多摩川防衛戦～血煙る羅刹

■リプレイ

●天への烽火
　低い曇天の風景に忽然と割り込む、巨大な多足異形の『城』のシルエット。
　その『脚』を止めるべく多摩川を背に布陣したケルベロスの陣に一斉砲撃の号令が飛ぶ。

「これより多摩川を防衛ラインに設定します」
　ゆらゆらと、白昼夢の様に月日貝・健琉（紅玉涼天・e05228）の掌上に生じた碧海と紅月のホログラムからは無数の『弾』が掃射された。やらせはしない、敵なるものに痛みをと。
「次へ、突入戦へ繋ぐためにもまずはこちらで頑張りませんと」
　琥珀の瞳は天占める『城』だけを見上げて、安曇野・真白（霞月・e03308）から渾身の気咬弾が射ち放たれ純白の狐尾が揺らめいた。
「文字通りの背水の陣か、ゾクゾクするね。すきだよ、こういうの」
　うっとりと微笑んだ矢野・浮舟（キミのための王子様・e11005）が手裏剣を投じて螺旋力を解き放つ横では、竜峨・一刀（龍顔禅者・e07436）は音も無く鯉口を切る動作。天には無数の刀剣が顕れその一刀一刀全てに裂帛の気合を乗せた蒼鱗の剣士が見舞うは死天剣戟陣。
「ワシの後ろの人々を、主らに殺させはせんよ」

　放たれた数百条の一斉砲火が大気を震わせ、轟音と共にそれら全てを受け止めた多脚神殿による中和防御が展開される。
（「あんなものの侵攻をこのまま許せば大勢の犠牲者が出る。わかっている、止めなきゃ……でも、恐い」）
　震える己をぎゅっと押さえ込んで自身も猟犬捕縛を繰り出した結城・レオナルド（弱虫ヘラクレス・e00032）は静止した人馬宮ガイセリウムの様子にまずはほっと安堵の息を吐いた。しかし小心故にこそ用心深い獅子の眼差しに飛び込む遠く開け放たれた城門の光景に、実力者揃いだというアグリム軍団が遂に出撃したのだとより強い震えを伴い恐怖は甦る。
　だが、それでもとレオナルドは駆け出した仲間達の背を追って前へと……恐ろしいものの訪れる先へと震える足を踏み出した。一方で対照的に弾けるように躊躇無く真っ先に駆けるのは四月一日・はつね（ポリュデウケス・e17131）だ。
「……エインヘリアル」
　少女が漏らしたその一言はひどく重く、昏い。

●獄下で踊れ
　最初にそれを嗅ぎつけたのは犬江・親之丞（仁一文字・e00095）だった。
　昼下がりだというのに人ひとり見当たらず静まり返った住宅街。
　先にヘリオライダーが告げた通り、そんな区画で足音も憚らぬ様子の深紅色の全身鎧に身を包んだ大男を見つけるなど、何軒かの家屋とブロック塀越しにでも容易かった。
　――『血風羅刹』・サングィス。
　フルフェイスの兜に遮られて顔こそ個体判別できなかったが多摩川を目指して歩む戦士の星霊甲冑から立ち昇る闘気は見るからに荒々しくも禍々しい。
　住宅街の立地が優位に働いたらしくサングィスの側はまだケルベロス達の存在に気づいてもいない。一行は声をひそめて頷き合い、より有利な位置取りで布陣した後に奇襲を仕掛けるべく物影伝いに走り出す。
「ああ、見るからに強敵らしい姿だね」
　気取られるぎりぎりを見極めながら距離を詰めてゆく月杜・イサギ（柘榴石・e13792）は今度の『仕事』は心ゆくまで戦えそうだと昂ぶりながら、秀麗なおもては、欠片たりとその熱を伝えない。

