多摩川防衛戦~真紅の暴軍

作者:零風堂

 それはまさに、突然の出来事だった。
 今は焦土地帯と化している、東京都八王子市――そこに現れたのは、圧倒的な存在感を誇る城であった。
 異国の雰囲気を漂わせるその城には四本の脚のようなものが生えており、ゆっくりと、東京都心部へ向けて動き始める。
 周囲を警戒するように飛び回る、無数のヴァルキュリアたち。
 まさに移動要塞と呼ぶべきそれが、エインヘリアル第五王子・イグニスの居城、人馬宮ガイセリウムであった。

「エインヘリアルの第一王子・ザイフリートから得た情報にあった、『人馬宮ガイセリウム』が動き出すという情報が入りました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の報告を聞いたケルベロスたちが、一斉に視線を投げかけてくる。それらの全てを受け止めて、セリカは再び口を開いた。
「人馬宮ガイセリウムは、巨大な城に四本の脚がついた移動要塞で、出現地点……八王子市内の『東京焦土地帯』から東京都心部に向けて進軍を開始します。ガイセリウムの周囲はヴァルキュリアの軍勢が警邏しており、不用意に近づけばすぐに発見され、ガイセリウムから屈強なエインヘリアルで構成された『アグリム軍団』が出撃してくるため、迂闊に近づくことは出来ません」
 ケルベロスたちの沈黙に促されるように、セリカは言葉を続けた。
「現在、人馬宮ガイセリウムの進路で生活している一般市民の避難を行っていますが、都心部に近づいた後の進路が不明である為、避難が完了しているのは、多摩川までの地域となっています。このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうでしょう」
 ならば、どうすべきか……セリカはひとつ深呼吸してから、話を再開する。
「人馬宮ガイセリウムの主であるエインヘリアルの第五王子・イグニスの目的は、暗殺に失敗しケルベロスに捕縛されたザイフリートの殺害と、シャイターンによる襲撃を阻止したケルベロスへの報復。加えて一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取と思われます」
 まさに一石三鳥の作戦かと、ケルベロスのひとりが呟いた。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞ですが、動かす為には多量のグラビティ・チェインが必要であり、それを確保できていない現状では、万全の状態ではないと予測されます」
 先のシャイターン襲撃が阻止され、充分なグラビティ・チェインを確保できなかったのでしょうとセリカは付け加える。
「イグニスの作戦では、進路上にある周辺都市を壊滅させ、多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へと向かうものと思われます」
 つけ入る隙は、そこにあるとセリカは言う。
「対するケルベロス側は、多摩川を背に布陣して、人馬宮ガイセリウムに向けて数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行います。この攻撃でガイセリウムに損傷を与える事はできませんが、グラビティ攻撃の中和の為に少なくないグラビティ・チェインが消費される為、残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには、有効な攻撃となります」
 損傷を受けるか、グラビティ・チェインの消耗か……敵も黙って放置はできなくなるということだ。
「一斉砲撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロスを排除すべく屈強なエインヘリアルで構成された『アグリム軍団』が出撃してくる事が予測されます。このアグリム軍団の攻撃により、多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河し、避難が完了していない市街地を蹂躙、一般市民を虐殺して、グラビティ・チェインの奪取を行うことでしょう」
 ――そんな未来を、許すわけにはいかない。
「逆に『アグリム軍団』を撃退する事ができれば、こちらから、ガイセリウムに突入する機会を得ることが出来るかもしれません」
 敵の守りが薄くなる訳かと、納得した様子でケルベロスのひとりが頷いていた。
「それで問題の『アグリム軍団』なのですが……。四百年前の戦いでも地球で暴れ回り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているという『アグリム』と、その配下の軍団と言われています。おそらくは第五王子イグニスが、地球侵攻の為にそろえた切り札のひとつが、この『アグリム軍団』なのでしょう」
 それだけに、戦闘能力はかなりのものでしょうとセリカは言う。
「アグリム軍団は、軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持ちますが、その実力は本物です。また、全員が深紅の甲冑で全身を固めているのが特徴となっているようです」
「救いがあるとすれば、『連携を嫌う』という所か? 1体が相手なら、こちらに分があると思いたいが……」
 難しい顔で呟くケルベロスに、セリカも頷く。
「お察しの通り、皆さんにはこの『アグリム軍団』を迎え撃ち、倒して頂きたいと思います」
 それが人々を守り、こちらから攻め込むために必要な一手なのだ。
「人馬宮ガイセリウムが多摩川を越えた先にあるのは、多くの一般市民が営んでいる普通の生活です。それが蹂躙され、壊されてしまうなんて……絶対に、許すわけにはいきません」
 セリカの言葉にケルベロスたちも応え、真剣な表情で頷くのであった。


