多摩川防衛戦～逆転の境界線

■リプレイ

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　音が、曇天に吸い込まれて消えていく。
　その城は、なおも無傷のままそこにあるように見えた。先ほどまで、ケルベロス達のグラビティがぶつかり、弾け、煌めき、爆ぜていたはずなのに、見上げるその城には傷一つないように見えた。
「……ううん」
　ゆっくりと、七海・渚（泡沫・e00252）は頭を振る。この一斉攻撃は、そもそも城を落とすことを目的とはしていない。傷一つないように見えるその城の動力となるグラビティ・チェインを、攻撃の中和のために消費させることこそが目的。
　果たして。
「来るみたいだな～」
　少し間延びした、ルヴィル・コールディ（ドラゴニアンの刀剣士・e00824）の声が落ちる。動きを止めた城から赤い悪魔が無数に吐き出され、こちらに向かってくることは予測の範疇だ。シュカの呟きからそう時間を置かず、真直ぐと此方に向かってくる赤い点がみるみる大きくなってくる。それがアグリム軍団であることは明白だった。
「……痴れ者め」
　シュカ・シルヴァーネル（レヴナント・e03970）が呟く。弱者を甚振るなどという事は、彼にとって誇りの欠片も無い恥ずべき行為だった。背にした多摩川を一瞬のみ振り返る。背水の陣。願ってもないことだ。虐殺など――繰り返させはしない。
「……この先に行くのは、大切なことです」
　でも、とソーヤ・ローナ（風惑・e03286）は近づいてくる赤い鎧を見据える。自分たちの後ろには戦う力のない人々がいる。ならばそれを守ることも大切なこと。
「うん。……護るために、がんばる。それだけ」
　ソーヤの呟きにかぶさるように眠たげな声がぽつり。茶菓子・梅太（夢現・e03999）は、自分に言い聞かせるようにもう一度、がんばろう、と呟いて眼前を見上げた。……見上げなければならないほどの巨躯。深紅の鎧の、エインヘリアル。
（「ここで敵尖兵を打ち砕き人馬宮への橋頭堡を確保しマス」）
　相手が明らかにこちらを認め、手にした巨大な斧を構えて近づいてくるのを見、シャドウ・ホーク（お子様ランチ・e18017）は冷静に小型治療無人機の群れを自らに纏わせる。注意を払うことに限度はない。
「待てい！」
　朗とした名乗りを上げ、神宮司・早苗（御業抜刀術・e19074）が狐尾を震わせた。
「戦いの空しさを知らぬ愚かな者たちよ！　戦いは愛する者を助けるためにのみ許され――」
　しかしその名乗りを半ば無視するかのように、シュカは掌をくるりと上に向けた。生み出されたドラゴンの幻影が、真直ぐに深紅の鎧に放たれ――鎧の上で爆ぜる。
「まだわしの名乗りが終わっておらぬ！」
「失礼、視認できたのでね」
　早苗の抗議を、涼しい声で受け流しながら、シュカは生気のないように見える目を軽く見開く。エインヘリアルの真紅の鎧には、微かな焦げの痕すら見当たらない。
「頑丈なこった！」
　噛城・アギト（悪食・e11927）が巨躯を見上げ叫ぶと同時に、いくつもの色を内包した爆発が、梅太の背後で彼を鼓舞するように起こる。その様子を見て、赤い鎧の巨人もまた笑った。地が揺れるような低い声で。
「……面白い」
　そうして彼は一歩を踏み込み、ルーン文字が幾重にも刻まれた巨大な斧が、頭上高くに振り上げられる。刹那、そのルーン文字がぎらりと光輝いた。

