多摩川防衛戦~真紅の斧兵

作者:カワセミ

 八王子市の『東京焦土地帯』から、その城は悠然と進んでいく。
 人馬宮ガイセリウム。直径300m、全高30mほどの巨大なアラビア風の城。それに四本の脚が生えた異形の移動要塞。
 城の周囲にはヴァルキュリアが飛び交い、近付く者を警戒している。
 人一人の力では太刀打ちできないその巨大さに、人々は為す術もなく逃げ惑うほかなかった。

「エインヘリアル第一王子、ザイフリート王子の言っていた人馬宮ガイセリウムが遂に動き出しました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)の報告がケルベロス達の元に飛び込んでくる。
 人馬宮ガイセリウムは、巨大な城に四本の脚がついた移動要塞だ。出現地点から東京都心部に向けて進軍を開始している。
「ガイセリウムの周囲ではヴァルキュリアの軍勢が警戒活動を行っています。不用意に近付けばすぐに発見され、ガイセリウムからエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくるでしょう。
 はい、迂闊には近付けないということです!」
 難しい表情をしながら、ねむは多摩川近郊の地図を大きく広げる。
「現在、人馬宮ガイセリウムの進路上の一般人の避難を進めています。ですが、都心部に近づいた後の進路は不明なので、避難が完了しているのは多摩川までの地域です」
 多摩川から先は人口密集地が多いこともあり対応が追いつかない。このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅する。
「人馬宮ガイセリウムを動かしたのは、エインヘリアルの第五王子イグニスです。
 暗殺に失敗したうえケルベロスに捕縛された、ザイフリート王子の抹殺。シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。更には、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取が目的だと考えられます。
 とんでもない暴挙です! これを止めるために、ケルベロスのみんなの力がどうしても必要です!」

 ねむは一度深呼吸してから、作戦内容の説明に移る。まずはガイセリウムとイグニスの状況についてだ。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞ですが、万全の状態ではない事が予測されています。
 ガイセリウムを動かす為には多量のグラビティ・チェインが必要です。そして現在、充分なグラビティ・チェインを未だ確保できていないようなのです」
 その原因は、無論ケルベロス達によるシャイターン襲撃事件の阻止に他ならないだろう。襲撃事件によって、イグニス王子側は大量のグラビティ・チェインを入手できるはずだったのだ。
 イグニス王子の作戦意図としては、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させ多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へと向かおうとしているのだと考えられる。
「では、続いて作戦内容の説明です!
 ケルベロス側は多摩川を背にして布陣。
 まずは、人馬宮ガイセリウムに対して数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行います」
 この攻撃でガイセリウムにダメージを与えることはできない。しかし、グラビティ攻撃の中和の為には少なくないグラビティ・チェインが消費される。残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには有効な攻撃となるだろう。
「この攻撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロスを排除すべくアグリム軍団が出撃してくると思われます。
 アグリム軍団の攻撃により多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河。避難が完了していない市街地を蹂躙、一般人を虐殺して、グラビティ・チェインの奪取を行うはずです。
 でも! 逆にアグリム軍団を撃退する事ができれば、こちらからガイセリウムに突入するチャンスになるんです!」

 最後に、先程から名前の挙がっているアグリム軍団に関する説明がある。
「アグリム軍団は、エインヘリアル・アグリムと、その配下の軍団と言われています。
 四百年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているそうです。
 イグニス王子が、地球侵攻の為にそろえた切り札の一枚なんでしょうね」
 アグリム軍団は、軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持つ。だがその戦闘能力は本物だ。また、全員が深紅の甲冑で全身を固めている。
 この軍団員の内の一体、ルーンアックスの扱いに長けたエインヘリアルをケルベロス達は相手取ることになる。

「人馬宮ガイセリウムが多摩川を超えれば、たくさんの人たちが殺されてしまいます。それを防ぐことができるのはケルベロスのみんなの力だけです。どうか、イグニス王子の野望を止めてください!」


