多摩川防衛戦~守るべき者のために

作者:りん


 仕事中に避難するように指示をされた男は慣れたものと外に出て、目を見開く。
 会社を出て見慣れた風景があると思っていた所に、大きな城がそびえ立っていた。
「何だ、あれ……!?」
 出社時には無かった多摩川の向こうのその城は4本の足が生えており、こちらに迫ってきている。
 丸いフォルムの屋根は日本ではあまり見る事のないもので、どこのものだったかと思い出そうとしている間にも城はゆっくりと歩を進めていた。
 徐々に近づく城の周りを光の翼を生やした乙女たちが飛び回り、周囲を警戒しているのが見て取れる。
「おい、早く逃げるぞ!」
 その光景に立ち止まっていた男は、同僚の呼び声にはっと動きを取り戻す。
 ゆったりとした歩みに見えるが、その一歩は自分たちの何歩分にあたるのか。
 ぞくりと走った悪寒を振り払うように、男は走り出したのだった。
 

「八王子の焦土地帯に、人馬宮ガイセリウムが出現しました」
 ケルベロスたちを前に、長い髪をまとめた千々和・尚樹(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0132)は静かにそう告げた。
 人馬宮ガイセリウムは巨大な城に四本の脚がついた移動要塞で、その周りをヴァルキュリアの軍勢が警戒にあたっている。
 そのガイセリウムに居るのは『アグリム軍団』と呼ばれる勇猛なエインヘリアルの軍団だ。
 うかつに近づけばヴァルキュリアたちに発見され、そのアグリム軍団との戦いになってしまうだろう。
 彼らの目的地はどうやら東京都心部。
「今現在、一般人の避難を行っていますがどういった進路を辿るのかが不明なため、多摩川までの地域しか避難が完了していません」
 つまり、多摩川から都心にかけては一般人が多数残っているという事。
 このままでは東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうだろう。
「ガイセリウムを動かしたのは第五王子イグニスでしょう。その目的はザイフリート王子の殺害と、先日の襲撃を阻止したケルベロスたちへの報復、そして一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取です」
 そんな暴挙は許されることではない。
 どうにか止める手立てはないのかと、ケルベロスが尚樹に問えば、彼は目を伏せ、
「恐らく、ですが……人馬宮ガイセリウムは万全の状態ではないと、思われます」
 巨大な移動要塞は強力だが、その分多量のグラビティ・チェインを必要とする。
 先日のシャイターン襲撃がケルベロスたちによって阻止され、十分なグラビティ・チェインが確保できていないのだ。
 イグニス王子は一般人を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へ向かうつもりなのだろう。
「これに対して、ケルベロスの皆さんには一斉砲撃を行っていただきます」
 多摩川を背に布陣を配置し、数百人のケルベロスたちが一斉にグラビティを発動させて攻撃をするのだと言う。
 この攻撃でガイセリウムにダメージを与えることはできないが、グラビティ攻撃の中和の為にはその原動力となっている残り少ないグラビティ・チェインを使わなければならない為、ガイセリウムには痛手となるだろう。
「ですが、この攻撃を仕掛けた後には『アグリム軍団』が出撃してくるでしょう」
 このアグリム軍団に多摩川の防衛戦を突破されれば、ガイセリウムが市街地を蹂躙するだろう。
 そうなれば多数の一般人が犠牲となり、そしてガイセリウムにはグラビティ・チェインが補給されてしまう。
「逆に言えば、ここで『アグリム軍団』を撃退する事ができた場合、こちらからガイセリウム内部に踏み込む機会ができるという事です」
 アグリム軍団というエインヘリアルは四百年前の戦いでも地球で暴れまわったという軍団だ。
 その軍団のトップであるアグリムは残虐さにおいては他に類を見ないほどで、同族であるエインヘリアルからも嫌悪されていたと言う。
 軍団長のアグリムの性格からか、アグリム軍団は個人の武を誇る傾向にあり、連携を好まず、命令を無視するなど、傍若無人な面もあるが、その戦闘力は本物だ。
「第五王子イグニスの切り札の一つ、と言って差し支えないでしょう」
 そして彼らは全員が深紅の甲冑で身を固めているのが特徴だと言う。
「彼らに多摩川を越えさせてしまえば、多くの一般人が虐殺されてしまいます……。どうか、それを防いでください」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
メリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
黒白・黒白(しずくのこはく・e05357)
鉾之原・雫(くしろしずく・e05492)
雨瀬・雅輝(ウィザードガンズ・e11185)
ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)
北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)

