多摩川防衛戦~この川は超えさせない

作者:駿河遊馬

 年明けの八王子市は、その日も変わりなく一日が始まるはずだった。
 その平凡な日常を壊したのは、突如八王子市に出現した、直径300m、全高30mほどの、巨大要塞だった。
 明らかに人知の及ぶ範囲ではない、それは、4本の巨大な脚で建物や街路樹をなぎ倒しながら、東京都心部を目指して動き出す。
 通学途中の学生が悲鳴を上げ、通勤途中の市民たちも、我先にと逃げ出す。
 巨大要塞の周辺には、それを守護するようにヴァルキュリアたちが飛び回り、戦闘の気配が八王子市の平穏を破壊しつつあった。

「大変なのです、大変なのです!」
 エインヘリアルの第一王子から得た情報を持って、雛祭・ちまき(オラトリオのヘリオライダー・en0108)が集うケルベロスたちに語りだす。
「人馬宮ガイセリウムが、動き出したようなのです!」
 巨大な城に脚の付いた移動要塞、人馬宮ガイセリウムは、出現した八王子市から、東京都心に向けて進んでいるという。
「ガイセリウムの周囲は、ヴァルキュリアたちが守っていて、近付くことは難しいのです……。近付けば、エインヘリアルの『アグリム軍団』が出撃してくるでしょう」
 不用意に近付くと、勇猛果敢なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出てくるという情報に、ちまきの表情はどこまでも堅い。
「今できることは、巨大なお城の進路上の一般の方々の避難くらいですが、それも、都心部に近付いた後の進路が分からないので、多摩川までの地域しか完了していないのです」
 このままでは、東京都心部が壊滅してしまうかもしれないと、ちまきは苦渋の表情になった。
「ですが、まだ、打つ手はあるのです!」
 全てが絶望的ではないと、ちまきは顔を上げた。
 情報では、人馬宮ガイセリウムは強大だが、それを動かすために大量のグラビティ・チェインが必要で、動かすのに充分なグラビティ・チェインを確保できていないようなのだ。
「ケルベロスの皆さんが頑張って、シャイターン襲撃を阻止したから、敵に隙ができたのです!」
 恐らく、進路上にある周辺都市で多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを奪いながら東京都心へ向かうのが、人馬宮ガイセリウムのイグニス王子の作戦だろうと、ちまきは続ける。
「ケルベロスの皆さんは、多摩川を背にして、戦ってほしいのです! 人馬宮ガイセリウムに皆さんのグラビティで一斉に砲撃を行えば、お城自体を壊すことはできませんが、きっと、敵は怒って、ケルベロスの皆さんを攻撃してくると思うのです!」
 グラビティ攻撃を受けた人馬宮ガイセリウムからは、『アグリム軍団』が出撃してくるだろう。この『アグリム軍団』に多摩川を突破されれば、人馬宮ガイセリウムは、まだ一般人が避難していない市街地へ乗り込んで、たくさんの命を奪い、グラビティ・チェインを手に入れるだろう。
「ですが、ケルベロスの皆さんが、『アグリム軍団』を撃退すれば、こちらのものです。きっと、こちらから、人馬宮ガイセリウムに突入するチャンスが得られると思います!」
 真剣な表情で、ちまきは作戦の説明をした。
「『アグリム軍団』は、四百年前の戦いでも地球で暴れまわった、エインヘリアルからも嫌われるくらい残虐な、エインヘリアル・アグリムと、その配下の軍団と言われています」
 この『アグリム軍団』は、全員が全身に真紅の甲冑を纏い、軍団長のアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携せず、命令も無視するという傍若無人さを持つが、その戦闘能力は侮れるものではないと、ちまきは表情を引き締める。
「人馬宮ガイセリウムが多摩川を超えてしまったら、たくさんの一般の方々の命が奪われてしまいます。どうか、そうならないように、ケルベロスの皆さんに力を合わせてほしいのです!」