参加者
ニファ・ナクシャトラ(花実朽ちて・e00961)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
ルシエンヌ・ロッシュランベール(フェスタアベーユ・e03660)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
ラトゥレヴィー・ハウンドゥラーム(レッドサンセット・e18110)
フィア・ルシフェリア(星の記憶と歩む少女・e19823)
アメジスタ・グリュンシュタイン(紫水晶の魔女・e21488)
白刀神・ユスト(刃鏖牙・e22236)

■リプレイ


 曇り空の下。人馬宮ガイセリウムに、グラビティによる一斉攻撃が行われた。
 多摩川防衛戦に参戦したケルベロス達による集中砲火。その城の姿は、最早無数の光と煙に包まれ見えない。無限に続くかに思われる砲撃の音が、この総攻撃の苛烈さを物語っていた。
 それでもなお。
「傷一つなしとは。憎たらしいことじゃの」
 攻撃が収まった頃、ようやく煙の中から姿を現したガイセリウムは全くの無傷だった。端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は、指に揃えた護符を下ろしながら溜息を吐く。
「お城は綺麗なまんまか。やりがいがないったらねーけどさ、ひとまずは俺達の読み通りみたいだぜ」
 鎖を手にしたまま、白刀神・ユスト(刃鏖牙・e22236)は要塞を遠く見据える。ガイセリウムは進行を停止し、その場で不気味に佇んでいた。
「つまり、来るんだね。アグリム軍団のエインヘリアルが。……奪い取るだけの力なんて、振るわせるもんですか」
 遠距離攻撃の手段を持つケルベロス達は皆、一斉攻撃に参加した。ニファ・ナクシャトラ(花実朽ちて・e00961)もまた、螺旋の氷を放った指を胸の前で握り締める。
「ガイセリウムのグラビティ・チェインを消費させることには、成功したみたいですね……」
 呟きながら、和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は一度だけ後方の川岸に用意したゴムボートを振り返る。万が一の撤退時のために、アメジスタ・グリュンシュタイン(紫水晶の魔女・e21488)と用意したものだ。
 その様子を見て、アメジスタは小さく首を竦めてみせる。
「きっと使うことはないさ。……何としても食い止めるぞ、虐殺などさせはしないよ」
 はい、と紫睡が眉を下げて笑った時。
「――おいおいおい、随分可愛い仔犬ちゃん達だなァおい!?」
 場違いに陽気な男の声が、びり、とケルベロス達の肌を震わせた。
「上、なの……!」
 ケルベロス達の頭上に差す影。フィア・ルシフェリア(星の記憶と歩む少女・e19823)が緊迫した声と共に頭上を見上げる。
「ちっ、――下がりやがれ!!」
 ラトゥレヴィー・ハウンドゥラーム(レッドサンセット・e18110)が怒鳴り声をあげて、傍に居たルシエンヌ・ロッシュランベール(フェスタアベーユ・e03660)を後ろへ突き飛ばしながら飛び退く。
 一瞬の後。二人の目の前に、巨大な真紅の斧兵が斧を振り下ろした体勢のまま――空から、激突、と呼ぶにふさわしい衝撃をもって地上に降り立った。地割れを作りながら突き立てられた斧が、ズシン、と大地を震わせる。
 それは斧兵にとっては挨拶のようなものだったのだろう。軽々と斧を地から引き抜き、笑い声をあげる。
「よく来たなァ仔犬ちゃん達!! 俺らのガイセリウムにケンカ売るってことは、雁首揃えて死にに来たんだろ!? なァ!?」
「それはこっちの台詞。せっかく来てくれたところ悪いんだけどさ――帰ってくれないかなぁ!」
 重火器を向けるルシエンヌの鋭い声に、斧兵は何がおかしいのかやはり大声で笑う。
「つれねェこと言わないでくれよ。俺だってまた地上で暴れられるって、わくわくしながら来たんだからよ!!」
 ケルベロス達より一回りも二回りも巨大な斧を軽々と振り回しながら、斧兵は高らかに歓喜する。
「一匹二匹じゃ準備運動にもならねェが八匹居りゃ上等!! ちょっとは楽しませてくれや、仔犬ちゃん!!」
「わしらは仔犬などではないのじゃ!!」
 びりびりと耳に障る斧兵の大声に、括が負けじと大声を張った。その頭上には燦然と熊耳が輝く。
 斧兵はやはり笑った。鎧の奥で光る瞳は、ただひたすらに闘争を求める殺意だけで満たされている。


