を振り払い、ロロットを目掛けて走り出した。
敵の動きを見定めたアイリス・フィリス(気弱なトリガーハッピー・e02148)も呼応するように駆け出す。相手の間合いに入る直前で地面を蹴り、真紅の兜に向けてルーンアックスを振り下ろした。
「はぁぁぁぁぁ!!」
鈍い金属音を立てて斧の刃先が突き刺さる。歴戦を物語る傷だらけの兜に確かな爪痕を残した。
アイリスは身を翻して地面に降り立ち、真っ直ぐに武器を突き付ける。
「エインヘリアル! ここから先は一歩も通しませんよ!!」
怒りに駆られ、ロロットを標的にしていたエインヘリアルは即座に反撃に転じることが出来ず、頭を振ってアイリスの姿を見下ろした。
「小賢しい真似をしてくれたのは貴様らか」
冷静さを取り戻したエインヘリアルが三メートルを超える自身よりもさらに巨大な戦斧を掲げる。その刃先には自らが殺めた生物の血が幾重にも重なってこびりついている。
「これ以上、東京の地を踏みにじることは許しません!」
「面白い。このアグリム軍団が戦斧バドラクス、勇敢なる戦士には最上級の死を持って報いよう!」
バドラクスは戦斧を振りかざす。その側面からローズマリー・シュトラードニッツ(ブラッディサバス・e01626)が素早い動きで駆け寄った。
「どこ見てんのよ、バーカ!」
相手が気づいた時にはもう遅かった。腕を持ち上げたことでがら空きになった胴体に、電光石火のミドルキックが突き刺さった。
右脇腹を狙った蹴りは甲冑に阻まれて内蔵までは届かない。渾身の蹴りを受けても声一つ上げない相手を前に、ローズマリーは下唇を舐めた。
「期待以上ね。あんたとなら血反吐の海に沈めそうだわ」
「この程度の力でか!」
邪魔な虫を払うかのように戦斧を斜め上から振り下ろす。
刃がローズマリーに命中するかという瞬間、塞破のライドキャリバーが間に入り、その身でバドラクスの攻撃を受け止めた。
全身がひび割れるほどの傷を受けたライドキャリバーが大きな音を立てて横倒しになる。自力で起き上がることすら難儀するその姿は敵の強大さを如実に表していた。
「ライド! お前はこんなことじゃ負けない、そうだろ!」
ふらつくライドキャリバーを鼓舞するように塞破がオーラを送り込む。
主人の励ましを受けたサーヴァントは気力を振り絞って体勢を整えた。
「ただ強いだけなら、あのときも同じ」
紫織の指先が優しい光に包まれる。
具現化した光はライドキャリバーの元に集まり、傷を癒やすとともにその身を守る盾となった。
「攻める力では負けても、護る力では決して遅れは取りません」
「ふっ、ならばその力を見せてみろ!」
「オーケイ。途中で泣いて逃げるなよ。死ぬまで遊んでやるからさ」
答えたナガヤは全身に風穴を開けんばかりの勢いでガトリングを連射する。
一発一発の威力は低く堅牢な甲冑によって弾かれてしまうが、無数の弾丸は徐々に真紅の鎧を削り取っていく。
ガトリングに注意が向いている隙を狙って輪夏が忍び寄る。狙いはバドラクス本体ではなく、そこから伸びる影であった。
「あなたの影、もらうわ」
地面を撫でるように大きな影を足元から斬り付ける。バドラクスは背後に違和感を抱いて振り返った。
敵の注意が逸れている間に忠史は全身に禍々しい呪紋を浮かび上がらせ、魔人の姿へと変貌した。
「足を洗ったからってよ、ケンカの腕が落ちたと思われちゃ困るんでな。派手にやらせてもらうぜ」
ローズマリーが狙った場所と同じ脇腹を回し蹴りで攻め立てる。
バドラクスはわずかに身を反らせたものの、未だ余裕を保って忠史を押し返した。
「ぬるいぞケルベロス! この俺が攻撃の手本を見せてやろう!」
宣言とともに巨体が高々と跳び上がる。
見上げたアイリスとバドラクスの視線が交わる。振り下ろされた戦斧はアイリスの身体に深々と突き刺さり、血塗られた斧を鮮明な赤色に染めた。
「ぐ……ああっ!」
痛みに耐えかねたアイリスがうめき声を漏らす。胸元からは絶え間なく血が流れ、足を伝って血だまりが広がる。
