多摩川防衛戦~深紅の行軍

作者:雨乃香

 それはまるで世界の終末の様な光景だった。
 八王子の『東京焦土地帯』、未だ消えぬ炎が燃え盛る地に降り立った巨大な城。
 球形の滑らかな曲線と直線の組み合わせたアラビアの宮殿を思わせるそれには、本来城にはついていないはずのものがついていた。
 それは、四本の脚。
 直径三百メートル、全高三十メートルもの巨体な城を移動させるための脚。
 移動要塞人馬宮ガイセリウム。
 ヴァルキュリアを伴うその要塞は東京都心部へと向けて行軍を始める。
 運悪くその向かう先にあった建物は例外なく踏み潰され、倒壊し、人々が悲鳴をあげながら逃げ惑う。
 地獄絵図と呼ぶにふさわしいその光景の中、ヴァルキュリアの翼だけが場違いに輝いていた。

 急遽呼び集められたケルベロス達の前、ニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)は目を閉じ、胸に手を当て、気を落ち着かせるようにゆっくりと大きく呼吸をして、目を開いた。
「エインヘリアルの第一王子から得た情報、その中にあった人馬宮ガイセリウム。巨大な城に四本の脚部がついた移動要塞、これが東京焦土地帯に出現、そこから東京都心部に向け、進軍を開始しました。
 ガイセリウム近辺には警戒行動にあたっているヴァルキュリアが無数に確認されているようで、不用意に近づけばエインヘリアルの精鋭、『アグリム軍団』が出撃し迎撃を行ってくるため迂闊に接近すれば返り討ちに会うことは間違いないかと」
 緊張に震えそうになる声を整えるように、ニアは小さく咳払いを一つ。
「今現在、ガイセリウムの進路上の一般人の避難を行っていますが、都心部到達後の進路が割れていないので、多摩川までの地域の住民までしか避難は完了していません。このままいけば間違いなく東京都心は敵の手によって壊滅的な打撃を受けることになります」
 状況説明を終え、ニアはケルベロス達の方へ視線を向け、特に質問等がないことを確認すると、次の説明へと移る。
「ガイセリウムを起動させた第五王子イグニスの目的は三つ、暗殺に失敗し現在捕縛されているザイフリート王子の殺害、襲撃を阻止したケルベロスへの報復、加えて一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの獲得。
 敵の思惑がどうあれニア達がすべきことは明白です。ガイセリウムの行軍を止め、敵の策略を潰す。そのために皆さんの力を貸してください」
 その頼みを断る者がこの場にいようはずもない。ケルベロス達はニアの真っ直ぐな視線を受けて頷きを返した。それを受けてニアは一瞬だけ笑みを返す。
「ガイセリウムはケルベロスにとっても驚異的な存在ではありますが、恐らく万全な状態ではありません。規模から考えてもあれを動かすためには多量のグラビティ・チェインが必要なはずですが、先のシャイターン襲撃を阻止したことで十分な量のグラビティ・チェインの確保は出来ていないはず。
 だからこそ敵は東京都心までの人々を襲撃、虐殺しグラビティチェインの確保を狙ってくるでしょう」
 一度言葉をきり、地図情報を開きニアは説明を再開する。
「これに対してケルベロスは多摩川を背に布陣、初手はガイセリウムに対し数百人のケルベロスによる一斉砲撃を行います。
 この攻撃でガイセリウムに直接的なダメージは与えられませんが、こちらのグラビティによる攻撃を防ぐためにあちらは残量の限られたグラビティ・チェインを消費する必要があるため有効打になるはずです。
 恐らく敵は二撃目を嫌い、こちらの排除の為に『アグリム軍団』を展開してくると思われます。
 この敵の攻撃を許し、多摩川の防衛線が突破されれば、事態は最悪の展開となるでしょう、街の被害だけではすみません、避難の間に合っていない人々が虐殺され、グラビティ・チェインの補充を済ませ、さらに損害は広がるでしょう。
 逆に、この『アグリム軍団』を撃退できればこちらからガイセリウムに対して攻勢を仕掛けることが出来るはずです」
 一つ咳払いをして、本題に入りましょうとニアは続ける。
「皆さんにはこのアグリム軍団を退けてほしい、というわけです。
 彼らは四百年前の戦いでも地球で暴虐の限りをつくし、同族であるエインヘリアルからも嫌悪される、エインヘリアル・アグリムの配下の軍団で、第五王子イグニスの地球侵攻の為の切り札の内の一枚、といったところですね。
 アグリム軍団に属するエインヘリアルは深紅の甲冑を身に纏い個々の武に磨きをかけた精鋭ですが、反面、アグリムの性格を受け連携を嫌い、命令を無視する事があります。戦闘力こそ高いですが、付け入る隙は十分にあるとニアは思います」
 緊張を解すようにニアは笑みを作るとケルベロス達へと声をかける。
「敵はとても強大です、ですが、勝てない相手ではありません。誰一人欠けることなく作戦を終わらせて、全部片付いたら祝勝会でもあげましょう。ニアは信じて待っていますよ」


