多摩川防衛戦～深き赤の

■リプレイ

●敵影
　ガイセリウムへと向けて放たれた数多のグラビティは術者の想いを反映するかのようにそれぞれの勢いと軌道を以って光の軌跡を描く。
　曇天の空、打ち消されるための閃光や砲撃、疾る矢を目で追う。事前情報から、要塞へとダメージを与えることはできないと理解していても尚、それでも。
　京極・夕雨（時雨れ狼・e00440）は、真剣な表情のご主人様へ心配そうに鼻を鳴らすオルトロスのえだまめを撫でる。陽の差さぬ空模様は戦場を陰鬱に彩るが、雨よりはずっと良い。
　空気を揺るがすほどの地響きを伴って着弾したそれらの煙幕が晴れ、再び姿を現した要塞は傷ひとつ見られない。だが、やはり狙った効果は遂げられたのだろう。前進を続けていた要塞の四本の脚が動きを止めた。
　距離があるにも関わらず伝わってくる重厚なプレッシャー。
「……何としてでも此処で食い止めなければいけませんね」
　停止したとはいえ、あくまで侵攻阻害に成功しただけであって、阻止できたわけではない。天月・一樹（虚構の白鴉・e18183）は隣に佇むビハインドの一葉を気遣いつつ、弓に添えた繊細な指先に決意を乗せる。物腰こそ柔らかく争いを好まぬ一樹だが、このままエインヘリアルに進軍を許せば甚大な被害を被ってしまう事実は、目の当たりにした城を前に心底痛感させられていた。
　主さまと呼んで慕っているボクスドラゴンにやる気を出してもらうためのプリンをあげながら、日前宮・千代菊（ウェアライダーの巫術士・e14602）も戦いに備える。第五王子イグニスの手管は毎度悪どいが、先の戦いではシャイターンの撃破も叶ったのだ。今回もきっとうまくいく。そう信じて。
「がんばって一泡吹かせましょう！」
　地獄の番犬――ケルベロス達に課せられた本来の仕事は今これから始まるのだ。

　戦場と化しゆく多摩川近郊に、怒号に近い鬨の声が響き渡る。ガイセリウムから我先にと吐き出される赤鎧の群れの中、そのうちの一体が、獲物を見付けた獣のように舌なめずりをしたのが見て取れた。
（「あれが俺達の相手か」）
　遠目にもわかる頑強な長躯を持つ敵の存在にも全く気圧されることなく、辻凪・示天（彼方の深淵・e03213）は冷静に判断を下す。落ち着いた態度のままライドキャリバーのアンサラーをディフェンダーに配置し、それに倣いサーヴァント達は主人を守るべく素早く陣形を整えた。
　久々の大暴れが許された状況が嬉しくて堪らないのか、アグリム兵は、まだ接敵まで距離のあるうちから戦いへの飢えを満たさんと闘気に覆われた腕を振りかぶる。勢い任せに振り下ろした赤手甲の拳から撃ち出される禍々しいオーラの弾丸がフェイト・テトラ（悪魔少年参ります・e17946）を狙って真っ直ぐに飛来したのを、彼の大切な『おにいさん』……ビハインドのアデルが庇った。攻撃を受けたアデルが声にならぬ苦悶に口端を歪める。
　すぐさま紅・桜牙（紅修羅と蒼影機・e02338）が赤鎧へと照準を合わせた。鍔迫り合いもままならぬ遠距離から攻撃を仕掛けてくるとは、アグリム軍団は勇猛果敢と聞き及んでいたとはいえ好戦的が過ぎるというものだ。
　シャイターンといいコレといい、思い返せばこのところ、望まぬ千客万来で休む暇もない。
「まあ、とっととお帰りになってもらおうか」
　鍛え上げられた脚が炎を纏う。
「廻れ、ランドスピナー！　火輪撃！」
　桜牙の苛烈な蹴りが赤鎧を襲うが、赤鎧は不敵に笑って攻撃を受け止める。ギッとエアシューズと金属のぶつかり合う鈍い音が漏れる腕を大袈裟に振るい、赤鎧は愉快さを隠そうともしない下卑た声を張り上げた。
「ハッ、ちっちぇえなあ犬共！　潰す楽しみが減っちまいそうだ！！」
「確かに、あなたに比べたら小さいかもしれませんけど！」
　夕雨も負けじと声を返す。
　単独で挑んできた敵に対し、こちらはサーヴァントも含めれば総勢十五名の大所帯なのだ。チームワークと絆はきっと、それを持たず個の武勇に拘るアグリム軍団では知り得ない未知数の力となるはず。
「くっそ多い数の暴力と連携パワーで勝負です！」
　無表情の中に強い感情を抱いて、夕雨は、厭らしい笑みを浮かべる赤鎧に向かってビシッと指を突き出した。