参加者
キーラ・ヘザーリンク(幻想のオニキス・e00080)
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
仁志・一紀(流浪の番犬・e01016)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
ヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
ヴァルリシア・ゲルズ(シャドウエルフのウィッチドクター・e11864)
ソル・レヴィル(ヴィツィオ・e22341)

■リプレイ

●背水の陣で臨む
 昼下がりの多摩川は、どんよりと曇っていた。近付いてくる人馬宮ガイセリウムに、一堂に会したケルベロス達は攻撃の瞬間を待っていた。
 グラビティが届く範囲に人馬宮ガイセリウムが近付いた瞬間、集った無数のケルベロス達から一斉に攻撃が放たれる。
 物質の時間を凍結する弾丸を精製し射撃するキーラ・ヘザーリンク(幻想のオニキス・e00080)、簒奪者の鎌からデスサイズシュートを放つソル・レヴィル(ヴィツィオ・e22341)、螺旋氷縛波で人馬宮を狙い撃つ螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)、アームドフォートの主砲を一斉発射するヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)、鍛え上げられた筋肉から筋肉斬撃を放つムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)、天使の名の許に鏡を呼び出し月天使の鏡で攻撃するヴァルリシア・ゲルズ(シャドウエルフのウィッチドクター・e11864)、極限まで集中させた精神で人馬宮を爆破させようとする仁志・一紀(流浪の番犬・e01016)、過去の残滓を集め言の葉を紡ぐ或番犬の半生で魔弾を撃ち出す芥川・辰乃(終われない物語・e00816)……。
 人馬宮ガイセリウムは無数の攻撃に包まれ、姿すら見えなくなる。飛び交うエフェクトは、曇り空を跳ね返すほどに眩しく、人馬宮ガイセリウムを覆い隠していた。
 しかし、その攻撃が収まると、傷一つない姿で人馬宮ガイセリウムが現れる。
「刃物だ銃だ武器だなんだに頼るのは好きじゃねえのに、わざわざ持ってきてやったのに、ダメージが通ってないだと?」
 簒奪者の鎌を投げ捨てるソルに、キーラがその細い目を人馬宮ガイセリウムに向けた。
「いえ、動きが止まっています」
 無傷に見えた人馬宮ガイセリウムだが、キーラの言葉通り、その動きを止めている。
 動きの止まった人馬宮ガイセリウムからは、真紅の鎧をまとったエインヘリアル、アグリム軍団が出撃して来ていた。
「気分は韓信といったところですか、棗」
 臨戦態勢に入る仲間たちの中、傍らのボクスドラゴンの棗に辰乃が声をかけた。棗もまた、臨戦態勢に入っている。
「旅団で待ってくれてるみんなの元へ必ず帰るぞ……」
 セイヤがヒルデガルトとムギを鼓舞する。
「あれがアグリム軍団か、かなり強いらしいし気を引き締めんとな」
 ムギが鉄塊剣と鉄塊剣を構えた瞬間、アグリム軍団の一体の巨大なエインヘリアルが、ゾディアックソードを手にこちらへと向かってきた。

