多摩川防衛戦~その甲冑は血より濃く

作者:井鵙真里


 八王子市内にある某所でのこと。
 何ら変わりない日常を過ごす人々の上空を、突如の黒い影が覆う。
 雨でも振るかと思い顔をあげた人々は、すぐにその顔色を変え、口々に悲鳴をあげては走り出した。
 直径300m、全高30mほどもあろう巨大な城が、逃げる人々を嘲笑うかのように踏み潰し、時には巻き上げ虐殺していく。
 警戒するように周囲を飛び交うヴァルキュリア達と共に、巨大な城は人々の命を奪いながら東京都心部へと前進していった。

「た、大変っす! 緊急事態っす!」
 集まったケルベロス達を前に、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は慌てた様子で早口に言葉を並べる。
「エインヘリアルの第一王子から聞き出した情報内にあった、人馬宮ガイセリウムが八王子に出現したっす!!」
 巨大な城に四本の脚がついた移動要塞、人馬宮ガイセリウム。
 それが八王子に現れ、東京都心部に向けて進軍しているという。
「今急いでガイセリウムの進路上にいる一般人の避難を行ってるっす! 勿論不備はない……と言いたいところなんすけど」
 都心部に近づいた後の進路がわからないため、避難が完了しているのは多摩川までの地域。このままでは東京都心部がガイセリウムによって壊滅してしまうと、ダンテはやや言いづらそうに続けた。
「第五王子イグニスの目的は、失態を犯したザイフリート王子の殺害、それにシャイターン襲撃を阻止した皆さんへの報復だと思われるっす。民間の人を巻き込みながら進軍することで、グラビティ・チェインを奪取することもできるっす。一石何鳥かわからない作戦っすね……」
 ガイセリウムの周囲ではヴァルキュリアが常に警戒活動を行っており、不用意に近づけばすぐに見つかるだろう。迂闊に近づくことはできない状態のようだ。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞っす。でも、どうやら万全の状態じゃないみたいなんすよね」
 あれだけのものを動かすのだから、当然多量のグラビティ・チェインが必要になるのだろう。しかしどうにもそれが事足りていない様子だとダンテは口にする。
「このあたりの事情は、先日のシャイターン襲撃を皆さんが阻止したところが大きいと思われるっす」
 確保できなかったグラビティ・チェインを補うため、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させることで多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら都心部へと向かっているようだ。
「ここからが作戦の概要になるっす。まずケルベロスの皆さんには多摩川に布陣してもらって、グラビティによる一斉砲撃を行って欲しいっす」
 ケルベロス数百名での一斉砲撃。
 グラビティ攻撃を中和するために、ガイセリウムは少なくないグラビティ・チェインを消費することになる。
「直接的なダメージにはならないと思われるっすけど、元々グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには有効な攻撃と思われるっす。勿論お相手さんも黙ってるはずがないっすから、ここでアグリム軍団が出撃してくると思われるっす」
 アグリム軍団の攻撃で多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは避難の完了していない市街地を蹂躙し、一般人を虐殺することでグラビティ・チェインの奪取を行うことだろう。しかし、逆にアグリム軍団を退けることができれば、こちらからガイセリウムに突入する機会を得ることが出来るかもしれない。
「そこで皆さんには、出撃してくるアグリム軍団の1人を撃破して欲しいっす」
 言いながら、ダンテは自ら口にしたアグリム軍団についての説明を続ける。
「アグリムは四百年前の戦いでも地球で暴れまわって、その残虐さから同属からも嫌悪されているエインヘリアルっす。その配下が集まったのがアグリム軍団っす。第五王子イグニスが地球侵攻の為にそろえた切り札の一枚なんでしょうね……全身を深紅の甲冑で覆ってるのが特徴っす」
 軍団長の性格が影響しているせいか、彼らは個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するような傾向にある。そのため、相対するのは一人になるだろうが、個々の戦闘能力は本物だとダンテは続けた。
「皆さんにばかり危険な橋を渡らせるのは心苦しいっす……でも、ガイセリウムを止められるのは皆さんだけっす! 自分、皆さんのこと信じてるっす!!」