■リプレイ


 ピン、と張りつめた糸のような空気に、黒白・黒白(しずくのこはく・e05357)は目を見開き、長く息を吐く。
 これから何かが起こるという緊張感。独特のこの空気は戦場のもの。
 そわそわと走り出したくなるような衝動に、やはり自分は戦いが好きだと自覚する。
 だが今回ばかりは少し違う。
 理由は隣に立って居る婚約者の存在。
 その婚約者……鉾之原・雫(くしろしずく・e05492)は緊張と不安で黒白の腕にすがりついていた。
「コハク……少しだけ、もう少しだけ雫の側にいて……お願い」
「大丈夫だよ、雫……コハクはずっと一緒だから」
 震える背を優しく撫で、黒白はひたと前を見据えた。
 ゆっくりと歩を進めるガイセリウムに、イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)は葡萄酒色の瞳を細めた。
「グラビティ・チェインを補給しながら侵攻、ね……」
 まるで食べ歩きのようなそれに、王子イグニスはお行儀が悪いと思いはするが、そもそも好戦的なエインヘリアルが地球のマナーを守るいわれはないと思い至り、イブはふっと息を吐いた。
 ともかくまずはあの動く城を止める所からだろう。
(「もしこれが失敗したら……」)
 ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)は失敗した後のことを思い浮かべ、ふるふると頭を振った。
 アグリム軍団は強敵だ。だからといって負けるつもりはない。
 空を覆う雲のように押し寄せる不安を抑え込み、ルルはテレビウムのイコににっこりと笑いかけた。
 北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)は一人、強い意志を秘めて川の向こう側を見つめていた。
 静かに流れる多摩川の向こうでは、大勢の人々がまだ避難を続けている。
 デウスエクスたちをこの先に行かせるわけにはいかなかった。
 その多摩川に背を向け、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は地面を踏みしめる。
 この背に背負うもの。それはなによりも重い。
(「守るべき者を背に、迷い等あろうか」)
 なぁ、とここには居ない妹に心の中で話しかけ、彼は武器の感触を確かめる。
 厳しい戦いとなるだろうことを覚悟し、メリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)は静かに目を開いた。
 時刻は14時58分。
 一斉砲撃開始時刻の15時まで、あと2分を切っている。
「皆様、そろそろです」
 かち、かちと、秒針が時を刻むにつれ、彼らの緊張は高まる。
 一斉砲撃まで30秒を切り、雨瀬・雅輝(ウィザードガンズ・e11185)は魔法陣を展開していく。
 赤く輝く魔法陣の向こうに見える人馬宮に向かい、雅輝はリボルバー銃を構えた。
「歓迎の花火だ。派手にぶちかましてやろうぜ?」
 かちり。
 15時になると同時に、彼らは一斉にグラビティを撃ち放った。


 ケルベロスたちのグラビティが人馬宮ガイセリウムを襲う。
 さまざまなグラビティはガイセリウムを襲い……それらが静まった後のガイセリウムは、何事もなかったかのようにそこに立って居た。
「……傷一つねぇのかよ……」
 そう呟き、神太郎は驚きに目を見開く。
 彼のいう通り、遠目から見る限り、ガイセリウムにはどこにも傷がついていなかった。
 あれだけの数のケルベロスで攻撃したのだから、多少なりともダメージがあってもいいはずなのだが。
「効いていないわけではなさそうだ」
「動きが止まってますわ」
 レーグルとメリチェルの言葉に神太郎が再度ガイセリウムを見れば、先程まで動いていた足はぴたりとその動きを止めていた。
「グラビティ・チェインを防御に回したのかな?」
 推測でしかないが、イブのいう事は恐らく間違っていないだろう。
 動けるようであれば足元のケルベロスたちなど気にすることなく多摩川を突っ切っているはずだ。
 それが先程の攻撃の後からぴたりと動かない。
 だとすれば住民たちの避難の時間は多少なりとも稼げるはずだ。
「ま、ここからが正念場だけどな」
 そう雅輝が口に出すと時を同じくして、彼らの視界に赤い甲冑が写り込み……彼らは再び武器を構えた。