　レオナルドの震えはいまだ去らない。
「だけど、俺は立ち向かいます」　
　鼓動打つ筈のレオナルドの胸からは燃え盛る地獄だけが代わりに焔を発する。
　一刀が切り込んだのを皮切りに、親之丞の傍らに生じた『御業』が腕伸ばし二刀を同時に抜いたイサギが衝撃波を打ち放つ。
　己が『地獄』を弾丸と変えて前衛列の一角を担う彼らを後方から援護するレオナルドは以降ほぼ癒し手としてのみの奮迅が続く事となる。回復役から狙われる可能性も視野に置く浮舟は浮遊する盾の守りを唯一のメディックたる彼へと与えた。
「――定義：自宅。設定完了」
　極めて機械的な音声で再設定を済ませた健琉は改造スマホを取り出すと神速の指捌きでネット投稿を開始する。すぐさま避難所から届けられた住民達の応援が強固な盾となり健琉によって増幅され真白を守る力へと変わる。
　少女は何も言わずただ心からのとびっきりの笑顔でそれらに包まれると、そっと片腕を伸べると紅い巨体に向かって気咬弾を浴びせた。甲冑を叩いて爆ぜる闘気。
「羅刹は地獄の門番……どうぞお一人で地獄にお帰りになってくださいませ」
　雪白纏うウェアライダーの少女の幼い声音には冴え冴えとした殺気が帯びる。
　しかしそれに応えたのは……。
「ほほ～ゥ！　誰が呼んだか我が『血風羅刹』の異名をご存知とは俺っちの名も知れ渡ったモンだなァ～！？」
　予想外に明るい、いかにも調子良さげな声だった。しかしおどけたオーバージェスチャーに軋む紅鎧を渦巻くオーラは弾丸の域を超え、さながら砲弾とも映る高火力へと急速に集束し真白に向かって撃ち出された。
　吹き飛ばされた小さな体は道端の電柱へと激しく叩きつけられる。
「安曇野さん！」
　白き獣毛の上に嵌められた指輪から光盾を創り出したレオナルドはまるで自身が撃たれたかの様に蒼白に顔色を変えつつも輝く癒しの力と更なる守護の力を真白の頭上へと注ぐ。
　それでも足りぬと見た健琉が『海色に沈め紅玉月（アクアマリンニトケヨルビーノツキ）』から今度は味方への癒しの弾を次々に産み出し、ボクスドラゴンの銀華もすぐさま『家族』たる真白に自らの属性を治癒の為に分け与えた。
　ここで退くわけにはまいりませんと立ち上がった真白が纏う闘気は更なる清浄へと澄んでゆく。
「ん～？　なんだなんだ。ちまちま回復してるヒマがあンならもっとかかって来いよ～」
　俺っち寂しいだろとヘラヘラ軽薄に笑いながらその実、兜の奥から覗く眼は敵ヒール持ちの配置と各々の力量を漏らさず測っているのだ。
（「しかも、一見、挑発に挑発で返す形に見せ掛けながら、か」）
　イサギがそう見抜き得たのは何処か己にも似通った部分を感じ取ったからであろうか。
「黙りなさいエインヘリアル」
「強敵だね、でも此処で負けるわけにはいかないよ」
　ふたりの若きクラッシャー達が果敢に攻める。大きく跳躍したはつねから振り下ろされた大鎌の刃は凍てるが如き鋭さを備えていたが紙一重で躱された。が、僅かに削がれた注意の隙を掻いくぐり、低い姿勢からの炎噴くローラーダッシュで親之丞の蹴りが決まる。
（「仲間がいながら、こいつ一人倒せなきゃ。『あいつ』は倒せない……」）
　エインヘリアルに対して妄執にも似た殺意を向け続けるはつねを気遣いながら親之丞自身ひたむきさの奥に荒れ狂うとある一つの想いを抱え続けていた。

●血けぶる冬の嵐
　死闘の余波で住宅街は既にあちこちが砕け、崩れ、無人の路上には瓦礫が散乱していた。
　気咬弾以上にサングィスが得意とするらしいハウリングフィストの拳威はまさに血風。
　なるべく被害を抑えて等考える余裕すらケルベロス達には一切と与えられなかった。