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「ちっ！」
　振り下ろされたルーンアックスの一撃を避けることなく受け止め、アギトは舌打ちを落とした。――重い。
「……へぇ、相当腕に自信があるみてぇだな！　だが……！」
　赤の鎧の隙間から垣間見えるのは傲然とした光。その慢心に後れを取るつもりは毛頭ない。
『前を見て、敵を睨め付け、討ち滅ぼすべき悪を視て。目を逸らさず立ち向かい、ただひたすらに蹂躙せよ』
　渚がす、と息を吸い、流れるように古代語を詠唱する。ぼうと光った魔法陣の光が渚と同列にいた者たちの頭をすっと冷えさせ、感覚を鋭敏にしていく。全てはそう、ただ一つの勝利のために。
「続きますよ！」
　その流れに乗るかのようにソーヤが飛んだ。流星が尾を引き、その軌跡がエインヘリアルへと容赦なく吸い込まれていく。打撃自体はまだ、巨躯には響かない。だけどそれだけが目的ではない。
　アグリム軍団のエインヘリアル。ただ一体ですら、8人のケルベロスの脅威となる存在。 だけど引く気などは毛頭ない。先に進む仲間のために。背後にも守る人々のために。
「そうだね、俺たちも行くよ！」
　隣に立つ水色の少女のビハインドへ声をかけ、ルヴィルもまた息をつかせず続いた。雷の霊力を孕んだ一撃が、畳み掛けるように赤い鎧へと繰り出される。
（「背後に多摩川、さらにその後ろには守るべき人々。これぞ正しく背水の陣というわけか」）
　早苗はその目に映る巨躯に不敵な笑みを浮かべる。アグリム軍団とやらがどれほどのものかは知らない。
「だがわしらがいる限り、易々と歩き回れると思わん事じゃな……っ！」
　早苗の声とともに、半透明の「御業」が炎弾を放つ。小気味よい音を立て、鎧の上で炎弾が爆ぜた。一撃で倒せるとは思っていない。積み重ねが大事なのだ。
「とはいえ、……はやく終わらせたい、かな」
　茫洋とした瞳を彷徨わせ、梅太はため息をついた。決してやる気がないわけではない。守るために頑張るといった言葉には聊かの嘘もありはしないのだから。……カツン、と踵を鳴らし、梅太もまた流星の尾を引いた。一気に距離を詰め、まだ炎の燻るエインヘリアルへと、重力を込めた星の一撃を叩き込む。
「積み重ねって、……だいじ」
「同意しマス。主砲、一斉発射」
　シャドウの無機質な声とともに、彼女に据え付けられたアームドフォートが一斉に放たれた。微かに、ほんの微かにではあるが、エインヘリアルの足が下がる。一斉射撃の衝撃で、その身にかすかにではあるがしびれを残したまま、しかしそれを振り払うように巨躯が吠えた。
「調子に乗るな！」
　刹那、その体躯からは信じられぬほど身軽に跳躍した。振り下ろされた斧は真直ぐにルヴィルの脳天をとらえ――。
「……エメラルディア！」
　だが、その一撃は咄嗟に割り込んだ白い翼に受け止められた。そのただ一撃で、ゆらり、少女の幻影が微かに揺らぐ。だがビハインドの少女は気丈にも巨躯へと手を伸べた。金縛りの一撃はほんの些細なものだったが、体勢のないものだったらしく、微かに唸る声が落ちる。
　揺らぐエメラルディアへと緊急手術を施してその傷を速やかに癒しながら、このエインヘリアルは無口な性質なのだろうとシュカは思った。喋れぬ訳ではないのだろうが、無用の言葉は発しない性質のようだ。……そして、やはり。
「強いな」
　一度のウィッチオペレーションでは受けた傷を全快させることは難しい。二度三度、同じ威力で畳み掛けられれば危ういだろう。相手が列に対する攻撃手段を持っていないことは、微かな救いだった。

●
　足止めや服破りで相手の防御力を落とし、ディフェンダーの層を厚くして継戦能力を維持する――彼らが組んだ作戦・戦法は決して悪くはなかった。
　ただ、主たる回復手がシュカしかいなかったことは小さな誤算だったかもしれない。最初の一撃の後、彼は回復にかかりきりになってしまった。最も彼一人に回復を任せず、各々が自己回復・他者回復の手段を持っていたために、それは致命的な穴とならなかった。
　穴とはならなかったが、各人が回復に手をさくぶんはどうしても攻撃に繰り出せる手数は減る。相手の攻撃に合わせた防具の選択やディフェンダーの多さで戦線の崩壊にはまだ至ってはいないが、結果、受けたダメージの蓄積で消耗しているのはどちらも同じ。
　だが圧倒的な攻撃力のエインヘリアル相手に、ケルベロス達はまだ、決定打を放てずにいた。