参加者
猿・平助(申忍・e00107)
小日向・ハクィルゥ(はらぺこオートマトン・e00338)
シフィル・アンダルシア(アンダーテイカー・e00351)
小日向・コブシ(陰る太陽・e00425)
ユールヒェン・ラヴィンツァラ(紫黒の戦神・e02430)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
ギメリア・カミマミタ(俺のヒメにゃんが超かわいい・e04671)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)

■リプレイ


 曇り空に覆われた多摩川が、一斉砲撃により閃光に包まれる。
 視界が晴れ、ケルベロスの目に映ったガイセリウムに傷は見られなかったが、その要塞は侵攻を止めていた。
 直後、動きを止めたガイセリウムから赤い何かが無数に飛び出す。
 鳥のようなそれらは、多摩川で防衛するケルベロス達の元へ各々向かっていった。
「さァ、こいヨ。遊ぼうぜェ」
 アグリム軍団と思われるそれらを目にしたユールヒェン・ラヴィンツァラ(紫黒の戦神・e02430)は、戦闘に備えガイセリウムへの攻撃を止める。言葉と同様、彼はその顔に隠しきれない高揚を滲ませ笑っていた。
 その傍らではギメリア・カミマミタ(俺のヒメにゃんが超かわいい・e04671)が、ガイセリウムの様子を記録しながら、その文字を乱していた。
 心の底に沈めたはずの恐怖心が現れたかと、拳を握るも束の間、彼のサーヴァントであるヒメにゃんがその肩に乗り頬ずりをする。
 その愛らしさに励まされ癒され勇気づけられ癒され癒された結果、誰かの自宅が破壊されることや、人や猫が亡くなる事への怒り。彼がケルベロスたる所以でもあるそれらが恐怖心を打ち破った。
「この地に住まう人々と猫達の為、絶対に負けないッ!」
 ギメリアの言葉を聞きながら、過去を遡っていた鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)もまた決意を固める。
「虐殺など、させませんよ。必ず止めてみせましょう」
 ただ踏みにじられるだけだったかつてとは違う。そう呟きながら、彼はまた静かに笑顔を浮かべた。
 それから数分もしないうちに、赤い鳥程度にしか認識できなかったアグリム軍団の姿が鮮明になってくる。
 周囲から金属音や爆発音が響きだした頃、一体のエインヘリアルが開けた河原で待つ猿・平助(申忍・e00107)に向けて気咬弾を放った。
 素早く身を翻した平助の頬を掠め、オーラは地面へと着弾する。
「ご挨拶だな。ガイセリウムにしろ、年賀の粗品にしちゃ盛大すぎんだろ」
 冗談混じりにボヤきながらも親指で頬を拭い、未だ中空で距離を保つエインヘリアルを誘導するよう螺旋竜巻地獄を放つ。
 それと同時に自分達の敵が明確になったことを悟ったケルベロス達は、息を合わせ一斉に動き出した。
 敵を包囲するよう陣を取りながら、雨之・いちる(月白一縷・e06146)は親友からもらったお守りを握り締める。
「大丈夫、やれる」
 自分の無事を祈ってくれた親友の姿を思い描いた後、彼女はケルベロスチェインを展開する。
「仲間を護る、盾となれ」
 いちるによって前に立つケルベロス達の足元に魔法陣が描かれる中、シフィル・アンダルシア(アンダーテイカー・e00351)もまた仲間の加護を試みていた。
「もう誰も、わたしのような思いはしなくていい。……全てを救うなんて無理だけど。目の前の惨劇くらい、防いでみせる」
 小さく呟きながら己のリングで光の盾を具現化し、仲間を守る。
 彼女達による加護の光が溢れる中、後方から小日向・ハクィルゥ(はらぺこオートマトン・e00338)が敵を誘い込むようクイックドロウを放った。
「攻撃を開始致します」
 目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸が、エインヘリアルの纏うバトルオーラを叩く。
 それに続き小日向・コブシ(陰る太陽・e00425)が螺旋氷縛波を放った。
 辛くも避けるがエインヘリアルは体勢を傾かせる。
 それを好機とし、ギメリアはその足から炎を纏った蹴りを繰り出し、ヒメにゃんが尾のリングを飛ばすことで続いた。
「捕まえてあげますよ」
 更には征の鎖に自由を奪われ、その巨体がようやく宙から地面へ降りる。
 赤い甲冑から覗く口元に笑みを浮かべるその姿に、コブシは語りかけた。
「オレは小日向コブシです。一応あなたの名前を聞いておきましょうか」
 先の情報から、返答を期待できる相手とは思っていないようだ。
 さほど期待するでもなく反応を待つケルベロス達に囲まれ、しかし全身を赤に包んだエインヘリアルはその口を開いた。
「ハーァイ! アタシはアグリム軍団の一人、グリューダよォ」
 野太い男の声が響き、数秒の沈黙。
 アスガルドの支配者の名に恥じない巨体の男。それが征の鎖を弾き飛ばしながらアイドルポーズを取ったものだから思わずケルベロス達は固まった。
 いや、固まってはいない。彼らは強敵を前に一切気を抜いたりはしなかったのだ。
 しかしおみくじで凶を引いたくらいの心境になったのは仕方がない。多分。
「あら、無反応? まぁそのくらいじゃヘソ曲げて帰ったりしないけどォ」
 甲冑に覆われた瞳は見えない。それなのに、その双眸が自分達を見ていることをケルベロス達は肌で感じた。
「だってアタシにとって、アンタ達はご馳走ですもの」
 変わらずの口調でありながら、纏う空気の一切が変わる。
 任務を完遂させるという絶対の意思。その中に強敵と対峙できることの喜びをも感じながら平助は構えた。
「試させてもらうぞ。俺の刃がどこまで通じるのかをな」


