多摩川防衛戦~堤と為れ

作者:こーや

 八王子市は不穏、否、剣呑な空気に包まれていた。
 市民は隠し切れない不安を抱え、それでも足を止めること無く進んでいく。
 ただ一つ、振り返るまいと心に決めて。
 今はまだ小さな点にしか見えないものだからこそ、恐ろしいのだ。
 徐々に近づいてきている点の周囲を、鳥のように何かが飛び回っている。
 振り返り、それをはきと認識してしまえば竦んでしまうから――市民達はただただ前を目指す。
「ザイフリート王子からの情報、皆さんご存じですか?」
 河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)は居並ぶケルベロス達を前にして口を開いた。
 エインヘリアルの第一王子ザイフリートから得た『魔導神殿群ヴァルハラ』についての情報。
 12ある神殿の一つ『人馬宮ガイセリウム』が動き出したのだ。
「ガイセリウムはとても大きな城に四本の脚がついた移動要塞で、出現地点である八王子の焦土地帯から東京都心部に向けて進軍を開始したらしいんです」
 ヴァルキュリアの軍勢がガイセリウムの周囲を警戒している。
 不用意に近づけばすぐに発見され、ガイセリウムから勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる。
 ゆえに、迂闊に近づくことは出来ない。
 山河は後ろに控える、己のサーヴァントでもあるヘリオンを見上げた。
「ガイセリウムの進路上の一般人の避難も行ってはいるんですが……都心部に近づいた後の進路が分からへんので、多摩川までの地域しか避難が完了してへんのです」
 このままでは東京都心部が壊滅しかねない。
 それはなんとしても避けなくてはいけない。
「エインヘリアルの第五王子イグニスがイセリウムを動かしたんは、ザイフリート王子の殺害と、シャイターン襲撃を阻止した皆さんへの報復。それと、一般人を虐殺することでグラビティ・チェインも奪いたいってとこやと思います」
 山河は一度だけ大きく息を吸うと、毅然とケルベロス達へと視線を向けた。
 ガイセリウムは巨大な移動要塞だが、恐らく万全の状態ではないはずだと山河は言う。
 この強大な移動要塞を動かすには多量のグラビティ・チェインが必要となるが、その為に必要な量を確保出来ていないようだ。
 先のシャイターン襲撃をケルベロス達に阻止された為に、充分なグラビティ・チェインを奪取出来なかったことが原因であろう。
「せやから、イグニス王子は侵攻途上にある周辺都市を壊滅させてより多くの人を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へ向かうつもりなんでしょうね」
 それに対し、ケルベロス達はどう迎え撃つべきか。
 多摩川を背に布陣して、まずはガイセリウムに数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行う。
「これでガイセリウムにダメージを与えることは出来ませんけども、グラビティ攻撃の中和にかなりのグラビティ・チェインを消費します。今、ガイセリウムはグラビティ・チェインが少ない状態ですから有効打になるいう訳です」
 一斉砲撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロスを排除すべくアグリム軍団が出撃してくる事が予測される。
 このアグリム軍団を撃退することが集まったケルベロス達の役目だ。
 多摩川の防衛戦が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡り、避難が完了していない市街地を蹂躙することは間違いない。
 そうなれば多くの犠牲者が出てしまう。
 アグリム軍団は、四百年前の戦いでも地球で暴れまわったが、その残虐さから同族であるエインヘリアルからも嫌悪されているというエインヘリアル・アグリムとその配下の軍団だと言われている。
「地球侵攻の為に、イグニス王子が用意した切り札の一枚なんでしょう」
 軍団長であるアグリムの性格を反映し、個人の武を誇る。
 連携を厭い、命令も無視するが、その戦闘能力は相応のものだ。
 山河はケルベロス達に深く頭を下げた。
「ケルベロスである皆さんが頼りです。どうかお願いします。この虐殺を止めてください」