　……が、それはそれとして。
「無骨な鎧に似合うのは、剣か槍と思うのだけれどね」
　死闘下、大真面目に言い放つイサギの台詞に浮舟も頷いた。
「戦う者の姿は美しい。けれど血に狂った者の姿はなんと醜いだろう」
「殺し方の数だけ死体も個性いっぱいになるおめーらの事、俺っちそんなにキライじゃないんだぜ？　あ～、サーヴァントなんぞ倒してもツマんないねィ～」
　これと決まった型もクセも無い勝手気儘で、実力差を恃みに時に見切り耐性すら何のそのと叩き込まれる豪腕の前にまず、前衛で防御にブレスにと奮戦し続けていた銀華が粉砕され霧散した。
　自身からのお願いを最後まで忠実に守り抜いた銀華へありがとうとだけ囁いて、銃を構え直した真白はガトリング連射で紅き巨敵にダメージを重ねる。
「――身を捨ててこそ、生きる道あれ！」
　３ｍを越す巨体からの拳圧に対峙し続け、時に、空気投げにも似た無刀取りを試みて紅き巨腕に宿るオーラを鈍らせてゆく一刀の勇姿。
　メディックのみでは回復の手は足らぬとの予測通りの戦況に、レオナルドへの射線前に立ち塞がるディフェンダー陣もかわるがわる回復に加わり、戦線を支え続けた。
「虐殺なぞ、誰がさせますか。ここで、止めてみせます」
　健琉が何度目か浴びせたマルチプルミサイルの爆風が煩わしげに掲げられたサングィスの左腕に重い痺痛を強いる。
（「これは地球への恩返し、その１つ。それに……」）
　彼にとっての大切な存在もまた何処かでいま戦っている。
　そう想うだけで彼の『心』はまたひときわ強くなる。

「お好みは、深紅でございますか。より深く染められる時、は、どうぞ、己がもので……」
　後方へと奔る気咬の前に遂に真白が沈む。
　常に後衛から的確な味方支援を続けてきた彼女と最も近い立ち位置だったレオナルドが咄嗟に敵との射線へと飛び込んで安全を確保すると、彼女よりもやや前方、中衛を担う位置から走り寄った浮舟が意識の無い真白を抱え上げた。しかし避難に手を割く余裕も今のケルベロスには許されない。
　可能な限りサングィスから離れその眼に留まらぬ位置をとだけ留意して、浮舟は思い切り投げ飛ばすようにして少女の体を最寄りの家屋へと放り込んだ。
　戦闘より殺戮を好むと伝え聞いた敵。とはいえ戦意高いケルベロスに無防備に背を向けてまで無力化した１人へ固執する愚は流石に犯さぬらしい――だが。
「んン～？」
　一気に間合いを詰め始めたはつねや一刀からの攻撃を豪快に巨体を躍らせていなした後、ようやく何かに合点がいった様子でサングィスは低く愉しげな声を漏らすのだった。
「あ～、なるほどねィ～」
　
　『血風羅刹』の猛攻はもっぱら前衛、それも防御の薄いはつねに対してと変化する。どうやら戦場離脱が難しい前衛位置の者から倒せばその分味方の為にと隙を見せる者も増える。これはそういう相手だと判断されたらしかった。
　連携好まぬ羅刹にとって到底理解できぬ思考だったがつけこむ事だけならば出来る。
「ねぇ、一度死んで生き返るってどんな気分？」
　戦う事ができる様になって嬉しいのかしらと猛攻浴びてのバレットタイムの只中で問うはつねにサングィスはそりゃ難問だぜ地球人と愉快げに答えた。
「そもそも俺っちには『死』が分からねェからなァ～？」
　どれほどアグリム軍団が別格に強力でいまだ宝石化の経験すら無かったとしても、エインヘリアルである以上、ヴァルキュリアの選定を経た出自は変わらない筈だが彼からは綺麗さっぱりと消え失せているらしかった。
「すぐに教えてあげるわよ。個人的な感想だけど……それって悲しい人生ね」
　降り注ぐ、嗤い声と血風纏う深紅の拳。
　スローモーションの中のそのどちらも避ける術は残されてはいなかった。
（「私は決して忘れない。家族を壊した原因。私がここに居る理由。争いも戦いも嫌いだけど、エインヘリアルはもっと嫌い……」）