「マスターに負担をかけるわけにはいきません。奮闘致します」
 ハクィルゥが炎を纏った激しい蹴りを放つ。
 炎を腕に受けながらも笑みを崩さないグリューダに向け、更に魔導書を開いたいちるが続いた。
「封じられし邪神、私に力を貸して。『虚喰』、全てを喰らい尽くして」
 自らの血を捧げ、彼女は封じられた虚喰を召還する。虚喰は相手を食い荒らさんと咆哮をあげ、敵に襲いかかった。
 余裕のある表情でグリューダはそれを避けるが、ハクィルゥの炎やいちるの虚喰により出来た死角から、平助が螺旋を纏った一撃を放つ。
「使わせてもらうぞ……!」
 背中からの強烈な一撃に巨体がしなるが、倒れるまでは至らずに踏み留まる。
「世界中の生きとし生ける愛すべき猫達よ、俺に力を与えてくれ! 聖天使猫龍撃!」
 相手に休みを与えず、ギメリアは己の武器に炎の波動を宿し投擲する。
 長く爪を変形させたヒメにゃんが、投げられた猫型の波動と同時に相手へと飛びかかる。
「……いくら群れたって、虫は虫よねぇ」
 それらを鬱陶しそうに振り払って、グリューダは自分を囲むケルベロスを見渡した。
「貧弱でかわいそうだわ」
 一言の後、音速を超える拳がコブシの身体を地面へと埋め込んだ。
「マスター」
 こんな時まで機械的な、しかし思わずといわんばかりにハクィルゥが呼びかける。
「勝ち誇ってんなヨ。ご馳走前にしてんのは僕も同じなんだぜェ!」
 狂気的な笑みを浮かべるユールヒェンの降魔真拳が、グリューダの右腕に喰らいつく。
 拘束していた右腕が物理的に退けられ、コブシは河原の小石をパラパラと落としながら立ち上がった。
「なるほど痛いです」
 淡々と口にしながら起き上がるが、傍から見るだけでもそのダメージはかなり大きいことが察せる。
「シフィルさん」
「大丈夫、まだ私で間に合うわ」
 征に答えながら、シフィルはコブシの傷を即座に癒した。
 今はこれで事足りるとはいえ、攻撃を重ねられてはひとたまりもない。もしもの事態に備え、光の盾を重ねていく。
 シフィルの反応とコブシの様子を確認し、征は貴重な一手でグリューダの体力を削るべく相手を見据える。
「――見つけましたよ、ここです!」
 高速演算で敵の構造的弱点を見抜き、鋭い一撃を巨体に放った。
「どうしました? まだオレは立っていますよ?」
 血の滲む腕を気にせずコブシは刀を振るう。
 グリューダはその一撃を腕で受け、数秒の後に笑い声をあげた。
「しぶとい獲物は嫌いじゃないわぁ。食べちゃう前に遊んであげる」
 その力を見せつけられて尚、ある者は笑みを浮かべ、ある者は無表情に、ある者は己を奮い立たせ、しかし揃って冷静な思考を持ち、ケルベロス達は向かっていった。