「――まだ、倒れるわけには……いかないんだけどなぁ」
　ソーヤを狙った斧の一撃を代わりに受け止め、だけど威力を逃しきれずに膝を付き、ルヴィルは呻いた。自分だから耐えられたという自負はある。エメラルディア、と呟きかけて言葉を飲み込んだ。水色の髪の少女の姿をした彼のビハインドは既に戦線から離脱している。放とうとした夕暮れの煌きは、しかし間に合わなかった。
「……この……っ！」
　ソーヤの瞳に、一瞬浮かんだのは守れなかった過去。あの時は守れなかった。ならば今度こそ、全力を尽くさなければ。
　守りを優先して攻撃をおろそかにしては意味がない。だからこそ彼女はきっと黒曜の瞳をエインヘリアルへと向けた。相手とてすでに無傷とは言えない。むしろこちらの打撃の手数に押され始めているのだから。
　チェーンソーの刃がガキン、とエインヘリアルの鎧に叩き込まれた。微細な傷を広げるように刃が抉りこんでいく。
「行きマス！」
　シャドウがガトリングガンを眼前に構え、叫んだ。彼女が放った爆炎の魔力を込めた大量の弾丸は、すんでのところで躱されてしまう。優越感に唇を笑みに歪ませた巨躯へと、しかしシャドウは涼しげな一瞥を向けた。
「――それが狙いデス」
　その一撃からさらに畳み掛けるように、連携を組んでアギトが飛んだ。空中に足場を作りさらにもう一度飛び、シャドウを狙おうとしていたエインヘリアルの軌道へと割り込む。
「その慢心、もらったぁ！」
　動きに、手枷が鳴る。傲慢な戦士に等遅れは取らない。その荒々しい動きとは裏腹、繰り出された達人の一撃が巨躯の戦士の鼻頭を薙いだ。ほぼ同時、繰り出されたルーンアックスの一撃を耐えきれず、アギトは地面に叩きつけられた。
「ちっ、やらかしたか……！」
　反動を使って咄嗟に飛び起きたが、いかに防御に長けたポジションにいても、積み重なるダメージにはこらえきれない。肉体は既にぼろぼろだった。意思の力だけで立っているも同じだ。
「……これ以上の暴挙、赦すわけにはいくまいよ」
　だがその刹那、静かに、しかし列然とシュカの声が響いた。白い手が伸び、アギトの体に刻み込まれた傷の数々へと、魔術とショックを交えたいささか強引な手法で治癒が施されていく。
　ならば、とエインヘリアルは再度、その斧を振り上げる。ギラリ、ルーン文字が煌いた。その破剣の力を鋭く見咎めた早苗が叫ぶ。
「させぬと言っておるであろう！」
　声に呼応し、すぐさま生み出されたのは半透明の球体状の「御業」、為す術もなく巨躯を吊り上げ空中へと固定したかと思えば、霊力を纏った刀でその御業ごと貫いた。明らかな苦悶の声が上がり、そのルーンアックスから破剣の光が消えうせるが、エインヘリアルはなお倒れない。
「なんて頑丈な奴じゃ」
「そうだね。……うん。でも」
　それ以上は、させない。
　梅太の眠たげな声が、明らかな力を孕み流れる。足元に現れたのは、炎を纏った球体。
『……当たると熱いよ？』
　早く帰りたいという気持ち。帰って寝たいという気持ち。それらを込め、火球を全力で蹴り飛ばす。猛烈な勢いで、それは真直ぐにエインヘリアルの胸へと叩き込まれた。たまらず、巨躯が蹈鞴を踏む。
　再び、振り上げようとしたルーンアックスの動きは、しかし果たされなかった。
「まだ、だよ。……絶対にあきらめない！」
　一気に距離を詰め、渚が叫ぶ。咄嗟に避けようとしたエインヘリアルは、しかし動けない。今までに重ねた重力とファミリアたちの足止めが、彼の行動を幾重にも阻害していた。
　赤の鎧越しに、確かにエインヘリアルの瞳に絶望の色が濃く浮かび。
「ケルベロスを、……舐めないで！」
　放たれた流星の蹴撃が、エインヘリアルの無限の命に、とうとう終止符を打ったのだった。

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「皆、大丈夫か～」
　おっとりとしたルヴィルの声に、明らかな疲労がにじんでいる。正直動くのは億劫だったが、いつまでもへたり込んでいるわけにもいかないだろう。
「ええ、生きてはいるわ。……全員、何とかね」
　座り込みたい気持ちをこらえて首をめぐらせ、ソーヤはそのことを確認し、微かに笑む。もちろん作戦はこれで終わりではないが、自分たちのできることは精いっぱいやった。
　伏した巨人の亡骸に感情も世紀もない瞳を向け、口を開き――シュカはそっと首を振った。すでに彼は死が何たるものであるかをその身をもって体験した。これ以上鞭うつ言葉を放つことはその矜持が許さない。
「――退く。それがもともとの作戦だったろう」
　代わりに出たのき仲間たちへの撤退の進言。
「そうですね」
　それが敗北による撤退ではないとわかっていたから、渚は頷いた。そもそも戦いをつづける余力など残っていない。ルヴィルに肩を貸しながら、梅太もまた眠たげな表情は崩さずに呟く。
「……成功、するといいね」
　何が、とも言わずに呟いた言葉に、しかし全員が頷いた。あのガイゼリウムへ、侵入を試みた仲間たち。彼らの為にも、自分たちの作戦は「失敗」したと王子に思わせなければならない。
「各々の活躍に、期待しまショウ」
「ま、それしかできることはねーな」
　シャドウの言葉に、アギトもまた頷く。
「万が一の時のためにと思って用意しておいたが……よかったの」
　早苗が用意しておいたゴムボートをポンポンと叩く。敗走ではなく撤退の為でも、それは十分に使えるだろう。狐尾を一振りし、仲間たちを促しながら、早苗もまた彼らにつられるように一瞬、空を見上げた。
「……頼んだぞ」
　未だ佇む巨大な城へ。ぽつりと落とした早苗の言葉は、しかし全員の願いだった。

作者：文月彰	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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