「一撃目から死なないでくれよ、それじゃいくらなんでもつまんねェから――なっ!!」
 再び斧兵は軽々と跳躍し、紫睡の頭上から斧を振り下ろさんとする。
「させるかよ!!」
 暗い巨影の落ちた紫睡の前に飛び出すのはユスト。身に纏うオーラが強く光りを放ち、目の前で交叉させた両腕で、叩きつけられる斧の衝撃を丸ごと受け止める。だが。
「邪魔な奴を仕留め切れなくて残念かい? へっ、ざまあみろ……!」
 笑って見せながらも、ユストは内心だけで凍るような寒気を覚えていた。それはまるでバズーカの直撃を受けたような衝撃――あまりに重い。
 ユストはまだ戦える。だがそれは彼が盾であり、装備も事前に整えて来たからだ。
「つまり、俺達は絶対後ろに攻撃を通すなってことか」
 その威力は誰もが目の当たりにしていた。自らの役割を改めて噛み締め、ラトゥレヴィーは背筋を正す。
「良いね、やってやろうじゃない。負けるわけにはいかないんだよね、女は度胸!」
 自分一人の力など、結局は大海の一滴でしかない。けれど、一滴の自分にも護れるものはあるはずだから。ニファもまた、難局にあってこそ不敵に声をあげてみせた。
 斧兵は振り下ろした斧を素早く引き、満足気な笑い声をあげる。
「さっきから笑ってばかり。いい気にならないで!」
 赤い鎧をキッと睨みながら、ニファは翼から眩い光を放つ。はばたきから打ち寄せる光の波は、後ろに下がった仲間達の剣へ加護を与えた。
 光を受けたフィアは、ニファへ小さく頷いてから斧兵の元へと飛び出す。
「任せて、なの。フィアの居場所は守るの!」
 フィアの小さな身体が跳躍し、流星のごとき飛び蹴りが赤い装甲へ叩き込まれる。
 軽く仰け反った斧兵の胸には間髪入れず雷撃が放たれた。
「その、多摩川を越えられるわけには……いきませんので!」
 身体の震えを抑え込んで、紫睡は毅然と斧兵を見据える。
 戦うのは怖い。力の差が歴然とした相手であれば尚のこと。しかし、だからこそ今仕留めねばならない相手であり――ここで退くことは考えられなかった。
「なかなか根性据わってるじゃねェか……っと!」
 雷撃の痺れからすぐに体勢を整えた斧兵に、括の飛び蹴りが繰り出される。
 身を庇う動作も見せず、その鎧だけで蹴りを受け止めた斧兵は軽く後ろへ下がった。
「エインヘリアルの中にあってさえ際立つ残虐性。なんとしてもここで止めねばの」
 軽やかに地へ降り立ちながら、括は小さく溜息を吐く。
「何なのさあれ。存在自体が殺気の塊、そもそも全身鎧だし……隙なんかないね!」
 どの角度から何を撃ったところであの鎧が受け止めるだろう。アームドフォートを構えながら隙を窺っていたルシエンヌは早々に諦めた。
「ここがポイントなんだからね、頼んだのぜ! ――クイーンビーハイブ、起動」
 砲台を一度叩いてから、一斉にドローンを射出する。その軌道から逃れようとする斧兵はしかし。
「オープンコンバット!!」
 必ず当ててみせる。ルシエンヌの気概を込めて射出された蜂型攻撃ドローンは、紙一重で斧兵を捉えた。その直撃を正面から受けた斧兵は舌なめずりでもしそうに笑った。
「ははァ、分かってきたぜ。まずはとにかく俺の足を鈍らせようってハラだな!」
「分かったところでどうする。君が変調を気にも留めない気性であることくらい、織り込み済みだ」
「テメェに好き勝手やられちゃ困るんだよ。生きて帰れると思うなよ」
 アメジスタとラトゥレヴィーが、前に立つケルベロス達へ鎖の陣を描き、守護を与えながらアメジスタが冷徹に告げる。
 そんな仲間達を見ていて、ユストはさっきから考えていたことがあった。
 相談の時は集中していて気付かなかったが、仲間達は自分以外、全員女性なのだ。
「こりゃ、経験不足とか言ってらんねーな」
 共に戦場に立つ者である以上、そこに男も女もない。――だからこれは。
「これは、俺の矜持の問題だ! 絶対に倒れねえし、倒れさせねえ!」
 ルシエンヌの前に光の盾を展開させながら、ユストが力強く吼える。
 その声に、斧兵は愉快そうに笑いながら斧を構える。呪力の光がみるみる内に溜まり始めた。
「良い覚悟だ仔犬!! それくらいの気概があるなら、叩き斬った後も十秒くらいは覚えててやるよ!!」
「なんだか楽しそうで羨ましいの……」
 全く羨ましくなさそうな苦い顔で、斧を警戒したフィアは身構える。
「十秒覚える間もねーだろうよ。生きて帰さないって、言っただろうが」
 鎖を差し向けるラトゥレヴィー。ケルベロス達の目の前で地を蹴り飛び出す真紅の斧兵は、さながら赤い暴風だった。