「ハクィルゥ!」
「了解致しました。回避します」
 螺旋竜巻地獄を放ちながら平助が危機を知らせ、ハクィルゥは向かってきた気咬弾を避ける。
 味方内での連携に加え、事前に防具面で対策を行ったことが相当なダメージの軽減に繋がっている。
 それでも強大なグラビティを前にケルベロス達は負傷を強いられ、サーヴァントであるヒメにゃんがポジション交代の際、敵の攻撃に倒れた。
「後ろ、がら空きだよ」
「もっと遊ばせろヨ。僕は全然足んねェ。腹ペコだ」
 背後からのいちるの攻撃が傷を広げ、前方からはユールヒェンの拳がグリューダを襲い、その魂を喰らう。
 この頃にはグリューダの赤い甲冑にも傷が目立つようになり、その身体にも炎や痺れ等、多量の不調が蓄積していた。そのためか、最初は絶えず浮かんでいた笑みが口元から消えている。
「邪魔、なのよねぇ」
 幾分か声色を低くしたグリューダの目が、後ろで味方の回復に勤しむシフィルを捉える。
 無慈悲にもそのオーラは彼女に向けて放たれるが、それは彼女には届かずに消えた。
 それに代わり、間に飛び込んだことで直撃を受けた征の身体が大きくぐらつく。
「無事、ですか……よかっ……」
 記憶の中にある『彼』からの言葉を胸に、こんな時すら笑顔を浮かべた征が地に伏せる。
 その行動にか、表情にか、仮面の下にあるシフィルの表情が一瞬揺らいだ。
「絶対に赦さんぞ……ッ!」
 倒れた征とヒメにゃんの姿を目に、ギメリアは声高に叫びながら炎を纏った蹴りを放つ。
「シフィル、今は」
「ごめんなさい。大丈夫よ」
 気遣うようないちるの言葉に、いつも通りの声色で答えながらもシフィルは治療の手を再度動かした。
「足、失礼します」
 そんな中、負傷に軋む身体に目を瞑り、コブシが相手の足元をめがけて刀を振るう。
 彼女が飛び退いたところで、ハクィルゥが構えていたガトリングガンを連射した。
 ――戦いの中でケルベロス達もダメージを負いながら、とにかく効率よくダメージを蓄積させていくしかない。
 しかしそれは相手も同じ。猛攻に耐えながら、グリューダも相手の一人一人を潰していくしかないのだ。
 お互いに、何か切欠があれば崩れてしまいそうな状態で、躊躇いなく先陣を切ったのはユールヒェンだった。
「まだまだ足りねェなァ!」
 彼が間合いに入った瞬間、血の滲むグリューダの口元が弧を描く。
 危機を察知したギメリアが声をあげた。
「ユールヒェン殿!」 
「――飛んで火にいるなんとやら。よ」
 オーラを纏った拳がユールヒェンの身体の一部をもぎ取る。
「…………れ」
 大量に血を吐き出しながらも、不鮮明に何かを呟くユールヒェンの口元には笑みが浮かんでいた。
「……全てを、喰らい……禁忌に染まれ!」
「ぐ、ぅ!?」
 破壊をくり返す闇がユールヒェンに従い、その命を狩るべくグリューダの身体を抉りとる。
「貴様、虫の分際でよくもアタシを……!!」
 グリューダは手元にオーラを集め、最後の一撃と共に足元で意識を落としたユールヒェンに憎悪を向けた。
「地獄より出でよ、咎の骸!」
 しかしそれを黙って見ているケルベロス達ではない。
 コブシの力で呼び出された大きな骨の腕が、グリューダの行動を遮るべくその身体を穿ち、青い炎となって崩れる。
「畳み掛ける、よ!」
 ここで相手を休ませる手はない。
 素早く間合いに踏み込んだいちるも、影のような斬撃を無数に繰り出し、赤い甲冑の隙間を狙っては掻き切った。
「終わらせるぞ! 愛すべき猫達よ、俺に最後の力を!!」
 タイミングを合わせ、ギメリアも猫型の波動を纏わせた得物を投げると、既に幾多の炎に焼かれるグリューダを焼いていく。
「思うところはあるけれど、それに振り回されるほど愚かじゃないの……譲るわ」
 後列のシフィルは禁断の断章を詠唱し、次に攻撃に続くであろう平助の脳細胞を強化させる。
「これが弱いが故に発展を遂げた、人間の『集団での戦術』ってやつだ。……仕留める!」
 言葉にしながら宙を舞い、平助は螺旋を纏った一撃を容赦なく相手の背中に叩き込んだ。
「が、ふっ! 馬、鹿な……ア、アタシが……こんな、虫どもに……っ!」
「……不死身」
 猛攻を受け、膝をつきながらも消えはしないグリューダ。
 間合いを取り、足をついたいちるが思わずと言った感じに呟く。
「攻勢に出ます」
 最後の一手を残し前列へ出ていたハクィルゥが、口にしながら己の機能を解放する。
「アタシがこんな無様……許されない、わ。アンタだけでも道連れにしてやる!」
 ハクィルゥを待たず、グリューダはその手を振り上げる。
 避ける気もない様子のハクィルゥの目前、身体を割り込ませ、衝撃に飛んだコブシの身体が彼女にぶつかった。
「ここで守ればオレたちの勝ち、です。ならば、こうするのは当、然……――」
 独り言のように呟きながら、言葉の途中でコブシの身体が地面に向かう。
「……モード・アクィラ起動。これ以上マスターに負担をかけられません、一気に決めます」
 コブシの身体が落ちる音と同時に、ハクィルゥの身体は上空へと飛行する。
 刃状になった巨大な翼で空を裂き、未だ立ち上がることのできないグリューダへと容赦なく舞い降りた。
「嘘よ……アタシが、こん、な……」
 翼と共に刃となった風にも刻まれ、グリューダの身体が地に伏せる。
 最後まで敗北を認められないまま、その巨体は塵芥となり消えていった。


