多摩川防衛戦~鳴動の要塞、剽悍の士

作者:内海涼来

●要塞、出現
「おい、あれは?」
 その日、東京都八王子市で、人々は我が目を疑うものを目撃する。
 焦土地帯に周囲の景色にそぐわない、アラビア風の巨大な城を有する要塞が突如として出現したのだ。
 だが、その威容を人々がいくらかなりと確かめる暇もなく。
「デカい城がこっちに向かってくるぞ!」
 四本の脚を動かし、土埃をもうもうと巻き上げながら要塞は自走していた。
「逃げろ!」
 そう誰かが声を張り上げるより先に、ある親は子を抱きしめ、あるいは大切な人の手を離すまいと握り締めながら、人々は散り散りに駈け出していく。
 そんな足下の光景を意に介すことなく、巨大な要塞――人馬宮ガイセリウムは周囲を飛び交うヴァルキュリア達と共に、都心部を目指し不気味な進軍を開始していた。

●背にするは
「エインヘリアルのザイフリート王子からの情報にあった、人馬宮ガイセリウムがついに動き出したようっす!」
 黒瀬・ダンテはケルベロス達に、年明けても冷めやらぬ憧憬と――今回はそれ以上に緊張をたたえた瞳を向けて、巨大な城に四本の脚がついた移動要塞、人馬宮ガイセリウムが八王子の焦土地帯から東京都心部に向けて進軍を開始していることを説明してから、
「人馬宮ガイセリウムの周囲はヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしていて、うっかり不用意に近づけば、すぐに見つかり、そこから勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくるので、迂闊には近づけないっす」
 そう、一度話を締めくくる。
 そんなダンテの真剣な面差しと裏腹の下っ端口調に肩をすくめる暇は無いと、ケルベロス達も集中して耳を傾けてきた。
「現在、人馬宮ガイセリウムの進路上に暮らす一般人の避難を行っているっすけど、都心部に近づいた後の進路は不明っす。なので今のところ、彼らの避難が完了しているのは多摩川までの地域までっす。
 でもこのまま放って置いたら、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうっす」
 皆さん、そんなの放っておけないっすよね? とうなずいたダンテが、
「今回、人馬宮ガイセリウムを動かしたエインヘリアルの第五王子イグニスの目的っすけど、皆さん達ケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害、そして、シャイターン襲撃を阻止した皆さん達への報復っす。それだけでなく、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取もあると思われるっす。
 この暴挙を止めるため、皆さんの力を貸してくださいっす!」
 ひときわ声を張り上げれば、言うまでもない、と身を乗り出すケルベロス達。
 それを見たダンテは深々と頭を下げ、言を次いだ。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞っすけど、けして、万全の状態ではないようっす。というのも、これを動かすために必要になる多量のグラビティ・チェインを、充分な量確保できていないためっす。
 これは、先のシャイターン襲撃が皆さん達に阻止されたのも一因っす。
 ですからイグニス王子の作戦意図としては、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させて多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら、東京都心部へと向かうものと思われるっす」
 そこで一息つき、ダンテはさらに話を続ける。
「これに対して、ケルベロスの皆さん達は多摩川を背にして布陣し――まずは人馬宮ガイセリウムに、数百人分のグラビティによる一斉砲撃を行ってほしいっす。
 この攻撃でガイセリウムそのものにダメージを与えることはできないっすけど、グラビティ攻撃を中和するため、少なくないグラビティ・チェインが消費されるっす。だから、残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには有効な攻撃となるっす。
 ですが、この攻撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロスを排除すべく、勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくることが予測されるっす」
 軍団、と聞いて背筋を伸ばすケルベロスを見たダンテは、拳を握りしめてから口を開いた。
「アグリム軍団の攻撃により多摩川の防衛線が突破されてしまうと、ガイセリウムは多摩川を渡河して、避難が完了していない市街地を蹂躙、一般人を虐殺して、グラビティ・チェインの奪取を行うっす。
 ですが逆に、皆さん達で『アグリム軍団』を撃退することができれば、こちらからガイセリウムに突入する機会を得ることだって、もしかしたらできるかもしれないっす!」
 とはいえ、まず戦おうにも敵軍団のことを知らねば、と鋭い視線を投げかけたケルベロスに、ダンテはすぐさま説明を再開する。
「アグリム軍団は四百年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているという、エインヘリアル・アグリムと、その配下の軍団と言われているっす。そんな軍団っすから、第五王子イグニスが地球侵攻のためにそろえた切り札の一枚と思われるっす。
 アグリム軍団は、軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人っぷりっすけど、その戦闘能力は本物っす。
 それと、全員が深紅の甲冑で全身を固めているのが特徴っす」
 ヴァルキュリア達を従わせ迫り来る要塞、そして個人の武を恃みとする、残虐勇猛で名を馳せた軍団――それらを相手どることになる戦いに、ケルベロス達の表情は嫌が応にも引き締まる。
 そんな彼らに、
「無理矢理従わされているヴァルキュリア達、アグリム軍団を擁する人馬宮ガイセリウム――かれらが多摩川を越えれば、多くの一般人が虐殺されてしまうっす。
 それを防ぎ、第五王子イグニスの野望を挫き、悲劇を防ぐことはケルベロスの皆さん達にしかできないっす!」
 全幅の信頼と尊敬をキラキラと眼に輝かせ、ダンテはそう激励していたのだった。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
乾・陽狩(黄金旋律・e00085)
寺本・蓮(平平凡凡・e00154)
封理・八雲(レプリカントのミュージックファイター・e00549)
ファノメネル・ヴェルヌ(バッカニアの歌姫・e02893)
ハインツ・エクハルト(気合いがあれば何とかなる・e12606)
アイリス・ブラックウッド(未だ己が何者か知らぬもの・e19733)
サクラ・ハルシネイション(幻想雪華・e22078)