参加者
ロイ・リーィング(勁草之節・e00970)
シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)
夜刀神・罪剱(夜天星に謳う序曲・e02878)
ドットール・ムジカ(マスクド変態紳士・e12238)
小田桐・レイ(白いドラゴニアン・e13579)
御影・有理(万有情報学者・e14635)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
シャルア・ハウゼナハ(オメガシャウト・e20295)

■リプレイ

●人馬宮ガイセリウム
 未だ距離はあるものの、人馬宮ガイセリウムの巨体はハッキリと視認できる。
 シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)は唇を噛み、ギュッと白い蛇が絡みついた杖を握りしめる。
「虐殺、は、止めなきゃ……たくさんの人が、死んじゃう……」
「そう。だからこそ、負けるわけにはいかない。虐殺は絶対に防ぐ」
 凛とした御影・有理(万有情報学者・e14635)の言葉に、シェスティンは小さく頷く。
 2人の言葉を耳にした小田桐・レイ(白いドラゴニアン・e13579)は、隣に立つ夜刀神・罪剱(夜天星に謳う序曲・e02878)をちらと見遣る。
 罪剱の固く握られた拳が痛々しくて、そっと手を添えた。
「……ここは突破させない。……意味無く人が死ぬのはもう見たくないから……」
 ガイセリウムを見据えたまま、罪剱は自身とレイに宣言するかのごとく呟く。
 その言葉に呼応するように、ガコンとロイ・リーィング(勁草之節・e00970)の固定砲台がガイセリウムへ向けられた。
「仲間との絆の強さ、見せつけてやる……。俺達は1人じゃない、仲間が沢山いるからね……!」
 ニッと笑うロイに合わせ、次々に武器を構えていくケルベロス。
 最後までガイセリウムを観察していたドットール・ムジカ(マスクド変態紳士・e12238)も肩にかけていた弓を下ろす。
「あんなデカブツ動かしちゃってまぁ……」
「これが初依頼だけど、目標も規模もデカイな。単純でいいじゃん」
 シャルア・ハウゼナハ(オメガシャウト・e20295)が呵呵と笑い、大きく息を吸った。
 合図の代わりに、ギターの弦を弾く。
 旋律と言えない音を下敷きに、ケルベロスによるグラビティの一斉砲撃が行われた。
 闇が、光が、炎が、毒が、氷がガイセリウムを覆う。
「どうかな?」
「動きは止まったようです」
 ロイが目を凝らすうちに、距離の関係で一斉砲撃に加われなかった餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)が答える。
 一分と経たないうちに再び姿を見せたガイセリウムには傷一つ無いが、ラギッドの言葉通り足は止まっている。
 やはり防御の為にグラビティ・チェインを消費したのだろう。
「この距離だ、敵もここまで来るのに時間がかかる筈だ」
 言いながら、レイはするりと冷酷さを感じさせる刀を抜く。
 全員が警戒を解く事無く、静かに敵を待つこと数分。
 真っ直ぐにこちらへ向かってくる赤が1つ。
 ラギッドはバサリと翼を広げ、軽い声音に確かな決意を乗せて言い放つ。
「さぁ守りましょうか!」