「ハクー疲れたーおんぶしてー」
 戦闘が終わり程なくして、目を覚ましたコブシは、せがむようにハクィルゥの背に抱きついた。
「拒否します。もしくはダイエットを要請致します。重いです」
「重くないし……」
 容赦のない一言を浴びせられ、満身創痍のコブシが不満げな声をあげる。
 しかしハクィルゥも今はオーバーヒート状態のようで、その身体からは蒸気があがっている。万全とはとてもいえないようだ。
「傷は深い、けど、大丈夫。征、ユールヒェンも、息してる」
 未だ意識が戻らない2人の容態を確認した後、いちるは周囲を見渡し、溜息をついた。
「……満身創痍、だね」
 立っている人間も、なんだかんだじゃれあう2人も、自分だって傷だらけの状態で。
「いちる、シフィル、征を頼む。このまま寝ちまいたいくらいだが、そうもいかねぇだろ」
 負傷者に迅速な手当が必要なことは誰の目から見ても明らかだ。パッと見、背丈の高いユールヒェンを肩に担ぎ、平助は立ち上がった。
「コブシとギメリア、それにサーヴァントも立てるようには見えないのだけれど」
「コブシはハクィルゥが背負っていけんだろ。ギメリアもサーヴァント抱えて歩くくらい大丈……大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ!」
 シフィルに答える形で平助が見回した際、腰が抜けたように座り込むギメリアに思わずな言葉。
 気丈に振舞うが、なんとか戦闘を終えたギメリアは思った以上に足腰にきていたようだ。身体的にも……精神的にも。
 そうして彼らは程なくし、多摩川を越え撤退した。
 決して一人では成し得なかった大きな成果をその手に、この後ガイセリウムへ侵入する部隊の成功を祈りながら――

作者:井鵙真里 重傷:ユールヒェン・ラヴィンツァラ(紫黒の戦神・e02430) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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