参加者
安曇・柊(神の棘・e00166)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
ルシッド・カタフニア(真空に奏でる・e01981)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
ジーナ・ヘイズ(一振りの刃・e05568)
碓氷・影乃(孤高の影人ーすてるすぼっちー・e19174)
織原・蜜(ファンシーピンク・e21056)

■リプレイ


 今にも降ってきそうな重たい灰色の雲が空を埋め、まだ八つ時であるというのに空は暗く、その光景に安曇・柊(神の棘・e00166)は不吉な予感を覚え、微かに震えながらも、しっかりと第一の目標である人馬宮ガイセリウムをみつめる。
 直径三百メートル、全高三十メートルにも及ぶ巨大な移動要塞。
 エインヘリアルによる東京侵攻の拠点であり、最大の戦力であるそれは徐々に東京の中心部へと近づきつつある。
 ケルベロス達はこれを迎え撃つため多摩川を背にして防衛戦を構築。
 この防衛線が崩されれば東京の中心部に残った人々が犠牲になるばかりでなく、多量のグラビティ・チェインを得たガイセリウムがさらなる甚大な被害を撒き散らすことは想像に難くない。
 碓氷・影乃(孤高の影人ーすてるすぼっちー・e19174)は緊張からか眉を下げながらも、失敗の許されない戦いを前に、静かに集中しその時をただ待つことしかできないでいた。
 対してすぐそばで同様に作戦の開始を待つ春日・いぶき(遊具箱・e00678)は緊張とは違うどこか不満げな顔を浮かべながら、周囲を警戒しつつ、遠く、しかしはっきりと視認できる巨大な要塞をじっと見据えている。
 各々が緊張や興奮、様々な想いを抱きながらその時がやってくる。
 定刻、ケルベロス達の攻撃が始まる。
「いくわよ……!」
 織原・蜜(ファンシーピンク・e21056)が声を張り上げると同時、ガイセリウムへ向けて礫を放つ。
 その号令を受け、周囲のケルベロス達も一斉に攻撃を開始。
 ジーナ・ヘイズ(一振りの刃・e05568)は氷結の力をこめた螺旋を放ち、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)が続いて砲撃を開始する。
 それだけではない、この作戦の為に集められた数百人にも及ぶケルベロス達のグラビティによる一斉攻撃。その光景はまさに圧巻。様々な攻撃が唸りをあげ次々とガイセリウムへと飛来し、立て続けに轟音が鳴り響く。
 音と光と煙が世界を埋め尽くし、地が揺れる。
 ケルベロス側の一斉攻撃が止まり、やがて視界が晴れると巻き上がる炎と煙の中から、傷一つないガイセリウムがその美しい姿のままで現れる。
「予想はしていたけれどここまで完全に防がれるとさすがに驚くわね」
 アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)はそう口にしながらも、言葉とは裏腹にその表情は平静そのもので驚きの色は見て取れない。
 あれだけの攻撃を受けて何一つ損傷のないガイセリウムの防御性能は桁外れてはいたが、ケルベロス側も元よりこの攻撃でガイセリウムに致命的なダメージを与えられるなどとは思ってはいない。
 防衛の為にグラビテ・チェインを消費させその侵攻を止める、それこそがケルベロス達の狙いであった。
 その作戦が功を奏したのかガイセリウムはゆっくりと足を止め、その場に停止。周囲を警戒するヴァルキュリア達が忙しなくその周りを飛び交っている。
 ガイセリウムに動きが見られないまま数分、膠着し動きのなかった戦場に緊張が走る。
「奴さん達予定通り現れたようだな、こっちにも来るぜ」