●真紅の甲冑アグリム兵
「この距離、ならっ」
 シャスティンがウイルスカプセルを投射する。カプセルは狙い違わず真紅の鎧に着弾し、爆ぜる。
「今なら狙いたい放題ってところですかね」
 ヒュパッ。ドットールが矢を放つと、その音を節としてシャルアは敵の信念を揺るがすべく力強く歌いあげる。
「前に進むのはあたしらだ! テメェらなんかじゃねぇ!」
「しゃらくせぇ!」
 猛然とこちらへ向かってくる間に破壊のルーンを宿し、自身の傷を癒やすアグリム兵。
 しかしその合間にも有理は禁断の断章を紐解き、詠唱する。自身の脳細胞が強化されるのを感じる。
「折角の距離だ。有効に使わせてもらおう」
 ガイセリウムから出撃してきたアグリム兵と待ち構えていたケルベロスには大きな距離がある。
 けれど、真紅の甲冑を視認した今ならば、遠距離攻撃のグラビティであれば攻撃も出来る。
 この距離であれば、ルーンアックスを携えたアグリム兵にケルベロスを攻撃する術はない。
 いかなる状況でも手数は大きな有効打。
 ある者は遠距離から仕掛け、ある者は自身の能力を高めていく。
「遠距離からの手段も1つは持つべきでしたかね」
 与えられた一手を活用する術がなかったラギッドは苦笑いを零し、最前を担う仲間達と共に駆けていく。
「来たかっ!」
「うん、来たよ。強い敵が俺の前にいるんだから当たり前だよ」
「ハッ、面白ェ!」
 お互いの獲物分まで縮まった距離で交わされるアグリム兵とロイの声には同じ高揚感。
 爛々と輝く視線が交錯すると同時にアグリム兵の斧が勢い良く振るわれる。
「っ!」
 砲塔で直撃を防ぐものの、ロイの体を襲う衝撃は大きい。すかさず手を獣化させ、銅へと叩きこもうとするも斧の柄で弾かれてしまう。
「やってくれるね……」
 ロイがパッと飛び退くと、間髪入れずにシェスティンの医療結界がロイを包む。
 この流れにボクスドラゴン『リム』の主である有理とラギッドが顔をしかめる。
 守勢を重視しても、必ずしも仲間を庇えるとは限らないし、狙って出来ることでもない。
 ロイの膝が一瞬沈むほどの一撃だ。最前に立つ者の中で唯一、攻勢を重視している罪剱がアグリム兵の一撃を受ければひとたまりもないだろう。
「……敵は圧倒的にこちらより強い」
 罪剱は僅かな躊躇いもなくアグリム兵目掛け、強く地面を蹴る。
 その背を追うように走っていたレイは黒い液体を鋭い槍へと変化させ、アグリム兵を甲冑ごと貫き、血飛沫が舞う。
「……けど、負けはしない……俺は独りではないから」
 血飛沫ごとアグリム兵を流星の煌めきが裂く。
「その通りだ。私も、兄さんも、シャルアも……皆がいる」
 地面に降り立った罪剱と共にレイはアグリム兵と距離を取る。
 その間にもドットールが花束をロイに贈り、有理がアグリム兵へと迫る。
「レイちゃんが思い切り戦っていることに安心したいところだが……」
「複雑か?」
「ドットール殿も兄だ、仕方ない。……圧せよ!」
 ため息混じりでドットールが呟けば、茶化すようにシャルアが応じる。
 そのやり取りに有理が笑みを零したのはほんの一瞬。高く跳ね、アグリム兵の兜に手を付いて魔術を叩き込む。流れ込んでくる膨大な情報にアグリム兵はギッと歯を食いしばった。
 タンッと有理の足が地につくと同時に、ラギッドが肉薄する。
 ラギッドの無骨な巨大剣の切っ先が僅かに地面を削った末に、横薙ぎが烈風を生み、真紅を襲う。
「無粋な紅い甲冑ですねぇ。私のケルベロスコートの気品ある赤を見習うべきでしょう」
「ぬかせ、どうせお前らの血で染まるんだ。変わりゃしねぇよ!」
 真紅の巨体は自身を襲う攻撃すら楽しいとばかりに笑うが、負けじとシャルアも笑う。
「何言ってやがる、あたしらはこんなところで立ち止まりゃしねぇよ。だろ?」
 シャルアがちらとレイへ視線を投げれば、心強いとばかりにレイが頷きを返す。
 高らかな歌声が響き渡る。戦いは始まったばかり。