参加者
灯堂・鉄心(敗残野良犬・e00161)
乾・凍摩(銀影刃・e00947)
ノル・キサラギ(十架・e01639)
ラティクス・クレスト(獣牙・e02204)
炬・灼(ドラコニック侍・e04527)
漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)
シンシア・ジェルヴァース(兇劍継承・e14715)

■リプレイ

「ふむ、これはまた大層な……」
 炬・灼(ドラコニック侍・e04527)は、多摩川に迫り来る存在の巨大さに、思わず呟いていた。
 人馬宮ガイセリウム。エインヘリアルの第五王子・イグニスの居城でもある移動要塞である。
「あれを止めないといけないのですね。が、頑張ります!」
 シンシア・ジェルヴァース(兇劍継承・e14715)は自身を奮い立たせ、ドラゴンの幻影を解き放つ。灼も全身を包む闘気を練り上げて、ぐっと拳を握り締めた。
「コードXF-10、魔術拡張。ターゲットロック」
 ノル・キサラギ(十架・e01639)が魔術プログラムを起動し、魔力を増幅させてゆく。ノルの生命エネルギーがバチバチと音を上げて、雷の魔力に変換されていった。
「皆さん、準備はいいですね?」
 漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)が槍騎兵のシャーマンズカードを構えつつ、仲間たちの表情を確かめるように視線を巡らせた。
 ケルベロスによる一斉砲撃でガイセリウムを攻撃する。他班に遅れるわけにはいかない。一同は攻撃準備に取り掛かっていた。
「良い子にしないと夜連れてかれるよ! 悪い子はいねーがー!」
 多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)の気合いに応えて、なんか爆発する。
 爆煙の中でタタンのミミック、ジョナがタタンの目を隠し、現れるモノに対応していた。
「天雷を纏え! 雷弾結界!」
 ほとんど同時にノルが雷の弾丸を撃ち出し、灼が突きと共に闘気を放出する。その後を追うように、シンシアの召喚したドラゴンの影が駆け出した。
 紗耶は槍騎士を解き放ち、ちらりと一瞬だけ後方に視線を向ける。
 そこにあるのは、日々平穏な暮らしを続ける人々の住む街が広がっている。
「守ってみせるよ、私が守られたように!」
 絶対に、守ってみせる。その決意を胸に、紗耶たちは攻撃の行方を窺っていた。

 様々な光線や炎、衝撃波や砲弾がガイセリウムに衝突し、轟音が響く。
 しかしガイセリウムには傷ひとつ無いようで、その場に変わらず佇んでいた。そして静止した要塞の内部から、深紅の鎧に身を包んだエインヘリアルの軍勢が出撃してくる。