 細く鋭いレイピアを手にルシッド・カタフニア(真空に奏でる・e01981)が迫りくるその敵を見据え仲間達に声をかける。
 ガイセリウムより出で向かいくるその敵はアグリム軍団。
 かつての地球残虐非道の限りをつくし仲間達からも恐れられ忌み嫌われたというエインヘリアル、アグリムの勇猛な配下達。
 それらは火の手の上がる建物の間を縫うように空を舞い、外敵を排除するため速度をあげ飛翔する。
「猪は急に止まれない、ってね」
 真っ直ぐに突っ込んでくる敵に対し、蜜は行く手を阻むように礫を撃ちだしその武器を弾き飛ばそうと試みる。その狙いは完璧といえた、だが。
「軟弱者がッ!」
 裂帛の気合と共に深紅の甲冑に身を包むエインヘリアルの振った戦斧が易々とその攻撃を弾き飛ばす。
 先制攻撃をあっさりと防がれた蜜であったが、その顔に焦りはなく、敵の腕前を褒めるかのように軽く口笛まで吹いて見せる。
「集って形成せ、雷の霊力! その身で大気を貫き穿て!」
 一連の攻防を目にしていたジーナは物理的な遠距離攻撃手段を避け、雷の霊力を用いた攻撃を試みる。同様に、柊も直進を続ける敵に向けて、炎を用いた攻撃を加える。
 雷で形作られた龍と幻影の龍、大きく咢をあけた二匹の龍がエインヘリアルをめがけて襲い掛かる。
 だが敵は怯むことなく突き進む。雷の龍に体を貫かれようと、幻影の龍の炎に焼かれても、声一つ上げることなく、平然とそれらを突き抜け、急降下しつつ前に立つ柊へと肉薄する。
「果汁100%の甘い雨をお届けするわ!」
 そこに突如甘い香りが広がり、上空から赤い雨が降り注ぐ。それと同時、細いレイピアを指揮棒のように振るい、陣を描き、ルシッドも魔法を発動させる。
 前に立つケルベロス達のもとに展開されたそれらは、彼らに守りの加護を与える。
 その力を受け、いぶきが柊の前に躍り出る。敵はそれを気に留めた様子もなく、振り上げた戦斧に力を込めルーンの力を起動し振り下ろす。
 受け流そうと刃を合わせたいぶきの腕は弾かれ、がら空きになった胴を斧が薙ぐ。
 咄嗟に距離を取ろうと下がったおかげで致命傷こそ免れたが、いぶき腹に深い傷を受け、痛みに苦悶の表情を浮かべる。
 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない、後ろのは守るべき仲間がいて、さらにその後ろ、多摩川を超えた市街地にはたくさんの人々が未だ取り残されている。
 血を流しながら武器を構え地を蹴る。怪我人とは思えぬ俊敏な動きで敵の背後へまわり、いぶきは突き出したナイフに電光を纏わせ深紅の鎧を貫く。
「その気概、悪くない……!」
 甲冑よりくぐもった声を漏らしながら深紅のエインヘリアルは斧を振るい、いぶきの体を弾き飛ばした。
 その体をなんとか受け止めた蜜は彼の白い顔に驚きながらすぐさま治療を開始、それを邪魔はさせないと、ジゼルが詠唱と共に石化の魔法を放ち、足止めを狙う。
 魔法は彼女が狙った通りエインヘリアルの足元に命中し、深紅の鎧を灰色に染めあげ、その動きを鈍らせる。
 だが勇猛で名をとどろかせるアグリムの配下は、その程度の事で見の姿勢に移ることはしない。
 自らの巨体と巨大な斧の力をあわせたリーチを利用しケルベロス達の間合いの外から攻撃を放とうとする。
 しかし、ジゼルの放った魔法の効果でその動きは本来よりも若干遅い。
「恐怖を……刻んであげる」
 その隙をつき影乃が仕掛けた。敵の死角から気配を殺した非の打ち所のない奇襲。
 斬撃は敵の鎧に阻まれ深手を負わせるまでには至らなかったが、実際に攻撃を受ける瞬間までその気配を一切感じとることが出来なかった影乃に対しエインヘリアルは息を飲んだ。