「交代よアイリス! 下がりなさい!」
「ま、まだ……それより、先に……」
崩れ落ちそうになる身を必死で押さえながらライドキャリバーを指差す。
頷いたローズマリーはサーヴァントを後ろに下がらせ、自身がディフェンダーとして皆の前に立った。
「それじゃ、アイリスちゃんとはオレが代わろう。支援よろしくね」
ナガヤもまたアイリスと入れ替わり、無傷の二人が真正面から敵の攻撃を受け止めるポジショニングとなった。
「アイリスさん、無理はしないでください。治療を優先します」
「まだ万全とはいかないかもしれないけど、我慢してくれよ」
紫織と塞破によって大きな傷は塞がり、目立った出血は止まった。
「これなら、なんとか……」
口では強がりながらもまだ足の力は戻らず、ルーンアックスを支えにどうにか立つことが出来る状態にあった。
「くっそー! わるいやつ、ロロたちがぜったいにやっつけてやる!」
ロロットの手のひらから放たれたドラゴンの幻影が巨漢の身体を焼き払う。
炎に身を焦がすバドラクスはロロットを睨み付けながらも、構うことはせず目の前に相手にルーンアックスを振り下ろした。
「そら、ついでにこいつも食らっとけ!」
卓越した忠史の一撃が真紅の甲冑を打つ。
殴り付けた胸元から氷の結晶が広がり、身体の一部が凍り付いた。
しかしバドラクスは怯まない。戦斧を頭上で振り回し、勢いを乗せた斬撃でローズマリーとナガヤに深手を負わせる。
「やれやれ、こいつは想像以上だな」
「次、わたし、前出る!」
傷ついた二人に代わり、忠史と輪夏が防御を固める。
戦いは未だ防戦一方。その裏では、ガイセリウムからヴァルキュリアの姿が消え去り、シャイターンが代わって周囲の護衛についていた。
●命がけの選択
呪力を帯びた戦斧が忠史の衣服を裂き、その身に深く突き刺さる。
忠史は気力のみでその場に踏みとどまり、拳に力を込めた。
「その生命を、砕く!」
技巧も飾り気もなく、ただ単純に鍛え上げられた拳を相手に叩き付ける。
執念の一撃はついに甲冑を砕き、隠された体躯を白日の下に晒した。
「ヌウッ、まさか!」
「やっと、届いた……!」
輪夏は戦果を焦らず、次に交代するロロットに魔法の木の葉を纏わせた。
「よーし、ロロにまかせとけっ!」
忠史と入れ替わりにロロットが前に出る。
「よく耐えてくれたんだぜ! これで勝機が見えてきたぜ!」
深手を負う忠史を気遣いながら塞破と紫織が治療に専念する。
「すまん。世話を、かけるな」
限界まで敵の攻撃に耐え続けていた忠史の拳に力は戻らず、傷口を押さえて立ち尽くすのが精一杯であった。
「今のままじゃ、押しきれない!」
他の仲間に治療を任せ、アイリスがエアシューズを滑らせる。
身を守る鎧を剥ぎ取られた身体に重力を宿した飛び蹴りを食らわせる。巨漢が揺れ、バドラクスから初めてうめき声が漏れた。
「これなら、いける……!」
間髪入れずに輪夏が氷結の騎士を召喚する。騎士は勇敢にも敵のふところに飛び込み、生身の身体に青く透き通ったランスを突き刺した。
傷口からより広範囲に広がった氷がバドラクスの身体を蝕む。苦痛の声は笑い声によってかき消された。
「痛みなど何百年ぶりのことか。いいぞ、もっと俺を追い詰めてみるがいい!」
「そのつもりだよバドラクス。貴方にはここで倒れてもらうからね」
忠史が残した反撃の道筋はアイリスに強い高揚感を与えた。
治療を行う者以外は積極的に打って出る。位置取りの変更を重視した作戦は攻撃のための手数を減らし、敵に反撃の機会を許してしまう。
「いい度胸だ。だがこれに耐えられるかな」
「――っ! まてっ!」
バドラクスは突如身体の向きを変えてまだ完治には遠いアイリスを狙う。
血塗られた斧が振り下ろされるよりも先に飛び出したロロットが、ジグザグに変形したナイフで敵の身体を切り刻んだ。
「おまえのあいてはロロがするぞっ! くやしかったらかかってこい!」
挑発の言葉を残してバドラクスとの距離を取る。