●接敵
　随分面白そうな奴が出てきたモンだ。
　真上・雪彦（灰雪の豺狼剣士・e07031）は迫る巨体を前に目を細めた。
　勇ましく吠えるエインヘリアルは、まあこちらを小さいと言うだけはある、的としては優秀な巨体を備えている。
「討たせてもらうぜ！」
　この戦は謂わば、要塞に乗り込む前の通過点。目指す先へと進むため、こんなところで止まってはいられない。
　低い姿勢で素早く詰め寄り、雪彦は刀の鍔を弾いた。
「剣戟必殺――」
　自然と上がる口角、凶暴な色の覗く月光の瞳。
「――血染めの雪となりやがれ」
　氷の霊力を帯びた抜刀術が鎧の胴を薙ぐ。わずかに迸った鮮血が深紅の雪を散らしたのを、赤鎧は興味深げに見遣り、思いの外深く入った斬撃にくつくつと喉を鳴らした。
「面白ぇ」
「奇遇だなァ、俺もそう思ってたんだ」
　納刀した刀の柄からは手を離さずに、ニィッと楽しげに言葉を交わす。
　お返しとばかりに雪彦の腹めがけて撃ち込まれそうになった赤鎧の拳と雪彦の間に、愁田・ありす（迷い卵・e18282）のミミック、宝箱が滑り込んだ。愛らしいエクトプラズムのぬいぐるみが衝撃に掻き消える。
　自らのサーヴァントと同じくディフェンダーとして前衛に立つありすの大きな瞳には、ガイセリウムに蹂躙され荒れ果てた街が広く映っていた。
　子供が崩した積み木のような街。
（「ひどいです」）
　きゅ、と痛む心。更に戦場として使われる以上、今よりもなんにもなくなってしまうのだろう。が、
（「でもここでくいとめないと、もっとたくさんの人が、ころされてしまいます」）
　何としても、それだけは避けたかった。
　まっててください、と、ケルベロスの勝利を祈ってくれているであろう避難住民のことを想う。少女が仲間へ施す強化の術に込められた想いの強さを汲み取り、支援を受けた一樹はありすへ優しく礼を述べてから敵へ弦を引き絞った。純白の髪に編み込んだリボンの色によく似た漆黒の巨大な矢が敵の身を穿つ。
　ふわふわの手を掲げた千代菊の展開する盾が味方の守りを固め、負った傷も同時に癒していく。
「皆さん、回復は任せてください！」
　いつもはヘタレてしまう部分もあるけれど、既知の友人である一樹が危ない目に遭うのは見たくないし、癒し手を担う者として精一杯できることを成そうと幼さの残る丸い目で戦況を見据える。
　桜牙のビハインド、レインディを始め、各々のサーヴァント達もケルベロス達に追随して攻撃を繰り出した。追い打ちを掛けるように桜牙もフェイントを織り交ぜ流星の煌めきを疾らせる。
「斬り……穿つ！」
　思惑通り積み重なる状態異常。だが赤鎧はそれを癒す術を持ち得ているからかあまり焦る素振りを見せず、ただ煩わしそうに舌打ちをするだけだ。
　しかし敵にいつまでも余裕風を吹かされ続けるわけにもいかない。
「澄んだ空気は貴方の力に……」
　フェイトの詠唱に周囲の空気が研ぎ澄まされ、与えられた強化は味方の攻撃精度を確実にしていくためのもの。
　多摩川を背に、フェイトは、普段穏やかに柔和な表情を浮かべている眦に力を込めて、
「川を渡らせはしません！」
　深紅の鎧を纏う脅威を睨み付け、気丈に言い放った。
「そうかい」
　こともなげに返事をし、赤鎧は拳を握る。
　オーラの渦巻く拳から放たれた弾丸はフェイトに喰らいつかんと牙を剥くが、その攻撃はえだまめによって阻まれた。えだまめは今にも消え入りそうになりながらも懸命に小さな白い手足を奮い立たせる。
　ニタニタと歯を見せて、アグリム兵は嘲った。
「んじゃ止めてみろよ。できるもんならな」