 粘り強く変調を蓄積させていくケルベロス達。長期戦は不利と見た斧兵も、守りに動く三名のケルベロスの動きに常に攻撃を阻まれていた。
「脇目くれずに疾く来やるのじゃぞ、赤くて大きいの!」
「なんだか分からねェが無性にてめェを殺してェ気分だ!! よし死ね今すぐ死ね!!」
 穢括り・祓三道を受けた斧兵の目には、今や括しか目に入らない。括へ無軌道に斧を振り下ろすが――その動きは二人を阻む剣によってとどめられた。
「させるもんですか!」
 涼しげに煌めくニファの剣と野蛮極まる斧とが激突し、耳障りな音を立てる。一瞬動きを止めた鎧の胸を、紫睡がナイフに渾身の力を込めて叩き出した。
「隙を見せましたね……!」
 変調を回復しない斧兵を怒らせ、間合いの外へ狙いを誘い出すのは有効な戦略だった。彼の動きを封殺したこの隙は大きい。
「ま、こればっかりをアテにするわけにもいかんのじゃがの!」
 飛び出した括は、突き飛ばされた斧兵を追って弾丸のような拳を叩き込む。鎧の下からは舌打ちが響いた。
「リニアカタパルトオンライン! いけーっ!」
 ルシエンヌの声と共に射出された黒イタチが、斧兵へと激突する。ぽてっと地面に転がってからせっせと主の元へ戻っていった。
「イタチも頑張っているな。私達も負けていられないね」
 小動物の姿に少しだけ励まされたアメジスタは、胸に手を当てて静かに目を閉じる。同時に、ユストの周囲に紫水晶が浮かび上がり、輪となって彼を囲い込んだ。
「――祈りは此処に、今この時は無辜の癒やしがあらん事を」
 それは、鉱石を媒介にした特殊な回復術式。水晶の光がユストの傷を癒し――素早く治癒を終えると、紫水晶は砂になってさらさらと地へ還った。
「すまないね、これでも完治とはいかないか」
「充分だって。助かった!」
 明らかに軽くなった身体。ユストは笑って見せて、自らの身に喰らってきた魂を宿す。
「俺達は身体が資本だからな。攻撃はあんた達に任せるぜ」
 ラトゥレヴィーも自らの前に守りの盾を築き、刹那の安息を得た。
 盾となるケルベロス達の人数も充分、癒し手の存在もまた戦線を維持するために必要な存在だ。
 それでも。
「ラトゥレヴィー!」
「ちっ……ガキ共に後を任せることになるとはな……」
 フィアと斧の間に割って入ったラトゥレヴィーの足がとうとう崩れた。既に動けなくなった彼女の頭上で、ぶん、と斧が重く風を切る。
「なかなかしぶといじゃねェか、想像以上だぜ仔犬!! ――トドメは後にしてやるよ。そんなことして遊んでる暇はくれやしねェだろ?」
 相変わらず楽しそうではあるが、既にケルベロス達を侮る様子はない。
「ふん、分かってるじゃん。一人動けなくしたくらいでいい気にならないでほしいね!」
 守りが間に合わず、一度だけ攻撃を受けてしまったルシエンヌが気丈に言い放つ。それだけでも立っているのがやっとの状態にまで追い込まれたルシエンヌの姿が、斧の凶悪さを物語っていた。
 ラトゥレヴィーが崩れた。それは、他のケルベロス達の限界もまた近いことを意味する。
 懸命な攻撃と癒しを重ねながらも――ユスト、続いてニファが、次々と最後の力を振り絞って仲間を守り、倒れていく。
「くっそ、ここまでかよ……」
 ユストは間違いなくベストを尽くした。しかしこれ以上仲間を守れないのなら、安心も満足もできない。
「ごめんね、どうか……」
 剣で身体を辛うじて支えていたニファの手が柄から離れる。
「まだ、終わらせないの。フィア達がいれば終わりじゃないの!」
 自分達を守ってくれる仲間は倒れた。それに恐れをなすのではなく、立ち向かう勇気へ変えて。
 フィアが刀を抜いた瞬間。キン、と何かが凍るような音がした。
 斧兵が身構えた刹那――神速の一刀が、真紅の鎧へ向けて繰り出されている。まるで時間を超越したかのような神業。
「舞い散る雪のように、一刀にて切り伏せる……なの」
「どんな小細工かと思えば案外シンプルだ。面白ェ」
 巨大な斧で神槍刀ノ型【零式】を受け止めながら、斧兵は笑っているようだった。
 これでも倒れない。フィアは内心で歯噛みしながら刀を引いて後ろへ退く。
「けれど動きは鈍い。私達が重ねてきた攻撃も無駄ではないはずですから。――月色の加護を受けし鏃よ!」
 ここで決めねば戦局は大きく傾く。紫睡が渾身の力を込め、黄玉の鏃を放つ。
 探索魔法を受けたそれは蛇のような軌道を残して――砲撃のような破壊力を持って斧兵へ向かった。
「来やがれ、叩き落としてやる!!」
「霧中より我が穿つ者を探せ――!」
 鏃がガキン、と両断される音が響く。
 トパーズで出来た美しい鏃は真っ二つに割れ――それでもなお、二つの破片が斧兵の鎧の胸に突き立っている。それは確かに、鎧を貫き胸を穿っていた。
「ああ?」
 不思議そうに致命傷を見下ろし、その巨躯がぐらりと傾く。
「なんだ、負けたのか、俺は……」
 ただ、その事実だけを最期に悟って。斧を握り締めたまま、背中から大地に倒れ込み――静けさを取り戻した河原に、長い地鳴りを響かせた。