「行くですよジョナ、みんなの命を守るです!」
 タタンが指輪を輝かせ、生み出した光の盾をジョナの前に展開してゆく。
 既にどこかで深紅の軍勢――アグリム軍団との戦闘が始まったのか、激しく金属のぶつかる音が聞こえ始めた。
「力の神よ……みんなに力の加護を!」
 紗耶も一時的にではあるが力の神を召喚し、その加護を前に立つ仲間へと与えてゆく。同時に注意深く敵側を見据えていた紗耶の視界に、こちらへ迫り来るエインヘリアルが入ってきた。
「来ます!」
 シンシアが警告を呼びかけながら、深紅の鎧を纏った巨躯に向けて、氷河期の精霊を召喚する。
「……フン」
 しかし相手は冷気の嵐を突っ切って、一気にこちらとの距離を詰めてきた!
「さて、作戦開始だ」
 ラティクス・クレスト(獣牙・e02204)が迎え撃つべくエアシューズで疾駆し、大地を蹴って跳び上がる。
 接触の直前に、深紅の鎧が口元を、笑みの形に吊り上げた。
 がきぃん!
 重く硬い金属音が響き、ラティクスは地面に叩き付けられる。
「くっ!」
 ラティクスが蹴りを繰り出した瞬間、相手もおそらく拳を突き出していた。
 おそらくと表現したのは、その拳のスピードがあまりにも早く、僅かしか察知することができなかったからだ。
 全身に痛みを伝える衝撃に耐えながら、ラティクスは急ぎ立ち上がって体勢を立て直す。
 ほとんど同時に、敵も着地していた。
 堂々たるその肉体は、身長3メートルほどだろうか。分厚い胸板を覆う鎧の迫力で、より一層大きく感じられる。
 武器は持たず、全身から溢れ出るような闘気を身に纏っている。
「人馬宮を攻撃したのはお前たちか? 邪魔をするなら……容赦はせん」
 エインヘリアルから発せられる敵意がまるで烈風のように、ケルベロスたちを威圧した。
 だがそこへ、乾・凍摩(銀影刃・e00947)から無数の蔓が勢いよく伸び、敵の身体に絡みついてゆく。
「足止めさせてもらうぜ」
 すかさずノルが流星の如き蹴りを敵の胸部へと突き立てて、反動で大きく距離を取った
「面白そうな相手じゃねェの。なあ三下ァ、互いに正々堂々とやろうぜ。 勝ちゃァ、勝者だ」
 灯堂・鉄心(敗残野良犬・e00161)が真正面から堂々と立ち向かい、勢いよく跳び蹴りを浴びせかける。
 深紅の戦士はその攻撃を受けながら、何かを感じ取ったようにケルベロスたちに向き直る。
「なるほど、ただの雑魚ではなさそうだな。このジェイラ、全力で相手をしてやろう!」
 ジェイラの纏う紅の闘気が唸り、一層強いプレッシャーが解き放たれた。
「くふふ、命賭けの始まりでござるな」
 灼は口元に微かな笑みを浮かべながら、刀を抜き放つ。その刃に闇色の霊力が伸び、影のように静かに黒く染め上げてゆく。
「死に往く者に、名乗りは必要なかろう……いざ、勝負」
 繰り出された灼の斬撃を、ジェイラは腕で受け止める。闘気の充実したその体は鋼よりも硬く、刃をへし折られまいと灼は咄嗟に刀を引き、体勢を立て直した。

「腕に自信があるンだろ? このオッサン一人、相手して貰おうかァ?」
 鉄心がおどけた口調で刀を抜き、月光を思わせる斬撃で斬り付ける。ジェイラは拳で刃を弾き、肘鉄で牽制。鉄心もそれを見越して横に飛んでおり、共に有効打とはなっていない。
「ジョナ、ゆくのです!」
 その間にタタンがジョナを先行させ、自身は集中させた闘気をラティクスに放ち、傷の治療を開始する。
「この後も予定が詰まってるんだから、全員の力で凌ぎ切ってやろうぜ」
 ラティクスが月光を抱えるかのように光を生み出し、ノルへと放つ。そのエネルギーがノルの凶暴性を引き出し、本能を滾らせる。
「カラドボルグ!」
 ノルの放った弾丸がジェイラにめり込み、更に周囲の四か所に着弾する。
 ばぢっ!
 雷が戦場を疾り、十字の結界を発動させる。雷光の中でジェイラは僅かに身を震わせてから、紅の気を放出しつつそこから脱出した。
「むうん!」
 気合いと共に、ジェイラの全身から紅の気が一気に解き放たれた。
「……!」
 息を吸った肺が、熱気を浴びた肌が、焼けつくように熱く、傷む。
 凍摩は咄嗟に息を止めつつ、チリチリとした感覚を振り払うように、思い切り斬霊刀を繰り出した。
 ミミックのジョナも箱からリンゴっぽい棍棒を具現化させ、ジェイラの鎧をガシガシ殴り始める。
「いけない……援護します!」
 紗耶は咄嗟に口元を袖で覆いながら、後衛までは熱気が来ていないことを確かめていた。認識すると同時に治療無人機を召喚し、前方の仲間を回復させるべく解き放ってゆく。
「くふっ」
 灼が熱を帯びた息を吐きつつ、刀を鞘に納めた体勢で、敵との間合いを測っていた。ジェイラもそれを察し、拳を握って灼を見る。
 刀の方がリーチは長いが、重さの分だけ振りは遅い。間合いに入った瞬間から、相手の拳が突き刺さるまでの間に、先に斬撃を叩き込まねば、倒されるのはこちらになるだろう。
「……」
 しかし灼は微笑を零し、深く深く身を屈め、力を溜めるように構え直した。
「おあいにくさま、一騎討ちとはいかないのですよ」
 その灼の肩を越えて迫るは、ドラゴンの炎。シンシアの召喚した竜の幻影が、炎の弾丸を吐き出したのだ。
「恨んでくれて構わんよ。それも戦のうちでござる」
 炎がジェイラの胸に喰らい付いた瞬間に、灼も抜刀する。霊気を帯びた斬撃がその胸を薙ぎ、相手を大きく下がらせた。