 一斉砲撃には加わらず前衛の強化を優先していた雫は、接敵される前にと満月に似たエネルギー球体をイブにぶつける。
 感覚が一段と研ぎ澄まされ、イブは向かってくる赤に向かってリビティーナの執行者……アームドフォートの主砲を一斉に打ち放った。
 主砲は全て赤い甲冑に命中するがその動きは止まることなく、真っ直ぐこちらに向かってきている。
 まるでダメージが入った様子のない赤い甲冑の視界を花びらが覆う。
 ルルの花珠の揺籠に囚われた贄はしかし、その檻を乱暴に刃で斬り裂き視界を取り戻すと再びケルベロスたちへと猛進を開始した。
「煌け! ゼクシウム!」
 近づかれる前に少しでも動きを鈍らせようと、神太郎は両手をクロスさせ目の前にエネルギー体を産み出した。
 それはばちりと音を立て、敵に向けて真っ直ぐに光線を放つ。
 ばぢぃ、と鈍い音がして一瞬その動きが止まるが本当に一瞬で。
 赤い甲冑に身を包んだエインヘリアルはその巨体に似合わない素早い動きで神太郎の目前に迫る。
 刃を振り上げたエインヘリアルに神太郎は痛みを覚悟する。
 しかしその前にメリチェルはふわりと移動すると、縛霊手をその胴体に打ち当てた。
 ぐっと土を踏みしめて衝撃に耐える体に網状の霊力が絡みつけば、そこへ叩き込まれるのは黒白の鉄塊剣。
 技巧も何もなく、ただ力任せに振り下ろされたそれは甲冑の一部を陥没させる。
「ケケケッ、この程度も突破できないッスかぁ?」
「臆するが故に掛かって来ぬのであろう?」
 黒白とレーグルが挑発するように声をかければ甲冑の中からくぐもった声が聞こえ……それは次第に嬉しそうな笑い声に変わる。
「楽しめそうだな!」
 はははは、という笑い声と共に、男は凶刃を振り上げた。


 刃同士がぶつかる鈍い音が河原に響く。
「ぐっ……!」 
 アグリム軍団のエインヘリアルは噂に違わず強かった。
 3メートルもの巨大な体から振り下ろされる刃は重たく、体力もずば抜けている。
 体を痺れさせてはいるもののそれで相手の動きを全て封じることはできず、重たい攻撃は防御力を上げている前衛二人とサーヴァント二体の体に浅くない傷をつけていく。
 打ち据えられた腹部がずきずきと痛むが、それに気を取られてばかりではいられない。
 筋力が脳迄あると見える、そう言ったのは自分だが、本当にそうなのではと思えるほどエインヘリアルの攻撃はただ力任せに刃を振るうだけ。
 だが攻撃力は桁違いで、一瞬たりとも気は抜けない。
 レーグルの放った地獄の炎弾が生命力を喰らい体にその力を流し込み多少傷を塞ぎ、黒白も己を鼓舞するように大きく叫び、仲間を回復していく。
 常ならば黒白はまだまだ攻撃に集中するであろう傷だが今回ばかりはそうはいかない。
 一撃一撃のダメージの大きさもあるが、後ろには婚約者がいるのだ。
「情けない姿は、見せられないッスねぇ……ッ!」
 無意識に白いチョーカーを撫でつつ、黒白はにっと笑った。
 そんな婚約者を支えようと、雫は回復を続けて行く。
(「守らなきゃ……っ!」)
 どんな時でも支えたい。
 その気持ちは揺るがない。
 不安げな雫の肩を安心させるようにぽん、と叩き、ルルは前線に躍り出る。
「イコちゃん!」
 テレビウムの名前を呼びながらエアシューズに炎を纏い蹴りを放つと同時に、イコも花を模したステッキを甲冑に打ち当てる。
 そこにメリチェルの掌から放たれたドラゴンの幻影が炎を生み出せば、ビハインドのノイエがエインヘリアルの背後を取った。
「ぐぉっ!」
 甲冑の中で炎に身を焼かれているエインヘリアルに、イブと雅輝が左右からエアシューズで走り込む。
「行くよ」
「そら!」
 流星の煌めきを残して放たれた蹴りは重力を味方につけ、防ごうとした甲冑の腕共々その身体を地面に沈める。
 二人の蹴りを受け止めてがら空きになっている胴体を見逃すはずもなく。
「そろそろ疲れてきただろ? 覚悟しろよ!」
 神太郎の変形させた惨殺ナイフが今までつけた傷を抉っていった。
 じわじわと流れる血に、エインヘリアルは歓喜の咆哮を上げた。