●地獄の番犬ケルベロス
 戦況は一進一退。傷つき、傷つけられ、時が過ぎていく。
「まずは一匹目っと」
「リムッ!」
 切り伏せられ、崩れ落ちた有理のサーヴァント。
 アグリム兵は単体しか攻撃出来ないが、ゆえに一撃は強力。
 治癒に特化したシェスティンによる回復ですら間に合わなくなってきている。体から滴る血が軌跡となる程に、最前に立つ者達は消耗していた。
 守勢に重きを置く者達が庇い合うも、それにも限界がある。
 使役者にも言えることだが、サーヴァントの体力と威力は他のケルベルスと比べるとある程度劣ってしまう。
 それを考えれば、リムはここまでよく持ちこたえてくれたと言える。
 攻めへ転じようと考えていたロイだが、その案を脳内で棄却する。
「ごめん、ちょっと雑に行くよっ!」
 駆け抜けざま、ロイはリムを抱え上げ有理へと投げて寄越す。乱暴かもしれないがあのままにしておくよりかは遥かにマシだ。
 受け止めたリムを、有理はそっと地面へと横たえる。
 満身創痍ではあるが最前に立つ者達がいる間はアグリム兵も有理達に近寄れまい。
 シェスティンの補助をすべく有理も仲間を癒やすが、アグリム兵の一撃を思えば心許ない。
 レイは見切られぬよう、予定を変更して後に回していた雷刃突を繰り出す。
 その時、気付いた。
 アグリム兵が次に誰を狙っているのか。その目は誰を捉えているのか。
 たいせつなひとたちのなかで、とくにまもりたいひとが、しんくにねらわれている。
 ぞくり、レイの背筋が凍る
「レイッ!」
 友人の様子で察したシャルアが再び仲間を奮起させるべく強く歌う。
 すかさずドットールも高々と跳び上がり、光り輝く呪力とともに斧を振り下ろし、圧をかける。
「ハッ、一度や二度じゃ足りゃしねぇよ!」
 構うことなくアグリム兵は駆ける。その先にいるのは、罪剱。
 避けられないと瞬時に悟った。同時に、ロイとラギッドも間に合わないのだとも分かる。
(「星々の静けさに願う」)
 精神を研ぎ澄まし、迫り来る真紅を見据える。
(「――どうか俺を高みへと導いてくれ」)
 途端、アグリム兵が爆ぜるも、それでも止まらない。
 アグリム兵は跳び上がり、獰猛な笑みと浮かべ斧を罪剱へと振り下ろす。
「らあああああああああああああっ!!」
「ぐっ……」
 倒れ伏した罪剱へレイが駆け寄り、すかさず肩を貸して後方へと下がる。
「おっと、逃がすわけにゃ――」
「ソフス、邪魔してきて!」
 フェネックへと姿を戻したロイの杖が巨体の動きを阻害する。
「焦がせ!」
 鬱陶しげに舌打ちするアグリム兵へ目掛け、有理は掌からドラゴンの幻影を放つ。
「貴様らの糧になど、なってたまるか、させてたまるか。人間を、嘗めるな」
「女ぁ、邪魔すんじゃねぇぞ!」
「余所見をしてる場合ですか?」
 ぞぶり。体が固まるような感触を背後に感じ、アグリム兵は振り返る。
「鎧の隙間がお留守ですね。指天殺を刺してくれと言っているようなものです」
 ラギッドの金の瞳がアグリム兵を見据える。
 触れていた指先を離すまでの時間は、戦場に立つ全てのものにとって異様なまでに長く感じた。
 まだ敵は立っている。けれど、それはケルベロスも同じ。
 現状を維持すれば、その為に回復を続ければ、押しきれるという確信がシェスティンにはあった。
 ゆえにシェスティンは魔術切開による緊急手術を仲間に施しながらも、呟く。
「さよなら、です」
 それから過ぎたのは長く、けれど実際にはほんの数分。
「大事な妹を苛めないでもらえますかね」
 マスクに隠されたドットールの目。
 その鋭い視線が、矢と共にアグリム兵を射抜く。
「くっ、そ、がぁ……」
 巨体がゆっくりと沈んでいくのをシャルアは肩で息をしながら見守る。
 その体が動くことはないのだと確信すると、全員がその場に座り込む。
 誰かを留まらせて撤退することもなく。誰かを犠牲にすることもなく得た勝利。
 堤と成る使命を見事果たしたケルベロス達は傷ついた体を癒やすと、ヘリオライダーに報告すべく引き返していくのであった。

作者:こーや 重傷:夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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