■リプレイ

●歩止めの攻を
 灰雲を貫くように、そびえる尖塔。その下にはアラビアの景色を想起させる城塞が威風堂々たる姿を現していた。だが、この光景は何処かのおとぎ話に描かれた風景の具現化などでは、けしてない。
 多脚神殿『人馬宮ガイセリウム』――その自走を止めなければ、都下はたちまちのうちに惨禍と殺戮の場と化すだろう。
「おや……とうとうおいでなさいましたか」
 藤紫の目をやわらかく細めつつ、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が花蔦紮げるライトニングロッドをタクトさながらに振った次の瞬間、その先端から雷がほとばしった。
「此処であの大きなモノを足止め出来れば、前哨戦としては、勝ちなのね?」
 お団子に結われた髪から伸びた三本の三つ編みを揺らし、封理・八雲(レプリカントのミュージックファイター・e00549)はおしゃまそうな橙の瞳を仰向かせ、
「中のお姉さんともお話もしてみたいから、頑張るのね」
 エネルギー光線を放つが、煙が晴れたあとに現れたガイセリウムには瑕ひとつなく、傲然と向かってくる。
「ここを突破させるわけにはいかんのよっと」
 寺本・蓮(平平凡凡・e00154)が特殊弾頭とマスケットを召喚する傍らで、
「背水の陣、ってヤツだな、何が何でも守り通すぜ」
 決意込めた視線向け、ハインツ・エクハルト(気合いがあれば何とかなる・e12606)が惨殺ナイフをかざし、惨劇の鏡像で立ち向かえば、彼のオルトロスのチビ助も神器の瞳で城塞を睨み据えた。
 それでもなお瑕疵無きままの城塞に、乾・陽狩(黄金旋律・e00085)はこれでどう? と問いかけるようにグラインドファイアを放つ。
 ツーサイドアップの赤紫の髪の下、青の瞳にガイセリウムの威容を映しながら、アイリス・ブラックウッド(未だ己が何者か知らぬもの・e19733)は黙したまま、禁縄禁縛呪で続く。しかし、半透明の「御業」が鷲掴みにしていたその脚にひびは入ることなく、自走はまだ続いている。
 土埃舞うなか、ファノメネル・ヴェルヌ(バッカニアの歌姫・e02893)は遠い海に想い馳せるようなまなざしを向け、追撃の機を伺う。
「防衛戦とか……そういうの、そんなに得意じゃない」
 サクラ・ハルシネイション(幻想雪華・e22078)の紅い瞳が見上げる先にある、堅牢な要塞。それは足下に集い、グラビティを放出し続けるケルベロス達を蹴散らさんばかりに進み、住居を無造作に潰していく。そのさまにサクラはマフラーの内で深く息をついてから、
「……頑張らないとね」
 弓弦鳴る音を響かせ、ハートクエイクアローを射かけていた。
 ケルベロス達の間断なき攻撃が続いてもなお、城塞そのものにさしたる変化は見てとれず、焦燥がじりりと背を焼くかに思えた、その時だった。
 容赦なき進を続けていた、ガイセリウムの動きが止まっていたのは。
「……これは……?」
 状況を確認するべく、景臣は辺りを見回すが――城の門から飛び降りる影があるのを視認した直後、その肩口に喰らい突くオーラの弾丸が飛来していた。