●強敵アグリム軍団
「こんな小さなケルベロスなど、蹴散らしてくれるわ!」
 エインヘリアルのゾディアックソードが星座のオーラを飛ばし、前衛を一薙ぎにする。相当の難敵だと予測はしていたが、予想以上の攻撃に前衛のケルベロスが一歩後退させられた。
「悪いが、この川から先は立ち入り禁止でね」
 ダメージを受けた前衛の仲間が立ち直る隙を作ろうと、一紀の精神を極限まで集中させたサイコフォースが、ものすごい勢いで接近してくるエインヘリアルに命中する。
「孤児院の子供達のように親を喪って悲しむ子を増やさない為にも……この戦い、絶対に負けられません!」
 地面にケルベロスチェインで味方を守護する魔法陣を描いた、ヴァルリシアのサークリットチェインが、前衛の仲間を癒し、守護する。
「食らえ、達人の一撃」
 ソルの卓越した技量からなる、達人の一撃が、エインヘリアルに放たれた。その間に、前衛の体勢を整えるべく、霊力を帯びた紙兵を大量散布する紙兵散布で、辰乃がその傷を癒していく。装備したマインドリングから浮遊する光の盾を具現化し、冷静にキーラも自分の傷を癒した。
「回復助かるぜ。確かにお前は強い、だけど俺は一人じゃないんでな悪いが勝つのは俺達だ。セイヤ、ヒルダ、合わせろ!!!」
 鉄塊剣でデストロイブレイドを叩き込むムギ。それに連携するように、ヒルデガルトが簒奪者の鎌を回転させながら投げ付けるデスサイズシュートと、セイヤの流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴り、スターゲイザーが炸裂する。
「あなた、名前は? あなたが今までどれだけの命を奪ったか知らないけど、その人達の分までお相手するわ」
 続けざまの攻撃にも、エインヘリアルはまだ余裕を持って答えた。
「ケルベロスなどに名乗る名はない!」
「その余裕、どこまでもつかな?」
 嘲笑しつつソルが放った気咬弾のオーラの弾丸が、エインヘリアルの顔面に命中する。ダメージはそれほどでもなかったが、顔面への一撃に、エインヘリアルのまとう殺気が増した。
「秩序を乱そうとするあなたを倒し、秩序を必ず護らねばなりません」
 エインヘリアルが体勢を整えるよりも早く、古代語の詠唱と共に魔法の光線を放ち、キーラがペトリフィケイションで攻撃した。
「私達は、いつだって負けられませんね」
 キーラに同意するように、辰乃も達人の一撃を放つ。続いて、地獄化した左脚から立ち上る炎を武器に纏わせ、一紀のブレイズクラッシュがエインヘリアルの巨大な体に叩きつけられる。
「一切合切を断ち切れ筋肉!」
 見事に鍛え上げられた、ムギの全身の筋肉を使った渾身の振り下ろしで、生み出された衝撃波がエインヘリアルの真紅の鎧を切り裂いた。
「ゴミクズどもが、よくもこの鎧に傷を付けたな!」
 巨大な体で振り上げたゾディアックソードが、容赦なくムギに振り下ろされる。恐ろしい威力によろめいたムギから注意をそらすように、ヒルデガルトがエアシューズで炎を纏った激しい蹴りをエインヘリアルの胴体に叩き込んだ。
「打ち貫け!! 魔龍の双牙ッッ!!」
 全身に漆黒のオーラを漲らせて突撃するセイヤ。その利き腕の黒龍を司ったオーラが、エインヘリアルを喰らうように飲み込んでダメージを与える。その攻撃には、さすがのエインヘリアルも怯んだようだった。
「ムギさん、大丈夫ですか?」
 ヴァルリシアのライトニングロッドから放たれる 生命を賦活する電気ショック、エレキブーストが、ムギの傷を癒し、どうにか再び武器を構えられるようにする。
「敵は僅かずつですが、着実に弱っています」
「焦らず、冷静に戦えば、勝てるはずだわ」
 ペトリフィケーションを放つキーラの言葉に、ヒルデガルトが同意し、アームドフォートからフォートレスキャノンでエインヘリアルを狙う。
「この俺がァ! なんで昼間っから正義の味方の真似事なんざしなきゃならねえんだクソッタレがァッ!!」
 魂を喰らう降魔の一撃で、ソルがエインヘリアルに拳で殴りつけた。
「子曰く、兵は死地において初めて生きると。ですが……私達が生きる場所は、戦場だけではありません」
 その場所を守るため、仲間を守るためと、辰乃の気力溜めがムギを回復する。
 ムギがドレインスラッシュを放とうとしたとき、ダメージを受けて怒り狂うエインヘリアルのゾディアックミラージュが前衛のケルベロス達の体を薙ぐ。初撃でその重さを知っていたムギは、ヒルデガルトの前に走り込んでいた。
「ヒルダ、絶対に……仕留めろよ」
 ものすごい威力のゾディアックソードをもろに受けて、がくりと膝を付いたムギを、受け止めるようにしてヒルデガルトが後方に下がらせる。
「絶対に貴様は許さん!」
 怒りに燃えるセイヤのスターゲイザーが、エインヘリアルをよろめかせた。あと一押しで勝てるかもしれない。緊迫した空気の中、ヴァルリシアがサリエルの名の許に呼び出した鏡によって、エインヘリアルの犯した咎を見せつける。
「貴方が犯した罪に相対する時が来ました! 自分の過去に向き合ってください!」
「後悔など……するくらいなら、死を選ぶ!」
 自慢の真紅の鎧も所々破れ、ふらつきながらも、エインヘリアルのゾディアックソードが最後の力を振り絞ったとばかりに、キーラに振り下ろされた。
「どうか……勝利を、もたらしてください……」
 辰乃の紙兵散布は間に合わず、キーラの体が倒れる。
「まだ、棗がいます」
 相次いで倒れたディフェンダーに、動揺しそうになる仲間を励ますように、辰乃はまだ倒れずに踏ん張っている棗に視線をやった。
「敵は弱ってる、勝てるぞ」
 力付けるように言い、達人の一撃を放つ一紀に、全員の心は決まったようだった。
 黒龍のオーラで相手を喰らう魔龍双牙・暴獄を放つセイヤに、ヴァルリシアも回復よりも攻撃を優先する選択をとったようだった。シャドウリッパーでエインヘリアルの急所を掻き切る。
 その攻撃に、ゾディアックソードを杖のようにして、エインヘリアルは立っているのがやっとのようだった。
「よぉく見とけ、その目に焼き付けろ」
 体から噴き出す地獄の炎を一点に集中させて限界を超えたスピードで、拳を叩きつけるソルに、エインヘリアルの体がぐらりとよろめく。
「貫け、光の雨!」
 無数の針状のエネルギーが針の弾幕のように対象へと襲い掛かる、ヒルデガルトの千本針を受けて、エインヘリアルの体は真紅の鎧ごと霧散して消えて行った。