「我が意は速やかに汝を縛る」
 凍摩が静かに紫の瞳を細め、殺意を絞る。敵の胸元に集中させたその意識が、僅かにジェイラの動きを揺るがした。
 瞬時にノルが前へと駆け込んだ。抱いた銀のロザリオが、微かにちりんと音を立てる。
「むうっ!?」
 ジェイラは辛うじて右腕を突き出し、ノルの拳を受け止めていた。構わずにノルは腕部パーツごと拳を回転させ、捻じ込もうと力を加えてゆく。
「その腕、もらったぜ!」
 ラティクスがそこへ駆け付け、敵の腕部に掌底を押し付けた。破鎧の衝撃が深紅の鎧を駆け巡り、びしっと亀裂を刻み込む。
「うおおおおっ!」
 同時にノルも更に力を込めて踏み込み、敵の肩を砕く勢いでスパイラルアームを振り切った。
 右腕部の鎧を砕かれながら、ジェイラは大きく後方へと吹き飛ばされてゆく。
「お前の考えは大体分かってるよ」
 ノルは間合いを取り直しながら、ラティクスへと呟く。
「それを言うなら、こっちだってお前の考えてることくらい、大体お見通しだ」
 ラティクスは軽く笑みを浮かべつつ、ノルと拳をこつんとぶつけるのだった。

「やるな……!」
 ジェイラは低く呟いて、兜の奥で目を輝かせた。
 それは激しい戦いに血を沸き立たせる狂戦士の如く、獰猛な闘志を抱いている。
 ベキベキと右腕に残った鎧の残骸を剥ぎ落としてから、ジェイラは左の拳を握り締めた。
「! やべぇ!」
 鉄心が咄嗟に、帽子を押さえて飛び出していた。次の瞬間に放たれたジェイラの闘気砲から、後衛陣を庇うためである。
「……武を誇る割りには、眼前の敵を捨て置いて、語れるモノもあったもんだな……」
 腹部を気の砲撃に食い破られ、口元から血を零しながらも、鉄心はどこか見下したような笑みを浮かべて呟く。
 体を巡る気を集めて治療を図るが、かなりのダメージだ。流れ落ちる冷や汗を悟られぬように、鉄心は笑みを深くする。
「強硬なる者よ、守りの加護を!」
 紗耶が符を取り出し、鎧の御業を召喚する。半透明の輝きが鉄心を包み、守護の力を与えていった。
「シンシアの技で、あなたを止めてみせるのです!」
 その間にシンシアが強靭な弓を引き、漆黒の矢を解き放つ。
「ジョナ、お願いするですよ!」
 タタンの声に反応し、ジョナが箱の中からボロボロと黄金の林檎をばら撒き始めた。
 気を引かれて敵が下を向いた瞬間、タタンが突っ込んだ。身を低くして回転し、構えた斧で大地を叩く。
「はっ!」
 反動で飛び上がり、敵の顎に思い切り頭突きする! そして微かに仰け反ったその体に、シンシアの矢が突き刺さった。
 刹那だけタイミングをずらし、灼が踏み込む。素早く納刀し、居合の構えで敵の懐へと侵入した。
「……っ!」
 振り下ろされた拳が、僅かに角を掠めた。チリチリと殺気がぶつかり合う中で、灼は奥歯を食いしばり、地面を踏んで体勢を保つ。
 倒れないように堪え、全身のバネを使って刀を抜く。勢いよく打ち放たれた斬撃が弧を描き、月光の如く煌めきながら敵を薙いだ。