 自身の半分ほどの背丈しかない少女に対し、一時でも恐怖を感じたことを恥じ、それをごまかすかのように彼は声を上げ、再び距離を詰める。
「そう何度も同じ手が通用すると思うな」
 ルシッドが言葉とともにレイピアを振るうと、敵の周囲に魔方陣が浮かび上がり無数の氷柱の弾丸を形成され、撃ちだされたそれらが甲冑の至る所に突き刺さる。
 たまらず防御の為にその巨体が止まる。そこで敵の動きをしっかりと見ていた柊が一歩踏み込む。
 それに合わせ敵も武器を振りあげる。
 一瞬の交差。敵の攻撃に対し柊は半歩踏み込みを躊躇った。
 首を狙い振り下ろされた戦斧は柊の肩に突き刺さり、深く刃が沈む。
 倒れ込むように転がりながらも、彼はなんとか敵の鎧の隙間に斬撃を見舞う。
 そこから敵の血を取り込み、僅かながら傷の治療に当てるが、それでも回復は到底追いつかず、溢れだす血が服を赤く染めていく。
 まともに動けない柊に追い打ちをかけようと敵はもう一度武器を振り上げる、背へと抜けた柊へとどめを刺すべく、振り向きざまに戦斧を薙ぎ払う。
 だが、彼の戦斧は受け流され、その攻撃は空を切る。
「ここから先は通行止めだ」
 彼が振り返った先、霊力甲を輝かせ柊を守るようにジーナが立っていた。
「立てるか?」
 ジーナはそう柊に声をかけながら、オーラを分け与えつつ柊の傷を治療していく。柊はそれを受けて、頷きながら立ち上がり再び武器を構える。
「くるわよっ!」
 いぶきの傷を治療していた蜜の叫び。
 エインヘリアルは一瞬目を離したすきをついてジーナめがけて肉薄している。
「そうはさせないわ」
 言葉と共にアーティアの放った螺旋手裏剣が敵の武器を絡めとりその軌道を無理やりに捻じ曲げ、その体勢を崩させた。
 瞬間、疾風が戦場を駆ける。
 驚異的な加速から突撃したジゼルが敵の足元を切り抜けその注意をひきつけつつ、敵の体勢を戻す隙を奪う。
 そうして再び目を奪われたエインヘリアルが同じ失敗を繰り返したことに気づいた時にはもう遅い。
「おおきなおおきな敵さん、後ろには気をつけて」
 ジゼルの言葉を耳に入れている余裕は彼にはなかった。
 敵の死角を理解し、味方の動きを把握し、影乃は的確に位置を取る。気配を隠し、奇襲をかけるということはその分味方への負担も大きい。
 仲間達はそれに応えてくれている、その分、影乃もまた仲間達の気持ちに応えなければならない。
 振るわれる何の変哲もない斬撃。
 だが研鑽を重ねたその一撃は、単純故に力強く、深紅の鎧を切り裂き、エインヘリアルの巨体を揺るがせる。
 甲冑から叫びを漏らし、巨体が膝をついて蹲る。
 小さな笑い声が甲冑から漏れる。
「どうやら我は貴殿等の力、読み違えていたらしい」
 言いながらエインヘリアルは己が獲物を構えなおし立ち上がると、ケルベロス達を一人一人の顔を確認するように視線を巡らした。
「万全にして来るがよい、この深紅の甲冑に恥じぬ戦いをしかと見せよう」
 彼の体をルーンの光が包み込み、ささやかな傷を癒し、彼に破壊の力を付与する。
 そうしてケルベロス達も同様に、満身創痍の体を引きずりながらも立ち上がる。
 遠く戦戦う者達の音を聞きながら、再びエインヘリアルとケルベロスがぶつかり合う。