　仲間達の眼前、血の海に倒れ臥すはつね。
　戦闘の手は緩めない範囲内で戦闘不能者を離脱させるのが基本方針。ならば、手を割かねば助けられぬ命は諦めるのか――否。
「ウオオオオオッ！！」
　レオナルドが吼え、罠と知りつつそれでも、自身も最前衛のはつねの元へと駆け付けようとする。彼の様に身を挺する者、救出に乗り出す者、手出しはさせぬと攻勢を強める者。その光景は先と同じでより激しさを増した。
「不作法だが非常時だ、許せよ」
　確保に成功したイサギは再び、先の真白よりも遠くへと少女の体を投げ飛ばす。
「行くよっ――犬江流二刀術、青藍青海波――！！」
　バク宙のアクションでサングィスの懐深くにまで飛び込んだ親之丞は叫び、更に間合いを踏み込ませて秘技を叩き込んだ。
　刀柄に提げられた守り袋が揺れ、交差する青藍色の剣圧を前に紅の鎧に鋭利な傷痕が刻まれる。
（「こいつ一人倒せなかったら――『ねえさま』の仇も取れないから！」）
　総力挙げての必死の応戦で２人目の少女も無事に手出しの効かぬ後方へと下げられた。
　その間隙を衝いて狙い撃たれようとしていたサングィスの闘気が貫いたのはサングィス自身の胸板。
「な……ェエエエ～！？」
「洗脳電波です。連携で足りない場所を補う。これこそ、オレ達の強さ、ですよ」
　彼の『自宅』たるこの戦場において健琉はその防衛力を大いに発揮する。

「もう誰も傷付けさせたりはしない！」
　レオナルドが解き放った黒鎖は術者たる彼の意志に応えて戦場を踊り、アスファルトの地面から仲間達へ加護を与える。
　治癒に手を割かれながら粘り強い闘いを続けるケルベロス達。
　対するサングィスも蓄積し続けるダメージはともかく拳を鈍らせ我が身を苛む状態異常に流石に辟易し始めたのか徐々にその紅きオーラを治癒に廻す回数が増えつつあった。
「ふふ、いっそ鎧の方を脱いだら拳に似つかわしくなるのではないかい？」
　武器封じとプレッシャーは充分と見た浮舟がそう嘯きながら雷霊宿した手裏剣を投じ、兜へと突き立てれば砕け散り、紅毛紅眼の素顔が露わとなる。
「お前の相手は此方だよ、余所見はいけない」
　白木蓮の花戴くオラトリオの青年は斬る程に嗤い、傷負う都度に歓喜は色増す。敵の空振りなどにはむしろ何処か残念がっている節もある。
「こんなに斬り応えがある相手は久しぶりだよ」
　大きく崩れた態勢を隙を見逃さず弧月旋を斬りつけたイサギは最早その本性を隠そうとしなかった。
「ちィ……ッ！」
　気力溜めを織り交ぜても尚浴びせられる状態異常の雨にさしもの『血風羅刹』も弱体化を余儀なくされ拳の破壊力も既に半ば近く封じられていた。

　闘いの中、流した血と流させた血と軍団揃いの星霊甲冑と。
　それら総てを混ぜ合わせ尚一層の『紅』を増す『血風羅刹』のオーラ。
　イサギは霊体のみを斬り裂く二刀で易々とそれを穿ち、もうお仕舞いかいと、昏く愉しげに囁いた。
　その微笑はまるで新たな羅刹の如き狂気に満たされつつあるが、彼の見立て通りもはや敵は長くは無い。
「残念ながら、ここより先には通さない。キミが渡るのはこの川ではなく――三途の川だ」
　多摩川防衛ラインを背に闘い続けた少女剣士の矜持……ではなく浮舟はただ無粋で醜い者がキライだった。本当にそれだけだった。
　『宿木（ヤドリギ）』の見えざる両刃もまた魂だけを凍て付かせて滅ぼす剣技。
　見えない、だが、確かに眼前へと這い寄りつつあるなにものかに『血風羅刹』は戸惑い、そして、畏れた。
「そうじゃ、これこそが『死』じゃデウスエクスよ」
　立ち尽くす深紅の命脈をを完全に断ち切ったのは蒼き影、一刀。
　刃なき無手のまま駆けた竜派ドラゴニアンから繰り出された光剣の閃きが齎した決着は、血風もろともの、両断。

「俺っち、の……死体かァ……。この眼で、見て、みたかった、ねィ～……」
　遂に嵐は止み、死を知って尚デウスエクスの傲慢を抱えたまま紅き羅刹は静かに息絶えてゆくのだった。

作者：銀條彦	重傷：四月一日・はつね（刹月華・e17131）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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