●その戦いは興
「フェアリン、傷の手当てを!」
 蓮の声に、ボクスドラゴンがふわふわとやわらかいピンクの羽を広げると、
「そんじゃ、初手から全力で行くよ! 来い、壱式!」
 彼もまた、必ず止める! という意志を掌に込め握り締めた弾をマスケットへと再び装填し、照準を絞る。
 轟音果てた後、着弾の気配を遠くに感じた陽狩はバイオレンスギターを手に、
「立ち止まるつもりなんて、最初からありません!」
 ミュージシャン達と競い合うなか培った技量を駆使し、戦う者達の歌を奏で、あらためて臨戦態勢を整えていた。
 あちこちで響き渡りはじめた、鬨の声。そして、ガイセリウムから近づいてくる敵の気配に、鴉の濡れ羽色の髪先まで共振するほどの昂ぶりを感じずにはいられないファノメネル。
「……海は少し遠いですが……風をこちらに引き寄せるためにも」 
 囁く声の後、後方から放たれた時空凍結弾が戦端を裂く。続けざまに八雲がコアブラスターを放てば、それが深紅の鎧の肩に当たるのが見えた。
「我が挨拶への返礼、しかと受け止めた。御辺等は我をいささかなりと愉しませてくれるのだろうなッ!」
 彼らの前に姿を現した、分厚い胸を堂々と張り、深紅の甲冑をまとう巨躯の男。バトルオーラのひと揺らぎにも、歴戦を生き抜いてきた自負を彼らが感じるさなか、さほど詰めてない間合いをものともせず、大音声は鼓膜にずん、と響く。
 ――が。
「誇り高きアグリムの部下……ヴァルト、っていうらしいな、あんた。その身に纏うもの、お飾りじゃないってところ見せてくれよな。これは挨拶がてらだ! 
 ――余所見するんじゃないぜ、オレはここにいる!」
 茶の瞳の奥に宿す、強くなりたい思いと同調したモザイクの巨大な腕から、渾身の拳を焼き付けるようにハインツはヴァルトへと叩き込む。続いてサクラも足止めにとスターゲイザーを放つが、かれに動じる気配は微塵もなかった。
「いかにも我はアグリム軍団の一員、ヴァルト。我が深紅の甲冑をまとう由縁、とくとその身で味わうがいいッ!」
 その声が消えるより先にヴァルトが繰り出す、音速を超える拳。
「レーヴァテイン、ハインツの回復してね」
 ボクスドラゴンが炎を注入する間に、
「かつての英雄よ、今こそ貴方を真のヴァルハラへ送りましょう。お相手願えますね?」
 日本刀を手にしたアイリスが、月光斬でヴァルトへと肉迫していた。
「……さて、と。お手並み拝見と参りましょう」
 静かに眼鏡を外し、景臣は下がり藤の透かし鍔もうつくしい斬霊刀を手に取り――空の霊力を帯びた刃で斬りかかる。
 ヴァルトはしばし黙し、兜の奥からケルベロス達を品定めする視線を投げかけていたが、
「面白いッ! 八を単にて覆すもまた一興ッ!」
 闘気に満ちたバトルオーラを、猛々しくゆらめかせていた。