 戦いは一層激しさを増していく。
 体力を消耗しながらも互いの攻撃、防御、回避、それらの癖を見ぬき、より鋭く、より効果的に攻撃を振るう。
 ルーンの力を得た敵の攻撃はケルベロス達が展開する守りの加護を易々と打ち砕き純粋な力を叩きつけてくる。
 対してケルベロス側も負けてはいない。
 ジゼルとルシッドの二人が牽制攻撃を仕掛け敵を誘導し、戦闘を有利に進め、戦線に復帰したいぶき、蜜、アーティアの三人が前に立つ柊、ジーナを援護する。
 ジーナは敵の攻撃を捌きかわし翻弄することに集中し、柊が攻撃に専念。敵の注意が二人に引き付けられたところで影乃が奇襲をかけ、かき乱す。
 戦闘は恐ろしく繊細なバランスを持って拮抗していた。
 どちらかが一手でも間違えれば勝負は一瞬で決着がつく。
 その緊張感は戦い刃を交える者同士にしかわからない感覚。終わるのを惜しむような気持ちを覚えながら、両者は互いの力をぶつけあう。
「ところでエインへリアルさん、名は何と言うのかしら……お前の死出の餞に、名前を聞いておいてやるよ」
 桃色の霧を操りつつ、蜜が敵を見据え聞く。
「名など聞く必要もあるまい、それとも我に汝ら全員の名を聞けというのか?」
 冗談交じりのその声に、蜜は笑顔を浮かべる。
 見えなくともわかる。甲冑の下、敵も同じ笑みを浮かべていると。
 深紅の鎧が霞み、神速の踏み込みから戦斧がジーナの刀をかちあげる。次の攻撃に備えジーナは一歩飛び退り回避に移る。同時に、影乃といぶき、二人がそのサポートに入ろうと身構え、敵の動きに備える。
 だが、追撃は来ない。
 それは渾身のフェイント。
 八人で一人に相対するがゆえに、敵の行動を的確に読み、互いに警戒を重ね過ぎた故に生まれた隙。
 一人でも落とせば拮抗が崩れる。その判断の元に敵はもっとも守りの手薄なアーティアを狙いケルベロス達の中へと飛び込んだ。
 それは警戒していた彼女は、後ろへと下がるのではなく、前へ踏み込むことで仲間達と敵を包囲し、援護を受ける、そう算段を立てていた。
 だが、敵の攻撃は彼女の計算を超える速度と重さをもって襲いくる。
 アーティアは咄嗟に左手を掲げ敵の攻撃の軌道上へと突き出す。次の瞬間彼女の腕が飛ぶ、誰もがそう思った。
 だが彼女の腕は戦斧を受け止め、その攻撃の軌道を強引にずらした。腕に仕込まれたスライムがその刃を受け止めたおかげで腕が落ちる事こそなかったが、衝撃によりもはや彼女の片腕は使い物にならなくなっていた。
 だが、まだ、片腕は残っている。
 すれ違い様、氷の螺旋が敵の胸元を撃ち抜く。
 無理な体勢と腕から抜けた衝撃、体への負担は凄まじく、彼女の体はそのまま敵の横を抜けゴロゴロと地を転がり、動きを止めた。
「見事、だが、終わりだ」
 撃ち抜かれた胸元を抑えながら、エインヘリアルは武器を振り上げる。治療よりも早くアーティアの命を絶つために。
「こ、ここで、負けるわけには……行きません……僕がやらないと、フルムーンさんだけじゃ、ない。皆を守るために……」
 柊が、魔同書を手に呟く。
 文字が光となり溢れ出し、彼の両手へと灯っていく。
 だが最終章はまだ遠く、敵の攻撃には到底間に合いそうにない。
「そうね、やらせはしないわ、あたしたちがやるの」
 星が降る。それは夢か現か。敵の目にはわからない。ただ灰の空から降り注ぐそれらを深紅の鎧を貫き、穿つ。
 それで届いた。
 柊の両の手に宿った光が形を作り、それは矢となり、アーティアの穿った胸元の装甲をめがけ突き立つ。
 武器を取り落とし、深紅の巨体が地に沈む。


「流石にこれ以上の戦闘行動は厳しいですね」
 戦いを終え、いぶきがジゼルに担がれたまま意識の戻らないアーティアの顔を覗き込みながら呟く。
 なんとか勝利したとはいえ、彼らが受けた被害も甚大なのは言うまでもなかった。
「別働隊の支援までは、手が回りませんか」
 唇を噛み、拳を握りしめる柊の肩口の傷も未だ血を滲ませ満足に動ける状態でないのは傍目にもわかる。
「侵入部隊の人達の為にも……ここは素直に退いた方が……?」
「だな、俺達にできることがない以上、敵の目を欺くためにも、潔く撤退するのが吉だ」
 影乃の言葉にルシッドも同意し、ケルベロス達は多摩川へと向け撤退を開始する。
 地に伏した深紅の鎧を一瞥し、蜜は「ごちそうさま」と呟いて、仲間達に合流する。
「何か、言った?」
 ジゼルの問いかけに蜜は首を振り、普段の調子に戻り口を開く。
「なんでもないわ、次なる戦いの前に英気を養うためにも、帰ったら祝勝会も上げましょう」
 彼の言葉にケルベロス達は苦笑しながらも、しっかりと地を踏み、その場を後にする。
 次に備えるために。

作者:雨乃香 重傷:安曇・柊(天騎士・e00166) 春日・いぶき(藤咲・e00678) アーティア・フルムーン(聖邪の種の守護者・e02895) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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