 肩で息をしているレーグルと黒白を庇い、ルルのテレビウムとメリチェルのビハインドがエインヘリアルの攻撃を受け姿を消す。
「……っ!」
 ぐっと拳を握りしめてルルは前を向く。ここで俯いてはいけない。
「大丈夫、後少し!」
 周りに、そして自分に言い聞かせるようにルルは声を出しながら時空凍結弾を打ち放つ。
 その弾丸をメリチェルが足に流星の煌めきを宿して追っていく。
「あなたの行おうとしていることは決して許されることではございませんわ。絶対に阻止してみせます……! そして、もう二度と悪いことができないよう、思い知らせてあげますわ」
 弾丸が左足を凍結させれば右足にはメリチェルの蹴りがめり込んで、エインヘリアルは動きを更に鈍らせていく。
 そこへ切りかかった神太郎の光の剣をギリギリ躱したエインヘリアルだが呻く声は先程とは違い、どこか焦りを感じさせるもので。
 恐らく限界が近いのだろう。
 このまま押し込むか、一度回復するか。
 悩んでいるであろうレーグルと黒白の足元に、雫は魔法陣を描いて二人の傷を癒していく。
「大丈夫です……雫が、守ります!」
 力強い彼女の言葉に、前衛二人をは思考を攻撃へと切り替える。
 レーグルが鉄塊剣を力任せに振り抜くと、黒白は地獄の炎弾を撃ち放つ。
 重い鉄の刃を受け止めた左腕が鈍い音を立てて垂れ下がり、炎弾は胴体を貫通してそこから血が溢れだす。
 ぐらりとよろめくエインヘリアル目がけてイブは走り、雅輝はリボルバー銃のトリガーを引いた。
 魔弾が額を貫通し、衝撃で上を向いたエインヘリアルにイブは優しく口付ける。
「……恋人よ、枯れ落ちろ」
 口に含まされた毒はエインヘリアルの身体を緩やかに巡り、やがて彼の身体は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちたのだった。


 エインヘリアルを無事に倒し終え、ルルは人知れず息を吐く。
 強い敵ではあったが、早いうちから動きを制限できたこと、ディフェンダーが攻撃を一手に引き受けてくれたことが勝因だろう。
 にっこりと笑顔を浮かべて仲間たちを見れば、それぞれに緊張から解放された様子であった。
「無事で……よかったです……」
 極度の緊張から解放されたのだろう、雫は婚約者の胸で安堵の涙を流していた。
 そんな彼女の頭を黒白は優しく撫でる。
 やれることはやった。
「後はあのデカブツか」
 雅輝の声に、ケルベロスたちは動きを止めた人馬宮へと視線を移す。
 恐らく仲間たちが内部に入りこんでいるはずだ。
 敵地への侵入はどうしても危険が伴う。
 大きな騒動がないということは、きっと侵入は上手くいったのだろう。
「信じようぜ、俺たちの仲間を」
 神太郎の言葉に彼らは頷き、撤退を開始する。
 彼らの後ろでは、普段と変わらない多摩川の穏やかな流れが聞こえていた。

作者:りん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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