●個か、衆か
 前進を止めた人馬宮ガイセリウムより、出撃してきたアグリム軍団。個の武勇を誇り、連携を厭う戦団の一員たることを心底ヴァルトは愉しんでいるように、そのバトルオーラを時に拳にまとわせ、時に凶弾へと変えて撃ち放ってくる。
「フィリーヤ!」
 敵の一撃を受けた陽狩のボクスドラゴンが、小さい身体を奮わせて炎を吐けば、その脇を駆け抜けていた陽狩もヴァルトの頬目がけ、重力を宿した跳び蹴りを炸裂させていた。
 蹴撃の名残である流星の煌めきが消えるより前に、体勢を立て直していた敵に、
「ほらほら、こっちですよっと!」
 蓮はその意識を自分に引きつけようと、すかさず達人の一撃を放てば、
「お前の好きにはさせないっ!」
 アイリスのブラックスライムがヴァルトを丸呑みにする。しかし次の瞬間、それを引き裂くかのように繰り出されていた拳。
「させるかよ! ここは絶対に守りきる!」
 そんな一撃など効きやしない、とハインツは己が手の甲で頬を拭うさまを見せつけ、ヴァルトの胴に旋刃脚をお見舞いしていた。
 サクラの真紅の瞳に映る、瓦礫が四散する地。その瓦礫はほんの数時間前まで、誰かの生まれ育ったいとしく、なつかしい家だったもの。かつて戦火に巻き込まれ故郷を失った彼女にとって、今、目の当たりにしている光景は心にずきりと、深い痛みを伴うけれど――
(「……奪わせない」)
 必死に足を前に出すようにヴァルトの前に出、左の胴を電光石火の蹴りで穿とうとした。
「あたし達には、まだまだやらなきゃいけないことがあるから」
 頑張るのね、と肘から先を内蔵モーターで回転させ、威力を上乗せさせた一撃を浴びせた八雲。その視線は、ガイセリウムに幽閉されている女神を捜し出そうとするように、つかの間きょろきょろと動いていた。
「ヴァルキュリア救出のためにも、イグニス王子にたっぷりお礼参りするためにも、此処で負けるわけにはいきません」
 ヴァルトにかけた静かな声に和す、景臣の流麗な斬霊刀の一閃。卓越した技量の冴えある一撃に、応じる巌のごとき拳。
 戦場で対峙するものを薙ぎ倒す、その行為がもたらす喜悦の予感に笑気配を漂わせたヴァルトを、
「明日を憂えず、その時、その戦場に大いに咲き誇こる戦場の華……嫌いではありません」
 ファノメネルはまっすぐに見上げた。
「……ですが、破壊の拳をあまねく振るい、私達の前に立ちはだかるのでしたら――倒します、仲間達と共に」
 凜と通るその声のさめやらぬ間に、ファノメネルの白い手が蓮の背に触れ、ウィッチオペレーションを施す。
「仲間と称し、寄り添わねば勝てぬなど無意味無価値ッ!」
 その細首を噛み切れと、怒号と共に放たれたオーラの弾丸は。
「させねぇって言っただろうが!」
 仲間を庇っていたハインツの、竜の翼に食いついていた。
「敵なれどその意気やよしッ! ――さあ、競おうか、どちらの武こそが生き残るに値するかをッ!」
 揚々と、ヴァルトは拳を振り上げてみせる。
 だが、ケルベロス達にとってもここは負けられない戦い。
 とはいえ、戦うことを愉しむ敵との対峙を長引かせてしまったら――その脳裏にちらりと浮かぶ単語があるのを、彼らはまどだこかで、打ち消しえずにいる。