●勝利の後
「勝てたじゃねえか、口ほどにもない」
 エインヘリアルの消滅にソルが毒づいた。その隣りで、一紀がほっとした様子で武器を納める。
「ムギとキーラが、ディフェンダーとしての役目を果たしてくれたおかげだな」
 周囲を見回せば、他のケルベロス達も戦闘を終えて、退却していっていた。敗北したのかと視線を巡らせるが、それぞれダメージは受けているものの、アグリム軍団を退けたケルベロスが多数のように見える。
「つまらねえ幕引きだ」
 皮肉気に言うソルに、一紀がぽつりと呟いた。
「全員撤退して、イグニス王子を騙そうって魂胆か」
 ケルベロスの作戦が失敗したと思わせた方が、潜入部隊が入りやすくなる。イグニス王子にケルベロスの作戦が失敗したと思い込ませるために全員撤退しているのではないかという一紀の見解に、キーラを助け起こしていた辰乃とヴァルリシアが頷いた。
「それならば、私達も撤退を装いましょう」
「キーラさんとムギさんの傷も心配ですからね」
 意識のないキーラを辰乃とヴァルリシアが、ムギをセイヤとヒルデガルトが両側から支えるようにして動き出す。
「潜入部隊が、無事に成功するといいのだけれど」
 祈るように振り返ったヒルデガルトの視線の先には、人馬宮ガイセリウムがあった。
「そうだな、だが今は、全員無事に戻ることに専念しよう、ヒルダさん」
 労わるように言って、セイヤがその歩みを促す。
 アグリム軍団のエインヘリアルを退けたケルベロス達は、多摩川を越えて撤退していった。

作者:駿河遊馬 重傷:キーラ・ヘザーリンク(ラブラドレッセンスの魔女・e00080) ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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