「おのれっ!」
 ジェイラが拳を握り、今にも倒れそうな灼の腹部を狙っていた。
「させないのです!」
 タタンが回転の余韻を利用して反転し、その間に割り込む。どがんと音速で叩き込まれた衝撃に、タタンは大きく弾き飛ばされた。
 倒れないよう、ジョナが回り込んで背を支えてくれる。
 そんな相棒を優しくひと撫でしてから、タタンは全身の闘気を巡らせて、傷を癒し体勢を立て直してゆく。
「この程度か?」
 ジェイラが笑みを深くして、闘気を滾らせる。
 ここまでかなりの攻撃を叩き込んでいるにも関わらず、この覇気、この迫力。噂に違わぬ猛者の姿だ。
「ちっ……」
 ノルは荒い呼吸を必死で抑えながら、敵を睨みつける。
 肌は火傷を負ったように熱く、喉がカラカラに乾いている。それでいて汗は耳の横を伝い、顎から流れ落ちていた。
 ちらりと周囲に視線を巡らせれば、前に立つ仲間は大体同じような状況に見えた。
 このまま打ち合えば、押し切られてしまうかもしれない。誰かひとりでも倒れれば、戦線の崩壊に時間はかからないだろう。
 ごくりと自然に、喉が鳴った。
 そんなノルの肩に、ラティクスの手が触れる。
「……誰ひとり欠けることなく撃破してやる。犠牲なんていらない!」
 何かを察したか、いつもよりも少しだけ力強い言葉に、ノルも自然と頷いていた。
「わかってるよ。……絶対皆で帰る、そうだろ」
 言葉と共に、ノルは駆け出す。突き出された紅い拳を紙一重で避ければ、じゅっと髪の毛が焼け崩れた。
 構わずに繰り出した蹴りが、敵の鎧をがづんと叩く。硬い――あまりにも硬いその感触が、敵との力の差を感じさせるようだ。
 しかしノルは微かに笑い、跳び退る。入れ替わるように、ラティクスの手を思い切り引っ張って。
「おおおおっ!」
 勢いに乗ってラティクスが突っ込む。光を描いて突き立てた蹴りが、鎧の腹部をばがんと砕いた。
「ここだっ!」
 攻め切る――。皆の思いが一つとなり、一斉に闘志が膨れ上がった。
「不信心者は毒蛇の顎門の中へ。悉く呑み込め、全ての敵対者、そして広き世界でさえも――蛇界転生!」
 シンシアが無数の毒蛇を召喚し、ジェイラに向かわせる。纏わりつくように手足に巻き付き、牙を突き立てる毒蛇たちに、流石のジェイラも一瞬だけ止まった。
「撃ちます!」
 その瞬間に紗耶のアームドフォートが火を噴き、集中砲火を浴びせかける。爆炎の中で身を震わせつつ、ジェイラは耐えていた。
「お、のれ……」
 攻撃の余波に紛れ、鉄心がジェイラの背後に回り込んでいた。
「勝ちゃァいい、それが戦争だろう。それが勝負だろう。負けの次は無いからなァ」
 直前に気付き、振り返る武人に、鉄心は吐き捨てる。
 そして敵の背を斬霊刀で斬り上げて、守護の力を打ち砕いていった。
「正々堂々ォ? 悪いねえ、オッサン、そういう誇りとかねえから!」
 鉄心は濁った眼で笑い、見下すように相手を見据えながら跳び退る。
「くふふ……強い強い。まだ足りんか」
 灼は傷ついた自身の体を無視して笑みを浮かべつつ、ただ刀を握っていた。
 内に秘めたる竜の力。それをほんの少しだけ借りるように、力強く柄を握り締める。
「ならば土産に、これも献上するとしよう!」
 一瞬だけ翼を広げ、灼は急加速して敵へと突っ込む。構えた刃に雷光が迸り、目映い光を放っていた。
 どんっ!
 繰り出された拳は、灼の頭上で止まっていた。
 灼の突きが閃光と共にジェイラの腹を貫き、その活動を終わらせたからである。そこはノルとラティクスが砕いた、あのポイントだ。
「……これまで、で、ござるな」
 刃を抜いて血を払い、刀を納める灼。しかしその直後、激しい戦いに傷付き力尽きたか、その場にがくりと膝を着く。
「大丈夫ですか? 敵も倒しましたし、ここは退きましょう」
 紗耶が急いで治療を開始しつつ、仲間たちに呼びかける。
「後はあそこに潜入する人たちに、任せるしか無いのですね」
 タタンもジョナと協力して傷付いた前衛陣の手助けをしつつ、そびえる要塞――人馬宮に視線を送った。
「大丈夫なのです。きっとうまくいくですよ」
 そう言って微笑むシンシアに仲間たちも頷いて、一同は傷付いた体を癒すべく、支え合いながら撤退してゆくのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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