●誇りにかけて
「全てを破壊する旋律を今此処に!」
 その歩を止めようと、陽狩が奏でた万物破砕の旋律が襲いかかる。しかし、強烈な振動波を振り払うようにヴァルトは腕をひと振りし、後方目がけて再びオーラの弾丸を放っていた――が。
「全力で守りますよっと!」
 仲間を庇い被弾していた蓮が、それでも眼鏡の奥で柔和な笑みを浮かべていた。
「なるほど、補給線を断つのは戦略の常ではありますが……ファノメネルさん」
 自分を狙ってくるなら、と覚悟を決めたような表情のファノメネルの前で笑む、景臣。
「……若者を守るのは、年長者の義務でしょう?」
 儚くも鋭利な幻の花舞い散らせる剣戟が、深紅の甲冑に瑕をはしらせた。その一撃に音速を超える拳でヴァルトは応戦してきたが、すかさず最前線へと八雲のケルベロスチェインが展開し、味方を守護する魔法陣を描く。
「私は――私は『信天翁の娘』にして『海賊船の歌姫』です」
 その二つ名こそ誇りなれば、私は、私の舞台で歌いましょう。
 戦場に響き渡ったその歌声は深海の幻想を呼び起こし、過大な水圧が深紅の甲冑を圧し隠すように迫っていった。
「それでいい……やめときなよ。待ってる人とか、いるんでしょ」
 勝機が完全にヴァルトの手にあると決まっていないなら、なおさら――純白の翼を広げ、駆け出たサクラはヴァルトの横っ面を張るようなスターゲイザーをお見舞いしていた。
「……くっ」
 オーラを溜め、戦場に立ち続けるための力を回復しようとしたヴァルトだが、兜の奥からぎり、と歯ぎしりする音が微かに響く。
「だいぶ、追い詰められているみたいだな?」
 仲間の脳裏から『暴走』の二文字が消えた気配にハインツはほっとしつつ、ここでケリを着けてやる! と竜の拳『想』で向かっていった。
「ま、一応会社用に暴走届なんて用意しておいたけど……皆で帰れるなら、そっちのほうがずっといいよね!」
 ヴァルトの得物を四散させるような爆破を狙い、蓮が精神を極限まで集中させる。
「今のうちに」
 ひらり、と白衣がひるがえれば、チェックスカートの中からサキュバスの尻尾を現していたアイリスの日本刀が満月の弧を描き、ヴァルトに迫っていた。
「がんばるよっ! ……ええ、負けられませんもの!」
 つい口をついていた元気な口調に、仕込まれたおしとやかなそれを重ねながらも、陽狩はローラーダッシュの摩擦から生じた炎をまとわせた激しい蹴りを放つ。
「生憎だが我も、戦場で負けるなぞ、考えたくもないほど大ッ嫌いでなッ!」
 腕をごう、と振り上げ、勢いつけて拳を下ろそうとしたヴァルト――の身体を締め上げていた、黒い鎖。
「見くびらないで欲しいのね」
 上目遣いに橙の瞳を向けて、八雲がイタズラっぽく微笑んでみせた。
「個の武こそ至高と誇るあなたには分からないでしょう。僕達が何故、あなたに勝てるのかを」
 仲間と共に連携し、いざという時の覚悟を秘めつつ、戦場に臨んだのですから――
 景臣の絶空斬がヴァルトの傷口を斬り広げ、その心臓へと重力の鎖を叩き込む。
「ぐっ……此処が我の墓場……か……ッ!」
 地に伏した瞬間、雲散霧消していたヴァルトが深紅の甲冑のしたで、どんな表情を浮かべていたかは分からないけれど。
「いつか、真のヴァルハラで会いましょう……」
 アイリスはそう声をかけずにはいられなかった。
(「別の部隊の手伝いに行こうかな、と思ったけれど」)
 ヴァルトに勝利したとはいえ、さらに戦いを続ける余力はもう自分達にもない。
 蓮が辺りを見回せば、他の部隊の仲間達は多摩川を越えて撤退を始めている。
 ガイセリウムへの侵入を目指す仲間達の成功と無事を祈りつつ、彼等もまた撤退の歩調を合わせていたのだった。

作者:内海涼来 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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