●剣戟
　確実に有効打と呼べるダメージ数を叩き出せるのがクラッシャーの雪彦だけともなれば長期戦の予想もできようものだが、数の多いディフェンダーと、バッドステータスを重ねていく戦法のお陰もあり戦況は有利寄りに進んでいる。
「剣だって、使えるんだぜ」
　武勇自慢のエインヘリアルを煽るような口調で桜牙がゾディアックソードを操る。二刀を器用に構え、脳天へと振りかぶった。
「斬り砕く」
　ぶん殴るかの如く上から落とした衝撃に赤鎧はぐらりと体勢を持ち崩す。
　己の回復のために行動を割かなくてはならないことに余程苛立ちを抱いたのか、腹立ち紛れに振るった拳は示天の命で盾代わりとなっていたアンサラーを叩き潰した。
　サーヴァントが倒れても示天は冷静な様子で隙を見定め、敵のグラビティを弱体化させる光弾を撃ち込んでいく。
　手数を圧倒的に増やせるサーヴァントの多さは反面、個人単位の火力不足に繋がる。敵が攻撃重視で攻めてくる以上、示天はある程度の被害は予測していた。仲間の援護にも繋がる攻撃を敵へ繰り返す。
　示天の光弾に意識の向いた赤鎧の横っ面に、今度は夕雨がグラビティをぶち込んだ。
　ここまで与えてきたバッドステータスの量を考えれば、かなり行動を阻害されているはずの赤鎧だが、闘気を纏う壮健な体躯から醸し出される気迫は衰えを知らず。精神性はどうあれ赤鎧が紛れもなく猛者であることを如実に物語っていた。
　しかしそれでも、このまま相手の行動を縛り続けられれば、いずれ。
　えだまめに目を遣って、夕雨は思う。すごくすごく頑張ってくれているオルトロスは、きっと次に誰かを庇えば倒れてしまうだろう。
（「どうか皆様を守りきって下さいね」）
　えだまめの頑張りに報いるためにも、
「勝ちましょう、絶対に」
　改めて、誓いのように決心を声にした。
「ったりめぇだ！」
　最前衛で呼応した雪彦の狼耳が揺れる。軽い身のこなしで地に強く踏み込み、右手に携えた日本刀で袈裟切りを見舞った。愉悦の滲む戦闘狂としての顔もあらわにただひたすら斬り結ぶ。
　切れる手札は己が身ひとつ。ならば存分に。
　返す刀で顔面に受けた痛烈な衝撃も気にせず、雪彦は口元に伝う血を肩口でぞんざいに拭った。苦い鉄の味すら、今自分が戦地に在ることを感じさせてくれる要素となって脳を滾らせる。
　攻撃手達が回復の多くを自分達に一任していることを、メディックの二人は重々承知していた。フェイトは消耗の激しい前衛のヒールを、千代菊は敵を狙い撃つ後衛へのエンチャントをと、状況に合わせて役割を切り替えながら懸命に対応していく。
「主さま、皆さんに加護を」
　攻撃主体に行動していた主さまにも回復をお願いし、千代菊は回復の足りないことがないように配慮を怠らない。
　それでも蓄積したダメージに蝕まれ、次々と減っていくサーヴァント。仲間を庇い霧散するアデルに一瞬だけ眉根を寄せて目を瞑り、けれど自分に課せられた仕事をやり遂げるため、フェイトはしっかりと前を向き直した。
　
　まっすぐな『守る意思』が、地球を守ろうと奮闘するケルベロス達の意思が、暴れたいだけの残忍な兵の心を打ち負かしたのかもしれない。
「っなんで、てめェら、倒れねえんだ……ッ！」
　次第に疲弊を色濃く見せ始めた赤鎧が息を切らせる。
「こたえはかんたん、です」
　サーヴァント達と共に仲間を庇い続け、傷だらけになった小柄な体を抱きかかえるようにしてかろうじて立っているありすが答える。
「わたしたちは、ぜったいに、まけられないから。です」
　守るべきものがあるから。絶対に勝たなければならないから、倒れることなどできないのだ。
　ありすを睨み付ける赤鎧から彼女を守るように、一樹は鋭い矢を放つ。射られた一撃は鎧を割り、敵の胴を貫いた。巨体が呻き、ついに膝を折る。
「ありすさんの言う通りです」
　妹のように可愛く思う少女に同意の意を示し、一樹が続けた。髪を飾るリボンに触れ、言葉を紡ぐ。
「俺達は立ち続けなければなりませんからね」
「だから、な」
　チャキ、と涼やかな音を立てて、雪彦は斬霊刀の切先を赤鎧の喉に突き付けた。
「終いだ」
　楽しかったぜ、とだけ、心の中で付け足して。

●偽装
「とても強い相手でしたね」
　傷の深いありすや、自分も含め仲間にも丁寧にヒールを施しながらフェイトは一度ほっと胸を撫で下ろす。自分達の戦闘は勝利することができたが、と、他の戦場にも思いを馳せる。
「他のみなさんは、どうだったのでしょうか……」
「無事ならいいんだがな」
　桜牙も周囲の様子に目を向ける。
　他チームへの心配も尽きないが、このあとガイセリウムへ潜入する侵入部隊についても気になることは多い。
　それぞれに案じる中、
「多摩川を越えて撤退しよう」
　示天が口を開いた。
「今回の戦いに俺達が負けたと――『ケルベロスの作戦が失敗した』とイグニスに印象付けることが可能なら、そうした方が有利に働く筈だ」
　つまり、
『ケルベロスは大兵力を以って遠距離グラビティによりガイセリウムを攻撃する作戦を行ったが、ガイセリウムは動きを止めるに留まり、更にアグリム軍団の襲撃もあってケルベロス側の作戦自体が失敗に終わった。
　アグリム軍団にも相応の被害は出たが、ケルベロスは多摩川を越えて敗走した』
　……と。
　そうイグニス王子が考えてくれれば、侵入部隊のような他作戦への警戒が薄れ、侵入部隊が有利になる。
「なるほどです」
「わかりました！　そうしましょう！」
　夕雨、千代菊が頷く。
　互いに顔を見合わせ、一同は川へ駆けた。装っているとはいえ、勝利土産の敗走兵、とは、なかなかどうして面白い響きだ。
　この先に何が待つのか。
　顛末を侵入部隊へ託して、大仕事を終えたケルベロス達は戦地を後にした。

作者：鉄風ライカ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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