「うおー、もうダメだー。誰かの膝枕がねえと立ち上がれねえよお」
 河原に転がったまま、動けない状態であるのはユストも同じだった。
 軽口めいたことを言うユストを、傍らに立つアメジスタは淡々と見下ろす。
「膝枕をされたところで立ち上がれないだろう、君は。強がるんじゃない」
「治療はしてもらいてーが、今は移動が先か」
 倒れたまま、ラトゥレヴィーは首だけ動かしてガイセリウムのある方角を見上げる。
「多摩川方面へ撤収しよう。アグリム王子がケルベロスは敗走した、って思ってくれれば好都合なのぜ」
「ふむ。そうなれば、それが何よりの侵入部隊への支援となるかの」
 ルシエンヌの提案に、他部隊への救援を考えていた括も、他のケルベロス達も頷く。
「渡河にはゴムボートも使えるかな。……敗走に使わずに済んで、よかった」
 か細い声でニファが笑う。余力のあるケルベロス達が負傷者に肩を貸しながら、皆多摩川の方へ向かっていく。
「気が抜けてしまいましたか、ユストさん。戦ってる時は、その、すごく格好良かったのに……」
 ユストを支える紫睡が微笑みながら尋ねる。
 その言葉に一度目を瞬かせてから、少し決まり悪そうにユストが顔を背けた。
「……綺麗所の前ではカッコつけたかったんだよ。それが男ってもんだろ」
 次は、ユスト以外の全員がまばたきする番だ。皆きょとんとして、それぞれの顔を見回すのだった。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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