ガムの弾丸を浴びせられ、今もまた攻撃を邪魔され、狂戦士の怒りは頂点に達した。
「蚊トンボが! 貴様から地獄に送ってくれるわ!」
「よせっ! ライド、こいつを止めるんだぜ!」
塞破はノコギリ状の刃を起動し、無防備な背中を無残に斬り裂く。ライドキャリバーも炎を纏って果敢に突撃した。
傷口が広がり、より強い炎に包まれながらも、バドラクスは止まらない。避けることは愚か身を守ることすらせず攻撃を受け止め、立ちはだかる二人を振り払った。
「お願い! ロロットさんを、守って!」
止めることは不可能と判断した紫織がせめてもの防御策としてロロットを光の盾で護る。
バドラクスは地響きを立てながら走り出し、その巨体に似合わぬ身軽さで跳躍した。
飛行するロロットの身体が黒い影に覆われる。振り返った先には両腕を後頭部まで持ち上げたエインヘリアルの姿があった。
「よけ、られっ……」
ルーンアックスの刃が小さな身体に食らい付く。血しぶきを上げながら地面を転がったロロットは一度は歯を食いしばって起き上がろうとしたものの、意識を断ち切られて倒れ込んだ。
兜の奥から荒い息遣いが漏れる。止めを差すために振り上げた腕は全身を襲う痺れによって頭上に掲げたまま静止した。
「バドラクスゥ!」
怒りの形相で駆け寄ったローズマリーが斬霊刀によって背中の傷をさらに深く斬り広げる。
唸り声を上げながらも敵の狙いは未だ変わらない。ルーンを発動させ、血塗られた刃をより赤く染めんとばかりに戦斧を振り下ろした。
「誰も、死なせるつもりはないんだぜ!」
すんでのところで塞破が身を挺してロロットを守る。
肩口から真っ直ぐに斬り下ろされた傷により思わず声が漏れた。
「塞破さん! 下がってください、次は私が」
「紫織は、ロロットを頼むんだぜ。この傷は」
猛る敵を前に塞破は軽く目を閉じる。
胸の前で手を合わせたかと思うと、次の瞬間には両目を見開いてバドラクスの足に食らいついた。
「男から味わうのは趣味じゃないんだけど、贅沢は言ってられないかな」
ナガヤもまた魔法陣を展開する。エインヘリアルから無尽蔵とも思える体力を奪い取り、自らの傷口を塞いだ。
足を食いちぎられ、生命力を奪われながらも、バドラクスの力は衰えない。しかし限界は確実に迫っており、斧を振り回す度に呼吸が乱れ、次の攻撃までに大きな隙が生じるようになっていた。
「今、凄く楽しいわ……あんたはどう? 楽しんでる?」
「ふっ……聞くまでも、無かろうよ」
振り返れば、戦う力を失った仲間は半数近くにもなる。
続行か、撤退か。ケルベロスたちには決断の時が迫っていた。
「次で決めるわ。倒れるのがあたしなら、あんたの勝ちよ」
ローズマリーの立ち振舞から荒々しさが消える。無の境地に目覚めたような、静けさと気品を兼ね備えた構えで敵を見据える。
対するバドラクスも互いに最後となる一撃を前にして冷静さを取り戻す。両腕で戦斧を握り締め、肩の後ろへと持ち上げた。
決着は一瞬だった。戦斧が敵の血を啜るよりも先に、ローズマリーの刺突がバドラクスの頭部を、アイリスの初撃によって切り開かれた隙間から貫いた。
「残念ね……先に果てるのは、あんたの方だったみたい」
力を失った巨体が膝からがっくりと崩れ落ちる。真紅の兜が転げ落ち、幾多の戦いを生き抜いてきた男の顔を露わにした。
「さて、最後の仕上げだな」
まだ目を覚まさないロロットを担ぎ上げた忠史がガイセリウムを見やる。
潜入部隊が無事に任務を達成して戻ってくるためには、自分たちがアグリム軍団に敗走したとイグニス王子に印象付ける必要があった。
「どうか、無事に戻ってこられますように」
潜入部隊の成功を祈りながら、紫織たちは多摩川を越えて防衛線から撤退した。
作者:稀之 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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